348 シトリーの作戦
【源神殿】深奥、祭壇の間。流れ込んでくる膨大な力を感じながら、それは静かに世界を観察していた。
その存在はまだ完全な顕現からは遠い。再現されたのは意識の一部のみで、それもほぼ眠っているようなものだ。
長きに亘り蓄積されたマナ・マテリアルも神の存在そのものを再現するには程遠い。力で言うのならば、本来の一パーセントにも満たないだろう。
だが、それは有する権能によって、状況を正確に把握していた。
己の意識が芽生えた理由に、流れ込む膨大なマナ・マテリアルの性質。神殿が、眷属達が星に刻まれた過去の記憶と情報から再現されつつある事。
そして――神殿の周りを彷徨く存在についても。
その生き物達は、それが神として崇められていた時代の生き物と比べても遜色ない能力を持っていた。
優れた魔力操作技術に、不可視の精霊と交流する力。加えて、神殿を見て恐怖と警戒を抱くだけの知性を有している。
だが、何も問題はないはずだった。その群れがいかなる力を持っていたとしても、存在としての位階が違う。
神ならぬ身に神は倒せない。むしろ、あらゆる生き物はそれにとって下僕となり得る。
漆黒の祭壇の前に、無数の幻影が跪いていた。
幻影達の姿形は様々だ。獣もいれば竜もいる。精霊もいれば、人もいる。
寿命も能力も文化も生態も様々なそれら一団の唯一の共通点は――顔を覆う、仮面だった。
仮面。それこそが、仮面の神、ケラーへの忠誠の証だ。
時折現れる侵入者を取り込み数を、力を蓄え、完全なる顕現の時を待つ。
順調なはずだった状況に一点の曇りが生じたのは、神殿に出現した信徒の一団が全滅したその時だった。
これまでも信徒がやられた事はあった。だが、上位クラスの信徒が率いる一軍が殺されるというのは前代未聞だった。
しかも、その一軍が何の前触れもなく唐突に神殿に現れたともなれば、如何に神に連なる者でも無視はできない。
神たる存在にも天敵はいる。それは――他の神だ。
この世界はケラーが君臨していた頃の世界ではない。神の知覚範囲の外から直接軍団を送り込むその技は、他の神による干渉の可能性を示唆している。
そして、その疑念は、不意に視られたその瞬間に、確信に変わった。
守りに入らねばならなかった。下級の生命が相手ならば今の状態でも十分圧倒できるが、同格と戦うにはまだ力不足だ。
地脈の力を利用し強力な結界を張り、眷属の内でも新たに加わった者達に巡回と外敵の排除を命じた。
神殿に集まる力は膨大だ。完全復活は遠いが、肉体さえなんとかできれば神相手でも十分戦える。
流れ込む力を転用した空間遮断の結界は強固だ。空間跳躍の対策も万全で、神なる存在でもそう簡単に破れない。
信徒達がケラーの放つ『神託』を受け防衛に当たっている。時間はケラーの味方だった。
§ § §
ユグドラと帝都ゼブルディアは立地も文化も気候も違うが、唯一ベッドの中だけは変わらない。
《嘆きの亡霊》の滞在用に用意してもらったユグドラの邸宅。誰もいない寝室のベッドの中でごろごろ転がりながら、一人この世の無情を嘆く。
昨日は色々焦ることが多かった一日だった。『快適な休暇』を使っていなかったのもあるのだろうか、なんだか身体もいつもより心なしか重い気がする。
焦りの原因は世界樹の暴走でもなければ、襲撃者の存在でもない。その程度、幾度となく経験している。そんな事で慌てていたらレベル8は務まらない。
大きく欠伸をしながら、昨日のことを思い出して、僕はしみじみ呟いた。
「まさか、セレンが『快適な休暇』であんなダメノウブルになるなんてなあ……」
そしてついでに、トイレに行ったらいつの間にかセレン達がいなくなっていた時も、凄く焦った。
気がついたら一緒にいたはずの皆がいなくなっていると言うのは僕の中ではよくあるシチュエーションなのだが、何度味わっても慣れる事はない。すぐに追いつけたから良かったけど……。
状況は相変わらずさっぱりわかっていなかったが、作戦は順調に進行しているようだった。
なんだかよくわからないが発生していた戦いも、なんだかわからないうちに解決したのだろう。怪我人が出たみたいだが、死んでいないようだったし、特に問題なし!
