456 星神の箱庭②
さて、どうしてやろうかしら。
宝物殿【星神の箱庭】の幻影、少女に対する恐怖の象徴、『咽び泣くレディ』は、侵入者の動向を監視しながらじっと考えていた。
この宝物殿はレディのテリトリーだ。ある程度離れた場所からでも様子を確認するなんて簡単だ。他にも、恐怖を与えるために色々な事ができる。
サヤとルシアの二人組は夜のゼブルディア魔術学院を慎重に進んでいた。
この宝物殿では人間に恐怖を与えるため、あのヒューを捕らえた監獄を始めとした、様々なエリアが存在する。だが、彼女達にはゼブルディア魔術学院を模したエリアが相応しいだろう。日常の空間が異界に変わったその時、強い恐怖が発生するのだ。
そして、恐怖を、畏怖を得たその時、レディ達は見せかけだけでない力を得るのである。
「まずはサヤが邪魔ね…………」
ルシアはいい。しっかりとレディを恐れてくれた模範的なターゲットだ。だが、サヤは違う。
あのやばい異形を従えているだけあって、あの女からはレディへの恐怖も畏怖も敬意も感じられなかった。ヒューはあれでも極わずかに恐怖は感じていたが、サヤはもっと酷い。
だが、今更サヤだけこの宝物殿から追い出すわけにもいかなかった。この宝物殿の内部にいる以上は彼女は既にレディの獲物になっている。
相手が逃げ出すならばともかく、厄介な相手だから追い出すというのは、相手を恐怖させる事を存在理由にするレディにとって敗北宣言どころか、存在意義の否定に等しい。
モンスター・ディギーがヒューに迎撃され自信と同時に力を失いつつあるように、そのような事を続ければいずれレディは力を失い最終的には消えてしまうだろう。
だが、人間にとって恐怖という感情は備わって当然のもの。サヤにも恐怖するものがあるはずだ。
とりあえず試すだけ試す。
サヤ達は廊下を歩いている。ゼブルディア魔術学院の研究棟の五階だ。
レディは手始めに、廊下の外側の窓の外に白い人影を走らせた。
ベタな手だが、これまで大勢の人間に試し、少なくない数が恐怖した手である。
『!?』
音もなく動く人影に、ルシアが一瞬で気づき、息を呑む。
力は間違いなくこれまで攫ってきた中でも随一なのにここまで揺さぶられるとはいい客だ。
『どうしたの?』
『外に人影が――』
『…………』
サヤが無言で躊躇いなく窓を開ける。
ダメなのだ! 一切感情を動かす事なくそういう事をやってはダメなのだ!
観察力はルシアの方が上。吸収しているマナ・マテリアル濃度だってそこまで変わらないはずなのにどうしてここまで動きが違ってくるのか?
試しにルシアの背後に白装束の女を出してみる。頬がこけ、本来眼球のあるところが空っぽの、いかにも恐ろしげな外見の女だ。
余りにもベタな手に対し、サヤは床を蹴り、ルシアの肩を掴み思い切り跳び上がると、警棒でレディの出した幻影を突いた。
『な、なんですか!?』
『別に…………ただ虫がいただけ』
勝てる方法が――全く思い浮かばない。
そして、一体どんな人生を送ればこんな人間が出来上がるのか謎である。闇の中でおどろおどろしい外見のものが現れたら、たとえそれが幻だったとしても警戒くらいはするべきじゃないだろうか?
いや…………この手のビジュアルに慣れているのかしら。従えているあれも大概酷い見た目だし……。
試しにその背後に足音を立ててみる。ルシアが真っ先に振り返り、サヤもそれに続く。もちろん、そこには何もいない。
正体不明というのは恐怖の基本だ。
『な、なんでしょう…………今の音』
『気にすることはない。何もいないから。どうやらあの幻影は私達を怖がらせようとしているみたい』
あの目か? あの血のように真っ赤な目が悪いのか? それとも、この手の怪異に慣れているとかだろうか?
確かに、窓に映る白い人影や背後から聞こえる足音など、あのサヤが従えている怪異と比べたら大した事はないかもしれない。
だが、それならばとっておきを出してやろう。
明らかに緊張しているルシアに対して、まだまだ余裕の表情のサヤ。
その余裕の仮面を剥がしてやる!
