二部
私は侍の生まれだ。
親が侍だったからその流れで侍になった。
侍になりたかったわけでもないが、なりたくないわけもなかった。
その親は戦で死んだ。
私もいずれそうなるだろう。
だが幸いにもまだ命はある。
どうせいつか死ぬのなら後世に語り継がれるような戦で死にたいものだ。
侍の最後なんてだいたいが戦場だ。
ならば最後は格好良くありたい、常々そう思う。
善蔵「雪、帰ったぞー」
城の勤めから帰った私は玄関の扉を開け、妻の雪を呼ぶ。
雪は足音を立てて玄関まで迎えに来てくれた。
雪「おかえりなさい、お勤めご苦労様」
私は持っている刀を雪に渡す、雪は刀がけに刀を置くと夕飯の準備に再び戻った。
この匂いは、炊き込みご飯のようだ。
この匂いが空腹感を刺激する。
今すぐにでも食べたかった。
玄関から上がると、息子の善道が書物を読んでいた。
息子は今年で10歳になる、まだ可愛い時期だ。
どうやら本に夢中で、私が帰ったことに気がついてないようだ。
私は驚かしてやろうと、後ろに回り込み、善道の腹に腕を回し持ち上げる。
善道は何事かと抵抗をしたが私だとわかると、抵抗をやめた。
善道「おかえりなさい、父上帰っていたのですか」
善道の驚いた顔が見れたので、下ろしてやる。
善蔵「ただいま善道、勉強熱心だな」
善道「はい!私も将来父上のような立派な侍になりたいですから!」
息子は私と違って侍に強い憧れがある。
私が、数回の戦場で生き延びているせいなのか、私を尊敬されている。
だか実際は生き残れるかどうかなど、運でしかないのだ。
善蔵「そうか、頑張りなさい」
だが、そんなこと、息子に言える訳もなく、そう返しておいた。
善道「はい!」
元気よく返事が返ってくる。
善蔵「しかし、これから飯が出来る、本は置いてきなさい」
善道「わかりました、父上」
善道は本を机にしまいにいった。
雪の教育がいいのかわからないが、善道はとても良い子に育った。
あれなら何処の婿に出しても恥ずかしくない。
私は座ってご飯を待った。
善道も戻ってきて座る。
善道「あ、あの!父上!」
緊張した面持ちで話しかけてくる、何かあるのだろうか。
善蔵「どうしだ善道、話してごらん」
善道「ち、近いうちに剣の試合があるのですが」
剣の試合、これは息子の通っている剣術道場のことだろう。
私は善道の頭を撫でてやる。
善蔵「ちゃんと見に行くから安心なさい」
善道は、私の言葉を聞いて、飛び上がって喜んだ。
善道「母上!聞きましたか!?父上が僕の試合を見に来てくれると!?」
これだけ喜ばれては照れてしまうというもの。
雪は、その喜びようが可笑しいのか、クスクスと笑ってしまう。
善道「なにが可笑しいのですか!?母上!?」
善道は母親に笑われてむくれてしまう。
雪「ごめんなさい、でもそれじゃあ、一層精進しないといけないわね」
善道「はい!よーし、もっと稽古して、父上をあっと言わせてやる!」
グッと拳を握りこみ、気合を出す。
今そんなに力んでも仕方ないだろうに。
善蔵「ハッハッハッ!頼もしいな、善道!こりゃ、父上も楽しみだぞ」
勝てなくてもいい、息子の成長が見れればそれだけでも十分だった。
善道「はい!任せてください!父上!」
雪「はいはい、それじゃあ、まずは一杯食べて、力をつけないといけませんね」
雪は茶碗によそったご飯を善道に渡した。
善道「はい!よーし、これから強くなるぞー」
私はこの生活が只々楽しかった。
だから最後は息子に尊敬されるような死に様でありたいと常々そう思っているのだ。
ある城の城主。
頼信サイド。
頼信「なにぃ?村との連絡が取れない?」
頼信は、その報告を聞き間違いかと思い、もう一度聞いてみた。
頼信「おい、お前、何かの間違いではないのか?」
衛兵「いえ、間違いないようです、年貢が納められなかったので、先遣隊を派遣したところ、連絡がつかなくなったようです」
あの村が他の国と手を組んで謀反を起こすとは考えにくい。
あの村の村長とは代々中がよく、村長がボケた後もその息子の虎次郎とは良好な関係だったはずだ。
納税もそんなに厳しく取り立てた覚えもない。
だとすれば・・・
頼信「落人かもしれんな」
先日ある城を落とし、領土を広げたばかりだ。
そこでやられた武将たちが敗走して、村を占拠してるのかもしれない。
だが村から一人も逃さず、そしてワシが編成した先遣隊を全て殺すことが可能なのか。
ここで考えても憶測の域をでない。
頼信「おい、衛兵、千兵衛をここに呼んで参れ」
衛兵は、はっ!というと急いで、部屋から出て行った。
頼信「やれやれ」
次から次へと問題が出てこられると面倒である。
この国の城主という、誰もが羨むような地位にいるが、大変難儀である。
まだまだ戦は続く、だというのにこのような些末ごとに割く時間など、私にはない。
これからのことを思案していると、襖の向こうから息子の千兵衛の声が聞こえた。
千兵衛「頼信様!千兵衛をお呼びということで参上しました!」
頼信「うむ、入れ」
襖が開き、千兵衛が部屋に入る。
襖を閉め、頭を垂れる、その態度は父と息子というより、主君と家来のようだ
頼信「そう、畏まらなくても良い、もっと頭を上げて近うよれ」
千兵衛「しかし!」
頼信「ワシの命令だ、言うことを聞けぃ」
そう言われては従うしかなかった、千兵衛は足を崩し、顔を上げた。
千兵衛は特別扱いを少し嫌う傾向にある、ワシとしては息子に他人行儀な態度をされる方が嫌なのだが。
千兵衛「それで、用件というのは」
頼信「うむ、実はな、ある村との連絡が取れなくてな、お前にはその調査に向かって欲しい」
千兵衛「それはつまり・・・」
頼信「そうだ、この件はお前に任せる」
今までは臣下にお供させてきたが、もう1人で兵を率いれられるだろう。
それに今回の任務は気をつけるといっても前の戦で行き場を失った敵国の落人ぐらいだ。
千兵衛にもいつか戦場で兵を率いなければならない、その足がかりにでもなればいい。
千兵衛「わかりました!この千兵衛!命に代えても!この度の任務遂行致します!」
調査任務に命も何もないだろうに、笑いそうになったが、ここで笑っては可哀想だろう。
頼信「うむ、頼むぞ、これも大事な任務だからな」
千兵衛「ハハッ!」
頭を下げたあと、すぐに立ち上がる千兵衛。
千兵衛「では!直ちに任務に参ります!」
部屋から出ると、ドタドタと走り去る音が聞こえた。
頼信「待ったく、愛い奴め」
子供の成長を嬉しく思い、素直に喜んだ。
城の中。
善蔵サイド。
広めの部屋に何人かの人間が集められた、私もその一人だ。
鎌谷「おい、なんだよ、戦が終わったばかりなのによぉ」
足を崩している鎌谷、こいつも私と同じで長くから殿下にお仕えしている侍だ。
お互い運がよく、戦場を何回も経験しているが、生きながらえている。
善蔵「おい、あんまり不敬な態度取ってると、懲罰房に入れられるぞ」
付き合いが長いからそれなりに気はかけてやる。
鎌谷「でぇーじょーぶだろ、あの腰抜け殿下にそんな度胸ねえだろ」
へへへ、と笑う。
いや、殿下じゃなくてだな。
?「おい」
鎌谷「ああ?」
鎌谷も私も声の方向に顔を向けると、鎌谷が顔を蹴られた。
親衛隊1「それ以上、殿下の悪口を言ってみろ、その顔を腫れ上がらして、前を見えなくしてやるぞ」
殿下は割と温厚な方だが、その親衛隊が血の気が多く、何かある度に手を上げる。
鎌谷「上等だコラ、ブッ殺してやる!」
今いる親衛隊は四人いるにも関わらず、喧嘩を吹っ掛けようとしている鎌谷。
下っ端A「あ!?てめえ、鎌谷さんに何してくれてんだ!」
鎌谷を慕う部下が、声を荒げる。
そう、この部隊は殿下を信望している人間、いわゆる親衛隊と鎌谷を慕う人間が混在しており、両者の中が悪い。
殿下と鎌谷が仲が悪いわけではない、親衛隊は鎌谷が気に入らないようだ。
それで事あるごとに衝突をしている。
親衛隊1「貴様らウジ虫共がいまだにこの隊にいるのが理解できないよ、さっさと除隊してくれないかな」
鎌谷「は、いいぜ、ただし、てめぇらウジ虫が除隊することになるけどな」
まさに一触即発だ、巻き込まれないように、部屋からでようと、襖に近づく。
しかし、開こうとした襖がいきなり開かれた。
この隊を率いる殿下であった。
殿下は部屋に入るや、声を荒げる。
千兵衛「お前ら!やめないか!!これから任務だというのに、そのようなことでどうする!」
いったい、いつから話を聞いていたのだろう、喧嘩していたのは聞こえていたようだ。
親衛隊「ははっ!」
親衛隊たちは頭を垂れる、私もそれに続き頭を下げる。
鎌谷も、嫌そうにするが、頭を下げた。
千兵衛「お前たちは、なぜいつも衝突してばかりなのだ!頼むからもう少し手を取り合ってくれ!」
親衛隊「しかし、こやつが殿下のことをバカにしておったのです」
鎌谷「あっ、こいつちくりやがったな!」
千兵衛「そう、目くじらを立てる出ない、部隊にいたらそんなこともある」
親衛隊「殿下がそんなことでは!?」
千兵衛「今は抑えてくれ、頼む」
苦い顔をしているが、殿下にそう言われては、従うほかない。
親衛隊「わかりました、殿下そうまで言われるなら今は抑えましょう」
鎌谷はしたり顔で親衛隊の奴らを煽る。
親衛隊は歯を噛みしめるが、殿下に言われた手前何も言えない。
千兵衛「そうそう、鎌谷もさ、あんまり調子にのると、その首飛ばすよ」
まさかの発言に鎌谷どころか、慕っている部下の顔も青くなる。
こいつとの付き合いも長いが、家族というわけでもない、ここらで縁を切っといた方がいいかもしれない。
いっそ私も親衛隊に入ろうか?
鎌谷「じょ、冗談でさぁ、何も本気で殿下のことを馬鹿にしてたわけじゃあ、ねぇですよ!」
鎌谷は誰が求めるわけでもなく、勝手に弁解をしだした。
鎌谷「俺ほど殿下を好きな人間もそういないでさぁ!じゃなけりゃあ、こいつらとも長くやって行けてねぇですよ」
こいつらとは親衛隊のことだ、仲が悪くてもやって行けるのは殿下が好きだからとでも言いたいのだろう。
千兵衛「わかっているよ、だから僕に鎌谷の首を落とさせないでくれ」
どちらの言葉もどこまで本気なのか、わからない、触らぬ神になんとやらだ。
私はだんまりを決め込むことにした。
千兵衛「さあ、話は終わりだ、任務について話すから皆、座って聞いてくれ」
いざこざの話は終わりだと言わんばかりに座れと指示する。
私も皆も、殿下を対面するように座る。
前列は親衛隊が陣取っている、殿下からの評価が欲しいのだろう、その後ろが、私たちだ。
そもそも親衛隊と言っても、私たちとなんら変わりないない一般兵、私たちとなにも変わらないはずなんだがな。
自分たちでそう自称しているだけである。
私の横にまた、鎌谷が座った、別の場所に座ってくれないものか。
鎌谷「あの野郎、いつか絶対ぶち殺してやる、なあ、善蔵」
ヒソヒソ話をするように私に言う、ここは敢えて聞かなかったことしよう。
皆が座ったことを見て、殿下は話を始めた。
千兵衛「よし、これから任務の話をする、よく聞いてくれ」
任務の内容は、領地にある村が、納米をしてこなく、先遣隊をだしたようだが、連絡が途絶えたらしい。
先日、戦で落とした城の落人たちが村を占拠している可能性があるため、戦いになるかもしれない。
ようは我々で調査しに行くのだ。
親衛隊「お任せください!落人など、取るに足りませんよ!殿下の命は私たちが命に代えてお守りしましょう!」
落人など、大した人数など残っていないだろうに、自信満々で答えた。
千兵衛「うむ、心強いな、頼りにしているぞ」
鎌谷「へ、敵が大したことないからって、強気に出やがって」
親衛隊に聞こえたのだろう、鬼のような形相でこちらを振り返る。
いや、私じゃないからね、隣の奴だからな。
鎌谷は口笛を吹きながら知らん顔を決めていた。
本当にいつ刺されても知らないからな。
親衛隊は前を向き直る。
千兵衛「では、出発は明日の朝だ、今夜は帰ったらすぐ、寝るように」
それで今日の話は終わりになった。
調査が早く終われば虎之助の剣術の試合を見れるが、どうなるかわからない。
皆がバラバラに帰る中、隣にいる鎌谷が私の首に腕を巻き付けてきた。
鎌谷「なあ、これから吉原に行こうぜ、任務前の景気づけでよ!」
鎌谷には妻はいない、独り身だ。
いてもどうせ行くだろうがな。
善蔵「悪いが、家で妻と子が待っている、それにそんなところに行かなくても間に合っている」
鎌谷「ほほぉー、善蔵さんは子が出来た後でもお盛んということですなぁ」
善蔵「茶化さないでくれ」
腕を振りほどいて、立ち上がる。
鎌谷「へへ、気が向いたら行こうぜ!」
善蔵「ああ、気が向いたらな」
それじゃあ、と別れの挨拶を済ましたあと、家路についた。
自宅。
善蔵「おう、帰ったぞ」
玄関の扉を開けると、雪が出迎えてくれる。
雪「お帰りなさい、今日は遅かったのね」
刀を預け、草鞋を外し、家に上がる。
善蔵「明日から任務で家をしばらく空けることになるよ」
雪「まあ、そうなの、それはまた寂しくなるわ」
善蔵「すまんな、これも任務だ」
雪は刀掛けに、刀を置いた。
善道「父上」
善道が暗い顔をしている、恐らく、剣の試合に見に来れないと考えてるのかもしれない。
善道の頭を撫でる。
善蔵「大丈夫、すぐ帰ってくるよ」
その言葉で暗い顔が一気に明るくなる、まったくわかりやすい奴め。
善道「はい!父上!」
その日はご飯を食べて、明日に備えてすぐに寝た。
息子が悲しむ顔など、見たくはない。
私は明日からの任務が早く帰れるように、祈りながら眠りについた。
朝。
善蔵「行ってくるよ」
雪「はい、お気をつけて」
雪は刀を持ってきてくれる、それを受け取り、家をでた。
集合場所は本丸だ。
そこから馬屋で馬に乗り、城下を下りて街道沿いに目的の村に向かう予定だ。
集合場所の庭に集まると、親衛隊と鎌谷の部下たちがそこにはいた。
私と親衛隊は特に仲が悪いというわけでもないが、鎌谷とつるんでいると思われているため、よく思われてはいない。
だから、挨拶もしないで、殿下が城から出てくるのを待つ。
待っていると、その後も何人かがちょろちょろと集まりだした。
しばらくすると鎌谷がノコノコとやってきた。
鎌谷「あぁ~眠みぃ~」
目を擦りながら、やってきた鎌谷はやってくるなり、座り込んで寝てしまった。
親衛隊「まったく!なんなのだ!あいつは!」
どうやら、鎌谷の様子にまたご立腹のようだ。
鎌谷はというと、寝てしまっているため、聞こえていないようだ。
それからまたしばらくして、ようやく殿下がやってきた。
千兵衛「おはよう!皆の衆!今日はいい天気だな!此度の任務頑張ろう!」
そう、あいさつをして皆で馬屋に向かう。
その頃には鎌谷も目が覚めて、何かと私につるんできた。
鎌谷「今回は殿の臣下が殿下に付かないんだとよ、たく、心配しかないぜ」
それは初耳だった、昨日の集まりで殿の臣下が誰もいなかったのはそういうことだったのか。
鎌谷「あの坊ちゃんに部隊をまとめられるのかねぇ~」
調査隊であるから、戦いはできるだけしない前提の人数なのだが、それでも数百人はいる。
殿下がいるから、多少兵が多い方が安全かもしれない。
自分の馬に乗り、殿下を中心にして、城下町を歩く。
あれこれ鎌谷が横で話しかけてくる、昨日の吉原はどうだったとか、吉原の姉ちゃんが最高の体だとか。
相槌だけ返えしているが、話のほとんどは忘れた。
善道「父上!」
善道の声が聞こえて、そこを見ると、善道が手を振って見送りに来ていた。
雪もついて来ており、会釈だけをする。
どうやら二人して見送りに来てくれたようだ。
思わず顔が綻んでしまう、善道と雪に手を上げ、しばしの別れを告げる。
鎌谷「へぇ~そんな顔も出来るんじゃないか」
綻んだ顔を見られて、少し顔が赤くなるのを感じる。
善蔵「私だって笑うことくらいある」
鎌谷「ほぉ~今まであんな緩んだ顔は見たことなかったが、家族の前でしか隙を見せない奴だったか」
ニヤニヤして、楽しそうにしている、どうやらからかわれているらしい。
こういう奴は反応すると、調子にのるから、ほっとくことにした。
鎌谷が後ろを振り返る、先ほどの二人を見ている。
鎌谷「それにしてもお前の奥さん、別嬪さんだなぁー」
それは聞きづてならなかった、私が言うのもなんだが、お菊は美人である。
他の男に取られないか心配なくらいだ。
善蔵「妙な気は起こすなよ」
鎌谷に殺気を向ける、それを感じ取ったのか、苦い顔をする。
鎌谷「な、なんだよ、別になにもしねーよ、だから怖い顔するなって」
鎌谷そんな気はないと、宣言する。
私と殺し合うことなど、流石に望んでいないだろう。
善蔵「ならいいさ」
それを聞いて、ほっとする鎌谷。
それから他愛ない話をして、街道にでた。
村までは二日ほどかかる、そこで野宿だったり、宿を取ったりする。
私の宿は殿下とは別々になるらしい。
どうせ親衛隊で固めるのだろう。
当然、殿下が宿泊する宿は何かあったときの為に人が多くなる。
一日目は、通りに街があるから、宿泊になるそうだが、二日目は、村の近くまで行き、野宿してから調査に当たるようだ。
二日目で村には到着できるみたいだが、疲れた状態で何かあっては困るため、念のため野宿するそうだ。
こういう話は鎌谷がしてくれるので、感謝している。
鎌谷「なあ、お前、あの噂聞いたかよ」
鎌谷は本当に喋るのが好きで、村から出た後もずっと話を聞いている。
そんな話を聞くそばから忘れているため、だいたい覚えていない。
善蔵「あの噂?なんのことだ?」
鎌谷は鼻を鳴らして自慢げに話しだす。
鎌谷「どうやらな、村は落人と戦をしていたらしいんだ」
善蔵「落人・・・」
切り合いになるかもしれないということか、数は余りいないだろうが、それでも人が何人か死ぬかもしれない。
その内の一人が自分にならないように気を付けよう。
鎌谷「待て待て、話はここで終わりじゃねーぇんだ」
まだ話に続きがあるようだ。
鎌谷「聞きたいか?」
嫌らしい笑みだ。
善蔵「別に」
話を聞いたところで、世の中はなるようにしかならない。
それなら聞いても聞かなくても変わらないだろう。
鎌谷「実はな、村が戦になるかもしれないということで先に逃げて来た村民がいるんだ」
どうやら結局話すらしい。
鎌谷「そんでな、その村民が言うにはな、逃げるときに雄たけびを聞いたみたいなんだ」
ここまで、話を引っ張るからにはなにかあるのだろう。
善蔵「なんの雄叫びだったんだ?」
鎌谷「それがな、この世のものとは思えない、地獄の底から聞こえて来るような声だったてぇー話よ」
やはりその手の与太話か、何が楽しくてそんな話をするのか。
善蔵「それで?」
その話の後を促した、ここまで聞いてしまったのだ、最後まで聞いておきたい。
駄作だったとしても、最後まで見ないと気が済まないのだ。
鎌谷「え?終わりだけど」
はあ?とつい、声が漏れてしまった。
そんな中途半端なところで終わるってことあるか?
