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side11 世界崩壊の原因。愚かな賢者の決断

お待たせしました。

※鬱憤が消えるかは保証しかねます。申し訳ありません。

 最初に知った感情は両親の怒りだった。

 環境によるストレスだったのか、不仲なだけだったのかはファルも覚えていない。

 ただ、裕福な家に生まれ、高度な教育、心身共に健やかに成長する道程とは真逆で、喧嘩ばかりだった事だけは覚えている。


 一番初めの感情は恐怖だった。

 貧民で盗みをしなければ生きていけない。食料を持ち帰らなければ両親から暴行を与えられる。

 そんな極限の生活をまだ二歳という中で余儀無く送っていた。


 けど、ある日。

 ファルは親から捨てられた。

 何をどうすれば良いかもまだ判断することが難しい年齢の幼子が一人で生きていられるわけがない。

 恐怖以外の感情を知らない彼女に残ったのは、無気力だけ。

 何をするでもなく、クレセント王国の辺境街アロの路地裏でぼうっ、と抜け殻の様に座っている日々。


 それから四、五歳位の頃。

 いつしかファルは、多くの事を憎むようになっていった。

 こんな扱いをこんな暮らしを何故私がしなくちゃいけない。

 親が悪いのか?

 国が悪いのか?

 世界が悪いのか?

