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5限目 ソシャゲ生活

 人間の手はどうして右と左に分かれているのか。


 どんな理由で神から2つも与えられたのか。


 それは――左右で別々のソシャゲを同時にプレイするため!


 坂本金枠。もちろん、スマホは複数台持ち。


 現在、左手でクエストを周回しながら、右手では机に置いたスマホの画面をリズムに合わせて叩いている。人間の右手は左脳が、左手は右脳が、運動機能を司っているのだ。ならば、左右で2種類のソシャゲを同時に楽しむことも理論上不可能ではない。


 彼の膨大なプレイ時間の秘密はここにあった!


「金枠先生! 大変です!」


「ちょっと待ってください。今、すっっっごく良いところなんです」


「それどころじゃありませんよ!」


 とても慌てた表情で、必死に金枠に訴え掛けるは、3年D組の担任である立花(たちばな)あおり先生。担当の教科は美術。


「生徒とソシャゲ、どっちが大事なんですか!?」


「うーん……時と場合によりますね」


「そこは嘘でも生徒って断言しなさいよ!」


 生徒よりもソシャゲを優先した問題教師。週刊誌にすっぱ抜かれたら炎上は免れない。


「だから、()()()()待ってください。どんなソシャゲにも()()があるんです。やっとここまで辿り着いた。めっちゃ時間かかった。もう二度と再現できない。私、控えめに言って天才では。そんな瞬間が稀にあります」


「は? たかがゲームでしょう?」


「たかがゲーム、されどゲームです。絶対に誰にも邪魔されたくないタイミングで、他人からメッセージが届いたり、着信があったり、話し掛けられたら。もう気分は最悪。立花先生だって、趣味の時間を邪魔されるのは嫌でしょう? それをきちんと見極めなければ、いつか大切なお友達を失くしますよ」


「つまり、今がそのタイミングだったと……?」


「いえ、全然そんなことありません! ただの時間稼ぎです! はいっ、出ましたハイスコア! さて、行きましょうか」


「なんて教師!!」


 一般的に捉えても、立花先生の判断は正常である。しかし、世間には本当に存在するのだ。ソシャゲを邪魔されると怒り出すプレイヤーが。それはもう大量に。


 プレイヤーにだって事情がある。ギルバトやイベントのラスト5分間、クエストクリア直前の最終局面、超激レアなモンスターが出現。実に様々なパターンが存在する。それを邪魔されるのは、確かに誰だって嫌だろう。


 故に、ソシャゲ中の人間に話し掛ける場合は、よくよく見極めてから行動しよう。


「心配ありません。これでも私の教員歴は、そんじょそこらのソシャゲよりも長いですから。十分に理解しています。他の先生から『大変です!』と言われた場合、本当に大変な確率は……運営の臨時メンテナンスが延長しない確率と同等です」


「ソシャゲに例えられても分かりませんよ! いいから、保健室へ行きますよ!」


「保健室……? まーたタケシが仮病で授業をサボって、ソシャゲでもしてました?」


「あなたのクラスの女子生徒が、美術の授業中に倒れたんですよ!」


「なんだって~! それは大変じゃないかぁ~!」


「最初からそう言ってますよね!?」


 2人は急いで職員室から出ていくのだった。



……



「って、ただの貧血じゃないですか~。驚かせないでくださいよ~」


「倒れたことには変わりないでしょう! どうせゲームをやるくらい暇なんですから、生徒についてあげてください。私は授業へ戻ります。あなたと違って()()()ので」


 それだけ言い残し、立花先生は保健室から去っていった。


「手厳しいですなぁ~」


「あの……ごめんなさい……」


「いえいえ。ソシャゲの楽しさを知らない人間に、ソシャゲを理解してもらうのは難しいものです。ちょっとジャンルが違えば、人種も民度も違います。ソシャゲでも同じこと」


「そうではなくて……」


「あっ、わざわざ先生に来てもらったことが申し訳ないと。大好きなソシャゲを放り出してまで。大丈夫。負い目を感じる必要はありません」


 保健室のベッドで横になっているのは、クラスの中でも大人しいマトイ。宗尾(そうび)(まとい)。口数は少ない。趣味はソシャゲ。編成はデータ主義。


「どうしてソシャゲがここまで普及したのか。知っていますか? それは、スマホさえあれば()()()()プレイできるからです! もちろん、保健室でも! というわけで、先生はさっきの続きでも始めるとしますか」


「え、いいの……?」


「保健室の先生も不在みたいですから……まぁ、問題ないでしょう! マトイも暇ならソシャゲやっていいぞ~。ちょうどイベント期間中だろ~?」


 それでいいのか、金枠先生。


 もし、ここにいるのがタケシだったら。「さっすが、きんわっつぁん! 話が分かるぅ~!」と言ってスマホを取り出したことだろう。


「なんだ。やらないのか。ん? 先生のゲームが気になるか~? 今やっているのは音楽ゲームのソシャゲです。ほら、タイミングを合わせて画面を叩く奴。先生くらいの猛者になるとね。音なしで音ゲーができちゃうんですよ!」


 いや、音ゲーの意味!!


 対して、一向にソシャゲを始めようとしないマトイ。思わず、金枠は違和感を覚える。あんなにハマっていたのに……?


