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黒くなる。  作者: 考楽手苦
1/2

一部




それを見つけたのは、山に山菜を取りに行っている時だった。

黒くて小さい人型の小動物みたいな生き物だった。

ここらではみない生き物だ。


源蔵「なんだ、こいつは」


しかし、その生き物は弱っているらしく鳴き声も弱弱しく、今にも息絶えそうだった 。


源蔵「可哀そうに、仕方ない、折角取った山菜だったが」


今日の晩御飯の山菜だったが、少し分け与えることにした。

なにを食べるかわからないため、とりあえず人参を与えることにした。

最初は先端を齧る程度だったが、美味しかったのか、元気よく、ガリガリ食べだしたのだ。


?「クポ!クポクポ!」


どうやらお気に召したらしい、人参にに夢中で齧りついている。


源蔵「よかった、元気になって、達者に生きろよ」


そういうと、村で待つ家族の元に歩きだす。

しかし、困ったことにさっきの生き物が後をついてくるのだ。

困ったなと思いつつ、しばらく歩いてれば帰るだろうとほっとくことに決めた。




源蔵「ただいま~」


1,2時間歩いてようやく家に帰った。

帰るや否や、どたばた騒がしく足音が鳴る。


春、小梅「お帰りなさい!お父さん!」


娘が私の帰りを出迎えてくれた、この瞬間が至福のときである。

愛する娘たちが、山菜を取りに行った、私を出迎えてくれる、そして愛するお菊が料理をしてくれる。

なんでもない日常かもしれないが、これが私にとって、なによりも幸せなことだ。


小梅「今日はなにが取れたの!?見せて見せて」


はしゃぐ小梅


源蔵「ふふっ今日はな、小梅の好きな人参が取れたぞ」


今日取ってきた人参をこれ見よがしに取り出し、小梅に見せてやる。

小梅は露骨に嫌な顔をする。


小梅「うげぇ~、お父さんそれ取ってこないでよ~」


その顔を見てつい笑ってしまう。


源蔵「小梅は本当に人参が嫌いだな、まったくさっきのよくわからん生き物を見習ってほしいな」


と言ったところで、春がいないことに気が付く、ドアが開けっ放しになっていたので外かと思い、戻ってみる

そこで先ほど耳にした、鳴き声が聞こえてきたのだ。


?「クッポ!クッポ!」


さっき餌をあげていた、謎の生き物がついて来ていたのだ。


源蔵「あ~こいつ、ついて来てしまったのか」


ため息まじりにどうするか考える。


春「お父さん、この生き物どうしたの?」


興味津々な娘がキラキラした顔で私に質問する、ああこの後の展開がわかってしまうからツライ。


源蔵「こいつな~森の中でお父さんが餌を与えたら懐いてしまってな」


頭をかく、この後の娘の言葉はわかる


春「お父さん!私この生き物飼いたい!」


いつもの流れだ。

ここはいつも通りに返しておくことにした。


源蔵「ウチで生き物は飼えないだろ?前も犬飼おうとしてお母さんにダメって言われただろう」


私は生き物についてどうも思わないのだが、お菊が犬や猫が嫌いらしく、毎回飼うことを諦めている。

今回も同じだろう。


春「大丈夫だよ、だってこんなに可愛いんだよ!きっとお母さんも気に入るよ!」


犬や猫がダメでなんでこんなよくわからない生き物がいいと思うのかわからなかった。

いつの間に玄関から出てきていた小梅も謎の生き物を抱いて春と小梅は懇願する。


春、小梅「お願い~お願い~お願い~お願い~」


二人の娘は目を潤ませて私におねだりをする。

娘のおねだりに弱い私は折れてしまう。


源蔵「うぅ、わ、わかったよ、お母さんにお願いして頼んでみよう」


そういうと娘たちの目が輝き出した。


春、小梅「本当~!?」


源蔵「ただし!条件が二つあります!」


手を取り合って喜び合う娘がパっと話を聞く姿勢になる。


源蔵「一つ!このよくわからん生き物の世話は春と小梅がするんだよ」


うんうんと頷く二人、目がクリクリしてて可愛いな~。


源蔵「二つ、ご飯のときに好き嫌いしないで食べるそれが約束できるならお父さんがお母さんを説得しよう」


春「やった!私好き嫌いないもんねー!」


はしゃぐ春、それとは正反対に余り嬉しそうじゃない小梅。


源蔵「どうしたーこれが約束できないと飼うのは許さないぞ~」


ちょっと意地悪気味に言った。


春「ホラ!あんたも約束できるでしょ!」


渋々だったが首を縦に振る、小梅。


源蔵「じゃあ、改めてお父さんと約束しよう」


左手を頭より上に、真っすぐ上げる。


娘二人もそれに習って、左手を上げる。


源蔵&春、小梅「春、小梅、はお父さんとの約束を守ります!」



約束を終えると、私は娘二人にご飯を作るのに使う薪を納屋から持ってくるように言った。

二人は二つ返事で答えた。

小梅は一目散に走りだした。

春は走り出す前に私の方に振り向いた。


春「お父さん!お母さんの説得よろしくね!」


そういうと春は小梅を追いかけるように、納屋に走り出して行った。

さて、ここからがお父さんの役目なのだが、正直自信はない。

前に犬を飼うときも結局、ダメと言われ飼えなかったのだ。

犬がダメでこのよくわからん生き物がいい理由が思いつかない。


しかし、娘たちの悲しい顔は見たくない。

ここで飼うことを許して貰えれば、娘たちのお父さんを見る目がもっと良くなるはずだ!頑張らねば!

足元でクポクポ言っている生き物を見る。


?「クポ!クポ~クポ!」


なにが楽しいのか、穴を掘っている、まるで犬だな。


源蔵「お前は楽しそうだなー」


今から、ダメ元でお菊と話し合うことになる。

憂鬱な私は足元の生き物の首根っこを掴み、家に入った。


お菊「おかえりなさい、玄関に随分長くいたわね、なにしていたの?」


私を出迎えてくれるお菊、山で取ってきた山菜の入った籠を渡す。


源蔵「ただいま、いやちょっと娘と玄関でな」


そこは大きな部屋であり、家族が四人分座れる机と椅子がある。


私は自分の椅子に座るとお菊は用意していた水で、籠に入った野菜を洗う。

何秒かの静寂のあと、私は意を決してお菊に話しかける。


源蔵「なあ、お菊。ちょっと話があるだけどいいかな」


話しかけると、お菊は振り返り私を見た、そのあとお菊の目がカッと見開いた。

正確には私の腕を掴んでぶら下がっている謎の生き物と目が合った。


謎の生き物はクポ!と能天気な鳴き声を出した。

あの様子からしたらダメそうだなー、娘たちよ、すまんと内心で謝ったが、そのあとのお菊の反応は予想とは大きく違った。


お菊「キャアアアアアアアアア!可愛いぃぃぃぃぃ!なにこの生き物、どこで拾って来たのよ!」


ドタバタと私に駆け寄るお菊。

近づくや否や、私の腕にしがみつく謎の生き物は簡単にお菊に奪い取られ、抱きかかえられる。


?「クッ、クポー」


手足をバタバタさせて私の方を見ている、助けを求めているのか知らないがもう少し耐えてくれ、南無三。

暫くじたばた抵抗をしていたが、諦めたのかお菊の腕の中で大人しくなった。

もうそろそろいいだろうと話を再び切り出す。


源蔵「あのな、お菊が生き物嫌いなのはわかるんだけどなー、これならお菊も大丈夫かなーってな」


遠回しに、飼いたいことを話す。


お菊「いいわよ、この子なら」


割とすんなりいった!?

内心では上手くいったと歓喜の気持ちがお祭り騒ぎだ。

これで娘たちも喜ぶぞ!


