3限目 ガチャを回そう
市立社高校。
その職員室で、溜め息を吐く教師が一人。
「はぁ……」
「あらあら~。どうしたんですか、乾先生。もしや、不正が発覚してソシャゲのアカウントがBANされました?」
「金枠先生。私、そんな酷い顔をしていました?」
「ええ、していましたよ。自分が設立したギルドから追放されたくらいの悲壮感が漂っていましたよぉ~」
「どうしてもソシャゲに例えなきゃ気が済まないんですね」
スマホを片手に語りかけてくる金枠を見て、乾は思った。
この男は、暇つぶしでソシャゲをしているのではない。ソシャゲのために時間を捻出しているのだ。全くの正反対。
そうでなければ……職場の同僚と喋る時くらい、スマホを操作する手を止めるだろう。
「実は、少し生徒たちのことで悩んでいましてね。ほら、3年生は今年受験じゃないですか。それなのに、みーんなソシャゲばかりで全く勉強をしていない。もっと受験生としての自覚を持ってくれないかと」
「仕方ありませんよ。中には大学へ行かず、就職を選択する生徒もいるでしょう。生徒たち全員がSレアではないんです。レアだっているし、ノーマルだっている」
「生徒をレア度で例えるのはやめてください」
「私のクラスにだって問題児はいますよ。そう、タケシとか。せめてレアくらいには昇格してほしい。すると、メグルはSSレアかもしれませんね」
「ですから!!」
……
「ということが、さっき職員室であったんですよ」
「俺、ノーマルかよ!!」
「当ったり前でしょうがぁ~! 夢を見ちゃいけません。ノーマルがSSレアに敵うはずがないんです。タケシ、お前は合成素材だ。もしくは入手直後に売却される運命なんだ」
「てめぇ本当に教師か!?」
「いいかー。みんなも自覚しておくように。世間一般から見た自分のレア度が、どれくらいなのか。無謀なクエストに挑戦しちゃダメだぞー」
言い方はアレだが、言っていることは間違っていない。
人間は誰しも格付けされているのだ。社会に出ると、それが顕著に表れる。学歴だったり、ルックスだったり、年収だったり。
「だけどな。自分よりもレア度の高い相手に、絶対勝てないとは言っていない。ここにいるみんなも、SSレアに勝てる可能性がある。育成するんです。最高レベルまで育てて、限界突破すれば、その可能性が見えてくる。Sレアでも、普通のレアでも。だから、日々の努力を大切にしなさい」
「先生……」
「まぁ、ノーマルじゃ絶対に勝てないんですけどね」
「台無しだよ!!」
「そんなタケシの将来を考えて、今日はこの英文を学びますよ~!」
《 as soon as ~ : ~するや否や 》
「アズスーンアズ! 英語のテストや英作文では死ぬほどよく使いますが、日常英会話では全く使わない表現! これを……こうします!」
《 As soon as the salary was transferred, Takeshi rolled 10 shot gacha. 》
「俺の名前が入ってる!」
「おっ、よく気付いたな、タケシー。じゃあ、英文の後半は簡単に訳せるな~?」
「えぇ……?」
「タケシの大好きなアレが入っているでしょう」
《 As soon as the salary was transferred, Takeshi rolled 【10 shot gacha】. 》
「ガチャ……いや、10連ガチャだ! タケシは10連ガチャを回した!」
「やーっと英語のなんたるか分かってきたじゃないか。じゃあ、お前はいつガチャを回すんだぁ~? 何をするや否や~?」
「えっ……詫び石を受け取るや否や……?」
「もっと石を大切にしなさい! このバカチンがぁ~! さては、全く石を貯めないタイプだな~?」
「人のプレイスタイルに口出しすんなよ!」
「じゃあ、特別にヒントをあげましょう。これは将来のタケシの姿です。はい、この単語にちゅうも~く!」
《 As soon as 【the salary】 was transferred, Takeshi rolled 10 shot gacha. 》
「salary。聞いたことがあるでしょう。そう、サラリーマン! ところで、彼らは何のために働いているんだ~?」
「お金……給料! 給料を受け取るや否や!」
「そうだ! 先生、お前ならできるって信じてたぞ~」
《 As soon as the salary was transferred, Takeshi rolled 10 shot gacha. 》
(タケシは給料が振り込まれるや否や、10連ガチャを回し始めた)
※ 10 shot gacha : 10連ガチャ
「ヒドイ英文!!」
「ところで、みんなは知ってたかな~? ガチャを英語にすると『gacha』だ。もう、そのまんま。ガチャは日本で生まれた言葉だからな。ソシャゲによってはガシャとか、別の呼び方をしているのも多い。でも、英語にしたらみーんな『gacha』。うっかり間違えて『gasha』って書くと減点です!」
「はい、金枠先生。10連ガチャは複数形にならないのですか?」
「良い質問ですね、メグル~。確かに、10連ガチャはガチャ10回分! 複数形で書きたくなる気持ちも分かります。しかし、よーく考えてみてください。10連ガチャを回す時、メグルは何回スマホをタップしますか!」
「あ……1回!」
「そうです! 1回押すだけで、10回分のガチャを引ける。ガチャ10回分が1つのセット! だから、単数形で書いていいんですね~」
もっと一般的な具体例を挙げるならば。
10個で1セットの商品が箱に入って売られていた場合、その箱は1個しかない。
だから、単数形のままでいいのだ!
