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紅姫の籠手

「いらっしゃい…ま、せ?」


 定食店に入ると、店員は珍妙な物を見たように目を見開いた。二人が視界に入った客から客に繋がり次々と視線が集まる。

 原因は、未だにソリトがルティアの服の首根っこを掴んで持ち上げているからだった。


「ソリトさん下ろしてぇ」

「一名と一ぴ…二名だ」

「今!今一匹って言い掛けました!」

「本当に一匹にするぞ」


 ルティアが押し黙った。

 直後、戸惑いを見せながら店員がカウンター席へとソリト達を案内してくれた。

 カウンター席は四つ空いており、内奥端の一席にルティアを座らせ、ソリトはリュックを下ろし、ルティアの席から二席離れた席に座る。


「いいか、その席から動くなよ」


 釘を刺してから、ソリトは店員が去る前に注文する。


「俺は店で一番安いランチを頼む。あっちには…魚料理のあるメニューを頼む」

「猫扱いじゃないですかぁ!」


 ルティアが弱々しいのか怪しいツッコミを入れてくる。

 少しだけ涙目だ。


「店に迷惑だ、騒ぐな」

「はい」


 素直に返事を返したので、一瞬ソリトは本当に猫なのではと勘違いしてしまうそうになった。


「えっと、銅貨十九枚です」

「丁度だ」


 ソリトは店員に銅貨十九枚丁度を払う。

 じっとメニューが運ばれてくるのを待っているのも暇なので、ソリトは他の席の会話に少し耳を傾けてみた。

 その中で気になる話が聞こえてきた。


「すげぇよな勇者って。ドラゴンだぜ」

「またそれかよ。でも……」


 どうやら一週間程前に討伐したドラゴンの話を二人の冒険者がしているらしい。

 内容からして既に何度かしているようだ。

 その後の話はヒソヒソと話していて良く聞き取ることが出来なかった。


「大丈夫ですよ。ソリトさん」


 ルティアの呟く小さな声が聞こえてきた。

 何の事か分からない。一体何に対して大丈夫などと言葉を言ったのだろう。

 ルティアの方に顔を向けると、真っ直ぐな瞳でソリトを見つめていた。もしかして、空腹くらい我慢できるから大丈夫という事だったのだろうか。


「なにか軽いものでも食べるか?」


 そう言った瞬間不思議そうな顔に変わる。


「いりません!」


 顔を真っ赤にして強く念を押して否定してきた。

 きっと図星をつかれて恥ずかしかったんだな、とソリトは思った。


「いらっしゃいませ!」


 新しい客が入ってきたらしい。チラッと視線が自然にそちらへ移る。

 その先には何処かのごろつきのような冒険者の男三人がやって来る姿がソリトの視界に入った。


 店員は冒険者を空いているテーブル席に案内する。

 だが、冒険者の男三人は席に向かわず、奥に座っているルティアの方に向かっていった。

 今更だが、聖女には勇者同様に国の後ろ楯があるのを思い出す。だからといって、聖女を襲うなんて重罪だぞ、なんて教えてやるつもりはソリトには毛頭ない。


 ルティアを助けるつもりもない、とソリトも決め込みたい所だが、流石に店や他に迷惑が掛かりすぎる。それで料理の出来る時間が遅れるのも嫌なので、仕方なく助ける事にする。

