表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/18

6限目 ギルドの人々

 3年S組の朝のホームルーム。


 適当に出席を取り、先生が連絡事項を話し、昨晩のガチャ結果を報告する。


 いつも通りの日常。そう思われた――


「はいっ! ここで皆さんに重大なお知らせがあります!」


 重大なお知らせ。ソシャゲの運営が発すると意味深な言葉であるが。本当に重大かどうかは、フタを開けてみなければ分からないものだ。


 そして、「学校」「朝のホームルーム」「担任からのお知らせ」……どう考えても()()としか考えられない!


「この度、3年S組に新メンバーを迎えることになりました!」


 そう、転校生である!


「きんわっつぁん! 男っすか!? 女の子っすか!?」


「うるさいぞー、タケシー。お前のソシャゲ専用SNSアカウント、みんなに暴露してやろうか~?」


「なんで知ってんだよ!?」


「ソシャゲとSNSで同じ名前を使っているからでしょうが! このバカチンがぁ~!」


 よくある。今やSNSでフレンド募集やギルドメンバーのスカウトをするのが当たり前の時代。一昔前は掲示板が主流だったというのに。そのため、分かりやすいようにソシャゲのユーザー名とSNSのアカウント名を統一することが多いのだが……。


 結果、簡単に特定されてしまう。SNSではこっそりと活動していても、名前と投稿内容を見れば一目瞭然。アイツとコイツは同一人物だと。


 もちろん、ソシャゲ専用アカウントはリア(あか)と別。ゲームの種類によっては、バレると恥ずかしい投稿内容もたくさんある。だから、クラスのみんなには内緒だよ!


※リア垢:現実世界の友人と繋がる用のアカウント


「さて、お待ちかねの転校生ガチャの時間です!」


「金枠先生。転校生をガチャで表現するのはどうかと思います」


「メグルは真面目だなぁ~。でも、実際ガチャみたいなもんでしょう。自分では選べないし、登場したキャラに一喜一憂する。突発イベントの1回限定ガチャですが」


「うぅ……強く否定できない……」


「いつまでも廊下で待たせておくのは悪いですからね。そろそろ入ってきてもらいましょう。さーて、何レアかな? 途中で金枠先生のカットイン演出が入ったら、SSレア確定だぞ~! はい、どうぞ!」


 登場したのは――


 スラリとした高身長で、長い黒髪をなびかせる美少女。


「っしゃあああああああああああああああああぁ!!」


 クラスの男子たちはガッツポーズを決める。SSレア来たぁー!!


 そして、彼女は教卓の前に立った。


「紹介します。3年S組にもグローバル化の波がやって来ました! 中国からの留学生! (ちょう)香金(かきん)さんです! ちなみに、彼女は日本のソシャゲで日本語を勉強したそうですよ」


「初めまして。どうぞよろしくアル」


 いや、マジで語尾にアルって付ける中国人留学生! 確かにソシャゲの中国人はアルって言いがちだけども!!


 わざわざそこまで参考にしなくても……。


「流暢な日本語で素晴らしい! 彼女は日本に来るのが初めての新人さんです。3年S組メンバーの皆さんも仲良くしてあげてくださいね。新人には優しく。ギルドが繁栄するための大事な教訓です」


 まるで3年S組というギルドに、新メンバーが加入したような流れである。


 と、ここで突然。タケシが叫ぶ。


「はいはい、質問! 彼氏はいますか? 好きなタイプは? それをソシャゲのキャラで例えると? 今ハマっているソシャゲは? 月の課金額は? ソシャゲ歴何年? 攻略Wikiは見る派・見ない派?」


「えっ、えっ……?」


「こら、タケシ! 困らせてはいけません! 先生とフレンド解除されたいのか~?」


「それは困る!!」


 ソシャゲで強いプレイヤーとフレンドになる一番のメリットは何か。


 フレンドがリーダーに設定している強キャラを、()()()()として呼べるのだ。難関クエストの攻略には必須の存在。


 かつて、タケシも金枠からしつこくフレンド申請され、渋々承認してしまったが……ご存知の通り、金枠先生のサポートキャラは最強クラスである。


 もう、タケシは毎日のように助っ人として呼んでいた。今や、攻略の上でなくてはならない存在。フレンド解除なんて有り得ない!


 完全にズブズブの関係になっていた!


「まぁ、フレンドの件は保留としておきましょう。さて、カキンさんの席ですが……おや、タケシの隣の席が空いていますね。これは丁度いい」


「っしゃあああああああああああああぁ!!」


「先生、なーんか気に喰わないので、あとでカキンさんには新しい席を用意しまーす」


「いや、なんでだよ!!」


 なんてことをしてくれるんだ……! 鬼! 悪魔! 金枠!


 しかし、冷静になって考えてほしい。


 金枠先生は3年S組の担任。例えるならば、メンバーをまとめるギルマス(ギルドマスター)のような立場である。


 つまり、トラブルの芽は早期に摘み取るに限る。ギルドを長く存続させるためにも。彼女は日本に来たばかりなのに、タケシの隣になんてしたら……絶対に悪影響は免れない!


