7限目 運営も大変です
一学期も半ばに差し掛かった頃。
社高校でも、とあるイベントが発生する。
年5回、毎年の恒例行事。エンカウントを避けることはできない確定イベント。仮にソシャゲで例えるならば……4月1日に専用イベントを実施する、もしくは夏になったら新しい水着キャラがガチャに登場する。それくらい確実に発生するイベント!
その名も、定期考査――!!
当然ながら、この学校でも一学期の中間テストが行われるのだ。
そして、今日がイベント初日である。まだ参加者がやる気に満ち溢れている状態。ただ、イベント終盤になると……目も当てられない惨状。疲労困憊。死屍累々。
3年S組でも各々がテスト前に意気込みを見せる。今日ばかりは、教室でソシャゲに勤しむ生徒も心なしか少ない気がする。
まぁ、一部の生徒にとっては全く関係ないのだが。
「ヤッベー! まっっったく勉強してねぇわー! ヤベー!!」
そう言いながらスマホをポチポチしているのは、もちろんタケシ。
このセリフは隠れて勉強してきた人間の常套句であるが……絶対やってない! タケシはマジで絶対に勉強してないタイプ!
「ヤベー! なぁ、メグル。お前はちゃんとやってきたか? なぁ?」
「ちょっと! 話し掛けないでくれる!?」
「ひっ!? コイツ、本気の目をしてやがる……」
高校の定期テスト。学校内の成績が決まるだけと侮るなかれ。人によっては、その成績が進学に直結するのだ。即ち、推薦の資格が取れるか否か。
故に、普段はソシャゲ狂いの生徒たちも、今日ばかりは直前まで勉強に集中。ソシャゲの絶対にミスれない局面並みに集中している。
「さっすが、ガリ勉の委員長は違うねぇ。おい、タメルはどうだ? 勉強したか?」
「ええとぉ……ちょっとはぁ……」
タメルは普段通り、おっとりと答える。これは恐らく、勉強している。彼のソシャゲのプレイスタイルから考えても、慎重派の心配性。しっかりと勉強しているはず。
ソシャゲとは、プレイヤーの人格が正確に反映される画期的なツールなのだ。どこぞの性格診断よりも正しく人間性を表してくれる。
「タケシ……全く勉強してないのか? 大丈夫か? そんなだから、簡単なクエストもクリアできないんだよ。フレンドに頼らず、自分で工夫してやってみろよ」
メガネをくいっとさせながら登場したのは、トツオである。金枠先生と話したあの日以来、どこか自信がついたようだ。
「私は、一夜漬けですが……自信あり、です……」
あの口数の少ないマトイが、自分から会話に参加するなんて。なにか心境の変化があったらしい。
さらに、一夜漬けにしては見るからに元気。実のところ、ソシャゲのお陰で夜更かしに身体が慣れたのだ。これならば、テスト中に貧血で倒れることもないだろう。
「みんな勉強、頑張ってる! タケシさんも、テスト頑張るアルよ!」
留学生のカキンも日本語が上達した。もしかしたら、彼女はタケシより高得点を取るかもしれない。英語のみならず、国語でも。
なんだかんだで、3年S組の生徒は金枠先生の指導により、心身共に成長しているのだ。
これも全て、ソシャゲの恩恵! ソシャゲが繋いだ仲間たちの絆――!!
……
遂に訪れた。初日の一限目は、英語のテスト。
確実に、問題文の中にソシャゲ用語を満載に突っ込んでくる。長文問題では、絶対にソシャゲについて延々と語っている。逆に考えれば、めっちゃ対策しやすい。出題傾向が最初からモロバレ。
「はい、お前らソシャゲのテストを始めるぞ席着け~」
「おいおい、きんわっつぁん! 英語のテストだろ?」
「おっと、そうでした。うっかりうっかり。レイドボスに攻撃するための編成を組んでいたら、他のプレイヤーに撃破されてしまった時くらいうっかり」
「それ、ちょっとムカつく奴!!」
こんなことを話す教師は、この学校に一人しかいない。我らが金枠先生の登場である!
