ランクアップ
大変お待たせしました。
聖槍が聖剣に妬みの目を向けられながら胸を揉みくちゃにされている前を歩きながらソリトはドーラに、よく聞けよ、と一応注意して促してランクアップについて説明する。
「ドーラは今Lv.35。ここが成長限界。これ以上レベルは上がらない。でも、それを突破する、レベルを上げる方法がある。それがランクアップだ。ここまでは良いか?」
「……ひゃう」
「うん!」
「ランクアップはレベルの限界を上げる。それと同時にステータスの上昇とスキルの効果が上がる」
つまり、【孤高の勇者】のような効果を一度だけ受け強くなれるという事だ。
これをドーラに言った所で、スキルの効果を教えていないので意味がないので、ソリトは言わない。
「本当はランクアップせず、暫くはそのままで行くつもりだった」
「何でやよ?ドーラ強くなれるんよ」
ドーラは強さを求めている。
ルティアを、主のソリトを守れる力を。
「ドーラ。お前は多分他のLv.35の奴等よりも数段強い。でも、お前は自分が弱いと感じてる」
「うん…」
「ぁん…だめッス」
「そう感じてる理由にステータスは関係しているが、お前に足りないのは戦いの経験だ」
ルティアと共にドーラも聖剣に戦闘の立ち回りを指導されてはいるが、色々とトラブルが重なり、かじった程度でしかない。
また指導を受けて技術は上げるとしても、そう言った細かい事は苦手なようだ。ドーラには戦闘で経験を積み重ねてやる方が性に合っているかもしれない、とソリトは思った。
これから先、ドーラよりも強い敵は必ず現れる。
その時、戦闘経験は必ず役に立つ。
「ただレベルとステータスを上げて力頼りになれば必ず強敵との戦いでそいつは死ぬ。でも、経験を重ねれば、強敵との差を埋める事が出来る。勝てなくても、死ぬような場面を回避出来る」
「マスター、そいつ限界。もみ」
「……ぅん」
「やよ〜……」
聖剣に指摘されて、ソリトはドーラが目を回している事に気がついた。
「あ〜つまりだな。力だけに頼るな。戦いまくって死なない戦い方、勝てる戦い方を身につけろって事だ」
「分かったやよ!」
「で、本当ならそうするつもりだったが、もうすぐレベルの底上げの出来る場所が開放されるらしくてな。今回を逃すとまた長い間待つ事になるみたいでな、予定を少し変更してそこでレベルも上げつつ、戦闘経験を積む」
「ドーラがんばるんよー!!」
そう言って、ドーラは腕を振りながら意気込む。
「それで聖剣。いつまで聖槍の胸を揉むつもりだ」
「ほお…らめ…しゅ……ひぅ」
「確保。満足するまで」
聖剣は聖槍の胸の先端を摘まみ、クリクリ弄りながら返答する。
「ひぐっ…しょんらぁ…あん!」
何とも淫らな光景に、ソリト、更にドーラまで死んだ魚のような目で眺める。
「ドーラデカチチいらないやよ」
「滑稽。トカゲに大きくなる未来はない」
「お前ちょっとくるん!一発ぶん殴るんやよー!」
胸を揉みし抱かれ、だらしない顔で付いてくる聖槍。
その聖槍の胸を揉みし抱く聖剣。
聖剣に弄られて喧嘩腰になるドーラ。
この輪にはツッコミをしてくれるルティアが同行に必要だったのかもしれない、とソリトは少し思った。
「ははは……はぁ」
肩を落としながら、ソリトはランクアップの為に教会へと足を運ぶ。
ランクアップをするにはスキルを授けられる際の洗礼の儀式と同様に教会で行う為だ。
その前にソリトはドーラ達と人目のつかない建物の隙間に入った。
「聖剣、聖槍。お前らは武器の方に変えろ」
「ああ、ついにうちアポリア王国に返却されるんッスね!?」
「ちげぇよ!」
ソリトは唐突にやって来た聖槍の卑屈発言を反射的に強めに否定する。
「お前ら聖武具の能力については俺達勇者しか知らないからだ」
「了承。マスターの言う通り」
