472 移送②
どうやらフランツさんの言っていた移動は僕の想像以上に長かったらしい。
身体を揺さぶられようやく覚醒する。
「……よくもまあ、そこまで眠れますね」
「いやあ……ほら、寝れる時に寝ておかないと」
目隠しを取ってくれたのは、フランツさん……ではなく、どことなく見覚えのある騎士の青年だった。どこかアークにも似た金髪碧眼の美丈夫である。
そこは、馬車の中ではなく、調度品からしてどこか高級宿の一室のようだった。また眠っている間に運ばれたのか……大きな窓もあるが閉め切られていて、外部の様子は何もわからない。
僕はテーブルクロスが敷かれた大きなテーブルの前に座らされていた。青年が僕の手錠をいじり、鍵を外してくれる。
「ところで、どこかで会った事ある?」
「!? ……………………食事の時間です」
「至れり尽くせりだね」
「移動中や現地ではこうはいきませんが……今の貴方は一応は犯罪者ですから」
結果的に全て解決したとはいえ、一応は犯罪者のままではあるのか……それはそうか。
なんかこう、そう言われると少し気が滅入る。もう二度と失敗しないようにしないと……でも、引退には少し近づいたかな?
数時間ぶりに手錠が外される。随分緩い手錠だったしずっと寝ていたのでダメージはない。
なんとなく手首を摩っていると、正規の騎士の格好をした数人がカートを押してやってくる。どうやらコース料理らしい。随分と好待遇だな……。
目を丸くする僕に、青年騎士が言う。
「貴族用の宿です。何か他に要求は?」
「え…………コース料理って何?」
別に要求なんかないけど、とりあえず質問してみる。
自分の立ち位置が全くわからない。できれば早めに解放して欲しいんだが、立場の弱い身では何も言えない。
僕の問いに、青年騎士は目を瞬かせ、訝しげな表情をする。
「レッドドラゴンのフルコースですが……最近ゼブルディアでは竜が出回っていますから」
「竜肉、かあ……」
「そこに、何か?」
竜肉はなかなか手に入らないので高級品である。特にその肉を使ったフルコースは貴族でもそう滅多に食べられるものではないらしい。
ちなみに僕は《嘆きの亡霊》で冒険した際に散々食べている。竜って一匹倒すと大量に肉が手に入るからな……。
「いや、全然何でもないんだ。もうちょっと他に何かあるよなとは思うけど――」
「……さすがにドラゴンのフルコースより上の食べ物は流通していませんよ。上級ハンターの目から見れば大したことないのかもしれませんが」
呆れたような口調で諭すように言ってくる青年騎士。
いや、普通の食べ物でいいんだ。僕は普通の食べ物でいいんだよ、ドラゴンって結構重いし……。
誤解を解こうと口を開く僕に、青年騎士が声を潜めて尋ねてくる。
「それで……差し支えなければ教えてください。名だたる犯罪者達が収監されたかの呪われた土地で何をするつもりですか?」
「え??」
何言ってんのこの人。突然のめちゃくちゃな言葉に何も言えない僕に、青年騎士が矢継ぎ早に言う。
「いえ、わかっています。貴方の神算鬼謀は他の誰にも理解できないものだ、と。しかし、深いところまで教えろとは言わない、簡単に概要だけでも言ってくれればこちらで打てる手もあるはずです。必ずや!」
「???」
拳を握りしめ熱弁する青年騎士。
なにこの人恐い。言ってる事が一ミリも理解できない。
僕の認識では、僕はフランツさんから無罪放免の言葉を貰い手続きのために移動しているだけのはずなのだ。まあ行き先が監獄なのは百歩譲ってあり得る話としても、その後すぐに解放されるだろう。何をするも何もない。そもそもしたい事もないんだけど……。
もしかしてフランツさん、その辺の説明をしていないのかな? まったく、困ったものだ。ちゃんと報連相はしっかりしてもらわないと。
ため息をつき、勘違いを正そうとしたその時、青年騎士の背後の空間が歪んだ。
「クライ、自由にやれていますか?」
また来たよ……。
「!?? は、は???」
青年騎士が混乱し、弾かれたように飛び退ける。転移魔法でやってきたのは、ユグドラの皇女、セレンその人だった。というか、僕の知り合いに転移魔法をぽんぽん使える魔導師はセレンしかいない。もしかしたら他の高位精霊人も使えたりするのかもしれないが、こうもしょっちゅう使われると大魔法としての重みがなくなってしまう。
ルシアでもまだ使えないんだよ、転移魔法は。
ため息をついて言う。
「セレン、君さ、暇なの?」
「失礼な。私は忙しい公務の合間を縫ってこうして様子を見に来ているのです! ……まぁ、息抜きになっているのは認めましょう。ニンゲンの世界は随分複雑なようですから」
