15限目 ギルド潜入作戦
今日は祝日。
タケシはのんびりと朝寝坊しながら、ベッドで横になってスマホを操作していた。もちろん、ソシャゲである。
「やっぱり、休みの日の朝はソシャゲに限るなぁ。時間を気にせずキャラ育成できるし、クエスト周回もめっちゃ捗る。心なしか素材のドロップ率も良い気がするぜ」
朝起きたら、まずソシャゲ。
この習慣が身に付いているソシャゲプレイヤーは、かなり多いことだろう。何故ならば、スタミナ溢れてしまうから!
寝ている間にスタミナがMAXまで溜まっている。早く消化しなきゃ勿体ない。よし、曜日クエスト周回だー!
というわけで、タケシも例に漏れず、目覚めと同時にソシャゲへログインするのだ。メディアは一切報じてくれないが、これが昨今の日本で最も流行している「朝活」である。
ことわざでも古くから言われている。早起きは3スタミナの得。
「うっし、一通りのスタミナ消化は終わったな。ログボ(ログインボーナス)も受け取ったし、ギルドにも挨拶完了。家でゆったりソシャゲライフ最高だぁ。そして何より……きんわっつぁんにエンカウントしないっ! 学校よりも自宅ソシャゲが一番!」
学校では休み時間でも神出鬼没の金枠先生に邪魔されるケースが多発するため、おちおち落ち着いてソシャゲもできない。絶対にミスれない盤面で、アドバイスと称して余計な茶々を入れてくる。あれは本当にやめてほしい。
ところで、疑問に思わないだろうか。
現在、タケシは自宅でソシャゲをプレイしている。だが、待ってほしい。タケシのソシャゲは金枠に管理されているはずなのでは。全ソシャゲデータを金枠のスマホへ移行したことも記憶に新しい。
当然ながら、タケシが使っているのは金枠のスマホである。さすがに家でソシャゲできないのは酷であると判断されたため、スマホのお持ち帰りは許されたのだ。
どこでもプレイできるのは従来と変わらず。唯一、課金だけは金枠の許可がなければできない仕様となっている。即ち――
課金の生殺与奪の権を金枠に握らせているのだ!
「……っと、事前登録しておいた新しいソシャゲを始めなきゃ。一昨日リリースしたんだっけな。ふんふん、面白そうなゲームじゃん。キャラも可愛いし、ネットでも話題だし」
今や無料のソシャゲすらも事前に予約する時代である。昔の人々は想像もしなかった。
タケシはアプリをインストールして、新たなソシャゲへの扉を開いた。ちょっと長めのチュートリアルを進め、事前登録特典の石をゲットしたら、早速ガチャを回す。
「っしゃあ! 強キャラ来た! 多分だけど、このビジュアルは強キャラ! めっちゃ好みだし! これはフレンド作って自慢しなきゃな。適当なギルドにでも加入すっか~?」
画面をスクロールして、ギルド一覧を眺めていると――タケシは目を疑った!
ギルド名【3年S組】……初心者大歓迎! 一緒に楽しくプレイしましょう!
「まっ、まさか!? いや、まさか……」
そのまさかである。
ギルマスの名前を確認すると、プレイヤー名「kinwaku」。既に助っ人のリーダーが最高レベルまで育成されているから、絶対に間違いない。ギルド紹介文には、一週間の無断欠席で除名とも書いてるし。
休みの日でも金枠先生に出会ってしまうなんて――!!
ただ、興味はある。
金枠がマスターのギルド。ちょっと覗いてみたい。タケシは相手が金枠だと分かっているが、金枠はタケシだと知らないのだ。ならば、潜入するしかない。
「くっ……好奇心には勝てない……! きんわっつぁんの素顔が見れるかも……? 決めたぞ! このギルドに入ってやる!」
【ガッチャンさんが3年S組に加入申請しました】
【kinwakuさんが加入を承認しました】
「早いな! 十秒も経ってねーよ! さすがは熟練のギルマス。多分だけど、加入申請をスマホの通知で受け取ってやがる。よーしよし、まずは最初の挨拶だな。どうしようか。ここは無難に……」
タケシはギルドの掲示板に文章を入力して、送信ボタンを押す。
【ガッチャンさんがコメントしました】
はじめまして! ガッチャンと申します! まだまだ始めたばかりの初心者ですが、どうぞよろしくお願いします!
【✝混沌ノ堕天使✝さんがコメントしました】
貴様を我らが同胞として歓迎しよう。あ、フレンド申請いいっすか?
【でるぴえろさんがコメントしました】
こちらこそ初めまして。ガッチャンさんよろしくお願いします♪
【ユウキさんがコメントしました】
アリーナの編成が鉄壁すぎて抜けねぇ
【暗黒最強戦士さんがスタンプを押しました】
(・ω・)b グッ
【ああああさんがコメントしました】
ああああ!
