81 競売②
「信じられない。六ケ所もまわって一個も見つからなかったの! 一個もよ?」
「うんうん。この時期混み合ってるからね」
数日ぶりに帰還したリィズが熱く語ってくる。
結果はともかく、無事大きな怪我もなく帰還できたようだ。いくら認定レベルが適正より低いとはいえ、六ケ所の宝物殿を梯子するなんて聞いたことがないのだが、その表情に疲労は見えない。
「遠征するか賞金首でも探すか迷ったくらい。でもぉ、賞金首は探すのも換金にも時間がかかるし、遠征も移動時間の間に競売が始まっちゃうかもしれないでしょお? だったら、間に合わないくらいなら倒した幻影や魔物のドロップを売却して少しでも資金を増やしたほうがいいかなーって思ったの。はい。これ換金してきた分!」
リィズが笑顔で、大きな革袋を押し付けるように渡してくる。
魔物の素材や幻影のドロップ売却による収入はハンターにとって馬鹿にならないものだ。
特に、入手に運が絡む宝具や幻影のドロップと異なり、魔物の素材はその魔物を倒せば確定で手に入るため、ある程度、高い戦闘技術を持つハンターの中には魔物にターゲットを絞っている者もいる。
リィズから渡された袋には金貨が詰まっていた。平然としているが、相当頑張らなければここまでの額にはなるまい。
袋をそっと覗いたシトリーが眉を顰めて言った。
「お姉ちゃん、役立たず」
「……はぁ? こんな事になってんのはてめえのせいだろうがッ! 何でクライちゃんが狙ってる宝具あること広まってるんだよッ!」
ごめん、それは僕のせいです……。
じゃれ合っている姉妹を見ていると罪悪感がわいてきて、僕は黙って視線をそらした。
オークション期間に入り、帝都は人で溢れていた。
ゼブルディアオークションは一週間に渡って開催される。この期間中の帝都はお祭り騒ぎだ。
主たる通りには露店が立ち並び、本命のオークションにかこつけ小規模なオークションがそこかしこで開かれる。探索者協会は依頼で溢れ、商人にとってもハンターにとっても稼ぎ時だ。
ここしばらく『転換する人面』に思考を取られていたが、冷静に考えればオークションには他にも有用な宝具は出品されているだろう。今の経済状況でそちらに手を出すわけにはいかないが、せっかくのお祭りに参加出来ていないみたいで少しだけ寂しい。
リィズとシトリーに挟まれ、人混みの中を歩く。スリなども頻出するが、リィズがいればその被害にあう心配はない。
「うーん。お姉ちゃんの分も合わせても、十億には届かないですね……貯金しないから」
「しょうがないでしょお? 【城】の攻略に全力をかけていたし、戦果はルークちゃん達の手元にあるしぃ……」
【万魔の城】は長い間、誰も攻略者がでていない宝物殿だ。そのリスクに見合うだけの宝が眠っている事だろう。
うちのパーティには、途中で何らかのメンバーがパーティから外れる場合、戦果を持ち帰らないというルールがある。
もしもそのルールがなくて、リィズやシトリーが少しでも宝具を持ち帰っていたら今回の競売の結果も変わったかもしれない。
唇を尖らせるリィズに、シトリーも小さく吐息を漏らした。
「そうですね……タイミングが悪かったです。いつもならもう少し有利にことが進められるんですが……」
あれだけ打てる手を打ってまだ足りないのか……。
シトリーが僕に上目遣いを向ける。
「現段階の勝率は恐らく、七割と言ったところでしょう。クライさんがNOと言わなければもっと打てる手もあるんですが……」
「NO。もう十分、シトリーはやってくれたよ。ありがとうね」
「そんな……」
僕の言葉に、シトリーがふんわりとした笑みを浮かべる。
シトリーはリィズよりも聡明だが、物事を深く突き詰めすぎるきらいがあった。恐らくそれは優秀な人間の宿命なのだろう。
「そうだぁ! クライちゃん、もしも宝具、手に入らなかったらねぇ……」
僕の右腕をぎゅっと抱きしめ、密着しながらリィズが自信満々に笑う。
「私がそのクソガキから盗み出してきてあげるぅ」
「…………相手は貴族だよ?」
いや、貴族じゃなくても盗みは駄目なんだけど。
『盗賊』ってそういう役割じゃねーから。人の物を盗んだら犯罪だ。
「え? それがどうしたのぉ? 大丈夫、平和ボケした騎士団なんて何人いても負けないからッ!」
「お姉ちゃん、そんな事したらクライさんが疑われるでしょ! やるなら……そう、強盗に見せかけるとか」
「やめろ」
やめろ。君らにブレーキはないのか?
