474 監獄島
どうやら僕達の目的である監獄島は広い湖の中心に存在するようだ。
外観が知りたかったので、船に乗せられる前に頼んで目隠しを取って貰う。
そこにあったのは、静謐とした湖だった。草木の一つも生えていない荒れた陸地に、波一つ立っていない湖面。周囲には僕達を除いて生き物はおらず、中型のオールつきのボートが幾つか浮かんでいる。
地平線の彼方には薄らと島のようなものが見えた。
初めて僕以外の客も見た。悪人面の男が二人に、女が一人。これからの運命を考えているのか、青ざめている。何の罪を犯したのかは知らないが、こんな遠方の監獄に入れられる程なのだ、余り話しかけたりしない方がいいだろう。そもそも僕は手続きのために連れてこられただけだしね……。
騎士の人たちに囲まれて乗り込むと、騎士の人達がオールを使い漕ぎ始める。
ゆっくりとボートが進み始める。僕はそこで、何故ボートが手漕ぎなのかわかった気がした。
風が吹いていないのだ。それも、全くの無風。それだけなのにかなり不自然な気がする。
「不思議な所だねえ。なんだか宝物殿みたいだ」
「不思議な所、か。その余裕が島についた後も続くか見物だな」
ヒューが僕の言葉を鼻で笑って言う。これまで夜に顔を合わせた時とはまるで違う口調だ。
これが昨晩言っていた、表向きは何もしていない、の意味なのだろ。
確かに、目隠しや耳栓はされているとはいえ他の賊の前で仲良くしているところを見られるのは都合が悪いだろう。
僕も演技に乗ってやろう。腕を組み、胸を張って言う。
「見物、ね。僕はこれでも元レベル8だ、こんな監獄なんて大した事はない。ちょっとした観光気分だよ」
「…………なにっ!?」
目を見開くヒュー。オールを動かしていた他の騎士達も、それに後ろに載せられていた三人の賊達も皆、僕の言葉にざわついている。
「空気も美味しいし、たまには帝都から離れるのも健康にいい。あぁ、それに僕のパーティが捕まえた人達にも久々に挨拶しないとと思っていたところだよ」
帝都で活動を始めてから五年余り――いや、六年近く経つが、《嘆きの亡霊》がこれまで捕まえた賊の数は百や二百では利かない。その大半は帝国内で捕らえたのでその内の何パーセントかは監獄島に収監されているはずだ。
「まさか……監獄島に収監された賊達が目的……? …………まぁ、どちらにせよ、ここ以上の監獄はないが…………」
そんなわけあるかい。
僕は罪人への興味なんて小指の先ほどもないし、それが恨みを買ってる可能性の高い相手ならば尚更だ。ルーク辺りは興味津々かもしれないが、少なくとも僕はない。
粛々と動いていく手漕ぎボート。透き通るような湖の中にはしかし、魚一匹見えない。まるで全てが死に絶えてしまっているかのようだ。
目的地である監獄島がようやくはっきり見える距離まで近づいてくる。
そこは、湖の沿岸部と同様、どこか荒涼とした島だった。
草木も生えていない荒れ果てた地に、高さ十メートルはあろうかという巨大な黒い壁が建てられている。壁は島の全容を隠すかのように端まで続いていた。
島の大きさ自体はそれほど大きくはないとは思う。だが、その島全体を使うようにして監獄が建てられているとなると――。
なるほど、監獄島、か。物々しいなあ。何人収監されているのだろうか?
そんな事を考えていると、オールを漕いでいた騎士の一人が引きつった表情で呟く。
「この監獄島で、顔色一つ変えないなんて、これがレベル8なのか……?」
あー……身内にも僕が手続きのためにここに来た事を言っていないのか。
確かに、さすがの僕でもこの巨大な監獄に入れられるとなったら平常では居られないだろう。他の三人の賊もどこか調子が悪いように見える。
というか、よく見ると、オールを漕いでいる騎士の人やヒューもなんだか調子が悪そうだ。
これはもしかして…………船酔いかな?