鎌谷「いやよ、村から逃げた村人から聞いた話だからよぉ」
与太話として、落ちがないというのも変な話だ。
てっきり妖怪変化や幽霊の類が出るのかと思ったのだが。
鎌谷「まあ、真相は俺たちで調べようぜ!」
楽しそうに話す、どうやら鎌谷はこの手の与太話が好きらしい。
善蔵「他を当たってくれ」
面倒なので、断ることにした。
日が暮れる頃には1日目の宿についた。
殿下が泊る宿には、やはり親衛隊たちが多く泊るようで、それ以外の兵は、別の宿に泊まった。
殿下の護衛中だというのに、鎌谷は女と遊ぶと仲間を引き連れて、遊郭に行った。
あいつはその内、首を切り落とされても、不思議はないな。
早くこの時間が終わればいいと、宿の飯を食べ終え、寝支度を始めていた。
寝る前に、窓の外を確認する。
私の泊まっている宿は殿下の向かいの宿であり、何かあったときに、すぐに駆けつけられるように、ここにしたのだ。
殿下の泊まっている宿には、外に見張り番をつけて、交代制で見張らせているようだ。
そんなの、そこに重要人物がいるよと言っているようなものだろうに。
この見張り番は親衛隊が決めたことなのか?
奴らと口論になる面倒を考えると、億劫なので寝ることにした。
私は息子の前では立派な人間を演じているが、外ではそうでもないのだ。
2日目
朝集合場所に集まると、鎌谷とその仲間たちは眠そうにしていた。
鎌谷が聞いてもいないのに、話してきたことによると、寝ていないようで朝まで、遊郭の姉ちゃんたちとよろしくしていたようだ。
今日の道中は間違いなく、この話を延々とされるのだろう。
殿下と合流すると、また村に向けて、足を進める。
鎌谷は昨日の女たちの話をし始めた。
それを聞き流しつつ、今日の野宿のことを考えた。
外の夜は、風情がある。
虫の鳴き声、木が揺れ動き、葉が擦れる音、川が流れる音。
自然が歌っているような気分を味わえる。
だが残念なことが多々ある。
夏場は蚊が大変である。
虫もいっぱいいるため、寝ていると体を登ってくる。
そのせいで目が覚めて眠れなくなるのだ。
冬場になると寒さが問題だ、寒いと風邪を引いたり、手や足が悴む、単純に嫌なことだった。
野宿は出来るだけしたくはなかった。
日が暮れて、周りが見えなくなってきた頃、私たちは野宿の準備をしていた。
村はもう目と鼻の先なのだが、予定通りここらで野宿をして、翌日に村を調査する。
野宿場所に選んだのは山の麓だ、山には川やら、動物、焚き木など、必要なものが多いため、その付近にすると決めた。
数百人分の食料は、現地で調達できるわけないので、事前に食料は持ってきている。
今は下っ端たちが焚き火に必要な棒切れを集めている。
夏でも夜は少し冷えるのだ、そのために焚き火をする。
私や鎌谷、親衛隊は熟練の兵士であるため、雑用は基本しない。
下っ端たちか来るまでの間は待ちぼうけている。
明日は戦いになるかもしれない、そう思うと体が震える。
落人と戦うことになるかもしれない。
小規模の戦いかもしれないが、それでも人は死ぬ。
その内の1人が自分になるかもしれない。
自分が死んでしまうことはほとんどあり得ないと思うが、その内の1人が自分ではない、別の誰かになるように祈るばかりだ。
鎌谷「まだ戦場が怖いのか?」
隣に座っている鎌谷が心配そうに聞いてきた。
善蔵「怖いさ、慣れるものじゃない、いつ自分が死んだっておかしくないからな」
どうせ死ぬなら大きな戦いで死にたい、だが死にたいわけではない。
鎌谷「大丈夫だろ、俺たちは幾度となく、大戦を生き延びてるんだ。こんなところで死ぬかよ」
鎌谷もわかっているはずだ、戦場での生き死になど運でしかないことを。
おそらく私を勇気づけるために言っているのだ。
戦場に絶対などない、もしかしたら落人とどこかの国が協力して私たちを待ち受けているかもしれない。
善蔵「そうだな、大戦で生き延びたんだ、こんなところで死ぬ理由なんてないな」
自分にそういい聞かせることにした。もしかしたら鎌谷も自分に言い聞かせてるのかもしれない。
鎌谷は他人の心配をできる辺り、上に立つ人間として才能があるのだろうな。
鎌谷「まあ、お前が死んだらあの美人の奥さんは俺が貰ってやるさ」
冗談を言い、緊張をほぐそうとしてくれている。
善蔵「ぬかせ、もし死んだら化けて家族を養うさ」
他愛のない話をしていたら下っ端が慌てた様子で殿下に走り寄っていた。
下っ端「申し上げます!森の中で首つりの死体を発見しました!」
千兵衛「し、死体じゃと!?」
殿下はビクビクと震えていた、どうやら怖いらしい。
下っ端「どうなさいますか!?」
千兵衛「ど、どうと言われても・・・」
命令をし兼ねているときに、鎌谷が立ち上がった。
鎌谷「俺が行こう、案内しろ」
下っ端「はっ!こちらです」
下っ端はそそくさに、森に向かって走り出す。
鎌谷「殿下はここにいてください、なにかあれば笛を鳴らしてください。親衛隊はここで殿下をお守りしろ」
殿下には笛が持たされており、緊急時にこれを鳴らすと、部下が集合してお守りするという手筈になっている。
親衛隊「言われなくてもそのつもりだ」
それだけ言うと、鎌谷も下っ端の後を追う。
私も立ち上がり、鎌谷の後を追う。
鎌谷「おう、善蔵も一緒に来てくれるのか」
善蔵「ああ、何かあったとき、まず狙われるのは殿下だろうからな」
鎌谷「お前と言う奴は」
二人で笑いあった、助けるにしても後から向かった方が生存率が上がるというもの。
森の中を入り、しばらくすると、人だかりができていた。
森の中で焚き木を集めていたり、動物を狩っていた下っ端たちだ。
その人だかりの中心を見ると、着物の帯で首を吊っている成人男性の死体があった。
鎌谷「こいつぁ、たまげたなぁ」
思わず口と鼻を手で覆う。
死体は腐っており、酷い腐乱臭を漂わせていた。
死後何日か経っているようだ。
鎌谷「おい、お前らは殿下のところに戻って、守りを固めておけ」
集まっていた下っ端たちは、鎌谷の言うことに従って、森からぞろぞろ出て行く。
皆が離れるのを待ち、2人っきりになると、鎌谷は何を思ったのか、首吊り死体の懐に手を入れ始めた。
善蔵「おい!?何やってるんだ!?」
余りのことに驚いて、声をつい張り上げてしまった。
鎌谷「何って、金目の物を探してるのさ」
お前本当にいつか罰当たるぞ!!
死体には蛆も湧いており、とても触りたくなるような状態ではない。
片手で鼻と口を押さえながら、もう片方の手で探る。
手を突っ込んでからすぐに、鎌谷がおっ?と声を出す、どうやらすぐに何か見つけたようだ。
見つけた何かを取り出すと、それは折れた杖の一部のようだ。
しかし、その先端には燃えるように輝く宝石が付いていた。
文字通り宝石の中で青い炎が揺らめいているのだ。
それを見て、私と鎌谷は顔を見合った。
こんな宝石見たことがなかった、それにこの宝石には何かがある、そう思わせてくる。
私も鎌谷も目を奪われていた。
鎌谷「死人にやぁ、必要ねぇ代物だろ」
へへへっと笑うと、鎌谷はそれを懐に収めた。
鎌谷「まさか、こんな代物が手に入るたぁな」
善蔵「お前、それ自分のモノにする気か?」
鎌谷は左手を私の首に回し、右手の人差し指を一本伸ばして、自分の口に当てた。
鎌谷「これは俺たちだけの秘密な、こんなこと殿下に知られてみろ、親衛隊の野郎たちに横取りされちまう」
それはそうだ、こんな代物、誰も持ってなどいないだろう。
そんなもの、偉い奴らに取られてしまう。
鎌谷「黙っててくれたら、今度良いもの食わしてやるからよ」
鎌谷は回していた腕を離し、もう一度死体に手を突っ込むが、何も見つかることはなかった。
善蔵「しっかし、こいつは何者なんだろうな」
見たことのない宝石を持っていた、それがまだあるならもっと欲しいと思うのは当然のことだ。
鎌谷「わからん、だがもし村の者なら早めにこいつの家を押さえておきたいな」
その鎌谷も同じ考えのようだ、殿下や、親衛隊にバレた後だと、自分たちの物にはできない。
善蔵「条件がある」
分け前の話をした。
善蔵「その宝石はお前にやろう、だがもし他にも見つかったら2人で分け合う、それでいいだろう?」
今ある宝石の分はいらないと言っているのだ。
もし1つしかない場合、私には何もない、譲歩しているほうだろう。
鎌谷「いいぜ、相棒!よろしくな!」
すぐに鎌谷は了承し、交渉は成立した。
それから死体を降ろして、土に埋めてやった。
流石にあのままにするのは余りに惨めである。
あの人もここで死にたいなどとは思っていなかっただろうに。
土に埋めたあと、私たちは殿下のところに戻った。
下っ端たちも戻っており、鎌谷は殿下に報告していた。
話の内容は村人かもしれない者が首を吊っていて死んでいたとかそんな辺りだろう。
何かしらの問題が発生した場合、あの宝石を先に探し出すのが困難になってくるかもしれない。
明日の心配事が増えてしまった。
世の中なるようにしかならない、先に見つけられなければそれまでだ。
考えてもしょうがない、そう思い、明日に備えてすぐに寝た。
翌日。
私たちは目が覚めると、朝食を取り、すぐに村に向かって到着するはずだった。
殿下「なんだ・・これは・・」
下っ端たちもざわつき始めた、。
私たちは、確かに村があるはずの場所に向かっていた。
街道を進み、道なりに馬を歩かせ、村に辿り着くはずであった。
しかし、そこにあったのは、見渡す限りの黒い湖だった。
鎌谷「おいおい、ここでなにがあったんだよ」
まさに皆が思っていることだった。
千兵衛「おい!目的の村がある場所はここで間違いないのか!?」
親衛隊「はっ!ここで・・間違い・・ないと思われます」
歯切れが悪い、村が忽然と消え、黒い湖に変わっているのだ、自信を持って言えなくなるのも無理はない。
千兵衛「ちゃんと答えぬか!ここで間違いないのだな!」
親衛隊「ま、間違いありませぬ!」
殿下も息が荒くなっている、こんなことになって、困惑している様子だ。
親衛隊「どうされますか?殿下」
千兵衛「ど、どうと言われても」
皆の視線が集まる、正直こんな得体のしれない湖の調査などしたくない。
中止にして城下に帰りたいと思っているのがほとんどだと思う。
この事態は明らかに以上だ、殿下がしなくても帰って他の家臣がやればいい。
しかし、そんな思いとは裏腹に殿下は反対の言葉を口にした。
千兵衛「ちょ、調査を開始するぞ」
落胆した、この湖を調査するらしい。
これには親衛隊も反対した。
親衛隊「いけません!殿下になにかあれば、殿にどう申し開きすればいいのです!」
そうだ、殿下になにかあれば、私たち全員打ち首だ、それは避けなければならない。
千兵衛「黙れぇ!!私に初めて任された任務なのだぞ!このまま、何もせずに帰れるか!」
親衛隊「しかし!!」
殿下の言い分もわかる、初めて任された任務なのに何もできずに帰れば、力不足とまた御守を付けられてしまう。
いつまでも一人前と殿に認めてもらえないのである。
千兵衛「だが、お前たちの気持ちもわかる!私だってこんな得体のしれないものの調査などしたくない、だから一日だ!一日だけ調査をしよう!それで帰れば言い訳もつく!」
殿下が提示した妥協点に皆が顔を見合わせた。
どうせ殿下が決定したことなのだ、誰も覆しようがない。
それなら一日だけという言葉を信じて、皆が調査をする方向でまとまっていった。
調査が開始される。
まずは、この得体のしれない湖からだった。
親衛隊は何人かを殿下の周りに置いて、残りの親衛隊は下っ端を引き連れて、生き残りがいないか、周りの山を調べに行った。
鎌谷と私は下っ端を連れて湖を調査をすることになった。
善蔵「さて、まず何から調べるか」
鎌谷「そうだなー」
二人で思案していると、黒い泥に触れようとしている部下がいた。
危険だと思ったが、あの泥に触れても大丈夫なのか、気になったので、敢えて見守ることにした。
鎌谷「触れるな!」
しかし、鎌谷はそうじゃなかったみたいだ、その声に驚いた下っ端の一人は、触れようとする手を止めた。
鎌谷はその部下に近づいて拳骨をお見舞いした。
下っ端は涙目になりながら、殴られた頭をさする。
下っ端「何するんすかー、鎌谷さん」
鎌谷「バカたれが!こんな得体のしれないのを手で触ろうとするからだ!」
鎌谷は利己的な奴だが、私と違って仲間に対して優しい人間だ。
親衛隊とは、殿下に媚びているという理由で喧嘩ばかりしているが、それなりにいい奴なのである。
下っ端「じゃあ、どうやって調べるんすかー?」
鎌谷「まあ、見てろって」
そういうと、自分の腰にある刀を抜く、どうやらそれで黒い泥に触れてみるようだ。
善蔵「いいのか?」
刀は武士の命みたいなものだ、得体の知れない黒い泥に触れさせていいものなのか、一応聞いておく。
鎌谷「いいよ、どうせこの前の合戦で拝借したものだしな」
どうやら合戦で死体から拝借したようだ、さっき死体を漁っていたことといい、そのときの合戦といい、こいつはいつもそんなことをしているのか。
侍というより、盗人と言われた方がしっくりくるな。
そして、鎌谷は腰から抜いた刀の先っちょを黒い泥に浸す。
すると、黒い泥が刀の先から柄の方に登ってきた。
ここにいる全員が目を見張った。
私は夢の中にでもいるのだろうか、だがしかし、その黒い泥はゆっくりだが確実に刀を侵食しようとしていた。
善蔵「鎌谷!引き抜け!」
鎌谷「言われなくてもやってる!でも引き抜けないんだ!」
鎌谷の刀は鍔に紐を結んで、簡単にだが、鞘につけている。
咄嗟に私は鎌谷の背後に回り、腰を掴んで引っ張る。
しかし、刀が全然取れる気がしなかった。
善蔵「何をしている!お前たちも手伝え!」
下っ端「へ、へい!」
下っ端たちも私の背後や、鎌谷の腕の部分を掴み、引っ張るが、それでも刀は抜けなかった。
しかし、その数秒後に、私たちは尻餅をついた。
どうやら刀は抜けたらしい、だがそれは引っこ抜いたというよりは、鍔と鞘を結んでいた紐が切れたのだ。
鞘はそのまま、黒い泥の中に沈んでいった。
私たちは、青ざめた、全員はいないまでも、二十名はいる。
その人数で刀一つ、引き抜けないのだ、この黒い泥は何なのか、得体の知れなさに、恐怖心が湧いた。
もし、刀でなくて、人であったなら、そしてそれが自分自身であったなら。
考えるだけで、悪寒が走る。
下っ端「鎌谷さん!ありがとうございます!!!!」
先ほどの黒い泥に手で触れようとしていた下っ端が、鎌谷の手を握り、涙を流しながら、感謝していた。
鎌谷「お、おうよ」
鎌谷は混乱していたせいか、空返事になっていた。
それから、私たちはあれこれ調べた。
木の棒に火を灯して、黒い泥に入れてみたが、すぐに火は消えた、どうやら普通に鎮火するようだ。
石切りもしていたが、全て一段目で沈む。
馬の一頭を実験に使った、脚の一本を黒い水の中に、入れさせたのだ。
わかっていたことだが、馬の脚の先から、黒い泥が侵食した。
馬は逃げようとするが、抜けられない、黒い湖の中に引きずり込まれそうになるのを、私たちは引っ張りあげようとした。
私たちはあらかじめ、馬の腹に太めの紐を括りつけ、さっきより人数を倍にして、馬を引き抜こうとした。
その人数は先ほどの倍の40人近くである。
馬は腹に巻かれている紐が締まり、苦しそうに息絶えた。
それでも私たちは、引っ張るのをやめない。
この実験の意味は、黒い湖から、引き上げるのに、どれだけの人数が必要なのかを調べるつもりであった。
だが、結局馬を引き上げることはできなかった。
その日の夜。
殿下と私と鎌谷、そして親衛隊の何人かが、同じ焚火の前で頭を悩ませていた、結局あの泥が何なのかはわからなかった。
私と鎌谷が調査した結果を親衛隊と、殿下に報告したところ、そんなものがあるわけがないと馬鹿にされた。
しかし、そのあと一緒に調査した結果、顔を青ざめる結果になった。
親衛隊は周りの山々に生き残りを探しに行ったが、結局いなかったらしい。
この村で何が起きたかもわからない、この黒い泥も何なのかわからない。
わからないことだらけだ、なんの成果も得られないまま、城に帰還してもよいものなのか。
鎌谷「そいで、殿下、明日はちゃんと城に帰るんだろうな」
皆が聞きづらいことを、鎌谷が聞いた。
黒い泥の性質を少しわかった程度で、有効な策も、この村で何が起こったのかもわからない。
わからないことだらけで帰ったとしても、殿が認めてくれるだろうか?
