5 相対
「歩の奴……」
何のつもりだ。
俺は下駄箱に入った手紙を握り締めながら立ち尽くしていた。
今時、SNSも使わずにこんなことをしてくる精神を理解出来ないがあいつなりの考えがあるんだろう。
「行かない……って手は——」
無いか。
突然こんなものを遣してきたんだから、何かしら理由を付けて行かないことは可能だが、歩が何をする気なのかが気になった。
例え、その愚かな好奇心が我が身を滅ぼすことになる可能性があると分かっていても。
放課後
「あらそう、じゃあ私は見物させてもらうわ」
俺の教室の前にいた彩にグラウンドに行く旨を伝えると、さらっとそう言われた。
「見物って……どこから?」
「選択教室Ⅱとかがいんじゃ無いかしら。よくグラウンドは見えるし、まず人も来ない」
「それじゃあ会話が聞こえないだろ」
「構わないわ。見ているだけで十分よ」
何か考えがあるのだろうか。
「まぁ、いいけどさ……」
「じゃあ、行ってらっしゃい」
「あぁ」
急かす彩を他所に、俺はグラウンドへと向かう。
「……」
グラウンドには歩ともう一人野球部員らしき人が待機していた。
「わざわざユニフォームに着替えてるし……」
勿論俺は制服と普通の運動靴でグラウンドに踏み入る。
「来たか」
歩が俺に向き合ってバットを差し出してきた。
「……なんだよいきなり」
「球技大会、お前野球なんだよな?練習がてら久し振りにやろうぜ。俺が投げてやるよ」
えらく上から目線の台詞だ。
「……そんなの勝手にやっていいのかよ」
「許可は取ってるよ。それに今日は先生の事情で練習自体無いしな」
許可を取っているということは事前準備していたということだ。
大方俺にムカついてるから野球でボコしてストレス発散ってとこだろ。
「分かったよ。俺は5、6年振りなんだから期待すんなよ」
バットを受け取り、バッターボックスに入る。もう一人の野球部員は何も言わずにキャッチャーにつく。
(今回ばかりは俺が悪く見えても仕方がない。だからお前のストレス発散に付き合ってやる)
そんな気持ちでバットを構えた俺だが、
「っ……!」
マウンドに立った歩は別人だった。
強者の目。それはプロ野球選手であろうと初めてバットを握った人間でも感じただろう。
「じゃあ、行くぞ」
ビシュッ!!
そんなマンガみたいな擬音を肌で感じた。
気がつくとボールはミットの中。
一球目で「俺に打てるレベルじゃない」と確信させる程の豪速球。
「言い忘れたけど、投げるのは十球だけだ。バットを振るくらいはしろよ」
間髪入れず二球目が飛んでくる。
「くっ……!」
バットを振りはしたものの掠る気もしない。
体育の授業以外の運動なんてしていないんだからこうなるのは当然だ。
「どんどん行くぞ」
(打てる訳ねぇだろ……)
半ば絶望しながらタイミングだけでも合わせられないかとバットを構えた。
そんな調子で八球目まで投げたところで俺は気づいた。
「は?」
グラウンドの周りに100人を超える観客がいることに。
「あぁー、集まっちったか。一応言っとくが勘違いすんなよ。俺は呼んでない。ただ、野球部エースがグラウンドでなんかしてたら興味持って見にくる奴くらいいるかもなぁ」
彼の目は笑っていた。
(ハメやがった)
歩の目的は俺を晒し者にすることかよ。
「にしてもお前、全然打てないよなぁ!」
歩が急に声量を上げる。まるで観客に聞かせるように。
「まぁ、仕方ないか。彼女が死んだら妹に乗り換えるようなクズ野郎なんだから!」
それとこれとは関係無いだろ
と、言ってやりたかったが現状そんなことを言える俺じゃない。
それよりも腹が立った。
こんな回りくどいことをしてまですることがこれかよ。
汚くて、卑怯。
お前は幼い頃もっと真っ直ぐな奴だったじゃねーかよ。
俺はそんな歩と訣別するために下ろしていたバットを上げる。
「戦意は失って無いようで何よりだ」
ボールが飛んでくる。
俺は全力でバットを振る。
でも当たらない。
「くっ……」
ラスト一球。
観客はさっきの歩の発言を聞いてざわついている。
「ラスト一球だ。掠りでもしたら褒めてやるよ」
絶対に打つ。
そんなちっぽけな信念を抱いても——
ビシュッ!!!
ボールはミットの中にあった。
結果は誰もが予想したようなものとなった。
分かってはいた。ここでホームランでも打てる奴は少年マンガの主人公だけだって。
「ダセェな慎二。まぁ、俺も相当にダセェけど」
俯く俺に歩は言葉を投げつける。
「お前はそのダセェ奴に負けたクソダセェ奴だよ」
俺からバットを奪って歩がスタスタと帰っていく。
俺も立ち上がり、帰ろうとする。
(球技大会は絶対負けねぇ……)
俺は歯を食いしばりながらグラウンドを後にした。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
まず、長々と待たせて申し訳ありませんでした。書く気にならなかったというのが本音です。これからは今までのペースで投稿していくつもりなのでよろしくお願いします。
Twitterアカウントは@DoleLaです。作品について呟いたりしています。