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9限目 そういう時期

 何が起きたというのだろうか……!?


 分からない。教員歴、数十年の乾にも分からなかった。


 彼は職員室で唖然とした表情を浮かべたまま立ち尽くす。今は昼休み。


 そう、昼休みなのに!


 金枠先生が!! ソシャゲをしていない――!?


 市立社高校が創立して以来! 前代未聞の異常事態である!!


「どっ、どうしたんですか!? 金枠先生っ! 昼休みなのに! スマホをいじってないなんて!! いつもは食事中であろうと! 欠かさずポチポチしていたはずなのに!?」


「……あぁ、乾先生。ちょっと、ソシャゲに疲れちゃって……」


 あの金枠先生が! ソシャゲに疲れた――!?!?


 もうすぐ地球は滅亡するのだろうか。


「えっ、ソシャゲですよ!? ほら、金枠先生の大好きなソシャゲ!!」


「……あぁ。そんな時期もありましたねぇ……」


「もしかして、死ぬんですか!? 金枠先生、明日死ぬんですか!?」


 これは……かなり重傷である。冗談抜きで死期が近いのかもしれない。


 よもや、ソシャゲで破産でもしてしまったのだろうか……? どうしても課金をやめられなくて。いや、()()金枠先生が! 破産()()でソシャゲを止められるわけがない!!


 もっと深い事情があるに決まっている。


「本当に、何があったんですか。ほら、相談に乗りますから!」


「……乾先生には、この気持ちは分かりませんよぉ……」


「そんなの、聞かなきゃ分からないじゃないですかっ!」


「……違いますよぉ。ソシャゲをやってないのに、ソシャゲプレイヤーの気持ちが分かるはずないでしょう……」


「じゃあ、確かに分からない!!!」


 だって、やったことないから!!


 不肖、乾! 生まれてこの方、ソシャゲなんて一度もやったことがない!!


 トンカツを食べたことのない人間が、トンカツの美味しさを理解できないように。ガチャを回したことのない人間が、ガチャの楽しさを知り得ないように。


 ソシャゲをやったことのない人間には!


 ソシャゲプレイヤーの気持ちなんて絶対に分からないのだ――!!


 これが世界の真理である。


 そんなこんなで、昼休みは終了。午後の授業の時間に突入。


「金枠先生! 授業の時間ですよ!」


「……はぁ。どーせ、私は合成素材ですよぉ……」


「どういう拗ね方ですか!?」



……



「……じゃあ、今日の授業を始めまーす……」


「おいおいっ!? どうしたんたよ、きんわっつぁん!?」


 そりゃあ、タケシも突っ込まざるを得ない。


 あの金枠先生が! 授業中なのにスマホを操作していない――!?


 あと、心なしか元気がなさそうに見える。口調もいつもと違う。朝のホームルームの時は、こんな感じじゃなかったのに……。


「……おーい、うるさいぞぉ~。えっと……ノーマルレア~……」


「タケシ! 俺の名前はタケシ!!」


「……あのねぇ。ノーマルレアの正しいキャラ名を、プレイヤーがいちいち覚えているわけがないでしょうがぁ~……」


「確かにそうだけど! いや、そうじゃない!!」


「……お前の最高レアのキャラを、さっき無料ガチャで引いたノーマルレアに合成してやろうかぁ~?」


「絶対やめて!!」


 明らかにやる気がなくても、いつもの毒舌は健在。主にタケシに対しては。


「……はぁ。どーせ、私は溢れたスタミナですよぉ……」


「どういう拗ね方!?」


 このままでは全く授業にならない。


 つまり、委員長のメグルの出番である。


「金枠先生。何があったのでしょうか? ソシャゲ破産ですか? 余命宣告ですか? 宜しければ、クラスのみんなが相談に乗りますよ?」


「……なーに言ってるんですかぁ。皆さんには、先生の気持ちなんて……分かる……! ソシャゲやってるから、分かる……!!」


「えっ? あの、本当に大丈夫ですか?」


「……いいでしょう。分かりました。皆さんには、お話しします……先生が、どうしてこうなってしまったのかを……」


 ゴクリ。


 3年S組に緊張が走る。


 果たして、どんな話が飛び出るのか。ソシャゲ狂いの金枠先生が、ここまで人格崩壊するなんて、いったい何が――!?


「……これは、アレです。()()()()()()です……」


「いや、どういうことだよ!? 何があったか説明してくれよ!!」


「……だから、()()()()()()んですよぉ。そういう時期。あるでしょう……?」


 タケシには、よく分からなかった。


 しかし、3年S組の他の生徒たちには――結構分かった!


 そうなのか! そういう時期なのか!!


 じゃあ、仕方ない!!!


 ソシャゲをプレイしたことのない人間には、まず分からないだろう。


 ある日、突然。


 何の前触れもなく、奴らは訪れるのだ――


――ソシャゲの『倦怠期』!