「さて、お待ちかね。一限目の英語のテストを始め――ようと思ったのですが、残念ながら明日に延期でーす!」
クラスのみんなは唖然とする。いや、テスト直前に言うことじゃないよね!?
教室中でブーイングが飛び交う。
「金枠先生! 何故ですか!?」
「はい、メグル落ち着きなさーい。先生も人間ですからね。失敗することがあるんです。ちょっと、ソシャゲのイベントが忙しくて……テスト作るの忘れてました!」
「クソみてーな理由じゃねぇか!!」
「うるさいぞー、タケシー。お前が変なことやらかしてギルドのメンバーから非難を浴びてるスクショ、みんなに公開してやろうか~?」
「陰湿だな! いや、SNSでいるけど!!」
ギルド内での吊るし上げとして、SNSに晒される事例が稀にある。いやはや、恐ろしい時代になったものだ。
鬱憤が溜まっているのは分かるが、ちょっとやり過ぎなので十分に注意しよう。一時の感情だけで動いてはいけない。もちろん、ギルマスも注意してあげよう。
「まぁ、テスト問題は今日中に作りますから。明日の五限目に延期となります」
「そんな。待ってください! さすがに酷いですよ! みんな今日のために勉強してきたんですよ! 一限目の英語のテストに合わせて!」
「メグルが言うことも、一理あります。ですが、無理なものは無理なんです。ガチャラインナップに入ってないキャラを、ガチャから出すくらい無理な話。というわけで、気分転換に英語の授業を始めたいと思います!」
「いや、なんでだよ!!」
タケシの魂の叫びが教室に響くのだった。
《 put off ~ : ~を延期する 》
「プットオフ! もう、定番の語句ですね。よく出る。ちなみに、この後ろに動詞をくっ付けたい場合には、動名詞『~ing』しか使えませんので要注意。同じ意味の『postpone』も使い方は共通です」
○ put off ~ing
× put off to ~
例:行くのを延期する ⇒ put off going
「以上が基礎編です。ソシャゲで言えば『ノーマル』のストーリーモード。ここからが本編の『ハード』です!」
《 The scheduled event was put off, so players became free. 》
「じゃあ、誰にしようかな~? えっと、今日は何月何日だ~? まぁいいか。タケシ」
「ふざけんなよ! 苦手属性をピンポイント単体攻撃かよ!」
「違います。タケシが『挑発持ち』なだけです」
「マジかよ!?」
確かに、タケシは挑発の特性を持っている。最優先で攻撃されても仕方ない。彼はHPの高いタンクキャラだったのか。
※挑発持ち:敵を挑発することで優先的に自身を攻撃させ、他の味方を守る特性
「ったく、しゃーねーなぁ……まず、名詞だけ区切るんだったか?」
《 【The scheduled event】 was put off, so 【players】 became 【free】. 》
「前から順に……予定のイベント、プレイヤーたち、自由、だろ……」
「おっ、今日は調子が良いなー」
「ってことは、イベントが延期したから……プレイヤーたちは自由……?」
「クソみたいな翻訳ですね! 期待した先生がバカでした!」
「この野郎!」
「はい、メグル。いつもの~」
「予定していたイベントが延期されたことで、プレイヤーたちは時間を持て余した。be動詞の直後に過去分詞形のputがあるため、受け身の文章になります。putは過去形でも過去分詞形でも、形が変わりません」
《 The scheduled event was put off, so players became free. 》
(予定していたイベントが延期され、プレイヤーたちは暇になった)
「その通り! まさに今の先生と同じ状況ですね! つまり、生徒のみんながプレイヤーに該当します」
ここまで金枠の話を聞いて、次の瞬間には生徒の誰もが身構えた。
来る。きっと、来る。もう一人の金枠先生の人格が!
