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嘆きの亡霊は引退したい 〜最弱ハンターは英雄の夢を見る〜【Web版】  作者: 槻影
第十部

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458 星神の箱庭④


「馬……馬鹿なッ……ど……どうやって……だって、そっちには、他の仲間も――」


 ルシアを脅かしていたレディが、戦慄く声で言う。


 ルシアの周りにいた幻影達が蜘蛛の子でも散らすように消える。戦っていた熊と鮫も組み合うのをやめて揃って逃げていく。



 サヤは逃げていく幻影達をあえて見逃した。



 重要なのは、レディだ。特別力を持っている幻影。

 知恵ある幻影は厄介だからここで確実に仕留めなければならない。


 息が切れている。こんなに疲労を感じるのは初めてかもしれない。

 それもこれも、来訪者(フォーリナー)達がこなかったせいである。レディを探すために命令した彼らはどこにいったのか……だが、問題はなかった。


 気分は最悪だがコンディションは絶好調だ。全身から奇妙な力が湧いてくる。


 こんな事は初めてだが、この宝物殿の幻影が来訪者を視認できている事といい、もしかしたらサヤの能力とこの宝物殿は相性がいいのかもしれない。

 クライが言っていた最適というのはその事も指していたのだろうか?


「私を、舐めるなッ」


 吐き捨てるように言い、完全に意識を失っている偽物の自分を床に乱暴に落とす。


「ッ…………」


 レディの表情が歪む。

 ルシアとレディが消えた後、それを追おうとするサヤには邪魔が入った。偽物の自分に、首を沢山ぶら下げていたあの幻影と同じ、パワータイプの幻影達。


 厄介だった。幻影はともかく、偽物の自分は間違いなく自分に限りなく近い能力を持っていた。恐らくはさらさらも使えていたはずだ。その場合来訪者がどちらの味方をするのかはわからないが――。


 拳を握り、レディとの距離を詰める。拳に纏わりつく奇妙な黒い光――この宝物殿に入ってからサヤの攻撃を高めてくれるその光は、サヤにとっても未知の存在だ。


 だが、重要なのはその光がこの宝物殿の幻影にクリティカルなダメージを与える事である。


 どうでもいい。使えるならば使う。

 サヤはルシアと何としてでも生きてこの宝物殿を出なくてはならないのだ。


 レディが大げさに距離を取り、サヤの攻撃を避ける。サヤは青ざめ明らかに憔悴しているルシアの腕を引っ張り、背中に庇った。


「私には――守るものがあるッ!!」


 それだけだ。サヤが勝てた理由はそれだけだ。


 偽物の自分には恐らく守るものがなかった。

 偽物の自分に加勢した幻影達は遥か格下だ。ちょっと脅せば逃げて行った。

 注意が必要だったのは偽物の自分だけ――あの程度の加勢でサヤを倒せると思うなど、サヤに対する侮辱である。


 レディを倒し、出口を探す。

 行方不明者については、この宝物殿について何か知っているであろうクライを交えて取り組めばいいのだ。


 後はルシア達と一緒に帝都を観光して終わりである。



「ッ…………く……くッ……私を倒しても、出口は――」


 ならば、出口を作るまで徹底的に痛めつけるだけだ。

 相手に言葉が届くのならば、それをする自信はある。


 サヤに脅しが効かない事を悟ったのだろう。焦りを見せるレディ。


 そこで、ようやくサヤが送り出した影人達が集まってきた。

 ばらばらだった影の欠片が集まり、人型に戻る。


 今までどこを探していたのだろうか? 今更現れるとは――だが、これでもう決着だ。


 影人が集まってくるのに気付いたレディが青ざめ、震える声で言う。


「わ、わかったわ……ここから出してあげる。もう、うんざりよ」


 ダメだ。お前はサヤの友達に酷い事をした。


 レディが力を貯め始める。サヤ達を宝物殿から追い出すつもりだ。

 だが、この距離ならばサヤの方が速い。警棒を拾い、地面を蹴りレディに向かって距離を詰める。


 レディはサヤを恐れている。動きが悪くなっている。

 ティノが模擬戦で使った手を真似して、途中で地面を蹴り動きを加速させる。レディは絶好調のサヤの動きに全くついてこれていない。



 ――殺った!



 警棒を振り下ろす直前に確信する。

 そして、警棒が涙目のレディを切り裂こうとしたその瞬間――強い衝撃がサヤを襲った。



「っ!?」



 鈍い痛みが背中に広がる。腕から力が抜け、警棒が床に転がる音が遠く聞こえる。

 ルシアの悲鳴。呆然と目を見開く敵であるはずのレディ。



 そして、サヤは自分を攻撃した者の正体に気づいた。



 サヤを背後から襲ったのは――影人だった。鋭利な刃状に変化したその腕の先端がサヤの胸から突き出して見える。



 ――何故?



 疑問が脳内に満ち、しかしすぐに意識が遠のいていく。

 完全に不意を食った。致命傷だ。


 だが、どうやら脱出はできそうだ。レディの集めていた力が解き放たれ、視界が光で満ちる。


 多分、レディの方も影人がサヤに攻撃するなんて予想していなかったのだろう。レディは嘘をついていなかったから、ルシアも一緒に脱出できるはずだ。



 生きて帰す事ができてよかった。


 そしてサヤの意識はぶつんと途切れた。







§ § §






 何が起こったの?