「メンバーの返信も早い! かなり訓練されたギルドだな。妙な奴がちらほらいるけど、これは歓迎されてるんだよな……? まぁ、すんなり溶け込めたってわけだ。さーて、きんわっつぁんは何て返信すっかなー?」
みんながガチャで爆死している中で、実は自分はそのキャラをゲットしている。そんな感じのニヤニヤした怪しい笑みを浮かべながら、タケシは次の文章を書き込んだ。
【ガッチャンさんがコメントしました】
フレンド申請は問題ありません。まだ助っ人キャラも弱いですが、これから育てていきます。皆さん、アドバイスがあったらよろしくお願いします!
【kinwakuさんがコメントしました】
なーんだ。誰かと思ったら、タケシじゃないか~。3年S組へようこそ。
「バレてる!!! 出会って二分で即バレた! えっ、なんでなんで!? 有り得ねーよ! まさか、このスマホの画面が監視されてる!?」
【kinwakuさんがコメントしました】
まぁ、タケシのことだから、どうせスマホが監視されてると勘違いしてるでしょうね。そんなことしなくても、一発で分かるに決まってるでしょうが! このバカチンがぁ~!
「超能力者かよ!! 勘が鋭いにも程がある!」
「ちょっと、タケシ! うるさいわよ! 静かにしなさいっ!」
「ごめん、かーちゃん!!」
金枠のコメントに全力で突っ込んで、母親から怒られてしまった。自宅では金枠先生が出現しない代わりに、母親がエンカウントする。それも仕方ない。そのように生息地が分かれているのだ。
「くっそぉ……きんわっつぁんのせいで怒られちまったぜ。どうしてバレたんだ……? ってか、本名で呼ぶのやめろよ! それはアウトだろ!」
ギルドの掲示板を見れば、なんかめっちゃ盛り上がってる。
【でるぴえろさんがコメントしました】
ええっ? ガッチャンさんはkinwaku氏の知り合いなんですか?
【筋肉三太夫さんがコメントしました】
偶然にもッ! 二人は出会ってしまったのかァ――!!
【暗黒最強戦士さんがスタンプを押しました】
Σ(゜Д゜) ハッ!?
【✝混沌ノ堕天使✝さんがコメントしました】
我らが師匠の戦友とお見受け致す。この世界の頂点を目指し、共に戦おう。あ、次のギルバトは12時からっす。
【ああああさんがコメントしました】
ああああああああああああああああぁ!?!?
【ガッチャンさんがコメントしました】
いや、どうして分かったんだよ!
【kinwakuさんがコメントしました】
そんなの簡単です。先生のプロフィールページに足跡が残っていたからな~。つまり、このギルド名に反応して、ギルマスのプロフィールを確認した上で、最強クラスのガチギルドに加入申請した物好きな初心者。そうそういません。
【ガッチャンさんがコメントしました】
初心者大歓迎じゃねーのかよ!!
【kinwakuさんがコメントしました】
あれは建前に決まっています。あとはリーダーに設定しているキャラ、文章の特徴、プレイヤー名から、タケシと断定するに至ったわけです。まったく。本名のもじりなんて、安直な名前はダメだぞー?
【ガッチャンさんがコメントしました】
個人情報を垂れ流すな!!
「はぁ……何が悲しくて、休みの朝からきんわっつぁんの相手してるんだよ……。もうさっさと脱退するか。でも、ギルド自体は強いんだよな。イベントのギルド報酬は魅力的……! うーん、悩む……」
タケシが頭を抱えている傍らで、金枠は次なる段階に進もうとしていた。
【kinwakuさんがコメントしました】
では、そんなタケシのために今日はこの英文を贈りましょう。
【暗黒最強戦士さんがスタンプを押しました】
キタ――(゜∀゜)――!!
【✝混沌ノ堕天使✝さんがコメントしました】
待 っ て ま し た ! ! !
【でるぴえろさんがコメントしました】
いつものパターンですねっ♪
【筋肉三太夫さんがコメントしました】
やったァ――!! 嬉しいッ!
【ガッチャンさんがコメントしました】
待って待って! なんでこんなに人気なの!? 新手の宗教!?
【kinwakuさんがコメントしました】
《 long-standing friend : 昔馴染みの友人、積年の友 》
ロングスタンディングフレンド! 長く続いている友達、転じて昔からの友人。これを使った英文がこちら。
《 I found the name of a long-standing friend in social-network game, so I turned off the smartphone quietly. 》
えー、では筋肉三太夫さん! 訳せますか?
【筋肉三太夫さんがコメントしました】
むッ!? 僕に訳せるかなッ!? 難しそうだッ!!
