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嘆きの亡霊は引退したい 〜最弱ハンターは英雄の夢を見る〜【Web版】  作者: 槻影
第八部

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343 狗の鎖②

 現人鏡の力は一方通行だ。姿を見る事はできても、こちらの命令を伝える事はできない。

 遠くから命令を伝えたいのならば、何らかの手段でその弱点を補う必要がある。


 ハンターならば状況に応じて適切な判断もできたかもしれないが、『狗の鎖』は未だ道を間違えたことに気づく気配はなかった。


 アドラー達、導手は魔物を操る際に様々な手段を用いる。例えばクイントならば指笛で詳細な指示を出せるし、それができないアドラーはそもそも知能の低い魔物を遠くには送らない。





「《千変万化》を呼びなよ。こういう状況を想定していないわけがないだろう?」




 狗の鎖の能力について、アドラーは余り詳しくない。偵察ができるとも知らなかったし、隠された能力で遠方から命令できる可能性もあるだろう。


 だが、アドラーの出した問いに対して《千変万化》の仲間達は顔を見合わせるのみで反応を示さない。


 一体どういう事だろうか? 目を丸くするアドラーに、昨日『お前達は《千変万化》の恐ろしさを知らない』などという物騒な言葉を残していったティノが小さく咳払いをして言う。



「もちろん、想定済みに決まってる。貴方達は神算鬼謀を甘く見すぎている。マスターは恐らく、迷うことすら想定済み。だから呼ぶ必要はない」


「…………は?」


「…………迷うことすら想定済みって…………あえて迷わせる意味なんてありますかー? 注意すればいいのに……」


「…………マスターの考えは、判断は、凡人には思考の及ばない遙かな高みにある。つまりマスターは神」



 ウーノの至極もっともな疑問に対する返答。ティノの浮かべていた表情に、アドラーは思わず息を呑んだ。

 鬼気迫ると言っても過言ではない深刻そうな表情。それは決して味方について話しているような表情ではなかった。


 魔物を操る導手には優れた指揮能力が必要とされる。アドラーは《千変万化》の神算鬼謀の噂を導手としての指揮能力からくるものだと思い込んでいたが、もしかしたらその考えは少し甘かったのかもしれない。


 何にせよもう少し様子を見たほうが良さそうだ。


「そこまで言うなら……面白いものが見れそうだね」


「…………きっと、面白くはないぞ、です……」


 これまでどれほどの体験をしたのだろうか、クリュスと呼ばれていた精霊人の少女がぼそりと呟く。その声にも畏れが含まれているのがわかる。

 敵から畏れられているのならばわかるが、味方からここまで畏怖されているというのは珍しい。見たところ、《千変万化》は恐怖と力で味方を威圧したりもしていないのだ。


 と、鏡の中を黙って見つめていたエリザがふと目を大きく開けた。




「なにか来る…………ッ!」




 皆が鏡に集中する。ほぼ同時に茂みの揺れが止まった。狗の鎖が足を止めたのだ。


 足音はない。しかし、不穏な風が吹いていた。


 そして、皆が注視する中、木陰からそれが現れる。


 最初に見えたのは、木漏れ日を吸い込む漆黒の仮面。デザインは【源神殿】で戦った幻影達が被っていた物と同様だったが、色が違う。

 それは、人間型の幻影だった。アドラー達を苦しめたあの騎士の幻影と違い格好は魔導師のもの。

 丈の短い漆黒のローブに、すらっと伸びた華奢な手足。その所作もどこか洗練されており暴力的な雰囲気はないが、現人鏡越しでも伝わってくるそのプレッシャーは尋常なものではない。


 醜悪な仮面を被った闇の魔導師。明らかにただの幻影ではなかった。

 恐らくはユデンを真っ二つにした騎士の幻影と同格の相手だ。


 心底思う。あの時、この幻影と当たらなくてよかった、と。

 導手の力の本質は数による圧倒だ。一騎当千の騎士も強かったが、一騎当千の魔導師は天敵だ。

 一つの広範囲の攻撃魔法で軍が全滅する可能性すらあり得る。下手をしたらアドラー達、導手まで全滅するだろう。



 ――欲しい。



 神の幻影にも興味があるが、アドラー軍には魔導師がほとんどいない。そもそも魔術を使える魔物というのは貴重なのだ。

 この幻影を支配できれば《千鬼夜行》はさらなる高みに到れる。


 強い情動に歪みかける表情をなんとか平静に保つ。まだ幻影が目の前に現れただけだ。幻影を支配するに当たりどのような工程を経るのかも目の当たりにしていない。





 もしかして、《千変万化》は狗の鎖を使って幻影を探らせようとしたのだろうか?