お菊「この子名前は決めたの?」


そういえば名前をまだ決めていなかったな。


源蔵「まだ決めてないなー、柴田とかはどうだ!」


ぱっと思いついた、カッコいい名前を言ってみたが、お菊には嫌な顔をされる、そんなにダメだったかな。


お菊「この子には可愛い名前でしょー、なによ柴田って」


カッコいい名前はダメか。

そうか、可愛い名前かー、それならずっとクポクポ言ってるし。


源蔵「クポでいいんじゃないか?」


さっきより安易な名前かと思ったが、お菊は喜んでいるようだ。


お菊「いいんじゃない、あなたの名前はクポよ、よろしくね」


お菊は笑顔でクポに話しかける。

クポは意味が分からずクポーと首を傾げている。

そこに春が薪を持って帰ってくる。


春「お父さん!あの生き物どうなった!?」


興奮気味で聞いてくる春。


源蔵「良かったな、名前まで決まったぞ」


笑顔で娘に名前まで決まったことを告げる。


春「それって・・・」


飼えることを察した春。


春「イヤッタァァァァアァアア!!」


先に来たのだろう春は、持っていた薪を放っぽりだして、まだこちらに運んでいるであろう小梅に教えに行こうとするが、その前にと私の方に振り返る春。


春「お父さん、ありがとう!大好き!」


源蔵「ああ、お父さんもだよ」


そういうと今度こそ、小梅の元に駆け出した。


娘や、お菊が笑顔になるならクポを飼うことにしてよかった。



私の住んでいる村は、総勢百数人からなる農村である。

村に住んでいる者のほとんどは、畑を耕してそこでできた米や野菜を育てて生きている。

私は畑を持っていないから、山で取れたものや、作ったものを売買して生きている、いわゆる商人だ。

お菊とは、行商をやっているときにこの町で出会い、ここで恋に落ち、一緒になった。

行商だったが、今ではここで定住している。

私はこの村が気にいってしまったのだ。

村の者は、畑でほとんど働いているため、山に行くことが余りない。

山で取れるものはほとんど私が独占できているのだ。

もちろん、私以外にも山に入る者はいるが、山で取れるものは物は、私に言ってくれればだいたい取ってきて物と交換するので、進んで入るものは少ない。

ここに住んでいる理由には、生活に困ることが少ないと言うのも理由だが、人も温厚な人が多い。

村長も困っている人が放っておけない人で、私が働くことに困っていたら、村長の畑で働かせてもらえただろう。

行商のときは色んな村に出歩いたが、ここは田舎の方だ。

しかし、ここより住みやすい村を私は知らない、他の村人もそう思っているに違いない。

私はきっと死ぬときはこの村で死ぬだろう。




その日の晩、私はクポに首輪を作ってやろうと、紐を使って首輪を作った。

自分では上手く作れたと思うが、気に入ってくれるかどうか。

そもそも動物にそんな感情があるのわからないが。

私は春と小梅を呼ぶ。


春「なに、お父さん?」


そういうとクポを抱きかかえながら春がやってきた。

その後に続いて、小梅が出て来た

私にも抱かせてと春の足元に寄り掛かっている。


お父さん「いや、簡単に首輪を作ってみたんだクポに付けてやってくれないか」


私は持っている紐の首輪を春に渡す。


春は片手でクポを持ちつつ、もう一方の手で首輪を受け取った。


首に結ぶために、抱いていたクポを床に下す。


小梅「私がやるー!私がやるー!」


小梅が春に渡したひも状の首輪を取ろうと手を伸ばす。

春は手にある紐を取られないように、手を上に上げる。


春「あんた紐結べないでしょー、私がやるから大人しく見てなさい!」


春が強く言うと、小梅はブーブー言いながら、首輪を取るのをやめた。

ごめんなー、小梅、お前にもやらせてあげたいが、春にもやらせてあげたい。

親心の複雑なことよ、小梅、すまん。

心の中で謝っておく。

そうこう考えてる内に、春がクポに首輪をつけようとするが、クポがジタバタ暴れる。


春「コラ!、暴れるな!」


あまりに抵抗するものだがら、春は足でクポを抑え込もうと足を上げる。


春「痛っ!?」


そのときだった、クポが春の足に嚙みついたのだった。

そのときに抑えていた力が弱まったのか、クポは一瞬のスキをついてどこか逃げて行ってしまった。


小梅「待てー!」


その逃げるクポを小梅は追いかけて行ってしまった。

こんなに抵抗されているところを見ると、クポが可哀そうに思えてきた。

首輪を作ったのは間違いだったのかもしれないな。


源蔵「大丈夫か?」


噛まれた程度だからなんともないと思うが。


春「大丈夫よ、これくらい」


なんともないことを見せつけるかのように軽くジャンプしてみせる。

見る限り、大事はなさそうだ。

奥では小梅とクポの騒いでいるのが聞こえる。

娘のどちらかが、また噛まれるのは許せんな。

そう思った、私は春に向って手を伸ばす。


源蔵「春、さっきの首輪を貸しなさい、私がつけるよ」


最後に私がつけてみようと思うが、それでも嫌がるようなら諦めよう。

首輪がなくてもクポの珍しい見た目なら、我が家のペットというのはわかるだろう。

春もまた噛まれるのは嫌なのか、すんなり渡してくれた。


私はそのまま奥の部屋に向かう。

小梅はクポと睨み合ったまま、バウバウ吠えている、犬のつもりらしい。

クポは小梅を睨みつけたまま、動かない。

俺は気にも止めないで両者の近づき、座る。

ピュィーイと口笛を吹いて、クポの注意を引く。

そうするとクポはこちらを向く。

私はこっちを向いたクポに手招きをする。

警戒してるかと思ったが、以外にすんなりとこっちに来てくれた。

小梅はこちらに向かって歩いているクポに対して吠えまくってる。

小梅よ、いったいどうしたいのだそれは・・・。

私の近くまで来たクポの頭を撫でてやる。

嫌がりもしないので、そのまま持ち上げて親父座りしている私の足の上に乗せてやる。


さて、ここからが問題だ。

私は手に持っている首輪を付けようと、クポに手を伸ばす。

クポはというと、俺を見つめたまま動かない。

大人しいので、そのまま首輪をつけた、予想に反してまったく抵抗されることはなかった。

さっきの暴れたのはなんだったのか。

小梅は首輪を付けたクポを見て、私も欲しいーという。

一応それは首輪だぞ、娘よ。


春「首輪結べた?」


後ろから春が近づいてくると私の近くで止まる。


源蔵「結べたぞ、しかし、なぜか暴れなくてな、拍子抜けしたぞ」


春「ふーん、お父さんクポに気に入られてんじゃない?」


私は目を丸くした。


源蔵「私がか?」


正直クポに気に入られるより、娘に気に入られたい。


源蔵「最初に餌をあげたからかもしれんな」


根拠もなにもないが、思い当たるのがそれくらいしかなかった。


春「いいなー私もクポと仲良くなりたいなー」


羨まし気にいう。


源蔵「大丈夫、それくらいしかないなら、これからクポと仲良くしていけば私より仲良くなれるさ」


これも根拠があるわけじゃないが、大人より、子供の方が家にいる時間は長いし、それなら、私なんかよりすぐ仲良くなるだろう

私は膝の上のクポをどかして立ち上がる。


源蔵「さあ、もう今日は寝よう、布団を出すのを手伝ってくれ」


押入れから、布団を出すのを手伝うように娘二人にいう。


春「うん、わかった」


春は押入れに布団を取り出しにいく。

小梅はというと私に何か言いたげにモジモジしている。


源蔵「どうしたんだい、小梅」


なにか言いずらいことかもしれない。


小梅「あのね、今日クポと一緒に寝たいの、だからね・・・」


なんだ、そういうことか。

クポが潰されるかもしれないが、まあ大丈夫だろう。


源蔵「いいよ、一緒に寝なさい」


それを聞くと小梅は目を輝かせて春と布団を敷きだした。

明日、クポについて村長に聞きに行こう。

流石になんの生き物か知らないままというのもな。

明日の予定を決めて、私も布団を敷きその日を終えた。





翌日


家の隙間から入る日の光で完全ではないが、目覚める。

寝ぼけながら体を起こす。

何秒か呆然として気が付いたが、クポが私が頭を置いてた横あたりで丸くなって寝ていた。

春にも言われて、半信半疑だったが、どうやら懐かれているらしい。

それはそれで少し嬉しいものだ。

私は布団を片付け始める。

お菊はもう朝食を作っているらしい。

私は家に溜めている水で顔を洗い、お菊と一緒に朝食を取る。


お菊「最近この辺りで落人がでるみたいよ、山に行くときは注意してね」


心配してくれるお菊、私に武術の心得なんてないし、襲われたらひとたまりもないだろう。


源蔵「大丈夫さ、逃げ足なら多少は自身があるんだ、心配はいらないよ」


商人をやっていたときに、各地を歩き回って足だけは鍛えられている。

もう随分前のことだが。

そして私はクポを拾いあげる。


源蔵「それに今日は山にでる予定はないよ」


今日は山に行く予定はないが、翌日以降はそうもいかない。

山に行かないと、収入がないので行かないわけには行かないのが現実である。

それを知っているお菊も行かないでとは言えない。

結局心配することしかできないのだ。

私は玄関で草鞋を履く。


お菊「行ってらっしゃい」


源蔵「行ってきます」


そして私は玄関からでた。



村長のところに向かう為に村を歩く。

クポを連れて歩いていると村人たちが興味津々に話しかけてきたり、クポと遊んだりした。

しかし誰もクポのような生き物は知らないらしい。

各地を歩いた私でさえ知らないのだ、そこら辺にいる村人に聞いてもわからないとは思っていた。

村長の家の周辺にある畑についた頃に虎次郎が畑作業をしているのを見つけた。

私が来たことに気づき、虎次郎は私に近づいてくる。


虎次郎「よう、久しぶだな!なんだようやくウチで畑仕事を手伝う気になったか?」


半笑い気味で話かけてくる。

気のいいやつで誰とでも仲良くなってしまう、いわゆるいいやつだ。

流石は村長の息子とも呼べる人間だ。

私はこの村でやっていくために、村長にお近づきになるのと同時に村長の息子の虎次郎とも仲良くしとこうと思い、打算で関わろうとしたころがあった。

しかし、関係を持ってみると、彼といると楽しくなってしまい、いつの間にか打算なしの関係までになってしまっていた。


虎次郎は私の足にしがみ付いているクポに気づく。

さっきまで村の子供たちと遊んでいて疲れてしまったのか、私の足にくっついて離れなくなってしまったのだ。


虎次郎「なんだ、このヘンテコな生き物は?」


虎次郎はしゃがみ込むと、クポを睨みつける。

クポも見られて警戒しているか、虎次郎を睨み返す。

しかし、直ぐに私の足を離して何処かに走り去ってしまった。


源蔵「いや、私も見たことがないから、虎次郎のお父さんに聞いてみようと思ってな」


虎次郎のお父さんは齢70になるよぼよぼの爺さんだ。

今の時代70歳も生きていれば何かしら珍しいものも見たこともあるかもしれない。

そう思って聞きに来たのだ。


虎次郎「あのよぼよぼの爺さんにか?もうボケ始めてるような年齢だからな、見たことあっても覚えているかわからんぞ」


ガッハハハと笑う。

ホントによく笑うやつだ、まったく。

この笑顔が村人全員を元気にしてしまうのだろう。

村長向きだとそう思う。


源蔵「元々ダメ元で聞きに行くんだ、別に知らなくてもいいさ」


クポを一日飼っただけだが、危険な生物ではなさそうだし、知能も随分高い。

仮になんの生物か知らなくても問題はないだろう。

虎次郎はそうかと納得し、畑作業に戻るといい立ち上がる。


虎次郎「まあ、何か困ったことがあるなら俺にいいな、力の限り助けてやるぜ、なんたって村長の息子!虎次郎だからな!」


冗談気味に笑う。

その笑顔にたまらず私も笑ってしまう。


源蔵「そうだな、そのときは頼むよ」


そういうと虎次郎は畑に戻っていった。

クポは何処かに行ったまま戻ってこないので。

村長がいる家に足を運ぶことにした。



村長の家は広い、ここでちょくちょく村長の畑で働いているものたちが宴会を開いたり、村人たちが集まって会議をしたりする。

私も何回か参加したことあるが、ほとんどは皆で飲んで騒いで終わる。

それくらいには平和の村だ。

もはや、村長の家というより宴会場である。

いきなり入るのも失礼なので、玄関から呼んでみる。


源蔵「村長ー、源蔵ですー、話が合って伺いましたーお邪魔してもいいですかー?」


返事がない。


玄関の扉が開いているので中を覗くと村長は仏壇に向かって何かしら喋っている。

村長は婚約者を亡くしてから徐々に元気がなくなり、今ではこの有様だ。

前にあったより、ボケが進んでいるかもしれない。

私は玄関で草鞋を脱ぎ、家に上がり村長に近づく。

目の前までくると、私の存在に気づいたのか、顔を上げてこちらを見る。


村長「おお、虎次郎、もう帰ったのかえ?婆さんがよぉー、ワシの入れ歯で遊ぶんじゃよ」


だがそこには婆さんなどいなく、いたのはさきほど飛び出していったクポだった。

なにが楽しいのか、入れ歯の上と下を両手で持ち、開いたり閉じたりして遊んでいる。

汚いからやめなさい!

クポクポと楽し気に笑っている。

クポから入れ歯を取り上げ、村長に返す。

クポは少し不満そうだったが、その場で丸くなってしまった。


村長「おお、すまんのー虎次郎、婆さんにも困ったもんじゃわい」


あんたの婆さん、入れ歯で遊ぶような人だったか?

何回かあったことがあるが、そんな人には見えなかったぞ。

これは村長と会話になるか心配だ。


源蔵「村長、虎次郎じゃないです、源蔵です」


私を認識できるか確認してみる。


村長「虎次郎は何を行っとるんじゃ、ワシが虎次郎を見間違うわけなかろうて」


その自身は何処から来るんだ、村長。

私を忘れているならそれはそれでいい。

だが、息子の顔くらいは覚えていた方がいいぞ。

私は丸くなっていたクポの首根っこを掴み、村長に向かってみせる。


源蔵「この黒い生き物が何か知りませんか?」


そういうと村長は目を凝らしてクポのことを見定めるように見る。

村長は見定めるように見た後首を傾げる。


村長「知らんなぁ、こんな生き物は、ワシは見たことないのー、海向こうから連れて来たのかえ?」


村長でもわからないらしい、そうするとこの村で知ってるものはいないのかもしれない。

元々興味本位で聞いたものだ、そこまで知りたいことでもない。

私はそうですかといい、帰るために立ち上がる。

しかし、村長の話には続きがあったらしく、また喋り始める。


村長「ワシは知らぬが、村から東の山に、なんでも知っとる物知りババァがいる。ワシが子供のときから生きとるからモノノ怪の類とも言われてる。其奴に聞いてみればわかるかもしれんのー」


遠い目で語る村長、なんか嘘臭いな、その話。


源蔵「そうなんですか?今度探しに行ってみますね」


本当のことだとは思ってないが、信じている風にした方が話が長引かなくてすむと思った。

私は早く会話をすまし、クポを拾って玄関に向かう。


源蔵「またなにかあったら来ます、ありがとうございます」


そういい、私は村長の家を後にした。




あれから暫くたった。

クポの様子に変わりなく、娘たちや村の子供たちと仲良くやっている。   

月日が経つにつれ、私は村長に話を聞きに行ったことを忘れて行った。


暫くたったあと、私はいつも入っている山とは違う、東の山に山菜を取りに行っていた。

ここはクマの縄張りらしく、誰も入りたがらない。

私も出来れば入りたくはなかったが、いつも入っている山が不作で、山菜が取れなかったのだ。

モノを作って売るだけでは、生計が立てられないため、止む終えずこの山に入ったのだ。

しかし、東の山は普段、人が入らないせいか、非常に豊富な山菜が取れる。

たけのこなんて今日だけで五個も取れてる。

クマは怖いが、たまになら入ってもいいかもしれない。

そう考えて山の中を歩いていた矢先。


なにかの声が聞こえた。

私は一瞬クマかと思って、身を低くしてしまったが、よく聞くと人の言葉である。

会話しているようで、少なくても一人ではないらしい、その声のする方へ向かうと。

そこにいたのはクポのようなヘンテコな生き物だった。

しかし、クポとは明らかに違う。

同じ人型なのだが、足の指が前に二本、後ろに一本

そしてなにより、皮膚の色が緑色なのだ

世の中には私の知らない生き物がたくさんいるのだなと思った。

生き物二匹は人語を喋れるらしく、二匹の会話を聞いてみた。


?「おい、ゴブ乃介、助けてくれよ。どうにかして同じカエル取るの手伝ってくれよぉ~、一生のお願いだよ~」


ゴブ乃介「知らないよゴブ太郎、お前がご主人のペットのカエルを食べちまうからだろ、大人しくお仕置きされちまいな、グヘヘ」


ゴブ乃介はゲヒた笑みを浮かべた。

ゴブ太郎はこれから受けるのであろうお仕置きを想像して、頭を抱える


ゴブ太郎「だって、あの野郎が余りに美味しそうだったから!あの光沢が俺を惑わせたんだ!俺のせいじゃねぇ!」


私は茂みに隠れながら小人たちの話を聞いていた。

どうやらご主人様とやらのカエルを食べてしまったから、新しく捕まえる為に協力してもらおうとしているらしい。

クポと体格は同じくらいだが、こちらの方が会話ができるので知能は高そうだ。

話をしてみたいと思い、茂みに身を隠すのをやめた。

そこで会話していた小人たちも私の存在に気づいた。

私は小人たちのところに歩きながら話しかけた。


源蔵「怪しいものじゃない、ただ君たちと話がしてみたいだけなんだ」


ゴブ乃介「おい、気安く話掛けるんじゃねー、俺様達は誇り高いゴブリン族なのだ、貴様と話すことなどなにも」


ゴブ乃介は私に指をさして言うが、そんなこぶ乃介の言葉を遮ってゴブ太郎が私に懇願する。


ゴブ太郎「頼むぅぅぅ、カエルを一緒に探してくれぇぇぇ、そしたらなんでも話してやるぅぅ」


そういうとゴブ太郎は私の足に縋りつく。

どれだけ必死なんだゴブ太郎!


ゴブ乃介「おい、なにをしているゴブ太郎、目を覚ませ!俺様も手伝ってやるから!」


私の足にしがみ付いているゴブ太郎を引き剥がそうと引っ張るが、手と足でしっかりガッシリ掴んでいるため、離れない。


ゴブ太郎「嫌だ!お前をそうやって探す気もないくせに都合のいいことばっかいいやがって!どうする人間!俺はなんでも話すぜ!!」


私としてはもうたくさん収穫したので、今日の収穫は終えている。

カエルを探すくらい手伝ってもいいだろう。


源蔵「よし、いいだろう、私も君の探しているカエルを見つける手助けをしよう」


それを聞くとゴブ太郎は喜ぶ。


ゴブ太郎「やったぜ!これでまだお仕置きされない可能性は出てきたぜ!」


手をブンブン振り回して喜び回るゴブ太郎。


ゴブ乃介は私を睨みつけられる。


どうやらゴブ乃介には余り好かれていないらしい。


ゴブ乃介「勝手にしろ、俺は知らんからな!」


ゴブ乃介はそう言い残すと、森のどこかへ消えてしまった。

それを見送り、私は喜び狂っているゴブ太郎に腰を下ろして話かける。


源蔵「それじゃあ、君が探しているカエルを、探しに行こうか」


ゴブ太郎は喜び狂うのをやめると腰を下ろしている私の体をよじ登って、肩車する形になる。


ごぶ太郎「よし!行くぞ人間!まずは川だ!川に行くぞ!」


まったく調子のいい奴である。



私とゴブ太郎は、川に来ていた。

川にはゲンゴロウ、アメンボ、メダカなどがいた。

カエルもいたが、目的のカエルは中々見つからない。

驚いたのは、その目的ではないカエルを見つけると生で食べてしまうことだ。

焼いて食べないのか・・・。

私たちは探しながら、話をしていた。


ゴブ太郎「そう、俺らは本来群れで生息してるんだ」


源蔵「でも、二匹しかいないね、絶滅しかかっているのか?」


あんまり、ここじゃあ、見たことないからそうなのか聞いてみた。


ゴブ太郎「俺たちがそんなに弱い種族だど思うのか!この劣等種が!」


癇に障ったらしく、髪の毛をクシャクシャにされる。

肩車しているので、抵抗できなかった。

そろそろゴブ太郎も探してくれないかな。


ゴブ太郎「俺たちの種族は頭がいいんだ、海の向こうから来て、ここの言葉もすぐ覚えちまったんだ、どうだ凄いだろ!」


自慢気に話す。

ゴブ太郎たちは、海の向こうから来た生き物らしい。

海の向こうではこんな生き物がいるのかと驚きつつ、もしかしたらクポも海の向こうから来たのかもしれないと推測し始めていた。


源蔵「そうか、じゃあゴブ太郎たちはご主人様と一緒に海を渡って来たのか」


ゴブ太郎「そういうことになるな」


源蔵「それは、さぞかし、仲が良いのだろうな」


ゴブ太郎「ああー、うん、そうだな、ご主人も俺がいないと・・・寂しかったんだろうな・・・たぶん」


今の返答は歯切れが悪かった。

なにかあるのだろうか?

私は話を続けた。


源蔵「いい人そうだね、ご主人様は」


話を振ったがゴブ太郎の返事はない。


源蔵「ゴブ太郎?」


ゴブ太郎「ご主人の話はしたくないからやめようぜ、なんだったらゴブ太郎英雄伝記の話をしてやってもいいぜ!」


どうやらご主人の話はゴブ太郎はあまりしたくないらしい。

さきほどのカエルを探してと懇願する辺り、怖い人なのか。


源蔵「ああ、じゃあその話も聞こうかな」


私はそういいながら、葉っぱが生い茂っているところを手でかき分けてると、何かが飛び出したのが見えた。

また、カエルを見つけた。

しかし、カエルは川へと飛び込んでいってしまった。


源蔵「ありゃー、逃げられてしまったか」


川に飛び込んでしまったカエルを諦めた私だったが、ゴブ太郎は違ったみたいだ。


ゴブ太郎「あれだ!今の奴だ!」


ゴブ太郎は、私の首からジャンプして川に飛び込んだ。

そこまで川の水深は深くないため、ゴブ太郎でも足がつく。


ゴブ太郎「あの種類のカエルだ!俺がお仕置きされるかされないかが掛かってんだ!逃がせるかよ!」


ゴブ太郎は、闇雲にバシャバシャと歩き、川に逃げたカエルを探しは始めた。

しかし、急に立ち止まると顔が青ざめ始めた。いや、肌は緑色なんだけど、気持ち的にね。


ゴブ太郎「う、嘘だろ・・・・」


ゴブ太郎は川に手を突っ込むと自分の足あたりをまさぐる。

そしてその手にしたのは。

どうやら足で潰したらしいお目当てのカエルだった。




その後、結局お目当てのカエルは見つからず、私とゴブ太郎はご主人のお家に向かっている。

ゴブ太郎というと相変わらず私が肩車している。

いったいいつまで私の肩に乗っているつもりなのだろうか。


ゴブ太郎「うぅぅ、どうしよう、結局見つけられなかったぞ、俺はどうしたいいんだ・・・うえーんうえーん、あそこの長い木を右に曲がる」


泣きながらも道を教えてくれるゴブ太郎、本当は困ってないんじゃないかと思えてくる。

長い木を右に曲がり、ゴブ太郎の指示通り森を歩くと、一つの家が見えて来た、石造りで出来ており、井戸もある。

そこらの家より何倍も頑丈そうな家だ。

こんな立派な家が森の中にあるってことが信じられない。

その家の玄関にさきほどいたゴブ乃介が座っていた。

私たちに気が付くと、ゴブ乃介は立ち上がり近寄ってくる。

私のところで立ち止まるゴブ乃介。


ゴブ乃介「おい、ゴブ太郎、ご主人がお前を待ってるぞ」


ゴブ乃介がゲラゲラ笑う。

ゴブ乃介は、性格があまりよろしくないらしい。

それを聞いて、察したゴブ太郎は頭を抱える。


ゴブ太郎「あぁぁ。もうバレてる、ダメだ、俺は終わったー」


ゴブ乃介「諦めろ、大人しくお仕置きを受けるんだな」


ゴブ太郎は観念したらしく、私の肩から器用に降りる。


ゴブ太郎「人間、なんだかんだ言って楽しかったぞ、俺が生きてたらまた会おう・・・」


そしてゴブ太郎はトボトボと重い足取りで、家に向かっていく。

ゴブ乃介は指を指しながらゲラゲラと笑う。

私はただそれを見送るしかなかった。

少しゲラゲラ笑ったあとに、ゴブ乃介は私にこう言った。


ゴブ乃介「おい、人間、ご主人がお前に会いたいそうだ、家の中に入れ」


私はビックリした、見ず知らずの私となぜ会いたいのか疑問だった。


源蔵「なぜ君たちのご主人が私に会いたがる」


私は二匹のご主人とは面識がないはずだ。

しかし、その疑問はすぐゴブ乃介の言葉で解決した。


ゴブ乃介「ああ、それは俺様がご主人に話したからな、ゴブ太郎のことと一緒にな」


ゲラゲラとまた笑いだす。

どうやらゴブ太郎がご主人が飼っているカエルを食べたのはすでに告げ口されていたらしい。

私たちが探していた時間はなんだったのだろう。


源蔵「私がその誘いを受ける義務はないじゃないか」


ただで行くのも損だと思った。

押されたら引いてみるのは商売人としての性分である。


ゴブ乃介「お前は行かなければ間違いなく損をするぞ。ご主人はなんでも知っている、お前が知りたいことをなんでも答えてくれるぞ」


それを聞き私は村長が言っていたことを思い出した。

なんでも知っている物知りババアが東の山にいると。

それならクポのことを聞いてみるのもいいだろう。

そう決めた私は石造りの家へと足を進める。


ゴブ乃介「けけけ、どちらにしろここに来た人間は不幸になるさ」


歩き出したあとに、ゴブ乃介がなにかを言ったが、聞き取れなかった。



玄関まで行き、さっきほど、ゴブ太郎が入るときにやっていたように、ドアから出ている突起に触れてみた。

触れたあとにどうすれば開くかわからないため、適当にやってみたら、開いた。

回せばいいのか、私はドキドキしながら中に入った。




中は暗くて散らかっていた。

蛇や、鳥が漬けられており、得体のしれない生き物まで漬けられている。

もしかしたらここのご主人様は悪趣味なのではないか?

恐る恐る中を見渡す、本が積まれていたり、蜘蛛の巣が張っている、しかし人影どころか、ゴブ太郎までいない。


ゴブ乃介「おい、ここじゃない二階に上がれ」


いきなり声を掛けられ、驚いて少し体が跳ねてしまった。

その反応を見てゴブ乃介はニヤニヤする。

嫌な奴だ。

よく見ると奥には階段があった、暗くて少し見えづらい。

もう夕暮れどきだ、夜の山は危険なので、早く帰りたい。

先に階段を上がるゴブ乃介。

私は階段から落ちないように注意してゴブ乃介の後を追う。

二階は一階よりは狭く、大きめの机と椅子があり、その椅子には皺くちゃな婆さんが1人座っており、机にはカエルが1匹ちょこんといた。

私は婆さんに近づき声をかけた。


源蔵「あの、お婆ちゃん?」


呼びかけても返事がない。

体を揺らしてみるか考えてる時に。


ゴブ乃介「イザベラ様、連れてまいりました、どうかお目覚めよ」


ゴブ乃介がイザベラというらしい、婆さんによじ登り耳元で囁くように喋りかけた。

イザベラの体が少し動いたかと思うとようやく喋り始めた。


イザベラ「カカカ、ようやく追いでなすったかい、年寄りを待たせるとは、あんたも人が悪いねぇ」


この人がゴブリンたちのご主人様らしい、穏便に済ませたかったので素直に謝ることにした。


源蔵「それは失礼しました、お呼びであったのならもう少し早く参上出来たのですが、私をお呼びであると知ったのは少し前のことなので、無礼をお許しください」


私は頭を下げた。

武士の生まれではないので、頭は割と軽い方である。

頭を下げて済むのならそれに越したことはないのである。


婆さん「顔を上げい、今日は人と話をしたくて招いたのじゃ、そう畏まらなくても良い」


私は頭を上げて聞く。


源蔵「それはありがたい、それとご老人、なんとお呼びすればよろしいか?」


まず会話をするなら、相手をどう呼ぶかだ。

婆さんは少し考えたがすぐに答えた。


イザベラ「名前は色々あるから好きに呼んだらええ。魔女、山姥、物知りババァ、不死者、イザベラ、どれが本名だったかねー」


イザベラが本名ではないのか?