 つい昨日まで、あんなに楽しくプレイしていたはずなのに。


 今日は全然つまらない。何一つとして面白くない。どうして、自分はこんなソシャゲをやっていたのだろうか。あんなに課金なんてしてしまったのだろうか。全く分からない。


 みんなにも経験があるのではないだろうか。年に一度くらいは。


 そういう時期が、遂に来てしまったのだ――


 ただし、()()()()。そういう時期が全く来ない人も存在する。不思議なことに。そこに課金額や強さは関係ない。多くのソシャゲプレイヤーに等しく訪れる、そういう時期。


 これも、ソシャゲというものが「いつまでも終わりの見えないゲーム」であるからこそ、産み落とされてしまった悪魔なのだ……。


「……そんなわけでぇ、今日はこの英文ねぇ~……」



《 as time goes by : 時が経つにつれて 》



「……アズタイムゴーイズバイ。タイムが、ゴーして、バイ。で、時が経つにつれて……」


「はい、金枠先生。説明になっていません」


「……これで例文を書くとぉ……」



《 As time goes by, it has become painful to play that game. 》


(時が経つにつれて、そのゲームが苦痛になってきた)



「あっ、今日は自分で訳しちゃうんですね」


 いつもの展開と違う。思わずメグルも驚愕。


 すると、この後はどうなるのだろうか……? アレになるのだろうか……?


 クラスのみんなはドキドキしてきた。


 この気持ちは……ソシャゲの生放送で重大発表がされる直前に似ている! それが本当に重大発表である確率は50%!


「……で、どうして苦痛になっちゃったんだぁ~……?」


 覚醒した!


 今日も金枠先生、無事に覚醒。そんなに豹変していないけど。


「……どうしてなんだぁ~? 金枠ぅ~?」


「自問自答!?」


「……分っかりませ~ん」


「いや、自分でなに言ってんの!? とんだ茶番じゃねぇか!!」


「……いいかぁ~? ソシャゲっていうのは、飽くまでゲームなんです。ゲームを始めた最初は楽しい。当たり前。ただね。どんなに楽しいゲームでも、毎日毎日毎日毎日同じことをやらされれば――飽きます」


 そう、飽きてしまう。


 あんなに楽しかったクエストも、一年365日年中無休で毎日やらされたら……誰だって飽きる。ソシャゲの神様だって飽きる。


「……確かに、運営もプレイヤーを飽きさせないように、あの手この手で頑張っていますが。ソシャゲも長く続けば続くほど、似たようなイベントばっかりになってしまうんです。まーた、このイベントかよぉ~って、思ったことがあるでしょう?」


 ある。生徒たちも、みんなある。


 断言しよう。似たイベントが一つもないソシャゲなんて存在しない!


「そういう小さな不満が積み重なって、いつの間かゲームが苦痛になってしまう。恥じる必要はありません。プレイヤーも人間なんですから、当然でしょう。ギルマスやフレンドが何を言おうと、関係ない。いいですか。ソシャゲは、楽しんでプレイするものなんです! 断じて苦行や修行ではない――!!」


 金枠の言う通り。いつにも増してド正論。


 ただ、それを頭で理解していても抜け出せないのが、ソシャゲの恐ろしい面でもある。


「……ソシャゲの先人として、私からみなさんに一つアドバイスをします。もし、今やっているゲームが苦痛に感じたら。引退する前に、まずは()()()だけプレイを止めてみてください」


「ログインボーナスはどうすんだよ!?」


「それは許可します。一切プレイをしないで、最低限のログインボーナスを受け取るだけ。そして、一週間後。またゲームをプレイして、()()()と感じられたならば……まだ続けられる望みは十分にあります。皆さんのソシャゲライフが快適でありますように」


 一つのソシャゲを続けることは、一筋縄ではいかない。そう、ソシャゲの古参とは、誰もが猛者であるのだ。


 だからと言って、彼らを見習えとは言わない。


 自分は自分に合ったスタイルで、ソシャゲを()()()


 これがソシャゲで一番大切なことであり、昨今のソシャゲ界隈で最も不足しているものである。


「……はい! 今日の授業はここまで! ワンポイントは、『ソシャゲは楽しむもの』。なんか、みんなに話してたらねぇ! 先生も元気が出てきましたよぉ~! いやぁ、あるんですよねぇ~! そういう時期が! 200個もソシャゲに手を出すと!」


「は!? 200個!?」


「そうだぞー、タケシー。もう、手が回らない! こうなったら、クッソつまんないソシャゲをバンバン切っていきますよぉ~! ソシャゲで溜まったストレスは、対人バトルで相手をボッコボコにして解消! これに限る! みんなも試してみるといいぞぉ~!」


「いや、あんま教師として推奨しちゃダメだろ!?」


 こうして、金枠先生は元気を取り戻した!


 それが良かったのかどうかはさておいて。


 多くのソシャゲプレイヤーと同様に。そういう時期は金枠にも来るが、年に一時間くらいで終わる!


 金枠にソシャゲを止めさせることなど、神様にも不可能なのだ――!!

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一般文芸デビューしました。(2020.09.01)

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