【kinwakuさんがコメントしました】
大丈夫です。きっと訳せます。自信を持ってください。
【筋肉三太夫さんがコメントしました】
えっと、foundが確かfindの過去形で、見付けたのは友人の名前。turn offは電源をオフに切り替える、最後の単語はquietが副詞になったものだから――答えはこれだッ!!
《 I found the name of a long-standing friend in social-network game, so I turned off the smartphone quietly. 》
(ソシャゲの中で昔馴染みの友人の名前を見付けてしまったため、僕はそっとスマホの電源を落とした)
【kinwakuさんがコメントしました】
はい、大正解でーす!
【ガッチャンさんがコメントしました】
予想外にもインテリ!!
「って、ギルドの中でも英語の授業してんのかよ! きんわっつぁん、おかしいだろ……それを受け入れてるギルドのメンバーも絶対ヤベーよ……」
さらに、ここからはお決まりのパターン。
【kinwakuさんがコメントしました】
ところで、なーんでスマホの電源を落としちゃったんだぁ~? ああああさん~?
【ああああさんがコメントしました】
ああああ!
【kinwakuさんがコメントしました】
はい、残念! 正解は、とっても気まずいからです!
【ガッチャンさんがコメントしました】
この茶番は何!? 聞く相手を間違えてる!
【kinwakuさんがコメントしました】
ゲームの中でも、リアルの友人と繋がりを持ちたいか。それは人それぞれです。ソシャゲって、基本的には個人プレイが多いですからね。あんまり繋がりたくないという人も、そこそこいるでしょう。
【ガッチャンさんがコメントしました】
そうか? 俺は大丈夫だけどな。
【kinwakuさんがコメントしました】
考えてみてください。友達とゲーム内でも仲良くしないと、友人関係がぎくしゃくすることだってあるんですよ。毎日挨拶したり、レイドボス救援に駆け付けたり、助っ人キャラの変更要請に応じたり、ゲームによっては最終ログイン時間だってバレてしまいます。
【ガッチャンさんがコメントしました】
あー、確かに。気にしてなかったけど、ちょっと面倒かも。
【kinwakuさんがコメントしました】
ましやて、ゲーム内で再会した相手が懐かしい旧友となれば……思うところは色々あるでしょう。だから、彼はそっと電源を落としたんですね。知らない方が幸せなこともある。本名でソシャゲはプレイしないように。
【ガッチャンさんがコメントしました】
バラした張本人が言うこと!?
【kinwakuさんがコメントしました】
以上で、3年S組の授業を終わりにします。『見なかったことにするのも大事』と、覚えておきましょう。大人のプレイを心掛けて、今日も楽しくソシャゲに励むことです。
「……うん。マジでいつも通りの授業だ。休みの日なのに、学校にいる気分だぜ……。最悪だ。なんか掲示板は盛り上がってるし。ホントに何なの、このギルド」
【✝混沌ノ堕天使✝さんがコメントしました】
ブラボー! 今日の授業も最高でした! 師匠!!
【暗黒最強戦士さんがスタンプを押しました】
(ノД`*)ノ ブワッ
【でるぴえろさんがコメントしました】
さすがkinwaku氏! 一生ついていきます♪
【筋肉三太夫さんがコメントしました】
ヌハァ――!! 大腿四頭筋に効いたッ!
【ユウキさんがコメントしました】
アリーナの編成が鉄壁すぎて抜けねぇ――!!
【ああああさんがコメントしました】
ああああああああああああああああああああああああぁー!!
【kinwakuさんがコメントしました】
ソシャゲで旧友を発見すると気まずくなるのは確かです。ただ、偶然にも昔のいじめっ子の名前を見掛けたなら……対戦でボッコボコにしてやりなさい! かつていじめられた経験と比べれば、ソシャゲでタコ殴りなんてささやかな復讐です。ルールを守って、正面から楽しく集中攻撃!
【ガッチャンさんがコメントしました】
最後がこれでいいの!? いや、予想通りだけど!!
【kinwakuさんがコメントしました】
さーて、この後は12時からギルバトだー! 報酬が懸かった真剣勝負ですからね~! どんな相手も手を抜かずに蹂躙が、3年S組ギルドのモットー!
【ガッチャンさんがコメントしました】
3年S組に謝れ!!!
【kinwakuさんがコメントしました】
そうそう、まだ初心者のタケシは防御が紙だから、今日のところは除名するぞ~? また強くなってから申請しような~。
【ガッチャンさんがギルドを除名されました】
「はぁ!? 嘘だろ! アイツ、俺を除名しやがった! 歓迎してたんじゃなかったのかよ!? マジかよー!?」
ひとしきり叫ぶと、暫し呆然と立ち尽くしてから――
タケシはそっとスマホの電源を落とした。