危うくまた守護精霊から面倒な仕事を押しつけられそうになったが、何か言われる前に止める事が出来たし、僕にしては満点の結果だ。
しかし昨日のルシアの魔法は遠目から見てもすごかった。最上級の精霊も二体目だし、ユグドラにやってきてから戦闘のレベル……というか、敵のレベルが一段と上がっている気がする。これがレベル10宝物殿の恐ろしさというやつだろうか?
帝都ゼブルディアの周囲にはレベル10宝物殿は存在しない。《嘆きの亡霊》のメンバーでも今回のような相手は初めてだろう。
最近、近辺の宝物殿はうちのメンバーにとって少し手応えがなくなってきていたみたいだし、ある意味今回の事件は丁度よかったのかもしれない。セレンの前では口が裂けても言えないけど。
それにしても、ルークは本当に運が悪いな。一番強敵と戦いたがってるのルークなのに……。
のんびりごろごろしていると、ふと外で大きな足音が聞こえた。
足音はずかずかと部屋の前に近づくと、ノックもなしに扉を開く。
入ってきたのは《千鬼夜行》のリーダー、アドラーだった。
長い槍に大きく立たせた黒い髪。鋭い目つきは僕が苦手なタイプ。
きっと率いている魔物がいない状態でもアドラーは僕よりもずっと強い。攻撃を受ければひとたまりもないだろうが、攻撃するのならばとっくにしているだろう。
その戦意を刺激しないようにのんびりと尋ねる。
「どうしたの?」
「誰も、全くわかっていない。焦れったいねえ、《千変万化》」
「…………何の話?」
僕の理解力に期待しないで欲しい。十聞いて五を理解し、二間違えるのが僕という男だ。
眼を瞬かせる僕に、アドラーがやや早口で言う。その声には形容しがたい熱が感じられた。
「私は、見ていた。ずっと、だ。ルシアが幻影を倒した直後から、『現人鏡』で監視していた。セレン達は、あんたが不在の間、影で動いていると、思っている」
「え? いや、何もしてないけど……」
それは、僕にとって日常的な話だった。
昨日だってとっさに野暮用とか答えてしまったが、セレン達がいつの間にかいなくなっていて探していただけだ。そもそも何かするんだったら僕は誰かに手伝いを頼む。
別に隠していないのだがなかなかその事実に気づく人が現れないのは、僕以外のメンバーが優秀で忙しいからだろう。誰も僕に構っている暇などないのだ。
しかし、僕を監視するなんて君達って本当に暇なんだね……。
僕の答えにアドラーは何故か満足げに頷く。
「そうだ。あんたは何もやっていない。私の識る限りずっとごろごろしていたし、昨日だってトイレに行っていただけだ。そもそも、多少情報を持っていた程度で昨日のような策を立て、しかもそれを成功に導くなんて、不可能だね」
「? うんうん、そうだね?」
僕の無能を糾弾しにきたのかなと思ったが、なんだか随分満足げだ。そして、策って何……?
