夜の剣舞と邪魔もの
大変お待たせしました。
誠に申し訳ありません!!
少し時間を遡る。
月は雲に隠れ、巨岩の中に造られた都市アルスを暗闇へと誘う。
辺りに人通りは無く。
骨に染み込むような冷気がアルス全体を覆っている。
そんな闇夜の中、金属の打ち合う音が鳴り響く。
鋭い風切り音がヒュッと微かに立つ。
音は止まない。ひたすら反響する。
小刻良く、時に激しく。
円舞曲を奏でるように。
発生源は東側の表大通りに建つギルドアルス支部闘技場。
中心には華やかなドレスを着たビスクドールのような幼い少女の姿をした聖剣とその所有者であるソリトだけ。
ルティアとドーラは竜車を放置させていたお詫びも兼ねて逃亡前に泊まっていた観光区域東側付近の宿部屋で深く眠っている。
傍には聖槍を付け、何かあれば対処出来る様にしている。
そうして、闘技場を独占するソリトと聖剣。
二人の片手には剣が握られている。
聖剣自らを模倣した投影剣。
「………!」
「くっ!」
互いをパートナーとして殺意をテーマにソリト達は踊るように刃を交える。
ソリトが攻めて、聖剣が受け止める。
聖剣が伝えて、ソリトが受け返す。
紙一重の攻防。
毎秒際限なく上昇するように濃密になっていく集中。
互いを視界に収めながら立ち回り、互いに技巧を高め合う。
「マスター…」
しかし、一つの乱れでテンポがズレた。
その隙に攻めが転じて首に凄絶速度の剣の切っ先が迫る。
直ぐ様体内の魔力循環を安定させ、必殺と言える剣速を弾いた。
そして、再び交じり叩かれる剣戟は交響曲へと変わる。
魔力を乱せば死に繋がる状況下での交わりが始まってから一時間。
極限の中で殺意をぶつけ合う。
ことの発端は以前聖剣を伝にルティアに語ったソリトの推測からだ。
以前、スキルには補助的意味がある。
スキルには自力で習得できるものがある。
また自力で習得不可能な技術を使えるようにする、という推測をした。
ソリトはバルデスの戦いでこの推測を行動に移す必要となると感じた。
バルデスは強敵だった。魔王四将なのだから当然である。
だが、魔王四将一人に引き分けているようではまだまだだ。
もし、他の魔王四将と二人で戦うような状況に出会した場合、苦戦は間違いない。
魔王四将なのだからバルデスと同等。もしくは、それに近い実力だろう。
最悪、敗北する。
ここまで対立した以上、いずれ魔王とも戦うことは必至。
こちらも場合は死ぬ。
故に、実証も兼ねてスキルを使用しない技能を身に付ける。
その最初の段階として、ソリトは【魔力操作】と更に剣術を磨く事を同時平行する事にした。
選択理由は体内で循環させている間に他の事が出来る。
自力で魔力操作を扱えれば、自在に且つ効率的に魔力を使用出来ると言ったメリットがあるからだ。
それにもしかしたら、それが切っ掛けでスキルを獲得することもあるかもしれない。
剣術も同様に【剣豪】の上がまだあるかもしれない。
でなくとも武技を習得できる経験になる。
しかも、【魔力操作】はここ最近使って来ていたので、魔力の流れ自体の感覚は掴んでいた。
昨日の昼頃には既に魔力循環も始めている。
ただ、進行としてはスキル任せだった事もあり、速度は遅く、何とか循環出来るといった状態だ。
ソリトに表に出るような秀でた才能はない。
少しずつコツコツ努力する。自覚してある才能はそれだけだ。
しかし、そのペースでは遅いのではないかと、ソリトは予想した。
そこで荒っぽくはなるが、殺し合いに近い実戦訓練形式で【魔力操作】を自在に使える様にする事にした。
ソリトの経験上、人の体は危機的に追い込まれればその状況に対応しようと様々な事を吸収し、時には思いがけない行動、力を発揮する。
それが今だ。
「安定はしてる。けどっ!」
「っ……!」
壮絶な速度で刃の閃光が同時に三方向から迫る。
ソリトは現在の自分の身体能力の高さを利用して迎え撃つ。
二つの投影聖剣が衝突する。
一方は剣身の針のように細い剣。
一方は約一メートル半後の片手長剣。
力量はソリトが勝っている。しかし、やはり技量の優劣は聖剣が勝っている。
力押しなどない。攻撃に移せば即座に流される。
技量の差を埋めるには剣の技量を磨くしかない。
更に、平行して【魔力操作】を自力で操る事にも意識をまだ向けなければいけない状態だ。
けれど、ソリトはこの状況を寧ろ望んでいた。