 今回の目的とは少しずれているが、そう考えれば狗の鎖を偵察に出した理由も納得できる。

 強力な魔物は導手にとっても貴重だ。(いたずら)に消耗させる必要はないし、そもそも生き物だったらこの幻影の気配を感じとった時点でそちらに近づこうなど考えないだろう。宝具ならば破壊されても買い直せば済むし、強力な幻影を前に臆するという事もない。


 今までは考えもしなかった選択肢だ。街に戻ったら探してみるべきか……そんな事を考えたその時、幻影の真上から黒いものがゆっくりと落ちてきた。


 薄墨色の球体。一瞬巨大な風船かと思ったが違う。

 その周辺の空気は不自然に歪み、その姿を見ていると胸がざわついてくる。


 ふと隣を見ると、ウーノが目を限界まで見開き、それを見ていた。その特別な目を通して見るとアドラーとは違う何かが見えるのだろうか?


 ラピスがふらふらと鏡に近づくと、テーブルに勢いよく手をつき、震える声で言う。



「ば……馬鹿な…………これは、精霊だ。しかも、最上位の精霊――ユグドラの守護精霊――ミレスと同格のッ!」


 力の塊。生ける自然。あらゆる秘境を旅してきたアドラー達でもほとんど見たことのない最強の存在の一つ。

 得体の知れない精霊はまるで守るかのように幻影の周囲を浮かんでいた。


「せ、精霊が幻影に味方することなんて、聞いたことないぞ、ですッ!」


「うーむ……」


「…………チッ。さすがに、これは何か対策を取らないと――」


「無理。近づく前に負ける」


 さすがに相性が悪いのはわかったのか、リィズが舌打ちをし、エリザが窘めるような口調で言う。


 魔導師の幻影だけでも手に負えないのに、高位の精霊がついているとなると相手が悪すぎる。


 幻影が背の高い草むらの中、ゆっくりと歩みを進める。ただそれだけで、周囲の植物がみるみる色を失い、枯れ落ちていく。まるで――植物から生命力でも奪っているかのように。


 何かをしている様子はない。幻影の力なのか、あるいは精霊の力なのか。

 ただ一つ確実に言える事があるとするのならば、その存在はただそこにいるだけで、周囲の命を害していた。


 恐ろしい力だ。特に《千鬼夜行》と相性が悪い。突発的に遭遇していたら負けていたかもしれない。

 ウーノがなにか言いたげな表情でアドラーを見る。アドラーは一度頷き、皆を見回した。



 確かにこの幻影の力は強大。だが、事前に知っていればこそ打てる手というものもある。



「厄介な能力のようだね……だが、空間を切り裂けるウーノのリッパーなら確実に背後から先制を取れる」



「今は、鋏が消耗しているので、もう一度使えるようになるまでは少し時間がかかりますがー」


 ウーノの聖霊――リッパーの能力は奇襲に最適だ。


 自在に空間を切り裂く鋏。疑似的な瞬間移動を可能とするその能力はこれまで《千鬼夜行》を幾度となく救ってきた切り札であり、その力は逃走時は当然として、攻撃の際にも有効に働く。


