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毒息  作者: 天主 光司
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第二話

あれから数日して、俺は退院し会社に出社した。

勤めている会社、アールソフトウェアは、社員数百人程のソフトウェア会社でビジネスソフトを開発していた。と言ってもほとんどが他社からの受託開発なので、業界の企業人達にはそこそこ知られているが、一般人で社名を知っている者は少ない。

俺はこの会社でシステムエンジニアとして働いていた。

本当はまだ出社などしたくない。体が本調子ではないという事もあるけどそれだけではない。その理由の一つである上司の福田部長が、自分の席に着くとやって来た。

俺は溜息吐く。息が真黒に見える。やっぱり今日はまだ来ないほうが良かったな、息が黒く見えるなんて。

「一週間も休んだが体の方は大丈夫か?」

「大丈夫でないかも知れませんね」

「しっかりしてくれよ。今月もスケジュール厳しいんだから」

「私がいなくてもそんなに問題はないでしょう」

「なにバカ言ってんだ。今月もコキ使う予定なんだから倒れるんじゃないぞ」

俺は呆れる。

深く息を吐くとはっきりと息が黒く見えた。俺は目を抑える。一度ならず二度までも幻覚が見えた。まだ、体調がよくないのだろうか?病み上がりだから、無理をせず、今日は早めに帰ろうと心の中で決める。

しかし、上司福田はそれを許さなかった。

「病み上がりなんだから勘弁してくださいよ」

「でも今は非常事態なんだから、がんばってくれよ」

あんたが、営業の言いなりになってむちゃな契約ばかり結ぶからこうなるんだろ。部下にしわ寄せするな!

なぜが、口から黒い靄が出る。

やっぱ俺は少し疲れているようだ。体調が万全ではないと言う理由で仕事を途中で切り上げて帰ることにした。帰宅すると早速食事の準備に取り掛かる。一人暮らしは気ままでいいが、食事だけは大変だ。今ではそれなりに慣れたが未だに手際よくできない。

そこに羽虫が飛んできた。せっかく作った料理にたかられては嫌だと思い、息で吹き飛ばそうと一吹きした。吐いた息は黒く、羽虫は追っ払うどころか、フラフラ墜落すると裏返しになりヒクヒクしている。

ちょっと気になったが放っておき、食事にする。テレビを見ながら食事を終える。

どういう訳か羽虫が多くいる。捕まえて袋に詰める。

『なんでこんなに羽虫が多いんだ』生ゴミもちゃんと処分している。

溜息を吐くとまた息が黒かった。俺はとうとう頭がおかしくなってしまったのか? 不安に駆られる。試しに羽虫の入っている袋に息を吐きかける。やっぱり黒い息が袋の中に溜まる。

バ、バカな!

袋の中で元気にしていた虫達がポトリと底に落ち暫くヒクヒクしていたが動かなくなる。急いで虫の死体を袋からゴミ箱の中へ捨てる。今日は疲れているに違いない。とにかく今日は寝よう。


一晩寝ても気分はやっぱり優れない。しかし、会社には行かなければならない。納期の厳しい仕事があるからだ。重い体に鞭打ってなんとか出社する。そしてさっさと仕事に取り掛かる。仕事をさっさと終え早く帰宅するためだ。時間を少しも無駄にできない。

本日の定時になり、帰宅の準備に取り掛かる。

「神田。これから会議だ」

「もう退社時間ですよ。なんでこんな時間に会議なんですか!」

「仕方ないないだろ。客がいきなり、仕様を変更してきたんだから」

「なら、納期も伸びるんでしょ。客先に提出した要求定義書には、仕様変更が発生した場合、変更の大きさにより納期が延びる旨が記してあったはずです」

要求定義書の作製には俺も関わっていたので、ある程度知っている。

「ああ、だからそのことも含めて会議をするんだ」

「どうせ、むちゃな納期で仕事を請け負ってきたんだろ」

「そう言うな。会社の台所事情で仕方ないんだから」

意味の無い不毛な会議が続く。

終わってみれば、プロジェクトが、赤字プロジェクトになるのがほぼ決定的になった会議だった。この会社には利潤を追求するのに全くの戦略という物がないのだ。管理職の怠慢としか思えないが、そのツケは全部部下に被せられるのだ。

この日は二十三時半にやっと退社できた。

人をなんだと思っているんだ、少しは開発者の気持ちも考えろって言うんだ。愚劣指揮官どもがプロジェクト管理している以上改善ないだろう。

家に着くとゴミ集積場で生ゴミをあさっている野良猫がいた。生ゴミの日でもないのに生ゴミを出すからだ。モラルの低下を、問題視し偉そうに言う奴がいるが、自分自身はちゃんと守っているのか? 俺は憤りを覚える。

ゴミ集積場にゆっくり近寄って行くが、猫は逃げ出さずにゴミをあさっていた。誰かが餌付けしているのだろう。人に慣れているようだ。

俺は猫を掴み上げる。こ汚い猫だ。何気なく溜息を吐くと息が黒かった。猫が嫌がり暴れだす。かっとなって黒い息をつい吐きかける。猫は鳴き声を上げ苦しみだす。俺ははっと正気に戻り、黒い息を吐くのをやめる。しかし、既に手遅れで、俺の腕の中でグッタリとしていた。

「俺はどうかしている。疲れているんだ、きっと……」

そのまま、力をなくし家に帰ると食事も軽く済ませ寝てしまった。


目が覚めると、重たい体を起こし、朝食の準備をする。軽く済ますと、出社の準備に取り掛かる。さっさと準備を済ませ家をでるとゴミ集積場に主婦が三人集まって騒いでいた。そしてその数は増えていく。

「タマを殺したのは、町内会長よ。絶対そうよ。生ゴミに毒を混ぜたのよ」

「そんな、証拠も無いのにうかつな事を言わない方がいいわ」

慰めていた主婦が言った。

そこには、俺が黒い息を掛けた猫が口から血を吐いて倒れていた。

心臓を鷲掴みされたように苦しい。俺の黒い息は、気のせいではなく、本当だったのだ。しかも、猫を殺せる程の毒性がある。力が抜けるようなショックを受けた。夢なら覚めて欲しい。信じたくない。でもこれは、紛れも無い事実なのだ。

どうも泣いていた主婦は、町内会長の度重なる注意にも関わらず、野良猫に餌を与え続けていたらしい。野良猫の糞尿被害が近所で大問題になっていた。その対策の一つとして野良に餌をやらないようにしようと町内会で決まっていた。この主婦は、自分のルール違反を棚に上げ、町内会長の陰口を叩く。

この主婦にも町内会長にも罪悪感を持つ。でも昨晩のことは誰にも言うわけにいかない。

そこに町内会長が通りかかった。

「あんたが、殺したんでしょ」

餌付けしていた主婦が食って掛かる。

「何故そんな事私がしなきゃならないの。そんなことするくらいなら初めから保健所に電話するわよ」

「そうよ。いくななんでも、会長はそんな事しないわよ」

「そんな事より、その生ゴミの荒れよう。この猫がやったとしか思えないけど」

生ゴミの日以外に生ゴミを出すこと自体、町内会長には許せない。

「だからあんたが、生ゴミに毒を混ぜたんでしょ」

「バカ言わないで、私がゴミの日以外にゴミを出す訳ないでしょ」

「そうよ、それにその生ゴミに毒が入っているとまだ決まった訳ではないわ」

主婦達が騒いでいる。

俺は後ろ髪を引かれる思いをして会社に行く事にした。

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