452 新しい友達
対策会議の会場から出て、ルシアと話をする。
これまでの経緯を聞いたルシアはため息をつき、頭を下げた。
「なるほど、兄さん――うちのリーダーがそんな事を。迷惑をかけてすみません」
なるほど……確かに、クライの言っていた通り、しっかりものの妹だ。
特に理由もなく頷く。ルシア・ロジェはクライと同じ黒髪と黒い目をした少女だった。
だが、似ているのはそのくらいで、その姿から受ける印象は全く違う。
クライは表情もどこかぼんやりしており、その立ち振る舞いからはほとんど何の凄みも伝わってこないが、ルシアは正反対だった。
理知的な眼差しに、その細身の身体から漲る魔力。魔導師としての格も故郷のテラスでもなかなか見ないレベルだが、何よりとても…………可愛らしい。
これほどの魔力に美貌、おまけに《嘆きの亡霊》の中では今最もレベル7に近いという。自慢の妹というのも納得だ。サヤもこんな妹が欲しかった……。
まぁ妹どころか、サヤの一族はサヤ以外誰も残っていないのだが。
「羨ましい……」
「? 何か言いました?」
いけないいけない、うっかり見とれていた。
リィズ達はハンターとして素晴らしい資質を持っていたが、ルシアはそれ以上かもしれない。
来訪者達がルシアをじろじろと観察している。彼らは強者に興味を持つ性質があるのだ。カイザーの事もジロジロ見ていたし、来訪者がほとんど興味を持たなかった強者はクライだけである。
ルシアの眼差しからは、リィズ達同様、サヤに対する恐怖は欠片も感じなかった。
本当にクライがどういう話をしたのか気になるが……模擬戦で能力が発動しすぎてしまった時にも、その場にいたハンター達はテラスのハンターほど怯えていなかったので鍛え方が違うのだろう。
「なんでもない。それに、構わない。彼には世話になったし……それに、話は聞いている。その……」
「私も聞いています、サヤさん。リーダーは……私とサヤさんがいい友達になれると」
真面目な表情で言うルシア。どうやらクライは、サヤに言ったような事をそのままルシアにも話したらしい。
友達作りを手伝おうとしてくれているわけではないだろうが、サヤとしては助かる話だ。
そして、どうやらクライは完全にサヤの来訪を予見していたらしい。サヤの話をした上にこうして共に依頼をこなす機会まで作ってくれたのだから、彼は本当にいい人だ。
依頼をこなせば友達になれるなんて言うつもりはないが、きっかけにはなるだろう。
問題は解決しなければならない依頼の内容がけっこう大事なところだが――このサヤが最適というのは、依頼をこなす上で最適という意味だろうか? あるいはルシアと友達になる切っ掛けという意味でだろうか?
だが、どちらにせよ、新たな友達の前で、格好悪いところを見せるわけにはいかない。
サヤにはハンターとしての能力で自分をアピールする事しかできないのだから。
「サヤでいい、ルシア。ルシアのお兄さんは……驚愕すべきハンターだった。私にできる事があればいいんだけど……」
サヤの言葉に、ルシアは一瞬目を見開くと、困ったように眉を寄せた。
「……そうですね。リーダーが最適といったのならば意味があるはずです。適当な事を言ったのでなければ、ですが……」
「適当な事を言うなんてあるの?」
「最適の意味が違う可能性がありますからね。もしかしたらサヤを――いや、今は言わないでおきます」
どういう意味だろうか? 確かに、クライは驚くほどの能力と同時に変わった部分も持っていたが……。
ルシアは小さく咳払いをすると、サヤを見て真剣な表情で言った。
「まずは現地を確認してみましょう。何か気付いた事があったら言ってください」
§ § §
案内されたのは信じられないくらい立派な学校だった。
テラスには学校というものは数える程しか存在していない。しかもその学校も、戦闘技能を教えるものがほとんどであり、どこか逼迫した、殺伐とした空気が流れていた。
魔物に脅かされていない大都市の学校とはこうも違うのか。すれ違う学生達も皆身綺麗で、ルシアとサヤを見るたびに会釈をしてくれる。
サヤは学校には通った事がないが、学校に通えていたら友人も沢山できていただろうか?