しかし、部下との約束でもある、殿下はどうでるのだろうか。
千兵衛「武士に二言はない・・・明日この村から撤収する・・・」
もはや村と呼べるのはわからないが、明日でこんな薄気味悪い場所からおさらばできるらしい。
殿下は唇を噛み悔しそうにしているが、知ったこっちゃない。
私は内心では喜びつつも、それを表に出さないように努めた。
鎌谷「わかりやした」
親衛隊も、早く撤収したいのだろう、鎌谷に何も言うことはなかった。
鎌谷は聞きたいことが聞けたから満足したのだろう、焚火から離れようと、立ち上がった。
私もこれ以上話すこともないだろうと、立ち上がったときであった。
下っ端「鎌谷さん!鎌谷さーん!」
そう呼んで走って来たのは、下っ端の内の一人であった。
その顔は少し焦っているようで、話合っている最中であるにも関わらず、こちらの中に入ってきた。
親衛隊「お前!殿下の前で無礼だぞ!見張りの者はどうしたというのだ!」
鎌谷「まあまあ」
激高している親衛隊をなだめる。
千兵衛「お前、名前は?」
この者の名前を鎌谷以外はわからないので、殿下が本人に聞いた。
下っ端「玉越です」
焦りながらも名前を口にした玉越。
千兵衛「それで、どうしたというのだ?」
殿下が話を先に進めようと促す。
玉越「そ、それが!村松の奴が、糞から帰って来んのです!」
村松とは下っ端の内の1人で、鎌谷を慕っている者の1人だ。
親衛隊「腹に偉いのでも住んでたんだろ」
親衛隊の1人が冗談を言い放った、笑っていたのは同じ親衛隊のものだけだが。
玉越「頼んますよ!村松を探してやってください!もう一刻も帰って来んのですよ!」
鎌谷に懇願するように、頭を下げる。
普段ならこんなに騒ぐこともないが、あの黒い泥のこともあり心配になったのだろう。
千兵衛「わかった、皆で探そう」
殿下は悩むことなく直ぐに答えを返した。
さっきまで下を向いていた玉越は驚いた顔をしていた。
殿下がお願いを聞いてくれるとは思っていなかったらしい。
正直私も驚いた。
親衛隊「殿下!このような些事、気にすることありませんぞ!どうせ少ししたら帰ってくるに決まっている」
親衛隊の奴が横槍を入れてきた、本当に嫌な奴らである。
下っ端「些事だと!貴様!」
怒りの余り刀の柄を掴む、この者にとって、村松は大事な人間のようだ。
親衛隊「貴様!殿下の御前であるぞ!」
親衛隊も刀の柄を掴み、一触即発の状態に。
もう行っていいかな、めんどくさい、こういうことは私がいないときにやってほしい。
千兵衛「待て待て、何故そうなる!双方手を収めよ」
互いに睨み合うが、柄を握っていた手を下ろした。
殿下の言うことだ、どちらも聞かないわけにはいかないだろう。
鎌谷「俺が出るまでもなかったな」
いや、お前が言っても親衛隊は止まらないと思うけどな。
千兵衛「今は異常なことが起こって、皆が不安になるのもわかる、だがこんなときこそ協力し合うべきなのだ!だから村松も探す、いいな!」
そうここにいる皆に言う、まあ実質、親衛隊に言っているようなものだが。
親衛隊たちは、ハハァーっと声を上げる。
どうやら話はまとまったらしい。
千兵衛「わかったなら行動せよ!村松とやらを探しに行くのだ!」
鎌谷「任せてくだせーよ!必ず探し出してやりやすよ!」
そう言って、鎌谷は服の裾を捲り上げ、立ち上がり、村松を探しに行くため歩いていく。
玉越「あ、ありがとうございます!!」
そう言い、鎌谷の後を追う、玉越。
私もその後に続くように後を追った。
それからは人数を割り振って、山々や黒い湖の周辺を探索することにした。
私は山を探す担当になったが、さっきの玉越と一緒に探すようだ。
一緒にいて、言葉がないのも気まずいので、私は玉越に聞いてみる。
善蔵「それで、村松を最後に見かけたのはいつだ」
私はほとんど話を聞いていなかったのでもう一度詳しく聞くことにした。
玉越「あれは、俺たちが飯食ってるときです。村松がいきなりバッと立ち上がったんです。皆も何事かと視線が集まったところで、村松が糞してくるとか言うものですから、思わず皆笑ったんですよ」
先ほどまでのことを思い出しているのだろう、その顔からは笑みが漏れていた。
玉越「その後は皆が、飯を食べ終えて、しばらくしても帰って来んかったから心配で心配で」
玉越の顔からは笑みが消えて、暗い顔をしていた。
よほど、心配しているのだろう。
善蔵「大丈夫さ。きっと、あの黒い泥に新鮮な糞でも投げつけてるのかもしれんぞ」
それはそれで嫌なのだが。
玉越「そうですね、そうだったら良いんですけど」
どうやら少しウケたらしい、玉越の暗い顔が少し和らいだ。
玉越「それにしても、ここ不気味ですね、何というか、動物の声がまるで聞こえてこないです」
それを聞いて私も直ぐにおかしいことに気が付いた。
動物どころか、虫、鳥の音がまるで聞こえてこないのだ。
こんなことがありえるのか。
ここの山は今まで野宿したどの山より静かすぎる。
善蔵「これは・・・」
話をしながら歩いていたら、足元でグチャっと泥を踏んだような音がなった。
その音とほぼ同時に隣にいた玉越が躓いた。
下に何かあったのか、転んだようだ。
起き上がらせるために、私は手を差し伸べた。
玉越はすいませんと言い、差し伸べられた手を握った。
立ち上がったので、先に進もうと思ったのだが、玉越がいつまでも手を放そうとしない。
善蔵「おい、玉越、いつまで、手を握ってるつもりだ」
もしかして、そういう性癖でもあるのだろうか。
だとしたら丁重に断ろう。
どうであろうと、まず手を離してもらおう。
善蔵「おい、玉越、聞いているのか!」
離そうとする気がなかったため、少し強めに言った。
そしてここで、玉越の手が震えていることに気づく。
玉越「善蔵さん……助けてください、足が……足が!!」
玉越の異常にようやく気が付いた。
彼の言う足を見てみると、そこには足元で蠢く黒い泥があった。
なぜ、ここにこんなものが!?
親衛隊たちの報告に、こんなものがあるなんて聞いてないぞ!
嫌がらせかなのか、怠慢なのか、それはわからないが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
足元の黒い泥は玉越の足に絡みついているようだ。
善蔵「足が抜けないのか!引き抜くからちゃんと手を掴んでろよ!」
私は力の限り、玉越の手を引っ張った。
しかし、引き抜けることはなく、足元の黒い泥は、玉越の足首まで覆ってしまった。
善蔵「無理だ、私一人では、引く抜くことはできない、誰か助けを呼んでくる!それまで待ってろ!」
そういい、仲間を呼びに行こうとするが、玉越は手を離そうとしない。
善蔵「玉越?」
危機が迫っている状況で、私の行動を邪魔する玉越。
玉越「切って……ください」
玉越は俯きながら、絞り出すようにそう言ったのを、聞き逃さなかった。
黒い泥の量は、少ない、仲間を呼べば、引き抜ける可能性はなくもない。
だが、引き抜ける確証もない、そういう意味では今で切った方が、足の被害は最小範囲で済む。
善蔵「いいんだな」
もう一度、確認を取るために、玉越に聞き返す。
玉越は頷く、それを見て、私は鞘から刀を抜いた。
鞘を玉越に噛ませてやった。
刀を上段に構え、足首を、なるべく残すイメージをする。
袈裟切りにしよう、横に切断しようとすれば、力が入らない、斜めにすれば、力が入り、切断しやすいだろう。
玉越の発作のように、早い息遣いが聞こえる。
一歩間違えれば、私がああなっていた、そればかりは神に感謝しよう。
そして、すまない玉越、私に出来ることはこんなことしかない。
刀を振りぬいた。
振りぬいた刀は玉越の足の肉と骨を切断した。
玉越「ッッッッッッッッんんんんんんん!!!!!!!」
体を支えきれなくなった玉越はそのまま前に倒れ込み、頭を打ったのか気絶してしまった。
刀の血を取り、落ちた鞘を拾い、刀を仕舞った。
直ぐに、持っていた手ぬぐいで止血する、だがこれだけではだめだろう、消毒するために、殿下のいるところまで戻らねば。
玉越を背負い、山を降りることにした。
それからしばらく歩いた、走らないのは玉越の二の前になるかもしれないからだ。
月明かりを頼りに慎重に歩く。
夜目が利いてきたので、全く見えない程ではないが、それでも暗くて見えづらいのでゆっくり歩いた。
周りの探索していた仲間はどうなったのだろう。
玉越が悲鳴をあまり上げなかったから集まって来なかったのだろうか。
歩きながらそんなことを考えていると。
「た、助けてくれー!!」
山の中で叫び声が響いた。
玉越と同じ目にあった者でもあったのだろうか。
気の毒なことだ。
あれだけ大きな声なら、聞きつけた仲間が助けに来るだろう、そのときに黒い泥が山の中にもあったことを仲間に伝えよう。
ついでに玉越も押し付けよう。
そうと決まれば叫び声が聞こえた場所に足を進めることにした。
少し歩いて、声がしたと思われるところまでは来た。
月明かりが差し込まない、見えづらい場所だが、輪郭くらいは視認できる。
しかし、誰の影もそこにはなかった。
善蔵「おーい、誰かいないのかー?」
返事を待つが、返答はない。
困ったな、玉越を押し付けるつもりだったが、これでは玉越が死んでしまうかもしれない。
流石に死なれると気負ってしまう。
諦めて山をそのまま降りようとしたときだ、茂みの方から影がニョキッと生えて来た。
どうやらしゃがみ込んでいたようだ。
私はその影に玉越を押し付けるために近づく。
善蔵「貴君も捜索隊の1人だろ?悪いが、彼を山の下まで運ぶのを手伝ってくれないか?実は例の黒い泥のせいで」
話しながら近づいているそのときだ、風が吹いて、木の枝がなびく。
そのせいか、木の葉や枝が遮っていた、月明かりが一瞬、その者を照らした。
余りのことに私は刀を抜こうとして、背負っていた、玉越を離してしまう。
背中にドスッと音がして、玉越の叫び声が聞こえてきた。
玉越「アアアアァァァァァァアアア!!!??」
玉越を床に落としたせいで、意識が戻ってしまう。
そのまま失くしておけばいいものを。
玉越「何するんっすか、善蔵さん、超痛いっすよ」
振り絞るように言葉を出す、玉越。
切断した足の方をぶつけたのか、単純に落とされたのが痛かっただけなのか、悶絶している。
そんなことはどうだっていい。
私は一目散に走ってこの場を離れることにした。
玉越「ちょ、ちょっと!!善蔵さん!?どこ行くっすか!!俺を置いて行くつもりっすか!?」
その後の罵詈雑言は、離れて行ったせいで、よく聞こえなかった。
玉越サイド。
玉越「嘘だろ、あの人、俺を置いていきやがった!」
追っかけて、どうにかしたかったが、足が片方ないんじゃあ、追っかけるどころか歩くこともままならない。
痛みと恨みで唇を噛み締めながら、これからどうするか考えようとしたときだった。
何か近くで気配がした、暗くて輪郭しか見えないがどうやら人のようだ。
幸運だった。
玉越「おい、同じ隊の奴か!助けてくれ!足を斬られて歩けないんだ!」
本当は助けるために、合意の上で斬られたが、本丸に戻ったら嘘をついて、あの野郎から金を踏んだ食ってやる!
その人影は無言でこちらに近づいてくると、俺の体に引っ付いてきた。
そしてすぐに違和感に気づいた、こいつ異常に体温が冷たいのだ。
玉越「おい、何か喋ろよ・・・」
嫌な予感しかしなくて、対話をしようとするが相手の返事がない。
そんな中、風が吹いた。
おかげで森を暗闇にしていた枝から月明かりが漏れた。
そのときに、引っ付かれていたせいで、見えづらかったが、横顔から人影の顔を見ることができた。
顔が無かったのだ、目も鼻も口もない、ただの黒い人でしかなかった。
黒い影は俺に引っ付きながら、ドロドロとその身を溶かし出した。
そのときに、俺はこの黒い影がなんなのか、そして善蔵さんが逃げ出した理由がようやくわかった。
この得体の知れない何かから逃げるのに俺が邪魔になるかもしれないかr、直ぐに見捨てられてしまったのだ。
所詮、善蔵さんにとって俺はその程度にしか思われてなかったのだろう。
慌てて引き剥がそうとするが、触れた部分にくっつくだけで、もう離れる気がしなかった。
こちらも金を踏んだくろうとしていたのだから、自業自得だと言えばそうなのかも知れないが、怒り、恨みが収まらない。
玉越「なんで、俺がこんな!?」
友を助けに来たことを後悔し始める、親孝行も出来ていない、これからだったのだ、俺の人生は、それなのに。
どうにもならない、悔しさか、恐怖からなのか、自然と涙が出てきた。
玉越「俺がなにしたってんだよおおおおお!!!!!!」
玉越は数時間後に黒い泥に飲み込まれた。
善蔵は山を駆け下りていた。
先ほど見た、黒い人型の何か、あれは一体何だったのか。
あんな得体の知れないものがいるのに、こんな山で探索なんかできるかよ、というかしたくない。
殿下を連れてさっさと退散しよう。
黒い泥や人型の処理については本丸がなんとかしてくれるに違いない。
全力で走ると、黒い泥だまりが見えなくて、足が取られてしまう可能性がある
そのため、多少足を遅らせなければならない。
足元を気にしながら、駆け下りていたとき揺れる影が見えた。
だが、構わず走り抜けた、そこで立ち止まることの方が危ないと思ったからだ。
黒い人型は1つ、2つ、3つと、下からニョキニョキと際限なく増え始める。
一体何なのだ!?こいつらは!?
黒い泥だまりがないようなところから走っているつもりだが、下はなどよく見えるわけもない。
止まったら止まったで、黒い人型に囲まれて逃げられなくなる。
走り続けていられるのは運としか思ってない。
途中、笛を吹く音が聞こえた。
あれが鳴ったということは、殿下の身に何かが起きたということだ。
親衛隊は何をやっているのか!?