「なぁ、どうしてイベントは延期されちゃったんだぁ~?」
金枠の迫力を前に、生徒たちはピクリとも動けなくなる。これがソシャゲを極めし者のオーラ。ドス黒い煙が身体中から湧き上がっている(ように思える)。
ソシャゲの頂点へ到達するまでに、いったいどれだけの業を背負ってきたというのか。幾人のプレイヤーを蹴落としてきたのか。
「今日は5月27日だからぁ~、タケシィ~?」
「関係ねぇじゃん!」
「なーんでせっかくのイベントが延期されちゃったんだぁ~?」
「そりゃあ、運営のミスだろ!」
「はい、最低の回答です! このバカチンがぁ~! 確かに、運営にも非があるでしょう。だからと言って、運営を責めていい理由にはなりません!」
誰しも知っているだろう。人間はミスをする生き物である。
どんなに注意していても、間違える時は間違える。失敗する時は失敗する。だが、それを弁明しても……見苦しい言い訳にしか聞こえない場合がある。
ソシャゲの運営が良い例だ。
「プレイヤーたちが、イベントを見据えて入念に調整していたことは理解しています。ギリギリまでスタミナを溜めていたことも。ですがね。運営も人間なんです。彼らにも事情があるのです。責められても、決して良い気分にはならない」
みんなも経験したことがあるはず。親や先生に理不尽に怒られたこと。理由があっても、聞き入れてくれない。こんなに悲しいことはない。
だが、それと同じことを。みんなもソシャゲの運営に対してやっていないだろうか?
私は問いたい。声を大にして問いたい。
「それに、運営はあとで謝罪として『お詫びアイテム』だってくれるでしょう。これほど真摯な対応が、現実世界で他にありますか? 彼ら運営に文句を言うくらいならば……頑張ってください。そう声を掛けてあげるべきです」
生徒たちは、真剣な眼差しで金枠を見つめる。自身の過去の行いを悔いるかの如く。思い当たる節があるのだろう。
「運営とプレイヤー。お互いが気持ちよくゲームを続けられるように、歩み寄らなければなりません。イベントが延期した結果、スタミナ調整が狂うかもしれない。そんな時のために、みんなにはこの言葉を贈りましょう。溢れるスタミナは黙って曜日クエスト」
聞き入ってしまった。またしても生徒の一人残らずが金枠の演説に陶酔してしまった。
ソシャゲを極めると、人心掌握の術まで会得するのだろうか。
「さて、今日の復習は『運営の事情も理解してあげよう』。この言葉を胸に、テストが終わったらソシャゲによくよく励むように。いいですね?」
「はいっ!」
全員が一斉に返事をする。
英語のテストが延期されて、あんなに怒っていた生徒たちも……今では穏やかな表情をしていた。
「ですが! 毎回毎回イベント開始日を延期したり! 慢性的にメンテを長時間延長したり! そういうソシャゲの運営は論外です! 彼らは一切悪いと思っていない! もっとプレイヤーに敬意を払って、ちっとは反省しなさい!! 全く……」
やっぱり最後はそうなるのか、金枠先生! 期待を裏切らない、金枠先生!
「つまり、イベントがたった一回延期されたくらいで、運営に文句なんて言っちゃダメだぞ~。では、先生はここにてお暇しまーす! 旬のイベントに集中……じゃなくて、テスト問題を作らなければならないので!」
今やクラスの誰も、金枠先生を責めようなどとは思わなかった。
一人、勘の良い生徒を除いて。メグルである。
「ちょっと待って! みんな騙されない!? 私たち、良い話で丸め込まれてない!? 金枠先生は! 馬鹿みたいな理由でテストを作り忘れた自分を! 棚に上げてるだけ! 壮大な話に仕立て上げて、のらりくらりと誤魔化しただけじゃないの!」
しかし、後の祭り。彼は既に教室から出ていってしまった。
今回もやはり、金枠先生が一枚上手だった。