最初から一方に不利が傾きすぎている訓練の体裁を取った実戦。
「ハッ―――!」
胸を掠る。右腕を掠る。頬を掠る。
横腹を裂く。左肩を一閃する。太腿を抉る。
聖剣の剣が容赦なく剣戟を振るい舞う。
だが、勝敗は決しない。
行動を限定させる裂傷とは裏に、ソリトの集中力が上がっていっていた。
裂傷は掠り傷に、掠り傷は剣戟を流し無傷へと変化していく。
「良好。剣技の甘い場所が鋭くなってきた。そろそろ速度、上げる」
聖剣の剣速が更に上がった。
一体華奢そうな体の何処から音を上げる剣速を出せるのか、とソリトも疑問符を浮かべざるを得ない。
ただ、体の使い方が上手いのだろうと推測を立てている。
聖剣の剣が一度に五撃、七撃と同時に襲い掛かる剣戟が変化する。
ソリトの剣がそれを弾き返す。
最早、人智を越えた死合。いつ果てるかも不明な中続いていく。
そこへ決着の瞬間がすぐそこまで迫ってくる。
集中力と反比例して攻撃は徐々に劣化している。
焦らず、一手一手対応し、順応させ、聖剣の剣術を吸収させる。
一度の攻撃が九つへ増えた。
喰らいついて弾き返していく。
「っ……ぁ………」
突然。どくん、と大きく脈打った。
魔力が消えていくような感覚に襲われる。
眼球を無理矢理抉り取られている様だ。
更に呼吸が上手くとれない。段々意識も薄れていく。
そこへ迫って来る一筋の剣閃。ソリトは残りの一撃を流し損ね、胸から脇腹へ袈裟斬りをもらい斬り飛ばされた。
「マスター!!」
異変に気づいたのか聖剣が直ぐ様目の前まで走ってくる。
「来る……な…ぁあああああああああああ!」
聖剣に向かって制止の言をソリトの絶叫の如く叫んだ。
また、その叫びは聖剣だけでなく、自分自身の中の中にも向けたものでもあった。
そして、全身から衝撃波が生じる。
取り囲むように砂を巻き上げる暴風が生み出された。その中にはもう一つ黒い風が混じって吹き荒れている。
「マスター……マスター!」
視界の先には命令を無視して近づこうとしている聖剣の姿が見えた。
声が聴こえてくるが遠くに感じる。
そんな事もどうでも良くなるほどの速度で負の感情が流れ込んでくる。
どす黒く、冷たい。
ソリトはこの感覚を知っている。
それは以前にも何度か入り込んできた、あの黒い何かと同じ感触だ。
憎い、ニクい、にくい。
コロす、ころす、殺す。
腹立たしい、消えろ、消えろよ!
だが、今回は感情に苛立ちが含まれているようだ。
他と比べて小さいが、それ故に凝りのように浮き出たように目立っている。
何故苛立っているのか、何処に、誰に向けたものなのか知らない。
邪魔、ジャマ、ジャま、じゃマ。
「うる…せぇ……」
まだ流れ込んでくる苛立ちが頭に障り、ソリトも本当に苛立ってきた。
憎い、殺す、腹立たしい、邪魔。
どれもソリトは理解できる
仲間に恋人に国に裏切られて憎い。
殺したいとも思った。
けど、それを行動に移すと終わってしまう。
ソリトという人格が破綻する。
反転して狂い笑った時、そんな直感が全身に迸った。
だから、閉じた。否、閉じられたのだ。
本能が危険だと悟った瞬間に。
「……じゃまなのは……」
だから、前者に関しては理解できるが、後者に関しては何処の誰かも知らない感情を勝手に流し込んで押し付ける今の方が、ソリトは邪魔で腹立たしかった。
「俺の中に勝手に入ってくるてめえだあぁ!」
怒号と共にソリトは【魔力放出】を発動して全力で魔力を体外へと解き放った。
奪われるくらいなら、意味もなく身体強化に回して魔力を無駄に使い潰す。
聖剣やルティア、ドーラ達の苦労を無駄にしてしまうかもしれないが、再び魔力欠乏症になろうと自分の邪魔をするなら多少の自己犠牲、ソリトは構わなかった。
吹き荒れる暴風に衝撃波が加わり、全てを破壊する嵐の如く荒れ狂う。
そう思われたが、吹き荒れる暴風と黒風は衝撃波が持続するに反比例して小さくなっていき、やがて何事もなかったかのように消滅していった。
そして、それは同時にソリトの魔力が底を尽きた事を意味する。
「マ…ター………槍………を……!」
少女の声が聞こえる方向とは別に、ソリトは一瞬、何か黒いものを見た気がしたが、直後、朦朧としていた意識が途切れてしまった。
聖剣と闘技場にアリ地獄のように扇形に抉れて地下水路と繋がりそうな破壊の爪痕を残して。