そこまで船に強くない僕でも酔わないくらい揺れが小さいのに…………まぁ、ゼブルディアの精鋭騎士にも弱点はあるという事だろうか。
「皆調子が悪そうだけど、どうしたの? チョコでも食べてちょっと休む?」
軟禁されていた時に沢山チョコレートを持ってきて貰ってストックしておいたのだ。
善意から出した提案に、騎士が正気を疑うような目つきで吐き捨てるように言う。
「ッ…………化け物めッ」
「…………ま、まあいらないならいいんだよ……確かに船酔いしている時にチョコレートは良くないかもね」
「!?」
しかし、犯罪者だと思われているから仕方ないとは言え、化け物呼ばわりはあんまりだ。チョコレートあげようとしただけなのに…………まあでも、珍しい経験をしたと思うのもありかもしれない。実際、レベル8ハンターって僕以外は皆化け物だからな。
気を取り直し、ヒューに確認する。
「たどり着いたら監獄内を見学して回りたいと思っているんだけど、そういうのって出来たりする?」
「………………好きにしろ」
シトリーは何を知りたいって言ってたかな……そうだ。
「レベル7以上の使えそうな賊がいたらデータが欲しいんだけど手に入ったりする?」
「!?」
「あぁ、レベル7じゃなくても、レベル7相当の力があるならいいんだけど。魔導師だったら更にいい……」
「な、何を、するつもりだ!?」
それは……知らない。
あの子はそんな情報を知って何をするつもりなんでしょうか。
ボートが岸につき、騎士達の先導で陸に上陸する。他の三人は目隠し、手錠、拘束衣をされたまま引きずられるように陸に上げられていた。
間近で見る監獄島は非常に無機質で物々しかった。コードの監獄と比べても無骨で、静まりかえっている。まるで異界のようだ。もしかしたら時間が経てばこの島も宝物殿として顕現するかもしれない、そんな馬鹿げた考えが浮かぶくらいには。
ヒュー達に囲まれ連行されるように進んでいくと、大きな門が見えてくる。頑丈そうな金属製の扉の前に、灰色の制服を着た強面の男達が整列していた。
僕達を見てその内の一人――顔に傷の入った如何にもな悪人面の男が言う。
「護送任務、ご苦労。そいつらが次の封印対象か。一人、枷が足りていないようだが――」
「例の男だ」
「ふん…………《千変万化》。ゼブルディアでハンターになり幾つもの偉業を遂げた英雄。こんな所にやってくるとは、落ちたもんだな」
近づき、睨みつけてくる悪人面の男。随分な言いようである。
彼にも事情が説明されていないのかもしれないが…………まぁ僕はすぐに出て行くからな。とりあえず友好的に話しかけておこう。
「そう言わないでよ、これでも結構楽しみにしていたんだから、仲良くしようよ」
「……いくら元英雄だからって、手心を加えられると思うなよ? ここにやってきた連中は大罪人、俺達の仕事はそいつらの管理じゃねえ。封印だ。お前だけじゃねえ、ここの監獄島において、お前達には一切の権利は――保証されない」
こちらを威圧する鋭い眼光。男が早口で続けた。
「生きる権利も死ぬ権利も歩く権利も話す権利も食べる権利も寝る権利も何かを保有する権利もマナ・マテリアルを吸収する権利ですら――保証されない。どうしようもない大罪人共。それがお前達への罰だ。せいぜい野垂れ死にしない事を祈るんだな」
イーストシール監獄島。どうやら僕の想像よりも大分とんでもない所のようだな。
まあどこの国でも大体犯罪者は厳罰だけど。古代都市の再現であるコードも別の意味で結構酷かったしね……。
「後は俺達、刑務官が引き受ける、もう帰っていいぞ。おい、罪人共を連れて行け。まずは身体検査だ。この監獄には私物は何も持ち込ません。石ころ一つ、な」
じろりと僕を睨みつけて鼻息荒く言う。そういえば僕は何一つ物を没収とかされていなかったな……まあ、放免なんだから当然かもしれないけど、罪人は移送される前に武器や宝具を没収されるのが普通だ。何も知らされていない身からすると宝具をじゃらじゃらつけた僕には違和感しかないだろう。
整列していた刑務官達が僕含め連れてこられた四人を取り囲む。そこで、ヒューが男に堅苦しい口調で言った
「ああ、後はお任せする。その前に一つ、重要な確認事項があるんだが……」
§ § §
イーストシール監獄島の刑務官は交代制だ。長く滞在しているとマナ・マテリアルが奪われどうしようもないレベルで弱化してしまうため、強力なマナ・マテリアル保持力を持つ者が三ヶ月ごとで交代している。監獄の最高責任者であるオルター侯爵は滅多に監獄島には来ない上、そもそも監獄自体少人数で回しているため、その時いる現場のリーダーが実質的な管理者となっていた。