「そ、そういう事ッスか。すみませんッス。ハッという事は先走ったうちはさよならッスね」
「お前がそうなりたいならそうしてやろうか?」
「すみませんッス!うちマスターさん達と一緒にいたいッス見捨てないでくださいっすぅ〜!う゛ぉあああああ〜!!」
涙鼻水を垂れ流し、顔をくしゃくしゃにしてソリトの脚にしがみつく聖槍。
人目につかない場所を選んだとはいえ、このままでは泣き喚く声を探し始め騒ぎになるだろう。
なので、先ずソリトは聖槍の口を塞いだ。
「んぐんぐ〜!」
「静かにしろ。騒ぐとシャレにならん。それと見捨てないから安心しろ」
直後、ピタッと聖槍の泣き声が止まった。
「本当ッスか」
「ここで嘘をついても、後々お前が騒ぐだけだ」
「うぅ…すみませんッス」
「そう思うなら少しずつその卑屈を治す」
「ぐじゅる……はいッス」
聖剣の最後の一言に返事しながら、聖槍は顔から出た体液で濡れに濡れた顔を手で拭う。
その姿が見ていられず、ソリトはコート・オブ・ジャケットのポケットからツギハギだらけのハンカチを渡す。
本当は施設の子ども達から勇者とした出立する前に貰った品なので使わせたくないのだが、仕方ない、と聖槍の前に差し出した。
しかし、聖槍は濡れた顔で視界がよく見えなかったらしく、ハンカチではなくソリトの着ているジャケットコートの方で顔を拭った。
「ハハハ、最高ぉ……」
「すすすみまぷぎゃ!」
真下でしがみつく相手に決して表情が見えないよう顔を正面に向けたままソリトは拳をその誰の頭頂部にロックオンし、【剛力】を発動して攻撃力を上げた拳を容赦なく振り落とした。
顔を確かめることが出来れば、ソリトは額に青筋が浮かんでいることが分かっただろう。
そして、聖槍は気絶したらしく槍の姿に戻った。
「あるじ様、槍の人かわいそうやよ」
「気にするな」
「ん、自業自得。聖槍が悪い」
そう言った後、聖剣は剣の姿になりベルトホルスターに納まった所で、ソリトはドーラ達と教会へ向かった。
その時、何を思ったかは分からないが、聖剣は
「残念おっぱい」
という言葉を気絶している聖槍に捧げた。
「あ…【調和の勇者】様」
教会に到着した。
中に入るとに広間にいた一人シスターだけ。
そのシスターはソリトに気づいた瞬間、気まずそうな顔で出迎えた。
前回訪れた時の件が関係しているのだろう。
「先日は申し訳ありませんでした」
そのシスターが深く頭を下げてソリト達に謝罪した。
「それはあんたらの聖女様に言え」
謝罪をするのなら、あの時治療が必要だったルティアにするべきであって自分にするのは違う、とソリトは謝罪を受け入れなかった。
それを理解したのか、シスターは頭を上げた。
「……その、本日はどのような御用でしょうか」
「こいつのランクアップをしたい」
ソリトはドーラの頭にポフン、と手を乗せてランクアップする相手を教える。
ちなみに、頭にソリトの手を乗せられたドーラは嬉しそうに微笑んでいる。
「かしこまりました。では、儀式の部屋はご案内します」
「ん?その前に先に金を払うんじゃないのか?」
ソリトは案内しようとしたシスターを止めた。
以前、ルティア達のランクアップをする為にアルスのとは別の教会で行った時は一人金貨一枚寄付していたからだ。
ここでは違うのか。それを確かめるためにソリトは呼び止めた。
「以前、私達の同士が大変な迷惑と不快な思いをさせてしまいました。ですので、今回のランクアップは無償でさせていただきたいと思います」
「勝手にそんな事を決めて良いのか?」
「後程、教皇様にこの事をお報せするつもりです。きっとお許しくださります」
どうやら、あの教皇は心酔するほどに敬われているらしい。
「そうか。念のためもう一度言うが、謝罪はルティアにしろ」
「はい。ではこちらへ。ただその前に槍を床から離していただけますか?」
