6限目 ギルドの人々
3年S組の朝のホームルーム。
適当に出席を取り、先生が連絡事項を話し、昨晩のガチャ結果を報告する。
いつも通りの日常。そう思われた――
「はいっ! ここで皆さんに重大なお知らせがあります!」
重大なお知らせ。ソシャゲの運営が発すると意味深な言葉であるが。本当に重大かどうかは、フタを開けてみなければ分からないものだ。
そして、「学校」「朝のホームルーム」「担任からのお知らせ」……どう考えてもアレとしか考えられない!
「この度、3年S組に新メンバーを迎えることになりました!」
そう、転校生である!
「きんわっつぁん! 男っすか!? 女の子っすか!?」
「うるさいぞー、タケシー。お前のソシャゲ専用SNSアカウント、みんなに暴露してやろうか~?」
「なんで知ってんだよ!?」
「ソシャゲとSNSで同じ名前を使っているからでしょうが! このバカチンがぁ~!」
よくある。今やSNSでフレンド募集やギルドメンバーのスカウトをするのが当たり前の時代。一昔前は掲示板が主流だったというのに。そのため、分かりやすいようにソシャゲのユーザー名とSNSのアカウント名を統一することが多いのだが……。
結果、簡単に特定されてしまう。SNSではこっそりと活動していても、名前と投稿内容を見れば一目瞭然。アイツとコイツは同一人物だと。
もちろん、ソシャゲ専用アカウントはリア垢と別。ゲームの種類によっては、バレると恥ずかしい投稿内容もたくさんある。だから、クラスのみんなには内緒だよ!
※リア垢:現実世界の友人と繋がる用のアカウント
「さて、お待ちかねの転校生ガチャの時間です!」
「金枠先生。転校生をガチャで表現するのはどうかと思います」
「メグルは真面目だなぁ~。でも、実際ガチャみたいなもんでしょう。自分では選べないし、登場したキャラに一喜一憂する。突発イベントの1回限定ガチャですが」
「うぅ……強く否定できない……」
「いつまでも廊下で待たせておくのは悪いですからね。そろそろ入ってきてもらいましょう。さーて、何レアかな? 途中で金枠先生のカットイン演出が入ったら、SSレア確定だぞ~! はい、どうぞ!」
登場したのは――
スラリとした高身長で、長い黒髪をなびかせる美少女。
「っしゃあああああああああああああああああぁ!!」
クラスの男子たちはガッツポーズを決める。SSレア来たぁー!!
そして、彼女は教卓の前に立った。
「紹介します。3年S組にもグローバル化の波がやって来ました! 中国からの留学生! 張香金さんです! ちなみに、彼女は日本のソシャゲで日本語を勉強したそうですよ」
「初めまして。どうぞよろしくアル」
いや、マジで語尾にアルって付ける中国人留学生! 確かにソシャゲの中国人はアルって言いがちだけども!!
わざわざそこまで参考にしなくても……。
「流暢な日本語で素晴らしい! 彼女は日本に来るのが初めての新人さんです。3年S組メンバーの皆さんも仲良くしてあげてくださいね。新人には優しく。ギルドが繁栄するための大事な教訓です」
まるで3年S組というギルドに、新メンバーが加入したような流れである。
と、ここで突然。タケシが叫ぶ。
「はいはい、質問! 彼氏はいますか? 好きなタイプは? それをソシャゲのキャラで例えると? 今ハマっているソシャゲは? 月の課金額は? ソシャゲ歴何年? 攻略Wikiは見る派・見ない派?」
「えっ、えっ……?」
「こら、タケシ! 困らせてはいけません! 先生とフレンド解除されたいのか~?」
「それは困る!!」
ソシャゲで強いプレイヤーとフレンドになる一番のメリットは何か。
フレンドがリーダーに設定している強キャラを、サポートとして呼べるのだ。難関クエストの攻略には必須の存在。
かつて、タケシも金枠からしつこくフレンド申請され、渋々承認してしまったが……ご存知の通り、金枠先生のサポートキャラは最強クラスである。
もう、タケシは毎日のように助っ人として呼んでいた。今や、攻略の上でなくてはならない存在。フレンド解除なんて有り得ない!
完全にズブズブの関係になっていた!
「まぁ、フレンドの件は保留としておきましょう。さて、カキンさんの席ですが……おや、タケシの隣の席が空いていますね。これは丁度いい」
「っしゃあああああああああああああぁ!!」
「先生、なーんか気に喰わないので、あとでカキンさんには新しい席を用意しまーす」
「いや、なんでだよ!!」
なんてことをしてくれるんだ……! 鬼! 悪魔! 金枠!
しかし、冷静になって考えてほしい。
金枠先生は3年S組の担任。例えるならば、メンバーをまとめるギルマス(ギルドマスター)のような立場である。
つまり、トラブルの芽は早期に摘み取るに限る。ギルドを長く存続させるためにも。彼女は日本に来たばかりなのに、タケシの隣になんてしたら……絶対に悪影響は免れない!