やっとの思いで、山の麓まで降りてきたときに、馬に乗った何人かの人間がが駆け抜けて行くのが見えた。
馬に乗って駆け抜けて行った者たちは私たちがこの村に来たときに来た道を通って行った。
親衛隊の奴らだったのか?だとしたらあの中に殿下はいたのか?
暗い中、走り抜けて行ったせいで確認できなかった。
まだ殿下のいた方から、今度は馬ではなく、親衛隊が何人かが走ってきていた。
止まる気配はないようなので、1人の服の襟を掴んで止めた。
親衛隊「うげぇ!?」
走っているの状態で裾を掴んだため、首が締まったらしい。
掴まれた親衛隊は苦しそうに首をさすりながら、私を見た。
親衛隊「何をする貴様!殺されたいのか!?」
目が血走っており、直ぐにでも斬りかかりそうな勢いだ。
善蔵「待て待て、私は何があったか聞こうとしただけだ!落ち着け!」
数秒肩で息をしていたが、落ち着いたのか、何があったのか、話し始めた。
親衛隊「殿下があの黒いのに、飲み込まれた」
最悪であった。
殿下を救えないで城に帰っても打ち首だろう。
善蔵「なぜ、守らなかった!?仮にも貴様ら親衛隊と自称していただろ!!」
どうにもならない苛立ちから言葉が荒げてしまう。
親衛隊「仕方なかったんだ!殿下の就寝中で俺たちが見られないときだったんだ!いきなり叫び声が聞こえてきて!」
私は唇を噛み締めた。
あの黒い泥に引っ付かれてしまっては助ける手段など、今のところ思いつかなかった。
善蔵「逃げてどうする!?俺たちに帰る場所などない!」
親衛隊「だからと言ってこのままだと家族が危ない!!敵国に行くか、外国に逃げるでもいい!殿下が死んだことを知られていない今だから意味があるんだ!」
こいつら仮に親衛隊と自称していたにも関わらず、よくそんなことを言えたものだ。
だが今そんなことを思っていても仕方がない、早く次の行動を決めなければ。
親衛隊「あぁぁあぁ」
会話しているといきなり怯えたような声を出し始めた。
視線の先を見ると背筋が凍った。
先ほどの黒い人型が、山からどんどん湧いて来ていた。
湧いて降りて来ている場所は城に帰る方向の山からで、そこはもう黒く埋め尽くされていた。
城に帰るには大きく迂回しなければならない。
しかし、どこまで迂回すればいいのか、迂回してもあの黒い人型がいない保証もなかった。
親衛隊「貴様のせいだからな」
善蔵「なに?」
見ると、私を憎むような目で見ていた。
親衛隊「貴様のせいで、帰れなくなってしまったじゃないか」
親衛隊は刀を抜き、それを私に向けた。
善蔵「待て!今はそれどころじゃない!」
親衛隊「知るか!!貴様はここで死ね!!」
大きく振りかぶり、切りかかってくる。
だが大振りすぎるため、避けるのは容易かった。
後ろに下がるだけで避けられた。
刀を抜かれた以上、こちらも抜かない訳にはいかない、そして、時間も切迫しているため、一撃で仕留める。
刀を振り終えたタイミングでこちらも刀を抜く、その切っ先は真っ直ぐ、親衛隊の腕を切り落とした。
親衛隊「ギャァアアアアアアアアアアァァァァ」
叫び声が木霊する。親衛隊は痛さでしゃがみ込み、切られた腕を抑える。
善蔵「先に刀を抜いた貴様が悪いのだからな」
今は刀を拭くためのものがないため、刀を振ることで、血をある程度飛ばしてからしまう。
目の前の男が痛い、痛いよぉ〜と呻くが無視することにした。
善蔵「これからのことを考えないとな」
当たりを見渡すと、ずっと山の方から大量に出現していた黒い人型が、無作為に動いていたはずなのに、今は全て動きを止めていた。
こっちを見てないか?
その疑問も直ぐに答えがわかった。
大量に出現した黒い人型たちは、全部こちらに歩き始めた。
冗談じゃない!?こいつとこれ以上付き合う義理も助ける義理もない。
善蔵「おい、あんた、名前までは知らんが早く逃げないと、大変なことになるぞ」
ようやく異変に気付いたのか、親衛隊は慌てだした。
親衛隊「まっ、待って、痛くて動けないよ」
涙と鼻水で顔が酷いことになっていた。
善蔵「死にたくなければ走れ」
私は走りだした。
腕を切り落とされたんだ、あの状態で走れば間違いなく出血死するだろう。
そんなことを思いながら、逃げる場所など考えず、ただ反対方向に走りだした。
痛さで意識が吹っ飛びそうであった。
なぜこうなったのか、後悔しかなかった。
善蔵とか言うやつに斬りかかったことも、そもそも他の親衛隊に馬を乗られたのも、殺してでも俺が乗るべきだった。
動くと血がたくさん出る、逃げるにしても止血からしなくては。
持ち物の中で止血出来そうなものを探す、考えつきそうなものは、縛れるもの。
だが縛れるものがあったとして、腕一本でどうやって縛れというのか。
どうにもならないと頭の中でよぎってしまい、苛ついて刀を投げる。
衣服から紐を取り出した、片手で縛ろうにも上手くいかなかった。
親衛隊「クソクソクソクソクソクソ!!」
砂利が近くで鳴る音がした。
見上げると先ほどの黒い化け物が、目の前にいた。
親衛隊「やっやめろ!」
そいつらはしゃがみ込むと、俺にくっ付きだし、溶けていった。
親衛隊「や、やめろ!俺に触れるなよ、ちかづくなよぉぉぉ」
声に力強さがドンドン無くなり、最後には涙声が出ていた。
親衛隊「うぁぁぁぁああおっかさぁぁん助けてよぉぉぉ」
どうにもならない叫び声が響き、そして聞こえなくなった。
善蔵はがむしゃらに走っていた。
あの黒い人型からひとまず遠ざかるためだ。
家族と逃亡するために、急いで帰らないと行けないのだが、あの黒い人型に向かって行く勇気などない。
港に行って、船乗りか、漁師を脅そう、そうすれば遠回りになるが、到着出来るだろう。
時間は掛かるかもしれないが仕方がない。
そう考えた、矢先に建物が見えた。
こんな山の中に建物が?
時間は惜しいし、黒い人型が、どこまで来るかは心配だった。
だが休息は必要だ、建物の主に話をつけて、休息を取ることにしよう。
私は建物まで走って行った。
暗くてわからなかったが、建物は木とは違う、石造りで出来ていた。
日本の家とは違うな、外国のものか?
玄関の前まで来て、声を上げる。
善蔵「ごめんくださーい!」
しばらく待つが返事はない、もう一度声を出すが反応がない。
困ったな、人がいないのか?
そう思い玄関の扉を開けようとするが、外国の家の扉など、初めて見る。
これどうやって開けるのだ?
??「なんだ、ドアの開け方も知らんのか人間、その出っ張りを回せばいいんだよ」
あっ、これか。
刀に手を回した、近くから声が聞こえたのだが、周りには誰もいない。
幻聴が聞こえるほどに疲弊しているのか、戦の時でもそんなことはなかったのだが。
??「何処を見てる、下だ間抜け」
言われた通りに下を見ると、それは小さな見たことのない醜い化け物であった。
善蔵「うぉぉ!?」
思わず刀を抜いて切ろうとしたが、空を切る。
??「何しやがんだ馬鹿やろう!!ブッコロされてぇーのか!」
どうやら躱されたらしい、そして下で何やら喚き散らしている。
なんなんだよ、この化け物は!
正直、黒い泥を見た時よりビックリしているかもしれない。
外国には日本にはいない生物もいるんだなと思った。
しかも日本語を喋れる。
善蔵「す、すまない、つい驚いてしまって、許して欲しい」
頭を垂れて、素直に謝った。
ここで揉め事になるのは面倒であった。
それに小さいとはいえ、侮ってはいけない、軽率な振る舞いは控えるべきだと考えた。
??「へっ、わかればいいんだ!次はないからな!覚えておけよ!人間!」
言いようからやはり人間ではないと察する。
善蔵「心得た、それで話なのだが」
??「わかっている、イザベラ様がお前をお待ちだ」
きょとんとしてしまった、誰だそれという疑問もあるし、約束もしてないのに、待っている?
何を言っているんだ?
善蔵「失礼、人違いでは?」
??「ここに来れる人間はイザベラ様が許可しないと入れないんだ、必然だ、人間」
意味がわからなかった。
小っさいのは、ドアの出っ張ったとこに飛びつき、回すと開いた。
中に入ってく、小さい化け物。
??「何してんだ、入ってこいよ」
中に誘っている。
いやいやいや、怪しすぎるだろ、野宿した方が良かったのかもしれん。
だが今から野宿の準備をすると時間がかかりすぎるし、何より早く休み、早く出立したい。
怪しかったが、恐る恐る中に入る。
中は本当に気持ち悪かった、見たことある生物やない生物が容器の中の液体に入れられてる。
吐き気を催す光景だ。
善蔵「なんだこれは、気味が悪いぞ」
思わず口にしてしまったが大丈夫だろうか。
??「それはイザベラ様の研究だ、触るなよ、後でお仕置きされるの俺様なんだから」
よくわからんが触らない方がいいらしい、元より触るつもりなどないが。
善蔵「そういえば名前を聞いていなかった、聞いてもよろしいか?」
ゴブ太郎「ゴブ太郎だ、そう呼べ」
そういうと奥にある階段を上がっていった。
私も覚悟を決めてゴブ太郎の後に続いた。
上がった先には、机と椅子があり、婆さんが座っていた。
先ほどのゴブ太郎と同種だろうか?同じ様なのがもう一匹いた。
そしてもう1人、金色の髪の毛で肌は黒く、目が左右両方違っており、黒い眼と青い眼をしている。
カラフルすぎて同じ人間とは思えない、だが外国人は日本人とは違うとも聞く。
このカラフルな人間はずっと立っているので従者なのだろう。
だとすれば椅子に座っている婆さんがこの家の主と考えるのが普通だ。
下にあったものをこの婆さんが作ったと考えたらあまり一緒の空間にはいたくなかった。
善蔵「婆さん、悪いんだが、この家で少し休ませて貰いたい」
婆さんの顔を伺うが、返事がない。
死んでないか?そんなことを思うが流石にないだろう。
イザベラ「カッカッカ、遅かったじゃないか、待ちくたびれたよ」
ようやく喋り始めた婆さん、こいつ声が遅れて聴こえてるわけじゃないだろうな。
善蔵「そのことなんだが、私はあなたと約束していた覚えはない、人違いではないか?」
イザベラ「勘違いじゃないよ、私はね、外のあの黒いのをどうにかするため人を待っていたのさ」
私を待っていたというより、誰でも良かったようだ。
そんなことより今の言葉に聞き捨てならない言葉があった。
善蔵「婆さん、外のこと、気づいてたのか!?」
気づいた上でここを離れないとは、足が悪いのから逃げられないのか?
あのちっこいのでは運べないだろうし、突っ立っているカラフル人間は男か女かよくわからないし、婆さん担いで移動するのは無理なのか。
いや、そこは大事なところじゃない、黒い泥を知っていた事実もそうだが、大事なのは。
善蔵「婆さん、あんたあの黒い泥をどうにか出来るのか!?」
衝撃であった、何をやっても効果がなかったというのに、どうにか出来るという。
イザベラ「カカカ、出来るさ、私ならね、嘘は言わないよ」
善蔵「教えてくれ、あれはどうにかするには何をすればいい!?」
簡単に出来ることならどうにかしたい。
それに可能性はゼロに近いかもしれないが、殿下も助けられるかもしれない。
そうすれば、城に帰っても逃げることをしないで済むかもしれない。
イザベラ「杖だ、それが必要じゃ。前に近くの村の者が黒い泥をどうにかするために、借りて行ったのじゃが、返しに来なくてのー」
あの滅びた村の住人もあの黒い泥をどうにかしようとしていたのか。
善蔵「しかし、場所もわからない人物をどうやって探せと?」
イザベラ「人は無理じゃが、杖に関しては探知する方法がある、安心せい」
善蔵「そうなのか、ならすぐに回収して参ろう!」
しかし、杖とな、杖といえば最近見かけたな。
善蔵「もしかしてだが婆さん、その杖のことだが、先っぽについている宝石の中で青い炎が燃えているのではないだろうか?」
不思議な宝石がついた杖だったため、それではないだろうかと当たりとつけた。
イザベラ「よく知っているね、それじゃよ、心当たりがあるんじゃな」
善蔵「まあな、おそらく知り合いが今持っている」
しかし、それなら急がなければならない。
鎌谷のことだ、危険と思ったら殿下のことなど考えないですぐに逃げ出してしまうだろう。
善蔵「婆さん、急がなければならない、あの杖をどうすればいいか教えてくれ」
焦る気持ちを抑えながら、婆さんに聞く。
イザベラ「簡単さ、杖を持って、祈ればいいのさ。ワシが使役する精霊の名を」
あとは持てばわかるという。
しかし、探知出来るからといって、そこまで辿り着けるかはわからない、なんたって、あの数の黒い人型や泥だまりを回避し続ける自信などなかった。
それを掻い潜って目的の場所までつけるだろうか?
イザベラ「これを持っていけ」
渡されたのは袋であった、指先から手首まではあるだろう。
中身を確認すると粉が大量に入っていた。
善蔵「これは?」
イザベラ「あの黒い泥に吹きかけると泥を溶かせるのさ、まあ本体に振りかけても大きすぎて効かないじゃろうがな」
私はこの時に、疑問を持った、あの黒い泥を溶かす粉だと?
なぜそんなものを婆さんが持っている?
善蔵「婆さん聞きたいことが何個かある」
イザベラ「なんだい、答えられることなら答えてやるわい」
善蔵「あの黒いのに飲まれた人は助かるのか?」
イザベラ「助からんのー、あれに飲まれたら、人から黒い泥に変換されちまうからのー」
善蔵「次の質問、あれはこの地の生き物じゃなくて、外から連れ込まれたものだな」
イザベラ「・・・そうじゃな、あの生き物は、この地の生物ではないの」
善蔵「最後に質問」
イザベラ「なんじゃ?」
善蔵「あれを連れて来たのはお前か?」
イザベラ「・・・・」
その瞬間に刀を抜いて斬りかかる。
婆さんの前にある机に座っていた緑の二匹と突っ立っていたカラフル人間も動き出した。
緑の二匹は同じく机の上にあった十手と短刀を掴み、一匹は十手で私の刀を受け切り、一匹は短刀を私の手首に当てている。
そして、このカラフル人間も私を後ろから左手を顔に右手の短刀を私の首に押し当てている。
善蔵「貴様か!?あれを連れてきたのは!!あれのせいで何百人死んだと思ってる!!村が1つなくなったんだぞ!」
イザベラ「カカカ、バレちまったら仕方ないね、そうさ!あれは私がこの地に召喚した悪魔じゃ」
とうとう心の内を明かしやがったな!この糞ババァ!!
しかし、あの緑のちっこいの、小さい癖に、私の剣戟を受けきるだと!!馬鹿げている!
そしてこの状況、どうにもならない。
イザベラ「村にいた奴が拾って育てていたから、育ってから持ち帰ればいいと思っていたら大変なことになっておるし!責任を取ると言っていたから任せたら、挙句の果てに帰ってこない!飛んだ嘘つきだよ!全く!」
善蔵「貴様が言うな!糞ババァ!」
怒りで、体を動かそうとしてしまうが、そうすると首と手首に引っ付けられた短刀が当たり、冷静に帰る。
イザベラ「カカカ、それでどうするね?私を殺したところで、精霊の力は借りれないよ、契約をしているのは私なんだからね」
圧倒的有利な立場でどの口がいいやがる!!
イザベラ「私を殺したら誰もあれを殺せなくなる!そうしたらこの地は終わりじゃよ!あの黒い泥は際限なく増え続け、いずれこの地を飲み込むじゃろう」
婆さんが手で、二匹と一人に離せと合図する。
私は解放され、婆さんに刀を突き立てられる状態だ。
だが私は唇を噛み締めるだけで、刀を振り降ろすことができなかった。
ここでこいつを殺しても、現状はよくならない、それなら、今は!?
善蔵「わかった、今は従おう、だが私は貴様を許したわけではないからな」
婆さんを睨みつける、婆さんはその視線を軽く受け止めカカカと笑い止める。
イザベラ「それじゃあ、ミーシャを連れて行きな」
婆さんが顎でしゃくる、どうやらカラフル人間の名前はミーシャというらしい。
イザベラ「そいつが、お前を杖のもとまで導いてくれるじゃろう」
ミーシャが目の前まで来る。
ミーシャ「どうぞ、よろしく」
そういうと、階段から下に降りて行く、付いて来いということだろう。
私もそれに続いて降りようとした。
イザベラ「ちょっと待ちな」
婆さんに呼び止められる、いい気はしないが、何かあっては困る。
階段まで来ていたのを、戻って、婆さんの前まで行く。
善蔵「今度はなんだ、ババァ」
もうさん付けする必要もあるまい。
イザベラ「ちょっと手を出しな」
何かくれるのかと思い、手を出す。
するとババァが私の手に触れ出した、その時だった。
バチィ!!!
