405 イレギュラー②
「なる、ほど…………お前、そんな理由で、この私の、所に、やってきたのか……」
真紅のベストに黒の短めのパンツ。先日監獄で会った時と異なり、腰に剣を下げたスタイルのノーラさんは、僕の言葉を聞き、まるで頭痛でも抑えるかのように目元を押さえて言った。
左右を屈強な騎士達に囲まれ、跪かされながら笑いかける。
ノーラさんの場所にたどり着くのは簡単だった。クモを呼び出し行き先を伝えれば勝手に運んでくれたのだ。さすがの都市システムである。
唯一の誤算は襲撃者扱いで捕らえられてしまった事だろうか。
ノーラ・コードの拠点のビルは幅も高さもおひいさまが幽閉されていたビルとは比べ物にならない大きさだった。
周囲は監獄でも見かけた騎士達で固められ、いかにも物々しい。
クモがたどり着くと同時に、僕は周囲の騎士達から捕縛の憂き目に遭わされる事になった。まぁ、冷静に考えれば当然と言えば当然である。外の世界でも突然王族に会いに行ったらそりゃ捕まりもするだろう。攻撃されたりせずにノーラさんの場所まで連れてこられただけ幸運だったと言うべきだろう。
ノーラさんは脚を組み、巨大な鋼の玉座に居丈高に腰をかけていた。
連れてこられた僕に向けられた目はまるでゴミムシでも見るかのようだった。これまでゴミムシを見る目で見られた事がなかったら、さすがの僕でも呆然としていただろう。
僕の目的を聞いたノーラさんが身体を震わせ、甲高い声で恫喝でもするかのように言う。
「お前と、私は、友達じゃないのよ? 分をわきまえなさい!」
「うんうん、そうだね。でも……僕の知り合いで一番システムに詳しそうなのノーラさんだし……」
「…………はぁぁぁあぁ。ほんと、はぁぁぁぁ! 無知ってのは、本当にたちが悪い。そもそも、友達の前に、仮にもスペアの近衛のお前は私と敵同士なのよ!? わかっているの!?」
「いや、でも、こっちは敵対するつもりはないし…………」
何なら帝国の秘宝、嘘を見抜く『真実の涙』にかけてくれてもいい。僕は基本的に無害なんだよ。ちょっと運が悪いだけで。
僕の言葉を聞き、ノーラさんが盛大に舌打ちをした。
「…………チッ。総合評価4め。命を賭して《雷帝》を助け出しにきたという事実がなければ、お前なんてゴミ箱に捨ててやるのに」
…………さすがの僕もゴミ箱に捨てられた事はないな。
しかし、こうしてノーラさんのホームに来て改めて思うのだが、ノーラさん全然幽閉されていなくない? 探協で聞いていた話と全然違う。
まぁ、依頼内容と現状に差異が出ることはままある事ではあるし、今文句を言ってもどうしようもないんだが……もしかして幽閉されていたが、僕達が来るまでの間に貴族達を返り討ちにしたのだろうか? この王女様なら、ありうるなあ。おひいさまとは大違いだし。
隣に控えていた屈強な騎士がノーラさんに尋ねる。
「ノーラ様、始末しますか?」
「ッ……ダメだ。こいつは近衛だから、攻撃を仕掛けたら王の意に反したとみなされる可能性もあるわ」
「し、しかし、野放しにするわけにも――」
「…………そうね。まさか、近衛を単身で敵陣に向かわせるなんて馬鹿げた手が存在していたなんて……まぁ、やる意味もないから馬鹿げた手なんだけど。これはこれで王の怒りを買う可能性もあるし……」
なんというか、戸惑わせてしまったみたいで申し訳ない。だが、僕に敵対するつもりはないのは本当だ。
「悪かったよ。次はクラヒを連れてくるから」
名前を出した瞬間、ノーラさんの眉がぴくりと震え、その表情が歪んだ。
その身から放たれる覇気に一瞬萎縮する僕に、ノーラさんが地の底から響くような声で言う。
「それは……交渉でもしているつもりか? ふざけるな! その名前、二度と出さない事ね。お前ごときがこのノーラ・コードと交渉しようなど、馬鹿にするにも程があるわ。次に同じ事をしたら近衛なんて関係ない――八つ裂きにしてやる」
「すみませんでした」
その迫力に、僕は即座にその場に平伏した。本日二回目。
ノーラさんは本気である。怒っている人には土下座が一番だ。
平伏したままじっと地面を見ていると、頭の上から大きなため息がした。
「もういいわ、見苦しい。さっさと頭をあげなさい」
ほらみろ、オリビアさん。ちゃんと謝罪すれば通じるんだよ。
「…………本当に悪かったよ。悪気はないんだ。というか、そもそもよく考えてみたら、クラヒ、防衛システムに襲われてどこかに行っちゃったから、連れてこられなかったわ」
「!? はぁ!? 何してるのよ!!」
ビルの外にはいなかったので、どこか他のビルにでもいるのだろう。クール達も一緒なので何かあったら連絡してくるはずだ。
