10限目 悪いソシャゲ
3年S組の生徒たちは、今日も朝から元気にソシャゲ。
ガチャを回したり、デイリーミッションをこなしたり、ゲリラクエストを周回したり、レイドボスに攻撃したり、ギルドでバトルしたり、ガチャを回したり。
各々が黙々とソシャゲに励む中で――事件は起きた。
「はい、お前ら朝のホームルームを始めるぞ席着け~」
登場したのは勿論、金枠先生。
右手にスマホ、左手にスマホ。今日も平常運転である。
「ほらほら、さっさと席に着きなさい! そこの……生徒T!」
「もしかして俺のこと!? 俺はタケシ! ちゃんと覚えて!」
「良いですかぁ~? レア度が上がらないと、名前を覚えてもらえないどころか! 大層な『別名』だって貰えないんですからね~?」
そう、ソシャゲキャラの多様化における弊害。
名前も中身も同じキャラなのに! 衣装が違うだけで全く別のキャラ――!!
ソシャゲ界隈における人気キャラの宿命である。これだけ人気があるのに、一回ポッキリで使い切るのはもったいない。そこで生まれたソシャゲ商法。別の衣装に着替えさせて、別キャラ・別カード・別ユニットとして新たに生まれ変わる。
とりわけ、季節限定キャラとして生まれ変わることが多い。
水着とサンタ衣装は定番オブ定番!
昨今では季節にすら関係なく。何周年限定衣装とか、魔法少女とか、プリンセスとか、人気キャラ二人を合体させて一人のキャラとか。一昔前はそんなことなかったのに……。
したがって、同じキャラを別キャラとして区分するために使われるのが――本名の前に付ける『別名』なのだ。
※ソシャゲによっては、本名の後ろにカッコを付けて区分する場合もある
「例えば、メグルに別名を付けたら……SSレア『端麗委員長メグル』!」
「金枠先生。それは、褒め過ぎなのでは……」
「大丈夫です! ソシャゲの別名っていうのは、キャラを褒め称えてなんぼですから! 極論を言うと、文字の並びさえカッコ良ければ、意味不明な言葉でも可!」
すると、金枠は黒板にみんなのキャラ名を書き出した。
・端麗委員長メグル
・重装巨兵タメル
・天才軍師トツオ
・氷の女王マトイ
・降臨天使カキン
・一般生徒T
「一般生徒T!? いや、名前すらねぇじゃん!」
「だから、うるさいぞー、生徒T。お前のスマホの画像データ、女の子キャラのスクショばっかりなのみんなに暴露するぞ~?」
「もう手遅れ!!」
3年S組は今日もいつも通り。と、思われた――
「じゃあ、出席取るぞー。出欠確認って、本当に面倒ですよね。最近はギルドに『出席ボタン』が設けられているソシャゲもありますが。それがないと、ギルマスはメンバーの最終ログイン日時を定期的にチェックしなきゃならない。何も言わずに一週間もログインしていなかったら、もう完全に除名……おや? 一人だけ足りませんねぇ……」
これはおかしい。
3年S組のメンバー枠は、特別支援枠の転校生も含めて41人なのに。
今は40人しか在籍していない!?
1枠もったいない!!
「えっと、あそこの席は……誰でしたっけ? こうメンバーが多いと、急に誰がいなくなったのか分からないんですよねぇ。ギルドを抜ける前に、一言欲しいものです」
「金枠先生。そこの席は智糸くんです」
「あっ、思い出しました! そうそう、いましたいました。そういえば」
今この教室にいないのは、喧嘩っ早いツカウ。智糸柄右。クラスの荒くれ者だが、不良未満。趣味はソシャゲ。プレイスタイルは手段を選ばない。
「あの、智糸くんは一週間前から来ていませんが……」
「ええっ!? そんなに前から!? いつもソシャゲの画面ばっかり見ていたから、全く気付きませんでした! うっかりうっかり」
「教師の発言じゃねえ!!」
「まーた、どこぞの悪いギルドとつるんでいるのか! あのバカチンがぁ~! まぁ、無断で一週間休んだから、ツカウは3年S組から除名ということで……」
「嘘だろ!?」
「冗談に決まっているでしょうがぁ~!」
この時、クラスのみんなは思った。
本気か冗談か分からない! 金枠先生なら、やってもおかしくないから!!