なんだかやたら楽しそうなセレン。公務に追われてストレスが溜まっているのかもしれない。ユグドラからこっちに来た後は僕も色々忙しくて相手してあげられなかったからな……。
青年騎士がこめかみを押さえてぶつぶつ言う。
「セレン!? まさか、セレン皇女!? 転移魔法に気をつけろとは言われていたが……」
「クライ、ところでこのニンゲンは誰ですか?」
僕もわからなくて困っているんだよ。
だが、僕が答える前に、青年騎士は様になる仕草で跪き、自己紹介をしてくれた。
「お目にかかれて光栄です、セレン皇女。私は第零騎士団の一人、ヒュー・レグランド」
「フランツの部下ですか。クライ、彼はどの辺の部位なんでしょう?」
なんか凄い聞き覚えのある名前だな。やはりどこかで会った事はあったらしい。
目を瞬かせ首を傾げるセレンに、ヒューがきりっとした表情で言う。
「お噂はかねがね聞いておりましたが……想像以上にお美しい。その美を表現する言葉を、私は知りません」
「まぁ! いいのですよ、ニンゲン。私はユグドラで最も純粋な高位精霊人ですが、ニンゲンとも対等な立場でありたいと思っているのです」
微笑み、ナチュラルに下に見ているような言葉をかけるセレン。一般的な精霊人もなのだが、本当に貴族と相性が悪い種族である。セレンは悪意がないだけ全然マシだけど。
「それで、クライ。彼はどの部位なのですか?」
ヒューはセレンの言葉にも眉一つ動かさずに、跪いたまま言う。
「今回、私は貴女のご要望にお応えするために護送部隊についています。何なりとお申し付けください。《千変万化》の待遇以外についても――私の家はゼブルディアの貴族の一つです。何かお困りの事があれば、必ずやお力になれるかと」
「助力に感謝します、ニンゲン。とりあえずは――」
部屋の中を軽く見回し、セレンが頷く。
「それなりに私のお願いは聞いていただけたようですね。現時点では」
「……はい。フランツ団長からもよく配慮するように、と」
「そうだ、良いものを手に入れたのです! じゃーん!」
セレンが取り出したのは、一台のカメラだった。帝都で流通しているものである。一応精霊人は金属とか人工物が苦手なはずなのだが、セレンはにこやかで全く気にしている様子はない。
「ニンゲン、写真を撮ってもらえますか。ユグドラの民達も、恩人が逮捕されたと聞いて大層心配していますからね」
「よ、喜んで……」
セレンがカメラをヒューに押しつけ、僕の隣に並ぶ。そして、引きつった表情でカメラを構えるヒューに向かって満面の笑みでピースをした。僕もそれに合わせてピースをする。なんだかわからないが楽しそうで大変結構だ。
写真を数枚撮って貰い満足げなセレン。その分帝国からの評価はどんどん落ちていそうなのだが……まぁ、気にしないか。
エヴァが言っていたのだが、セレンは帝都内ではかなり人気が高いらしい。ちょこちょこ視察という名の観光をしているからだとか……何しろ高位精霊人のセレンは気が長いので、国交の開始もそこまで急いでいるわけではないのかもしれない。
「と…………食事時でしたか。ニンゲンの食事は面白いですね……」
セレンが、カートに載せられた前菜の皿を見て目を丸くする。ユグドラの料理は人族の高級料理と比べると質素だからな……菜食メインだし、器も木製だったし。
料理にじっと視線を落とし、いつまで経っても帰る様子のないセレンに提案する。
「食べていく?」
「いいんですか!」
僕、そんなにお腹減ってないんだよね……ずっと寝てたから。
そもそもそんなに目を輝かせられると誰だって同じ事を言うだろう。
「レッドドラゴンのフルコースらしいけど」
「…………そうですか。残念ですが、私は肉料理はちょっと……食べ過ぎると暗黒高位精霊人になってしまいます」
すこぶる悲しげな表情で聞き慣れない単語を放つセレン。エリザとか普通に肉料理を食べているのだが高位精霊人はまた違うのかもしれない。生物より精霊に近いっていうからね。
セレンの言葉に、ヒューが顔色を変える。
「っ…………菜食メインの料理がないか確認して参ります……!」
「まぁ……感謝します、ニンゲン」
フランツさんも大分振り回されていたようだが、国益を優先しないといけない騎士も大変だな。
慌てて出て行くヒューの姿を見送ると、セレンは僕の方を見て笑いかけて言った。
「ところで……あのニンゲンはクライのどの辺りの部位なんでしょう?」
…………さっきからこだわるねえ。
§ § §
あれがユグドラの皇女、セレン・ユグドラ・フレステルか。
突然現れた現在ゼブルディアで最も重要視されている皇女に、ヒューの頭は混乱していた。