現在のイーストシール監獄島の刑務官のリーダー、元凄腕の賞金稼ぎからスカウトでこの厄介な職についたジン・ベインは、護送部隊に付いてきた第零騎士団の若造の言葉に、正気を疑った。
「はぁ? 手心を加えろ、だって!? てめえ、俺の話をしっかり聞いてたのか!?」
監獄島は一般の監獄では手に負えない連中が集められた魔境である。その監獄の本命は土地自体の特性による犯罪者の弱体化にあるのは間違いないが、賊への対応にも当然毅然としたものが求められる。
収監された賊の中には未だ多方面に影響力を有する組織の幹部なども存在している。これまでもそういった相手に様々な配慮をするよう、付け届けが送られてきた事が何度もあった。
だが、ジン含むこの監獄の刑務官は皆、そういったものを全てつっぱねてきた。その結果命を狙われる者だっていた。それでも、流されるわけにはいかなかったのだ。一度そういうものに流されればそこから切り崩され盤石な封印に綻びが出るし、この監獄島に送られてきた者は間違いなく屈指の危険人物なのだから。
このとんでもない監獄の刑務官は皆、使命のために自らの能力が下がる事を承知で従事しているのである。
それが、事もあろうに皇帝直属の第零騎士団の騎士が配慮を求めてくる、とは。
「そちらの考えもわかっている。だが、事態は非常にセンシティブだ。配慮して貰わねば困る」
「断る。俺達は手は抜かねえ、っていっても、出来る事なんてたかがしれてるが――職務は全うする。どんなとんでもない事情があるのかは知らねえが、配慮して欲しければ獄長――オルター侯爵の命令書でも持ってくるんだな」
このとんでもない監獄の管理を任せられた刑務官は戦闘面でもスペシャリストばかりだが、収監されている賊はそれを凌駕する危険人物ばかりだ。土地の特性がなければ間違いなく長く留めておく事はできないだろう。だから、ジン達の職務は本当に、賊達を外に出さない事だけだった。
ジン達の職務のメインは監視であり、囚人達と同じエリアに入る事は滅多にない。余りにも危険だからだ。そんな状態でどう配慮しろというのだろうか。
「この監獄の役割は二つだ。土地特性で奴らの能力を弱化させる事、そして賊共を互いに争わせる事で奴らを外に逃がさない事。だから、敵対関係にある組織の面々は率先してこの監獄に集められている。元高レベルハンターなんて奴らにとっちゃいい餌だぜ」
つくづく正気の沙汰ではなかった。だが、そんな常識外れの策に出ねばならないほど、各国は困窮していたのだろう。ここに収監されている者達は大半が賞金首である。仮に全員捕らえる事ができたとしたら、ジンは末代まで遊んで暮らせていただろう。
基本的にこの監獄に入れられた者は死ぬまで外に出ることはない。途中で釈放されるような者はそもそもここに送られてこないのだ。
ジンの言葉に、ヒューは眉を顰めたが、しぶしぶといった様子で頷いた。
「わかった。オルター侯爵に連絡してみよう。配慮などなくても《千変万化》は何の問題もないだろうしな」
《千変万化》。ジンも知っているビッグネームだ。
刑務官になる前には何度獲物を横取りされたかわからない、《嘆きの亡霊》のリーダー。
恐ろしい実力者だった。賞金首を狩る上で大変なのがターゲットを見つける事なのだが、そのパーティは容易く高額の賞金首を何人も見つけ、捕まえて見せた。それは、単純に戦闘能力が高いだけではなし得ない事である。
直接会った事はないし、恨みがあるわけでもないが、実物はジンが想像していたような人間とは違っていた。まだこの監獄に踏み入ってほとんど時間が経っていないにも関わらず、あの男からは凄みが完全に消えている。
まさかレベル8にも至ってマナ・マテリアルの保持能力が低いわけはないのだが……果たしてあの如何にも弱そうな男がこの監獄でどのように立ち回るつもりなのか。
「楽しみにしているぜ。だが、なるべく早くしてくれよ。中にいる時間が長ければ長い程、《千変万化》が死んじまう可能性も高いんだからな」
「そちらこそ、注意するんだな。《千変万化》は常識で測れない男、すぐに私に泣きつく事になるだろう。配慮させてくれ、とな」
なんだそのおかしな話は。
思わず目を丸くするジンにヒューは一度肩を竦めてみせると、護送部隊がいる方に戻っていった。
アニメ、漫画、原作、Webともに、2025年も大変お世話になりました!
来年もどうぞよろしくお願いします!( ´ー`)
/槻影