 魔導師の弱点は本体の貧弱さだ。たとえ相手が幻影でもその前提は変わらない。

 クイントを一撃で昏倒させるほどの攻撃力を誇るリィズに、背後から無防備なところを攻撃されればひとたまりもないはずだ。

 植物を枯らす現象も高レベルハンターを一瞬で倒せる程ではない。アドラーの案に、エリザがぼんやりとした表情で頷く。



「………………確かに、あの力ならば、この幻影相手には最適かもしれない――」


「…………賊の力を借りるなんてムカつくけど――チッ。仕方ないか。仕事はきっちりやらないとね」


「そうです、お姉さま。世界の危機ですから――」


「うむうむ」


 リィズが苛立たしげに舌打ちを漏らす。どうやら目的のためならば嫌いな相手とも共闘するくらいの度量はあるらしい。

 裏切られる心配もないだろう。この女は裏切るくらいならば正々堂々攻撃してくるはずだ。


 出し惜しみするつもりはない。これほどの幻影が何体もいるとは考えたくはないが、これからも強力な幻影達と幾度となく交戦するだろう

 協力しあわねば生き残れない。《嘆きの亡霊》と《千鬼夜行》は一蓮托生だ。


「ウーノ、どのくらいあれば鋏が使えるようになる?」


「そうですねー……三日もあれば一度使えるくらいには回復するはずですー……」


 三日、か。最近酷使しすぎたな。


 少し待つことになるが、今回の作戦は調査で終わりではない。この後に装置を設置しなくてはならないのだ。この幻影を無視して作戦を続行するわけにもいかない。

 初っ端から問題に当たってしまったが、逆に考えれば今その存在を知る事ができてよかった。


 幸いなことに幻影は索敵能力は高くないらしく、草むらの中に潜んだ狗の鎖には気づいていないようだ。


 幻影の足取りは不確かだった。ふらふらと左右に体を揺らしながら、狗の鎖の数メートル隣を歩いていく。


 もしかしたら巡回ルートがあるのだろうか? 少し迷ったが、現人鏡の映し出すターゲットを狗の鎖から目の前の幻影に変える。

 これでこの幻影が何を目的として、どこに向かっているのかもわかるはずだ。


 何かを探しているのか、あるいは宝物殿周辺の警備でもしているのか。少しでも情報が欲しい。


 姿勢を正し幻影の動きを注視していると、その時、不意に草むらが大きく動いた。



「!? な、なにぃ!?」



 草むらから飛び出したのは――アドラー達が先程まで現人鏡のターゲットにしていた狗の鎖だった。

 鈍く輝く細長い鎖。軽やかな動作で草むらを飛び出すと、勇猛果敢(?)に幻影に向かって体当たりを仕掛ける。





「!? え? ええ??」




 ティノがか細い悲鳴のような声をあげ、目を瞬かせる。リィズやクリュスもぎょっとしたように映像を見ている。


 狗の鎖はぶつかると同時に、狗の形を形作っていた身体を解き一本の鎖に戻すと、幻影の身体にぐるぐると巻き付いた。

 幻影が背後からの強襲にびくりと身を震わせ鎖を振り払おうとするが、その程度では解けない。


 それは、にわかには信じがたい光景だった。 





「まさか、幻影の拘束が狙いだったのか? いや、だが――」



 意味のわからない展開に、アドラーは動揺を抑えきれなかった。


 確かに対象を拘束するのは鎖型宝具の最もポピュラーな機能だ。狗の鎖は宝具なので強大な幻影相手に躊躇いなく飛びかかるというのも納得できない話ではない。

 だが、《千変万化》は宝具を発動する際にその手の指示は出していなかったし、そもそも普通、このレベルの宝物殿の幻影は狗の鎖程度では拘束できない。


 幾つもの要素が重ならなければ発生し得ない光景。これが全てかの《千変万化》の思惑通りだったとしたら、その頭脳は優れた指揮能力などというレベルを超えている。

 

 だが、まだだ。問題はまだある。


 魔導師は確かに純粋な身体能力は低いかもしれないが、それは彼らの弱さを意味しない。

 全身を拘束したところで、魔導師の力は微塵も損なわれていない。


 アドラーの考えを裏付けるように、幻影の体がぼんやりと光り輝き、巻き付いていた鎖が解け、弾き飛ばされる。

 全身に漲る魔力を使って攻撃を弾き飛ばす簡単な結界魔法だ。それなりに腕に覚えのある魔導師ならば誰でも使えるような術である。


 狗の鎖は空中で形を取り戻すと、そのまま草むらに着地し姿が見えなくなる。

 


