339 新たなる作戦②
トレジャーハンターという職業に絶対はない。
ハンターの仕事は未知との遭遇の連続だ。低レベル宝物殿ならば力によるごり押しも可能だが、高レベル宝物殿になってくると幻影の力もギミックも無視できるレベルではなくなってくる。
高レベルハンターに最も必要とされる力――対応力。どうにもならない事態に陥った時、そのハンターの真価が問われる。
そういう意味で、今回ユグドラにやってきた者達は間違いなく一流だ。十罪に抵触するような発案も神の顕現という非常事態に対する対応力と言い換えられるだろう。
だが今、古くからユグドラに伝わるという地図を前に、セレン皇女を含む全員が難しい表情を作っていた。
地図は世界樹を中心に、ユグドラ含む近辺を記したものだ。こうして地図で見ると世界樹がどれほどの大きさを誇っているのかよく分かる。
シトリーの出した作戦は単純だが、超えなければならないハードルがいくつもあった。それも、単純な問題であるが故に解決が難しい。
「ダメだな。どう割り振っても人が足りない」
「セレンさんは一人しかいませんしね……」
シトリーがセレンをちらりと見ると、困ったように眉を寄せて言う。
最初の準備段階――世界樹周辺の地脈の調査をするためのメンバーが足りていなかった。
そのメンバーはマナ・マテリアルが過剰に蓄積している世界樹周辺に生息している幻獣・魔獣の襲撃を切り抜けるだけの実力を持ち、地脈とそこに流れるマナ・マテリアルの多寡を判断できる力を持たねばならない。
前者はともかくとして、後者のスキルを持っているのは、ユグドラの皇族として特殊な目を持つセレンだけだ。
精霊人も魔力を見通す眼は持っているが、対象がマナ・マテリアルとなると話は違ってくる。
マナ・マテリアルは魔力の源と言われているが、魔力そのものではない。時間をかければ力の流れを割り出すことはできるかもしれないが、強力な魔獣が蔓延る森で悠長に見定めている時間はないだろう。
「実は……ユグドラにそういう情報があったら、と思ったのですが……マナ・マテリアルに関する技術はユグドラの方が上みたいですし」
シトリーの困惑したような視線を受け、セレンがため息をつく。
「五百年前のものならば……あるのです。ですが、世界樹の周辺は地脈が密集している関係で力の流れがよく変わるので」
「力の流れが変わる…………それでは長く調査に時間をかけるわけにもいきませんね」
「んー…………私が背負って走ろっか?」
「!? め、めちゃくちゃ言うな、です! そもそもリィズが全力で走ったらセレンがばらばらになるだろ、です!」
「世界樹周辺はとても危険。距離もあるし、人を背負って走るのは現実的ではない」
ユグドラに向かうにあたり準備はしてきたつもりだが、さすがにこんな事になるとは想像していなかった。
そしてもちろん、錬金術師として名高いシトリーもここまでは想定していなかったのだろう。
シトリーが深々とため息をつき、しぶしぶ言う。
「もしかしたら周辺の地脈全てを調べるのは難しいかもしれませんね。時間がかかるし、ある程度決め打ちで装置を埋めるしかないかも」
「…………それ、失敗したらどうなるんだ、です」
「まぁ色々考えられますが――最悪の可能性としては、世界樹に蓄積するマナ・マテリアルの速度が加速する、とか?」
何気なく出された言葉に、仲間達が息を呑む。神の顕現を止めようとして早めてしまっては本末転倒だ。
決め打ちでの設置は最後の手段だ。仲間達が次々に意見を出していく。
「空から確認するとかどうでしょう? その……マスターの空飛ぶ絨毯もありますし」
「うーむ……」
「難しいだろうな。周囲は森だ、木々が邪魔で上空からでは大地が見えん」
「……いっそ、森を全て焼きますか?」
「!? ルシアさん、じょ、冗談だよな、です」
「も、森を焼くなんてなんて事を…………」
作戦も何もない提案に、セレンが野蛮な者でも見るような目をルシアに向ける。他にもクリュス含む仲間達からの視線を受け、自分がどれほど非常識な事を言ったのか気づいたのか、ルシアは恥じ入るように頬を染めた。
もしかしたらルシアはラピスが考える程理性的ではないのかもしれない。シトリーがふぅと小さく息を吐き、言う。
「そもそも、森を焼くなどすれば宝物殿の幻影が私達の動向に気づき何らかのアクションを取ってくるかもしれません…………余り賢いとは言えませんね」
「…………くっ」
様々な意見が出るが、ラピスから見ても決め手にかけた。そしてこれはまだ作戦の最初なのだ。
そもそもが困難な作戦だ。本来ならば【源神殿】の周囲を歩くだけでも相当危険である。幻影達は今のところ宝物殿の結界の中に引きこもっているが、いつ出てきてもおかしくないのだ。
これは知恵でどうにかなるような問題ではない。
そこで、ティノがきょろきょろと周囲を見回しながら手を挙げた。