レディは目を瞑ると、サヤ達のいる廊下、そのすぐ外に瞬間移動する。
ここからが本領発揮だ。
レディはさっと速度を上げて宙を飛ぶと、連続で窓に手のひらを叩きつけた。
「!?」
手のひらの形をした血の跡が激しい音と共に窓にこびりつく。
ルシアの顔からさっと血の気が引く。
これに微塵も恐怖を抱かない者はいない!
自信満々に笑みを浮かべるレディ。だが、それに対するサヤの反応は非情だった。
「…………これ、私にもできる」
「!?」
そんな馬鹿な……このサヤって女、本当に人間なの?
サヤは警棒を取り出すと、手の跡が残る窓を思い切り叩き始めた。
ぱりんぱりんと騒々しい音を立て、ガラスが無遠慮に割られていく。レディの脅しに怯えを見せていたルシアが恐怖を忘れて目を見開いている。
怪奇現象に見舞われてるのにいきなり窓を割り始めるなんて、不良だってしない!
割った窓からサヤが大きく身を乗り出してこちらを見る。
「サヤ!?」
「見つけた…………私のルシアを怖がらせるなんて、許さない」
「!?」
その気迫に怖気が走った。輝く瞳――もはやどっちが恐怖の象徴だかわかったものではない。夢に出そうだ。
サヤが軽い身のこなしで窓の縁を掴み、外に飛び出す。
ここは五階なのに!
唖然とするレディ。
サヤは――落ちなかった。そのまま空中を蹴りつけ、レディの方に接近してくる。
「!?」
反射的に逃げ出すが、サヤは正確にレディを追いかけてきた。
ありえないありえないありえない。全く予想だにしていない状況に混乱するレディに向かって、サヤが大きく警棒を振りかぶる。
だが、それが振り下ろされる前に、サヤは校舎の中から伸びてきた太い腕に捕縛された。
「ディギー! よくやったわッ!」
「あ……ああ…………ああああああああああああああッ!」
表皮のただれた屈強な腕。
モンスター・ディギーが唸り声のような声をあげ、サヤを思い切り壁に投げつける。
殺戮モンスター・ディギーはどちらかというと精神的な恐怖を与えるレディとは対極の存在である。同じ宝物殿の仲間とはいえ、その力を借りるのは少々悔しくはあるが、精神的な恐怖で勝てないのならば物理的な能力で圧倒するしかない。
モンスター・ディギーは元人間だが、その身体能力は人間を超えている。
かつて存在していた時代では、数多の市民を恐怖のどん底に叩き落とし、軍が出動してもその襲撃を止められなかったという正真正銘、恐怖のモンスターだ。
そう――かつて存在していた時代、では。
「……なに、お前?」
「ぁ……あ……………?」
華奢な女など一撃で惨殺できる怪力を誇るモンスター・ディギー。その剛腕により壁に投げつけられたはずのサヤはしかし、惨殺どころか、かすり傷一つ負っていなかった。
あの壁に叩きつけられるまでの一瞬の間に空中で体を回転させ、両足で壁に着地したのだ。
まさしく、曲芸のような動き。真紅の瞳に見つめられ、殺戮を確信していたモンスター・ディギーが一歩後退る。
マナ・マテリアルだ。全てはマナ・マテリアルが悪いのだ!