 分からない。

 分からない。

 ただ、憎しみだけが嫌気がするほど募っていた。


 そんな時に出会ったのが、同じ二歳の頃のソリトとシスターマリーだった。

 手を引かれるまま教会が経営する孤児施設に引き取られた。

 そこで初めて〝温かい〟というものを知った。


 手料理、人の心、家族。

 シスターマリーから、同じ施設の子ども達から色々様々な温かいを貰った。

 優しいを知った。嬉しいを知った。美味しいを知った。

 辛いや寂しい、悲しいを知ることもあったけれど、それを含めて楽しいを知った。


 そして、その多くを教えてくれたのはソリトだった。

 脱け殻のような彼女が物心つくのは遅く、気付いた時にはソリトは隣にいた。

 誰よりも隣にいてくれていた。


 けど、それは新しくやって来た子どもの肩身が狭くならない様にするためなのだと三年後に知った。

 でも、ソリトのその行動が好意……恋心を持つ決定打となった。


 それでも、憎悪の気持ちは消えなかった。

 何処にぶつければ良いのか分からず、胸中で大きくなっていった。

 同時に、この人とずっと生涯を暮らせたらと願う様になった。


 個人への愛情と行き先のない憎悪。

 二つの相反する感情で、ファルは再びどうすれば良いのか分からなくなった。


 けれど、そんな葛藤は十二歳の洗礼の儀式で【賢者】のスキルを得たと同時に世界の崩壊を知るまでの事だった。




 一人の女性魔族がいた。

 彼女はまだ畏怖の念を抱かれる前の、魔族を先導し共に歩んでいた頃、初めて畏怖の対象とされた魔王であった。


 彼女は多くの街を通り、多くの民草と知り、触れ合っていった。

 一日に一回は必ず民草と会った。

 都市に住む者、都市を訪れる者、皆。

 ある日、一度だけ国を少し離れた。そこで人間族という魔族とは異なる種族と初めて出会った。


 おそらくその時、こう思ったのだろう。

 この種族と共に歩めば、より豊かになるのではないかと。

 故に彼女はすぐに国に戻り、準備を整えたのだ。

 そして、魔族は人間族の国と友好関係を結ぶことが出来た。


 友好関係を結び、築いていき豊かになった。

 だが、それは何処かで止めるべきだったのだ。

 豊かになることで、可能性を生み拡げたと同時に両種族の欲求の枷を外してしまったのだ。


 その欲求はより強い権力を求めた。

 なれば無論、矛先は魔王と人間族の王の権力となる。


 信頼と信用は(うわべ)に変わった。

 友好関係は(うそ)に変わった。

 民草の生活を利用、その心を利用した。

 不満を与え、反抗心を植え付け、反感を生ませた。

 そうして、同族も人間族も魔王である彼女を人間族の王を蹴落とし転覆を狙ったのだ。


 その時、彼女の感情は自身のスキルを歪ませたのだろう。

 スキルは呪いと化し、時間が経つ度に膨れ上がっていった。

 やがて、呪いと化した【魔王】スキルは魔王である彼女が滅んでも魂を縛り、世界に留まり、根付き世界その物へと向けるようになった。

 見境がなく世界の生命体を襲い命を奪っていった。


 それを食い止めたのは人間族側の王だった。

 けれど、【魔王】のスキルを完全に消滅させる事は出来なかった。

 根付いた事でスキルは残存したのだ。



 その頃、人間族側の王は死の縁に立っていた。

 自分の力だけでは圧倒的に足りず、自身のスキル権限を通常で使うにも少し足りなかった。

 だから()は自分の生命力を還元した。

 それでも足りなかったのは誤算だったと思う。


 彼は何を思ったのか、自分のスキルを未来の誰かに託すことにした。


 しかし、そこに呪いとなった【魔王】スキルが介入した。

【魔王】スキルは都合が良いと思ったのだろう。

 自身が復活する器として彼のスキルが継承される者を利用しようとした。

 彼のスキルは反発した。

 しかし、それによって彼のスキルは四つに分けられ、歪んでしまった。

 それが【勇者】スキルだった。


 またそれによって魔族、魔物特攻という効果が付与された。

 これは【魔王】スキルが世界を滅ぼすために反転に復活を目論んだ際、歪んで生まれたものだった。


 更に、反発した二つの力は勇者と魔王のスキルが永遠と継承される事にもなる原因となり、勇者と魔王、人間族と魔族の戦いが繰り返される始まりとなった。


 そして、その滅びは近い…らしい。




 滅びの原因となった歴史を【賢者】スキルを得たその日の就寝中、夢として見たファル。


 そして、【賢者】スキルには三回だけ質問した解答を得られる権利があった。

 個人的な事から世界の未来まで。

 しかし、このままでは世界が終わる。小さくても幸せな暮らしを手にすることすら叶わなくなる。

 ソリトも、シスターマリーも皆もうすぐ知らずに消える。

 それも良いかもしれない。

 けど、もし、ソリト達に残酷な結末が待っていたら?