もしかしたらゴブ乃介が呼んでいるイザベラも本名か怪しいな。

名前を忘れるなど、一体どれほどの時を過ごせば忘れるのやら。


源蔵「それではイザベラ様とお呼びしましょう」


ゴブ乃介がそう呼んでいるのならそれが1番無難な気がした。


源蔵「私のことは源蔵とお呼びください」


イザベラ「よろしい、源蔵とな、お主ワシに聞きたいことがあるじゃろう」


源蔵「なぜそれをご存じで?」


私は村でクポについて知りたいと言ったが、2、3ヶ月前の話で、それも村人にしか言っていない。

それを察したのか、イザベラは私の問いに答えてくれる。


イザベラ「聞きたいこともないのに、わざわざここに来る理由もあるまい、それにワシはなんでも知っとるからの」


どこまでその言葉を鵜呑みにしていいのかは、わからない。

しかし、聞くだけなら別に何も問題もないだろう。


源蔵「私が聞きたいことはただ、一つ、その前に・・・」


さきほどから気になっていたのだ、先に入っていった彼がいないことに。


源蔵「私より、先にこの家に入った、ゴブ太郎なるものはどこに行ったのでしょう?」


なにも可笑しいことはないはずなのに、なぜか笑い出すイザベラ。

私は困惑して思わず聞いてしまう。


源蔵「なにが可笑しいのです?」


イザベラはカカカと、特徴のある笑い方をやめるとこう答えた。


イザベラ「ゴブ太郎ならそこにおるじゃろうて」


イザベラが指を指す方には先ほどから机の上にいるカエルがいた。

どうやら、このカエルがゴブ太郎だと言いたいらしい。


イザベラ「あいつは、私が飼っていたカエルを食べちまったからね、相応しい末路さね」


そういうとまたカカカと笑いだす。

私は乾いた笑いしか出なかった。


イザベラ「そんなことより、聞きたいことがあるのだろう、はよう、その話をしよう」


私に話をするよう促す。

私自身も外が暗くなる前に帰りたかったので、さっさと話して帰ろうと思った。


源蔵「私の家に最近拾って来た、生き物がいまして。、村の誰に聞いてもその生き物についてわからないのです。イザベラ様は海の向こうから来たお人、そして私が見たことのない生き物を飼われている、なにか知っているのではないかと思い、お聞きした所存です」


そして私はクポの特徴を一つずつ言っていった。

人間らしい、特徴をしているが、皮膚は黒く、頭と手がデカい、体の方が小さい、体の作りが不釣り合いな生き物である。

それを聞くイザベラはこう答えた。


イザベラ「そいつは、この世のモノじゃあないねぇ」


さっきと違い、低めの笑いをするイザベラ。


源蔵「この世のものじゃない?それは幽霊とか、鬼とかそういった・・・」


あれがか?と疑問を持ってしまった。

例えクポが、そういう妖怪や鬼の類だとして、なんと弱そうなことか。

容易く退治されそうではないかと私は苦笑した。

イザベラは私に構うことなく話を続ける。


イザベラ「そうだね、あれは私の国でいう悪魔といったものでね、こっちの国さっきお前さんが言った鬼に近いかのー」


可愛らしい鬼もいたものだな。

鬼自体があんなのだとばかりだとしたら、地獄もそう悪いところではないのかもしれない。

あれだったら何かあったとしても私で退治できそうだ。


源蔵「クポが村を脅かすものだとしたら私が責任持って退治しましょう」


それを聞いてゴブ乃介が笑い、カエルもゲコゲコと笑いだした。

まるで私が言ったことが見当違いだと言っているかのようだ。


源蔵「私はなにか可笑しなことを言っただろうか」


イザベラ「カカカ、退治出来るといいのぉー」


そういうとイザベラも笑いだす。

居心地が悪くなった私は、イザベラに私と会いたかった理由が気になった。


源蔵「イザベラ様はなぜ、私とお会いしたいとおっしゃったのですか」


ゴブ乃介がこの家入る前に言ったことだ。

私はこの老婆との面識はないはず、それなのに会いたいというのはなにか理由があるはず。


イザベラ「カカカ、そう、ただ会ってお喋りがしたいという話ではない、ワシは欲しいのがあってのぉーそのための布石と言ったところじゃ」


そういうと、衣服をまさぐり、袋を取り出して、それを机の上に置いた。


イザベラ「カカカ、退治に困ったらこれを使いな、鬼退治には打ってつけのモノだよ」


私はこんなものがなくても、あれくらいの小さい生き物ならと思ったが、貰えるものなら受け取っておこう。

机に置かれた袋に手を伸ばしたが、気になることがあるので一旦手を引っ込めた。



源蔵「これのお代は?」


商売人である以上これは聞いて置かなければ。


イザベラ「カカカ、そんなことを気にしたのかい、今回はお代はいらないよ、持っていきな」


それを聞いて安心した私は、机にある袋に手を伸ばして懐にしまった。

外を見ると、もう日が落ちている。

入る前が夕暮れどきだったのだ、日が落ちるのも仕方がないか。

聞きたいことも聞けたので、私は帰ることにした。


源蔵「イザベラ様、家で妻と娘二人が私の帰りを待っているのでそろそろ帰ろうと思います」


イザベラ「カカカ、歳が増えると本当に時間が短く感じるねぇー」


久々に人と話せたので名残惜しいのか、イザベラは少し寂しそうな顔を見せた。


イザベラ「話が出来て楽しかったよ、また遊びに来な」


そうして手を振るイザベラ。


源蔵「はい、また機会があれば遊びに来ます」


階段を下りる前に私は老婆に一度礼をして、別れを告げた。

階段を下りる際にイザベラが最後に言葉を発した。


イザベラ「また近いうちにね・・・カカカ」


よく笑う婆さんだなと思い、私はイザベラの家を出た。



山を下山中、日はすっかり落ち、辺りは暗闇が支配していた。

気をつけないと足を踏み外して怪我をする恐れがあるため、慎重に歩いていた。

収穫も大量だったため、背中の籠もその分重い、私は籠を背負い直し、黙々と山を下りる。

この山はクマの縄張りでもあるのだ、襲われたらひとたまりもない。

嫌でも足は速くなってしまう。


山を下りている途中、音が聞こえた。

それは騒がしく、どうやら人が複数人騒いでいる音だ。

ここはクマの縄張りなのだ、刺激してはクマに襲われ兼ねない。

余所者でクマの縄張りなのを知らないのかもしれない。

注意して、クマを刺激するような真似をやめさせよう。

そう決めて、私は音のする方へ向かう。

近づいてみると、明るい場所があるのがわかる。

焚火の明かりだ。

私は、その明かりに魅かれるように近づいた。

近くまで来ると、声の多さに驚いた。

一体何人で山に来ているのだ。

話し声が聞こえるところまで来ると、警戒した私は一度隠れて話し声に耳を傾ける。


?「こんな腹いっぱい食えるのも久々だな、俺っち嬉しくて涙がちょちょぎれるぜ!」


?「まさかこんなデッカい、クマがおるとはな!もしかしたらここの主だったのかもしれんな」


ハハハハッと笑い合う声が聞こえる。


どうやら、クマはこの集団に狩られてしまったらしい、草陰から集団の様子を覗く。

彼らの風貌は、どの人間もボロボロの服を着て、土塗れである。

しかし、共通して持っているものがある。

それは刀である。

それを見てお菊が言っていたことを思い出した。


お菊「最近この辺りで落人がでるみたいよ、山に行くときは注意してね」


こいつら落人か!?

その中でも鎧を着ている侍がいる。

あれがたぶん親分的存在だろう。

座って肉に噛ぶりついている。

肉をむしゃぶり尽くすと親分的存在は立ち上がる。


親分「貴様ら!俺はまた戦で人稼ぎしてやるぞ!!俺はこんなところで終わる玉じゃねええ!偉くなりたい奴ぁ、俺について来い!!」


親分的存在は腰の刀を抜き、高らかに腕を上げる。

それに呼応するように配下の落人たちは雄たけびを上げる。

こいつらに見つかるのはヤバイ!?

見つかればなにされるかわかったもんじゃない。

私はその場から去ろうとゆっくり後退りを始めた。


?「お前なにやってんだ」


私は背負っている籠を捨てて一目散に駆け出した。


?「待て!この野郎!頭ぁ!曲者だぁ!ひっ捕らえようぜ!」


そんなことお構いなしに山を下りる。

この暗い中だ、向こうも追うのに苦労するはず。

それに私は山を日常的に歩いている。

走るのとはまた違うが、そんじょそこらの落人よりはマシだ!

大丈夫逃げ切れる!逃げ切れるはずだ!

後ろから複数人追ってくる足音が聞こえる。

追いつかれれば何をされるかわかったもんじゃない。

考えうる最悪なことが脳裏に浮かぶ。

ダメだ!恐怖は足を重くする!

今は逃げることだけ考えるんだ!

後ろから、盛大に転げる音が聞こえる、根っこにでも躓いたのだろう。

振り返ることはしない、確認などしている暇があるなら少しでも遠くへ。

また一人、また一人と追ってくる足音が減っていき、次第に私を追うものはいなくなった。

それでもまだ私は走り続ける。

結局私が走るのをやめたのは、村についてからだった・・・



頭サイド

?「いいんですかい?頭!追わなくて!」


頭「いいんだよ、別に追わなくても、まあ、捕まえらればそれに越したことはないがな」


さっきの奴が捨てて行った、籠の近くで腰を落とす。

山菜がたくさん入ってる。

この山に山菜を取りに来たことが伺える。

そして、あの綺麗な身なり、すぐ近くから山に入って来たのだろう。

だとすれば近くに村があるのだろう。

ニヤリと笑う頭。


頭「野郎どもぉ!近くに村があるかもしれんぞぉ!」


確実にあるかはわからないが、あるかもしれん。

だがその事実はこいつらを鼓舞する。


落人「それって・・・・」


顔を見合わす落人たち。

俺は声を高らかにこいつらに宣言してやる。


頭「久々に女を楽しめるかもしれんぞぉぉ!!気合入れてけよぉぉ!!」


それを聞いて落人たちは喜びの声が満ち溢れる。

ここからだ、俺はこんなところで終わらん、こんなところで終わる男じゃねえ!!

まずは村を見つけてそこから再起をしてやる!

そして俺もいつか!!

落人たちの喝采の声がしばらく続いた・・・



私は戻ってまず最初に向かったのは虎次郎の家だった。

村がいきなり落人たちに襲撃されたらひとたまりもない。

村の全員で対策を練るためだ。

村の男たちを集めるなら虎次郎に協力してもらうのが一番早い。

私は落人から逃げおおせたその足で虎次郎に会いに行った。


村長の家、玄関前。

私は玄関前につくと、家の扉を叩いた。

加減など考えていられず、扉はギシギシ軋む。

中から声が聞こえる、虎次郎のものだ。

ガラガラとドアを開かれる。


虎次郎「おいおい、そんなに強く叩かれちゃ、扉が壊れて家の吹き通しがよくなっちまうよ」


扉の心配をした虎次郎は冗談交じりに私に注意する。

だが、私のボロボロの恰好と、汗まみれの恰好を見て、状況を察してくれた。


虎次郎「なにかあったみたいだな、上がれよ」


家の中に戻っていく虎次郎、私も家の中に入る。

中には、村長の畑を手伝って生計を立てている村人が何人かいた。

狭い村だ、知らないモノなどいない。

私だとわかるや、声をかけてくる村人たち。


村人A「なんや、どうしたんじゃ源蔵!偉い泥まみれじゃのぉー」


村人B「そんな汚ねえ(ナリ)してちゃ、嫁にも逃げられちまうぞ」


ドッと笑いが出る。

私はそれを余所に、村長がご飯を食べている上座付近に座わる、虎次郎も元々、食べていた食器がある場所に戻る。

私は意を決し、話始める。


源蔵「落人が出た、しかも30人くらい引き連れて」


それを聞いた、村人たちはさっきの笑いと打って変わって、皆黙りこんでしまった。

私のボロボロの恰好から、良い奴らではないことは察しているのかもしれない。


村人「それは本当なのけ、源蔵!」


源蔵「嘘でこんなこと言わねえよ!、第一なんの徳があるって言うんだ、実際追いかけられもした!」


さっきまであったことを一つ残らず話した。

村人たちの顔も緊張が走る。

あったことを全部話している最中、虎次郎はずっと黙っていた。

やがて、全てを話し終えると、村人たちは思い思いに喋り始めた。

あの東の山にいたクマはえれーどでかいクマで、それを狩っちまうなんて、とんでもねえ奴らだとか。

この村を襲って、金と女を巻き上げる気だとか。

村人たちの言葉が飛び交っている中、虎次郎がようやく閉じていた口を開く。


虎次郎「つまり、源蔵、お前は追いかけられただけで、攻撃されたわけではないんだな」


その話し方、つまり逃げた私を追いかけただけで攻撃する気はなかったような口ぶりだ。

私がそんなバカなと言おうとしたが、他の村人から声が上がる。


村人「そんなバカな話はねーべよ、襲う気もないのに追っかけたりするもんけぇ!」


村人「その口ぶりだと、源蔵が逃げたのが、間違いみてぇじゃねーか!!」


そうだそうだと、村人は騒ぎたてる。

虎次郎も苦しい面持ちで喋る。


虎次郎「んなことぁわかってらぁ!たぶんそいつらは碌でもねえ奴らだよ、でも山賊やら盗人とは違うんじゃ!元侍なんじゃ!そいつらに村に入るなと言って、いざ事構えたら、どれだけの死人が出るかわかっとるんかぁ!」


虎次郎の余りの迫力に私もそうだが、ここにいる村人全員が委縮した。

普段温厚で気のいい奴なので、こんなに声を荒くしたのは初めてみた。

私は虎次郎にどうしようというのか聞いてみた。


源蔵「じゃあ、虎次郎、お前はどうやって解決しようっていうんだ」


私には虎次郎の考えがわからなかった。

村人たちもそれが聞きたいのだろう。

みんなの視線は自然と虎次郎に集まる。

そして虎次郎は村人の視線を一点に受けとめ答えた。


虎次郎「俺は落人共をこの村に迎えいれようと思う」


それを聞いた途端、また村人たちの言葉が飛び交った。

それはそうだ、落人たちは元侍だ、そんなのと上手くやっていける気がしなかった。

落人たちが、侍のときのような振る舞いを村で同じようにすれば、どこかで軋轢が生まれる、みんなそう思っているはずだ。


虎次郎「黙れぇぇぇええええい!」


虎次郎が雄たけびにも等しい、声を上げると、また静寂が帰ってくる。

端っこで虎次郎の妻の幸が抱いている、子供の虎之助も泣きべそをかいている。

無理もない、私も虎次郎がこれだけ感情を高ぶらせているのは初めて見る。

正直そこらの芸者より迫力がある、子供が怖がってしまうのも無理はない。

そんな中、村人の一人が虎次郎に質問する。


村人「で、でもよぉ、迎え入れるにしてもそんな2,30人受け入れるにしても、そんな余裕があるのかよ」


受け入れたことを想定したときのことを話す。

それに答える虎次郎。



虎次郎「それは俺がなんとかしよう、大丈夫だ、虎次郎様にそこは任せておけ」


どこにそんな伝手があるのか、虎次郎は自信を持って答える。

ただの強がりではないのか?

みんな知っている、虎次郎がどれだけ村のみんなのことを思っているのか、そしてどれだけ優しい人間なのか。

だから虎次郎に皆ついていくのだ。


虎次郎「だが、もし落人たちが村人になることを受け入れなくて、この村に害あるものであった場合は」


みんな虎次郎の次の言葉を待った。

そうだ、結局衝突するのであるのなら、答えは一つだ。


虎次郎「落人共と一戦交えることになる!皆覚悟を決めてくれ!」


そうだ、私たちの村は私たちで守るのだ。

戦い方など知らない、だが守りたいものがここにはある、それが大事なのだ。


村人「そうだ、落人なんかに俺たちの村を好きにさせねえ!」


村人「相手はたかが、30人程度、俺たちは100人もいるんだ!勝てねえことはねえ!」


村人一人が奮起し、そしてまた一人、また一人と、連鎖するように村人たちは互いを鼓舞し始めた。

虎次郎の強張った顔も、少し解れていた。

なんだかんだ言って虎次郎も村人が賛同してくれるか心配だったのだろう。

だが、それも杞憂に終わったのだ、みんな大好きなのだ、お前が、この村が。

虎次郎はこの場にいる村人に告げる。


虎次郎「この場にいる皆の意思は固まった、次はこの場にいない皆に俺の意思を示す、だから村人全員をここに集めてくれ」


それを聞いた村人は村長の家を出て、人を集めにでる。

ここからが大変だ、ここにいる村人は言わば虎次郎の家族みたいなものだ。

共に働き、共に飯を食う、一緒にいる時間も長いだろう。

しかし、これから集まる村人はそうじゃない。

同じ村の仲間ではあるが、果たして彼らのように、協力してくれるか。

私は不安に駆られていた、先ほどは答えは一つだと言ったが、そうじゃない、逃げる道だってあるのだ。


虎次郎「大丈夫だ」


虎次郎はそういうと、私の肩に手をおいた。

不安が顔に出ていたのだろう。


源蔵「どうして、虎次郎はそう言い切れるんだ?」


私には大丈夫という根拠がわからなかった。

大丈夫な要素など、どこにもない。

私に不安を見せないために言っているのか?

