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嘆きの亡霊は引退したい 〜最弱ハンターは英雄の夢を見る〜【Web版】  作者: 槻影
第十部

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464 最悪の一夜

 大地が、空が、世界が震える。


 サヤ・クロミズは己の目を疑った。

 クランマスター室でともに待機していた。ルークやリィズが騒ぎだす。


「お? 地震か?」


「んー、ただの地震じゃないんじゃない? だってほら、クライちゃんが後始末にいったし……」


 リィズが余裕の表情で言う。確かに、これはただの地震ではない。サヤの目には見えていた。


 ――世界が、たわみ重なり再結合している様子が。


 それはまさしく、天変地異という表現に相応しい現象だった。


 何をどうすればこんな現象が起こるのか想像もつかない規模。

 コードの墜落など、今のこの現象と比べればちっぽけなものだ。テラスで発生した魔導災害だってこれほどの規模ではなかった。


 原因はわからないが、何が起ころうとしているのかは想像がつく。


「宝物殿と、この帝都が……融合しようとしている」


「え? 本当ですか?」


「キルキル……」


 元々、あの宝物殿と帝都ゼブルディアは完全に重なっていた。融合していなかったのは、存在する次元が異なっていたからだ。

 だが、幾つかの出入り口で行き来できるだけの状態だった二つの世界が今、変わろうとしている。


「お兄ちゃん、連絡してきて」


「うむ!」


 シトリーの言葉に、アンセムがどたばたと駆け足で部屋を出ていく。

 監視役として集まっていた者達も大騒ぎだ。


 恐らく帝都に住む住民達は皆、今の地震と変化を感じ取った事だろう。


 その時、眼の前にしていた鏡の表面がたわみ、半透明のお化けが現れる。ルシアを追いかけていた楽器を奏でるお化けだ。


 やはり、世界の境目が曖昧になっている。


 これまであの宝物殿の幻影は自由に外に出たりできなかったはずだ。だが、それは変わってしまった。


 帝都中が大混乱になる。もしかしたら国が滅ぶかもしれない。

 サヤがさらさらを使えたら食い止められるかもしれないが、今のサヤには戦う手段がない。






 青ざめるサヤ。その眼の前で、ルーク・サイコルは何気ない所作で、お化けに刃を振るった。





「!?」


 オーケストラお化けがちぎれ、すぐに再生する。だが、衝撃を受けたのか、その口が楽器から離れている。ルークはその様子に歓声をあげた。


「おおおおおおおおお、切れないもの見っけ! 霊剣を取得するチャンスだッ!」


「!?」


 いや、そのお化けは切れないと思うんだけど――。


 そんなツッコミを入れる前に、お化けがばらばらになる。

 再生し、ばらばらばらになる。再生し、ばらばらばらばらになる。お化け達は涙を流し鏡の中に逃げ出した。


「うおおおおおおおおおおおおッ! 逃がすかああああああああああッ! 斬ーらーせーろーッ!」


「あはははは、ルークちゃん、お化けみたーい!」


 ルークが大喜びで鏡に飛び込む。

 そう、あの宝物殿と帝都が重なるという事は、幻影がこちらの世界に自由に移動できると同時に、こちらの人間が宝物殿に行けるという事なのであった。

 もう宝物殿と帝都は陸続き。ゲートは閉じられないし、恐らくレディが宝物殿で振るっていた転移のような強力な能力も失われている。


 しかし、ルークは本当にお化けのようだった。つくづく模擬戦にいなくてよかったと思う。


 呆然とする事しかできないサヤの前で、シトリーがにこにこと言う。



「せっかくなので私達も行きますか。騎士団も動けないでしょうし、今なら先行者です!」


「っしゃー、ティー叩き起こしてくる。うちのルシアちゃんを脅した連中をぶっ殺さないと!」


