2限目 消えた石の謎
今日もやって来た。
金枠先生の楽しい英語の授業がやって来た。
3年S組の英語のコマ数は週3コマ。
つまり、一週間に三回もあの変な授業が受けられるのだ!
「なぁ、メグル。今日もきんわっつぁんはアホみてーなソシャゲの授業すると思うか?」
「どうでしょう。タケシにとっては面白いかもしれないけれど……私たちは受験を控えているんだからね?」
「えぇー!? クソみてーな授業に逆戻りはイヤだぜー!」
「アホとかクソとか、何ですか! このバカチンがぁ~!」
「ひいぃ!? きんわっつぁん!?」
「どうせ、ギルドのチャット内でもそういう汚い言葉を使っているんだろぉ~! 先生も同じギルドに加入して監視しなきゃダメですかね~?」
「絶対に来るなよ!!」
しかし、何かがおかしい。どうして金枠先生が教室にいるのか。
まだ休み時間なのに!
「金枠先生。授業を始めるには早過ぎるのではないでしょうか」
「おっ! 良いことに気付きましたね~! 実は先生、このあとギルドバトルの予定が入っていまして。泣く泣く授業を繰り上げることにしました」
「職権乱用!!」
「だから、うるさいぞー。タケシー。お前の大事なキャラのロック、こっそり外してやろうか~?」
「教師の発言じゃねえ!!」
前回の授業を踏まえ、生徒のみんなも薄々察していた。この金枠先生は、ただ単にソシャゲにハマっただけの教師ではない。
猛者である!
数々のソシャゲを渡り歩いてきた、歴戦の猛者。恐らくここにいる誰よりもソシャゲのプレイ歴が長い。言うなれば、最古参。そうでなければ、あんなに重い発言をできるはずがない。
「というわけで、休み時間だけど授業始めるぞー。席着けー」
生徒たちの事情もお構いなしに、金枠は黒板に英文を書き始める。
《 until a while ago : さっきまで 》
「アンチルアワイエルアゴー! これは使える熟語ですね~。さっきまで休み時間だった。untilは『~まで』、agoは『前』。したがって、残りのa whileは『ちょっとの間』。みんな合わせて、ちょっと前まで」
「はい、金枠先生。いつもの授業と変わらないのですが」
「あ、うっかりうっかり。英語にソシャゲをコラボし忘れていました。これは運営の致命的なミス」
《 There should have been some gems until a while ago, but they disappeared somewhere. 》
「じゃあ、この英文を……タメル! 訳しなさい」
指名されたのは、おっとりしているタメル。祖座井貯。体型はふくよか。趣味はソシャゲ。限定アイテムは保存する派。
「ええとぉ……カンマで区切ってぇ……熟語を囲ってぇ……」
《 There should have been some gems (until a while ago),/ but they disappeared somewhere. 》
「そこにぃ……さっきまでぇ……」
「ほら、前回の授業を思い出しなさい! タケシはどうやって解いてた~?」
「ソシャゲを探してたぁ……」
「残念ながら、今回はソシャゲが入っていないんですね~。でも、心配ありません! ソシャゲに関連するものが隠れているぞ~?」
タメルはじーっと英文を眺める。すると、見慣れない単語が一つ。
《 There should have been some 【gems】 until a while ago, but they disappeared somewhere. 》
「げ、ゲムス……?」
「惜しい! 集めたイベントアイテムを報酬と交換しようと思ったら、交換期限が昨日までだったくらい惜しい!」
「アウトじゃねーか!!」
タケシのツッコミをスルーして、金枠は言葉を続ける。
「ほら、ソシャゲといえばアレですよ。ガチャを回すための……」
「石……ゲム……ジェム……! これは、ジェムの複数形ですかぁ……!」
「そう! やればできるじゃないか!」
「石があったはず……だけどぉ……」
《 There should have been some gems until a while ago, but they 【disappeared】 somewhere. 》
「ほら、この動詞は? appearの反対。disappear。その過去形です。アピアーは出現する。ということは……?」
「消える……! さっきまで石が、あったはずだけどぉ……消えたぁ……!」
「まぁ、良いでしょう。メグル、正解は~?」
「あー、さっきまでいくつか石があったはずなのに、どこかへ消えてしまった。shouldには『すべき』と『はず』、二通りの意味がありますが、今回の場合は後者です」
《 There should have been some gems until a while ago, but they disappeared somewhere. 》
(さっきまで石が残っていたはずなのに、どこかへ消えてしまった)
※ gem : 石
「大正解! もう、お前が先生をやった方が良いんじゃないか~?」
クラスのみんなも同じことを思っていた。
しかし、金枠先生が本領を発揮するのはここからである!