ただの冗談なんだろうけど、周りに聞かれたら本気に思われるかもしれないじゃないか。
ゼブルディアオークションの会場は帝都中心部に存在する白亜の劇場だった。
いつもはコンサートや観劇などに使われている場所だ。大理石で出来た洗練された建物に、年齢も性別も格好も異なる人々が並んでいる。
この中の何人が競売品を競り落とす事を目的としているのだろうか。何人が果たして僕達と競り合う事になるのだろうか。ここまできたら僕としてはただ楽しくオークションが終わる事を願うだけだ。
入り口は、貴族、ハンター、その他で分かれていた。貴族は言うまでもないが、ハンターに専用の入り口が割り当てられているのは、ハンターと一般人を一緒くたにすると間違いなく問題を起こすからだ。
ゼブルディアオークションの入場料は十万ギールである。一番人が多く、そして異彩を放っているのはハンターの入り口だ。
まず、集ったものの格好からして違う。どうしてオークションに全身鎧を着てくるのだろか。面構えも異なれば、何を勘違いしたのか武器を持ってきている者などもいる。
オークションに参加するとなるとそれなりにレベルの高く金を持っているハンターになるわけで、覚えのある顔も幾つかあった。
その中で、僕は見知った集団に気づいた。
天をつくような燃えるような赤髪の少年。焦げ茶色の髪をした強面の壮年の男。茶髪の女盗賊に、僕の右腕にしがみついている奴の弟子。闇鍋メンバーが久しぶりに勢揃いしていた。
周りに何人か知らない顔ぶれもいるが、いくら僕でもティノの顔を見間違えたりしない。
ギルベルト少年に話しかけるか、グレッグ様にするか、あるいはルーダにするか迷って結局ティノに声をかける。
「ティノじゃん。君たちも何か買いに来たの?」
「! ますたぁ! おはようございます」
闇鍋メンバーが僕を見て、少しだけ居心地悪そうに表情を歪める。
一緒にパーティを組んだことをきっかけに一緒に行動するようになったのだろうか?
何はともあれ、ティノにも友達が出来たようで何よりだ。
リィズのぎらぎらとした目を受け、ギルベルト少年とグレッグ様が萎縮している。
「ますたぁの勇姿を見るために来ました。彼らはちょうどオークションに行こうとしていたのでついでに一緒に行こうかと」
「ティノお前、《千変万化》を前にするとキャラ変わるよな」
ボソリと呟くギルベルト少年に、ティノが軽蔑を込めた眼差しを向けた。
意図したことではないが、僕は今回のオークションでは渦中の人だ。ギルベルト少年の隣にいた男が興味深そうな目で僕を見ている。ひそひそ声が聞こえる。非常に居心地が悪い。
「勇姿を見られるかどうかはおいておいて、どうせくるなら一緒に来ればよかったのに……」
「…………その……誘って頂けなかったので……」
「……」
ごめん。本当にごめん。お金まで貸してくれたようなのに本当にごめん。全然気が付かなかった。
でも、言い訳させてもらうと……そう! 多分僕と一緒に行くよりルーダ達と一緒に行ったほうが注目を浴びなくていいと思う。立ち位置を変わって欲しいくらいだ。
ルーダが責めるような目で僕を見ている。彼女は僕がティノに借金をしていることを知っているのだろうか。
「あ……うーん……えっと…………」
ティノがじっと僕を見上げている。
なんと声をかけるべきだろうか。今から誘ってもいいが、彼女にも先約があるし、リィズやシトリーの近くにいるのも気が休まらないだろう。
と、その時僕はいい事を思いついた。
「…………ティノさ、もしよければ――僕の代理として競売に参加してみない?」
「…………え? 代理……?」
ゼブルディアオークションには代理人という制度がある。
呼んでその名の如く、誰か自分の代わりに人を立てて競売に参加して貰う制度だ。
僕達も競売の場には行くが、声は上げず、独自のサインでティノに合図を送りティノに代理として声を上げてもらう。
主に身元情報を隠したい落札者が使うことが多く、今回の場合は僕が『転換する人面』を狙っているのは周知の事実なので余り意味はないのだが、オークションを楽しんでもらえる一助にはなるだろう。
僕の提案にティノが目を白黒させる。シトリーが目を細め、小さく頷く。
「……なるほど……悪くないですね。お嬢様がどう判断するかは不明ですが混乱させることはできる……気休めくらいにはなるかもしれません。でもいいんですか? クライさん、自分で競り落としたかったのでは?」
確かに、僕はオークションが大好きだ。
白熱する競売に参加し、目当ての物を競り落とせた時のカタルシスは素晴らしいものだが、今回くらいは譲るべきだろう。
「僕はもう去年や一昨年に何回も参加したからね。今年はゴタゴタしてるし……ほら、リィズ。物欲しそうな顔しないで」
自分が代理をやりたかったのか、うずうずしていたリィズを嗜める。
いくらなんでも大人気なさ過ぎる。
リィズは間延びした声で返事をすると、ティノを睨みつけた。
「…………はぁい。チッ、ティー、絶対に勝てよ」
「は、はいッ! お任せください、ますたぁ、お姉さまッ! 私が確実に件の宝具を勝ち取ってみせます!」
ティノが力強く拳を握る。
まぁ絶対に勝てとか言われているが、資金には限界があるのだからたとえ負けたとしてもそれはティノのせいではない。
貴族用の入り口に、馬車が近づく。見覚えのあるグラディス家の紋章のはいった馬車から、純白のドレスを着た女児が、続いて執事服を着た老齢の男が下りてくる。
エクレール嬢はきょろきょろと周りを見回し僕を見つけると、一回りも年下とは思えない目付きでこちらを睨みつけてきた。
そこには交渉の際、最後に見せた呆然としたような表情は微塵も残っていない。どうやら二億以上集めたようだ。
シトリーが表情に出さずに、ぎゅっと僕の手を握る。横から見るその表情は笑みのままだ。
だが、僕にはその表情の奥底に押し込められた不安がわかった。
これは……負けたかな?