僕は賊が嫌いだ。アーノルド達は一応ハンターだったし、ソラもまあなんというか面白い子だったので許せるが、《千鬼夜行》は結構ガチ目にやばい奴らである。
これまで賊には散々な目に遭わされてきた。今は協力してくれるようだがいつまた暴れだすかわからないし、できれば僕に近寄らないで頂きたい。
僕の内心も知らず、アドラーは深い笑みを浮かべて言う。
「《千変万化》、私はねえ……感心しているんだよ。宝具なんて使い始めた時にはどうなるかと思ったさ。所詮ハンターなんてどれだけレベルが高くなっても変わらないとは思っていたが――あんたは違う。そういうレベルじゃあない。ウーノのように特別な目を持っているのか、あるいは特殊な能力を持っているのか、それともあんたの率いている魔物の力なのか――まだ判断がつかないが、長く私の目を誤魔化せるとは思わない事だね。私にはいつだって、あんたの行動を確認できるんだ」
なんか一人でテンション上がってるなあ。どうして何もしていない僕を見てそこまでおかしな判断をできるのだろうか。
これまでも僕の事を高く評価していた者は何人もいた。どうやら無能な僕でもレベル8の看板を下げていると有能に見えるらしい。
まぁ僕もレベル8のハンター見たらやばいやつだって思うしね……。
しかし僕ってやばい相手に目をつけられてばっかりだな。
アドラーの言葉を無視し、大きく欠伸をして無能アピールした後に言う。
「悪いけど、今回僕はもう何もするつもりはないよ。僕のすべき事は全部終わっている」
「…………何?」
全部終わっているとか言うと逆に嘘くさい、か。
まったく、無能の証明にも工夫が必要とは世知辛い世の中だ。
今のアドラーなら多少強く出ても問題はないだろう。弟子入りするくらい僕の事を高く評価しているみたいだし、適当に煙に巻こう。
「いや…………正確に言うなら後一つか二つ残っているかな。僕に下らない事を言いに来る暇があるなら、シトリーの手伝いでもしたら? そろそろユデンとやらの再生も済んだんじゃない? その方が君のためにもなると思うよ」
真実味をもたせるために適当な数を言う。まあルークの解呪と帝都への帰還があるから、やることが二つ残ってるってのもあながち間違いではない。
アドラーの眼差しは僕の一挙手一投足を見逃さんとしていた。
なんだかんだ《千鬼夜行》の戦力はこの状況ではありがたい。シトリーに任せれば適切な場所に戦力を振ってくれるだろう。
「ッ…………その余裕な態度、剥ぎ取った下から何が出てくるのか……楽しみにしておくとしよう」
「ふっ。そっちこそ、僕の余裕を剥ぎ取ったその下から何か出てくるとは思うなよ?」
にやりと笑みを浮かべ、自分でもよくわからない事を言っておく。そもそも彼女は僕の何を見て特別な能力があると思ったのだろうか? ユグドラに来てから建設的な事をした記憶がないんだけど……。
アドラーはこちらに挑発的な笑みを浮かべると、足音高く部屋を出ていった。
§ § §
「どうでしたかー?」
建物から出てきたアドラーに、待機していたウーノとクイントが左右につく。
ウーノからの問いかけにアドラーは肩を竦めた。
「つついてはみたが…………あれは期待薄だね。動揺一つ見せなかったよ」
「にしても、そろそろ何か見つけ出さないとなー」
「私の目から見ても、魔物の気配もありませんからねー。ルシアさんはちょっと違うみたいですし」
雑談をしながら、マナ・マテリアルの立ち込めるユグドラを歩いていく。
既に一度、《千変万化》の手腕を目の当たりにしたが、アドラーは《千変万化》の力について全く把握できていなかった。
結果は出している。《千変万化》がどう動き、何をしたのかもわかっている。
だが、それ以上の事がわからない。どうしてその怠惰のようにしか見えない行動が今の結果に繋がっているのかも。
アドラーの『現人鏡』という魔物は情報戦において極めて有用な手段だ。
この魔物はあらゆる秘密を暴く。それを十全に使ったにも拘らず、このように何もわからないというのは初めてだった。
ウーノが手に持った鏡は現在進行形でクライの様子を捉えていた。ベッドの上でごろごろ転がりながら欠伸をするクライの様子を。
挑発の一つでも入れれば大きく動くかと思ったが、アドラーの戦意をぶつけられて尚、ベッドから降りすらしない。
現人鏡に思考を覗けるような能力がない事が残念でならなかった。
先程行った会話の内容を思い出し、思わず舌打ちする。
下らない詮索する暇があるならシトリーの手伝いでもしろ、だって?
