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4限目 足りない素材

 学校からの帰り道。


 夕暮れの中、意気揚々と土手を歩く男性の姿が。


「いやぁ~、今日も回った回った~! これでしばらく素材には困りません! 予期せぬ進化や覚醒が実装されなければ!」


 そう、我らが金枠先生である。


 帰宅中でもスマホを片手にクエストを周回する始末。


 だが、待ってほしい。歩きスマホは危険じゃないだろうか。仮にも()()という立場なのだ。仮にも。これを見た近隣住民から、学校へクレームが入ってしまうのでは……?


 大丈夫。そんなことはない。


 金枠クラスの猛者になると、スマホの画面を全く見ずにクエストを周回できてしまうのだ。音だけで。ワイヤレスイヤホンから聞こえる音だけで。


「しかし、なーんで曜日クエストは一週間に一回だけなんですかねぇ~? ちょっと油断して素材が足りなくなったら、進化させるのに一週間も待たなきゃならない! まさに鬼畜の所業!」


 火曜日は火属性の進化素材、水曜日は水属性の進化素材と、曜日ごとに入手できる進化素材が決まっている。そのようなソシャゲは今でも多い。


 そして、購入や交換など()()()となる入手方法が存在しない場合……待つしかないのだ! その曜日が来るまで、ただひたすらに待つしかない!


 フレンドのみんなが進化させているのを眺めつつ、ぐっと我慢しながら。


「せめて、週末に曜日クエスト全面開放しなさいよぉ~! あのソシャゲとか、あのソシャゲとか……ん? あれは……」


 ふと、川原に目をやると。


 3年S組の生徒がぼうっと水面を眺めて座っていた。


「どうしたんだ、トツオ~? 川原で物憂げな表情なんて、青春の一コマしてるなぁ。まさか、今月もう速度通信制限かぁ~?」


「あっ、金枠先生……」


 元気のない表情で金枠に振り向いたのは、トツオ。観前(かんぜん)凸雄(とつお)。メガネを掛けた高身長の痩せ型。趣味はソシャゲ。好きなキャラは限界まで育成する派。


「悩みがあるなら、先生が相談に乗るぞ~? ソシャゲの悩みか~?」


「よく分かりましたね。いえ、大したことではないのですが……親から課金を止められてしまって」


「な、ななな、なんですと!? 一大事じゃないかぁ~! トツオは成績が悪いわけでもないのに! これは先生も断固として抗議します! 今から家庭訪問に行きましょう! 息子さんに課金の自由を!」


「絶対やめてください!!」


 担任教師が生徒に課金させろと家に怒鳴り込んでくる。


 どう考えても地獄絵図!


「トツオが嫌ならば、仕方ありませんね。この怒りはレイドボスにぶつけるとして……でもな、トツオ。知っているか? 課金しなくても、ソシャゲってプレイできるんだぞ~?」


「それは、そうですが……強くないとダメなんです! ギルドのメンバーや、フレンドに迷惑が掛かってしまう……」


「そんなことで思い詰めてはいけません! ほら、強い無課金だっているじゃないかぁ~。まぁ、彼らは()()無課金なだけであって、本当に無課金かは先生、まーったく知りませんが!」


「もちろん、自分でも強くなろうと工夫しました。既存のキャラや武器だけで戦力を整えようと……でも、圧倒的に足りないんです! 素材が! 特殊素材が!」


 キャラや武器を完凸(かんとつ)させるには。つまり、()全まで限界()破させて、本当のレベル上限まで育成・強化するには。


 同じキャラを重ねて合成したり、イベントで専用のアイテムをゲットしたり、特殊素材を集めたり……。


 ソシャゲによって違いはあるが、共通して言えることが一つ。


 めっちゃ大変!


 無課金だと、さらに死ぬほど大変!!


 キャラ数人程度ならば、まだ可能かもしれない。しかし、()()()()()を整えるとなると……気の遠くなるような作業が待っている。


「なるほど。事情は分かりました。そんなトツオに、この英文を贈りましょう」


「ここに来て英語の授業ですか!?」


 金枠はノートを取り出して、英文を書き始める。



《 once in a blue moon : ごく稀に 》



「ワンスインアブルームーン! ブルームーンって、めったに見れない現象ですからね~。その間の一回。転じて、ごく稀に。からの~?」



《 You can get the Super rare material once in a blue moon by a mission of that level. 》



「これを、訳せと……?」


「その通り! いいですか。これはトツオに贈る言葉です。それを噛み締めながら、心して訳しなさい」



《 You can get 【the Super rare material】 once in a blue moon by a mission of that level. 》



「まさか、この単語は……『Sレア素材』ですか……?」


「それが分かれば、あとはもう簡単ですね」


「ごく稀に、あなたはゲットできる、Sレア素材を……あのレベルのミッションで!」


「エクセレンッ!」



《 You can get the Super rare material once in a blue moon by a mission of that level. 》