その力はレディ達をこの世に復活させ、そして――この世界の生き物をめちゃくちゃに強化している。
レディの持つ情報では、人間という生物は女性より男性の方が身体が大きく身体能力が秀でているはずだ。だが、この世界では違う。
この世界では、成人男性よりも強い女性がいる。騎士団の一員でモンスター・ディギーに立ち向かったあのヒュー・レグランドよりも遥かに強い女が。
しかも、今のサヤは――あの異形を使ってすらいない。
混乱しているモンスター・ディギーに対して、サヤが接近する。その動きには一切の恐怖も躊躇いもない。
鎖に繋がれた首を幾つもぶら下げ腐敗臭を振りまく怪物に対する動きではなかった。
モンスター・ディギーが慌てて、置いていた斧を拾い、サヤに向かって振り下ろす。
己を両断するような勢いで振られた斧を、サヤは警棒一本で受け止めた。
一瞬、黒い紫電が散った。
いや、正確に言うと、それは紫電ではない。
おそらくそれは、エネルギーだ。先程レディに甚大なダメージを与えかけた、正体不明の力。
モンスター・ディギーの巨大な斧がちっぽけなサヤの警棒に跳ね上げられる。
レディはその刹那、サヤの目が大きく見開かれたのを確かに見た。
「まさか……予想外、だって言うの?」
つまりそれは、サヤはその正体不明の力を考慮に入れずにモンスター・ディギーに立ち向かってきたという事だ。
モンスター・ディギーの空いた胴にサヤの警棒が叩きつけられる。
黒い雷光が瞬き、モンスター・ディギーの分厚い筋肉に覆われた肉体が弾けた。絶叫が廊下に響き渡る。
慌ててモンスター・ディギーを退避させる。黒い液体になってモンスター・ディギーが溶け消える。
だが、すでにダメージは甚大だった。たった一撃受けただけなのに致命傷だ。まだかろうじて死んではいないが、これではしばらく動けない。
サヤが警棒を軽く振って舌打ちをする。
「また逃がした」
よくもモンスター・ディギーをッ!
そんな言葉を、レディはぎりぎりで止めた。
ダメだ。そんなものは恐れを与える側の言葉ではない。むしろ、モンスター・ディギーに襲われる側が放つべき言葉だ。そして、復讐しようとしてなすすべもなく惨殺される、恐怖のモンスターとの戦いはそうであるべきなのだ。
いや――惨殺されなくてもいい。死闘の末、モンスター側が負けたっていいのだ。ただそこに恐れがあるのならば、モンスター・ディギーは自分に誇りをもって敗北できるだろう。だから、相手がヒューだった時はまだ余裕があった、
だがこれはあんまり過ぎる。これではどちらがモンスターだかわかったものではない。
モンスター・ディギーを圧倒したサヤが満足することなくレディを睨みつける。だが、近づいては来なかった。
モンスター・ディギーの奇襲で距離があるからだ。攻撃を当てる前に逃げられるとわかっているからこそ、近づいてこない。まるで肉食の獣が狩りをする際、己の攻撃射程を知っているかのように――。
と、その時、デーモンシャークが近づいてくる気配がした。
地面や壁を潜航し獲物に食らいつく凶悪な鮫だ。どうやら、レディの命令も聞かずに勝手にこのエリアに侵入してきたらしい。
一体、どの時代に、どういう経緯で存在していたのかすら不明のモンスターだ。わかっている事は、その存在が人間に対して強い怒りと食欲を持っているという点のみ。
モンスター・ディギーとも異なる理不尽で獰猛なハンターの登場に、レディはちらりと後ろを見る。
あの忌々しい鮫ならば奇襲でサヤを倒す事ができるかもしれない。
僅かな希望にすがるレディ。
――だが、デーモンシャークはこちらにたどり着く十数メートル手前で、くるりと反転した。
そのままこの場所から猛スピードで離れていく。これまでは頼んでもないのにやってきて食い殺そうとしてきたのに………………もしかして、逃げた?
「あのクソ鮫ッ…………」
思わず小声で毒づく。サヤは一見華奢にしか見えないのに、まさかあの鮫に強敵を見極める脳みそがあったなんて――でかい図体をしているくせに本当に使えない。モンスター・ディギーを見習えッ!
デーモンシャークが逃げた事を知ってか知らずか、サヤはそれ以上近づいてこなかった。
いや、恐らくは機を窺っているのだろう。彼女にはあの異形を使う能力があるのだから。
だが、それこそが隙だ。
レディにはまだ手があった。この宝物殿の持つ、星神が残した恐怖を集めるためのツールが。
このような状況でそれを使うのは敗北宣言に等しいが、この女にはきっと怪物も怨霊も猛獣も災厄も脅しも通用しない。このまま放置しておけば宝物殿が丸ごと落とされかねない。
サヤが眉を顰めてレディを睨む。
「お前の目的はなに?」
「…………ふふ……」
サヤと会話してやる理由はない。このサヤには何を言ったところでレディに恐怖を抱く事はないだろう。
ならば、直接その内に秘めた恐怖を読み取り、それを再現する。
それこそが、ヒューにも使用した星神がこの宝物殿に残したツール――『悪夢の檻』だ。
両腕を上げ、ただけたけたと笑う。震える空気――長き年月の末に宝物殿に蓄積されたマナ・マテリアルが集まってくる。
さぁ、サヤの、この宝物殿の天敵の恐れるものを見せてみよ。
このサヤに本当に恐怖するものなどあるのだろうか? そんな心配もすぐに払拭された。
黒い靄が一箇所に集まり、形を作っていく。
あの不気味な異形を従えるサヤが恐れるものは何なのか?