「ちなみに、タケシィ~? なーんで、10連ガチャを回したんだぁ~?」
「はぁ? 俺じゃなくて、未来の俺の話だろ? そりゃあ……金が入ったから」
「このバカチンがぁ~! たとえ給料日だからって! 好きなだけガチャを回していい理由にはなりません!」
そんな……せっかくの給料日なのに……?
その言葉にどんな深い意味があるのか。生徒たちは興味津々。
「みんなも社会人になったら分かるでしょう。給料日になると、人々の財布は緩みがちになります。今日はちょっとだけ贅沢をしよう。本物のビールを飲んじゃおう。美味しいものを食べに行こう。その心理は、ソシャゲにも反映されます」
実際に、ソシャゲの課金額と日にちの関係性を調査した結果によると……給料日が圧倒的にナンバーワン!
※特殊なイベント期間は除外する
「しかしですね。給料日にお金がたくさんあるように見えるのは――ただの錯覚です! お金の総量は何も変わりません! そして、給料日に訳も分からずガチャを回しまくると……生活ができなくなります。次の給料日まで、お金が持ちません」
そう言い放った金枠先生の顔は、いつになく真剣だった。
この顔は……紛れもなく地獄を見てきたのだ。実際に経験したのだ。
「みんなには、まだないでしょう。一週間、水とパンの耳だけで生活したことなど。絶対に後悔します。あぁ、あの時……調子に乗ってガチャを回すんじゃなかった。クレジットカードの支払いは来月だからって、限度額まで課金するんじゃなかった」
クレジットカードで課金をすることは、あまりオススメしない。際限なくガチャを回せる上に、いくら消費したという実感が全く湧かないのだ。
下手すると、恐ろしい未来が待っている……。
「最悪の場合、借金をしなければなりません。でもね。ソシャゲって、借金をしてまでやるものなんでしょうか。先生は、そうは思いません。だって、借金をしたら利子を払わなきゃならない。課金できるお金が無駄に減ってしまいます!」
「そういう問題!?」
「だから……先生と約束してください。『給料日にはガチャを回さない』。たったこれだけで、より幸せなソシャゲ生活が送れることを保証します。課金をするのは、ここぞという時! その見極めができなければ、いつまで経っても新人プレイヤーのままです」
どうしてこんな話になってしまったのか。タケシについて話していたのに。
果たして、タケシは将来どうなってしまうのか。
「では、これで授業を終わりにします。今日のおさらいは、『給料日の課金は怖い』。ちなみに、先生の給料日は昨日でした! もう、本日から課金が全面解禁! よっしゃー! 今夜はガチャを天井まで回しまくるぞ~!!」
それでいいのか、金枠先生!
生徒たちは思った。コイツだけは参考にしちゃいけない。
「いいかー。タケシも頑張って勉強するんだぞ~。ノーマルのまま人生終わりたくなかったらな~?」
「だから、なんでノーマルなんだよ!? バカにしやがって……今に見てろよ! 絶対ビッグになってやるからな!!」
この時、メグルは察した。もしかして、私たちのやる気を出させるために、金枠先生はわざとあんな言い方をしているのでは……?
自らを悪役に仕立て上げ、反感を買わせ、生徒たちに発破を掛ける。
だとしたら……金枠先生のことを少し誤解していたかもしれない。
「でも、SSレアだからって油断しちゃダメですよ~。なぁ、メグルー。お前はうっかり騙されてノーマル掴まされそうだな~! ちゃんと相手のレア度を見極めろよ~! じゃあ、続きはまた次回の授業で! 先生はレイドボスの救援に行ってきま~す!」
前言撤回! コイツは最悪の教師だ!!