手に電撃が走った!余りの痛さに一瞬飛び上がってしまう。
善蔵「何しやがるクゾババァ!!!殺されたいのか!!!」
本当に痛かった!ちょっと涙目になってしまう程度には痛かった。
イザベラ「ちょっと才能があると思ってね、呪いをかけておいたのさ」
涙目になりながらも聞く。
善蔵「呪い?才能?なんのことだ!?」
ババァはカカカと笑う。
イザベラ「時期が来ればわかるさね」
そういうと用事は終わったようで黙り混むババァ。
善蔵「こいつ絶対に許さねぇ」
そうして私は屋敷を出た。
屋敷を出た後は、ミーシャに付いて行った。
見慣れない黒と白の着物を着ている。
日本で見たことないので、恐らく外国のものだろう。
裾が長いせいで走りづらそうだが、なぜあの服装で案内しようと思ったのか。
しかし、それでも足が速い、付いて行けてはいるが、気は抜けない。
これだけ足が速いということはやはり、男なのかもしれない。
それにしても凄いのが、黒い人型と遭遇しなくなったということだ。
どうやって、遭遇しない道を行っているのだろう?
しばらく走っていると止まるように言われた。
ミーシャ「ここから先は腰を屈めて、茂みや木に隠れながら行動してください」
善蔵「わ、わかった」
茂みに隠れながら、腰を屈めて歩くミーシャの後に続く。
少し腰を上げて、周りを見ると黒い人型が1つの場所に向かっていた。
ミーシャもそこに向かっているらしく、もう少し先に行くと助けを呼ぶ声が聞こえてきた。
おそらくこの声の主が鎌谷なのか。
ミーシャ「いました。あそこの木の上にいます。」
木の上に鎌谷はいた、しかし、その根元は黒い泥で覆い尽くされていた。
どうやら見るに木を取り込もうとしてるらしい。
根元を取り込めば、バランスが崩れ、上の鎌谷も・・・
善蔵「早くどうにかしないと!?」
しかし、腰にある粉程度、あれだけ集まったのを溶かし切れるのか、わからなかった。
それに黒い泥が溶けるこの粉もまだ試していない、そんな状態でやれるのだろうか?
それでもやらなければ、杖を手に入れられない。
意を決する為に、ミーシャに話をつけようとしたが。
ミーシャ「少し、ここにいておいてください」
善蔵「え?」
ミーシャは私の腰にあった袋を引っ手繰ると手近にあった木に登りだし、あっという間に上まで登ってしまう。
そして、次の瞬間、隣の木に飛び移りながら、鎌谷の木まで飛び移って行った。
私は余りのことに口を開けて呆けていた。
やっぱり人間ではなかった!?
鎌谷は泣きじゃくっていたので、気づかなかったらしい。
気づけばいたミーシャに驚愕していた。
鎌谷「え?!お前誰!?お前?!どっから来たん!?」
ミーシャは木の幹に捕まっていた鎌谷を右手で右肩まで持っていき背負った。
善蔵「おい、嘘だろ?」
ミーシャは木から飛び降りていた。
鎌谷「イヤァァァァァァァぁぁあ!!!!」
着地点には黒い人型がおり、このままだと掴まれると思った。
次の瞬間、ミーシャは左手で袋にあった粉を大量に振りまいた。
そして自分たちの全身に粉を付着させた。
ミーシャたちの着地地点にいた黒い人型は、ミーシャの着地と同時に溶けてしまった。
え、なにそれ格好良い。
着地した後、すぐにミーシャは駆けて私の元に来るがそのまま過ぎ去ってしまう。
なぜと思ったが、すぐにわかった。
視線を感じたのでそちらを向くと黒い人型たちがこちらを見ているのがわかる、いや目はないんだが・・・
早くここから離れようと私もミーシャの後に続いた。
鎌谷は気絶していた、高さが結構あったらしく、着地した衝撃で気絶したらしい。
例の宝石だけ取ってほったらかした方が逃げやすいだろうに。
それでなお、ミーシャの走る速度は私と変わらない。
あの服の下の筋肉は恐ろしく凄いんじゃなかろうか。
走っていたミーシャが動きをやめたので、私も走るのをやめる。
ミーシャ「そろそろいいでしょう」
背負っていた、鎌谷を肩から雑に落とす。
鎌谷「はがっ!?」
ようやく起きた、泣き疲れていたのかもしれないが、それにしてもよく寝れたものだ。
鎌谷はぼんやりとした顔をしており、何かに気づいたような顔をするとミーシャに詰め寄った。
鎌谷「あんた!凄いんだな!俺惚れちまったよ!結婚してくれ!」
ミーシャ「遠慮しておきます。」
起きて早々になにを言っているんだこいつは、そもそも相手は女なのだろうか?
そんなことより今は杖だ。
善蔵「鎌谷」
呼ぶと、鎌谷の肩が一瞬跳ね上がる。
鎌谷「いたのか善蔵、驚いたぞ」
お前が肩で寝てたときから一緒にいるよ!!
善蔵「お前、杖を死体から盗んでたよな、あれはまだ持っているのか?」
鎌谷「おう、あるがそれがどうかしたか?やらねえぞ」
善蔵「いや、寄越せとかそういう話じゃなくて、使って欲しいんだ」
鎌谷「そいつぁ、どういう」
これまで私が知っている事を話した。
殿下のこと、クソババアのこと、黒い泥のこと、杖のこと、その杖で黒い泥をどうにか出来るらしい事を。
鎌谷「へぇー、なるほどねぇ、とりあえず取り出すわ」
懐を漁ると、取り出したのは燃えるような宝石だけだった。
善蔵「あの・・・杖は?・・・」
鎌谷「いやぁ、持ち運びに不便だったからさ、宝石だけ取って捨てちゃった」
鎌谷は頭を掻いてばつが悪そうである。
善蔵「あの、ミーシャさん・・・これ宝石部分だけでも使えますよね?」
恐る恐る聞いてみるが。
ミーシャ「私も詳しいことは知りません。私は杖で化け物をどうにかして来いとしか言われてないので」
どうやらこの分野に詳しいと言うより、与えられた情報を持っているだけのようだ。
静寂が少し続いた。
1番最初に口を開いたのは鎌谷だった。
鎌谷「ごめんね、許して☆」
私は鎌谷の首元を掴んで、自分に引き寄せた。
善蔵「おい、これでなにも起こらなかったらどうするんだ!」
鎌谷は少し苦しそうに答える。
鎌谷「仕方ないだろ?あれ懐に入れてると尖っている部分がちくちく当たって痛かったんだよ」
ミーシャ「仕方ありません、こんなことで争っていても無駄です」
善蔵「無駄ですって言ったって」
できれば万全な状態で挑みたかった。
ミーシャ「心配であるのであれば、一度ここで出してみましょう」
善蔵「出してみましょうってなにを」
今更ながら、どうやってあれを退治するのか詳しいことは聞いていなかった。
ミーシャ「精霊を呼び出すのですよ」
善蔵「精霊・・・」
精霊ってなんだ?
ミーシャ「力のあるものを呼ぶのですよ」
よくわからないが、やればたぶんわかるだろう。
善蔵「ここでやっても大丈夫なのか?」
ミーシャ「本当は魔力を温存するためだったり、迎撃体制を取られないように目標の前で呼び出したかったのですが仕方ありません」
善蔵「あの、俺たち魔力なんてものを持ってないと思うのだが」
ミーシャ「それは契約者であるイザベラ様の問題であるので、あなたたちとは関係がありません」
善蔵「えと、それじゃあ」
ミーシャ「ええ、呼び方を教えましょう」
ようやく、呼び方を教えて貰えたが、簡単すぎて拍子抜けした。
善蔵「え?呼びたいと願って、名前を呼ぶだけ?」
ミーシャ「はい、そう聞いております、名前は確か・・・火の精霊イフリート」
そんな簡単なことでいいのか。
鎌谷を顔を見合わせる。
善蔵「お前のものなんだからお前がやってみろよ」
鎌谷「よしきた」
鎌谷は手に持っていた宝石を頭まで上げて目を瞑る。
しかし、直ぐに宝石から手を離してしまった。
宝石は地面に落ち、コロコロと音を立てる。
善蔵「おい、どうした鎌谷、それじゃあ、呼び出せないだろ」
鎌谷「いや、なんか、変な感じがして」
変な感じだと?何をわけのわからないことを。
善蔵「さっきも言ったが、殿下が恐らく無事ではないから、家族と早く逃げないと行けないのだ」
時間がないのだ、変な感じが理由でやめられては困る。
鎌谷「じゃあ、おまえやってみろよ」
善蔵「私が?」
頷く、鎌谷。
鎌谷の変な感じというのも気になったが、考えても仕方ない。
鎌谷が落とした宝石のところまで行き、拾い上げる。
宝石を握った手を胸の前まで上げて、目を瞑った。
そして願った、この状況を打破する力を貸してくれと。
すると世界が揺れたように思えた、鎌谷が言っていた変な感じとはこれのことか。
だが、構わず願い続ける。
そして、力を見た、頭の中にそいつは語りかけて来る。
イフリート「汝、我の力を求めるものか?」
そうだ、私はお前の力を借りたい。
イフリート「我の力を求めると災いをもたらすがそれでもなお、借りたいと申すか」
災いをもたらすなど知ったことか、貴方の力を借りれなければ、どうにもならないところまで来ているのだ。
イフリート「フッハハ、よかろうならば我の名を呼べ、さすればお前に無限の力を与えよう。そう、我の名は」
善蔵「火の精霊!イフリート!!」
大地は大きく揺れ、近くの地面が爆発した。
しかもただの爆発ではない、溶岩を含んでいた。
鎌谷「やべえ!死ぬううぅぅ!!」
鎌谷はあまりの揺れに立っていられなく、尻餅をついた。
激しい揺れの中、ミーシャは動じないでいた。
本当に何者なんだ。
イフリート「貴様が我を呼び出したものか、さあ、貴様に少しの間だが、無限の力をやろう」
吹き出した溶岩から生命体なのか、何かが出てきた。
突如現れたそいつは空を飛んでいた。
角が三本あり、耳は尖っており、爪もある。
恐らく二足歩行であるような出で立ち、目は2つ。
そして何より、私の掌に乗るほどの大きさしかなかった。
全員が凍りついた、俺たちは一体なんてものを呼び出してしまったのだ。
イフリート「フハハハハハハハハハ!!恐怖で声も挙げられまい、さあ、何のために我の力を欲する」
なんてことだ、これが、これがあのクソババアが言っていたイフリートだと言うのか。
善蔵「あのー、本当にイフリートさんなんですか?」
イフリート「如何にも、我が火の精霊イフリートよ、神と崇め立てるものもいるぞ」
その可愛らしい腕を組むと自信ありげに顔を私に見せつける。
ああ、なんてことだ、それはつまり。
善蔵「あぁぁぁぁぁぁ」
召喚が失敗してしまったのだ、やはりあの宝石は杖と対をなして、初めて呼び出せるのだ。
ミーシャ「・・・・・」
鎌谷「なんか・・・すまん・・・」
この絶望感、どうしてくれるのだ鎌谷。
イフリート「なんだ、貴様ら、世に平伏せよ、流石に貴様ら、精霊であり、神である、我に失礼むぎゅ」
私は火の精霊であるイフリートの頭に手を置き、言葉を遮った。
イフリート「貴様!無礼であろう!いや、そんなことより、我に頭を置ける人間なぞおらんぞ、ジャイヤントなのか?」
善蔵「違います、貴方が小さいのです、神様」
イフリート「なに?」
そこでようやく、自分の見た目に気づいた神様。
イフリート「なんだこれは」
ごめんなさい、私たちのせいです。でもそれ私たちも言いたい。
善蔵「あの、えと、事情があって、完璧に召喚ができませんでした」
イフリート「ふむ、なるほど、今までこんな姿で召喚されたのは初めてだぞ。いつもはもっと派手に登場するのだがな」
十分派手だったのだが・・・
そんなことはどうでもいいのだ。
問題はこんな状態でも戦えるのかということだ。
一度ババアのところまで戻らないと行けないだろうか。
イフリート「問題ない、このままで行くぞ」
善蔵「大丈夫なんですか?その・・・あまりにも弱そうで」
イフリートの全身を見定めたが、やはり弱そうだ。
イフリート「我を誰だと思っている、この姿で在れども火の神よ、そうそう負けることなどない。それより貴様、先程より無礼であるぞ」
そんななりで言われても、はいそうですかとはならないだろう。
ミーシャ「大丈夫だとは思いますが、イザベラ様の魔力が保つかもわかりません、問題ないと言うのなら進みましょう」
イフリート「うむ、案内致せ人間、というよりは・・・いやはやあの老婆も面白いものを作る」
イザベラの話が出てこないから知らないのかと思ったが、知っているらしい。
ミーシャの案内の元、この黒い泥の本体に向かっている。
向かっている途中も、イフリートは空中を浮いていた。
私はどうやって浮いているのだろうとそんなこと考えていた。
ミーシャ「止まってください」
ミーシャの声で全員が静止する。
善蔵「何かあったのか?」
ミーシャが指を指す方向には、黒い人型がいた。
ミーシャ「イフリート様、貴方がそのお姿でも問題ないという証拠を見せてください」
ミーシャはイフリートを見据えて言った。
イフリート「フハハハハハハハハハ、我を試そうというのか、ククク、良かろう、我もこの姿で現界するのは初めてゆえ、どれ程の力が出せるのか試したかったところよ」
イフリートがプカプカ浮きながら進み、黒い人型に近づく、黒い人型も気づき、イフリートに近寄る。
黒い人型がある程度の距離まで近づくと、イフリートは組んでいた手を解き、手をかざした。
すると黒い人型は突然発火し始めた。
その炎が青い炎であることにも驚いたが、黒い人型は泥であるにも関わらず発火した事実が、私を興奮させた。
???「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"」
黒い人型がこの世のものとは思えない叫び声を上げた。
こいつら、声を発することが出来たのか!?
青い炎に包まれながらも、なおも前進し、イフリートに詰め寄ろうとする。
だが、それは叶わず、途中で倒れ、燃え尽きた。
凄え、あの黒い人型をいとも簡単に倒した。
私と鎌谷は距離を空けていたイフリートに走って詰め寄った。
善蔵「凄い!!凄いじゃないですか!!イフリート様!私たちがどうやっても倒せなかったあの黒い人型を一撃で!」
鎌谷「やっぱり火の神様はすることが最高だぜ」
調子のいいことを言う鎌谷。
イフリート「ククク、不死性があろうと、我の炎の前ではまずその不死性という概念から焼き尽くすからな」
何を言っているかよくわからないが、とにかくこの小さき神様だか精霊だかよくわからんものがいれば勝てる!
そして早く家に帰るのだ!
ミーシャが遅れて神様の元に歩いてやってくる。
イフリート「これで我は合格かな?」
わかりきった答えを、してやったぞと言う顔で聞くイフリート。
ミーシャ「はい、問題ありません、このまま進み本体を討ち取りに行きましょう」
そのままイフリートを越えて、先に進んでいく。
イフリート「やれやれ面白みのない奴だ」
プカプカ浮かびながらミーシャの後を追う。
鎌谷「凄えな、俺たちが何をやっても、効果1つなかったのに、あの神様は一瞬で灰にしちまったよ!」
興奮が消えない鎌谷、それもそうだ、昼間あれだけ試しても効果1つなかったし、今までやられっぱなしだったんだ。
私だってまだ興奮してる。
善蔵「ああ、そうだな!これで私たちは生きていける!」
興奮を忘れられないまま、ミーシャの後に私たちも続いた。
そこから先は、ちょくちょく黒い人型が出たが、神様が青い炎で撃退した。
何人来ようが、相手ではなかった。
私も先程ミーシャから返してもらった袋に粉が少なからず残っているが、温存できそうだ。
それより先程から気になっているのはあれだ。
???「ガマ・・・・ダ・・・二・・」
どこで覚えて来たのか、私や、鎌谷の名前を呼んでいるようだ。
名前を言えるようになったからなんだと気にせず先に進んでいた。
ミーシャ「そろそろ目的地につきます」
私たちは拓けた場所にでた、それは最初に見た湖があるところだ。
しかし、そこには湖の周りに黒い人型が数千はいた。
善蔵「嘘・・だろ・・・」
鎌谷「なんて数だよ」
イフリート「どうやらあそこに本体がいるようだな」
ミーシャ「はい、よろしくお願いします」
私たちとは打って変わって、冷静な2人。
この群勢を見ても何とも思わないのか?
善蔵「大丈夫なのですか?」
イフリート「本体に会ってみなければわからぬ、だが、雑魚に至ってはこれまでとやることは変わらぬ」
そう言って突き進むイフリート。
ミーシャ「私たちはここに残りましょう、あの群勢の中にいても足手まといでしょう」
イフリート「フハハハハハハハハハ、早急に手を打たなければすぐに全て灰にしてしまうぞ」
あんなに小さいのに、恐ろしい力を持っているものだ。
その言葉の通り、イフリートが湖に向かう過程で通る黒い人型は灰塵とかしていた。
そして湖に到着し、その上を渡っていたときだ。
?「グオオオオオオオオォォォォォォォッォォォォ!!!!!!!!!!!!」
今まで聞いた中で1番嫌な鳴き声の後にそいつは湖から出てきた。
そいつは全身がドロドロに溶けており、獣の顔を形作ろうとするが、直ぐに溶けてしまうため、原型を留められていない。
体のようなものから突起があり、そこに巨大な目玉がある。
なんとも歪な化け物なのか。
イフリート「ほう、中々面白い形をしている」
イフリートは今までと同じように本体を燃やし始める。
しかし、本体も黙ってはいなかった。
黒い湖から、細い何がが、射出された。
いきなりのことでイフリートは対処出来ず、食らってしまう。
その射出された何かは、イフリートの体を貫いた。
その瞬間を見ていた私も鎌谷も青ざめた。
イフリートがいなければ、誰があの化け物を倒せるのか、将軍か?