数多のハンターを屠った《千鬼夜行》相手にあまりに傲岸不遜なその態度。《千変万化》との間に存在するであろう大きな差も含め、何もかもが癇に障る。
「ッ…………ユデンはまだ復活しないのかい?」
「あとちょっとですよー、さすがに頭しか残っていませんでしたからねー。大地のエネルギーを吸収しても時間はかかりますよー」
「……チッ。うまくいかないね」
《千変万化》はそろそろユデンも復活しているだろうと言った。だが、実際にはまだ再生は完了していない。
それは、アドラーの切り札が、太古の人々から神として扱われた星喰百足のユデンが、クライ・アンドリヒの想像を下回っている事を示している。
普通に考えれば、あれはただの挑発だ。《千変万化》が古代種である星喰百足の情報について明るいわけがない。
だが、既に状況は常識の方を疑うべきと考えてしまう程の域にまで達していた。
幻影の調伏の仕方だけではない。もしも《千変万化》の神算鬼謀の秘密を識ることができればアドラーは更に強くなれる。
「落ち着いてください、アドラー様。まだチャンスはあるはずです」
「導手としての実力もまだ見ていないしな……とりあえずあの男の言う通り、作戦に参加するしかねーだろ」
クイントがため息をついて言う。
少なくとも、シトリーの考えた作戦はある程度公平のように思えた。
アドラー達を捨て石にするような素振りもないし、そもそもあの男はそんな普通の性格ではないだろう。やはり、少し癪だがクイントの言う通り、今は指示に従い様子を見るのが最善か……。
「そうだね。さすがに神の幻影が本気を出してくればあの男も直接手を打たざるを得なくなるはずだが……場合によっちゃ、私らの方で動く必要があるかもね」
アドラーの目的はクライが幻影を調伏する様を、その手段を、知ることだ。
アドラーがクライに手を貸すのはボランティアではない。
もしも作戦が進んでもなんの成果も得られなかったのならばその時は――アドラー達の方で何か手を打つしかないだろう。
§ § §
眠れぬ夜を過ごし、重い身体を引きずりシトリー達の集まる魔術の研究所へと向かう。
まだ早朝だったが、セレンが辿り着いた時には、研究所には既に主たるメンバーが揃っていた。
装置の製造を担当するルシアに、総指揮を任されているシトリー。ラピスをリーダーとした《星の聖雷》の同胞達。リィズ、ティノ、エリザの盗賊チームとアンセムがいないのは、地脈調査と防衛強化に回っているからだろう。
ユグドラの戦士達も優秀だったが、彼らはセレン達、ユグドラの上層部の決定なくして動かなかった。それは忠誠心の現れであり、世界樹を守るという何物にも替えられない使命がある以上仕方のない事ではあったが、歯がゆく感じた事もあった。
《嘆きの亡霊》のメンバーは違う。彼らはリーダーが何も言わなくても、自らの頭で考え、失敗を恐れず臨機応変に行動するだけの力と意志を持っている。もしかしたらこういう切羽詰まった状況においては、統制された行動よりも独立して動くスキルの方が必要とされるのかもしれなかった。
問題があるのは、意図のわからない行動でセレンを惑わす《千変万化》だけだ。
ルインは一言だけ放つと再度気絶し、まだ目覚めていなかった。生きているだけでも奇跡なのだ、相当消耗していると見ていいだろう。
昨晩かけられた言葉は心に致命傷を与え、未だ完全には立ち直れていなかった。
なんでそんな格好を――それは、セレンの方が聞きたいくらいだ。
確かにあのニンゲンが差し出してきた宝具を受け入れたのはセレンだが、別にセレンもしたくてあんな格好をしたわけではない。
なんとか平静を装いやってきたセレンを見て、シトリーが朗らかな笑顔で言う。
