13限目 友達はフレンド
ある日のこと。
それは、金枠がいつも通り3年S組で授業をしている時のことだった。
「――と、このように。起源は諸説ありますが、一般的な古代ヨーロッパの伝説に基づいて考えた場合。アーサー王が岩から引き抜いてくれたお陰で、ソシャゲにおける最強武器『エクスカリバー』が誕生したんですね~」
「はい、金枠先生。英語ではなく、世界史の授業になっていますが……」
「おっと、これはうっかり。新しいキャラをゲットしたと思ったら、間違えて二人目の同じキャラを育ててしまった時くらいうっかり」
「例えがニッチ! いや、あるけども!!」
「うるさいぞー、タケシー。お前がうちのキャラをフレンドとして連れていく直前に、リーダー変更してやろうか~?」
「マジで困るからやめて!!」
確かに、あれは困る。
クエスト攻略であれ、レイドボス討伐であれ、ギルバトであれ。大体の場合、一番の戦力となるのは連れていくフレンドのキャラなのだ。
フレンドがあのキャラをリーダーに設定してくれないと、難関クエストをクリアできない、ダメージ最大値を叩き出せない、そんな状況の多々あること。故に、使用するフレンドのキャラに合わせて、自分のキャラ編成を組み上げるのが常である。
それなのに、いざクエストに出発すると――フレンドのキャラが違う!!
しまった! 僅差で助っ人のリーダーを変更された!
編成を考えるのに時間を掛け過ぎた――!!
気付いても後の祭り。無駄にしたスタミナも返ってこない。だからこそ、可能ならばリーダーをころころ変更しないでほしい。全国のソシャゲプレイヤーへのお願いだ。
「そうそう。先生はリーダー固定派ですが、対人戦のあるソシャゲの防御編成はころころ変えるぞ~? 相手の編成を確認するために、一回目はみんな玉砕覚悟で突撃するんですよね。で、いざ対策して二回目に突撃すると……全く別の編成になっていて返り討ち~! もう笑いが止まりません! はっはっは~!」
「てめぇ、ホントに教師かよ!!」
そんな他愛もない会話を交わしていると――ガラガラガラッ!
教室の扉が勢いよく開いた。登場したのは、謎の男。生徒ではない。かといって、社高校の教師でもない。見るからに不審者。どうして平日の真っ昼間から、無関係な大人が教室に……? レイドボスじゃあるまいし。
すると、男は目をぎらつかせながら、金枠に向かって吠えた。
「うおおおおおおおっ! 遂に見付けたぞ! 金枠っ! ここで会ったが百年目! 今日こそ決着をつけてやる!!」
生徒たちは察した。これはヤバイ奴なのでは。授業中に堂々と乗り込んでくる時点でヤバイのに、その男が金枠の知り合いという時点でもかなりヤバイ。まぁ、金枠先生も大概ヤバイが。
興味半分、心配半分。みんなは二人の様子を見守るばかり。
対する金枠は焦る様子もなく、普段と同じように受け答える。
「はぁ……まったく。会って早々、開口一番。なーにが百年目ですか。だったらこっちは、連続ログイン百日目ですよ」
「何だとっ!? ……そうか! 百日目なら、ログインボーナスで石が貰える! 確実に! ふん、なかなかやるな! どうやら腕は衰えていないようだな! 金枠っ!」
「そういう貴方も、数年前より多少はマシになったようですね。まぁ、本気を出した私の足元にも及びませんが」
「大口を叩けるのも今のうちだ! 覚悟しろ! 今日が課金の納め時だぞ!」
「やれやれ。穏便には済まないですか。仕方ありませんね……」
金枠と謎の男が、スマホを右手に掲げる。直後、二人の手が輝き出した!