 溜息を吐きながら席から立ち上がり、ソリトは真ん中の男冒険者の肩を掴む。


「あ゛!?んだなんだ…ひぃ!」


 振り返る肩を掴んだ男に軽く殺気を突き刺し向けると、一瞬で男の表情は怯えるものに変貌する。

 男の変化に気付いた他の二人も振り返った瞬間に、ソリトは殺気を向ける。

 すると、三人の男冒険者は慌てながら店を急いで出ていった。

 軽い殺気だったにもかかわらず逃げたということは、実力はそれほど大したことないだろう。


「また助けられましたね。やっぱりソリトさんは優しいです」

「料理が遅れるからだ」

「じゃあ殺気を軽くして私にいかないようにしたのもですか?」


 ルティアは笑顔で尋ねる。

 向ける意味も対象でもないのに向けてどうしろという。

 寧ろ、向けてもいない殺気が軽いものだと気付くルティアの方が逆に少し怖いと心底思いながら席に戻ったソリトだった。


「お待たせしました」


 暫くして注文したメニューが運ばれてきた。ただ、一品だけステーキが目の前にある。安いランチを頼んだはずだがと疑問を抱く。ルティアの方にも魚メインの料理が運ばれたあとにソリトは店員を呼んだ。


「このステーキ何処かの席と間違えてるぞ」

「いえ、それは当店からの御礼です」

「……そうか…いただく」


 ナイフとフォークで肉を切り口に運ぶ。味がしない料理には既に慣れたので顔色一つ変えずに食べていく。


「美味しくないですか?」

「そう見えるか」

「私には」


 本当に良く見ている。過剰なほどに。


「美味しくなかったら食べない」

「そうですか。そうします」


 嘘をついたことを見抜かれているように勝手に納得されながら、ソリトは食事を続けた。




「いらっしゃい。おお、この間の小僧。一週間ぶりか」


 ソリトが次にやって来たのは先日バトルジャケットを買った武器屋だった。

 武器屋のまだまだ現役の筋骨隆々な爺さんは今日も元気だ。


「あれからどうだ着心地は。違和感とかないか」

「大分良い。良い防具を貰ったと正直に思った」


 ソリトの元に近寄ってきて、そうかそうかと背中を叩きながら武器屋の爺さんはガハハと笑う。


「ところで、あの別嬪の嬢ちゃんは誰だ」


 武器屋の爺さんの向く方に振り返ると、知らない内に入店していたルティアが店の中の武器屋や防具を眺めていた。


「付きま…」

「初めましておじ様。私は【癒しの聖女】のルティアと申します。ソリトさんの保護者です」

「おい。誰が保護者だ、誰が」


 言葉を遮ったと思ったら、ルティアが自己紹介の最後に訳の分からない事を述べた。


「ほぉー小僧もすみにおけねぇな」


 こっちもこっちで訳の分からない事を爺さんがほざいている、とソリトは混乱する。


「にしても聖女様かぁ。長生きするもんだな」

「ん?なんだ、こいつが来てるの知らなかったのか」

「いや、話は耳にしてたがな。来るなんて思わんだろ、しかも恋仲とはな」


 爺さんの言葉に何やら頬を赤く染めてルティアは目をばちぱち瞬かせている。


「冗談は店を閉めるくらいの話題にしてくれ」

「ハハハ、シャレになっとらんわ!」

「あはは、本当にシャレになってませんね」


 と、ガハハと笑う爺さんと薄ら笑いを浮かべるルティア。


「それで、今日は何だ?」

「ああ、武器を買いたくてな」

「どんな剣が良い」

「いや、拳士用の籠手を買いたい」


 そう言うと武器屋の爺さんはソリトを「え?」と困惑した顔で見る。その反応は予想出来ていた。剣を使っているのだからスキルは剣士か何かと考えていて筈だ。

 なのに、籠手と言われれば困惑するのは当然だろう。


「剣がない状況が出来た時に使うかもしれない」


 レッドロックロックのような硬い魔物の場合、聖剣よりハンマーやメイスなどの打撃が有効打になる。

 今回は素手では後ろに下がらせるだけだった。威力はある。あとは砕くだけの同等かそれ以上の硬さだ。

 それを求めるには籠手が手っ取り早い。


「あの時、ソリトさん殴るのを躊躇うような感じがありましたし、それがなければ大丈夫だと思うんですけど」


 戦闘慣れしている。


 正確には黒大蛇の元へ向かう前の戦闘で確信をソリトは持っていたが、〝どれだけ〟というには持てていなかった。

 しかも、戦闘を行ったのは聖女だ。聖女なら別に護身レベルに収めれば良いはず。

 だが、細剣の技、立ち回り、背後への対処、相手との間合い等どれをとっても、実戦レベル。

 ルティアのタグを見れば、多少何か判明するかもしれない、とソリトは一つ溜息を吐いて彼女の豊満な胸元にあるタグネックレスにチラッと視線だけを向けて、奪い取る事は流石に出来ないかと考えた。