「おはようございます。セレンさん。もうあの『快適な休暇』を着るのはやめたんですね」
「ッ…………べ、別に、好きで着ていたわけでは、ないので。あ、あのニンゲンが、着ろって言ったから――」
今のセレンは元の精霊人の皇女に相応しいローブ姿だ。
魔力をたっぷり吸った植物を原料に仕立てられたローブには代々のユグドラの皇女によって守護の魔法がかけられており、災厄を遠ざける力がある。
もちろん自ら脱いだら効果がなくなるのは言うまでもない。
自然な提案に騙され『快適な休暇』を着てしまったのは間違いだった。ルインが元気になったらなんと言われるか、今から不安で仕方がない。ルインはセレンにとって魔術の師の一人でもあるのだ。
耳まで赤くして反論するセレンを、シトリーはにこやかにスルーして言った。
「ちょうど今から装置の製造を行うところです。もう時間が余りないので、今日中に数を揃えます。魔力回復薬もありますし、まあなんとかなるでしょう」
「そ、そうですか………………」
特殊な染料で描かれた魔法陣の前で、ルシア・ロジェが目をつぶり、大きく深呼吸をしていた。
周りには《星の聖雷》のメンバー達が集まり、その様子を観察している。
呼吸と共にルシアの意識がどんどん研ぎ澄まされていくのがわかる。
魔術で大切なのは集中だ。
昨日の時点でその力量が精霊人に引けを取らない事はわかっていたが、改めて見てもその体内を巡る魔力の強さと淀みなさは見事だ。魔導師としてのあらゆる資質が高いレベルで備えられている。
そして、ルシアは息を吐き気合を入れると、胸の前で握った杖を大きく持ち上げ、強く地面をつくと同時に連続で術を解き放った。
五つの魔法の光が魔法陣の周囲に順番に浮き上がり停止。ほぼ同時に、地面に描かれた魔法陣に吸い込まれるように落ちる。
魔法陣全体が輝き、その上に置いてあった装置を作るための素材が燃え上がった。
風と水、土と火、同時に放った魔法が刻まれた陣に従い混ざり合い一つの術となる。
近くでその様子を見ていたクリュスが感心したようにため息をついた。
「ルシアさん、本当に器用だな、です。いくらヨワニンゲンからヒントをもらったとはいえ、まさかこんなにすぐに多重起動をものにするなんて――」
「…………無茶振りはいつもの事です。できなければ面倒な事になりますからね」
何気ない言葉だったが、その技術がどれほど高等なものなのか、同じ魔導師ならば誰でも理解できるだろう。
本来、魔導師は複数の魔術を同時には発動できない。よほどセンスがあったとしても二つ発動するのが精一杯だろう。そういう意味で、今回、幻影となっていたルインが使ったという、術式発動まで待機時間を設ける事で疑似的に複数の魔術の同時に発動する技術は画期的だったが、それも並の魔導師ならばすぐに扱えるような代物ではなかった。
魔術というのは術者の意思で自由に現象を起こせるような代物ではない。術の発動から効果が発揮されるまで細かい待機時間を設けるには術式を多少なりともその場で組み替える必要がある。
それができるのは、ルシアが才能があるだけでなく、日頃から魔術の研究を怠っていない証拠だ。
少なくとも、術式の細かい操作はセレンよりも上だろう。彼女がもしもニンゲンではなくユグドラの民だったらセレンをも超えた大魔導師となっていたかもしれない。
「そういえば、研究所で幾つも新しい術を開発していると言っていたな……《千変万化》の要望で」
「………………習得したいのならば、教えましょうか? もっとも――問題ある術ばかりなので、覚えても意味ないと思いますが」
ラピスの言葉に、ルシアが肩を竦める。会話を交わしながらも、装置の形成は続いていた。