「どうするつもりだ?」



 確かに草むらの中に隠れれば姿は見えなくなるが、索敵能力が低くてもいることさえわかっていれば、その場所を探知する方法などいくらでもあるだろう。


 幻影は狗の鎖が着地した方向を向くと、静かにその右腕を伸ばす。


 ――幻影がやったのはただそれだけだった。


 幻影の立っている場所を中心に、まるで波紋でも広がるかのように草むらが枯れ落ちる。その速度は先程までの比ではない。

 侵食はそのまま止まることなく広がり、青々と茂っていた大樹が一気にその色を失い、軽い音を立て崩れ落ちた。


 そこに残ったのは先程と何ら変わらない幻影と、隠れる場所のなくなった狗の鎖だけだ。


 有効範囲は十メートル程だろうか。あるいは本気を出せばもっと広範囲にまで攻撃できるのかもしれない。

 さすが宝具なだけあって魔法の影響は受けなかったようだが、既に勝ち目はなかった。そもそも狗の鎖には攻撃手段がない。狗の鎖はあくまで相手を拘束するための宝具なのだ。



 だが、どうにもならない状況に見えるが、《千変万化》が幻影と狗の鎖をぶつけたのだとしたらこのような状況になる事はわかっていたはず――。


 ごくりと息を呑み込み、状況の推移を見守る。


 一言も漏らさずただ目の前に立った幻影の魔導師を前に、狗の鎖が大きく身を震わせる。


 そして――大きくぴょんと跳び上がると、反転し軽やかな動きで駆け出した。








「…………は?」








 狗の鎖が幻影の力の範囲を脱出し、まだ残っていた草むらに消える。思わず目を瞬かせるが、現実は変わらない。

 何らかの作戦だろうか? 一瞬そんな思考が脳裏を過るが、狗の鎖が戻ってくる気配はない。




「逃…………げた?」



 どういうことだ? 逃げるのならば幻影の前に飛び出し正体を晒す必要はなかったはずだ。

 あの状況で相手を攻撃した以上、狗の鎖はそういう命令を受けていたと考えるべき。幻影相手に狗の鎖程度がまともに戦えるわけがないのだから、けしかけた理由が他にあると考えるべきだ。


 《千変万化》の思考を読み解こうと、眉を顰め頭を回転させるが、全く理解できない。


 さすがにこの行動が巡り巡って幻影の調伏に繋がるとも思えないし――。






 混乱していると、沈黙していたティノが絞り出すような声で言った。




「ま…………ますたー…………まさ、か…………そういう、試練、ですか?」




 ……試…………練?



 余り聞き慣れない、こんな状況に聞くようなものではない言葉に、ティノを見る。


 血の気の引いた、今にも死にそうなティノの顔。


 もう一度、現人鏡が映し出す光景を見る。ちょうど、映し出していた幻影が歩き出すところだった。


 悠々と、大きくふらつきながらも、狗の鎖が逃げていった方に向かって――。






「………………足が、逃げたがってる…………私達の方が先にいたのに」


「ヨワニンゲン……あいつ……普通ここまでやるか!? ですッ!!」






 エリザがうんざりしたような声をあげ、クリュスが頭をかきむしる。その様子に、ようやくアドラーはティノの発言の意味を理解した。

 高揚とも悪寒とも取れるぞくぞくするような感覚が背筋を駆け上がる。


 リィズは確かに《千変万化》は楽な道を選ばないとは言っていたが――。




「まさか…………おびき寄せて、迎撃するつもりなのか!? あの精霊を引き連れた幻影を!?」





 それは、間違いなくレベル8に相応しい自信に満ちた策だった。


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youtubeチャンネル、はじめました。ゲームをやったり小説の話をしたりコメント返信したりしています。
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― 新着の感想 ―
親しくない人にマスター、親しい人にはますたぁときちんと使い分けるティノも神
千の試練、開始ッッ!!!
クライが自分で倒すのがクライの策?と読んだのか
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