「いくぞおおおおおっ! 父さん、母さん! 今こそ力を貸してくれ! これが俺の全財産だっ!!」
「ほう、課金力が上がっていく……大したものですね。しかし、何度挑戦しても無駄です。絶望に呑まれなさい」
「「ソシャゲ戦闘、開始!!」」
「おいおいおい! きんわっつぁん! どういう状況だよ!?」
これにはさすがのタケシも、突っ込まざるを得なかった。金枠と謎の男は顔を見合わせると、「空気読めよ」という表情を浮かべて、すうっと手の光を収めた。
「おい、金枠。コイツは誰だ?」
「いやー、申し訳ない。うちのクラスの問題児です」
「……ふん。課金力3……ノーマルレアか。ゴミが」
「ゴミ!? 初対面で何様だよ! きんわっつぁん! いったい誰なんだよ!?」
「ええ、そうですね。話すと長くなりますが――簡潔に言えば、私の友達です。乾先生は関係ありません。紹介しましょう。彼の名前は、関口わびお。趣味はソシャゲ」
「友達ではない! 好敵手と言え!」
金枠先生のフレンド。もとい、ライバル。道理で変人だと思った。まぁ、金枠先生も大概だが。
しかし、それだけでは納得できない。次に質問したのは、メグルだった。
「はい、金枠先生。友達というのは、その……リアルの話ですか? ソシャゲの話ですか?」
「そりゃあ、どっちもです。リアルの友達と同じソシャゲをプレイしていれば、必然的にゲーム内でもフレンドになりますよね? 先生と彼はそういう関係です。より具体的に言えば、大学時代の同級生」
「それと、さっき二人の手が光ったように見えたのですが――」
「あちゃ~、バレちゃいましたね。皆さん、くれぐれも内緒ですよ。実は、先生。"ソシャゲに選ばれし者"の一人だったんです!」
「ソシャゲに、選ばれし者……?」
「その通り。こうして選ばれし者同士が出会うと、スマホを持つ手が光るんです。そうなったら、どう足掻いてもソシャゲ戦闘は避けられないでしょう」
直後、勘のいいトツオが、眼鏡をクイッとさせながら声を上げた。
「ま、まさか……! 選ばれし者同士で戦った場合、バトルに負けた方は死んでしまうという――!?」
「いえ、全然そんなことはありません! 手が光るだけです!」
「手が光るだけ!!」
そう、手が光るだけ。特に意味はない。強いて言えば、暗い場所でちょっと便利。
ならば、どうして関口は金枠を目の敵にしているのか。そこには彼の辛い過去があった。唐突に男は語り始めた。
「はっ! あの金枠が、今じゃ学校の教師なんてなぁ! とんだ笑い話だぜ。ふぅん……てめぇらが金枠の生徒ってわけか。何の事情も知らず、のうのうとソシャゲなんかしやがって……なぁ、知ってるかぁ!? この金枠は! ヤバイ奴なんだぞ!!」
(だろうな……)
「そう、俺は金枠に人生を滅茶苦茶にされたんだ! 忘れもしない……あの大学時代……!」
「ええぇ……きんわっつぁん、何しちまったんだよ?」
「いやー、友人としてワビオにソシャゲを勧めたら、死ぬほど嵌まっちゃいましてね。単位が足りなくなって、そのまま大学を中退しちゃったんですよ」
「クソみてーな因縁だな!! じゃあ、今の仕事は何してんだ?」
「あん? 俺か? そんなの、決まってんだろ。俺の職業はギルマスだ」
「?????」
「あぁ。ギルマスってのは、ギルドマスターの略だ」
「いや、そうじゃなくて……」
生徒たちは思った。もしかしたら、この男は金枠よりもヤバイ奴かもしれない。これ以上は突っ込まないであげよう。
「いいかー、みんな。これがソシャゲ沼に沈んだ者の末路だ。くれぐれも、こうなっちゃダメだぞ~?」
「沈めた本人が何言ってんだよ!!」
「というわけで、先生この後、ソシャゲ戦闘の予定が入っちゃいました。とりあえず、さっさと英語の授業を終わらせまーす」
《 have ~ for a year : 一年前から~している 》
「ハブ、フォーアイヤー! 波線のところには動詞が入るぞ~。haveを使った継続の表現ですね。これで英文を作りましょう」
《 Guild master is the oldest player who has played this game for five years. 》
「この文を、そうだな……ワビオ! 訳してみるか?」
「あん? 馬鹿にしてんのか?」
「いえ、馬鹿にしてないと言ったら嘘になります」
「じゃあ馬鹿にしてんだろ! こんな英文、楽勝すぎて欠伸が出るぜ! 見てろよ! これが答えだ!!」
《 Guild master is the oldest player who has played this game for five years. 》
(ギルマスは五年前からこのゲームをしている最古参プレイヤーです)
※ the oldest player : 最古参プレイヤー|(最も古くから遊んでいるプレイヤー)
――バン!