「ふふふ…………多分ルシアちゃんがぶっ殺してると思うけど……」


 こんなに気楽でいいのだろうか? この状況、帝都中がパニックに陥ると思うんだけど――。


「サヤちゃんも行くでしょ? 裏切り者をぶっ殺さないといけないんでしょ?」


「確かに。言う事を聞かない子はぶっ殺して、まだ裏切っていない他の子達が二度と裏切らないようにしないとね」


 リィズがそこで花開くような笑みを浮かべ、サヤに手を差し伸べてくる。

 シトリーもそれに合わせる形で、小さく拍手を始める。


 その二人の笑顔に、サヤは疑問を全て保留にすることにした。


 力が湧いてくる。両目が熱を持っていた。


 ルシアもとってもいい子だったけど、リィズやシトリーも全然ありだ。

 一緒に戦えるのならば他の事なんてどうでもいいし、確かに来訪者は倒さなければ……ぶっ殺さなければならない。



 これまでやった事はないが、サヤならば、この《夜宴祭殿(リトル・ウィッチ)》ならば、できるはずだ。

 


 帝都にやってきて本当に良かった。




 ぶっ殺して……二度とサヤを裏切らないように教え込まなくては。




§ § §





「ふはははははははははッ! とうとうやってくれたな、《千変万化》ッ!! まさかこの帝都に幻影共を呼び出すとはッ! 一体何をしでかしたんだ!」


 蜂の巣をつついたような騒ぎの神隠し対策本部に、フランツの笑い声が響き渡る。

 血走った目で走り回る職員達。戦える者はもう外の騒動の沈静化に走っている。


「だが無駄だあああああああッ! こんな事もあろうかと、既に盤石の布陣だッ! 騎士団全部叩き起こして神隠しが遭った場所を全て固めたッ!! すぐに動いた自分を褒めてやりたいわッ!」


「せ、《千変万化》マスター」


「誰が《千変万化》マスターだごらああああああああああッ!」


「ああああああ、申し訳ございません申し訳ございませんッ!」


 ペコペコと頭を下げる騎士団の伝令役。状況は混迷を極めていた。

 何が起こっているのかもわかっていない。わかっているのは、神隠しのあった場所を通して多種多様な幻影が町中に現れたという事だけだ。

 幸い、まだ朝方なので混乱はそこまで広まっていないが、どれだけの被害が出るのか想像もしたくなかった。


「今度こそ、今度こそ監獄にぶち込んでやる《千変万化》ッ! 待っていろッ! 今回の件は皇帝陛下でも庇えんぞッ!!」


「ま、まだ《千変万化》がやったと決まったわけじゃ――」


「決まっているのだッ! 他に誰がこんな事やるというのだッ! 貴様はあの男の事を、何もわかっていないッ! 私は最近、《千変万化》担当呼ばわりされているんだぞ!?」


 認めたくなかった事実を叫ぶフランツ。

 最近余り眠っていないのでテンションが上限を突破していた。


「やっぱり《千変万化》マスターじゃないですか……」


 ぼそりと部下が呟く。だが、そんな事は気にならなかった。


 最高の気分だ。これを乗り越えたら今度こそ《千変万化》担当を外れられる。


 さすがにここまでの騒動を起こせば帝国法での処罰は免れない。たとえレベル8だったとしても――。



「フランツ団長、神隠しの被害者が見つかりましたッ! 閉じ込められていた宝物殿の監獄と地下水路が繋がったみたいで――ヒューが脱出を先導しているとの事です。幻影が多いみたいで、サポートを送っています」


「!!地下水路か。全員間違いなく生きて帰せッ!」


 ヒュー……無事だったか。神隠しの被害者が見つかったのは朗報だ。


 最悪の報告ととても悪い報告と悪い報告と朗報、全て具に皇帝陛下へ報告しなくては……。

 フランツは呼吸を落ち着けると、天井を見上げて独り言を漏らした。


「この程度じゃ釣り合いが取れんぞ、《千変万化》」



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