私はその根拠なるものが知りたかった。

虎次郎は私の言葉に迷わず答えた。


虎次郎「皆この村が好きなのさ、例え妖怪変化が来ようと村を守るさ」


そういうと虎次郎はいつものように笑ってみせた。



時間が経ち、村長の家の前には村人のほとんどが集まっていた。

私もお菊と娘、そしてクポもいる。

玄関前で虎次郎が演説をすることになっている。

私は傍聴する村人側で聞くことにした。

私は村長の家に行ったあと、一度家に帰り、お菊と娘を連れてここに戻ってきた。

その際になにがあったのかはお菊に話した。

一度はこの村から逃げようと言ってくれたお菊だったが、私は反対した。

お菊の生まれ故郷であるこの村を捨てるのも嫌だった、しかし私もこの村が心底好きになっているのだ。

落人如きでこの村を捨てられないのであった。

娘二人には話してないので呑気なものである。


春「クポ!これが欲しいなら取ってみなさい!」


そう言ってクポの好物の人参を届くか届かないかくらいの距離に上げている。

それを取ろうとジャンプするクポ。


小梅「お姉ちゃん、私もやるぅ!やるぅ~」


小梅もやりたいようで必死に春にしがみ付く。

呑気なものだ、娘たちを見ると自然と強張っていた顔も緩んでしまう。

私が死んでも虎次郎に家族を守ってもらおう。

それからしばらくして、村長の家の玄関前に虎次郎が現れる。

そろそろ皆の前で話をするのだろう。

急ごしらえで作ったのであろう壇上に上がる虎次郎。

壇上に上がると、虎次郎は一度皆の顔を見回す。

村民たちの耳にも既に落人の話は届いているのだろう。

不安な顔をしているモノばかりだ。

それでもここに来たのは皆が虎次郎の言葉を聞き届けに来たのだ。

今ここには、村民のほとんどが来ている。

皆が虎次郎の言葉を待っている。

そして、虎次郎は皆の顔を一望して、しばらく目を閉じたあと話始めた。


虎次郎「皆聞いての通りだ、ここに落人が向かってきている。既に俺たちの仲間、源蔵が襲われて逃げて来た。村で受け入れをしようと思うが、恐らく上手くいかないだろう。相手は総勢30人でくらいで刀や弓を武装しているそうだ。それに対してこっちの戦える人数は村民全体の半分!数百人はいる、人数は圧倒的にこっちが有利だが武器は桑やスコップなどしかない、何より戦ったことがない!しかし、だからと言って落人たちに支配されるなど真っ平ごめんだ!ここは農民の村だ!俺たちを支配出来るのは俺たちだけだ!」


ここで虎次郎が一息つく。

私は、ここで村民たちの顔を見渡してみる。

不安な顔、下を俯いているもの、意気揚々としているもの、覚悟を決めた顔。

どちらかというと不安な顔をするものが多かった。

ここの村人は生まれてから、農具しか握ってこのなかった者ばかりだからだ。

覚悟が決まらないものも多いだろう。

構わず虎次郎は演説を再開する。


虎次郎「俺はこの村が好きだ!だが、俺だけの力じゃ、落人たちに対抗出来るはずもない、皆の力が必要なときなんだ!俺と同じでこの村が好きだと言うのなら!どうか俺に力を貸して欲しい!」


虎次郎は言い切ったあと、皆に向かって頭を下げた。。

辺りは静まり返っている。

何秒かすると、村人の一人が声を上げる。


村人「俺は2,3年前、風を拗らせて死にそうになったときがあったんだ!そんときに虎次郎が町に薬を買いに行ってくれたんだ!安くない薬を他人の俺の為に。だから、今度は俺が返す番なんだ!俺はついて行くぞ!」


その後に別の村人から声が上がる


村人「私は、収穫が不作なときがあって、家族がひもじい思いをしていたときがありました。そのときに虎次郎様にお零れをもらいました。虎次郎様も多い、部下を抱えているにも関わらずです!あのときの御恩は忘れません!」


そうやって、また一人また一人と虎次郎との思い出話をするものが増え。

それはいつしか虎次郎を呼ぶ声へと変わっていた。

違うのだ、この村が好きなのではない。

虎次郎がいるこの村が好きなのだ。

虎次郎との繋がりこそが、皆がこの村を好きな理由なのだ。

虎次郎は泣いていた。

私も同じ立場なら泣くだろう、これだけのモノたちについていくと言われるのだ。

村長明利に尽きる、まだ代理なのだが。


虎次郎「皆、ありがとう」

虎次郎はもう一度皆に頭を下げた。



源蔵の家。

あれだけ、騒がしかったのに、今は静かなモノだ。

娘二人はもう寝てしまった。

遅めの集会だったのもあるだろう。

私もお菊ももう布団に付いている。

今日のことがあって、私の興奮はまだ収まってくれないのだ、あのとき捕まっていたらどうなっていただろう、落人と戦いになったとき、村はどうなるのか、私は死ぬのだろうか、残されたお菊や娘たちはやっていけるのだろうか。

嫌なことばかり考えてしまう。

私はこの先が心配して寝られなかった。


お菊「あなた、起きてる?」


どうやらお菊も眠れないようだ。

私はお菊の方に寝がえりをうつ。


源蔵「起きているよ、どうしたんだい?」


返事を待つが、答えづらいことなのか、返事は返ってこない。

少し、してからお菊も意を決して、答える。


お菊「別に逃げてもいいのよ、戦うだけが道じゃないわ」


一度は考えた。

村より家族の方が大事ではある。

しかし、この村はお菊の生まれ故郷だ。

それを捨てて逃げることなど、出来るはずがないと思った。

しかし、お菊は逃げてもいいという。

お菊も村よりも私たち家族のことが大事なのだろう。


源蔵「ありがとう、私を心配してくれるのだろう」


だがこれはもうお菊の故郷という理由だけではないのだ。


源蔵「だけど、私自身この村を守りたいんだ」


そう、私もこの村が、そして虎次郎のことが好きなのだ。

だから出来ることなら守りたい、そしてこの村で死にたいのだ。


源蔵「それに必ず戦いになるというわけでもないさ、心配しないで」


可笑しなものだ、さっきまで不安で押しつぶされそうだったのに、いつの間にかお菊を案じている。

そしていつの間にか、不安や恐怖がなくなっていた。

人は守るべきものがあると強くなると聞いたことがあるが、よく言ったものだ。


源蔵「もう夜も遅い、そろそろ眠りなさい」


お菊がはいと返事をしたので、眠ろうとした。

だが、お菊がもう一度私を呼ぶので私はそれに答えた。


源蔵「どうしたんだい?」


お菊「あなたが例え死んだとしても、私はあなたのことを一生愛するわ」


この物言いは、私が死ねばお菊は生涯独り身になるということだ。


源蔵「それじゃあ、ウカウカ死んでられないな」


お菊と二人でクスクスと笑った。


お菊「愛しているわ」


源蔵「私もだよ」


こうして私の長い一日が終わった。




それから村は見晴らし台に、人を配置するようになった。

普段は警戒することもないので、使われていなかったが、今朝ちゃんと整備して、使えるようにした。

そこには、大きめの鐘が設置されており、なにかあればそこにいるものが鐘を鳴らし、村民全員に聞こえるようになっている。

見晴らし台には梯子で上るようになっており、五メートルくらいの高さはあるだろう。

これだけ高いのであるなら、落人がどこから来ても見えるだろう。

私たちの武器は農具しかない、そして私に至っては、農民ではないので、農具すら持ってなかった。

それを知っている虎次郎は、私に竹槍を貸してくれた。


虎次郎「そんだけ長いなら、へっぴり腰のお前でも戦えらぁ」


そう笑っていた。

へっぴり腰は余計だが、確かに長さがないと不安である。

しかし、竹槍など、刀で切られたら真っ二つではないのか。

心配しかないが、無いよりはマシだろう。

村人たちも、自分たちが持っている農具を振り回している。

農民でも侍に憧れないわけではない。

彼らがやっていることは言わば侍の真似事である。

私だって、侍に憧れを持っていたことはあった。

だからとは言わないが、私も竹槍で素振りをしてみたりした。

対して長続きはしなかったが、何もしないで待つよりはマシである。

そうして、二日たったとき、落人たちはやってきた。




あの演説から三日目の朝。

鐘の音が鳴り響く。

とうとうこのときがやって来てしまった。

出来ればずっと来ないで欲しかったがそういうわけにもいくまい。

私は竹槍を持って玄関で草鞋を結ぶ。


お菊「あなた!」


振り返ると、お菊が心配そうに私を見つめていた。

お菊の後ろには、春も立っていた。

小梅は今がどういう状況かわかっていないため、呑気に眠っている。

こんな状況なのに、呑気に寝ている小梅に思わず笑ってしまう。

私は立ち上がると、笑顔で答える。


源蔵「大丈夫、心配するな、お前たちに寂しい思いはさせないさ」


根拠のないことだ、だが今の私にはこれ以上の言葉が見当たらない。


源蔵「必ず帰る」


それだけ言って私は玄関を出る。


お菊「気をつけて」


お菊のその言葉を最後に耳に残し、私は皆と合流するのだった。





今、私たち農民と、落人で睨み合っている。

そこには先日見たモノが何人かいた。

睨み合ってる時に村人たちの話が聞こえてきた。

それに耳を傾けると、どうやら逃げた村民もいるみたいだ。

今朝も落人が来る前の早朝に何人かこの村を去ったらしい。

それはそうだ、皆が村のために命を掛けられるはずがない。

それに新参の村人にとっては、村に思い入れがない、ここに留まる理由もないだろう。

人数が少し減って不安だが、こちらの方がまだ多い。

それに覚悟はもう決めたのだ、今更何も言うまい。

睨み合ってるいる中、虎次郎が村人たちより一歩前に出て、叫ぶ。


虎次郎「落人の親分!いるのなら出てこい!話がある!」


落人たちは道を譲るように開けた、そこから歩いてくるのは、先日みた、落人の親分だ。

親分も、落人たちの一歩前を出たところで、止まる。

親分も声を張り上げ、虎次郎の問いに答える。


親分「俺がこいつらを率いる親分だ!話とはなんだ!聞くだけ聞いてやる!」


かなり上から目線だ、やはり農民は下に見られる。

構わず虎次郎は話を続ける。


虎次郎「俺はお前たちをこの村に引き入れてもいいと思っている!最初は多少難儀するかもしれんが、不自由のない生活を約束しよう!」


虎次郎の話が終わると、親分は聞いたかよ、という顔をして、自分の部下たちを見回す。

子分たちは、その提案を嘲笑った。


親分「聞いたかよ、野郎共、こいつ俺たちに農民に堕ちろと言ってやがる」


俺たちに聞こえるように言っている、この親分は俺たちを煽っているのだ!

そして私は、親分の思惑通り、怒ってしまっている。

何が堕ちろだ!もう侍から落人に堕ちてしまっている癖に!


親分「ククク、1つ俺たちが農民になる条件を与えていいぞ」


どうせ碌でもない話であろうが律儀に聞く、虎次郎。


虎次郎「なんだ!言ってみろ!」


親分はニヤリと今までにないくらい、笑ってみせた。


親分「お前らの女房、娘たちを俺たちに寄越し、お前らは農奴として働き続けろ、それが俺からの条件だ」


子分たちは全員がゲラゲラと俺たちをバカにしている。

最初からこいつらは話し合う気などなかったのだ。

虎次郎はそうかと答えると持っているクワに力を込める。

農民たちも、竹槍や鎌、思い思いの農具を構える。

私も持ってる竹槍に力が込める。


虎次郎「覚悟を決めろよ!!」


そして一瞬の静寂が生まれた


虎次郎「行くぞおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


虎次郎が突っ込むと、それに続く村人たち

私もそれに続く


親分「1人残らずブチ殺せえええぇぇぇ!!!!!」


それを合図に落人たちも突撃してきた。

それと同時に弓も飛んでくる。

その2人の声が戦いの合図であった。


私は敵に突撃してる途中だった、弓で射られた転げてしまった。

痛かった、射られた所が焼けるように熱かった。

私が転んだ間にも私の周りにいたものは、ドンドン先に行ってしまった。

向かっている間にも1人また1人と弓で倒されていく。

私が射られた所は肩辺りだ、臓器に当たらなくて良かった。

毒さえなければ、すぐに死ぬことはない。

貫通はしていないので、抜いても出血で死ぬこともあるまい。

ゆっくり抜く暇もなかったので、勢いよく抜くことにした。

抜いた後、多少の血は出たが、まだ動ける。

私は立ち上がりまた、走り出そうとした、だが足がとても重い。

さっきの弓に毒でも入っていたのかと思ったが、そうではない。

周りにはもう何十人もの死体が出来上がっている。

私は死が身近にあるとようやくここに来て自覚したのだ。

そのせいで恐怖で足が言うことを聞かなくなってしまったのだ。

頼む、動いてくれ!動いてくれ私の足よ!



虎次郎サイド

まずいな、皆最初は突撃していったものの、弓で何人かやられてからは足が遅くなり、刀を持った敵に切られてからは完全に足が止まってしまっている。

足が止まれば死ぬだけなのはわかっている。

だがそれでも足が止まってしまう。

理屈ではわかる、だが理屈ではない。

恐怖が克服出来ないのだ。

今ここに留まれている理由など、家族を守るという理性でしかないだろう。

虎次郎はこのままではマズイと思いつつ、目の前の敵と対峙していた。

刀はやはり恐ろしい、農具など容易く切り捨ててしまう。

俺は一か八か賭けに出た。

俺は剣で切れない間合いに入るために、駆け出した。

いきなり前に出て来た俺に動揺したのか、敵は俺に斬りかかるが、それをなんとか避けて、剣を握っている手を掴む。

膠着状態になるかと思ったが、なぜか敵の矢が俺にではなく、敵に刺さる。


落人「痛えええぇぇぇ!テメェどこ狙ってんだ!!ちゃんと狙え!」


後ろを振り返らず、叫ぶ。

いや、俺が掴んでいるから振り向きたくても振り向けないのか。


虎次郎「おうおう、随分粋なプレゼント貰ってるじゃないの、後でお礼しなきゃな」


落人「殺してやるぞ!!テメェ!絶対ぇに!」


敵の背中に弓が刺さってる、これはひょっとして、敵に密着すれば当たらない?


虎次郎「皆!聞いてくれ!敵と密着するんだ!そしたら弓には当たらないはずだ!」


虎次郎の今の状況を見て、言いたいことがわかった村人たちは武器で距離を取って戦うのではなく、相手の刀を持っている手を掴みに行った

そうして、相手の弓を封じに行った、封じるのに成功したモノもいれば、切り捨てられたのもいる。

だが確実に戦況は良くなった。

だが、それに気付くまでに数を減らしすぎた。

俺が掴んでいる敵は矢が刺さって痛いのか、力が弱くなっていってる。

これならと思い、俺は敵を投げ飛ばした。

背中から落ちた敵は矢がさらに刺さり、そのあまりの痛さに持っている刀を離した。


落人「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」


俺はその落とした刀を拾う。


落人「テメェ・・・絶対ぇぇに・・あっ」


俺は痛がる落人にトドメをさした。


虎次郎「ふぅ、やっと1人だ」


俺たちはいったいどれだけやられたのか、まだ勝てるのか。

戦況はどうなってるのか気になった。

周りを見渡そうとして、気づく。

弓矢を構えている1人が俺を狙っている。

身を隠せそうなものは何もない。

咄嗟にしたのはさっき切った死体で身を隠すことだった。

矢は飛んで来たが、死体に刺さって俺には当たらなかった。


虎次郎「へへっ、俺って結構戦場向きなんじゃねーか」


俺は死体を盾にして、弓矢を構えているモノたちに向かっていった。

弓矢を射ってくる人数を減らせばもっと戦況はよくなるはずだ。

さっきの落人から奪った刀を握りしめ、勝利を信じて駆け出した。



親分サイド

親分「ほほう、考えたな」


敵側の大将、いい判断と度胸だ。

あれがもう少し早くできていたなら俺たちが負けていただろう。

敵の数はあと50辺り、俺たちはあと20辺り、上出来すぎるな。

たかが農民風情に、死への恐怖など、吹っ切れるはずがない、そうは思っていたが、まさかここまで上手くいくとは思わなんだ。

あの敵側の大将欲しいな。

俺は勧誘すべく、立ち上がる。


親分「おい!弓はもういらん!お前らも刀で戦って来い!」


落人「「へっへい!親分!」」


そういうと、弓を背中に背負い、仲間が戦っている戦場に赴こうとする。

親分「ああ、今向かって来ているあの野郎は俺がやるから手を出すな」

落人たちはそれを聞くと、すぐさま味方の元へ走っていった。


源蔵サイド。

村人たちが、敵を抑え始めている。

刀を持っている落人を抑える者と、弓兵をどうにかする者たちで別れている。

そうだ、この戦場を支配しているのは間違いなく弓兵だ。それを抑えようというのだ。

敵を抑えて、農具でトドメを刺すモノも入れば、抑えきれなくて切り捨てられるのもいる。

しかし、もう刀を持っている落人を倒して弓兵のところに向かっているものは何人もいる、その内の何人が辿りつけるかはわからない。

私は戦場が拮抗し始めるのを知ると、恐怖も多少和らいだ。

私は周りの様子を伺い、遠くで敵の親分と虎次郎が対峙しているのがわかった。

敵の親分と一騎打ちなど危険すぎる!!