 レディは予想外の連続に完全に混乱していた。



 サヤとルシアがいなくなった空間。サヤを背後から貫いた影の異形が、血に濡れた腕をぺろりと舐める。意味がわからなかった。


 それは、レディの作戦などではなかった。この異形はサヤの味方だったはずなのだ。


 凍りつくレディの首に、異形の腕が絡みつく。逃げる余地のない凄まじい速度。

 ぎりぎりと折れる程に締められる首。信じられなかった。


 この宝物殿の内部でレディは不死に近い性質を持っている。だが、その一撃はサヤの放った攻撃同様、確実にレディに干渉していた。


 触れた場所――締め付けられた首から、異形の思考が伝わってくる。


 もうサヤはいらない。

 ここならば、この宝物殿の力ならば、我らはサヤの力がなくても活動できる、と。



「味方じゃ……ないの?」


「我らを呼び出せ、世界の果てから」


 異形が口を開く。しわがれた声。レディから言語能力を学んだのだろう。


 わかる……彼らの事が、伝わってくる。これは――悍ましい生き物だ。



 人に恐怖を与える存在であるレディ達よりも余程たちの悪い『侵略者』。レディは存在に人間を必要とするが、この生き物は人間を必要としない。


 必要なのは、彼らを認識する存在だ。認識が、別次元の生き物である彼らをこの世界に適応させるのだ。


 そして、それができるのは、あのサヤとその血族だけだった。

 だから、彼らはサヤの命令に従い協力してきた。虎視眈々とこの次元に根ざす方法を探りながら――サヤが死んだら、いつこの世界にやってこられるかわからなかったから。


 だが、同時にサヤの一族がたった一人しか残っていなかったのも、こいつらが原因だ。


 一人でいいのだ。彼らを認識できるのは、彼らに干渉できるのは、たった一人でいい。

 寿命を奪い、増えたら一人になるように間引きする。それまで協力的だった彼らの突然の裏切りは致命的だ。何しろ、能力を除けばサヤ達はただの人なのだから。



 確かに、この宝物殿ならば彼らに自由を与えられるかもしれない。性質が似ているし、サヤと同じ能力を持った存在だって生み出せた。

 そして、サヤをレベル8足らしめていた『さらさら』を自由に使う事ができれば、誰もこの宝物殿を攻略できなくなる。



「どうする?」



 異形がレディに問いかけてくる。彼らは危険だが、選択肢はない。

 彼らが暴れ出せば今の【星神の箱庭】では対応しきれない。


「……いいわ。組みましょう。でも、覚えておく事ね。私は裏切りは許さない」


「…………」


 異形がレディを解放し、闇に溶けるように消える。


 面白い。あの異形、うまく使えばより効率的に恐怖を収集できるだろう。

 もっとも、しばらくは大人しくしておいた方がいいだろう。


 彼らはサヤを舐めすぎている。胸は貫かれたが、運が良ければサヤはまだ生きているはずだ。


 異形は自分達を認識できる者を選ぶ際、もう少し弱い相手を残すべきだった。

 あれは、レディ達の天敵だ。レディには、ただ暴力的な変幻自在の異形よりもサヤの方が恐ろしい。




 どこからともなく現れたボロボロのモンスター・ディギーが尋ねてくる。


「ど、うする?」


「しばらくは大人しくしておきましょう。神隠しも最低限にして」


 たとえ異形が全面的に協力してくれたとしても、もう二度とあんな恐ろしい相手を宝物殿にいれるのはごめんだ。せっかく広めた噂話が無意味になるのは辛いが、サヤの死を確認したらまた広めればいい。


 と言っても、いつまでも宝物殿と外の世界の繋がりを切っておく事はできなかった。

 地脈からマナ・マテリアルを吸い上げなくては、宝物殿は弱る一方だ。



「あれがいいわ。電話を使ったやつ。まだ一人も引っかかっていないでしょ?」



 レディ達は噂話を活用して人を宝物殿に引き込むが、噂の中には物理的、文明的にこの時代では試せる者がいないものが存在する。

 電話に纏わる噂はその中の一つだった。


 夜中にかかってきた電話に出た者は呪われるとか、何時何分に電話をかけると悪魔に繋がるだとか、そういう類の噂なのだが、何しろ、この文明には電話というものがほとんど存在していない。


 重要な連絡には共音石と呼ばれる宝具が使われているが、そちらは対象外である。これでは噂を試しようがない。


 たまに顕現する電話に纏わる怪異の幻影は既に何体も消えていた。同情はするが、時代が悪いという他ない。



「ほとぼりが冷めるまでは大人しくしておきましょう」



 レディはため息をつくと、サヤの登場で逃げてしまった仲間達に方針を説明しに行く事にした。


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― 新着の感想 ―
レディちゃん。はい。終わりー。
電話さんは危機感が無いからなぁ
電話って単語が出た瞬間に察したよね
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