 そう思ったファルはこの円環を絶ち切る道を選んだ。


 一回目は、最初の段階として呪いの円環を終わらせる為の方法だった。

 それには先ず【勇者】を【反転】させ、世界のバランスを崩す必要があるらしい。


 その【反転】とは、その者の負の感情が臨界点を突破した時に起きる現象。

【反転】した勇者のスキルは変質し、差違はあれどその勇者の心は歪んでしまう。

 そして、そこから更にもう一度負の感情が臨界点に達すると、【反転顕現】というスキルを得る。


【反転顕現】とは彼の王のスキルを継承するに至るために歪められて生まれたスキル。

 そして、【魔王】スキルの介入によって、魔王へと至り、最終的に呪い化したスキルの器にもなってしまうという事らしい。


 難しい。中途半端にやって一歩間違えれば、魔王に至る可能性もあるのだから。


 それからファルは二回目の質問をした。

 継承する可能性が一番ある【勇者】スキルがどれか。そして、その解答が【調和の勇者】だった。

【調和の勇者】は反発した二つの大きな力のバランスを取る為に偶発的に生まれた【勇者】スキルだった。


 確かに【反転】すれば世界のバランスを崩すことに繋がるだろう。

 その為には【調和の勇者】を探さなければならない。

 それも出来るだけ早急に。

 一回目の解答によれば、世界の何処かに根付く【魔王】スキルは勇者と現代の魔王や各国の王族の行動を見ているらしい。


 しかし、その必要はなくなった。

 何の因果かソリトが【調和の勇者】に選ばれてしまった。


 残酷だった。

 これから自分が取る選択肢が二つであることを理解してしまった。

 一つは世界を見捨てて、世界が終わるのを放置する。

 二つ目は、当然ソリトに世界を委ねる事。

 しかし、どちらにしてもソリトはきっと立ち向かうだろう。

 ソリトはそういう人間だ。


 ファルは世界を憎んだ。

 原因を作った過去の人間族を、魔族を。

 こんな真相を教える【賢者】のスキルを。

 人間族は、魔族はなんて愚かなんだろう。

 生まれた知的生命体の中で優れた種だと言うのに。

 これでは弱く、脆く、欲に溺れ、救いのない動物でしかない。


 呪いにまでなって存在し続ける初代魔王のスキルの選択が嫌でも理解できた。

 でもその存在さえ愚かだ。

 世界を滅ぼそうとするその【魔王】スキルも憎い。



 ファルは三回目の質問をして解答を貰った。

 それで分かった事は予想通りだった。

 これまでの【賢者】も勇者に彼の王の力を継承させようと動き、悩んでいた。

 動かず、勇者と魔王、人間族と魔族の戦争に手を尽くし、次の【賢者】スキル所持者に委ねる者もいた。

 あらゆる方法を試したが失敗で終わりそうになった。


 そのどれにも自分の人生が代償を策に含んでいなかった。

 要は安全圏の確保、自分の幸せを守ろうとした行動ばかりだった。

 当然と言えば当然だ。

 見返りのない行為などやっても自分自身には得などない。

 けれど、一度だけ上手く事が進ませれていた【賢者】がいた。


 ファルは悩んだ。迷い迷って、同じ悩みを何度も抱くまで悩んだ。


 世界を見捨てさせる選択を与えればソリトと本当に幸せな暮らしなど出来ない。

 もしかすると、偽りでも幸せな家庭を築けるかもしれない。


 でも、ファルは知っている。

 人間族だけではあるが、愚かな生命の中にも希望を持たせてくれる〝本物〟がいる事を。


 だが、円環を終わらせる事を選べば、自分に幸せな未来はやってこない。

 やっては来ないが、世界を滅ぼそうとする愚かな存在を消し去る事が出来る。


 そう。これは自分の世界に対しての復讐でもある。


 でも、私情で自分の様に憎悪を抱かせてしまうことになるが、ソリトに幸せな未来も残せる。

 どちらにも利益がある。

 そう思った時にはファルの中にの何かが欠如していたのかもしれない。

 故にファルは自分の人生を棄てる決断ができたのだ。


 ソリトを死なせないために強くなるようにする。

 何があっても、何が起こっても、何をしようと、ソリトを利用することになるとしても。

 無論、これが正しいなんてファルも思っていない。

 これから先、犠牲を出すこともあるだろう。


 愛する者の未来を残すとしても、復讐の為にその彼を利用するなら、間違いなくファルは悪だ。


 でも、それでソリトが死なないなら、シスターや孤児院の皆を救える可能性があるなら。

 たとえ馬鹿だ、愚か者だと言われようと、嫌われ、憎まれようと、それが最善だというのなら。


 〝私は悪で良い〟


 決断したファルの行動は早かった。

 ソリトが自分に好意を持っているのは気付いていたし、ファルもソリトを愛していた。

 時期を見て、絶望の底に落とす。

 ファルが反転させられる方法はそれしかなかった。


 その下準備として国王や周囲の人間達を誘導する行動に出た。

 洗脳するような魔法はなかったが、ソリトの関係という事もあって王城に入り、幻影魔法で姿を変え、少しずつ差別思想の強い国王や貴族達の種を肥大させていった。


