11限目 爆死を回避せよ
一口にソシャゲと言えど、様々な種類が存在する。
ちょっとした時間で楽しめるパズル・アクションゲームから、終わらないマップを延々と探索するRPG、集中力が試されるシューティングゲーム、途中で邪魔が入ると全てが終わる音楽・リズムゲーム、キャラを集めて戦うバトル・戦略ゲームまで。
しかし、現在金枠がプレイしているのは、そのどれにも該当しなかった。
頭脳を駆使した対人戦において、トップクラスとも謳われるゲームジャンル。
その正体とは――
「――金枠先生。金枠先生!」
「はっ!? いえ、寝てませんよ。ちょっとソシャゲしてるだけです」
「はい、金枠先生。それは言い訳としてどうなのでしょうか。ちなみに、今は英語の授業中ですが……」
メグルに声を掛けられて、金枠は正気を取り戻した。
なんと、授業中にスマホを見ながらフリーズしていたのだ。ソシャゲの猛者たる彼を、そこまで駆り立てるソシャゲとはいったい。
「いやー、すいません。かなり盤面が立て込んでいましてね。思わず長考してしまいました。うっかりうっかり。待ったなし」
「えっと……将棋ではなくて、ソシャゲの話ですよね?」
「もちろんです! ソシャゲだって、将棋の名人戦並みに頭を使う場面があるでしょう。あまりに長考しすぎて、知恵熱が出るくらいに。ちょうど今がその時だっただけです」
「あの、授業中なのですが……?」
金枠の発言は決して大袈裟ではない。
頭を使うソシャゲは、死ぬほど頭を使う。普通にプレイするだけなら難しくないソシャゲも、縛りプレイを強要すれば何倍も頭を使う。
その一方で、札束で殴り合うゲームや、勝敗がジャンケンのように決まるゲームまで存在するのだから、ソシャゲも奥が深い。
「おいおい! きんわっつぁんがソシャゲに苦戦するなんて、珍しいじゃねーか! なんなら、俺が相談に乗ってやろうか?」
「はぁ……まったく。調子に乗るなよー、タケシー。お前のソシャゲデータ、先生のスマホで勝手に引き継ぐぞ~?」
「犯罪だよ!!」
「いいですかぁ~? 先生はソシャゲの猛者ですが、上には上がいるんです。世界のトップクラスを相手に対人戦を繰り広げれば、先生だって悩みますし、スマホをタップする手だって震えます」
「世界のトップクラスとバトル? ソシャゲにそんな状況があるのか?」
「ありますとも。現在、先生はカードゲームのソシャゲをプレイしていますが、予選トーナメントの決勝で強敵と当たっちゃいました。この相手を倒せば、世界大会進出は確定なんですけどね~?」
「思ったよりガチな状況!」
「これ以上、考えても仕方ありませんね。ええい、ままよ! てやっ! おや、無事に勝てましたね。これにて世界大会進出でーす」
「マジかよ!? おめでとう!」
授業中にソシャゲで生徒から祝福される教師。
金枠先生より上のプレイヤーが、本当に世界には存在するのだろうか。
「伏せカードと手札誘発を警戒していましたが、はったりでしたね。引きが悪かったのでしょうか。先生のターン! 最上級モンスターを攻撃表示で特殊召喚! プレイヤーへダイレクトアタック! 相手のライフポイントは0!」
珍しくテンションの上がった金枠が、カードゲームアニメの主人公よろしく召喚のポーズを決めた瞬間!
――バチバチバチッ!
目の前の空間が激しく輝き出した!
何が起きているのか。生徒たちは騒然とする。対して、金枠は落ち着き払っている。
「あら~? やってみたら召喚できちゃいましたね~。まぁ、先生クラスのデュエリストになれば、そういうこともあります」
「ねーよ!!」
駄目ッ! 最初からゲーム脳の金枠先生に常識は通用しない!!
果たして、何が召喚されてしまったのか――!?
――シュウウウウウゥ……
白い煙と共に登場したのは、何のことはない。一人の男だった。年齢は三十代くらい。ちゃんと服も着ている。
直後、男はバッと金枠の方を振り返り、言い放った!
「今は何年何月何日だ!?」
「西暦2020年6月16日ですよ? 今日は火属性の素材がドロップしたから、火曜日ですね~」
「2020年……やった! 成功だ!! ありがとう、きんわっつぁん!」
「おや、私のことをご存じで?」
「当たり前だろ! きんわっつぁんの顔を忘れたことは一度もない!」
「ええと、どちら様ですか?」
「俺の名前はタケシ! 未来からやってきたタケシだ!」
その言葉を聞いて、生徒たちは混乱した!