(そのレベルのミッションでは、ごく稀にSレア素材を入手できる)


※ Super rare material : Sレア素材



「ちなみに、『Sレアの』という表現はこんな書き方もできます!」



《 Super rare / S-rare / SR 》



「ただし、一番最後の表現『SR』は、人によって好みが分かれるでしょう。テストで確実に点を取りたいならば、前者二つの表現がオススメだぞ~」


「知りませんでした。塾でもこんなこと、教えてくれませんから……」


「それで、()()()()ってどれくらいの確率なんだぁ~?」


「えっ?」


 トツオは察した。


 いつもの奴だ。ここからが金枠先生の授業本番。


「ごく稀にってどれくらいだぁ~? トツオ~?」


「2%とか……ですかね」


「はい残念! そんなことを聞いてるんじゃありません! 正解は、()()しか知らないに決まってるでしょうがぁ~! このバカチンがぁ~!」


「ええぇ……」


 確かに。ガチャの()()()は、昨今の諸事情により明記されるようになったが……アイテムのドロップ率は依然として未知数!


 プレイヤー数の多いソシャゲならば、有志により統計が算出されている場合もある。


 だが、それが()()()合っているかは……運営のみぞ知る。


「いいかぁ~。特定のクエストで、ごく稀にドロップするSレア素材。その確率は、3%かもしれないし、1%かもしれないし、0.5%かもしれない。トツオが言っている特殊素材は……多分、あのソシャゲのあのアイテムだろう」


「どうして分かるんです!?」


「アレを集めるのは、そりゃあ死ぬほど大変だろうなぁ~。無課金でキャラも武器も全て完凸。現実的ではありませんね。イベント配布を除けば、めったに落ちない素材ですから。ところで、知ってるかぁ~?」


「な、何をですか……?」


「確率っていうのはなぁ……偏るんです!」


 落ちる時はポンッと落ちる。だが、落ちない時はマジで落ちない!


 これが全てのゲームにおける、ドロップ率の最大の謎である。


「先生はね。ドロップ率5%のアイテムをゲットするために、ボスを200体ほど撃破したことがあります。どう考えてもおかしい。全く計算が合わない。でも、ドロップってそういうものなんです」


 トツオは開いた口が塞がらなかった。


 5%のアイテムのために、200回もチャレンジ!?


 しかし……残念ながら、これは本当の話である。


 ならば、それが仮に5%じゃなくて1%だったとしたら……0.5%だったとしたら……考えるだけでも恐ろしい。


「レア素材のドロップとは、狙ってするものではありません。死ぬ気で周回して集めるものではありません。誰かが運よくゲットした分だけ、他の誰かのドロップが延期されるのです。『あっ、落ちた! ラッキー!』。その程度の軽い気持ちでやらなければ、ドツボにハマってしまいます。目に見えてソシャゲが苦しくなる」


 金枠先生の言う通りである。


 特殊素材を集めるためだけに、少し気負い過ぎていた。どんな気持ちでプレイしても、ドロップ率は変わらない。ならば、楽しくプレイするべきだ。


「みんなに迷惑を掛けることが心配ならば、その悩みをみんなに打ち明けなさい。誰もが同じ経験をしているはずです。理解してくれるでしょう」


「はい……ありがとうございます。金枠先生と話したら、少し楽になりました」


「役に立って良かった。大丈夫です。それでも理解できない奴がいたら、先生が徹底的に粘着してやりますよ!」


「それはやめて」


「ちなみに、先生はドロップ率0.2%のアイテムに挑戦したこともあるが、絶対にオススメできないぞ~!」


「いやいやいや、ええぇ……?」


 いつの間にか、トツオの顔には笑顔が戻っていた。


「では、これで今日の特別講義はお終いです。覚えておくことは、『ドロップ率は偏る』。出ないと思ったら、アプリを閉じて別のソシャゲでもやりましょう!」


「あ、結局ソシャゲをやるんですね……」


 やはり、ソシャゲの悩みを相談するならば金枠先生。


 頼りになるぞ、ソシャゲ特攻持ちの金枠先生。


「そうそう、トツオが足りないって言ってた素材はコレのことだな~?」


「あっ、それです! ええっ!? なんでそんなに持ってるんですか!?」


「いやぁ~、無心で周回していたらポンポン落ちて、うっかり集めすぎちゃいました! 余っても他の使い道がないし、フレンドにも贈れないし……せっかくだから、自慢しちゃいます! ほら、見て見て! 先生の素材倉庫! スゴイだろぉ~? はっはっは~!」


 その夜、トツオは布団の中でひっそりと泣いた。

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一般文芸デビューしました。(2020.09.01)

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