470 放免
軟禁から一週間。その謎の部屋での生活は非常に快適なものだった。
欲しい物は要求すればすぐに届けられるし、尋問なども特になかった。
しばらく謹慎生活してからの軟禁生活なのだが特にストレスもなく、もしかしたら僕は引きこもり生活の才能があるのかもしれない。リィズやルークは引きこもりとか絶対無理だろうし、引きこもりの才能は僕がルーク達に勝る数少ない才能なのかもしれなかった。
せっかくだし、何かこの才能を活かす分野がないものか……。
ベッドで寝転がりバタ足しながらそんなくだらない事を考えていると、不意に扉の前の空間が歪んだ。
普段の生活では絶対に見る事のない光景。歪が消えた時、そこにいたのは、ユグドラの皇女、セレンだった。
「クライ、どうやら快適に過ごしているようですね」
何故セレンが…………まぁ、いいか。
恥ずかしい所を見られてしまった。でも突然セレンが来るなんて神算鬼謀でもわかるわけがない。
今更誤魔化しようがないので、足をバタバタさせながら言う。
「ああ、セレン。今ちょうど英気を養っているところだったんだよ」
「なんと……ニンゲンは英気を養うのに不思議な格好をするのですね!」
「…………ま、まぁ瞑想みたいなものさ」
「ユグドラに来たときはやっていませんでしたが……」
「それはその……ユグドラではやるまでもなかったというか……」
「!?」
というか、ユグドラで自分が何をやっていたのか本当に何も記憶にないんだけど、僕は一体何をやっていたのでしょうか……。
僕は身を起こすと、僕の言葉を真に受けている大変騙されやすそうなセレンに尋ねた。
「ところで、何しにきたの? 転移魔法まで使って。もしも助けにきてくれたのなら、ありがたいけど大丈夫だよ。何の問題もないし、困ってないから」
転移というのは大魔術だ。移動元と移動先に複雑な魔法陣を描いて発動するのが人族の限界であり、個人で自由に発動できるのなんて、セレンくらいだろう。さすがの帝国もそこの対策までは出来なかったと見える。
だが、気持ちはありがたいが、余計なお世話だった。
今セレンの誘いに乗って逃げ出したら逃亡犯になってしまうし、セレンの仕業だとバレたらユグドラにも迷惑を掛けてしまう。
僕の起こした事態が解決しているのはメアリーさんの言葉からわかっているわけで、今は大人しくしているに越した事はない。なんかこの軟禁、快適だし……。
僕の言葉に、セレンはにっこり笑ってもっともらしく頷いた。
「そうでしょうそうでしょう、クライ。私は、貴方が不自由なく快適に過ごせてるか確認しにきたのです」
え…………何故そんな確認を……。
「快適だよ。『快適な休暇』がなくてもね」
「それならいいのです」
シャツ型宝具『快適な休暇』はどんな環境下でも装備者を快適に保ってくれる極めて有用な宝具だが、宝具がなければ快適になれない程僕は弱くない。ユグドラで宝具を使って初めて快適になれたセレンとは違うのだ。
てか、僕の『快適な休暇』、ユグドラでセレンに貸したままなんだけど………………まあ今はいいか。
宝具なんてなくても全く不便ないし、ここから出て落ち着いたら返して貰おう。僕は快適強者だからな。
と、その時、扉がノックされた。セレンに帰るよう促す暇もなく、扉が開く。
入ってきたのは――フランツさんだった。
「《千変万化》、時間だ――!?」
フランツの目が、平然としているセレンに向く。セレンは目を剥くフランツに、にこやかに言った。
「フランツ、確かにクライが不便なく快適な事、確認しました。引き続きお願いしますね」
「…………クソッ、転移魔法か。自由過ぎるぞ、まったく、ユグドラはどうなってるッ……」
僕の事を睨んでくるが、セレンがやってきたのは僕のせいじゃないんだけど……。
セレンはにこにこしているが、いくらフランツさんとは仲良くなったとは言え、険しい表情で見られると心臓に悪い。
さっさと本題に入る。
「僕をどうするか決まったの?」
「…………チッ。ああ、貴様の勝ちだ。貴様の望む通りにしてやる……が、ある程度はルールは守って貰うぞ。ゼブルディアは法治国家だからな」
つまり、無罪放免という事か…………よかった!