「カキンさん。こういう変な奴もいるクラスですが、みんな根は良い生徒です。是非とも友達になってあげてくださいね。最初は色々と戸惑うこともあるでしょう。そんな時は、生徒のみんなや先生に相談しなさい」
「分かったアル。みんな友達!」
「そう、その意気です! ほら、言うでしょう。ソシャゲが好きな人間に、悪い奴は……悪い奴は……結構いますね」
「ダメじゃん!!」
タケシに突っ込まれてしまった。
その場のノリで適当に喋るソシャゲ大好き教師。さすがは3年S組で筆頭の変な奴。
「ちなみに、カキンさんは日本語を勉強中ですが、英語は既にマスターしていらっしゃいます! 先生も驚き! そんなわけで、彼女が早くクラスに馴染めるよう、今日はこの英文を贈ります!」
《 at the same time : 同時に 》
「アットザセイムタイム! 同じ時間で。特定の時間を指す場合には、前置詞のatを使いましょう。ちなみに、sameの前のtheは必須です! 絶対に抜いちゃダメ! 『the same』でワンセット! そして……」
《 Let's attack at the same time by all the guild members! 》
「カキンさん、訳してごらんなさい」
「?」
「日本語に訳す。翻訳。トランスレーション」
「あっ! オーケーアル!」
《 Let's attack 【at the same time】 by all the guild members! 》
「オールギルドメンバーズで同時にアタックするアル!」
「うーん……訳しているのか、訳していないのか。間違ってはいないんですがね」
《 Let's attack at the same time by all the guild members! 》
(ギルメン全員で同時に攻撃するぞ!)
※ guild member : ギルメン(ギルドメンバーの略)
「最初がレッツで始まっていますから、『提案』の英文になります。レッツゴーは、さぁ行くぞ! レッツアタックは、さぁ攻撃するぞ! レッツと末尾のビックリマークは、これまたセットで使われることが多いです。必須ではありませんが」
レッツの最後にビックリマーク「!」、正式名称エクスクラメーションマーク。
これをセットで使わなければならないという、明確なルールは存在しない。ピリオドでも十分。しかし、何故かみんな末尾に付けがちなのだ! こんな感じで!!
その気持ちは分からんでもない!!!
「状況から察するに、ギルドのメンバー全員で出現させたレイドボスに攻撃を仕掛けるようですね。レイドボスは体力が多い上に、攻撃可能な制限時間がありますから。ところで、カキンさん」
「はい?」
「どうして彼らは同時に攻撃するんだぁ~? なぁ、どうしてだぁ~?」
突然、金枠先生が豹変した。カキンも戸惑いを隠せない。
「カキンさん。大丈夫です。それは金枠先生の発作のようなものです。答えてあげれば収まります。あっ、私は学級委員のメグルです。どうぞよろしく」
「よろしくアル。どうして……? ボスを、ノックダウンするため……?」
「残念! 全く違います! 答えは、ギルドのメンバー全員で攻撃する時間を決めたからです!」
その通りだが。彼女の答えと何が違うというのか。
若干ニュアンスが違う。まず、前提条件が違う。倒せようと、倒せまいと、報酬や順位に関係なかろうと、絶対に攻撃しなければならないのだ!
「いいですか。約束を破るのは非常識な行為です。それは、ゲームでもリアルでも同じこと。ギルドのみんなで、何時何分に集合して攻撃を開始するか決定したのならば、できる限りそれを遵守しなければならない。『約束』ですから」
約束とは、信頼の証である。ルールでも、マナーでもない。
それを破ることは、人としてどうなのだろうか。
ただし、最近はギルド内であらかじめ厳格な『ルール』として提示している場合も多い。一昔前は、そこまでギッチギチにルールで縛っているギルドなんて、もっと少なかったはずなのに……。
「どんな事情があっても――約束を破ってしまったら、他のメンバーから非難されても仕方ありません。皆さんにも経験があるでしょう。コイツ、何もギルドに貢献していないのに、いつも報酬だけ貰ってズルイ!」
そういうプレイヤーは昔から存在する。
だから、時代と共に約束はルールへと変遷してしまったのだ。
「やむを得ぬ理由があれば、事前にギルマスへ連絡する。楽しくプレイするためにも、ギルドのルールと約束は守る。ソシャゲの常識です。もし、それが無理だと言うならば……自分はそのギルドに向いていないと割り切って、別のギルドへ移りましょう。これもまた、大事な決断です。自分にとっても、周りの人々にとっても……」
ソシャゲをプレイしているのは、自分一人ではない。
一部の例外を除いて、他のプレイヤーが存在する。ソーシャルゲームなのだから! 相手はNPCじゃない! 世界のどこかで本当に存在する人間!
つまり、みんなで楽しくプレイするためにも、無闇に迷惑を掛けてはいけないのだ。それを理解していないプレイヤーのなんと多いことか!
ゲームだから、他のプレイヤーに何をしてもいい、他のプレイヤーに何を言ってもいい。そんなことは断じてない! そのプレイヤーは君と同じ人間だぞ!
「では、朝のホームルームを終わりにします。大切なのは、『ルールと約束は守る』。それを肝に銘じて、今日も一日頑張ってソシャゲを楽しみましょう! いいですね、カキンさん?」
「……はいアル!」
金枠先生が、何を伝えたかったのか。
メグルは察していた。3年S組という共同体は――ギルドのようなもの。色んなクラスメイトが存在する。中には、気の合わないメンバーだっているかもしれない。
しかし、クラス内で決めたルールや、友達との約束は、絶対に守りなさい。それを諭してくれたのだ。ソシャゲを交えて。
こうして、不安で一杯のカキンさんの背中を、そっと押してあげた……。
ちょっとだけ、金枠先生のことを見直したかもしれない。
「他のプレイヤーに迷惑を掛けてはいけない……ただし! プレイヤー同士で攻撃できるソシャゲに関しては、その限りではありません! 思う存分、ぶっ潰してやりなさい! いやぁ~、なかなかストレス解消になるんですよね~! もう、ボッコボコ~! 反撃してきても鉄壁の防御で返り討ち~! 戦闘履歴を見ているだけで、笑いが止まりません!」
前言撤回! やっぱり最悪の教師だ!!