第七話
「おい。起きなさい」
体を揺り起こされる。
「具合でも悪いのか?」
「ここは…」
会社があるオフィスビルの近くの大通りだ。どうして自分が生きているのか全く訳が分からなかった。確かに錘に押しつぶされたのだ。
「アールソフトウェアの社員章。もしかしてオフィスの状況を知っているか?」
「気絶するほんの数分前の事なら」
「現場検証に立ち会ってもらえませんかね。毒ガスの類のようにも思えるんですがね。外傷のない死体で溢れているからね」
「ええ、いいですよ」
考えるよりそう答えた。
しかし、福田はカッターナイフで殺したから外傷がある。その事を何か言われるかもしれない。断われば何か疑われるかも知れない。
「しかし、毒ガスにしては他の階に被害が全くないのも変だしね。全く不可解だ」
「私も苦しくて逃げて来たのですよ。そしたらそこで」
「なるほど」
警察官と一緒にオフィスに行くと死体が転がっていた。
「素人さんにはきついかな。死体がいっぱいで」
「いえ、二度目ですから」
「そりゃそうだな」
篠原の死体を見てみるとあんなに出血をしていたのに今は洗ったかの様に綺麗だ。
何故なんだ。全くさっきと状況が変わっている。
そして次に福田を見てみると出血跡が消えていた。それどころかカッターナイフで刺した傷もなくなっていた。
しかしもっと驚いたのは心臓の位置に木の杭のような物が突き刺さっていた事だ。俺がナイフを刺した位置とは全く違う。
さっきはこんな物なかったはずだ。
「こ、この杭は…」
「ん、杭ってなんの事ですか?」
「福田部長の胸」
「この人の胸がどうかしましたか?何も異変はないように見えますけど」
俺は内心驚いたが、それを見せないように振舞う。しゃがみ込み杭を見て、触ってみるとビリッと来た。これには実体が無かった。
どうもこれは、黒い息が自分達にしか見えないのと同様に、この杭は特定の人間にしか見えない物のようだ。
自分が福田を殺したつもりでいたが、殺したのは恐らく地球の巫子の仕業に違いなかった。
この後、いろいろ警察に質問されたが適当に答えておいた。気が動転していたので、警察から開放された時には、自分が何を話したかさえ忘れていた。
あれから一ヵ月後。
俺は職業安定所にいた。
あれだけの死者をだしたアールソフトウェアは倒産してしまった。その為に新たに就職先を探さなければならなかった。
「いい所、見つかりましたか。システムエンジニアを必要としている会社は少なくありません。諦めずにがんばりましょう」
職安の職員のおばさんが月並みの慰めを言った。こんな事言っても本当の救いにはならない。
「どうして私だけ生き残ったのだろう?」
職安からの帰り一人呟く。
「それは私が生き残るためだ」
「なに!」
俺は自分の目を疑った。
そこには、地球の巫子が立っていた。俺は体が固まる。今の俺は全く、黒い息が吐けなくなっていた。
「一度は潰して殺したが、わざわざ生き返らせたのだ」
「何故だ」
背中に冷汗が流れる。
「お前が生きていれば私の任務は終わらない。任務が終わるとオリジナルに消されてしまうが、お前が生きていれば任務が終了せず俺も生きていられる」
俺は気が動転していた。
「俺は闇の霧で作られた擬似生命体だ。こんな俺でもお前なんかよりずっと強いが、地球の巫子と比べるとカスも同然さ」
こいつは地球の巫子ではなく、俺の目の前で黒い息を元に作られたあれらしい。
「それじゃあ、福田を殺したのはお前か?」
「俺は殺っていない。やったのは地球の巫子だ。お前を殺すって言うより、あの福田って言う奴を殺す事が真の目的だったんだ」
「なんで福田を殺す必要があった」
「奴は鬼になっていた。地球の巫子はあれを殺すのが仕事なんだ。そのついでに、あれみたいになりそうな奴もついでに殺す」
「俺はついでか?」
「放っておいたら間違いなくなっただろうよ。でも心配するな。もしお前が望んでももうなる事はない」
「余計なお世話だ」
「そうはいかない。お前が死んだら、私はオリジナルに消される」
「何が目的だ」
「生きることが目的だ。そうだな、少しでも生き残る確率を高める為に、お前に精霊魔術を教えてやろう」
「なんだよそれ」
「闇の霧が吐けるだけよりも遥かに強くなれるぞ。と言っても地球の巫子には勝てないがな」
「どうせなら、地球の巫子を倒す方法を教えてくれないか」
「ああ、いたって簡単だ。地球を破壊する。そうすれば殺せる」
俺は頭を抱えた。そんなことをしたら自分も生きていけないじゃないか!
「どうでもいい。その精霊魔術とやらを教えてもらおうか」
「それが教えを請う者の態度かね。ま、いいけどね」
「ところでお前のことをなんて呼べばいい」
「そうだね。コピーとでも呼んでくれ」
そう言うと、精霊魔術の扱い方を教えるといつの間にがいなくなっていた。
「こんな魔法より、生活するのに役に立つ事を教えてくれりゃあいいいのに…」
俺は家に帰ることにした。