金枠先生が! 未来からタケシを召喚した――!?!?
しかし、最も驚いているのはタケシ本人。
「はぁ――!? て、てめぇが、未来の俺!? 嘘だろォ!? マジかよ! 俺、こうなっちゃうのかよォ!?」
「君が過去の俺だな。時間がない。落ち着いて聞いてくれ」
「これが落ち着いてられるかァ! もっとイケメンになってるかと思ったのに……太り気味だし、服装はボロボロ、おまけに薄毛まで進行してるなんて……」
「俺は未来から警告に来たんだ」
「け、警告……!?」
思わずタケシは身構える。そんな映画を見たことがある。
自分のせいで未来が滅茶苦茶になってしまった。あるいは、未来で英雄的存在になったため、敵対勢力から過去の自分が狙われている。だから、警告に来た。
未来の俺、何しちゃったの……!?
「いいか、過去の俺。今の君は、あのソシャゲにハマっているな。昨日のメンテ後に新キャラがガチャラインナップに加わったはずだ。史上稀に見る強キャラが」
「よく知ってるな。あぁ、未来の俺だから当たり前か」
「強いだけじゃない。キャラ絵・ボイス・性格も相まって、一躍人気キャラに。ソシャゲ界隈はこのキャラの煽り合い戦争に発展するだろう。結果、余波を受けて過去の俺もピックアップガチャを回すが――」
「回すが……?」
「爆死した!!!」
「マジで? ガチャから出ないの?」
「いや、爆死なんて生易しいもんじゃない! あまりの欲しさに、親のクレジットカードをこっそり借りてガチャを回した! それでも出なかった!!」
「嘘でしょ!?」
「いつの間にか支払い額がかさみ、気付いた時にはもう手遅れ。家族は破産し、両親は離婚。俺は高校も卒業できず高飛び、地方を転々としながら借金取りに追わる日々。いいか。全ては君の課金が招いた結果なんだ――!!」
「俺の課金が原因で!? 聞きたくなかったよ!! っていうか、そんなことを警告しに来たのかよ!?」
「君のせいで俺の未来は滅茶苦茶だ! どうしてくれる!!」
「えぇ……ごめんなさい……」
クラスのみんなの前で、未来からやってきた自分に課金について説教される。こんな地獄絵図は類を見ない。
この混沌とした状況を収められるのは、一人しかないだろう。
「まったく、何やっているんですか! このバカチンがぁ~!! あれほど課金について注意してきたのに! さては、先生の授業をちゃんと聴いていなかったな~?」
「過去のきんわっつぁんからも、俺に言ってやってください!」
「タケシ。この際だから、正直に言いましょう。遅かれ早かれ、お前は破産する運命だと思っていたぞ。ただ、予想より早かったな」
「過去のきんわっつぁん!?」
「そんなタケシに、今日はこの英文を贈りましょう。もう手遅れですが、未来のタケシもちゃんと聴いておけよ~?」
「俺、時間ないんだけど!?」
《 go back in time : 過去に戻る 》
「ゴーバックインタイム! 時間を後ろに進む。即ち、過去に戻る。今のタケシの状況ですね。これを使って例文を書くと……」
《 Even though I went back in time to warn just before myself killed in explosion, nothing changed. 》
「さあ、過去のタケシ! 訳してみなさーい」
「えぇ……? こうなったら、未来の俺にバトンタッチ!」
「無理だ。俺には訳せない。何年経っても英語は苦手」
「聞きたくなかったよ!!」
「……いや、待ってくれ。妙な単語が入っているぞ」
《 Even though I went back in time to warn just before myself 【killed in explosion】, nothing changed. 》
「これは……爆死だ」
「そうなの!?」
「爆死の前にbeforeがあるから、爆死する前。warnは警告する。ワーニングとか言うだろう。つまり、爆死する前の過去に戻って、警告した。未来の俺の状況と同じだ」
「さすが未来のタケシです! 英語が読めなくても、人生経験があれば何となく分かっちゃう! それが英語なんですよね~?」
《 Even though I went back in time to warn just before myself killed in explosion, nothing changed. 》
(過去に戻って爆死する前の自分に警告してきたというのに、何も変わらなかった)
※ be killed in explosion : 爆死する
「いや、ヒドイ英文!!」
「うるさいぞー、過去のタケシー。そんなだから、ガチャで爆死なんてしちゃうんです! 限界まで課金して、お目当てのキャラが引けないことを爆死って言いますよね。ただ、課金額がいくらを超えたら爆死になるのか。それは、その人によります」
ソシャゲに1万円も課金して、欲しいキャラが出なかったら、それは爆死の部類に入るだろう。
世の中には、そう考えている人が大勢いる。
だが、甘い。甘すぎる。激甘もいいところ。
以前にも説明したが、ソシャゲの10連ガチャ1回の相場は3000~5000円。たった1万円程度では、20~30キャラしかガチャから出てこない。
対して、ガチャから最高レアが排出される確率。一般的に1~3%!