ノーラさんの保護はクラヒに任せる事にしよう。ちょっと彼女は僕の手には負えそうにない。
しかしノーラさんが頼れないならどうしたものか……眉をハの字にして唸っていると、ノーラさんが怒りを堪えるように一度大きく深呼吸をして、こちらを睨みつけて言った。
「………………さっさと、そのちょこれいととやらを出しなさい。都市システムと照らし合わせるわ。そして、さっさと帰って《雷帝》を探せ」
「え? いいの!? …………あ…………持ってきてない」
「!? お、お前…………私を馬鹿にしているの? 現物もなしで、どうしろって言うのよ!! あぁ?」
ノーラさんが玉座から立ち上がり、地団駄を踏む。仰るとおりで……でも大丈夫、おひいさまに送ってもらえばいいのだ。
あんなに出してあげたんだし、大事に食べてとは言ったんだからまだ残っているはず……。
仮想端末を呼び出し、おひいさまに急いでチョコバーを送ってくれるようにメッセージを送る。
ノーラさんの険しい視線の中待つこと五分、おひいさまからの返事は無情だった。
『もうない』
…………ありったけ出してあげたのに、これは笑うしかないな。おひいさま、チョコ好きすぎ。
「もうない。もうないだって。ふふふふ…………」
「ッ…………お前程、このノーラ・コードを、虚仮にした男は、このコードには、存在しないわ! お前程、無能な男も、見たことない! いや、何かが欠如してるから《雷帝》を救おうだなんて考えたのか……こんな男に、《雷帝》を渡してしまうなんて……むしろ、過去の自分が許せないわ!」
「ノ、ノーラ様、冷静に……お体に障ります! このような男の言葉に耳を傾ける事は――」
騎士達が顔を真っ赤にして唸るノーラさんに近づき、振り払われている。
彼女の怒りが限界になる前に、さっさとこの場所を去ったほうがいいかもしれない。
「一度帰ります」
「何しにきたのよッ! くそっ! 会ってやろうと思った自分が許せないわッ! 王位争奪戦の前の準備で、こっちは忙しいってのにッ!」
「王位争奪戦…………?」
何その聞き慣れない単語。目を丸くする僕を見て、ノーラさんは疲れたように玉座に腰を下ろした。
「…………さすがの私もそこから説明する気力はないわ。さっさと失せなさい。次に来る時は……………《雷帝》を連れてくる事ね」
言ってる事ぶれっぶれだな……まぁ、いいや。
物事には優先順位をつけるのが大切だ。ノーラさんは幽閉されていないようだし、保護の順番は最後でいいだろう。カイザー達と合流したら教えてあげよう。
まさか足まで使って情報収集してしまうなんて、僕にも一応レベル8ハンターとしての自覚があったという事だろうか。
立ち上がると、ふと思いついてノーラさんに尋ねる。
「そう言えば、現物のチョコレートがあったら製造もなんとかなるって事でいいの?」
ノーラさん以外にもシステムを使える人と知り合えるかもしれないし、おひいさまが使える可能性もあるからな。
今日の僕はしっかりしている。確認すべき事を確認すべき時にできている。
依頼を受けたトレジャーハンターとして真っ当な活動である。こんなにしっかりしている僕はいつ以来だろうか(自画自賛)。
少し疲れてしまったよ。
「…………さぁ? 物によるとしか言えないわ。確認した限り、リストにはないから現時点では作れないみたいだけど……リソースさえあればなんとかできる可能性は、ある」
ノーラさんはどすりと玉座に腰を下ろし、疲れたような表情で教えてくれる。
「ただ、今の生活基盤を生み出したのは初代コード王。初代コード王は『都市の種』を起動した後、王命を使って、大人数が生活できるシステムを有した要塞都市を生み出した。コードが標準で生成する資源は初代コード王が決めたという話だから……クラス8の権限でも歯が立たない可能性もあるわ。このコードの都市システムには、クラス8にもどうにもできないそういう、幾つか不自然な点があるんだけど…………ともかく、根幹をどうにかできるのは、王だけよ」
僕はうんうん頷きながらノーラさんの話を聞いていた。
なるほどなるほど……よくわからない単語が色々でてきたが、重要なのは一点だけだろう。
コード王ならチョコバーを作れる。これだ!!
問題は幽閉されているらしいコード王にそんな行為が許されているかどうかだが、まぁ試すだけなら、ただだろう。
おひいさまにチョコを送るのは許してくれたんだし、おひいさまは娘である。案外、お願いすれば通るんじゃないだろうか。
「有益な情報ありがとう。さっそくおひいさまに教えてくるよ!」
そうだ、一つ確認するのを忘れていた。僕は帰る前に念の為、ノーラさんに確認した。
「そうだ、最後に聞きたいんだけど……カイザーとサヤって人を探してるんだけど、知らない?」