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毒息  作者: 天主 光司
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第五話

週が変わって月曜日、俺が出社すると、もう佐藤は出社していた。佐藤は何食わぬ態度で今まで通りの態度をしている。

土日を挟んだ事もあり、休みを取っている社員は十数名程にまで減少していた。ま、俺は土日も働いていたけどな。会社がこの状態では来週から来るはずの助っ人も来ないかも知れない。そうなったら納期は確実に守れないだろうなあ。

十時頃になるとフロアー中に黒い霧が立ち込めてきた。

佐藤を遠くからコッソリ覗き見ると黒い息を吐いていた。彼女はニコニコしながらこんな残酷な事をなぜ続けるのだろう。

三島部長にお茶を渡すついでに黒い息を吹きかけているようだ。残業を命令されたりしていたので恨んでいたのかも知れない。

「おい金田は来ているか?」

福田部長がやって来て尋ねた。

「まだ見てないですけど」

俺は福田に黒い息を吐きかける。すると福田は急に咳き込む。佐藤の残酷さに驚いたが、お陰で俺の罪悪感も大分楽になった。

「金田さんの家に電話して確認を取られたらどうですか?」すまし顔で言った。

「そうするか」

咳き込みながら福田は言った。

俺は仕事をしながら黒い息を吐き続ける。また、黒い息が止まらなくなったのだ。

十一時半頃に三島部長が倒れた。

佐藤が再三にわたって黒い息を吹きかけ続けたからだ。大胆にして緻密に狙った獲物を倒すやり方だ。

救急車が呼ばれ三島は運ばれていった。

残忍な彼女の殺人を知りながら俺は彼女を責める気にはならなかった。それどころか彼女の事が気になって仕方なかった。彼女が仲間だから気になるのか、それとも特別な感情を持ってしまったからなのか、今の所分からないけど。

その後すぐにオフィスに電話があった。金田の妻からで、死亡したとの報告だ。

オフィス中にその情報が伝わる。

「どうなってしまったんだ。この会社は!」福田が叫ぶ。

さらに夕方に三島の死亡の知らせが会社にあった。

元から厳しいスケジュールで動いていた所に、死者や病人の続出でかなり遅れが出ていた。

火曜日出社すると福田部長は出社していない。ホワイトボードには、金田家と三島家へ行っているようだ。お悔やみでも言いに行ったのだろう。

仕事の遅れを最小限に抑える為に社員を残して仕事をさせようというのだ。しかし、半数ぐらいの社員が休んでおり無駄な努力と言った感じだ。

「あれ、佐藤さんは?」

俺はOLの木下に尋ねる。佐藤と仲がいいようだし知っているかもしれないと思ったからだ。

「今日は休みよ」

「なんで?」

「気になる?」

見透かされたか?

「お茶を自分で入れないといけないようだからね」

木下は残念そうに苦笑する。どうも勘繰っているだけらしい。

「福田部長に着いて金田さんと三島部長にお悔やみを言いに行ったのよ」

「ふーん」

病気ではないようだし、ちょっと安心した。俺は自分でお茶を入れて作業場に戻る。

すると今日はまだ黒い息を吐いていないのに辺りに黒い靄が立ち込める。

佐藤はいないし一体誰が?

すると篠原が黒い息を吐いていた。俺は一緒に仕事をした事なかったが、名前だけは知っていた。篠原もSEである。

その篠原がやって来た。

「黒崎さんは何処行ったか知っているか?」

黒崎は久しぶりに出社したと言うのに早々に早退した。実は顔色が悪いのを見て、俺が帰るように勧めたのだ。俺ほど急ぎの仕事があるわけではないし、恐らく、設計書の修正要員候補だからだ。それに黒い息が止まらなくなって、死なれたらやっぱ後味が悪い。

「ああ、調子悪いって帰ったぜ」

「なんだって。久しぶりに出社したと思ったら」

「どうした。彼女に用事があるのか」

「なんでもないよ」

篠原は大人しく去る。黒い息を吐くようになった奴が彼女に何の用事があるのか知らないが、興味がなかったので放っておく事にした。

すると水曜日の朝一番に黒崎が死んだと連絡があった。

福田部長はそれを聞いて頭を抱えていた。仕事のスケジュールが更に遅れるからだ。自分の部下が死んだと言うのにそれに対する悲しみはない様だ。

正直な話、俺も同僚が死んだのにちょっとホッとしていた。少なくとも俺が殺した分けではないはずだ。俺の黒い息が彼女の寿命を縮めたかも知れない負い目があるのは確かだが。