確かにフランツ団長から、転移魔法で突然現れる皇女の存在は聞いていた。だが、実際に現れるとは毛頭思っていなかった。転移魔法が個人で使えるような魔法ではないというのもあるが、そもそもヒュー達は移動しているのだ。《千変万化》の居る場所がわからなければ転移魔法で現れる事も不可能なはずだったのだ。
だが、セレン皇女は現れた。社交界で様々な美しい女性を見てきたヒューに息を呑ませる美貌。あの浮世離れした行動。間違いなく本物だ。
本来、ヒューにとってそれは歓迎すべき事である。ゼブルディアの貴族でセレン皇女と面会が叶ったものなど、一握りしかいないのだから、ここで覚えが良くなれば栄達は間違いないと思っていい。
かつてのヒューならば、この幸運を手放しに喜んでいただろう。だが、今のヒューは知っていた。
幸運とは――それを掴む実力があって初めて意味があるのだ、と。
セレン皇女は今のところ、ヒューに何の感情も抱いていない。あの僅かな慈愛を含んだ眼差しは間違いなく圧倒的上位者から放たれる類のものだ。あれを挽回するのは骨が折れる。一体どうやって《千変万化》があの上位種族から信頼を勝ち取ったのか、想像もつかない。菜食コースを事前に用意する程度で信頼を得られるとは思えないし……。
厨房に無理を言って菜食のコースをクライとセレンの二人分用意して貰う。余計に費用がかかるが、相手はユグドラの皇族だ、仕方ない。
護送馬車の防衛を担当する騎士団。第三騎士団の騎士が声をかけてくる。
「ヒュー殿。レッドドラゴンのフルコースはどうしますか?」
「我々が食べるわけにはいかない。規則があるからな」
護送中に毒など盛られないようにするための処置である。
ヒューは少し考え、指示を出した。
「捨てるわけにもいかないしな。《千変万化》の指示だと言って、賊共に与える。せいぜい脅しつけてやろう」
十罪に抵触したレベル8程ではないが、今回搬送している者達もまた、各国で手を焼いた重犯罪者だ。レベル8の恐ろしさを知らない者などいないので何もしなくても問題ないだろうが、セレン皇女からの要望もある。
「しかし、初めて見ましたが……《千変万化》も肝の据わった男ですね。襲撃を受けても、同乗した賊三人から頻りに話しかけられても全く起きないんだから」
「寝ている間も神経を尖らせるより、休める時に休む方が難しい。一流の証だろう」
ゼブルディアの騎士は寝ている最中も常に注意を切らさず何かあったら飛び起きて即座に動けるように訓練を受けている。だが、何か起きた際にそれが重大な事態かどうか判断して眠り続けるなど不可能だ。
かたや《千変万化》の状況把握能力たるや、転移魔法でセレン皇女が来る事まで読んで、ヒューにコース料理について指摘まで入れてきたくらいだ。どうやってまだ発動していない魔術の前兆を読み取ったのかは知らないが、恐らくは、常に取り込んでいる情報量が違うのだろう。
それにしてもどこかで会ったことある? か。確かにヒューは大して働きはしていないが、痛烈な皮肉である。
ヒューは一度は弟子入りまで申し込んだというのに。
「次は顔見知り程度には認定されるように努力するとしようか」
だが、今回、《千変万化》が何をするつもりなのか結局聞き出せなかった。
マナ・マテリアルを奪われるイーストシール監獄島は貴族でもそう簡単に手出しできる場所ではない。監獄のシステムには口出し出来るかもしれないが、あの島で問題なのは島の環境それ自体なのだ。
才能のない者ならば数日でマナ・マテリアルを吸い尽くされ、マナ・マテリアルの保持能力の高いハンターでも数週間もあれば目に見えるレベルで弱体化されるという研究結果が出ている恐るべき土地だ。
収監されている賊が危険なのはもちろんだが、策で戦う《千変万化》にとって奇策や神算鬼謀の通じない自然の脅威は相性最悪だろう。《千変万化》はどんな対策を考えているのだろうか?
考えても結論は出なかった。実際にイーストシールに入ってから想定外にならなければいいんだが――。
そして、昨日も現れたと聞いたが、セレン皇女はもしかして、毎日《千変万化》が自由にやれているか確認しにくるつもりだろうか?
それは……とても困る。何とか説得できるだろうか?
ヒューは人当たりが良さそうに見えて全く言う事を聞きそうにないセレン皇女の表情を思い浮かべ、ため息をついた。
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是非ご確認ください!
引き続き『嘆きの亡霊は引退したい』をよろしくお願いします!
/槻影