 協力者を得て情報も収集した。

 そうして、クロンズやフィーリス、アリアーシャ達と合流した時は好都合だった。

 情報収集した中でクロンズは勇者の中で唯一排除する対象だった。

 彼は次に魔王になり得る存在だったのだ。

 でも、勇者のまま排除するのは早計だ。

【賢者】が再び行動し始めたとバレる可能性がある。


 だからあくまでも【反転】させるのはソリトだけと思わせる。

 その為にファルは寝取られやすくできるようにしてあげた。

 言っても、単純に隙を作っていただけ。

 誘導などしなくともソリトが慕われる姿を見て醜くく嫉妬して、クロンズはゴブリンの様に本能まま犯そうと後ろからファルを襲った。


 抵抗はしなかった。

 パーティとして過ごしていき、【嵐の勇者】が円環を終わらせる為の選択肢の中で近道にもなる答えの一つと分かったから。


 相手に不信に思われると行動が狭まる。

 最低最悪な選択でもクロンズの要求に耐えるしかなかった。

 耐えて、耐えて、耐え抜いた。

 その時、偶然にもソリトに見つかってしまった。

 予想外でバレたときは焦ったが、【調和の勇者】ならソリトは問題ない。

 世界のバランスを維持するために、病気でもない限り大抵の事では死なない様になっている。

 世界そのものに守られている。


 けれど、未来(これから)の事を考えるとソリトに問題を抱えさせてしまう事になった。

 もう一度、ソリトが誰かを信じ、それが女性であれば、夜に見たファル達の交じわりはトラウマとして弊害となる筈。


 心苦しかった。

 心の中で謝罪した。

 理由があろうと復讐に利用している者の謝罪が無意味だと分かっていても。

 許されない事だと分かっていても何度も、何度もファルは謝罪した。

 一番の愚か者はやっぱり自分だった、とファルは改めて思った。

 自分では、ここからソリトの弊害となるであろうトラウマを取り除く方法が分からず、ただ誰かに祈るしか出来ないから。



 それから仕込んできたが、ソリトは一向に王に至らなかった。兆しもなかった。

 その原因が【癒しの聖女】だとわかるのに時間は掛からなかった。


 ソリトに手を差し伸べるのはまだ早い。

 だからファルは、一旦ルティアを排除することにした。

 ただ、本当に排除するわけではない。

 それにもし少しでもソリトが心を開いているのなら怒りは憤怒に憎しは深い憎悪になるだろうと考えていた。

 しかし、一歩間違えば魔王となる。

 危険な賭けとなるのは明白。

 後日、それが間違いで危うく【反転顕現】を魔王の方向へと持っていく事になりそうだった。


 そうして、ファルはクロンズ達と共に捕まった。

 今も計画は進んでいる。

 しかし、ファルの行動はバレてしまった。

 投獄されていた教会の地下は強力な結界魔法が張られており外部と遮断した空間になっていた。

 それを力で無理矢理抉じ開けた。

 お陰で多少なりと力を削ぐことができた。

 後はルティア達に任せることになる。


 本来は【天秤の聖女】クティスリーゼと最初に接触させるのがファルの予定だった。


 自分を含めて断罪させ段階を踏み、真相を思い出し近づきながらソリトといて欲しかった。

 結果的にはルティアで良かったのかもしれない。


 そうして、今に至る訳だが、クティスリーゼに何も伝えられなかった。

 だが、要望だけならソリトとの距離を多少楽に縮められることは出来るだろう。

 裁判では好意的に思っているようにも感じた。

 こちらも結果としてはそれで良かったのかもしれない。


 けど、現代の魔王を倒すこと。

 他の勇者二人が魔王の器にならない者であること。

 そして、最後に最も勇者の中で魔王の器に近いクロンズが永獄魔法の効果内で寿命が尽きること。

 簡単に言えば、餓死になってもらうこと。


 この条件が揃えば、きっと、痺れを切らして表に現れてくれる筈だ。

 ただ、まだ大丈夫だとしても時間は限られている。


 けれど、もうファルは何処とも分からない虚無の中で祈る事しか出来ない。

 だが、ファルがいなくとも彼女の復讐はまだ続いている。

 それを知るのは彼女だけ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ファルは古い世界を破壊し、ソリトの未来のために新しい世界の創造を自己の未来の放棄と引き換えに選んだということでしょう。ただソリトの未来という救い以外の一切の救い(読者からのヘイト回避を含む?…
[一言] ファルの言い訳は、予想の範疇でした。 しかし、裏切りはどんな理由でも許される事ではありません。 主人公の気持ちも、何も考慮していない愚か者の判断としか言えません。 ファルにはがっかりしまし…
[気になる点] 裏切り方がなぁ〜、ちょっとズレを感じるし。絶望を感じさせるのに身体売るという発想に? もっと違う裏切り方なら・・・ 例えば生死に関わりそうないきなりな裏切りだけど安全マージンとっていて…
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