 結局、自分には関係ないと止めた。


「いや。剣にしろ拳にしろ手や腕の負傷は時に致命的になる。だが、小僧の場合は………躊躇うより慣れてない、が言葉に嵌まる気がするな」

「出来れば軽量型がいい」

「予算は?」

「銀貨百九、いや百八十枚ってところか」


 金貨はなるべく温存しておきたいソリト。銀貨を除けば銀貨二百枚を限度に考えればこれがギリギリの予算だろう。


「ソリトさんあと防具も買ってください」

「勝手に決めるな」


 直後、ピシッと人差し指を立ててソリトの正面に立って指摘し始めた。


「ソリトさん、格闘戦闘はリーチが短くなる分攻撃を受けやすくなりますよね。それに慣れてない分着けても無駄にはならないと思います」

「小僧、ここは聖女の嬢ちゃんの言う事を聞いた方が言いと思うぞ」


 爺さんが賛同するようにルティアの言葉を後押しする。

 確かにルティアの言っている事は最もだ。流石にこれはソリトも無視できなかった。


「分かった。だが、回避力は無くしたくない」

「やっぱりそう考えるか」

「当たり前だ」

「うん………なら、脚には駄目だな。そうなると守備範囲は狭いが胸当てが妥当……なんだが」


 ソリトとしては動きにくい装備は本当に御免被りたい。

 しかし、胸当てとなると既にメタルプレートを装備している。ただ、少し重いのは確かだし、この店で防御と軽量で妥協点がこれだったので仕方なく装備していたものだ。

 武器屋の爺さんもそこで悩んでいるのだろう。

 買い換えるのも良いかもしれないが、


「そもそも、メタルプレートより軽量なのあるのか」

「無いな。だから小僧にバトルジャケットを薦めたわけだしな」

「………オーダーメイドはできるか?」

「まだまだ現役だ、素材を持って来れば作ってやる」

「なら、籠手も頼む。そうだ!これ使えるか?」


 リュックから旅袋を取り出しカウンターテーブルに大量の鱗を出した。


「これは……黒大蛇の鱗か」

「売らなかったんですね」

「それでどうだ?」

「もぉ」


 ルティアは不機嫌に頬を膨らます。

 武器屋の爺さんは不気味な程に微笑ましい顔でソリト達を見ている。


「仲が良いんだな」

「現役の目は何処行った」

「ガハハ、冗談だ」

「……冗談」


 何かボソボソとルティアが言っているがソリトは無視して話を進める。


「それより使えるのか」

「大丈夫だ。あとは鉄か銅、この地域ならロックロックだな」

「あ、ロックロックなら」


 と言って、リュックからレッドロックロックの素材を取り出してカウンターに置く。


「何であるんだ」

「売る前に来たからな。それで」

「十分だ。ちなみにグリムバードの羽があれば魔法防御の効果があるぞ」


 そういえば魔法が命中しても余り効いていなくて、急降下して狙ってくる時を狙って聖剣で討伐した事を思い出しながらグリムバードの羽を出す。


「あっさりと集まっちゃいましたね」

「やるな小僧」

「偶々だ」

「嬢ちゃんの方のもあっさり行けば良いな」

「うぅ、苦労が見えます…あ、でも思ってるのとは違うと思いますよ、おじ様」


 何やら落ち込んだ後、平然と普通にルティアは否定する。

 武器屋の爺さんはルティアの反応に納得がいかないのか訝しい表情で後頭部をポリポリ掻いて、ソリトに視線を戻す。

 その動作にソリトは眉を八の字にする。


「装備は明日には完成出来る」

「へぇ早いな。適当じゃないよな」

「聖女の嬢ちゃんに誓って妥協はしない」

「不安だな」