「さて、ジェムが普通の石のことだと思ったら大間違い! 一般的には『宝石』のことですね。まぁ、当たり前でしょう。その辺の単なる石っころで、ガチャを回せるわけがありませんから!!」
確かに。説得力がスゴイ。
「ご存知の通り、『石』とはソシャゲにおける課金アイテムの一種。ただ、課金しなくてもそこそこ配ってくれますけどね~。どこのソシャゲでも大体、○○石という名前で通っています。オーブとか、ジェムとか、結晶という表現もありますが。根本的に言えばみーんな『石』です」
「はい、金枠先生。英作文で使用する場合には、どの表現を用いるべきでしょうか」
「一般的には『gem』で統一すれば問題ないでしょう。『orb』や『jewel』でも宝石の類いなので丸になりますが、『stone』はバッテン! これは単なる石っころですから! ここ、間違えやすいぞ~!」
「なるほど」
やはり、ためになる。金枠先生のソシャゲ講座はためになる。
受験に使えるかは別として。
「ところで、石はどこへ行っちゃったんだろうなぁ~?」
またか。またこの時間が来た。
金枠先生の雰囲気がガラッと変わる。
「さっきまで残っていたはずの石は、どこへ消えてしまったんだぁ~? タケシィ~?」
「また俺かよ! いや、知らねぇよ!」
「とぼけるんじゃないよぉ~! 石が勝手に消えたぁ~? さっき、お前が自分でガチャを回したんでしょうが! このバカチンがぁ~!!」
果たして、そんなことがあるのだろうか。
いや、あるのだ。ふと、残っている石を数えてみたら……数が減っているのだ!
そして、所持キャラ一覧を確認すると、見覚えのないキャラが……。
無意識のうちにガチャを回していたのである!!
「ぼーっとしていたとか、寝ぼけていたとか、酒に酔っていたとか、すーぐ言い訳して自分を納得させる。そういう問題じゃないんです! 無意識にガチャを回している時点で、課金沼に片足突っ込んでいることを自覚しなさい!」
クラスを静寂が包み込む。これが歴戦の猛者の言葉。
「ここにいるみんなは、まだ学生なんです。自分でバリバリ働いて、ジャブジャブ課金する社会人とは訳が違うんです。1回の10連ガチャでいくら消えていくのか。考えたことはありますか?」
ソシャゲによって相場は違うが、約3000~5000円。
高額! 余りにも高額――!!
5000円もあれば、何が買えるか……。
「いいですか。ソシャゲという字は、えっと……『ソーシャルゲーム』の略! つまり、『社会』のゲームなんです。一人前の社会人でもないみんなが戦うには、余りにも酷な世界。第一線で戦ってきた私が言うのですから、間違いありません」
ソシャゲの第一線とは。もちろん、ランキング最上位!
「欲しいキャラが出ない。バトルで勝てない。イベントの順位が安全圏内まで届かない。それだけで、すぐに課金へ走ってはいけません。まずは考えて。本当にその課金は必須なのか。一週間後には、一ヶ月後には、お金をドブへ捨てたことにならないか。まずは持っている石を大切にしなさい。そうすれば、自然と課金の大切さにも気付くでしょう」
そこまで課金について深く考えていた生徒は、恐らく一握りしかいないだろう。それほどまでに、昨今のソシャゲプレイヤーの感覚は麻痺しているのだ。
たった一瞬で数千円、数万円を失うのが当たり前だと思っている。
「考えて、考えて。どーしても、どーしても、欲しいキャラがいる場合には。他のキャラでも代用できない。絶対にその子が欲しい。サービス終了まで一生大事にすると断言するならば。課金しなさい。神は貴方を許すでしょう」
これはソシャゲの話だったはずなのだが。いつの間にか宗教みたいになってしまった。
しかし、生徒たちは今日の話を忘れることはないだろう。
「……はい! じゃあ、先生はギルバトに行ってきますから! 本日の授業はここまで! ワンポイントは、『石を大切に』。いやぁ~、先生は社会人で良かったぁ~! いっくらでも課金できる! さーて、今日も学生相手にボッコボコにしてきますかぁ~!」
台無し。全てが台無し。
それも仕方ない。これが金枠先生なのだ。
「まったく。きんわっつぁんには敵わねぇな……」
「ふふん。これでタケシも、課金には懲りたでしょう?」
「さぁ、どうだか? ん、ソシャゲに通知が来てるぞ。なになに、ユーザー名『kinwaku』さんからフレンド申請が……あの野郎! どうして俺のIDを知ってるんだぁ!?」