固唾を呑むレディの前に顕現したのは――一人の黒髪の女だった。
雪のように白い肌に、長い黒髪。
目元にかかる前髪の隙間から見える瞳は、血のような真紅をしていた。
サヤの表情が初めて動揺を示す。レディ自身もまるで夢でも見ているかのような気分だった。
まさか――最も恐れるものが『自分自身』の人間がこの世に存在するなんて。
顕現したサヤが無言で警棒を取り出し握る。本物そっくりの感情の見えない真紅の瞳――そして、警棒と警棒が激突し、激しい黒の紫電が散った。
本物のサヤの表情が一瞬歪む。たった一撃で感じ取ったのだろう。
今目の前に立っているのが正真正銘、自分自身だという事を。
本物のサヤと偽物のサヤが同じ動きで後ろに下がる。
これまでレディは勇敢なターゲットの恐怖を知るために何度か『悪夢の檻』を使用したが、自分自身を生み出した者はいなかった。
全く同じ能力を持つであろう二人がぶつかりあった時にどうなるのかはレディにとっても未知だ。
だが、それならば偽物のサヤに助力してやればいい。この宝物殿はレディの管理下にあるのだから。
先ほどまでは絶望的だと思っていた状況に勝機が見えてきた。
それに、自身と同一の存在に敗北するなど、いかにも恐怖を煽るいい噂になりそうではないか。
向かい合い、ジリジリと相手の隙を窺う二人のサヤ。
そこで、ルシアが遅れて駆け込んできた。二人のサヤを見てその蒼白の表情に戸惑いが過る。
「!? これは――」
「ルシア、ここは私に任せて、出口を探して! あれは、私にしか倒せない」
すかさず叫ぶサヤ。二人が分かれるのはレディとしても好都合だ。これまではサヤが邪魔でうまくルシアの恐怖を引き出せなかったが、一人になれば煮るなり焼くなり好きにできる。
それに……出口? 出口を探していたのか。
レディは目をつぶり宝物殿を操作し、出口を一時的に消した。
これでこの宝物殿は閉じた宝物殿になった。表の世界とのつながりがない状態ではマナ・マテリアルの供給がされず時間経過で宝物殿が弱っていくが、背に腹は代えられない。
サヤを、この宝物殿の天敵を倒す。入口を無理やりこじ開けることができるサヤさえいなければ、二度と招かれざる侵入者は現れないだろう。
さぁ、逃がしてあげる、ルシア。悲鳴をあげて逃げ出しなさい。
あえて手を出さないレディの前で、ルシアは唇を強く結ぶと、叫んだ。
「ッ…………舐めるな、サヤッ! 私は、仲間を置いて逃げたりしないッ!」
「!?」
魔法の気配。その細身の身体に、爆発的な魔力が生じ、すぐに練り上げられる。
凍てつく風が吹いた。世界に霜が降りる。その間、一秒もかかっていない。
これまで何人もの魔導師を消してきた。攻撃魔法を放ってきた者だっていた。
ルシア・ロジェは恐怖を忘れたわけではなかった。これは練度の違いだ。
いついかなる時でも、反射の領域で魔法を使えるように鍛え上げられている。
呼吸の音。揺らぐ戦意。様々な感情の波が伝わってくる。
しかも、この子…………自分よりも他人のために力を発揮できるタイプだ。
偽物のサヤが素早く後ろに下がる。ルシアの放とうとしている魔法を脅威と判断したのだ。
あのモンスター・ディギーの攻撃にもほとんど揺らがなかったサヤが!