私は、目の前で戦っている村人を無視して、虎次郎のところへ向かう。


源蔵「もう半分も村人が死んでしまったんだ!君がいなくなったら!この村はもう・・・」


肩に刺さった矢の痛みで上手く走れない、間に合うといいが!

こんな軟弱な私で何の役に立つかわからないが、急いで虎次郎の元へ向かうのであった。


虎次郎サイド。

虎次郎「どうなってやがる、俺の横を通り過ぎていく落人たち」


俺は弓兵が弓を背中に背負い、刀を抜いて向かって来たから、覚悟を決めたのだが通り過ぎて行ってしまった。

拍子抜けしたが俺はまだ一人残っているのを知っている。


親分「おい、貴様俺の子分になる気はないか?」


振り返ると、そこには刀を持った親分がいた。


親分「お前の家族の身の安全を保障してやってもいい、だが村は諦めてもらう悪い条件じゃないと思うが」


当然なるわけがない、なる理由もない。

ようやく俺たちが押し始めたんだ。

こんなところで諦められるかよ俺が仲間になる理由がない。


虎次郎「俺がお前らの仲間になる条件には二つ条件がある」


俺は腕を前に伸ばし、二つ指を立てて見せる。


虎次郎「一つ、お前ら全員がくたばること、一つ、お前らの死体を全部糞ダメに突っ込んでやること、この二つが飲めるなら俺はお前らの仲間になってもいいぜ!」


親分はそうかと答えると、刀を握った。


親分「ならお前とその家族の、首と胴を分けて晒してやろう、そうすれば残った農民共の教訓にもなろうよ」


そういって親分は刀を振り下ろしてきた。

俺は咄嗟に受け止めたが、その拍子に刀が半分折れてしまった。

冷や汗をかく。

くると分かっていたのに、受け止めるので精一杯だった。

振りが早くて見切れなかった。

伊達に落人たちの親分をしているわけではないようだ。

きっと腕に覚えのある侍だったに違いない。


親分「おら、さっきまでの軽口を吹いてみろよ」


どうやら物凄く不利な状況である。

そりゃそうだ、相手は元侍で、俺は農民だ。

どちらが有利なのかは一目瞭然だ。


虎次郎「へ、俺が持たせれば皆がお前の仲間を討ち取って、こっちに来てくれる、そうすれば」


勝ちの目途はある!


親分「お前が死んで仲間の士気が下がらなければいいがな」


親分は不敵な笑みを浮かべ更に切りかかってくる。

そのあとの展開は防戦一方だった。

どうにか受け止めるが、それで手一杯である。

こんな剣戟何回も受け止めきれない!!

何回も親分の凄まじい剣戟を受け続けたせいで、手が痺れてしまった。

そして手に持っていた刀を離してしまう。

俺は首元に刀を突き付けられる。

もうどうしようもなかった。


親分「どうだ、これが俺とお前との力の差だ、利口な奴ならここで命乞いをするところだが、果たしてお前はどうでるのか」


親分は俺の答えを待っていた。

俺はこう答えてやった。


虎次郎「手前の仲間になるくらいなら、犬畜生に仲間入りした方がまだマシだぜ」


精一杯の強がりだった。

すまん、皆!

あとは頼む!


親分「なら死んで犬畜生にでも生まれ変わるがいい」


首元に突き付けられた刀が振り降ろされる瞬間、俺は目を瞑った。

しかし、次の瞬間ゴツっという鈍い音がなった。

目を開けると親分は頭を押さえていた。

俺は何が起きたかわからなかったが、隙が出来たのは確かだったので腹に行き良いよく飛び込み、転ばしてやった。

親分と一緒に倒れこみ、俺は取っ組み合いになった。




源蔵サイド。

弓兵たちは、他の村人たちがなんとかしてくれた。

他の村人たちもわかっている、虎次郎が死んだらこの戦いに意味がなくなってしまうことを。

俺を行かせてくれたのだ。

俺はどうにか虎次郎のところまで行きついたが、絶体絶命のところであった。

虎次郎の首元に刀が突き付けられ、俺は走っても間に合わないと思い、手ごろの石を拾った。

肩に刺さっている矢は未だに痛む。

だが構うものか、今この場で当てられなかったら神様一生恨みから!

そして投げた一投は親分の頭部に直撃した。

私はこれほど神様に感謝したことはなかった!

商人舐めるなよ!!

心の中でそう叫んだ。


遠くから睨みつけてくる親分、だがその僅かな隙に虎次郎が腹に思いっきり突っ込んだ。

その衝撃で親分は刀を離した。

一緒に転ぶ二人、だが腹に飛び込んだ分、虎次郎が有利だったようで親分に馬乗りすることができた。

顔を殴りまくる虎次郎。

親分はすぐさま地面の砂を握り、虎次郎に投げつけた。

砂が目に入った虎次郎は、怯んでしまった。

続け様に、親分は虎次郎の襟首を掴み、引き寄せると思いっきり頭をぶつけた。

頭を抱える虎次郎の襟首を離さず、そのまま横に投げ飛ばした。

その間に私は親分が飛ばした刀を拾い、親分に斬りかかる。

しかし、避けられてしまい、殴られ、膝をついてしまった。

意識が一瞬飛び、その間に首を掴まれ、持っている刀を奪われてしまった。

なんと弱いのか私は!!

今ほど自分の非力さを呪ったことはなかった。


親分「お前らの家族には死ぬ方がマシって程の仕打ちをしてやる、先にあの世で懺悔でもしてろ」


相当に怒っているらしく、目が血走っていた。

私は首を絞められたまま、状況を確認する。

先ほど投げられた虎次郎はさっき頭突きが相当聞いているらしく、立ち上がろうとしているが、フラついて立てない。

私は抵抗を試みているが、たいして聞いていないらしくこのまま絞め殺されそうだ。

私の意識も徐々に薄れていき、もうダメだと思った。

そのときだ、何かが親分の首元に噛み付いた。


親分「アッガ!、なんだこいつは!?」


私の首を絞めている手を離し、地面でゲホゲホと咳込んでいる私を蹴り飛ばすとその噛み付いた生き物を地面に思いきり叩きつけた。

蹴り飛ばされたせいで、わずがに親分との距離が開く。


源蔵「ゲホッ!ゲッホ!ハァ、ハァ」


どうにか息が出来るようになった。

見ると直ぐになにが噛み付いていたのかわかった。

クポだった、どうやら娘たちのところから理由はわからないが離れてしまったらしい。


源蔵「クポォォォォォォォ!!」


私を助けるために危険な相手だと分かっていただろうに噛み付いたのだ。


クポ「クポォー・・・」


それは弱々しい鳴き声だった。

無理もない、あれだけ小さいのに、地面に叩きつけられたのだ。


親分「こいつ!俺に血を流させやがったな!」


親分の首元からは血が流れていた。

首の肉を噛みちぎられたのであろう。

親分は持っている刀で、瀕死のクポに向かって刀を振り上げる。


源蔵「よせ!やめろおおおお!!!」


私は親分に向かって駆け寄ろうとしたが間に合わない。

親分の刀は瀕死のクポを貫いた。

クポっ!と鳴くとクポは動かなくなってしまった。

その体からは黒い液体が流れ落ちた。

あれがクポの血だということは見ればわかった。

あのババア!何が悪魔だ、鬼のようなものだだ!?

クポは私を守るために命を張ったんだぞ!?

そのような存在であってたまるか!


源蔵「貴様は!絶対に許さん!」


親分を睨みつける。

私は怒りでどうにかなりそうだった。

短い間であったが、クポは私たちの家族であったのだ。

それを私の目の前で殺したのだ、許せるものか。


親分「許さないだと、それは俺も同じだ、お前らは俺を怒らせたのだからな、生きていられると思うなよ」


二、三歩歩き、私との距離を詰める。


親分「なあに、お前もさっきのよくわからんモノの後をすぐ追うのだ」


刀を振り上げる親分。


親分「もう苦しませて殺そうなどとは思わん、さっさと死ね」


そのときだ、地面に異変が起きていることに気づいた。

先ほどまで茶色い土だった地面が、黒く変容していたのだ。

親分もそれに気づき、恐怖で顔が歪んだ。


親分「な、なんだこれは!?どうなってやがる!!」


その黒い地面はどうやら液体らしく、少しずつ広がっていた。

親分の足はその黒い液体に浸かるっていた。

私はその黒い液体が迫っていたので、私の足元に来る前に後退する。

これはなんだ!?今まで見たことがないぞ!?

私が後退しているのに気付いた親分。


親分「おい、誰が逃げていいといった」


親分は私に近づこうとするが、何故か近寄って来ない。

顔で足に力を入れているのはわかるが、どうやら抜けないらしい

親分の顔はどんどん真っ青になっていた。


親分「なんだこれ!?足が地面にくっついて!?」


刀で地面を引き裂く親分、しかし液体状の黒いものは切っても切っても退く気配などない。

その黒い液体は徐々に足を伝い、親分の足を侵食していく。

私はそれを呆然と見ていた。

親分は今にも泣きそうな顔をして私に助けを求めた。


親分「悪かった!今までのことは俺が全部悪かった!だから助けてくれよ、金でもなんでも欲しいものは全部やる!だから!」


親分は必死に懇願する、だが助けろと言われても、助けるわけがない。


虎次郎「おい、一旦下がるぞ!ここにいたら間違いなくやべえ!」


フラつきから治った虎次郎はいつの間にか私の隣にまで来たいた。


源蔵「あ、あぁ、そうだな」


私は虎次郎と共に村のみんながいるところまで下がることにした。


親分「まっ待ってください!行かないでください!なんでもしますから!」


親分はもう形振り構ってなどいなかった、その黒い液体は腰にまで来ていた。


虎次郎「知るか!お前は今までやったことを悔いてここで死ね」


そう行って走り出す虎次郎、私もそれに続いて走り出す。

戦いはもう終わっていた。

あの黒い液体と親分を見て、皆戦いをやめていたのだ。

呆然とするもの、恐怖で逃げるもの。

誰も親分を助けようとは思っていなかった。

私はある程度距離を開けると立ち止まり、もう一度振り返った。

そこには胸まで来ていた液体を手で払おうとして泣きながら抵抗していた親分がいた。

しかし、その抵抗も空しく、手で払おうとすれば、その手に付着するだけであった。

やがて、親分の全てを黒い液体が飲み込むと、倒れた。

恐らく窒息したのであろう。

私は恐怖で体が震え出した。

下手をすれば、あれは私であったかもしれないのだ。

親分だったモノは黒い液体に沈んでいった。

私はそれを眺めていると、頬を叩かれた。

虎次郎が頬を叩いたのだ。


虎次郎「何をしている!?死にたいのか!一旦村に戻るんだよ!」


必死の形相である、虎次郎も今の状況では余裕がないのである。


源蔵「あ、ああ、すまない」


村人たちも、落人たちも皆逃げ出している。

逃げる前に私は最後にクポの死体を確認した。

そこにはドロドロに溶け出しているクポがいた。

もはや原型をトドメてなどいなかった、クポとわかったのはクポの死体から際限なく黒い液体が流れ出ていたからだ。。

それを見てから私も虎次郎に続き、村に走り出す。

あれはクポなのか?ドロドロに溶け出している死体を見てその問いに行きついた。

私は前に言っていたイザベラの言葉を思い出していた。


イザベラ「そうだね、あれは私の国でいう悪魔といったものでね、こっちの国でいう鬼に近いかのー」


あれが、悪魔というものなのか!?

少し前まで私にでもなんとかなるかもしれないと思ったが、あんなのなんとかなるわけがない!

刀で切れないモノをどうしろというのか。

村に入ると私は家に向かった。

村自体に被害は出ていない、まるで何もなかったようだ。

しかし、現実は戦いのあと、よくわからない怪物が出てきてしまった。

私は家族の安否が気になり全速力で走った。

村では何が起きたかもわからない者が大勢いた。

現状を知っている者はあの戦いから生き延びたモノだけだろう。

しかし、今は他人に構っている暇などなかった。

私はようやく家に辿りつくと玄関の扉を開けた。


お菊「あなた!戦いはどうなったの!?」


春「お父さん!」


そういい私に近寄ってくるお菊と春。

戦いに参戦していないので当然状況がわからないのも当たり前なのだが、今はそれが煩わしく感じてしまう。


源蔵「今はそんなことどうだっていい!!」


つい、声を荒げてしまった、どうやら相当、焦っているらしい。


お菊「そんなことって・・・」


お菊の言いたいことはわかる、命のやり取りをしていたのをそんなことと言い切ったのだ。

当然、何が起きたか気になるだろう。

だが今は説明している時間などない、あの黒い液体はゆっくり、だが確実に広がっているのだ。

あの液体が村を侵食すれば恐らく、あの親分のように・・・


源蔵「すまない、だが説明している時間がないんだ、今は私の言うことを聞いてくれ」


私の必死さに只事じゃないと察したお菊と春。


お菊「わかったわ、それで私たちはどうすればいいの?」


源蔵「最悪村を出ることになる、必要なモノを持ち出す準備をしてくれ」


そこで私は小梅の姿がないことに気づく。


源蔵「おい!小梅はどこだ!?」


私は玄関から家に上がると、すぐに家の中を探す。


お菊「落ち着いて!あなた!」


家の中を歩き回る私についてくるお菊。

そして私は家の裏手にいる小梅を見つけた。


小梅「クポー、どこに行ったのー」

どうやらクポを探しているようだ。

私は小梅に近づくと、腰を下げてギュッと抱きしめた。


小梅「お父さん、クポがいなくなっちゃったの、一緒に探してー」


私は返事に困った。

クポが化け物になったなどと信じられるものか。

私は必死に嘘を考えた。


源蔵「クポは、仲間たちのところに帰ってしまったんだ」


苦しい嘘だったかもしれない。

それでも私は嘘をつき続けるしかなかった。


小梅「やだー、クポがいないと寂しいぃー」


駄々をこねる小梅。


源蔵「小梅だって、家族と一緒がいいだろ、クポだって同じなんだ、わかるね?」


あれに家族だって?咄嗟によく思いついたモノだ。

私は先ほどの液体状にドロドロ溶け出したクポが頭によぎった。

あれに仲間などいるのか・・・今はそんなことを考えても仕方ない。


小梅「うん・・・わかった」


渋々、納得してくれたようだ。

私は良し良しと小梅の頭を優しくなでた。

お菊は私が大丈夫と見るや、村を出るための準備をし始める。

私も一緒に準備しようと、家に戻ろうとすると、村人の大きな声が外から聞こえた。


村人「村の皆は村長の家に集合だー!」


察するに状況がわかっていないものや、これからのことを話し合うのだろう。

それなら私も向かわなければならない。

私はふとイザベラの言葉を思い出した。


イザベラ「カカカ、退治に困ったらこれを使いな、鬼退治には打ってつけのモノだよ」


イザベラがくれた袋があった、確か退治には打ってつけのモノだとか。

私が工作するときに使う机の引き出しにしまっていたはず。

私は急いで自分の机まで行き、引き出しを開ける。

そこには前と変わらぬ袋があった。

これが何なのかはわからないが、いざというときは使おう。

とりあえず中身だけは確認しておこうと、袋の中を確認する。

中は粉が入っているだけでそれ以外なにもなかった。

本当にこんなモノがあれに効くのか!?

半信半疑であるが、無いよりはマシだ。

私は袋を懐にしまっておくことにした、早く準備を済まさなければ。

準備に取り掛かっている最中にその雄たけびは聞こえてきた。


?「グオオオオオオオオォォォォォォォッォォォォ!!!!!!!!!!!!」


この世のモノとは思えない雄たけびであった。

もはや地鳴りである、いったいあの黒い液体から何が生まれたというのだろう。

これ以上厄介なことにはならないように私は祈った。


私たちは再び、村長の家に集合していた。

他の村人たちも同じだ、皆、虎次郎の言葉を聞きに来たのだ。

村人の中には大切な人が無事に戻ってきて喜んでいるもの、帰って来なくて悲しみに浸るもの。

同情はするが、なにもしてやれることなどない。

私たちは虎次郎が出てくるまで、家族と身を寄せ合った。

虎次郎はすぐに出てきた、状況が切迫しているのもあるだろう。

急ごしらえの壇上に上がると、虎次郎は喋りだした。


虎次郎「今この村には落人なんかより危険な化け物が出現した!!」


焦っているらしく、単刀直入に話をする。

ガヤガヤと騒ぎ出す村人たち。

化け物と言われ真偽を測り兼ねているのだろう。

当然だ、いきなり化け物が出たと言って信じる方がどうかしている。


村人「嘘じゃねえ!!俺も見た!あれはとんでもねえぞ!黒い水が落人を飲み込みやがった!落人の親分が刀で切ってもまるで効いてなかったんだ!」


俺も見たというモノが何人も続出した、戦いから帰った者だろう。

虎次郎は話を続ける。


虎次郎「あれは俺たちが考えている以上に危険なんだ!さっき何人かで試してみたが、どうにもならなかった。油をかけて燃やそうとした!だが結果は何も起きなかった!」


切るのもダメ、燃やすのもダメ、ならばどうすればいいのか。


虎次郎「あれは何もかもを飲み込んでしまう泥だ!俺たちは黒い泥と呼ぶことにした!」


黒い泥、正しい表現かもしれない、あれは元々クポの血で出来ている、どういうことか、それが無限に湧き出ているのだ

血というには、余りに多すぎるし、このまま際限なく広がり続けるようなら地上など、覆いつくしてしまうだろう。



虎次郎「このままでは御上に頼らなくてはならなくなる!しかし、あの化け物が御上に知られたら、俺たち村人はあらぬ疑いを掛けられるかもしれない」


私たちの村で出現したのだ、確かに怪しまれるかもしれない、疑いを掛けられるだけならいい、最悪なあらぬ罪を着せられるかもしれない、それだけあの化け物は異常だ。



虎次郎「だから、出来ればここで何とか退治したい!だから皆の知恵を俺に貸してくれ!」


今ならまだ与太話で済む、だが化け物が広がるのをやめなければ与太話ではすまなくなる。

それにだ、やっとのことで落人もどうにか出来たのだ、村を諦めたくないのもあるだろう。

私だってどうにか出来るのならしたい、だが・・・

私は懐にしまっていた袋を握りしめる。

こんなものでどうにかなるものなのか、半信半疑である。


村人「おい、源蔵ならなにかわかるんじゃないか?」


私に視線が集まる。


源蔵「わ、私ですか?」


自分がなぜあの化け物のことをわかると思ったのだろうか。

この袋のことを誰かから聞いたのだろうか?