どろどろに溶けた硝子がぐるぐると回転し形を作っていく。魔術による物作りは大雑把なものしかできないというのが定説だったが、その一つ一つの動きは魔法陣により完全にコントロールされていた。
外部からの影響を遮断し、原料を入れて術を流し込むだけで装置が完成する。
言うは易く行なうは難し。計算に計算を重ねられ作られた高度な魔法陣だ。
装置が出来上がるのにかかった時間は僅か十数分だった。
円錐を逆にしたような形の装置だ。本体は螺旋を描く硝子の管で作られており、その底には何かを嵌めるような穴がある。
シトリーが用意した硝子はかなりの量だったが、出来上がったのは全長一メートル程の装置だった。
魔法陣が光を失い、そこでようやく緊張が解けたように、ルシアが肩で息をする。
「多重起動も問題だけど、一つ一つの術式にもかなりの魔力が必要みたいね。…………誰でも装置が作れるように研究した魔法陣がこれって、失敗しているのでは?」
「お疲れ様。まぁ五人で発動するものだから……そう何度も使う魔法陣でもないし、その辺りは仕方ないという事で。さぁ、これが――私の研究成果。マナ・マテリアル攪拌装置です。これは小型なものですが、後は装置の動力となる宝石を――魔石をはめ込めば完成します」
精霊人は金属が苦手だ。金属が毒というわけではないのだが、恐らく本能的なものだろう。
なるべくならば触れたくはないし、見るだけでも、何故か忌まわしいものを目の当たりにしているような気分になってくる。故に、ユグドラには金属製品は存在しない。
翻って、今回の装置に使われているような硝子は得意でも苦手でもない。だが、何故だろうか、セレンの目にはその装置が酷く奇怪で忌まわしいものに見えた。
装置がどのように作用するのかは知らないはずなのに――現人鏡で【源神殿】の最奥に存在する祭壇を覗いた際に感じた、異質な空気に似たものを感じる。精霊人の本能がその危険性を訴えかけているのだろうか?
ニンゲンはなんと恐ろしい装置を生み出したのだろうか……思わず唇からそんな言葉が漏れそうになるが、ぎりぎりで止める。
もしかしたら自然の猛威とも呼べる世界樹の暴走――神の幻影の出現に対抗するには、その存在に匹敵する忌まわしい人工物が必要とされるのかもしれない。
ユグドラを、ひいては世界を救うにはこの手しかないのだ。
「動力は魔石、ですか…………ちょうど、ここに一つ持っています」
魔石とは魔術の触媒となる精霊石や宝石を加工したものだ。ちょうどセレンのつけていたペンダントがそれに当たる。
覚悟を決め、装置に近づく。装置に手を伸ばしたところで、シトリーが叫んだ。
「待ったッ!」
「!?」
びくりと身体を震わせ振り返るセレンに、シトリーが低い声で脅すように言った。
「まだ、嵌めてはいけません。マナ・マテリアルの性質は非常に複雑で、現代の人間の技術では解明しきれていません。正しい場所で装置を作動させなければ――何が起こっても知りませんよ? もしかしたら、神の前に人の手で世界が滅ぶかも」
「ッ…………す、すみません。わかりました……」
魔石を握りしめ数歩装置から後退る。装置は静かに陽光を反射しきらきらと輝いていた。
魔剣は担い手を惑わすという。セレンももしかしたらこの異質な装置に当てられていたのかもしれない。
大きく深呼吸をしていると、ルシアが腕組みして窘めるように言った。
「シト、脅すのはやめなさい。今、セレンさんが近づくまであえて警告しなかったでしょ?」
「え……?」
「………………お姉ちゃん達が戻ってきて装置の設置場所が決まったらすぐに実行します。それまでに数を作ってしまいましょう」
目を見開き、シトリーを見る。シトリーはぱんと手を叩くと、何事もなかったかのように言った。
あけましておめでとうございます! 本年もよろしくお願いします!!!(遅い)