「なるほど。そういうことですか。貧血で倒れた()()は……ソシャゲで夜更かしをしたからですね? あのソシャゲは、絶賛大規模イベント中ですからねぇ~」


 彼女は観念したかのように、無言で頷く。


 やはり金枠先生。ソシャゲが絡むと観察眼が鋭い。


「ここは一つ、教師として指導する必要がありそうですね」


「え……?」


 おもむろに、金枠はホワイトボートに何かを書き始める。



《 kill time : 時間を潰す 》



「キルタイム。時間を殺す。即ち、時間を潰す。そして……」



《 My life revolved around the game begun to kill time. 》



「この英文の意味は?」


 唐突に問題を出された。それでも、マトイは速やかに考え始める。


 問題を瞬時に細かく分析して最適解を導き出す。ソシャゲにより培われた能力の一種である。ソシャゲ攻略の開拓者として重要なのは、()()()()()


 まずは文章を文節ごとに区切る。

 


《 My life / revolved / around the game / begun to kill time. 》



 出だしは「私の生活」。revolve(リボルブ)は「回転する」の意。どこを回るのか。|around the game《アラウンド ザ ゲーム》、ゲームの周りを。


 さらに、ゲームの後ろに「始める」という動詞begin(ビギン)の過去分詞形。これは直前の名詞を修飾している。どのようなゲームであるか。始めた……時間を潰す……。


「私の生活は……時間を潰すために、始めたゲームに……巻き込まれていた……」


「直訳すると、そうなりますね。ですが、もっと自然な表現で訳すと……」

 


《 My life revolved around the game begun to kill time. 》


(時間を潰すために始めたゲームが、生活の中心になっていた)



「私の生活が~の周囲を回る。転じて、生活の中心になる。英作文でも使うと感心される表現です。是非とも覚えておくと良いでしょう」


「はい……」


「でもな、マトイ~。どうしてソシャゲが生活の中心なったんだぁ~?」


「え……?」


 それは、楽しいから。止められないから。欲しいイベント報酬があるから。友達の話題に付いていくため。強くないと話にならない。


 でも、やっぱり何よりも……楽しいから。


「たとえ始めた()()()()が暇潰しであれ、夢中になれる趣味を見付けたのは悪いことではありません。ただし、何事においても、のめり込み過ぎてしまうのは良くない。そうだろう?」


「…………」


「趣味というのは生活の中心ではなく、飽くまで生活の()()であるべきなんだ。ソシャゲもまた同様に。ちょっとの夜更かしならば、まだ可愛いもの。それが、貧血で倒れたり、昼食をガチャに変えたり、授業中にまで遊び始めたり」


「…………」


「挙句の果てに、ゲームのために生活習慣を変更し始めるプレイヤーだっている。そうなったら、いよいよ危険な状態です!」


 生活が優先か、ソシャゲが優先か。


 ソシャゲ界隈ではよく議論に上がる命題。


 どう考えても生活が一番。健康なくしては、ソシャゲなどプレイできない。


 だが、ソシャゲの()()()で活躍する場合。イベントでランキング上位を狙う場合。ギルマスとして数十人のメンバーを管理しなければならない場合。


 ゲームのために生活習慣を変えなければ、絶対に戦えないソシャゲが多く存在することもまた事実!


「先生はね。生徒とソシャゲ、どちらが大事かと問われば……時と場合によります」


「……?」


「健康とソシャゲ、どちらが大事かと問われば……やっぱり時と場合によります。イベント終盤とか目も当てられない惨状です」


 正直。金枠先生はソシャゲに対して極めて正直。


 形だけの理想論など掲げない。そんな言葉が生徒の心に響くはずもないのだ。


「ただ、どちらかといえば……健康の方が大事でしょう。イベントで追い込んだ後は、十分に休息を取る。栄養のあるものを食べて、しっかりと眠る。授業中に倒れるくらいならば、居眠りしていた方がマシです」


「えぇ……?」


 それはそうだけど……いいのだろうか……?


「先生だって、ソシャゲ漬けの生活を送っているように見えて……健康には人一倍、気を付けています。毎日10キロ以上ウォーキングだってしています。どうしてか分かりますか?」


「健康のため……」


「違います! そういうソシャゲをやっているからです! 歩かなきゃいけない系のソシャゲを!! 何種類も! だから、スマホはいつも複数台持ち。毎日歩いては、陣地を広げて、モンスターや妖怪を捕まえて、魔法使いを助ける。そんなプレイヤーいますか?」


 いない。とは言い切れないが……あまりいない。


「つまり、健康な生活を送りたければ。逆にソシャゲで規則正しい生活に変えちゃえばいいんです! そういうアプリも、探せば沢山あります。ソシャゲによって強制的に歩き、強制的に早起きし、強制的に睡眠時間を確保する」


 様々なアプリが混在する現代社会。歩くことや旅をすることで攻略を進めるゲームは有名だが、アラームとゲームが連動していたり、睡眠中にしか進行しないゲームだって存在する。


 ソシャゲと聞けば、健康を害するイメージしか浮かばないかもしれない。ところが、実際は無限の可能性がそこに広がっているのだ!


 それをまた、マトイも悟った。


「今日のワンポイントは、『健康とソシャゲは両立できる』。無理にとは言いませんが、工夫して規則正しいソシャゲ生活を心懸けましょう。長くソシャゲを楽しむためにも!」


「はい……!」


 こうして、また一人のソシャゲプレイヤーが救われたのだった。


「ちなみに、先生は家に帰ればもう一台のスマホがありますから! 寝てなくても寝てることになって、フィットネス系のアプリをどんどん攻略してくれるんですよねぇ~! いやー、便利便利! お陰で健康的にイベントの周回が捗ります! 今日も元気に夜更かし! 睡眠時間は毎日4時間! いざとなったらエナジードリンク!」


 果たして、健康とはいったい何だったのか。


 金枠先生は規格外の怪物なのだ。普通のプレイヤーと一括りにして考えてはならない。

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一般文芸デビューしました。(2020.09.01)

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