誰にも話した覚えがなかった私は困惑した。


村人「だって、あれはお前さんが飼ってたペットがああなったんじゃないか、だったら何か知ってるはずだろ」


あの過程を見ていた生き残りがいたのだろう、あれがクポだと感づいている者がいる。

しかし、私に言われてもわかるわけがない、知っている頃と何もかもが変わりすぎている。


村人「そうだ、お前が飼ってたペットだろ!何とかしろ!」


村人「いったいなんのことじゃ!ちゃんと説明してくれんとわからんではないか!」


現状を把握している人と、していない人で混乱が起き始めていた。


源蔵「お、落ち着いて私だってなにがおきてるか・・・」


お菊「わ、私たちは何もしていません!そもそも私たちが飼ってたペットが化け物だなんてそんな!」


現場を見ていないお菊の声が少し怒った口調になる。

そしてクポを知っている村の子供もお菊に同調する。


村の子供「そうだ!そうだ!クポは一緒に遊んだことがあるけど化け物なんかじゃあないやい!」


お菊にはまだ、説明していない、虎次郎の話もよくわかっていないのだろう。


虎次郎「皆落ち着いてくれ!わかった!俺が悪かった!ちゃんと説明するから話を聞いてくれ!」


虎次郎もこの混乱を持て余しているようだ。

私もどうしていいかわからないそんなときだった。


小梅「クポはまだいるの?」


小梅はまだ一連の会話でクポがこの村にいることを理解してしまったらしい。

小梅の手を捕まえていたはずだったのだが、掴みが軽すぎたのか、手から離れてしまった。

マズイと思ったときには私から離れ、走って行こうとしていた。


源蔵「誰か!その子を止めてくれ!!」


私は小梅を追いかけようとした、だが先ほどの村人たちに阻まれてしまった。

今はそんなときではないのに!?


春「私に任せて!お父さん!小梅をすぐに捕まえて連れ戻してくるから!」


春は私の返事を聞く前に走っていた。

心配だが、今は任せるしかなかった。


源蔵「頼んだぞ!すぐに戻ってくるんだぞ!いいな!」


聞こえたのか、聞こえていないのかはわからない、すぐに娘二人の姿は見えなくなっていた。


村人「おい、どうなんだ、村の危機なんだぞ!」


一人の村人に胸倉を捕まれる。


源蔵「そんなこと言ったって私が知るわけありませんよ!」


段々と首を絞める力が強くなり、苦しくなる。


お菊「やめて!こんなことしてなんになるのよ!!」


お菊は私の胸倉を掴んだ男を突き飛ばした。

その拍子に首から手が離れ、苦しさはなくなる。

男は突き飛ばされ、尻餅をつく。


村人「てめぇ〜、優しくしてればつけあがりやがって!」


倒された村人は、拳を握りしめて立ち上がる。

私はお菊の前に出て、盾になる。

正に一触即発のとき。

雨が降り出した。

先ほどまで、晴れていたになぜ?

殴りかかろうとした村人も不思議に思い、空を見上げた。

私もそれに釣られるように空を見上げた。

しかし、そこに雲はなかった。

降っていたのではない、降り注がれているだ!

あの化け物がいたところから水が降り注そがれているのだ!

しかもこの雨、黒いのだ、嫌な予感しかしなかった。


?「アァァァァァァァァァァァァ!!!!!?????」


そのとき、何処かから悲鳴が聞こえた。

その近辺にいる村人たちはその悲鳴の場所から逃げるように背中を向けて走り出す。

そこにはあの黒い泥だまりが出来ていて、足を取られている村人がいた。


虎次郎「みんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!逃げろおおぉぉぉぉぉぉ!」


その掛け声で皆んな逃げ出す。

私もお菊の手を取り走り出す。


お菊「あなた!何があったの?娘たちがまだ!?」


源蔵「今はあの娘たちを信じるんだ!!」


私はどこへ向かうもなく、走った。

この雨からでないとマズイ。


村人「足が!足が抜けない!どおなってやがるんだよぉ!?」


村人「イヤァァアァァァァァァ!!泥が服の中にぃぃぃ!!」


村人「離せ!離しやがれ!」


それを聞きたくなくて、耳を手で塞ぎたかった。

村人たちの様子を見て、お菊が状況を把握しだしたのだろう、顔がこわばっていた。

だがお菊の手だけは何があっても離したくなかった。

我武者羅に走っている中、お菊の動きが止まった。

濡れているため、お菊の手を離してしまった。

今は娘たちのことを話してる場合じゃないのに!

私は後ろを振り返る。


お菊「あなた、逃げて」


お菊の片足にはあの黒い水溜りが出来ていた。

私は絶望した。

だが目の前にお菊がいるのに諦める訳にはいかなかった。

お菊の草鞋を外そうと手を伸ばす。


お菊「ダメよ!」


手を伸ばそうとして、手を掴まれる。


源蔵「なぜだ!草鞋を外せばまだ!」


そういって、お菊の足元を見る。

だが黒い泥はもうお菊の甲まで来ていた。


お菊「これに触れたらあなたがどうなるかわからないわ、だからあの娘たちが生きていてもいいようにあなたは行って」


源蔵「待ってくれ、何かいい手があるはずだ、大丈夫、心配いらないさ、私が必ず」


自分に言い聞かせるように呟いた。

薄々感づいている、恐らく娘は助からないだろう。

もう何十人も足を取られているのを見た。

あんな子供2人が無事に抜けられるはずがない。

この上お菊までいなくなってしまったら、生きて行く自信などない。


お菊「あなた!!!!」


私をどうにか逃がそうと叫ぶが無視する。

本当に小さい泥だまりだ!こんな小さい泥だまりでも抜け出せないのか!しかも片足だけ!

さっきから手を引っ張るがビクともしない。

いったい何なのだ!この泥は!

そこで私は懐にイザベラから貰ったものを思い出す。

もうこれしかない!

懐に入っていた袋の紐を緩める。

中を開けると粉は雨のせいで少し固まっていた。

構うものか、粉の半分を握りしめてお菊の足元の泥だまりにかける。

頼む!これでダメなら私は!!

ジュゥゥゥゥゥゥゥゥという音とともにお菊の足元の泥だまりは蒸発していく。


お菊「え、なに?あなたそれは・・・」


源蔵「後で全部説明するから!今はこの場から逃げることだけ考えてくれ!」


そういって再び走るのを再開しようとしたときだった。


村人「おい!源蔵!頼む!助けてくれ!」


声のする方を見ると、先ほど首を絞めた村人いた。


村人「頼む!俺も足を取られちまったんだ!自分じゃあどうしようもできないんだ!だから頼む!さっき奥さんにやったみたいに俺も助けてくれ!」


村人は足が取られたときに転んだのか、横に倒れている。

足はくっ付いたままのようで、倒れた方向が悪かったのか折れていた。

私はすぐに顔を逸らした。

私の仕草を見てその村人は顔を凍らせる。


村人「さっきのことを怒ってんのか!?だったら謝るよ!?なっ!?だからお願いします!助けてくださいよ!!」


別に恨んでいるわけではない、彼もこの異常事態にでおかしくなっていただけなのだから。

しかし、ここで助けたとして、あの足ではもう走れない。

当然私たちが背負わなければならなくなる。

そうすると助ける時間と、背負ったことにより、この雨から出るのに時間が掛かってしまう。

だがこの場所に長く留まるほど危険なのだ、今の私は彼を助けることなどできなかった。

そしてなにより、もう半分しかないこの粉を他人の為に使う気などない。


源蔵「すまない」


私はお菊の手を取ると今度こそ、再び走りだした。


村人「嘘だろ!おい!俺を見捨てるのか!お前の取ってきた山菜を交換してやったのは誰だと思ってるんだ!この恩知らずが!おい!お願いします!戻ってきてください!嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ死にたくないよぉぉぉぉ、母ちゃぁぁぁぁぁぁん!」


ごめんなさい、ごめんなさいと何回も謝るように呟き続けるお菊。

そして、遠くまで聞こえてきた先ほどの村人の声はやがて聞こえなくなった。

私はこのときに、命の優先順位を決めた。



虎次郎サイド。


虎次郎「待ってろよぉ!絶対に助けるからな!」


そういうが虎次郎は焦っていた、虎之助が泥だまりに浸かってもう何分ここで粘ったのだろうか。


虎之助「父ちゃぁぁぁぁぁぁん!!助けてぇぇぇぇぇ!!」


虎之助は生きる為に喚き続けた。


幸「あなた早くしないと、泥が!?」


虎次郎「わかってるよ!!!!」


しかし、いくら虎之助の手を引っ張っても抜けないのだ。

もう虎之助の膝まで泥は侵食している。

どうやらこの泥だまりは獲物を捕まえると、侵食する。

その間は泥だまりは地面には広がらないようだ。

だがこのままだと別の泥だまりが広がっていく。

助けたところで、この場所から逃げ切れるかわからない。

私は焦る頭で考えた、そして閃いたのだった。

待てよ、なにも3人で死ぬことはない、幸と2人で逃げればいいじゃないか。

なんだ単純な計算じゃないか。


虎次郎「逃げよう・・・」


思っていることが口に出てしまった。

どうやら幸にも聞こえたらしく、信じられないモノを見るような顔で俺を見ていた。


幸「なにをいっているのあんた・・・?」


虎之助「父ちゃん・・・?」


俺は次出す言葉を躊躇った、もう次の言葉を出せば、村長の息子虎次郎として、いや、1人の親としてダメになる。


幸「虎之助を見捨てる気なの!?」


しかし、俺の口はもう止まらなかった。


虎次郎「仕方ねぇじゃねぇか!!こんなのどうやって助けろっていうんだ!このまま3人死ぬより2人生き残った方がいいに決まってるだろ!!」


虎之助「あっ!?」


さっきまで手を取っていた虎之助の手を振りほどく。

そして幸の手を掴もうとする。

だがその手は幸に叩かれてしまう。


幸「そんなことをするくらいなら死んだ方がマシだよ!こんな犬畜生にも劣る人間だとは思わなかったよ!?」


そういうと幸は虎之助を抱きしめる為に泥だまりに入る。


虎次郎「おい!」


虎之助は幸の行動を見て唖然とする。

そして幸は虎之助を抱きしめた。

虎之助はもう2人とも助からないことを悟り、また泣き出す。


虎次郎「クソッ!?勝手にしろぉ!!」


虎次郎は一目散に走り去って行った。


虎之助「母ちゃぁぁぁぁぁぁん!!ごめんよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!俺なんかの為にぃぃぃぃぃぃ!!」


幸は虎之助が余りにワンワン泣き喚くものだから、こんな状況にも関わらず笑ってしまった。

虎之助は不思議でならなかった、こんな状況で笑える母を。


虎之助「どおして、母ちゃんは笑えるの?」


その質問に対して幸は答えを持ち合わせていなかった。

だが虎之助が知りたがっているのだ、答えてやりたかった。

少し考えて、幸は答えた。


幸「愛する虎之助と死ぬんだ、そんな十年、二十年後に、歳老いて1人で死ぬよりよっぽど嬉しくてね」


そうして笑ってみせた。

それは強がりであった、悟られないように精一杯笑ってみせる。

だがそれは虎之助に見透かされたらしく、虎之助は泣きながら満面の笑顔でこう言った。


虎之助「なーんだ、じゃあ、悲しむことなんてないね。だってね、僕、母ちゃんのこと大好きだしね!」


そんな強がる虎之助を見て、私は堪らなくなり、膝をついて泣いてしまった。


幸「ごめんねぇぇ!もっと育ててあげたかった、もっと楽しいことを教えてあげたかったよぉぉぉぉ!こんなことならもっと美味しいもの食べさせてあげたかったよぉぉぉぉ」


初めて見る母の姿に、虎之助は自分がどれだけ愛されていたかを知った。

それで満足であった。


虎之助「ありがとう、母ちゃん、産んでくれて、生まれ変わったらまた母ちゃんの子供がいいな」


母ちゃん「わかったわぁ!生まれ変わったら何度だって、あなたを産んで上げるからぁ!だから何にも心配しなくていいからねぇ!」


虎之助「何度もって・・・」


虎之助は思わず笑ってしまった。

ああ、そうか母が笑った理由がわかってしまった。

2人はそのまま強く抱きしめ合ったあと、泥の中に沈んだ。



源蔵サイド。


あてもなく走り続けて辿り着いた場所は東の山であった。

ここまでは黒い雨は降り注いではいなかった。

山は虫の鳴く声が響いていた。

先ほどまでのことが嘘のようだ。

沢山の人が死んだだろう、いっそのこと、これが夢であればいいのにと思う。

お菊も疲れているらしく、憔悴し切った顔で火を見つめていた。

私たちは今焚火をしていた。

一日で色んなことが起こりすぎた。

それを受け入れるのには時間が必要だった。

火を見つめていると、お菊が泣き出した。

私も泣きたかったが、泣いてもどうにもならない、ここで私が折れればそれこそどうにもならない。

折れそうな心を必死で支え、どうにか平静を保った。

これからどうするのか考えたが、やはり、イザベラのところに行くことにした。

あの粉がもっと欲しい、そうすればあの化け物も倒せるかもしれない。

お菊にはこれまでのこと、そしてこれからのことを話した。

しかし、ずっと放心状態で聞いているのか聞いていないのかわからなかった。

私は明日に備えて寝ようと思い焚火を消した。


源蔵「もう今日は寝なさい、明日は早いぞ」


私はお菊の近くで囁いた。


お菊「明日早起きしてどうするのよ、これからどうしようっていうのよ、もうやることなんて・・・」


自暴自棄になっていた。

今の私はあの化け物を倒せる方法を考えていた。

あの粉で蒸発はするが、あれで倒せるのか?

あれだけ広がってしまった泥を消すのに一体どれだけの粉が必要だというのか。

今はイザベラのところに向かう、そのために今日はもう寝よう。

お菊が横になるのを見て、私も横になる。

地面は固いが、敵が近づいて来たときに一番わかりやすい。

今だって正に!?

そのときに気づいた、なにかが歩いている音に気が付いた。

私はすぐに上半身を起こした。

動物か人間かはわからない、だが私は声を掛けずにはいられなかった。


源蔵「そこにいるのは誰だ!?あの中で生き残った者か!?」


足音は一度止んだが、また歩を進めてきた。

どうやらこっちに向かってきているようだ。

言葉が通じたのか?それともただの獣か?なぜ返事をしない!?

そして茂みの向こうから現れたのは。


虎次郎「源蔵か?」


なんと虎次郎だった!?あの場所から生きて出られたのか!?