バカ言え、あんなものに立ち向かえる人間がいるものか。
ここでイフリートが負けたら何もかも終わりだ。
だから、私は叫んだ。
善蔵「あんた、ここで負けたらただの小動物だかんなアアアアアアアアアアァ!!!!」
自分でもよくわからないことを言っていた、だが気の利いた言葉など知らぬ。
激昂するための言葉をただ叫んでいた。
イフリート「全く、やかましい人間だな」
貫いているものを体を発火させて、蒸発させた。
ダメージは残ったまま、何よりこの暗闇の中、あの早さで射出されたら見切るどころの話じゃない。
そして、驚異なのは、この暗闇の中、小さい我に命中させたこと、止まっていたとはいえ、かなりの精度だ。
イフリート「さて、どうしたものか」
考えている間にも、化け物は先ほど射出してきたもので攻撃してくる。
イフリートは回避行動を行うが、このままだと時間の問題だろう。
本体を見てみる。燃えてはいるが、効いているとは思えない。
イフリートは周りを見る、山や森に囲まれたこの場所で出来ることは。
ニヤリと笑みが零れた。
イフリートは山に突っ込んだ。
鎌谷「おい、神様どっかに行っちゃったんだが?」
まさかのここで逃げた?嘘だろ?
しかし、あの自信満々なイフリートが逃げるだろうか?
私はどうしていいのか、わからず立ち尽くす。
鎌谷に、服を掴まれる。
鎌谷「おい、善蔵!どうすんだって、神様の奴、逃げちまったよ!」
揺らされ続けて苛ついてしまった、私はその手を払い、叫んだ。
善蔵「こっちが聞きたいんだよ!クソが!!」
余りの苛立ちに汚い言葉が出てしまった。
いかんいかん、冷静になれ。
私はミーシャに聞くことにした。
善蔵「ミーシャ、私たちはこれからどうすればいいのか、教えてくれ」
ミーシャ「戦いはまだ終わっていません」
ミーシャは山に向かって指を指す。
その方向に私も鎌谷も視線が行く。
山火事が起きていた、その炎は青くて、綺麗でとても幻想的であった。
イフリートは自身の内蔵された炎から攻撃、防御、回復を行なっている。
完全ではない状態で召喚されたイフリートは、強い攻撃をしたくても、自身の内蔵された炎では足りなかった。
それを山火事を起こすことで、自身の炎を増やし、それを吸収しながら戦う。
イフリート「ここは我が作った空間よ、最早貴様が勝てる術などない」
完全復活とはいかなかったが、あれを倒すには十分であった。
イフリート「さあ、化け物とやら、第2ラウンドと行こうではないか」
山から出てきた、イフリートは傷を回復し、その小さき体とは別に、空中に巨大な腕を二本有していた。
イフリート「炎の剣よ」
そういうと空中にある巨大な腕の掌から、これもまた巨大な剣が生えてきた。
それを掴むとその巨大な剣を下にして、湖に向かって降下し始める。
湖から先ほどの細い何がが射出されるが、剣を盾にしているため、当たらない。
剣はそのまま、湖に突き刺さった。
湖は数秒で沸騰し始め、化け物が今までで1番辛そうな叫び声を上げる。
突き刺したところが狙い目であるとばかりにイフリートを狙う。
しかし、そこにいたイフリートは、丸い炎の球体に覆われており、射出されたものがイフリートを貫くことはなかった。
イフリート「ククク、まずはその不死性を吸収してやる」
化け物は断末魔のような叫び声を上げていた。
そして、自身の形が保てなくなり、やがて、沸騰する湖だけが残った。
その状況を見て、湖に突き立てた巨大な剣を抜く。
イフリート「後はこの湖だけであるな」
イフリートは空高く舞い上がり始めた。
高度を取ると、一定の高さで止まった。
炎の剣も二本の巨大な腕も、1つの丸い小さな球体になった。
それから現在も燃えている、山火事の炎も、その球体に導かれるように吸収されていく。
それを全て吸収し終えると、その小さな球体を湖に落下させた。
善蔵「やったぞ!!とうとうあの化け物を倒しやがった!」
鎌谷「流石!俺たちの神様だぜぇ!」
鎌谷と喜びを分かち合う。
私と鎌谷は勝利の余韻に浸っていた。
鎌谷「あの化け物、ドロドロに溶けてやがったぜ!」
神!神!神!と呼ぶことで私と鎌谷はイフリートを称えていた。
ミーシャ「しかし、黒い湖がまだ残っています」
鎌谷「大丈夫でぇ!神がなんとかしてくれるさ!」
善蔵「そうだな!」
私も柄にもなくはしゃいでしまう。
鎌谷「俺仏教徒だけど、今なら火の神の信徒になってもいいな!」
調子のいいことを言ってる、だが私も今はそんな気持ちだ。
イフリートの方を見ると、何かしら小さい球体を作っており、山火事の火がそれに向かって吸収されていた。
なんとも幻想的な光景か!
鎌谷「ちっくしょう!なんて綺麗な光景だ!こんなことなら酒でも持って来れば良かったぜ!」
善蔵「そうだな!」
2人で未だに馬鹿騒ぎをしていた。
ミーシャ「あれは・・・」
鎌谷は神!神!と続けていたが、私はその瞬間ミーシャの方を見た。
普段感情を表に出さないミーシャの顔が青ざめていた。
それだけで、あれがマズイものだと悟った。
ミーシャ「2人共!伏せて!」
ミーシャが伏せて、私もそれに続いた。
次の瞬間、世界が暗転した。
違う、私が地面を吹き飛んだのだ。
何が起きたのかわからぬまま、私の意識は途絶えた。
次に起きた時は朝になっていた。
ミーシャ「目が覚めましたか?」
私はミーシャに膝枕をされていた。
女かわからないが、顔が両性なので少しドキドキしてしまった。
全身が痛かった、よく見るとミーシャの服も髪もボロボロであった。
善蔵「何があったんだ」
ボロボロの体に鞭を打って、上体を上げた。
ミーシャ「イフリート様の力です」
顔を私の方から逸らす、その視線の先を追うと、未だ見たことのない光景を見た。
私は立ち上がり、その視線の先に向かった。
黒い湖などなくなっていた、あったのはえぐれた大地であった。
何があればこんなに大地がえぐれるのだ。
しかも、黒く焼き焦げており、その熱は未だに地面を焦がし、音を上げていた。
善蔵「なんだ、これは」
周りの山は木など生えていない、禿山になり、村があった、黒い湖など、えぐれて、巨大な穴が出来ていた。
これでは火の神というよりまるで。
善蔵「とんだ祟り神じゃないか」
ハハハハハ、乾いた笑いが込み上げてきた。
こんなものに頼っていたとは、恐ろしい話である。
そういえば鎌谷がいない。
私の後を追ってくるミーシャに聞いた。
善蔵「鎌谷はどうしたんですか?」
ミーシャ「鎌谷さんはお亡くなりになりました」
善蔵「へ?」
鎌谷の死体は遠くに飛ばされていた。
あの爆発で、空中に大きく飛ばされて、そのまま落下して死んだらしい。
なんと運のない奴だろう。
相当高いところから落ちたのか、死体は見られた状態ではなかった。
手だけ合わせるとその場を後にした。
場所を変えて、ミーシャと話し合った。
イフリートは黒い湖を消し飛ばすと帰っていったらしい。
どこにと言われても私の知らないところにだろう。
宝石は持ちたくなかったので返そうとしたが。
ミーシャ「イザベラ様が言っておりました。貴方とイフリート様の縁はまだ続くから持たせろとの仰せです」
そうして、別れを告げた私は急いで家までの帰路につく。
身体中痛むが、これで終わったわけではない、殿下は死んだのだ、それで私たちが無事で済まされるわけがない。
体を休める暇もなく、まずは近くの村まで走った。
そこで馬を盗んで、走らせた。
寝ないで1日中走らせたかったが、どうしても馬が疲れて動けなくなってしまう。
馬を休ませながら、家に帰る必要があった。
ここは焦るが、理性を保たなければならない。
そうして城下についた頃には2日目の夜になっていた。
私は一目散に家へ向かった。
疲労と眠気で頭がどうにかなりそうであったが気力で意識を保っていた。
家に灯りはついてはいなかった、もう寝ているかもしれない。
家の扉を力任せに開ける。
善蔵「雪!!善道!!」
声を上げるが返事がない、まさかもう!
家に土足で上がり、いるか確認するが誰もいなかった。
そのときだ、家の前で複数人の足音が聞こえた。
やはりもう・・・
ドタドタと家に複数人の人間が上がり込んできた。
そいつらは武装しており、刀を帯刀していた。
その中でも年齢が一際高い人間が前に出てくる。
笠松「儂は奉行所の笠松と申す、貴様、善蔵で間違いないな」
善蔵「・・・」
ここでの解答はなんだ?どう返すのが正しいんだ?
ダメだ、頭が回らない。
善蔵「妻と息子はどこだ!?」
笠松「無事だよ、君の反応次第だがな」
人質ということか!?
笠松「さて、君だけではないんだ、殿下の任務を放棄して、帰ってきたのは。それについて聞きたいことがある、御同行願いたい」
殿下の任務を放棄して帰ってきた奴、あのとき馬で逃げた奴らのことか!?
笠松「無論、縄についてくれるよな?」
相手の人数は家に3人、外にも複数人、ここで刀を抜いて逃げることが叶っても人質を取られている。
選択肢の余地などなかった。
善蔵「クソ・・・」
笠松が合図を出すと、後ろの1人が拘束のために私の後ろに回ろうとする。
その瞬間、私は刀を抜き、拘束しに来た人間を斬りふせる。
一太刀の元、そいつは絶命した。
笠松の後ろの人間が狼狽えていたが、外にいたものを2人呼び出す。
笠松「なんのつもりだ、人質がいることを忘れたのかね」
忘れていない、だが別のことを忘れていた。
私は、今あの宝石を所持している、こいつを使えば、何人相手だろうと、城の人間がまるごと相手になろうと勝てる!!
ここを乗り切り!イフリートを呼び出し、城まで押しかける!何だったら城を破壊してもいい!
こうなれば堕ちるところまで堕ちるしかない。
善蔵「なあ、私は剣には覚えがあるんだ、ここは一度増援を呼びに戻った方がいいんじゃないか?」
会話して情報を与える必要はない、こいつらを一度追っ払う!!
笠松「必要ない、だから私が呼ばれた」
刀を抜く笠松、その所作は自身に溢れている。
こいつ、ただの奉行所の人間じゃないな。
立ち振る舞いに余裕がある、負け知らずの顔だ。
だが、私だって、戦場をいくつも経験している。
その顔がいつまで保つか、試してやる。
笠松が二人の部下になにやら耳打ちしている。
その耳打ちを聞き、部下2人も刀を抜く。
善蔵「おいおい、一対一の戦いじゃないのか?武士道として、それは卑怯に当たるんじゃないか」
笠松「武士道など、戦場では足枷にしかならん。そんなものは犬にでもくれてやれ」
目的のためなら手段は選ばない手合いか。
さて、どう来るか。
相手は上段で構えている、私は下段で構えることにした。
大丈夫だ、こんな狭い屋内じゃあ、刀が振れる人間の人数は限られている。
一対一で刀を振り合う分には問題ないのかもしれんが、同じ方向の人間が刀を振るのは広さ的に無理だ。
だから一対一で勝ち続ければ勝機はある。
相手の出方を伺う、疲労と眠気で長期戦は不利、ここは一芝居打つことにした。
対峙してどれくらいたっただろうか、先程から眠気が私を襲って来ていたが、ついに目を閉じすぎてしまう。
その瞬間を見逃さなかった、笠松は刀を善蔵に対して振り下ろした。
掛かった!!
笠松が踏み出した音が聞こえた。
刀の尺は事前に目測している、後は目を開けた時の反応で避け切れる!
目を開け、私めがけて振り下ろした刀を避け切る。
後は下段にしている刀を振り上げ、こいつの首に一太刀入れるだけ!
取った!!
振り上げようとした瞬間、笠松は刀を振ったあと、そのまま私に体当たりを仕掛けて来た。
しまった!!この距離だと切り上げても致命傷にならない
刀を振り上げてはみた。
だが体に少し、切れ目を入れてやるのが限界だった。
血が少し出る程度で致命傷にはならない。
笠松は体当たりで私をそのまま壁に激突させた。
一瞬意識を失いかけるが、追撃の太刀が見えた。
本能で太刀を受け切ることに成功したが、壁を背負っての鍔迫り合いになる。
笠松「今だ!足をつけ!」
その合図で後ろの2人は持っていた刀を捨て、腰につけていた短刀に持ちかえる。
待て待て待て、不味い不味い不味い。
今この瞬間にも短刀に持ち替えた二人が私目掛けて向かってくる。
考えろ!この鍔迫り合いをどうするか。
蹴りを入れる?ダメだ、それだと押し負けてそのまま切られる。
頭突きを食らわす?ダメだ、刀の方が先にあるのにどうやって食らわせるというのか。
鍔迫り合いに押し勝つ、それができればもうやっている!
どうする?どうする?どうする?
気がつけば、私の両足には2本の短刀が刺さっていた。
善蔵「クッソッッッッ!!??」
痛みで立てなくなった私はその場で倒れてしまう。
焼けるような痛み、血が抜けていく。
ダメだ、意識が意思とは関係なしに薄れていく。
せめて、この宝石を何処かに隠さなければ。
善蔵は疲労と睡眠不足、出血でとうとう意識をなくした。
次に目を覚ましたのは、牢屋であった。
手足は縄で縛られている。
こんなものなくたって動けないと言うのに。
足に刺さっていた短剣は抜かれている。
止血はされているが、上等なものではなかった。
死なない程度の止血だ、痛みはまだあるし、このままだと膿んでしまう。
どっちにしても助かる見込みなどもうないだろう。
せめて、息子と妻を助けられないか考えたが、あの宝石でどうにかイフリートを呼ぶ、それしか思いつかなかった。
懐にあった、宝石は取り上げられているのだろうな。
意識が目覚めて、しばらくすると誰かが近づいてくる足音がした。
時間を稼いでどうにかなる話ではないが、気絶したふりをすることにした。
誰かわからないそいつは、私の牢屋の前まで来た。
様子を見ているのか、音がしなくなる。
気絶したふりをしていたのだが、結局牢屋の扉が開かれる。
私は動じず気絶したふりを決め込めことにした。
笠松「貴様、起きているな」
足の短剣が刺さっていた場所を踏まれる。
激痛で泣きそうになりながら叫んだ。
何しやがるクソジジィ!!と内心思っているが、不利になることは言えない、叫ぶまでに収めた。
笠松「フン、狸寝入りとは、儂も舐められたものよ」
私を負かしたおっさん、どうやらこいつが拷問するらしい。
笠松「今の内に喋っておけば痛い目を見ずに済むぞ」
そうかもしれないが、私が死ぬのはいい。
だがそれで家族が死ぬのは許容できない。
善蔵「なあ、私の持っていた宝石はどうした、大切なものなんだが」
探りを入れてみることにした、あんな珍しい宝石、見つけた奴に取られたか、報告されているのであれば殿のところまで行っているだろう。
笠松「質問するのはお前じゃない、儂だ」
答えてはくれないらしい、あまり期待はしていなかったがな。
笠松「あまり時間がないのでな、手短にやらせてもらうぞ」
おーい、と笠松が牢屋の外にいるらしい誰かに呼びかける。
その声と共に牢屋の外にいた人間が中に拷問具を運び込む。
鞭やら鉄の棒、縄、巨大な金槌、ペンチ、なんでもござれだ。
これが今から自分に使われると思うと寒気がする。
それだけ運び込むと、そいつらは帰っていった。
笠松「さて、この中でどれがお好みかな?」
そんなこと私に聞くな!
笠松「じゃあ、まずはこれからかな」
笠松は腰に帯刀している刀を抜き、短刀が刺さっていた場所にもう一度刺した。
善蔵「ガァァァァァァァァァァ!!!???」
なんてことをしやがる、また出血し始めた。
続いてもう片方も刺された。
笠松「ほら、止血するぞ」
砂を傷口に振りかけられた。
笠松「これで話す気になったか?」
話したかったが、言っても信じてもらえないので黙り込む。
笠松「そうか、じゃあ次は少し痛みのレベルが上がるぞ」
笠松は巨大な金槌を持つと、それを私の足に振りかざした。
その金槌は私の足の骨を粉々にするには十分であった。
それを両足にされたせいで、私の足の骨は粉々になっていた。
それでも私は死ぬ覚悟が出来ていたため、叫びはしたものの、殿下やあの話は出さなかった。
笠松「うぬ、これでも話さないか、ではそれなりの覚悟はして貰おうか」
その後も、爪を剥がされ、髪の毛を焼かれ、手の骨も巨大な金槌で粉々にされた。
笠松「こうまでされて吐かないとは、強情な奴だな、お前がこのようなことにならなければ部下に欲しかったぞ」
善蔵「じ、冗談だろ、誰があんたみたいな鬼畜の配下につきたがるんだよ」
痛さで頭がどうにかなりそうだ。
だが何をされてもどうせ死ぬということを考えれば多少気持ちは楽であった。
笠松「ほう、まだ強がる元気があるか、明日はもっと苦痛を与えよう、楽しみにしているんだな」
笠松はそう言い残し、牢屋を去っていった。
せめて縄を解いて行けよ。
どっと疲れが押し寄せてきた、まだ縄で縛られているが、あいつがいないだけで随分マシだ。
明日はもっと苦痛を与えるだと?