ワビオは英文の日本語訳を書くと、黒板を叩いて言い放った。
「いいか、てめぇら。英語なんざ楽勝だ。金枠に代わって、俺が教えてやる。ソシャゲの裏情報やソースコードの解析結果ってのは、多くの場合は海外からリークされる。つまり、英語だ。英語が読めなきゃ話になんねえ。有名なソシャゲのトップギルドのマスターをやろうってんなら、最先端の情報をゲットするためにも、最低でも英語は必須だ! 次に中国語は欲しいな。C言語の知識があればなお良い」
その迫力に、3年S組の生徒は全員ビクッとした。
正直言って馬鹿にしていた。こんな駄目そうな大人が、英文なんて訳せないんじゃないか。ところが、蓋を開けてみれば英語をマスターしているどころか、さらに他言語にまで手を広げているとは。
恐るべし、トップギルドのギルドマスター。職業がギルマスなだけはある。
そして、金枠先生が英語の教師になった理由も……何となく分かった気がする。
「五年前で最古参ってことは、そこそこ息の長いソシャゲだな。で、ギルドが存在するってことは……恐らく、あのソシャゲだろう」
「スゲェ……きんわっつぁんレベルのソシャゲプレイヤー……初めて見た」
「うるせぇぞ! そこのゴミ!」
「俺のことかよ! 致命的に口が悪いな! 俺の名前はタケシ!」
「いいか、ゴミ。てめぇに質問だ。最古参のプレイヤーに対して、どう思ってる?」
「えっ?」
タケシは思った。
もしかして、このパターンは……豹変する金枠先生と同じ展開じゃないか。やはり金枠の古くからの友達。考えることも一緒。
「どう思うって……そりゃあ、強いんだろうな……」
「馬鹿野郎! そんな生半可な気持ちでソシャゲやってんのか! ソシャゲが戦争だったら、てめぇは真っ先に死ぬぞ!!」
「ソシャゲは戦争じゃねーよ!!」
「よく考えろ。てめぇらが、そのソシャゲをプレイできているのは――誰のお陰だと思ってる? 運営? それだけじゃねえ。昔からソシャゲを支え続けてきた、プレイヤーの皆様のお陰に決まってんだろ! てめぇらの先輩! 即ち、ソシャゲの最古参――!!」
ソシャゲが存続していくためには、利益を出すことが絶対である。基本プレイが無料のソシャゲならば、利益とはプレイヤーの課金。
これまでずっとソシャゲを支えてきた、最古参のプレイヤーたち。彼らの課金があったからこそ、みんなは今も普通に、そのソシャゲをプレイできるのだ。新規プレイヤーとして遊べるのだ。
「ふぅん。考えたことはなかったって顔をしてんな。でもな、それが事実だ。昔からのプレイヤーを老害とか言って馬鹿にする前に! まず感謝だろ! まだ、誰もプレイしていなかった……あの頃から! ずっと! ソシャゲを支え続けた彼らに、敬意を表するのは当然だろうが!!」
正論である。
しかし、世間では何故か最古参のプレイヤーへの風当たりが強い。不思議なことに。早く引退しろ、強いのは当たり前。つい、そんなことを口走ってはいないだろうか。胸に手を当てて考えてほしい。
「ソシャゲってのはな。誰でも気軽に遊べるもんだが、歴史がある。支え続けたプレイヤーがいる。忘れんじゃねぇぞ。『古参のプレイヤーには敬意』だ。以上で、今日の授業を終わりにする」
終わった!
途中から金枠先生が登場しないで、授業が終わってしまった!!
でも、内容はいつもと大して変わらなかった気がする。
「だがなぁ! 『俺は最古参プレイヤーだぞ!』って、新人に対して偉そうにしている奴らには! 敬意を払う必要はねえ! ギルバトでボッコボコにしてやれ!!」
「……はい! ワビオ先生の素晴らしい授業でしたね。初めて教壇に立ったとは思えない! みんな、拍手!」
「金枠っ! そうやって誤魔化せると思ってんじゃねぇよなぁ?」
「いやはや、やはり無理でしたか」
「当然だろぉ! 俺とお前が出会ったら! 戦闘は絶対に避けられねえ! 神にも変えられぬ運命だ!!」
「仕方ありませんね。全力で迎え撃ってあげましょう」
「「ソシャゲ戦闘、開始!!」」
――ガラガラガラッ!
「ちょっと! さっきからうるさいんですけど!? 授業中ですよ! いったい何やってるんですか! 金枠先生!!」
3年S組に怒鳴り込んできたのは、3年D組の立花先生だった。二人は顔を見合わせて、気まずそうにすうっと手の光を収める。
「いやー、ごめんなさい。英語の授業で盛り上がっちゃって。うっかりうっかり。今後は気を付けますから。ほら、この通り!」
「まったく! 変な部外者まで勝手に連れ込んで……次はありませんよ! またうるさくしたら、鹿島田校長に言い付けますからね!!」
ひとしきり叫んで、溜飲が下がったのか。立花は教室から出ていった。
「まさか、このタイミングでレイドボスが襲来するとは思いませんでしたね~。でも撃退しました。さあ、静かに続きといきましょう。ソシャゲ戦闘、開始――」
「マブイ……」
「どうしたんだ、ワビオー? 充電切れかー?」
「金枠。俺、教師になる……」
「えええええーっ!?!?」
金枠は素っ頓狂な声を上げた。生徒のみんなもぶったまげた。
だが、当の本人は真面目な顔をしている。
「なぁ……あの女性の名前は……?」
「へっ? 立花あおり先生ですよ。おっかないですよね~」
「頼む、金枠。友達として、一生のお願いだ。彼女のことを紹介してくれ! 俺、教師になるから! 立派な教師になって、この学校に赴任して――いつかきっと立花先生に振り向いてもらう! 今決めた!」
「……分かりました。いいでしょう。昔からの友達のよしみです。これでソシャゲ沼に沈めた件はチャラですね。唯一の問題は、私は立花先生から嫌われていることですが……」
「それでも構わない!」
「私が構うんですけどね。では、今日のソシャゲ戦闘は中止ということで」
「そうだな!!」
神にも変えられぬ運命とは何だったのか。
恋の女神の前では、ソシャゲの神など路傍の石に等しいのかもしれない……。