出ない!
確率を計算しても、1万円では最高レアのキャラなんて運が良くなければ出ない。そこから特定の欲しいキャラを引き当てるなど、ピックアップ中でも1%以下が常識!
仮に確率が悪い方向に偏れば。
数百回、数千回ガチャを回しても、出ない人は一生出ない――!!
それがガチャである。
「さて、自分の爆死を防ぐために、タケシは過去へ飛びました。当時の自分に警告しました。なのに、なーんで何も変わらなかったんだぁ~? 未来のタケシ~?」
「……何故でしょうか」
「人間の決意とは、固いものです。このガチャを回す。このキャラが出るまで回す。一度そう決めた以上、止めることは極めて困難。他ならぬタケシ自身が、一番分かっているでしょう?」
「はい、確かに。あの頃の自分はどうかしていました。でも、次こそは出る気がしていたんです。あと一回、ガチャを回せば出るはず。そんな根拠もない予感にすがって、課金する手を止めることもできず……気付けば親のカードで破産」
「その通り。次は出そうな気がする。ここで諦めたら、これまでの課金が全て無駄になってしまう。意地でもガチャを回し続ける。結果、爆死を越えて破産する人間の多いこと。彼らはソシャゲプレイヤーとして半人前以下です!」
「俺、半人前以下なの!?」
「そうだぞー、過去のタケシー。課金して強くなれば一人前のプレイヤーになれる。そう考えている時点で三流です! 確かに課金は強くなるためのツールですが、飽くまでソシャゲの中だけ――!! 何百万円も賭けて得るものではない!」
冷静になって考えれば、理解できるだろう。ソシャゲとは、破産してまでプレイするものなのか。否、断じてそんなことはない。
石油王でもないのに、課金額を自慢するようになったら末期だ!!
「決して忘れてはいけません。『人の課金は簡単には止められない』。過去の自分に警告した程度では、未来は変えられないでしょう。タケシはソシャゲ破産する運命」
「そ、そんな……わざわざ過去にまで来たのに……」
「しかし、回避する手段がないとは言っていません!」
「本当ですか!? 教えてください!!」
「なに、簡単な話。タケシの全ソシャゲデータを、先生のスマホに引き継げばいいんです! タケシがソシャゲをプレイする際は、常に先生の監視下! クレジットカードで課金なんて絶対に許しません!」
「そうか! その手があったか! どうか、お願いします!!」
「待て待て待て! 未来の俺! 早まるな! そもそも、犯罪だろ!?」
「いいえ。タケシ本人がお願いしているのですから、犯罪ではありませーん! それに、タケシだって破産したくないだろ~?」
「そう、だけど……だけどよぉ……!!」
警告で駄目ならば、物理的に破産不可能にするまで!
ソシャゲの破産例は、必ずと言っていいほどクレジットカードで課金している。ソシャゲとクレカの連携は極めて恐ろしい。絶対にコラボしないことをお勧めする。
こうして、タケシは金枠に課金を制御されることになったのだ。
「きんわっつぁん。色々とありがとうございました」
「礼には及びません。タケシも大事な3年S組のメンバーですからね」
すると、未来のタケシの身体が白く光り始めた。どうやら、未来に帰るタイムリミットが来たようだ。
「そうそう。未来へ帰る前に、タケシに見せたいものがあります! ほら、見て見て~! タケシが破産してまで欲しかったキャラ! 先生、1回目の10連ガチャで2人もゲットしちゃいました! こんなこと本当にあるんですね~? いやー、タケシには悪いことをした! はっはっは~!」
身体が消える直前、タケシは思い出した。
どうしてムキになってまで、ガチャを回してしまったのか。
そう! 持ってないことを金枠先生に煽られたから――!!
あのドヤ顔を忘れたことは一度もない!
しかし、結果的に金枠先生のお陰で爆死の未来を回避できたのだ。
全ての発端は金枠だが、解決したのも同じく金枠。
ならば良しとしようではないか!