……
「メンバーの管理はギルマスの仕事。生徒の管理は教師の仕事。こればかりは、仕方ありませんねぇ」
放課後。ツカウを探して、金枠が辿り着いたのは……とある廃墟だった。
噂によると、不良たちが集まって何かを開催しているらしい。言うなれば、ここは敵のアジト。慎重に、慎重に進んで――
「ごめんくださーい。ツカウはいますかー? 先生だぞー?」
慎重さの欠片もない!
そう、今の金枠を衝き動かす気持ちは唯一つ。
早く家に帰ってソシャゲの続きをしたい!
「きっ、金枠のセンコー!? ど、どうしてここに……」
「いたいた! ダメじゃないか、ツカウー。無断で3年S組を脱退したら、先生が困るでしょうがぁ~! 校長先生になーんて言われるか! 三月の卒業イベントまで在籍したいなら、しっかりクラスに貢献しないとぉ~」
無事にツカウを発見。
このままお得意の説教をして、家に連れて帰れば万事解決。
と、簡単にいくはずもなく。
「おうおう! テメェは誰だァ?」
学園ドラマでも定番。話の通じない相手ナンバーワン。ソシャゲの運営よりも性質が悪い。金枠の前に立ちはだかった相手は、巷の不良集団だった。
さすがに喧嘩っ早いツカウでも、ここは穏便に収めたい。
「先輩、すいません! うちのセンコーが……」
「君たちこそ何ですかぁ~! こんな未開のダンジョンみたいなとこに集まって! ちゃんと自分の学校に通っているんですか? 君たちは腐った運営ですかぁ~?」
「はぁ? うぜェ奴が来たなァ」
「ま、マジですいません! センコーにはオレから言っとくんで……」
「しっかり勉強しないと、ノーマルレアにすらなれませんよ! もう、ゴミアイテム。売っても大したお金にならない。このままだと、君たちはゴミアイテムへ一直線です!」
「テメェ! 喧嘩売ってんのかァ!?」
「なんで金枠のセンコーが煽るんだよ!!」
生徒が場を収めようとしているのに、金枠が火に油を注ぐ注ぐ!
本当に状況を理解しているのか。ゲームと現実は違うことを認識しているのか。いや、恐らく認識できていない。
「いえ、喧嘩する気はありません。今日のところは、ツカウを一人分だけ回収できれば満足ですので」
「オレをドロップアイテムみたいに言うんじゃねぇよ!」
「残念ながら、テメェんとこのツカウちゃんをタダで帰すわけにはいかねェなァ……! ウチの興行に必要なメンバーだからよォ!」
「興行、とは……?」
「あン? 知らねェのか? ここはオレらの仕切る賭博場だァ! 参加者同士が腕を競って戦い合う! 観客はその勝敗に金を賭ける! これより熱いスポーツは他にねェ! そう、時代は裏ソシャゲ賭博さァ!!」
裏ソシャゲ賭博――!?!?
何のことはない。
ソシャゲの対人戦で、金を賭ける行為。
みんなにも経験が……ないだろう。仲間内で開催されることはあれど、興行として成立させた例は滅多にない。eスポーツでもあるまいし。
だが、成立してしまった! 今日ここに、裏ソシャゲ賭博として――!!
まぁ、裏賭博であることには変わりない。予想が当たれば大儲け。戦うのは鍛え抜かれた各地の精鋭たち。勝者には莫大なファイトマネー。
勝負の方法がソシャゲなだけ!!!
それを聞いて、金枠は何を思うか――
「……いいでしょう。気が変わりました。じゃあ、勝負といきますか」
「おう! 話が分かんじゃねェかァ! で、金は持ってんだろうなァ?」
どちらの主張も折れぬならば、避けては通れぬ道だろう。
これは、決して譲れぬ男と男の戦い!
「ツカウを賭けて!」
「ソシャゲで勝負だァ!」
「えっ、待って! どういうこと!? オレが賞品なの!? ねぇ!?」
……
負けた。
裏ソシャゲ賭博の名は伊達じゃない。それこそ、抱えるメンバーの全員が漏れなく廃課金者。誰もが屈強なソシャゲプレイヤー。
対するは、どこぞの教師一人。しかも、不良側にソシャゲの選択権が与えられた。どのソシャゲで勝負するか。
万に一つも、負ける要素がない!