「あ、悪い」
聖槍を背中のホルスターに納めた後、ソリト達はランクアップのする為の部屋へと案内された。
部屋の中は静かだが、重々しい空気が漂っている。
その中心には燈籠のような形をした金属器に大きな水晶が置かれており、その周りを囲むように幾何学模様の方陣の溝が彫られている。
そして、部屋の隅にはシスターが二人、男の聖職者が一人立っている。
ファル、フィールス、アリアーシャの順にランクアップする度に訪れたが、何度来てもソリトは慣れそうになかった。
「そういえば、あのシスターは?」
「あの子は聖職者として相応しくない言動と行動をしたので、聖職者として学び直す為に更正施設へ送られました」
「おぉ」
あの時の不快な態度を取ったシスターはどうでも良くなるほど、更正施設に興味が移り、ソリトは驚きの声を漏らす。
「では、ランクアップする方はこちらへ」
「はーい」
ドーラはわくわくした顔で水晶の前まで出る。
「では、水晶の上に手を置いて、意識を集中してください」
言われた通りにドーラは水晶に触れる。
その時、水晶が徐々に輝き始めた。
それを確認したシスターが扉手前の左に移動した。
「では、ランクアップの儀式を始めます」
シスター達は互いが対角線になる形となって方陣に触れるとドーラと水晶に向かって青白い光が伸びる。
光は水晶に到達すると、ドーラを包んでいく。
そこで終わる筈が、更に光は拡大していく。
「え?…何っ!?」
「これは」
これにシスター達は慌てて方陣から離れたが、光は尚も拡がり、激しく光り輝いた。
ソリトは咄嗟に腕で顔を守ったが、一瞬目が眩んだ。
何度も目を瞬かせながら、ドーラのいる方を見る。
あれだけの輝き放ちはしたが、ドーラに変化は見られない。
『使い魔ドーラのスキルが解放されました』
ソリトは首に掛けている銀のタグを握り、ドーラがランクアップしたのか確認してみる。
【竜姫】
全ステータス四割上昇。
【風魔法】【火魔法】の魔力消費一割軽減。
【竜姫特権】発動可能。
竜化時、物理攻撃力、物理防御力、魔法防御力二割上昇。
竜化時、体力が二割回復。
【竜姫特権】
短時間だけ、竜種、竜族を使役可能。(最大時間一時間)
二割の確率で抵抗される。
使役中の竜種、竜族の物理攻撃力、物理防御力を二割上昇させる。
【孤高の勇者】も大概異常だが、ドーラのスキルは素で異常だった。
ステータスを細かく確認すれば、全体的に約二倍にまで跳ね上がっていた。
平均的にランクアップでステータスは一倍から一.五倍上昇する。
Lv.35の上昇値に【竜姫】のステータス上昇効果を合わせれば、Lv.40〜45の間に値する。
これは物凄い結果だ。
だが、気掛かりな事がある。
ドーラのスキル。
『解放』という事は今まで封じられていたという事。
そんな事があるのか、と疑問にするのは簡単だが、スキルを閲覧出来なかったのも納得できる。
しかし、何故ドーラのスキルが封じられていたのかだ。
ソリトはそこだけは納得できなかった。
「………」
「あるじ様、ドーラ、ピカーってなったけどなにが起こったん?」
「あ…ああ。ランクアップが……出来たんだ」
考え事に意識を取られ、ソリトはドーラが自分の所に戻って来ていることに気付かず、受け答えが不自然になった。とはいえ、今これ以上スキルの事を掘り下げてもキリがない。
それに【竜姫】と言うのであれば、バルデスと戦うまえに出会った竜王と名乗ったランという女性竜族が知っているかもしれない。
ソリトはとりあえず、それでこの件を一旦切り上げた。
「あるじ様、お腹すいたやよー」
「もうそんな時間か。なら、観光区域で飯にするか」
「わーい!」
ドーラは両手を上げて満面の笑みで喜ぶ。
そして、ソリト達は教会を観光区域を目指して歩き始めた。