源蔵「虎次郎か!?」


虎次郎が生きていたことに興奮した私は思わず立ち上がった。

お菊も上半身だけ起こしている。

私は虎次郎に駆け寄った。

そして虎次郎に殴られた。

なにが起きたか、一瞬わからなかったが、虎次郎の顔を見た。

その顔は怒りに満ちていた。


虎次郎「お前が飼っていたペットのせいで村が全滅したんだぞ」


また一発殴られる。


虎次郎「みんな死んだ!親父も!幸も!虎之助も!村の奴らも!みんな!死んだんだ!お前のせいで!」


殴られ続けて、姿勢を保てなくて、仰向けに倒れてしまう。

仰向けになったところを虎次郎が馬乗りになってきた。

その状態で更に殴られる。

顔を殴られ続けるのはまずいので、手である程度防ぎながら、虎次郎の怒りが止むのを待った。


お菊「もうやめて!私たちはなにもしていないわ!」


止めるために、振りかざす手に掴みかかるお菊。


虎次郎「離せ!離せ!こいつが!こいつが!・・・」


振り払おうとするが、お菊は離れない。

やがて、虎次郎の振りかざした腕に力がなくなり、お菊はその腕を離した。


虎次郎「こいつのせいじゃなかったら、俺は誰にこの感情をぶつければいいんだ・・・」


虎次郎は泣き始めた、そして泣き言を言い始めた。


虎次郎「俺は村の人間どころか、大切な人を見捨てて逃げて来た、命が惜しくて、いや、死ぬのが怖くて逃げて来たんだ、俺はとんだ臆病ものだ・・・」


源蔵「そうか」


返す言葉が見つからなかった。


虎次郎「幸は俺に犬畜生にも劣る人間だって言ったんだ・・・」


源蔵「・・・」


虎次郎「俺が本当に怒っているのは、あのときに一緒に死んでやれなかった俺自身なんだ」


涙で濡れた顔を手で覆ってしまう。


虎次郎「すまねえ、すまねえ、こんな臆病な俺を許してくれ」


源蔵「・・・」


虎次郎は懺悔を続ける。

家族に言っているのか、私に言っているのか、村のみんなに言っているのかはわからない。

彼は気が済むまで懺悔を行い、誰だかわからない相手に許しを乞い続けた。


翌日、私はイザベラからもらった粉で難を逃れたことを虎次郎に話した。

そしてこれからイザベラのところに向かうことも。

あの化け物を仇討ちするのだと。

その話に虎次郎も乗ってくれた、虎次郎も当然あの化け物に恨みがあるのだ。

断る理由がないと、即断してくれた。

お菊もツライだろうについて来てくれるらしい。

私たちはイザベラがいる東の山を登っている。

幸い、落人たちがクマを狩ってくれたので、熊に襲われる心配はほとんどない。

そして元々東の山は狩られたクマの縄張りだったため、他の動物たちは滅多に寄り付かないのだ。

私は一度来ただけで、しかもゴブ太郎に道案内して貰って来たから、うろ覚えであった。

だからイザベラの家まで辿り着くのに時間が掛かってしまった。

だが、なんとか昼頃にはイザベラの家に到着した。

イザベラの家を見て、虎次郎は驚く。


虎次郎「こ、これが西洋式の家か、随分堅そうだな」


お菊は暗い顔をしたままであった。

まだショックから立ち直れてないようだ。

いや、本当は虎次郎も私も立ち直ってなどいない、平静を装っているだけなのだ。

井戸で水汲みをしているゴブ太郎の姿があった。

虎次郎もお菊もその姿を見て、警戒する。

クポのせいで未知の生き物に対しての警戒心が強くなっているのだと思う。

いや、警戒するのが普通なのかもしれないが。

私がゴブ太郎に近づいていくと、ゴブ太郎も私たちの存在に気が付いた。


ゴブ太郎「よう、久しぶりだな人間!ゴブ太郎様に会いたくなったか?」


源蔵「ゴブ太郎!先日はイザベラ様が、ゴブ太郎をカエルにしたとか言うから心配したよ」


ゴブ太郎は嫌そうな顔をした。


ゴブ太郎「嫌なことを思い出させないでくれよ・・・」


ゴブ太郎の顔を見る辺り、本当にカエルにされたのだろうか?まさかな。


源蔵「今日はイザベラ様とまた話がしたくてここに来たんだ、取り次いで貰えないかな?」


神妙な顔をして三人の顔を見渡すゴブ太郎。


ゴブ太郎「いいだろう、ちょっとここで待っときな、ご主人様と話してくる」


水を溜めこんだバケツを持って玄関から家に入ってく。

それを見送ると、虎次郎が近づいて来た。


虎次郎「おい、大丈夫なのか、あれ、肌の色が緑だったし、また見たことない生物だぞ」


不安なのは当たり前だ、だが頼れるのがここだけだし、なにより。


源蔵「大丈夫さ、もう一匹の奴は性格が悪いが、あのゴブ太郎は結構いい奴なんだ」


虎次郎「そういうことを言ってるんじゃない、また化け物に変身されでもしたら・・・」


源蔵「じゃあ、ここで待っていてもいいよ、私一人で行くから」


虎次郎「そんな訳に行くか!俺も行く!もう頼りないかもしれないが」


恐らく、幸と虎之助のことを言っているのだろう。


源蔵「そんなことないよ、一緒にいるだけで心強いよ」


実際一人より、誰かいてくれた方が安心はする。


虎次郎「そ、そうか、そうならいいんだが」


私はお菊に呼びかける。


源蔵「もし、入りたくないならここで待っててもいいからね」


聞いているのか、聞いていないのか、お菊は返事をしてくれない。

あれ以来お菊は余り口を開いてくれなくなってしまった。

意気消沈というやつだ、元気になって欲しい。

しばらく待っていると、玄関から顔を出すゴブ太郎。


ゴブ太郎「おい、人間!ご主人様が話してくださるようだ!中に入りな!」


そう言い残すと、家の中に戻っていく。


源蔵「私たちも行こう」


私が先頭にたち家の中に入る、その後ろに虎次郎、お菊の順だ。

結局お菊も付いてくるようだ。

扉を開けると中は前と変わらず見たことある生き物や、見たことない生き物が漬けられていた。

いったいこれを何に使うのだろうか。


虎次郎「おぇぇ、気持ち悪い」


気分が悪そうにする。


源蔵「お願いだから吐かないでくれよ、話づらくなるから」


ゴブ太郎はもう2階に上がっているようだ。

暗くて見えにくいが前に来たこともあり階段の場所はわかる。

階段に向かうと後ろから2人も付いてくる。

階段を登ると、そこにはゴブ太郎とゴブ乃介、そしてイザベラがいた。


イザベラ「待っていたよ、源蔵」


まるで私が来ることを予知していた口ぶりだ。


源蔵「話がある」


イザベラ「ああ、知っているよ、あの悪魔のことだろう?」


私もそうだが、後ろの二人も驚いているようだ。

こんなご老体が現場にいたとは考え難い、ならゴブリンがイザベラに教えたのか?


源蔵「なぜ知っているのですか?」


イザベラ「知らないことはないからねぇ、さあ、話を続けな」


私は単刀直入に言う。


源蔵「あの化け物をなんとかしたいのです!イザベラ様なんとかなりませんか!?」


イザベラは話を聞くや、カカカと笑う。


イザベラ「おいおい、前に来た時と言ってることが違うんじゃないのかい?」


そうだ、私は前に来た時にあれくらいならなんとかできると言った。

恥を忍んでのお願いである、しかし、形振り構ってなどいられなかった。


源蔵「イザベラ様はあの化け物のことを知っていてなにも言わなかったのですよね?」


イザベラ「ああ、そうだよ、あれが何なのかわからぬのに自分でなんとかすると言うのが滑稽でねぇ」


ゴブリン二匹もケラケラと笑う。


虎次郎「おい!黙って聞いてればケラケラと笑い腐りやがって!舐めてやがるのか!?」


余りに失礼な態度に虎次郎が我慢の限界に達していた。

しかし、私は虎次郎を手で制止させる。


虎次郎「なぜだ!こいつらには一度礼儀をわからせる必要がある!!」


源蔵「やめてくれ!わからないのか!?主導権を握っているのはあっちなんだ!私たちはお願いする立場なんだ!」


虎次郎と目が合う、その視線を正面から受け止める。


虎次郎「わかったよ、悪かった」


私は視線をイザベラに戻す、話の続きだ。


源蔵「それで、なんとかなりませんか?私たちにはもうイザベラ様を頼る他ないのです」


イザベラはカカカと笑い、質問に答える。


イザベラ「私に出来ないことはないさ、方法も何個かあるさね、しかし、それをただでやるわけにはいかないのぉ~」


意地悪気な口調である、きっとなにか嫌な条件が付けられるのだろう。


源蔵「私たちで出来ることがあるのなら、やりましょう!して、その条件とは!?」


イザベラは何とか出来ると言ったのだ!何の攻撃をしても聞かなかった化け物だというのに、なんとかできると言ったのだ!


イザベラ「カカカ、そんなに聞きたいかえ?」


源蔵「聞かないとわかりませんので」


私はイザベラが答えるのを待った、法外な金を吹っ掛けられたらどうしようと考えたがそれは杞憂に終わった。


イザベラ「私はね、あんたの目玉が欲しいのさ」


この人はいったい、なにを言っているのだ。


虎次郎「てめぇ、ふざけたことばかり抜かしやがって!!」


激怒した虎次郎は私を押しのけてイザベラに掴みかかろうとする。


イザベラ「止まれ」


虎次郎はイザベラに手を伸ばした、だがその手がイザベラを掴むことはなかった。

どういうわけか、虎次郎は途中で手を止めると、そのまま動かなくなってしまった。


虎次郎「な、なんだこれは!?う、動けねえ!?」


虎次郎は苦悶の表情で抵抗を試みるが、やはり動かないらしい。


ゴブ乃介「イザベラ様、こいつの目玉をくり抜いてやりましょうよ」


座っていたゴブ乃介が立ち上がり、伸ばしている腕から、肩に乗り、どこからか取り出したナイフを手にした。


ゴブ乃介「今なら簡単に取れますぜ」


ゴブ乃介の表情は満面の笑みで虎次郎を舐め回すように見ている。

虎次郎の顔は完全に怯えきっていた。


源蔵「やめろ!やめてくれ!」


それを止めようと体を動かそうとしたが、動かない。

まるで自分の体ではなくなったように、いうことを聞いてくれなかった。


お菊「もう!!嫌!!」


お菊も自分の体が動かないことに気づいたらしく、叫んでいた。


イザベラ「やめな、ゴブ乃介、誰の許しを得てくり抜こうとしてんだい」


ゴブ乃介は、惜しむ表情でナイフをしまい、虎次郎から降りた。


ゴブ乃介「わかってますよ、ご主人様」


そういうと、ゴブ乃介は階段から降りて部屋から出て行った。

イザベラが椅子を引いて立ち上がる。


イザベラ「私はあんたらの動きを止めて、目玉をくり抜くこともそれ以上のこともできる」


コツコツと、足音を立てて近づいてくる。

虎次郎が立っている場所を過ぎる。


イザベラ「私がそうしないのはただの優しささね」


やがて、私の目の前で止まると顔を近づけてきた。


イザベラ「いい返事を期待しているよ」


そういうとイザベラも部屋から出て行った。


ゴブ太郎「ま、待ってくだせえ、ご主人様」


それについて行くゴブ太郎。

イザベラが部屋からいなくなって、数秒後。

私たちはようやく動けるようになった。


虎次郎「なんだよ、何なんだよあいつら!?」


お菊「もう・・いや・・」


二人とも完全に怯えきっていた。

だが私は気に止めなかった。

二人はこのままイザベラの言うことを聞いていれば何も危害を加えられないだろう。

だが、私は・・・

先ほどのイザベラの言葉を思い出す。

あんなの・・ただの脅迫ではないか。

それも選択肢がない、強制的な。



行くところもないので、私たちはイザベラの二階の部屋にいた。


虎次郎「すまねえ、俺には結局どうすることもできなかった」


私に頭を下げる。


源蔵「仕方ないよ、あんなのどうしようもないよ、頭を上げくれよ」


気まずげに頭を上げる。


お菊「あなた・・・」


お菊は心配そうに私を見つめる。


虎次郎「どうする?もう化け物は放っておいて逃げるか?」


源蔵「そういうわけにもいかないだろう」


そうだ、あの化け物をこのまま放っておくという選択肢は私にはなかった。


虎次郎「じゃあ・・その・・なんだ・・」


歯切れの悪い、虎次郎の変わりに答える。


源蔵「そう、この目玉はイザベラにくれてやろうと思う」


二人ともすんなり受け止めている私に驚いている様子だ。


虎次郎「でもいいのかよ、もう元には戻らないんだぞ!」


いいことなんてない、だがそれであの化け物が殺せるのなら。


源蔵「この目であの化け物を倒せるなら安いものさ、あいつは私たちの大切なモノを奪いすぎた」


お菊も私の意思が固いのを知る。


お菊「あなたがそれでいいというなら、もうなにも言わないわ」


話は決まった、あとはあいつらを待つだけだった。



一階の玄関が開く音がした。

コツコツと歩く音がする。

ゆっくりと階段を上ってくる音が聞こえてくる。

上がって来たのは、この家の持ち主、イザベラだ。


イザベラ「覚悟は決まったかえ?」


わかりきったことを聞いてくる。


源蔵「はい、私の目、あなたに譲りましょう」


イザベラが年甲斐もなく嬉しそうにする。

いったい私の目を何に使うというのだろう。


イザベラ「さぁ、そうと決まればさっさと準備しぃ」


ゴブリン二人に命令する。


ゴブ太郎、ゴブ乃介「了解です、ご主人様!」


ゴブ太郎が先に一階に降りる。


ゴブ乃介「お前も付いてくるんだよ」


ゴブ乃介は私に言った。

ゴブ乃介もゴブ太郎に続く。

そして私も二匹のあとに続く。

ゴブ乃介は一定間隔を開けて歩いているが、私が見失わないように離れすぎないようにしている。

一階に降り、玄関の扉を開けて、家の裏側にまわる。

そこには地面に穴が開けており、中には階段があった。

階段を降りると扉が開いていた、そこを潜る。

中の空間は思ったより広い。

人型の台座があり、人が真っ直ぐ仰向けになれるような大きさだ。

ゴブリン2人は何やら準備を始めている。


イザベラ「さぁ、お前はあそこに仰向けになるんだよ」

心臓が飛び出るかと思った。

いつのまについて来たのだろう、イザベラが背後から話掛けて来た。

源蔵「わ、わかりました。」

イザベラに言われた通り、台座に向かう。


台座は、鉄でできているせいか、禍々しさが強かった。

台座に近づき手で触れると冷たさが手に伝わってくる。

今から起こることを考えると寒気がする。

だが逃げるわけには行かない、死んでいった村の仲間たちの為にも。

そして横になり仰向けなった。

台を手でなぞる様に伸ばしたときだ。

ガチン!

その音と共に、首と腕が鉄の輪っかで拘束された。


源蔵「な!何を!?」


動揺した私は抵抗を試みるが、どうにもならなかった。


イザベラ「カカカ、今更怯えて逃げられても嫌だからねぇ〜」


こ、この婆ぁ!その心の声をそっと胸にしまいこんだ。

イザベラは部屋にある机に向かうと、椅子に座るゴリゴリした音が部屋に鳴り響く。

どうやら薬を調合しているようだ。

私はできることもなく、黙って待っていた。

だがふと疑問に思った。

この台座の拘束、あれは私の為だけに作られたわけではないはずだ。

以前にもやられた人がいた?


源蔵「イザベラ様、私以外にもこのようなことをしているのですか?しているのならいったいなぜ?」


イザベラは構わず調合をし続ける。

答えてはもらえないのだろうか。

イザベラが立ち上がる。

準備ができたのだろうか?

イザベラが私に近づいてくる。

途端に私の身体が震えだした、当然だ、目が見えなくなるのだ、怖くないわけがなかった。


イザベラ「カカカ、私は人間を作りたくてねぇ。その為の材料が欲しいのじゃよ」


先ほどの答えらしい、はぐらかされているのか?それとも本当に・・・


イザベラ「ほら薬と水だ、その体勢だと飲みづらいだろうが飲みな」


いったい何の薬なんだろうか?。

痛みを和らげるものであって欲しいが


イザベラ「飲みたくないならそれでもいいが、最悪死んじまうよ」


源蔵「の、飲みます!飲ませてください!」


イザベラは粉状の薬を私の口の中に入れると、今度は水を流し込んだ。

手慣れたものだ、何回もやっているのは事実のようだ。


イザベラ「さてと、これで準備は終えたよ、何か言い残すことはないかい?」


まるで遺言のようだ、言い残すことを必死に考えたが言ってないことが1つだけあった。


源蔵「イザベラ様!1つ言い忘れていたことがあります!」


私が慌てた様子だったので、イザベラも驚いているようだ。

先ほどまで落ち着いていた人間が慌てたのだ、何かあると思うだろう。


イザベラ「何だい?今更止めることなんてできないぞい」


イザベラ様は勘違いをしている。

私は忘れてはならないことをイザベラ様に言った。


源蔵「い、痛くしないでください」


それは子供っぽい理由だったかもしれない。

だが形振り構ってられない、目を取り出すなど痛いに決まっている。

それならば痛くしないで欲しいのは当然のことだと思う。

イザベラは目を点にさせるとその次の瞬間、今まで聞いた中で1番の笑い声を上げた。


源蔵「そ、そんなに笑わないでください、私にとって重大なことなのです」


イザベラは笑いを堪えながら答えた。


イザベラ「この状況で痛くしないでと来たか、カカカ、大したもんだよ」


イザベラはゴブリンたちが準備した、銀色に光るナイフを手に取る。


イザベラ「大丈夫、痛さはないよ、お前は眠り、それで終わる、怖さなど何もないさ」


その言葉を聞いて、安心した。

安心したせいなのか、この状況であるのに、急に眠気がきた。

私はいつの間にか眠りについていた。


どれぐらいたっただろうか、フッと目が覚めた。

左目が見えなくなっていたが、右目が見えていた。

体の拘束解かれており、自由に動けるようになっていた。

顔を触ってみると包帯がされていた、この包帯のせいで見えないのだと思い込みたいが、そうではない。

左の眼球を動かせない、もう目がないのだとわかる。

しかし、左目だけでよかったとも思える、右目まで抜き取られたら、お菊にどれだけの迷惑をかけてしまうことか。

体を起こすと、台座の下でお菊と虎次郎が横になって寝ていた。

あのあとに来たのだろう、台座から降りて二人を起こす。


源蔵「おい、二人とも起きてくれ、まだやることは残ってるんだぞ」


お菊と虎次郎の体を揺らす。

お菊が飛び起きた、私を見るなり目に涙をため込んだ。


お菊「よかった・・・本当によかった」


それは私の目が残っていることへなのか、それとも別の何かなのかはわからないが喜んでくれている。


源蔵「すまない、心配をかけた」


お菊「本当よ、もう」


お菊を抱きしめる、私にはまだ大切な人がいる、それだけで力が湧いてきた。

大切な人がこれ以上いなくならないように、そして私たちがまた前に進めるように、あの化け物を退治しよう。


虎次郎「おっほん!」


咳払いをして、存在を示している虎次郎。


虎次郎「あのー、そういうのはー俺がいないときにでもしてもらっていいか?」


私とお菊は顔を赤らめながら離れる。


源蔵「す、すまん、つい」


虎次郎「いいよ、それより」


そうして親指を上に上げて階段を指す。


虎次郎「あの婆さんのところに行こうぜ、これで出来ませーんなんて言いやがったらあの家燃やしてやる」


虎次郎はニヤける。


源蔵「ああ、そうだな」


私も思わずニヤけ顔になる。

ここまでしてできませんってなったら私にもそれなりの覚悟があるさ。

3人立ち上がると、階段を上がった。



イザベラ「ようやくお目覚めかい、随分お寝坊さんだことだよ、カカカ」


いつも通りに二階の椅子に座っているイザベラ。


源蔵「イザベラ様、私はあなたの欲しいものを渡しました、次はあなたが約束を守る番です」


イザベラ「わかっているよ、約束は守るさ」


イザベラは座っているゴブ太郎に持っている杖を渡すように首で指示する。

ゴブ太郎は立ち上がると、私に持っていた杖を差し出す。

その杖は歩く補助に使えそうなくらいに大きく先端に大きな宝石が埋め込まれている。

それは燃えるような赤色で、見ていると引き込まれそうになる。

いや、よくよく見ると宝石の中は動いていた。

赤色の中で青色の炎が燃えていたのであった。


源蔵「イザベラ様!これは!?」


3人とも驚く、当然だ、炎が埋め込まれている宝石など聞いたことがなかった。


イザベラ「そいつは魔石と言ってねぇ、まあ簡単に言えば力のある石じゃよ」


ざっくりとした説明だった。


源蔵「しかし、これでどうやってあの化け物を!」


美しいくらい燃えている宝石、これの価値が相当なものなのはわかる、しかし私が今欲しているのはこんなものではない。


イザベラ「慌てるでない、今説明するから話の腰を折るでない」


イザベラは咳払いをすると話を始めた。


イザベラ「そいつはな、念じると、力を持った生き物を呼び出せるのさ、そいつにかかればあんな泥だまりすぐになくなるさね」


力を持った生き物、そいつとあの化け物をぶつければいいのか。


源蔵「つまり化け物の相手は化け物ということですか?」


カカカと笑うイザベラ。


イザベラ「察しがいいじゃないか、そういうことさね」


しかし、困ってしまった、念じると言っても何を念じればいいのか。


源蔵「イザベラ様、念じるときには何を思えばいいのですか?」


イザベラは少し考える。

おいおい、なんで考える必要があるんだよ、呼び出し方知っているんじゃないのかよ。


イザベラ「そうさね、たぶん、名前を唱えるだけで出るんじゃないかねぇ?」


なんで疑問形なんだ!?