そんな妄想を、サヤは首を少しだけ振ってかき消した。
テラスでは友人はいないが、共に戦った者達がいた。そして、サヤの力で救えた命があるのだ。レベル9試験を受ける前に応援の言葉をかけてくれる人だっていた。
人には分相応というものがある。今のサヤの人生はサヤが選択したものだ。
つきまとっていた来訪者達に視線を向け、学院内部の様子を確認しにいってもらう。
「強い魔法の気配を感じる……魔法がかかっているの?」
「はい。つい先日大きな事件があったばかりで、結界も張り直したばかりで……わかりますか」
「なんとなくは。私の目は、特別だから」
サヤの目はよくある魔眼よりも強力だ。メインの能力は来訪者達を視認する事だが、それ以外にも普通の人間が見えないものが見える事がある。
便利な事も不便な事もあるが、少なくともサヤが魔術的な仕掛けを見落とした事はない。
その代わり、コードでは本当に弱点を突かれた形になってしまったが。
「魔眼ですか」
「そう。元々は能力発動時にだけ色が変わっていたんだけど……クライのアドバイスを受けて使ってから発動しっぱなしになった」
「…………すみません、うちのリーダーが」
「!? い……いや、構わない。彼は正しい事をした」
「そうですか、そうですか」
ルシアが小さく頷く。
別に後悔しているわけではない。昼間に能力を発動しなければあの状況は打開できなかったし、そうなれば剣尾と空尾が王塔に駆け込んでいただろう。
さすがにあの二人を同時に相手にするのは《千変万化》でもきつかったに違いない。
コードを墜落させたのはやり過ぎだと思うが、誰一人死者はでなかったらしいし、きっとやむを得ない対応だったのだろう。
「…………コードでのリーダーはどうでしたか?」
ルシアがしばしの沈黙の後、問いかけてくる。その言葉に、サヤは少しだけ目を閉じ、コードでの出来事を振り返ってみた。
サヤはコードに入った瞬間に捕まり、ずっと仮面を被せられてきた。だから、クライの行動を近くで観察していたわけではないが、白面を被せられていた間の出来事もうっすら記憶に残っている。
アンガス王子も、その裏で陰謀を張り巡らせていたジーン・ゴードンも最後までクライの実力を見抜けていなかった。
来訪者抜きの点数しかでなかったはずのサヤですら引っかかったシステム評価を欺いた点も含め、全てが《千変万化》の力なのだろう。
「ルシア、貴女のお兄さんは…………………………」
強い? 違う。凄い? 凄いけど、そうではない気がする。ならば、クライ・アンドリヒのコードでの活躍を一言でどう表現すべきか。
サヤは少しだけ悩んで答えた。
「多分だけど、かなり楽しんでいた」
「……本当にすみません。昔からそうなんです。悪気はないんですが……」
顔を真っ赤にして身を縮めるルシア。
「クライは悪くない。私ともう一人がヘマをしていなかったら、きっと彼ももっと違う手を使ったはず」
少なくとも、最後にコードを落としたのは策などとは呼べないだろう。
まぁ、謹慎になってしまうのも、申し訳ないが、やむなしではあると思う。
「そんな事はないと思います。本当に、兄さんはやることが突拍子もないんです……」
ルシアが弱りきった様子でそう言ったその時、来訪者達が戻ってきた。
「…………ルシア、こっちに何かあるみたい」
手招きでもするかのように手を動かす来訪者についていく。
立派な校舎をぐるりと回り、敷地内を歩いていく。たどり着いたのは塔のような建物に囲まれた中庭のような場所だった。
学生達が何人も思い思いに休憩している明るい中庭。来訪者が止まったのは、その中心に生えた一本の木の前だった。
細くはないが大樹と呼ぶには程遠い、なんとも中途半端な木。青々と茂る葉が影を落としている。
来訪者が腕をあげる。ルシアが何かを思い出したかのように言った。
「あ、ここにも噂がありますね。被害者はいないと思いますが――『告白のマジックツリー』の噂が。なんでも、ここで愛の告白をすると――」
「絶対に結ばれる、とか?」
どこかで聞いたことのある話だ。
しかし、ルシアはサヤの言葉に首を横に振り、少し嫌そうな表情で言った。
「いや…………告白して振られると自分と相手両方とも木に食べられて消えてしまうという噂が……」
「何その噂…………」
誰も幸せになっていない。
「だから、多分被害者がいないんです。そもそもここはいつもけっこう賑わっていますからね。こんな所で告白しようなんて変わり者いないでしょうし、消えたら絶対に目撃者がいるはずです」
「なるほど……」
では、このサヤの目に映っている、マジックツリーとやらの前に浮かぶ奇妙な靄はなんなのだろうか?
紫色の靄だ。こぶし大の大きさだったそれは、サヤが見ている間に消失する。まるで、全てが目の錯覚であったかのように。
来訪者が案内した以上、今の靄は一般人には見えないものだろう。
似たようなものはテラスでも見たことがなかった。少しだけ来訪者がやってくる時の空間の歪に似ているが、色が違う。
だが、今はこれ以上考えても結論はでないだろう。サヤはルシアの兄のように頭で考えるタイプではないのだから。
あっさり思考を切り替え、ルシアに言う。
「わかった。ルシア、例の教室にいこう」
「そうですね。まぁ、この木が神隠しの原因だったとしても、切り倒すなり燃やすなりしてしまえばいいだけですからね。『開かずの幽霊教室』だって最終的には爆破してしまえば解決だと思うんですが、許可が出なくて……」
時折、ルシアの言動がリィズやシトリー達に被るのだが……やはり彼女も《嘆きの亡霊》の一員という事なのだろう。
だが、いい。ルシアはとても可愛らしいし、神算鬼謀の《千変万化》お墨付きのサヤの友達候補なのだ。
むしろ、サヤだって他の人から見れば大概だろうし――。
「ルシア、貴女は私と模擬戦したい?」
「そうですね。後でお願いします」
恐る恐る出した問いに、ルシアは間髪入れずに答えた。




