1限目 初めての課金
3年S組の教室。現在は休み時間。
生徒たちが楽しくお喋りをしているかと思いきや――そんなことはない。
無言。圧倒的沈黙。
誰もがスマホに夢中なのだ。
ある生徒はSNSで呟き、ある生徒は掲示板に書き込み、ある生徒は自撮り写真を加工する。しかし、彼らは少数派閥。このクラスで最も巨大な派閥とは――ソシャゲ!
みーんな大体ソシャゲ! だって、スタミナを消化しなきゃいけないから!!
その時。教室の扉がガラガラと開いた。登場したのは担任の金枠先生。今日もクソつまらない英語の授業をするのだろう。誰もがそう思った。
「はい、お前らソシャゲで楽しく英語の授業を始めるぞ席着け~」
彼の言葉に、クラスの全員が騒然とした!
今、なんて言った? ソシャゲって言ったのか?
「おいおい! どうしたってんだよ、きんわっつぁん!」
叫んだのはお調子者のタケシ。我地谷武史。自称、クラスのムードメーカー。英語の成績は最悪。趣味はソシャゲ。
ちなみに、『きんわっつぁん』とは金枠先生のニックネームである。
「はい、そこうるさいぞー。アプリをアンインストールされたいのか~?」
「絶対やめろよ!!」
「いいですかぁ~? 今日から私は! 英語の授業にソシャゲを取り入れたいと思います! 世界で初の試みです!」
誰もがポカーンとする。この教師は、何を言っているんだ。
ソシャゲで破産して、頭でもおかしくなったのか。
「はい、金枠先生。質問をしてもよろしいですか?」
手を挙げたのは委員長のメグル。檀上巡。英語の成績はクラスで一番。性格は品行方正。趣味はソシャゲ。
「いいぞ、メグル~」
「どうしてソシャゲなのでしょうか?」
「先生は考えました! どうやったら、みんなが授業を聞いてくれるのか! 英語の成績が上がるのか! その答えが、ソシャゲだったんです!」
「はぁ」
「納得していないようですね。いいでしょう。やってみれば分かります! 今日はチュートリアルです! 最初の英文はこれ!」
金枠は黒板に何かを書き始める。
《 for the first time : 初めて 》
「フォーザファーストタイム! 今日はこれを覚えて帰ってもらいますからね! しかし、これだけでは普通の英語の授業。ここからが本番です!」
《 He was charged for something to say so social game for the first time. 》
「はい、タケシ! これを訳してみなさい!」
「うえっ!? 彼は……」
「もうちょっと頑張りなさいよぉ~!」
「俺には無理だって、きんわっつぁん! 英文を見ただけで吐き気がするぜ!」
「安心してください。この中には、みんなの大好きなソシャゲが隠れているぞ~」
「えっ……あ、ホントだ!」
《 He was charged for something to say so 【social game】 for the first time. 》
「ほらほら、読めてきたろ~?」
「彼は、初めて、ソシャゲを……」
「はい! 今度は動詞の辺りに注目!」
《 He 【was charged for】 something to say so social game for the first time. 》
「これはチャージド。チャージの過去形ですね。さて、チャージって何をするんでしたっけ~? 電車に乗る前にチャージしていますよね~?」
「お金を入れる……?」
「その通り! ほら、もう読めてきた! 英語の成績が最悪なタケシでも読めてきた! じゃあ、彼はソシャゲに初めて何をしたんだ~?」
「分かった! 課金だ! 彼は初めて、ソシャゲに課金した!」
「惜しい! アプリのレビューで言ったら5点満点中4.0!」
「結構いい!!」
「メグル、正解を言って~?」
「えっと……彼は初めて、ソーシャルゲームというものに課金した」
《 He was charged for something to say so social game for the first time. 》
(彼は初めてソーシャルゲームというものに課金した)
※ be charged for ~ : ~に課金する
「正解! これは彼にとって初めての課金ですからね。ソシャゲについて、まだよく分かっていません。『ソシャゲ=何かそういうもの』という意識が残っている。まぁ、一週間後にはソシャゲソシャゲって連呼するんですけどね」
なるほど。英語にソシャゲを取り入れるとは、こういうことだったのか。
確かに分かりやすい。普段のクソつまらない授業よりも圧倒的に分かりやすい!
「ちなみに、ソシャゲにも色々な表し方がありますよ~」
《 social game / social-network game / Soshage 》
「これ、ぜーんぶソシャゲのこと! 何となく読めますよね? 英作文でソシャゲについて書く場合は、どれを使ってもオッケーです!」
生徒たちも興味深々で話を聞いている。一体どうしてなのか。
ソシャゲが好きだから。だが、それだけではない。これ覚えておけば、ちょっとしたソシャゲの豆知識として友達に自慢できる!
しかし、授業はこれで終わりではなかった。
「なーんで課金しちゃったんだぁ~?」
突然。
金枠が豹変した!
顔つきも妙に深刻だし、声のトーンも一段低い。これから何が始まるんだ……?
「彼は、なーんで課金しちゃったんだぁ~? タケシィ~?」
「わ、分かりません!」
「いいかぁ~? 彼が課金したのは、ガチャでゲットしたキャラを友達に自慢されたからです! みんなにも心当たりがあるだろぉ~?」
ある。めっちゃある。
自慢した経験も、自慢された経験も。
「今日はみんなに、これから話すことだけは覚えておいて欲しい。さっきの訳わからん英文は忘れてもいいから」
「いや、ダメだろ!」
「課金とは『覚悟』なんだ! 最初はちょっとした気持ちで課金したかもしれない。だけどな。一の課金は百の課金を生む。たった一度課金をしたがために、そのままズルズルと課金沼へ落ちていった人間を……先生は何人も見てきた」
一瞬で教室はお通夜のような雰囲気に。これ英語の授業なのか……?
「そして、今までに課金した分を――『投資』を無駄にしたくないという心理から、楽しくもないゲームを惰性で続けているプレイヤーもたっっっくさんいる」
何人かギクリとする。図星である。
「だから……初めての課金をする前に。今一度、自分自身の胸に問い掛けてほしい。本当に! サービス終了まで! そのソシャゲと付き合っていけるのかどうかを! その『覚悟』があるのか!」
重い。とても重い言葉だった。生徒たちの心へ確実に響いた。その手ごたえを、金枠もまた感じ取っていた。
英語にソシャゲを取り入れる。新たな試みだったが……授業は大成功である!
「これで本日の授業を終わりにします。覚えてもらったことは、『課金とは覚悟』。ここテストに出るからな~! では、次回の英語の授業まで……良いソシャゲライフを!」
終了のチャイムが鳴り響き、金枠は教室から去っていった。
数秒後。ハッとしたタケシは叫んだ。
「これ英語じゃなくて、ソシャゲの授業だ!!」