今日より痛いことをするから楽しみにしてろだと!?
ふざけやがって、あの野郎絶対楽しんでやがる。
いっそのこと死んでしまった方がいいのではないだろうか。
しかし、それでは妻や息子はどうなってしまうのか。
宝石の行方が分からない以上、打開策など思い浮かばない。
今はただ、耐えるしかなかった。
手と足の骨を粉々にしやがって、これ元に戻るのか?
そんなことを考えていたら涙が出てきた。
これはいけない、心が死んでしまう、落ち着け、私はこの後はどうせ死ぬんだ、体がどうなろうと構わないんだ。
そう言い聞かせることで心の平穏を保つことにした。
翌日。
水をかけられて眠りから目を覚ました。
痛みと、冷たさと、これから行われるだろう、非道のせいで気分は最悪であった。
笠松「目が覚めたか」
手に桶を持っていた、殺してやりたかったが、それができる状態ではない。
笠松「さて、今日は趣向を変えようと思ってな、ある人を連れてきたんだ」
笠松が声をかけると、牢屋の外から違う人間が、私のよく知る人を連れてきた。
そいつは、牢屋に入るなり、私に駆け寄って来た。
善道「父上なのですか!?なぜこんなに酷いお姿に!?」
息子の善道であった、笠松はどうして連れて来たのだ。
本当に嫌な予感しかしなかった。
善道「父上を離してください!ちゃんとした手当をしないと!」
笠松「それはできない、今は拷問中だからな」
善道「なぜです!?父上は悪いことをする人ではありません!立派な侍です!実際父上が何をしたのですか!?」
笠松に詰め寄っていく、善道。
やめるんだ善道!そいつを刺激してはいけない!?
笠松「君は立場がわかっていないな」
笠松は善道の顔に手を当てて押すと同時に足をかけて仰向けに転ばせた。
そのまま両足で腕を抑え、動けない状態にした。
善道はここに来るまで状況がわからなかったし、なぜこんなことをされるのかわからなかった。
善道「な、何を!?」
笠松「質問するのはこっちなんだよ」
腰にある短剣を抜く。
善蔵「何をする気だ!?息子には何もするな!」
笠松はニヤリと笑う。
笠松「やはり、趣向を変えて正解だったな、君の焦る表情がようやく見れた」
不味い、この状況から後にされることは容易に想像がつく。
笠松「君の息子は、剣術道場に通っているようだね、そこの師範に聞いて来たんだが、将来は父上のような立派なお侍さんになりたいだとか」
笠松は抜いた短剣を振り上げた。
善蔵「やめろおおおおおおおおお!!!!!!」
その短剣は善道の手を貫いた。
善道「アアアアアアアアアアァ!?!?!!」
善道は痛みに涙した、どうしてこんなことをされなければならないのか、どうにもできない自分の非力さにもであった。
笠松「さて、これで少しは立場がわかっただろう」
容赦なく、短剣を抜く笠松。
善道の掌からは血が流れていく。
笠松「これくらいならまだ剣術にはあまり響かないかもしれないが、まだ体に穴が空くようなら保証はできんな」
善道「ひぃっ!?」
善道はさっきまでの勢いはなく、完全に怯えきっていた。
私はどうすればいいのか、わからなかった。
言っていいものなのか、だが言わなかったらさらにあの短剣が息子を貫いてしまう。
笠松「やれやれ、迷っているようだ、ならもっと話しやすいようにしよう」
更に短剣を振り上げ、もう片方の手にも刺した。
善道「痛いィィィィイイイィィィィイイイ」
もはや、ただの泣きじゃくる子供であった。
仕方のないことだ、大人でも耐えられるようなものではない。
それを十歳の子供が受けているのだぞ!!
息子がむせび泣く有様をもう見てはいられなかった。
善蔵「わ、わかった!話す、話すから息子を離してくれ!」
笠松は短剣を引き抜く。
笠松「それは貴様が本当のことを話すかどうかだな」
私は、可能な限り話した。
黒い化け物のこと、殿下が飲み込まれ、何人かの親衛隊が先に逃げたこと、婆さんのこと、宝石のこと、部隊は全滅したこと。
全部話し終えた頃には結構な時間が経っていた。
善蔵「荒唐無稽な話だが、本当の話なんだ!信じでくれ!」
笠松は思案顔になった、信じでくれたか?
笠松「仮にその話が本当だったとしよう」
短剣についている血を拭いて、立ち上がる。
笠松「殿下は死んでいることになり、君の家族どころか、部隊の親族が死罪に値するだろう」
善道は泣きじゃくったままで、事態に気づいていない。
笠松は短剣ではなく、腰にある刀を構えた。
善蔵「やめろ!頼む!後生だ!やるなら私にしてくれ!!」
そんな言葉も虚しく、刀は善道に振り下ろされた。
首を切られ、さっきまで響いていた泣き声が一瞬で静まる。
その涙に濡れた顔は私を見つめていた。
その目はどんどん光を失っていき、やがてどこを見ているのかわからなくなった。
善蔵「ウァァァァァァああああああ!!!!!」
私の息子が、こんなおっさんに殺されてしまった。
許せない、許せない、こいつだけは!
殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる!
善蔵「笠松ゔゔゔゔゔゔぅぅぅぅぅ!!!!!」
ありったけの憎悪の気持ちを名前にして呼ぶ。
笠松「今日の拷問は以上だ、次はもう少し、まともな嘘を考えるんだな」
刀を拭くと閉まって、牢屋から出る。
笠松「明日は城に連れて行く、殿が直接に話を聞きたいらしい、そのときは貴様の妻も連れて行く、その意味はわかるよな?」
笠松は牢屋から出て言った。
奴が出て行った後も憎悪がしばらく収まることはなかったが、夜になると悲哀に満ちた。
善道は何もわからないまま殺されたのだ。
そして、遺体であるその目がずっと私を見てくるのだ。
どうして、殺されなければならなかったの?将来父上のような立派な侍になりたかったのにと語りかけてくるようで、私の心を壊れかけていた。
どうすれば良かったのだ、あの状況を。
どうにもならなかった、どうかこんな不甲斐ない父親を許してくれ。
いつしか憎しみは悲哀に、悲哀は懺悔に変わっていた。
翌日。
眠れるわけがなかった、一睡もできない状態で朝を迎えてしまったようだ。
息子の首からは蛆が湧いていた。
昨日から蝿がたかっていたから心配はしていたが卵を埋めつけられ、それが孵化するところまで見せられるなんて・・・
もう限界だ、ここは地獄だ。
笠松が部下を引き連れ、やってきた。
牢屋の鍵を開け、入ってくる。
そいつらは私の縄を解き、連行しようとするが、私にはもう歩き気力すらない。
笠松「構わん、引きずって連行しろ」
笠松の部下は、私の胴体に縄を引きずって行けるように巻いた。
善蔵「なあ、息子を弔ってやってくれないか?あの子をは何も悪くない、何も知らずに死んでいったんだ」
このまま息子を野ざらしにしていくのはあまりに不憫であった。
だからお願いをした、私だって今まで殿のために少なからず戦で貢献してきたはずだ。
これくらいの願いは許されるのではないだろうか。
笠松「ダメだ、あれは野ざらしにしておく。あれは貴様のせいで惨めな姿で晒されていると知れ」
ああ、そうか、こうなってしまったのは私が悪いのか。
その後は笠松の部下に縄で引きずられながら城下を行く。
城に行くまでに、大衆の好奇の目に、晒される。
身体中に痛みが走っている、骨を砕かれ、爪も剥がれて、頭も髪も焼かれ、火傷をしている。
だがその痛みさえどうでもいい、私は息子を死なせたのになぜ生きているのだろう。
城に到着すると、庭に連れていかれた、きっと城の中に入れたくないのだろう。
庭の地面は砂利で出来ていた。
胴体に巻かれていた縄でまた手足を縛られた後に城に向くように座らされた。
そんなことしなくても、骨を砕かれているため、何もできないというのに、用意周到なことだ。
それから殿が出てくるまで待った。
隣には笠松と2人の部下がいた。
笠松「おい、善蔵なにか食うか?」
笠松から初めて、人間らしい言葉を聞いた。
笠松「恐らく殿との謁見の最中か、その後に貴様は死ぬだろう、最後の晩餐だ、好きな物を食わせてやるぞ」
そういえばいつから食べ物を口にしていないのだろうか。
最後に物を口にしたのは、家に帰る最中で立ち寄った村で食べた・・・なんだったか。
まるで遠い昔のように思い出せない、だがそんなことは関係はない、返す言葉は決まっていた。
善蔵「貴様の施しは受けない、例えここで死ぬとしてもだ」
唇はひび割れ、唾液が出なく、力が入らなくても、こいつの施しだけは受けてはならない、それが息子に対してできるせめてもの・・・
笠松「そうか」
そこで会話は終わった、やがて太鼓の音が聴こえてくる。
頼信様のおなーりーという甲高い声が太鼓と共に響く。
そこに介してる一同が頭を下げる。
私は下げる気がなかったが、隣いる笠松に手で頭を掴まれ無理やり頭を下げられた。
頭を下げられているため、確認できないが、一同が頭を下げる場面で足音と服の擦れる音が聞こえるため、頼信公が出てきたのだろう。
頼信「笠松、そこの者、面を上げろ」
笠松「ハハッ!」
それと同時に頭を上げさせられた。
頼信公は縁側に座っており、煌びやかな服装で踏ん反りかえっていた。
その目はそこにいるもの全てを見下したような目をしており、この人間の雰囲気がこの中で1番位が高いことを思わせる。
頼信「して、笠松よ、この者の口を割ることは出来たのか?」
笠松「いえ、それがまだです。荒唐無稽な話しか吐かなかったので、さらに此奴の妻を使って尋問するつもりです。此奴は体を刻むよりそっちの方が覿面のようで」
こいつは、まだ私から大切な人を奪おうと言うのか!?
睨みつけてやるが、こっちを見ようともしない。
頼信「確かにそちらの方が覿面のようだな」
頼信公が笑う、なにがおかしいのか、おかしいことなど1つもないと言うのに。
頼信「笠松、この者の尋問、ワシがやるぞ」
笠松「しかし!?」
頼信「二度まで言わせるな」
笠松「仰せのとおり」
どうやら笠松は、頼信公の言うことには逆らえないようだ。
つまり、頼信公さえ、どうにか出来れば、まだ妻を生かすことはできるかもしれない。
善道、助けられなくてすまない、だが今は母上を助けるために頑張るから、どうか力を貸してくれ!
頼信「さて、そこの者、なぜ本当のことを言わぬ」
とうとう私に聞いてきた、ここからが勝負どころだな。
善蔵「違うのです、頼信様、全て本当のことなのです」
笠松「貴様、まだ言うか!?」
頼信「よい、話してみよ」
笠松「殿!?」
頼信公に手で諌められる笠松。
頼信公「話せ」
善蔵「わかりました」
私は笠松に話した内容と同じことを話した。
それを話し終える頃には夕方になっていた。
頼信公はその間、ちゃんと耳を傾けてくれた。
もしかしたらいい人なのかもしれない。
頼信「それで全てか?」
善蔵「はい、全てです」
頼信「そのような与太話をよもや、私に信じろと言うのか?」
さっきまで調子が良かったものの、雲行きが怪しくなってきた。
善蔵「ま、待ってください、私が持っていた宝石があるはずです。あれを使って実際にイフリートを呼び出しましょう、そうしたらわかってもらえるはずです」
これで呼び出せれば、城をぶっ壊して、笠松もぶっ殺して、妻も助け出せる、一石三鳥くらいある。
だが、持っていなければ、どうにもならない。
頼む、誰か持っていてくれ。
頼信「貴様が言う、宝石というのはこれのことか」
頼信公が下僕に命じて持って来させたのは、小さな箱であった。
金の装飾がされており、如何にも高価な物が入ってますよという箱だ。
中から取り出したのは、私が知っている、石の中で炎が燃えている宝石であった。
頼信「美しいよのぉー、炎が石の中で燃えているが如く、光を発しておる」
私から盗んだくせに、自分のもののように大切に保管しやがって、一国の主がまるで盗人のようだ。
善蔵「殿、それにまた価値を上乗せできるのですよ。今度は戦力として、あれだけの力があれば、殿の天下統一も夢ではありません!」
頼信公は思案顔になる、当然だ、天下統一と言われて考えない一国の主人など、滅びてしまえ。
頼信「して、そのイフリートとやらの呼び方は?」
かかった!?
にやけそうな顔に力を入れて、平静を装う。
善蔵「石を振るのです。そうすれば出ます」
ここで嘘をつくことにした、本当に呼び出されたらどっちに主導権があるのかわかったもんじゃない。
頼信公は、さっそく宝石を振り始めるが出るわけがない。
頼信「出ぬぞ」
善蔵「そんなはずありませぬ、やり方は正しいはず」
驚いている振りをする、ここで人勝負しないといけない。
善蔵「私にやらせて頂けないでしょうか?」
頼信「いいだろう」
即答だと!?
笠松「殿!!お戯れが過ぎます!!」
笠松も我慢の限界らしい、流石に私も今のはどうかと思う。
頼信「問題ない、おい、此奴目の妻を連れてこい」
人質として使うつもりか。
下僕「殿の命令だ!今すぐ連れてこい!」
殿は下僕に、下僕は更に下の人間に命令をする。
下僕を両脇に抱えて、出てきたのは、雪であった。
見間違うわけがない。
頼信「・・・美しいな・・」
下僕「・・はっ?」
下僕がよくわからない顔をしていた。
雪はなにがなんだがわからない様子であったが、私と目が合うと、飛び出してこっちにやってきた。
雪「善蔵さん!?」
下僕「貴様!?殿の御前で無礼であるぞ!」
頼信「よい」
下僕は、飛び出した雪を押さえつけようとしたが殿に止められてしまった。
頼信「・・・健気だ・・」
下僕「?????」
下僕はもはやなにもわからなかった。
雪は私のところまで来ると抱きとめてくれた。
足と手の骨が砕かれているため、痛かったが、雪が与える痛みならむしろ心地良かった。
なにより容姿が凄く変わっているのに、直ぐに気づいてくれて嬉しかった。
雪「どうして、善蔵さんがこんな」
善蔵「すまない、雪、迷惑をかけて」
雪「あなたはきっとなにも悪くないのでしょう?」
その優しい声で、涙が出た、枯れたとばかり思っていたのだが、まだ出るらしい。
雪「夫がなにをしたのかわかりませんが、これ以上、傷つけるのはやめてください!」
殿に正面から訴えかける。
笠松「平民風情が、殿に意見するとは、少々度がすぎるぞ」
頼信「よい、笠松、好きにさせよ」
笠松も下僕と同じでよくわからなかった。
殿はこんなに穏便な性格であったろうか?
頼信「いいだろう、雪とやら、其方らを傷つけない条件を二つだそう。どちらか一方でも成し遂げることができたなら、ワシは其方らを傷つけはしないよ」
一同、驚愕であった。
助かる可能性が出て来た!?
一縷の望みが出来て、期待しないわけがない。
頼信「一つ目の条件は、そのイフリートを召喚して見せよ、そして私の前で力を示してみよ」
どうやら、話は信じてもらえてないようだ。
そうじゃなければ、イフリートを出せなど言わないだろう。
笠松「殿!?殿下の御身が危ういかもしれんのですぞ!?」
笠松は、殿下の身の安全より、イフリートを優先させるのが、理解できないようだ。
頼信「よい、この者の言う話ではもう死んでいると言うのだ、あやつもワシの息子じゃ、死ぬ覚悟ぐらいはしていよう、それに無事であるなら自分で帰ってこれよう」
なんなのだ、こいつは、自分の息子が死んだのに、他人のことのようだ?
頼信「まずは人質を取らせてもらおうか、本当に召喚されて暴れられてしまっては困るからな」
イフリートは自然発火させることができるのだ、その行為に意味はないのだ。
内心、ざまあみろと思ったりする。
頼信「さて、雪はこちらに来てもらおうか」
頼信は近くに雪を呼ぶ。
抱きとめている腕を離し、立ち上がる雪。
善蔵「雪・・・」
雪「大丈夫よ、善蔵さん、ここを乗り切って、今まで通り、3人で暮らしましょ」
私に微笑みかけてくれる、だけど、雪、もう善道はいないんだ。
雪は歩いて、頼信公の下まで行き、そこで座らされる。
頼信公は刀を下僕から貰い、その後の宝石を私のところに持って行かせる。
隣の笠松が、私の腕の縄を解いでくれる。
しかし、手の骨が粉々な為、上手く受け取れるかどうか。
下僕「受け取れ」
腕の骨は健在なので、どうにか、2つの手を重ねてそこに宝石をのせてもらった。
だが何故だろうか、前に触ったときより力を感じない、全く呼び出せる気がしなかった。
落ち着け、気のせいだ、ここで呼び出せなければ、次にどんな条件を出されるか。
そもそもここで呼び出せることができれば、主導権はこちらにある。
言うことを聞く必要もないのだ。
私はイフリートを呼び出す為に目を瞑った。
だがいくら祈ったところで、反応がない。
善蔵「イフリート!」
試しに声に出してみたが、何も起きない。
何故だ、何故何も起きない。
血の気が引いていく。
笠松「ダメなようだな」
思わず目を開けて、笠松を見る。
それは哀れむような目であった。
まるで、私が嘘をついて馬鹿な行為を行なっているような。
笠松は私から宝石を取り上げる。
善蔵「ま、待ってくれ、まだ試したいことがある、そうだ、もしかしたらイザベラの力か、ミーシャの力が必要なのかもしれない、あいつらに聞けば!?」
笠松「そいつらの力が必要だとして、そうしたらお前はいらないだろう」
腕の力が抜ける、ダメだったのか?