厄介だ。だが、素晴らしい。
恐怖と勇気。研ぎ澄まされた力。あらゆる意味でルシア・ロジェは理想的なターゲットだ。
彼女を上回る事ができたなら、その時この宝物殿と幻影は大きく飛躍できる。
決断は一瞬だった。囁くような声をルシアの耳元に届ける。
「ルシアお姉ちゃん、ばいばい」
「!?」
「ルシアッ!」
レディはこの宝物殿を自由に操作できるが、全能というわけではない。
何故ならば、宝物殿に蓄積されたパワーは有限だからだ。地脈との接続を一時的に遮断している現在、リソースの消耗は極力抑えねばならない。
だが、彼女達は、多少無理をしてでも分断する価値がある。
ルシアが足元を見て、小さな悲鳴をあげる。
「ひっ!?」
ルシアの足元には闇が展開されていた。その足首に、白いものが絡みついている。
それは――手だった。闇に生える、風に靡く花々のように揺れる無数の手。
そして、手はルシアを闇の中に引きずり込んだ。
「ルシアッ!!」
魔法が発動に至らず、冷気が消える。
悲鳴のような声をあげ、ルシアのいた場所に駆け寄ろうとするサヤ。その無防備な背中に偽物のサヤがすかさず攻撃を仕掛ける。
警棒に打ち付けられ、吹き飛ぶサヤ。あの異形がやってくる気配はない。
まぁ、やってきたとしても、悪夢により生み出されたサヤも同様の能力を持っているはずなのだが――。
床を転がるサヤがすぐさま立ち上がる。だが、後は、幻影を呼んで偽物に加勢させればいい。
そう遠くないうちにサヤは倒せるはずだ。もちろん、捕縛なんてしない。彼女は危険すぎるし、ルシア・ロジェだけでも十分な戦果だ。
警棒を構える偽物のサヤ。その後ろに浮かび、レディは初めて余裕をもってサヤに話しかけた。
「ふふふ……貴女はルシアが壊れる前に助けられるかしら?」
「ッ」
レディの挑発に、血のように赤い瞳が燃え上がる。
一瞬、意識が揺らいだ。これは――殺意だ。存在しない心臓が凍りつきそうになる殺意。
だが、これでいい。冷静さを失えば更に速やかに処理できるだろう。
歯を食いしばり立ち尽くすサヤの後頭部に向かって、偽物のサヤが警棒を振り下ろす。今この場所に向かいつつある幻影達の存在を感じる。
これ以上サヤを見る必要はないだろう。
レディは目を瞑ると、メインディッシュに取り掛かるべく、ルシアを飛ばした先に移動した。
§ § §
「え? ルシアが行方不明に?」
「はい……神隠し事件の調査中に、サヤさんと一緒に消えたみたいで――」
青ざめた表情でエヴァが報告をしてくる。
僕は一瞬呆然としたが、ゆっくりと椅子の上にふんぞり返った。
ルシアは優秀なハンターだ。ルークと違い猪突猛進でもないし、リィズのように強敵との戦闘に飢えているわけでもない。シトリーのように事前準備がなければ本領を発揮できないタイプでもない。
文武両道、頭脳明晰、あらゆる魔術を修め、あらゆる状況に対応できる彼女は《不動不変》のアンセムに次ぐ安定性を誇っている。つまるところ彼女は優秀極まりない妹であり、僕が心配するような余地などないのであった。
「なるほど、さすがルシア……働き者だな。自ら消えてみるなんて」
「……クライさん……心配じゃないんですか?」
冷ややかな眼差しでこちらを見てくるエヴァ。
全く心配じゃないと言うと嘘になるが、今回はサヤもついているわけで、ルシアは僕よりもずっと強いわけで、他にも強いハンターが大勢いるし国も動いているわけで、今回は神の幻影はいないという言質を兄狐達から貰っているわけで――。
「皆強いから大丈夫だよ。今回は大した相手はいないみたいだし……」
ルシアが行方不明になったというよりかは事件解決のために動いている真っ最中と考えた方が自然だ。
僕の言葉に、エヴァが眉を顰める。
「…………前代未聞の事件ですよ? 国も躍起になって解決に走っています」
「最近、そんなのばっかりだからなあ」
「ドライですね」
「信頼だよ。僕はルシア達の事を信頼しているんだ、大丈夫大丈夫」
僕の周りはずっとアクシデントばかりだ。もうちょっと平和な世界にならないものか。