「カキンさん。こういう変な奴もいるクラスですが、みんな根は良い生徒です。是非とも友達になってあげてくださいね。最初は色々と戸惑うこともあるでしょう。そんな時は、生徒のみんなや先生に相談しなさい」


「分かったアル。みんな友達!」


「そう、その意気です! ほら、言うでしょう。ソシャゲが好きな人間に、悪い奴は……悪い奴は……結構いますね」


「ダメじゃん!!」


 タケシに突っ込まれてしまった。


 その場のノリで適当に喋るソシャゲ大好き教師。さすがは3年S組で筆頭の変な奴。


「ちなみに、カキンさんは日本語を勉強中ですが、英語は既にマスターしていらっしゃいます! 先生も驚き! そんなわけで、彼女が早くクラスに馴染めるよう、今日はこの英文を贈ります!」



《 at the same time : 同時に 》



「アットザセイムタイム! 同じ時間で。特定の時間を指す場合には、前置詞のat(アット)を使いましょう。ちなみに、same(セイム)の前のthe()は必須です! 絶対に抜いちゃダメ! 『the same(ザ セイム)』でワンセット! そして……」



《 Let's attack at the same time by all the guild members! 》



「カキンさん、訳してごらんなさい」


「?」


「日本語に訳す。翻訳。トランスレーション」


「あっ! オーケーアル!」



《 Let's attack 【at the same time】 by all the guild members! 》



「オールギルドメンバーズで同時にアタックするアル!」


「うーん……訳しているのか、訳していないのか。間違ってはいないんですがね」



《 Let's attack at the same time by all the guild members! 》


(ギルメン全員で同時に攻撃するぞ!)


※ guild member : ギルメン(ギルドメンバーの略)



「最初がレッツで始まっていますから、『提案』の英文になります。レッツゴーは、さぁ行くぞ! レッツアタックは、さぁ攻撃するぞ! レッツと末尾のビックリマークは、これまたセットで使われることが多いです。必須ではありませんが」


 レッツの最後にビックリマーク「!」、正式名称エクスクラメーションマーク。


 これをセットで使わなければならないという、明確なルールは存在しない。ピリオドでも十分。しかし、何故かみんな末尾に付けがちなのだ! こんな感じで!!


 その気持ちは分からんでもない!!!


「状況から察するに、ギルドのメンバー全員で出現させたレイドボスに攻撃を仕掛けるようですね。レイドボスは体力が多い上に、攻撃可能な制限時間がありますから。ところで、カキンさん」


「はい?」


「どうして彼らは同時に攻撃するんだぁ~? なぁ、どうしてだぁ~?」


 突然、金枠先生が豹変した。カキンも戸惑いを隠せない。


「カキンさん。大丈夫です。それは金枠先生の発作のようなものです。答えてあげれば収まります。あっ、私は学級委員のメグルです。どうぞよろしく」


「よろしくアル。どうして……? ボスを、ノックダウンするため……?」


「残念! 全く違います! 答えは、ギルドのメンバー全員で攻撃する時間を決めたからです!」


 その通りだが。彼女の答えと何が違うというのか。


 若干ニュアンスが違う。まず、前提条件が違う。倒せようと、倒せまいと、報酬や順位に関係なかろうと、絶対に攻撃しなければならないのだ!


「いいですか。約束を破るのは非常識な行為です。それは、()()()でも()()()でも同じこと。ギルドのみんなで、何時何分に集合して攻撃を開始するか決定したのならば、できる限りそれを遵守しなければならない。『約束』ですから」


 約束とは、信頼の証である。ルールでも、マナーでもない。


 それを破ることは、人としてどうなのだろうか。


 ただし、最近はギルド内であらかじめ厳格な『ルール』として提示している場合も多い。一昔前は、そこまでギッチギチにルールで縛っているギルドなんて、もっと少なかったはずなのに……。


「どんな事情があっても――約束を破ってしまったら、他のメンバーから非難されても仕方ありません。皆さんにも経験があるでしょう。コイツ、何もギルドに貢献していないのに、いつも報酬だけ貰ってズルイ!」


 そういうプレイヤーは昔から存在する。


 だから、時代と共に約束はルールへと変遷してしまったのだ。


「やむを得ぬ理由があれば、事前にギルマスへ連絡する。楽しくプレイするためにも、ギルドのルールと約束は守る。ソシャゲの常識です。もし、それが無理だと言うならば……自分はそのギルドに向いていないと割り切って、別のギルドへ移りましょう。これもまた、大事な決断です。自分にとっても、周りの人々にとっても……」


 ソシャゲをプレイしているのは、自分一人ではない。


 一部の例外を除いて、他のプレイヤーが存在する。()()()()()ゲームなのだから! 相手はNPCじゃない! 世界のどこかで本当に存在する人間!


 つまり、()()()()楽しくプレイするためにも、無闇に迷惑を掛けてはいけないのだ。それを理解していないプレイヤーのなんと多いことか!


 ()()()()()()、他のプレイヤーに何をしてもいい、他のプレイヤーに何を言ってもいい。そんなことは断じてない! そのプレイヤーは君と同じ人間だぞ!


「では、朝のホームルームを終わりにします。大切なのは、『ルールと約束は守る』。それを肝に銘じて、今日も一日頑張ってソシャゲを楽しみましょう! いいですね、カキンさん?」


「……はいアル!」


 金枠先生が、何を伝えたかったのか。


 メグルは察していた。3年S組という共同体は――()()()のようなもの。色んなクラスメイトが存在する。中には、気の合わないメンバーだっているかもしれない。


 しかし、クラス内で決めたルールや、友達との約束は、絶対に守りなさい。それを諭してくれたのだ。ソシャゲを交えて。


 こうして、不安で一杯のカキンさんの背中を、そっと押してあげた……。


 ちょっとだけ、金枠先生のことを見直したかもしれない。


「他のプレイヤーに迷惑を掛けてはいけない……ただし! プレイヤー同士で攻撃できるソシャゲに関しては、その限りではありません! 思う存分、ぶっ潰してやりなさい! いやぁ~、なかなかストレス解消になるんですよね~! もう、ボッコボコ~! 反撃してきても鉄壁の防御で返り討ち~! 戦闘履歴を見ているだけで、笑いが止まりません!」


 前言撤回! やっぱり最悪の教師だ!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一般文芸デビューしました。(2020.09.01)

弓永端子「ハッカー・ゲーム」発売中!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