申し訳なさはもちろんあるんだが、僕もわざとやったわけじゃないからね。うん、これから何かこの件で問題が起こったら解決に尽力させてもらうから、それくらいで手打ちにして欲しいね。
ほっと息をつき、フランツさんに言う。
「放免って事? いやー、よかったよ。この部屋での生活も悪くなかったけど、そろそろ外に出れたらなと思ってたんだ」
「ッ…………」
「フランツ、わかっていますね?」
無言になり震えるフランツさんに、まるで念押しするかのようにセレンが言う。
何の話をしているのかわからないが、僕が見ていない間に仲良くなったのだろうか? 確かユグドラとの国交が始まるとか言っていたし……。
セレンの言葉に、フランツさんが再び舌打ちをした。
「チッ。わかっている。できる限り便宜は図ろう。だが、我々が折れるのは今回が最後だ。次に似たような事があったら下りるぞ」
「わかりました。それでいいのです」
「全然わかっていないだろ、クソッ」
セレンは上機嫌だが、フランツさんの方は余り仲良くなさそうだな。入ってきて一分で2クソ2チッ、か……。
高位精霊人のセレンは人間社会にも疎いだろうし、きっとセレンが我が儘でも言ったのだろう。僕は小さく咳払いをすると、せめてものお詫びに仲裁をした。
「まったく、二人とも仲良くしないと駄目だよ。セレンも余り我が儘言っちゃ駄目だよ、フランツさんが可哀想じゃん。フランツさん、ごめんね。セレンは常識がないからさあ」
「ッ……ぐっ…………ぅ……」
良くわからないけどぐうの音まで出てしまった。
顔がみるみる赤くなっていくフランツさん。僕はそこから目を逸らし、現実逃避した。もう余計な事は言わないようにしよう。
「我が儘なんて言っていませんが――気をつけましょう。ところで、クライの様子を見に行くのは我が儘じゃないですよね?」
「それはもちろん――」
「い……良いわけあるかあああああああああああッ!!」
え……なんで?
フランツさんの激高に目を丸くする。別にセレンが僕に会いに来るのに、フランツさんは関係ないはずだ。
あるいは、セレンの立場が問題なのだろうか。ユグドラの皇女が自由に帝都内を歩き回るのは確かに気になるかもしれない。
「ま、まぁまぁ、落ち着いて。フランツさんも、気持ちはわかるけど、そこはセレンの自由じゃん?」
「自由なわけあるかッ! このクソボケがッ!」
「あ、ああ、ほら。あれなんてどう? セレンが皇女なのが問題なら、フランツさんが許可出すとか――ちょっとは自由をあげないと可哀想じゃんセレンも。せっかく帝都まで来たんだからさ」
「そうですよ、左手首のニンゲン。許可を出しなさい」
「ッ……いいから、来いッ!」
何故かフランツさんが手錠を取り出し、僕の腕に掛けてくる。無罪放免と言ったばかりなのに、移送中は手錠を掛けるのだろうか。
頑丈そうな手錠だ。といっても、僕が本当にレベル8並の力があるならどうとでも破壊できただろうが……やっぱり表面上だけかな。
戸惑っていると、どうしてしまったのか、フランツさんが僕とセレンを見て、怒鳴りつけるように言う。
「いいか、ルールは守れ! 法は守れッ! 私が言いたいのはそれだけだッ! 面会は禁止だッ! 絶対になッ! 転移で飛ぶ事は出来ても、戻ってこれないからなッ!! これ以上、手間を掛けさせるなよッ!」
なんでそんなにセレンと僕が会うのが嫌なのだろうか。いいじゃん会うくらい……僕はいつだって《足跡》のクランハウスにいるんだし、なんなら《足跡》のクランハウスはかなり安全だと思う。運が悪い僕が三年も住んでるくらいだからな。
まぁ、フランツさんはちょっとナーバスになっているだけだろう。時間を空けて冷静になれば自分の言葉がやり過ぎであると気づくはず……帝国は自由の国のはずなのだ。
「チッ。おい、貴様ら。セレン皇女を外にご案内しろ」
フランツさんが、外で待機していた部下の騎士に押し殺したような声で命令する。
恭しい所作でセレンをエスコートする部下の騎士達。僕はフランツさんがセレンの方を見ている間に、セレンに向かって、口元に人差し指を立てて今は反論をやめるように伝えた。セレンがにこにこしながら小さく頷く。これでよし。
「じゃあセレン、また今度ね。国交頑張って」
「はい。フランツのおかげでなんとかなりそうです。フランツ、くれぐれもよろしく頼みましたよ」
「……………………クソッ。来い、《千変万化》。長旅になるぞ。目隠しもして貰う。良いな?」
「え……? うんうん、そうだね?」
長旅? なんで長旅になるの? それに目隠し……?
僕は一瞬眉を顰めるが、まあ無罪放免なんだし気にしない事にした。
フランツさんはルールを守って貰うと言っていたし、何か面倒な規則とか手続きがあるのかもしれない。
とんでもないやらかしをチャラにして貰うわけで、文句は言わず従っておいた方がいいだろう。