なのに、負けた。
一人にメンバー全タテされてしまった……。
※全タテ:全員連続で倒されること。例えば、三連続の場合は三タテと言う
「ガフッ……てっ、テメェ……何モンだァ……」
地に這いつくばる不良たち。中には意識を失っている者も。
それほどまでに、圧倒的な力の差を見せ付けられたのだ――
つまり、精神が不安定になるくらいボロ負け。
「なに、ただのソシャゲ好きな英語教師です。じゃあ、約束通りにツカウは回収していきますよぉ~」
不良たちは悟った。この男は、ただのソシャゲ好きではない。
ソシャゲ好きにも程がある――!!
恐らく、ガチ勢の中のガチ勢。
「ま、まさかァ……! このソシャゲで、かつて伝説と謳われたァ……最古参プレイヤーが一人……! プレイヤーネーム『kinwaku』かァ!?」
「あー、多分そうですね」
ツカウもまた、唖然としていた。
確かに金枠はソシャゲが好きだったけれど、まさかここまでとは。
「金枠のセンコー……」
「じゃあ、最後に。皆さんへ英語の授業を贈ります」
「いや、どうしてそうなるんだよ!!」
《 since that day : その日を境に 》
「シンスザットデイ! 直訳すると、あの日から。転じて、その日を境に。まぁ、どうせ君たちには訳せないでしょうから、例文と一緒に翻訳も書いちゃいましょう。あっ、このホワイトボードの対戦表、消しちゃっていいですね?」
《 I have been called "The game addict of the legend" since that day. 》
(その日を境に、僕は「伝説の廃人」と呼ばれたのだ)
※ game addict : 廃人(ゲーム中毒者)
「実にシンプルな英文ですね。sinceを使った継続表現だから、ちゃんと『have+過去分詞』で使うんだぞー?」
分からない。不良たちにはさっぱり分からない。
「それで、伝説の廃人と呼ばれて、彼はどんな気分だったんだぁ~? ツカウ~?」
「オレ!? 知らねぇけど……嬉しいんじゃねぇか?」
「はい、違います! 確かに、伝説のプレイヤーと呼ばれるのは、悪い気はしません。でも、飽くまでソシャゲ。どれだけスゴイか知っているのは、ゲーム仲間だけなんです」
どれだけ活躍しても。
どれだけ偉業を成し遂げても。
どれだけ伝説のプレイヤーと呼ばれても。
全てはソシャゲの中だけ!
そのゲームをプレイしていない大多数の一般人は、全く知らない。
知らない上に、1ミリも興味すらない。それが、ソシャゲなのだ。
「だから、決して高慢になってはいけません。ソシャゲが強いからって、現実世界で調子に乗って偉そうにしてはダメなんです。それを賭博に使おうなど言語道断! ソシャゲの対人要素とは! 何かを賭けるため神に創造された機能ではない――!!」
普段は温厚な金枠先生が、声を荒げて怒っている。そりゃあ、大好きなソシャゲを賭博に使われたのだ。怒るのも当然。
「おっと、私としたことが。授業中に出していい声量ではありませんでしたね。ちなみに、何も知らない相手にソシャゲ自慢をすることも避けるべきでしょう。一般的に、ソシャゲは世間の風当たりが強いですから。その場では褒めてくれても、裏では何と言われているか……分かったものではありません!」
これは世の中の全ソシャゲプレイヤーに対する金言である。よく覚えておこう。
「そして、『廃人』を褒め言葉だと勘違いするのも良くないです。これ、一周回ってバカにされています。そこに自分で気付くべきです。つまり、ゲームは程々に」
内容はよく分からなかったが、何となく伝わった。不良たちにも、ツカウにも。これは説教されているのだ。今後は心を入れ替えて、真人間として生きていくようにと。
次にソシャゲを賭博に使ったら――容赦はしないと。
この日を境に、裏ソシャゲ賭博場は閉鎖したのだった。
「はい! 今日のワンポイントは、『ソシャゲが強くても社会では通用しない』! じゃあ、さっさと帰るぞ、ツカウ~! さっさと帰って……ソシャゲの続きをするぞぉ~! ゲームは程々にと言いましたが、程々のレベルは人によって違いますから! よぉーし! 今日は徹夜でソシャゲ三昧だぁ~!」
これぞ金枠先生! やはり最後まで期待を裏切らない!
不良たちは本当にヤバイ奴を相手にしたのだと、完全に理解した。
そして――絶対にこうはなりたくないと、心に誓ったのだ!
一周回って不良たちの指導まで達成できた!
さすがは反面教師の塊こと、金枠先生である――!!