笠松は頼信公の下僕のところまで行き、下僕の持っていた箱に、宝石をしまい直す。
笠松は私の横に戻る。
失敗した・・・・?
打開策など、もうない、後は頼信公の最後の条件に望みを託すだけであった。
頼信「どうやら失敗したようだな、では最後の条件だ」
頼信公は中腰で雪に近づき、腕を引いて自分に近づけた。
私は立ち上がろうとするが、足が縛られている為、そのまま顔を砂利に沈める形になった。
雪「な、何を!?」
頼信「ワシの妃になれ」
頼信公以外の全員が驚いていた。
笠松「と、殿!それは許されませんぞ!相手は平民ですぞ!名のある方ならともかく、そんなどこの馬の骨と知れぬ者を妃として迎えるなど!それに今の妃になんと言い訳するのですか!?」
何を言っているのだ?頼信公は?私の妻だぞ?茶屋で働いているのを、通い通して、時間をかけて、心を許して貰ったんだぞ?それを、それを!?
頼信「あやつには私から言う、問題ない、何よりこの国で一番偉いのはワシだ。ワシが言うことに従わない奴はいるわけがあるまい」
笠松「平民のお手付きですぞ!?この国の一番たるお方が!?何故そのような」
頼信「笠松、少し黙れ」
笠松は口をあんぐりさせたが、どうせ逆らえないと思ったのか、黙り込んでしまう。
待ってくれ、貴方が黙り込んだら、誰があれを止めると言うのか・・・
頼信「して、雪はどうする?これがワシの出す最後の条件だ」
雪「な、何故私なのですか?貴方様には奥様もいらっしゃる、女にも困ってはいらっしゃらないでしょう?」
頼信「あれはもうダメだ、抱く気にならん、やはり女は若くないと。それに息子がいなくなった今、早く新しいのを用意せねばなるまい、そして何より其方は美しい、ワシが抱くに相応しいのだ」
頼信公は雪の顔に手を添えて、頰を撫でる。
やめろ!やめてくれ!心が壊れてどうにかなりそうだ。
雪は私を見る、私も砂利に顔を突っ伏した状態で見返す。
私は何も言えないでいた、この条件を断っても、私は死んでしまい、雪はどうなるかわからない。
しかし、この条件を飲んでは、私とは一生会えないだろう。
雪は考えた後に次の言葉を告げた。
雪「条件があります」
頼信「ほう、聞こう」
雪「夫の善蔵と、息子の善道の生命、及び安全を約束してください」
なんてことだ、善道はもう死んでしまっている。
頼信「息子の命だと?おい、笠松」
笠松「はっ!?」
笠松は少し怯えている様子であった。
頼信「先日、貴様は人質として息子を使いたいと言っていたな、許可はしたが、どうなった?」
笠松「はっ!!恐れながら、其奴らの息子は、尋問の為に斬り伏せました」
雪は衝撃の答えに空いた手で、口を抑える。
雪「な、なんてことを・・・尋問ではないのですか!?」
笠松「尋問には必要なことゆえ」
雪「人を斬ることが尋問に必要なことなのですか!?」
激情する雪に反して、未だに感情を露わにしない頼信公。
頼信「して、斬り伏せたと言ったが、命はあるのか?」
笠松「・・・死にました・・今は牢屋で晒されております」
頼信「そうか、ということだが、夫一人は助けられるぞ、どうするか?」
バシンと頼信公の言葉を遮って、大きな音が響いた。
雪が頼信公に平手打ちをお見舞いしていた。
笠松「貴様!?」
笠松は腰の刀を、下僕は短剣を取り出し、雪に襲い掛かろうとするが、頼信公によって、静止される。
喋っているときに叩かれたせいか、口から少し血を流していた。
頼信「では、妃になるつもりはないのだな」
雪「息子を殺し!!夫をこんなにまで痛ぶった人の妃になれ!?死んでも嫌よ!!」
頼信「そうか、それは残念だ」
雪を抱き寄せるときに下に置いた、刀を拾い上げ、刀身を抜き、鞘を捨てた。
頼信「何か言い残すことはあるか?」
頼信公は刀を構えた。
善蔵「頼む、後生だ!!やめてくれ!私はどうなってもいい!!雪も妃として娶ればいい!!だから!だから!」
顔を砂利に突っ伏しながらも、足で縛られようが関係ない、少しでも雪に近づこうと、前に進む。
雪は振り返り私を見た。
雪「善蔵さん、私に楽しいことや、家庭を持たせてくれてありがとう、愛しているわ」
にこりと最後に私に笑顔をくれた。
その次の瞬間、頼信公の刀が振り下ろされた。
雪は背中を大きく切られ、縁側から砂利に落ちた。
砂利に落ちた後もその顔は私をずっと見ていた、さっきまでの笑顔ではない、その目の光は徐々に光を失いつつあった。
あの目だ、善道と同じく、命がなくなっていくにつれて、同時に目の光がなくなっていく、あの目。
出会った頃はいつだっただろうか、そうあれは最初の大戦から帰還したときだった、大きな戦だったが、命からがら生き延びた。
腹が減りすぎて、近くの茶屋に入ったときに、雪がいた。
とても華奢で、可愛くて、綺麗で、思わず私は彼女に可愛いと口に出して言ってしまったんだ。
そうしたら彼女は顔を真っ赤にして、店の奥に引っ込んでしまったんだ。
雪を目的に来てる客も多くて、そのときは殴られまくったな。
それから私は戦で生きる目的が、雪に変わっていったんだ。
戦があってもなくても、暇があれば雪がいる茶屋に通った。
善蔵さんと初めて、名前を呼んでもらえたときは帰路で、鼻歌を歌って帰った。
初めて、店の外で遊びに行く約束を取り付けたときなんか、喜びすぎて井戸に落ちたときもあった。
結婚を申し込んで、了承を得たとき、近所に自慢しまくってやった、美人の嫁さんを貰った!お前の家の嫁さんより美人だと自慢して回った。
雪と一緒に暮らし始めて、悔しそうにする近所の旦那と嫉妬した嫁にぶん殴られるのを見て、雪と笑い合った。
初夜のとき、私は雪の体見たくて、蝋燭を消そうとしなかったが、雪は恥ずかしいから消してほしいと言った、そうあれが初めての夫婦喧嘩だった。
結局私が折れたが、暗闇の中でも雪は美しかった。
善道が生まれるとき、あの華奢な体で出産に耐えられるのか心配で、私が嘔吐してしまった。
雪が出産するのに、逆に雪に心配されてしまった。
そうだ、あんなことも、あったな雪、善道に剣術を教えてるときに私がずっと勝ってしまうから、善道が泣いてしまったときだ、何故か雪に説教されてしまい、私が泣かされそうになったときもあったな。
まだ、あるんだ、雪、これからだって、雪がいないと、雪がいたからこんなに楽しい日々があったんだ。
雪、雪、雪。
気づけば、雪の目の光は消え失せ、黒く、もう私を見てくれてはいなかった。
善蔵「ダメだァァァアア!!!!!!!!!!!」
私は動けない状態であっても、もがき雪に近づこうとした。
痛みなど、もはや関係がない、そんなのはもう感じない。
今はただ、雪の命が消え行くのが許せなくて、足掻いた。
笠松「芋虫か貴様は」
笠松に頭を踏まれ、唇は切れすぎて、口から大量の血が出ていた。
頼信「馬鹿な女よ、ワシの女として、生きれば巨万の富と権力を手にしたというのに」
今こいつ、雪を馬鹿にしたのか?
善蔵「許さん」
頼信「ん?何か言ったか?」
善蔵「雪が!?そんなくだらない富や権力を欲していると思ったのか!?」
頼信「くだらない?富と権力がか?では貴様らはそのくだらん富と権力に殺されゆく、更にくだらん者だと言うことか?」
ハッハッハッと一蹴される。
善蔵「許さん、許さんぞ!!貴様だけは!!貴様だけは私が、俺が絶対に殺してやる!!!!」
頼信「もういい、笠松そのくだらない者を斬れ」
笠松「はっ!!」
善蔵「頼信ぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
笠松が刀を振り上げたときだった。
下僕持っていた、箱が光り出した。
下僕「ヒェ!?」
下僕はその箱を落としてしまい、中のものが露わにされる。
宝石だ、あの炎が中に閉じ込められたあの宝石がまばゆい光を発していた。
笠松「何が起きている?」
頼信「笠松、なんとかしろ!!」
イフリートは私の心に語りかけてきた。
イフリート「汝の怒りの炎に答えて召喚に参上した」
俺の怒りに反応して出てきたらしい。
イフリート「汝、力を欲するか?」
答えなど決まっていた。
善蔵「欲しい!!俺の怨讐を果たすための力が!!」
イフリート「仇を取りたいのだな、だがその石には微量な魔力しか残ってない、我を呼ぶ為の魔力はもう残ってはいないだろう」
善蔵「ならどうすればいい?どうすれば奴らを殺しきれる!」
姿が見えないが、イフリートが笑ったような気がした。
イフリート「そのためには、貴様に化け物になってもらう、先日の黒い泥から頂戴した不死性も付与できる、そう貴様は不死の化け物と化すのだ、それでも構わないか?」
そんな押し問答など必要がない、むしろ煩わしかった。
善蔵「早くしろ!!俺は、こいつらを!!今すぐにでも殺してやりたい!!!」
イフリート「いいだろう、ならば貴様の体、作り変えさせて貰うぞ」
宝石は宙に浮かび始め、そのまま、善蔵の元に進む。
笠松「何か不味い!」
笠松は宙に浮いた宝石を行かせまいと、手で掴む。
笠松「熱っつ!!」
あまりの熱さに、手を離してしまった。
笠松の手は爛れてしまった。
その間にも、宝石は善蔵の元に進み、近くまで行くと、善蔵と宝石を中心に炎の渦ができた。
もはや、周りは見守ることしかできなかった。
いったい、自分たちは何を見せられているのか。
頼信「いったい、何が始まろうというのか・・・」
数秒して、炎の渦から手が出てくる。
その手は骨であった。
炎の渦から徐々にその姿を表す、それはなぜ動けているのかわからない。
全身が白骨化しており、それでもなおその目には炎が宿っていた。
その目は憎しみに溢れていた。
骸骨「頼信ぅぅぅぅぅぅぅぅ」
どこから声を発しているのか、骸骨は一歩進み始めた。
頼信「も、者共!出会えええ!敵だあああ!」
城の中からぞろぞろと兵が出てきて、頼信公を守るように展開をする。
兵たちは刀を構えるが弱腰であった。
兵たち「なんだよ!あれ!なんで骨が動けてんだよ!?俺化け物退治したことないんすけど、刀で切れるんだよな!!あれ!?」
兵たちは動揺していた。
頼信「か、囲め!囲むんだ!化け物といえ、一斉に斬りかかればやれるはずだ!」
頼信公の指示に従い、兵たちは、骸骨の化け物を囲い始める。
しかし、誰も斬りかかろうとしない、皆怖がっていた。
知らぬ化け物が相手とは言え、士気は最悪であった。
頼信「何をしている!囲んだのならさっさと斬りかからんか!」
しかし、誰も頼信の言う通りにしなかった。
笠松「道を開けよ」
骸骨を取り囲んでいる兵たちの中を掻き分けて、笠松は骸骨と相対する。
笠松「よもや、化け物になってまでも儂らを討ち取りに来るとは、面白いやつよ」
笠松は刀を上段に構える、骸骨は笠松を見据えている。
そして、笠松はすり足で骸骨との距離を詰め、刀を上段から振り下ろした。
骸骨は避けようとはしなかった。
直撃である、しかし、切れるところか、刃は骨を両断することなく、止まっていた。
笠松「なにぃ!?」
その隙に骸骨はその手で笠松の頭を掴み、弧を描くように地面に叩きつけた。
その怪力は、もはや人間が成せる技ではなかった。
笠松の体中の骨は折れてしまい、動けなかった。
笠松「貴様・・刀で斬れぬとは・・卑怯だぞ・・」
骸骨は腰を折ると笠松の耳元まで顔を近づけた。
骸骨「犬にでもくれてやれ」
どうやらこの骸骨は、善蔵という元人間で間違いないらしい。
骸骨はそのあと、笠松の首に食らいついた。
しかし、その行為になんの意味があるのか。
食らいついて、咀嚼するが、ただ顎から、グチャグチャになった肉片が滴り落ちるだけであった。
頼信「な、何をしている!今の内に斬りかからんな!戦わないものは後日厳罰と致す!切れ斬りかからんか!」
その声と共に皆が斬りかかった、骸骨に複数人の刃が当たるが、やはりその骨を両断することはできない。
それどころか、骸骨は立ち上がり、その内の刀身を掴むと、引き寄せ、刀を奪う。
骸骨「お返しだ」
その握りしめた刀を引き寄せた人間の頭蓋に突き刺した。
兵士「ヒィィィィィィィイイイ」
兵士たちは怯えきっていたが、厳罰と聞いて、引くに引けなかった。
自分たちだけではなく、家族にまで厳罰が及ぶ可能性があるからだ。
兵士たちはこの骸骨に立ち向かうしかなかった。
そして気がつけば、庭は血の海であった。
逃げる者がいなくなるまで殺し続けた。
殺す者がいなくなった後は、城を探した。
だが残っている者はいなく、頼信の存在は影も形もないなくなっていた。
骸骨「頼信ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
骸骨は頼信公を探して、城を降り城下をさまよった。
そこでも歯向かう者は容赦なく斬り伏せた。
降りてきたときは、騒がれて、歯向かう者もいたが、もはや周りに人はいなくなっていた。
頼信を探すため、家屋に侵入した。
そこには成人の人間がおり、そいつも歯向かってきたため、斬り伏せた。
だがそいつを斬り伏せると、押入れから小さい人間と女が出てきた。
そいつらは泣きじゃくりながら、俺が斬り伏せた男の周りに身を寄せた。
その男のことを呼んでいるようだ。
やがてそいつらの視線が私に集まる。
憎悪だ、その目を知っている、誰に向けられるべきなのか。
違う、憎むべき相手は頼信なのだ、間違えている。
あれ?俺は・・・私は何をしているんだ?
だんだん頭で考えられるようになってきた。
視界には白骨化した手と血に濡れた刀であった。
その家屋には、珍しく鏡が置かれていた。
鏡を見ることで自分が骸骨の化け物になっていることを認識する。
そして、この刀の血、正面を見据える。
倒れた成人男性、私に憎悪の目を向けてくる成人女性と小さな子供。
私がやったのか?・・・こんなことを・・・
違う、こんなことを望んでいたわけではない、私は頼信を殺し、怨讐を果たそうとしただけで、こんな・・・こんな!?
これではまるであいつらと変わらぬではないか!!
子供と母親が、私を見ている。
その目は大切な人を殺されて、恨んでいる目だ。
やめろ、そんな目で、そんな目で私を見るな!!
違う、私じゃない、私はこんなことしない。
2人とも泣いていた、子供と母親の視線に私は耐えきれなくなっていた。
やめろ!!見るな、俺を見るな!!
子供は骸骨に言った。
「父さんを返せ、化け物」
骸骨「言うなあああああああああああああ!!」
骸骨は刀を投げて子供の顔を吹き飛ばした。
続けざまに母親に飛びかかるとその顔に噛り付いた。
その目がなくなるまで何度も、何度も噛み付いて。
頭部の原型がわからなくなった頃には、骸骨は考えるのをやめた。
エピローグ
ある国があった。
強い国で、周辺諸国に負けない力があった。
だかある日、首都が滅びたせいで、その国は滅びてしまった。
首都に不死の骸骨の化け物が現れ、無差別に殺戮を行うせいで、人が住めなくなったせいだ。
首都以外にも、その国の占領地はあったが、微々たるもので、首都が落ちたとわかると周辺諸国に攻め込まれ、あっという間になくなってしまいました。
その占領地を攻め落としたときに、その国の殿様もいたので話を聴くことができました。
殿様はこう言いました。
あの化け物が私を呼ぶ声が耳から離れない、どうにかしてほしいと。
だから、殿様首を刎ねられました。
これで呼び声に悩まされずにすむだろうと。
一方、その首都は、誰も近寄らなくなりました。
爆弾や、大砲を使ってもその化け物は死ななかったため、諦めたのです。
幸い骸骨の化け物は、首都を彷徨い続けるだけのようです。
その理由は恩讐を晴らすために死んだ殿様を探していて、首都から出ることがないみたいです。
しかし、その城の城主は殺されてしまったため、骸骨の化け物は永遠に彷徨い続けるでしょう。
死んだ殿様が蘇らない限り、ずっと。
END