「酷いです、それはあんまりです!」

「鍛冶師としての矜持に誓って断言してやる」

「なら安心だな」

「うぅ私は色々と悲しいです」

「大変だな」


 武器屋の爺さんはヤレヤレというように首を振った。


「で、代金は」

「素材の代金を抜いて…効果を加えて……そうだな銀貨百八十枚だな」

「変わってないじゃねぇか」

「聖女の嬢ちゃんに優しくするなら値引きしてやる」


 この色ボケジジイ、とソリトはこめかみに青筋を浮き上がらせて、苦笑いしながら武器屋の爺さんを睨む。

 苛立ちを抑え、ソリトは平静を保ちながら、口を開く。


「百八十枚で良い」

「頑固だなぁ」

「お誉めに預かり光栄だ」


 そして、ソリトは銀貨百八十枚を取り出して爺さんに支払った。


「毎度」

「ちなみに何が出来るんだ」

「紅姫の籠手だ。黒大蛇の鱗は加工することで強度を増すから易々壊れることもねぇ」

「何で紅姫なんだ?」

「黒大蛇はオスは蛇皮、メスは鱗の体でな。加工すると紅色に変色する。鍛冶師の間では黒大蛇の鱗は紅姫ノ鱗と呼ばれている」

「なるほどな」


 そうなるのなら、間違いなく胸当てのプレートはレッドロックロックも合成されて一層赤くなるだろう。


「それと聖女の嬢ちゃんにこれを進呈」


 爺さんはルティアに一本の剣を手渡した。


「これは?」

「魔鉱石で作った細剣だ」


 魔鉱石は魔力の帯びた鉱石で鉄より硬い鉱石の事だ。


「サービスだ。銀貨百八十枚分に含んでおいてやる」

「そんな悪いです」

「いいからいいから」


 それでも、ルティアは躊躇うように小さな唸り声を出す。


「貰えるものは貰っとけばいいだろ」


 仕方なく、ソリトはルティアの後押しをする。見る限り業物という訳でもない只の鉄の細剣だ。

 貰って特に損はないだろうし、何より、鉄の剣では実力的に釣り合っていない。使うなら実力に見合うものを使うべきだ、とソリトは思った。


 その流れに乗って、爺さんが受け取ってくれと頼む。


「分かりました。このご厚意に甘えさせていただきます」

「ブラッドコーティングとアングラ加工をしてあるから嬢ちゃんも扱いやすい筈だ」

「アングラ?」


 アングラ加工が何か知らないらしくルティアは首を捻る。


「アングラ加工ってのは重量軽減を施す加工方の事だ。持ってて軽いだろ」

「確かにソリトさんの言う通り軽いです。ありがとうございますおじ様!」

「大事に使ってやってくれ」


 感謝とお辞儀をしてから爺さんと見た目交換という形で魔鉱石の細剣を受け取ると、ルティアは鞘から剣を抜き、上に掲げて眺め始めた。新しい剣が余程嬉しいようで夢中で見ている。


「じゃあ俺は行く」

「明日また来てくれや」

「ああ……ありがとうな」

「はは、なんか小僧には似合わねぇな」


 感謝を述べた自分が馬鹿な気がしながらソリトは店を出た。

 その後、直ぐに細剣に夢中になっていたルティアは、ソリトがいないことに気付いて店から出てきたのは言うまでもない。



 その翌日、ソリトは武器屋にやって来た。

 しかし、そこで思いもよらない言葉をソリトは耳にしてしまった。


「何でも【調和の勇者】が仲間の女達を強姦をしようとしたんだってよ」

「は?」

次回、ソリトに危機が!?

といきたいですが、ここでくそ勇者サイド書こうと予定してます。

―――――――――

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