スキル
区役所行きの区内循環馬車に乗るため停留所に向かう。
「たったの1万で友達を裏切って俺が家を追い出される手伝いをするとはね」
「裏切りだなんて心外だなぁ、イング君がちゃんと働いて自立する為の支援活動だよっ」
「働けと言われてもな、スキルなしじゃ最低賃金の重労働しか無いんだぞ?働く程に損をする」
「そりゃ身寄りもコネも無い人なら一生そのままで大変だろうけどイング君は違うでしょ?アパートもおじさんが用意してくれてるんだから家賃で生活がキツキツって訳じゃなし」
「今時珍しい水道なし、井戸・風呂・トイレ・共用で1ルーム3畳間の築40年木造ボロで敷金礼金なしの月額2万5千カネーを半年分だけだがな」
「その半年間だけちゃんと働いて過ごせればまた実家のポーション屋で雇ってくれるって言ってるんだからおじさんも過保護だよねぇ楽勝じゃん」
「ふん、酒場の跡取り息子で料理スキルも持ってるおまえに何が分かる。楽なわけねぇだろ」
こいつん家の酒場はそれなりに繁盛しているし、料理スキルがあるので料理の腕もメキメキあがる。スキルが無くとも料理は出来るが上達する度合いが違う、スキルの有無による技能の習得具合には天と地ほどの差があるのだ。
こいつは将来安泰の上に楽ちん人生で羨ましい、妬ましい。
ポーションを作るには錬金術スキルを使う。実はスキルがなくとも作れはするのだがその難易度は非常に高い。錬金術士は料理人とは隔絶したエリート職である。
ポーション作りに必要な素材の加工が出来る薬師も同様、スキルなしではおいそれと就ける職ではない。
実家に戻っても血にじむような努力を経て錬金術士や薬師を目指すか、或いは諦めるのならば錬金術スキルを持つ兄貴に雇われて店番や雑事をこなす小間使いになるしかない。
兄貴も近いうちに薬師のスキルを持つ婚約者と結婚するし半年後のあの店は非常に居心地の悪いものになっているだろう。
「イング君は自業自得なんだから多少はね?国民学校でのスキル開発授業を真面目にやらなかったツケってやつだね」
「おまえの料理スキルは生まれながらの才能スキルじゃねーか」
「料理スキルはそうだよ、でも味覚スキルと体力スキルと腕力スキルは開発スキルだからね?」
「ぐぬぬ」
「料理スキルだって学校でちゃんとレベル上げもしてたしイング君とは違うのだよ」
「ぐぬぬぬ」
「せっかくのスキル発現期を無駄に過ごしちゃったんだからまぁ……ガンバ?」
「ぐぬぬぬぬー」
「それ、楽しい?」
「ぐぬ!」
6歳から12歳まで通う国民学校では、読み書き計算や歴史などの一般教養を習う他にスキル開発やスキルレベル上げを行う。なんでも300年前に異世界から召喚された救国の勇者様方が施行した国策だったとかなんとか。
スキルには生まれつき持っている才能スキルと学習や訓練によって後発的に発現する開発スキルとジョブに付属するジョブスキルとの三種類がある。
15歳までは開発スキルが目覚める確率が高いらしく子供の内に色々と職業訓練的な事をやらされる。
とはいえスキルの種類は多岐に渡るので将来就きたい職業に必要なスキルを狙って選択授業を選ぶ。またスキルには遺伝要素があるとも言われているので親兄弟が持っているスキルも狙い目だ。
ちなみに兄貴は生まれつきの錬金術スキル持ちでその他もろもろ錬金術士に必要なスキルもいくつか開発に成功したらしい。
俺には生まれついての才能スキルなし、錬金術スキルや薬師スキルの開発授業を受けてはみたものの高難易度職の授業、まったくついていけずスキルも発現せずで早々に諦めてしまった。
挫折した俺は訓練次第で誰でも発現すると言われている鉄板スキルの開発にも無気力になり何も得られなかった。走り込みで発現する体力スキルとか、ソロバン3級程度の検定に受かる実力があればほぼほぼ発現するらしい暗算スキルとかだな。
「人生を無駄にしたイング君にはもうジョブスキルに望みを託すしかないよね」
ジョブスキル、いま俺達が区役所に向かっている理由のひとつだ。15歳になるとジョブボートという物を使うことでジョブを獲得できる。
そのジョブには必ずスキルが付属しているので成長期が終わり未だスキルなしの俺が確実にスキルを得る事ができる最後の希望。
どのジョブを獲得できるのか、それには一応の法則がありジョブに関連するスキルを予め複数持っていると狙ったジョブが選択肢に出現し易くなる。
あとは極稀に相応しいスキルがなくとも遺伝により希少なジョブを選択可能なケースも一応ある。
親父も兄貴もジョブが錬金術士、スキルは遺伝しなかった俺にもジョブは遺伝する可能性が僅かに残っている。錬金術士ジョブに就けたらジョブに付属する錬金術、薬師、魔素操作スキルの3点セットがついてくる。
その3つがあれば確実に職業としての錬金術士が務まるだろう。ちなみに錬金術スキルを元々持っていた兄貴はジョブでスキルが重複するわけだがその場合はレベルの上昇値が跳ね上がるのだとか。もし俺が錬金術士ジョブを引いても一生兄貴には追いつけないんだろうね。
兄貴には及ばずとも錬金術士ジョブさえ獲得すれば、国から希少ジョブ優遇処置を受けられる。ジョブスキルを鍛えられるように職業訓練校への入学チケットと訓練期間中の生活給付金が国から約束されるのだ。
それを受けられればスキルを鍛えて半年後には大手を振って家に戻れるだろう。まぁ可能性は限りなく低い。スキルなしに選択出来るジョブは無職か物乞いと相場が決まっている。
無職は誰もが選択可能なジョブで、獲得するとランダムでスキルがひとつだけ付属する。あまり大したスキルは出ないらしい、ハズレも無いがそこそこだ。非技術職で肉体労働者の大半がこの無職なんだと。
物乞いはスキルの数が極端に少ない者に選択肢が現れるらしく付属スキルは空腹耐性、不潔感耐性、同情誘発の3点セット。無職と比べて3つも貰えるハッピーセットにはお得感満載だが実際に物乞いをするのは犯罪だ、割りと重罪だったりする。ジョブに就くこと自体に問題はないのだけども。
「お、市役所回りの馬車が来たな。俺のお陰で1万儲かったんだろ?馬車代ぐらい出してくれや」
「えー今月分の生活費だけはおじさんから貰ってるくせにー」
「細かい金ねンだわ、出しといて」
俺は100カネーをアズサから強請って運賃箱に投入、颯爽と馬車へと乗り込んだ