イザベラ「名前はイフリートって言うんじゃが、まあ大丈夫じゃろう」


はっきりしない人だ。

一度試してみよう、それが一番手っ取り早い。

私は目を閉じることにした。

その方が集中できると思ったのだ。

目を閉じると、この宝石の存在を感じることができた。

私に特別な力などない、だとすればこの石が特別なのだ。

目を瞑った方がこの石の特異性を感じることができた。

私は、イフリートに呼びかけることにしてみた。

すると世界が揺れているように思えた。

このまま呼び出し続ければ間違いなくイフリートは答えてくれる、来い来い来い!


ゴブ太郎「目を覚ませ!!人間!!」


力一杯何かで頭を殴られた。

思わず頭を抑える、もの凄く痛かった、血が出たんじゃないか。


源蔵「な、何をするのです、もの凄く痛いです」


イザベラ「当たり前じゃ!このボケナス!この家を炎上させる気かい!?話は最後まで聞きな!」


何が起きているのか理解できずに、後ろの2人を見ると、足をついていた。


源蔵「え、どうして座っているんだい?」


なぜ座っているのか疑問だったので聞いた。


虎次郎「お前、凄い揺れがあったのに、気づいていないのか!?」


お菊「そうよ、立っていられないほどの揺れだったのに、あなただけピクリとも動かないで立っていたのよ」


2人とも嘘をついているようには思えない、何よりこの部屋が先ほどより散乱している。

世界が揺れているのは錯覚ではなくて、本物だったらしい。

いったいどれほどの間、意識が飛んでいたのか。


イザベラ「そいつを呼ぶときは、あの化け物の目の前でやりな、出なければ周りの影響が計り知れないからねぇ」


いったい、私は何を呼び出そうとしているのだろう。

もしかしたらあの化け物以上の化け物を呼び出そうとしているのではないだろうか。

冷や汗が流れる。

しかし、その前に聞き捨てならないことをイザベラが言った。


源蔵「あの化け物の前でなんて無理ですよ、黒い雨が降っていて、近づくことが難しいんですよ」


実際、泥があると飲み込まれてしまう。

化け物の目の前まで行くのは難しいことだった。


イザベラ「大丈夫だよ、雨はしばらく降らないよ」


断言するイザベラ。


源蔵「・・・なぜ、そのようなことが言えるのですか?」


イザベラ「カカカ、信じるか信じないかは自由さね」


思えばなぜ、こんなに化け物のことを知っているのだろう。

知らないことなんてないことが本当にあり得るのだろうか。

もしかしたらイザベラが。


源蔵「イザベラ様・・・あなたが・・・」


イザベラ「カカカ、どうしたね」


私は言おうとした言葉を飲み込んだ。

今言ったところで、どうなる。

思ったことが事実だとして、後ろの二人が黙っていると思えない、それよりもイザベラの機嫌を損なって杖が借りれなくなる方が困る。


源蔵「いえ、何でもありません」


私が思ったことが本当だとしても今は胸にしまった方がいい、そして黒い雨についてもイザベラを信じることにした。


源蔵「わかりました、雨は降らないのですね、そのまま向かいましょう」


虎次郎、お菊「!?」


虎次郎「本気か!源蔵!?その婆さんのことを信じるのか!?」


源蔵「信じるもなにも、行かなければならないことには変わりないんだ」


虎次郎「そりゃそうだが」


疑いを拭いきれない虎次郎、胡散臭い人だから無理もないが。


お菊「私はあなたが向かうなら一緒に行くわ」


お菊の決意は固いようだ、ありがたい。

そんな決意を見せられて虎次郎も腹を括った。


虎次郎「だっせーな、俺は・・・行くよ、俺も」


二人は共に向かうことを了承してくれる。


源蔵「二人共!ありがとう!」


イザベラ「そうと決まればさっさと行ってきな、いいかい!その杖は貸すだけだからね!あんたら三人の命と引き換えでも足りない高級品なんじゃからな!ちゃんと返しに来るんだよ!」


源蔵「わかりました、ちゃんと戻ってきますから、安心してください」


私にはイザベラの言葉が生きて帰ってこいと言われているように聞こえた。

私の思い込みかもしれないが、それならそれでもいいさ。

後ろの二人に階段を降りるよう促す。


源蔵「それではイザベラ様、また後日」


イザベラ「ああ、またの」


階段を降りて、私たちは化け物の元に向かった。


ゴブ太郎「ご主人様、あいつら戻ってこれますかね?相手はあれですよ?」


イザベラ「さぁ、五分五分といったところかねぇ」


ゴブ太郎「ゴブゴブ・・・」


ゴブブと笑うゴブ太郎。

イザベラは身近にあった、ナイフをゴブ太郎に投げつけ刺さる。


ゴブ太郎「ギニャァァァァァァ!!!!痛いィィィィィィ!!!」


床を転げ回るゴブ太郎。


イザベラ「何たってあれは人を惑わせるからね、それに打ち勝てればあの杖が何とかしてくれるさ」


あまりの痛さに、もはや話を聞いていないゴブ太郎であった。



山を降りて、麓付近で焚き火をしている。

当たりは夕暮れ時だ、私たちは最後の休憩を取っていた。

夜にはあの化け物の元へ向かう、先ほど話し合って決めた。

本当は朝の方がいいのだが、イザベラが言っていたしばらくは黒い雨は降らないが、どれくらいかわからないので、そう決めた。

陽が沈む頃。


源蔵「そろそろ行こうか」


杖を支えに立ち上がる、二人もそれに合わせるように立ち上がる。


虎次郎「あの化け物をブッ殺してやろうぜ!」


お菊「皆の敵よ!」


源蔵「ああ!」


改めて気合を入れ直した。

私たちは、村があった場所を目指して歩き始めた、通り過ぎる途中にあの黒い泥だまりがいくつもできていた。

例の粉は少しは残っているが、それでも怖い。

暗くて、足元が見えずらい、月明りや夜目が利いているとはいえ、慎重に足元を見ながら進む。

人っこ一人いない、やはり、皆あの泥に飲みこまれたのか。

村の入り口付近までついた、しかし私たちが知っている村はもうなくなっていた。


虎次郎「な、なんだよこれ・・・」


お菊が尻餅をついた。。

村があった場所、そこは一面、黒い泥だった。

それはもう泥だまりとは言えない、村があった場所は黒い湖になっていた。

建物や木、今までそこにあったものが、最初からなかったようになくなっていた。

そしてその湖には巨大な何かがいた。

その何かは生き物と呼ぶにはあまりに禍々しい形相をしていた。

体表はドロドロと溶けていて、あれは獣の顔を模倣しようとしているのか、顔のようなものがあるが、形を上手く固定できていない。

そしてそのドロドロ溶けた体表から、大きい突起が出ており、そこに巨大な目玉がある。

この世の生き物とは思えない、あれは化け物としか言いようがなかった。

お菊が立ち上がると、私の腕を掴む。


お菊「あなた、終わらせましょう」


虎次郎も頷く。


源蔵「そうだな、終わらせよう」


私は目を瞑り杖を強く前に突き出した。

そして念じる、それに応えるように杖の先端についている宝石が光り出した。


虎次郎「おい、あの化け物がこっちに近づいてくるぞ!?」


?「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


雄たけびが聞こえる。

化け物は光に導かれるようにこちらへと向かってくる。

怖くて堪らなかった、だがずっと念じ続けた。

頼む早く来てくれイフリート!


お菊「いやああああああああああああああああ!!!」


何事かと目を開けた、すると目の前の湖から、黒い人型の何かが出て来た。

それは一体だけじゃなく、何体も、何体も際限なく出てくる。


虎次郎「何なんだよ!これは!」


私たちの目の前で盾になる虎次郎。

黒い人型の大きさは大小、様々だった。

そう大人くらいの大きさから、子供くらいの大きさ、獣型のまでいる。

そう、それはまるで、飲み込まれた人たちのような・・・


?「とぉーじゃんぅ?」


虎次郎の顔つきが変わった。

目の前の黒い子供型の何かは、およそ人間とは思えない声で喋った。

こいつ!喋れるのか!?

黒い人型との距離が近すぎるため、一旦、呼ぶことをやめ、離れることにした。

私は目の前の虎次郎の肩を揺らす。


源蔵「流石に湖に近づきすぎた、もう少し距離をおいてからやるぞ」


しかし、虎次郎の返事がない。


?「とぉーじゃぁーん」


黒い人型たちは更に近づいてくる、その内の一体が先ほどから言葉らしきものを発している。


源蔵「おい!ふざけてる場合じゃないんだぞ!」


更に肩を強く揺らす。

顔を見ると、虎次郎の顔からは汗が吹き出し、呼吸も乱れていた。

一体虎次郎になにがあったというのか。


虎次郎「お、お前・・・なのか・・・」


源蔵「へぇ?」


私は虎次郎の言葉の意味を察した。

見ると、目の前の子供型の黒い何かの傍らには、もう一体、黒い何かが一緒に歩いているように思えた。

その一緒に歩いている黒い何かは、体の線から推測するに女性なのではないか。


源蔵「ま、まさかだろ・・・」


さっきからあの何かが発している言葉らしきもの、あれはまさか。


源蔵「と、とにかく一旦下がろう!このままじゃあ私たちも!」


虎次郎を引っ張ろうと腕を掴み、下がらせようとする。


虎次郎「離してくれ!!」


私の手を振り払い、目の前の人型たちの群れに歩いていく。


源蔵「お、おい、ダメだ!戻ってこい!」


ダメだ一旦距離を離して一刻も早く呼び出さなければ!

後ろを振り返ると、お菊がまたへたり込んでいた。

お菊は背後を見ており、その視線の先を私もおった。

もはや何人かわからないくらいの黒い人型がいた。

大きな泥だまりから、人型に変身している。

それがどんどん出てきていた。

距離はまだあるが、ここまで来るのも時間の問題だった。


お菊「もう・・無理よ・・・こんなの・・・」


先ほどまでの気合を何処へ行ったのか、諦めてしまっていた。

仕方がない、間に合うかわからないが、ここでやるしかなかった。


虎次郎「ごめんな、ずっと後悔していたんだ、あのときに何で逃げちまったのか」


黒い人型の前まで来ると、しゃがみ込み、子供型の何かを抱きしめた。


虎次郎「許してくれ、俺はもうどこにも行かない、ずっとお前達といるからよ」


すると黒い何かも、抱き返してきた。


虎次郎「父ちゃんを許してくれるのか?」


そして一緒に歩いていた黒い人型も抱きついてきた。

虎次郎は許された気持ちになった。

しかし、その抱きついてきた何かたちはドロドロと溶け出し、虎次郎の腕やら肩に溶け出て絡みついてきた。


虎次郎「寂しかったろ、俺もお前達のところに連れて行ってくれ」


もう抵抗する気などなかった。

際限なく湧く黒い人型もまた一人、また一人と虎次郎に溶け出し、とうとう虎次郎は見えなくなった。



地面が揺れ出していた、あと少しで呼び出せるのがわかる。

私は念じ続けていた、イフリートとやら、早く来てくれ!!

もう黒い人型は目の前まで迫っていた。

呼び出せたら、この状況何とかしてくれるんだろうな!?

そのときだ、宝石が今までにないくらい輝き出した。

わかる、杖が教えてくれる、言葉ではない、何かで私に理解させてくる。

これなら呼び出せる!イフリートの名前を呼ぼうとしたときだった。


?「やぁ、めぇー、でぇ、ぉどぉさん」


予想はしていた、だが見たくなどなかった。

それは変わり果てた春の姿だった、私の足にしがみ付き懇願している。

全身が黒く、だがその髪型、そして身長、何もかもが娘だと言っていた。


?「ぉねがぁい、ゎたぢだぢをごぞだいで」


やめろぉ!やめてくれ!!

だが思っていることと反して、声が出せない。

後は名前を呼べば、呼び出せるというのに。

躊躇っているのか!?私は!?

お菊のところにも子供の黒い人型がいた。


お菊「ああ、生きていたのね、会いたかったわ」


そういって子供の黒い人型を抱きしめる。


お菊「もう離さないわ、ずっと一緒よ」


子供型の黒い人型は、溶け出してお菊に絡みつき出した。

お菊はもう限界だった、まともな精神状態ではないようだ。

後から来る黒い何かも溶け出し、お菊は黒い泥に浸かっていった。

そして私も限界だった。


源蔵「無理だ・・娘を殺すなど、なぜできようか」


そして私は、掴んでいた杖を離した。

春だと思われる黒い何かを抱きしめる。


源蔵「もう、疲れた、私も連れて行ってくれ」


そうして絡みつくのを待つ。

だが、いつまでたっても私に溶け出そうとはしなかった。

なぜだ?なぜ私を化け物に変えようとしない?

大きな影が出来た、そちらに視線を向けると、先ほどまで湖にいた、大きな化け物がもう手が届く距離にいた。

恐怖などもうなかった、私も娘たちと同じになりたかった。

大きな化け物は、どこから声を出しているのか、わからないが言葉を発した。


?「おっどぉざん、おがかがすぃた、にぃじん、だでても、へづ」


?「だず・・げぇて」


こいつには思考があった、そして聞き取れる限り、こいつは。


源蔵「クポ・・なのか・・・」


意識が残っているようだった、しかし、許せなかった。

家族であったはずだ、なのに、こんな形で恩を仇で返されるなんて!


源蔵「なぜだ・・・なぜこんなことをした!!??」


今心の内は怒りでいっぱいだった。


源蔵「返してくれ!私のお菊と娘たちを返してくれ!」


私は!私はただ家族と、この村で生きて一生を遂げたかっただけなのだ。

私が・・私がこんな化け物を拾ってきたばかりに!?

家族が!虎次郎が!村が!全てを無くしてしまった。

これ以上は耐えられない、罪の意識から逃れたかった。


源蔵「頼む、私も取り込むか、いっそ殺してくれ」


クポに懇願するしかなかった、皮肉なものだ、私の大切なモノを奪ったこいつに懇願するなど。

だが、クポが私の願いを聞き入れることはなかった。

その巨大なクポは反転して湖に帰っていくのだ。


源蔵「おい、どこに行くんだよ」


それについて行くかのように、周りの黒い何かも湖へと向かう。

先ほどまでお菊がいた場所には新しい黒い何かが誕生しており、同じく湖を目指して進む。


源蔵「待ってくれ、置いていかなでくれ」


落とした杖を拾い、それを支えに立ち上がる。


源蔵「私を始末していかないと後悔するぞ、この杖で貴様らを殺しつくしてやるぞ!!」


嘘だ、そんなことができるならさっきでもうやっている。

例え姿形が変わろうと、私に家族が殺せる訳がない。

私も仲間に加わりたい一心で脅しをかけた。

だが、誰も聞こうともしない、止まろうともしない。

まるで私だけ取り残されてしまったようだ。


源蔵「なぜだ、なぜ私だけが」


このままおめおめと生きろというのか。

やがて、全ての黒い何かが湖へと消えた。

私はただそれを見送るしかできなかった。

やがて、自分の目に涙が溢れていることに気が付いた。

なぜ、こうなったのか、どこで間違えてしまったのだろう。

そればかりを考えながら、もう戻ってこないあの日を想う。

私の帰りをいつも待っていてくれるお菊。

そして私の生きる希望の娘たち。

この村の将来について語り合った虎次郎。

共に飲み、モノを交換し合ってきた村人たち。

その思い出の中にはクポだっていた。


源蔵「なんだ、何も恐れることなんてないじゃないか、皆私の中にいるじゃないか」


私は立ち上がり、途方もなく歩いていく。


源蔵「小梅よ、あんまり先を歩かないでくれよ、私もお菊も追いつけないよ。なに?わかったよ、小梅が離れすぎないように付いていってあげてくれ、春」


私は杖をギュッと掴む。


源蔵「ずっと一緒だ、お菊よ、もう離さないからな」


目的地などなかった、家族といればどこだってよかった。

そうして私は、家族を想いながら歩き続けた。

失った家族を想いながら。


一部完

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