ところで、来週から来ることになっているヘルプは誰なんだろう。こんな現実を心配する俺ももしかすると福田と同類なのかもな。

「黒崎さんが死んだって言うのは本当か?」篠原が突然尋ねてきた。

「そうらしいな。まだ若いのに気の毒にな」

俺は残酷だが、ワザと冷たく感情を込めずに言い放った。

篠原が黙り込みながらこちらを眺める。

「まだ何かようですか?」

「いや」

篠原はそのまま立ち去る。

午後、福田は黒崎の家にお悔やみを言いに行ったので、社外に出かけた。

福田がいないのでこの日は定時で退社する事にし、オフィスを出る。ま、仕事を家に持ち帰るだけのことなんだけど。

ビルを出ると、篠原が話し掛けて来た。

「何故殺したんだ」

篠原の突然のセリフに俺は面食らった。

「何のことだ」

「黒崎の事だ」

「ここでは何だからちょっと歩こう」

佐藤とこの前来た公園に来た。

「殺したのはお前だと思っていたがな」

俺から口を開いた。

「なに」

「彼女が死んだ昨日は、会社で黒い息を全く吐いていない。だから俺じゃないぜ。あの日に黒い息を吐きまくっていたのはお前じゃないのか?」

「周りの奴皆苦しめてやろうと思って、吐きまくった」

「ま、俺もやっていたから、何も言う事はないけどな。それで死んだんじゃねぇのか?」

「しかし、あいつは早退した。だから死ぬはずはない」

「でもかなり青い顔していたぞ」

「退社後に誰かに殺されたんだ。絶対」

「百歩譲ってそうであったとしても、殺したのは俺ではない。俺は彼女と仲が良かった訳ではないが、憎んでもいなかった」

「問答無用!」

篠原が突然、黒い息を吐きかけてきた。

「そんなに彼女の事が好きだったのか?」

黒い息を吐き返しながら尋ねる。

「違うね。あの女を恨んでいた。だから、ジワリジワリと殺してやるつもりだったんだ」

「屈折しているな」

俺達が強烈に黒い息を吐き続けた為に屋外であるにも関わらず、辺りは黒い靄が掛かっていた。と言っても黒い息を見る事ができない者が見たら何やっているのか分からず、アブナイ人がただ無意味に暴れ回っているようにしか見えないだろう。

「何やっているの!あんた達」

佐藤が現われて言った。

「黒崎さんを俺が殺したと因縁つけられて襲われている」

「神田は違うって言ってるわよ」

「そんなの信じられるか!」

「この分からず屋」

佐藤も篠原を黒い息で攻撃した。

不意を突かれてもろに受ける。篠原は咳き込みながら逃げ出し、公園の隣を流れる川に飛び込む。

「お、おい」

そのまま沈んでしまった。

「逃げられちゃったね」

「殺す気は始めからなかったし、別にいいけどね」

「黒崎を殺したの実は私なの。本当の事知ったら、私が狙われるわね」

こんなショッキングな事をさらりと言ってのけたので正直言って驚く。

心臓がバクバク言っている。

「おいおい。何で殺したんだ。あんなに仲良かったのに」

「仲なんか良くなかったわよ。うわべだけよ」

「でもなんで殺したんだ」

「あいつ、すごく男癖が悪かったのよ。それが前々から気に入らなかったの」

今日は驚く事ばかりだ。

「もてない俺には初耳だね」

「おそらく篠原も遊ばれて捨てられた口なのよ。きっとね」

「ふーん。人は見かけに寄らないな」

「少しは女の怖さが分かったかしら」

「ああ、十分過ぎるほどね。特に君がこんな二重人格とは、かなり驚きだよ」

正直言って本音だ。しかし、こう言う風に話すのも悪くない。

「ふん。悪かったわね」

「俺は、今の君の方が好みだけどな」

半分本音だが、冗談風に言った。

「バカにするき!」

「俺は本気で言ってんだけど」

「そうだ。黒崎を殺した事、篠原に黙っていてやるから、茶飲むの付き合えよ」

佐藤は狐に摘まれたような顔をする。

「あんたの奢りなら付き合ってもいいけど」

「お嬢様の仰せの通りに」

「バカ」

この近くで、会社の人間があまり来ない喫茶店ポアロに佐藤を連れて行く。狭いが結構雰囲気が良い店だ。俺はクールに振舞っているつもりだが内心は結構舞い上がっている。やっぱり、この二重人格女に惚れたのかなあ。心臓がバクバク言っているよ。

「実はあなたに聞きたい事があるのよ」

「なんだよ。急に改まって」

「福田を殺っていい」

かなりショックを受けた。いきなり何てこと聞くんだ。

「何でそんな事聞くんだ」

「君が殺したがっているから」

正直いって憎んでいるが、殺したいと思う程ではない。実はもうコッソリ転職活動をしており、転職先が決まればこの会社を辞めるつもりだ。辞めてしまえば福田なんかどうなっても関係ない。ただ、世の中不景気で転職も簡単にいかない。しかも働きながらの就職活動は難しいのだ。だからまだこの会社に居る。

「早い者勝ちでいいと思うよ。俺は奴を殺したいのではなく、苦しんで死んで欲しいだけだから」

佐藤はちょっと驚いた顔をしてから笑う。

「分かったわ。そうしましょう」

俺は内心自分の言葉に焦りを感じた。けど言ってしまったことは仕方ない。でも、俺が福田を殺さないと彼女が奴を殺すことになるのか。すでに佐藤は数人を殺しているし、それと、なぜ福田を殺すのに俺に断わったのか、その真意はちょっと分からなないし。どうしたもんかな。

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