「あのお……マスターが来てから改めて相談する、などどうでしょう?」
「ティーちゃん……それは今言っちゃダメ! それに、クライさんの思考を追うことも一つの勉強になるんだから!」
「クライちゃんばっかり頼ってたら頭が鈍るだろ!!」
「!? ご、ごめんなさい、お姉さま……」
シトリーとリィズの叱責にティノが身を縮める。
こういう状況でこそ真価を発揮する男は、ちょっと出てくると言ったまま、まだ戻って来ていなかった。
シトリーに説明を任せた後は黙ったままだったし、相変わらず何を考えているのかわからない男だ。
一番《千変万化》の事を知っているであろう、妹のルシアが眉を顰めて言う。
「…………確かに、今回リーダーはいつもより沢山の宝具を持ってきていますし、この状況をなんとかする方法もあるかもしれませんね」
「……ヨワニンゲンは妙な宝具を持ってるからな、です。会談の護衛の時も妙な宝具を見せびらかしてきた、です」
「…………この問題を宝具程度で挽回できるとは思えんが……ふん。宝具コレクター、か……複数の宝具を組み合わせればどうにかできるのか?」
ラピスが知る限り、宝具はそこまで都合のいいものではないのだが、確かに現状を打開する可能性があるとするのならばそれくらいだろう。
と、そこでようやく《千変万化》が戻ってきた。
相変わらず覇気のない不思議な佇まい。皆の視線が一斉にそちらに向き、《千変万化》がぴくりと眉を動かす。
シトリーが手を合わせて尋ねる。
「お帰りなさい。用事はなんだったんですか?」
シトリーの問いに《千変万化》は深々とため息をつくと、肩を竦めて言った。
「んー……トイレ。ついでに弟子? も連れてきた」
「!? え? 弟子??」
何の話をしているんだ? このニンゲンは。
目を見開きその言葉の真意を考えるラピスの前に、予想外の姿が現れる。
「おうおう、失礼するよ。面白い事をやっているらしいじゃないか」
「!? はぁ!? クライちゃん、どういう事お!?」
リィズが甲高い声をあげる。
開け放した扉から堂々と入ってきたのは、道中散々交戦し、【源神殿】では幻影の軍団とぶつかった《千鬼夜行》のメンバーだった。
先頭に立つは巨大な古代種の百足を操り、魔王を名乗ったリーダー、アドラー・ディズラード。その後ろにリィズに気絶させられた男と、白いローブを着た魔導師に似た格好をした少女が続く。
他にも大勢の幻獣・魔獣を連れていたはずだが、今は人間しかいない。魔物抜きでも相応の力を感じるが、今ならばラピス達でも捕縛できるだろう。
確かに死体は見つからなかったらしいが、あの幻影の軍勢と戦って生き延びるとは恐ろしい手合だ。
《星の聖雷》の仲間達が立ち上がり油断なく構えを取る。一触即発の空気に、セレンは一度大きく深呼吸をすると《千変万化》を見つめて言った。
「……説明を、お願いできますか」
「あぁ。なんかわからないけど、弟子にして欲しいって言われちゃってさあ」
なんかわからないのはラピス達の方だ。まだ《千変万化》が部屋を出ていって二十分しか経っていない。
どうしてたった二十分で行方知らずの、しかも敵対していた《千鬼夜行》の面々を弟子にして連れてこれるのか?
「!? 兄さん!? 弟子にして欲しいって言われて弟子にしちゃったんですか!?」
「だって…………玄関でばったり出会って弟子にして欲しいって食って掛かられたら弟子にするしかないでしょ? …………怖いし」
「よ、よくわかりません、ますたぁ……」
度量が大きいとかそういうレベルではない。《千鬼夜行》は賊だ。賊を弟子にするなど考えるまでもなく危険である。
しかも怖い? 怖い、だと? レベル8であの幻影の軍勢を見ても平然としていたハンターが、怖い?
アドラーはにやりと獰猛な笑みを浮かべると、敵に囲まれているとは思えない悠々とした動きでテーブルの前に立つ。
よく通る声には確かに、ある種のカリスマがあった。
「聞いたよ、神の幻影を攻略するんだって? その作戦、私らも一枚噛ませて貰う」
「…………目的はなんですか?」
意味がわからない。神の幻影の強さは幻影と戦う者ならば誰もが知っているはずだ。それに立ち向かう事の無謀さも。
《千変万化》はレベル8だが、レベル8でも神を正面から撃破するには荷が重い。確かにアドラーが率いる軍勢は数、質ともに恐るべき存在だったが、それでも恐らくまだ足りない。
だが、アドラーの表情に恐れはなかった。
それは無謀故か、あるいは何か勝ち目でもあるのか――セレンの問いに、アドラーは唇をぺろりと舐めて言った。
「神の幻影は私が貰うよ…………と言いたいところだが、今回は《千変万化》に譲ろうじゃないか。私らはその手段を見せて貰うだけでいい」
「…………ヨワニンゲン、お前変なやつにばっかり関わるな、です」
「関わるんじゃなくて向こうからくるんだよ…………てか、変なやつって他にいたっけ?」
「ケチャがいるだろ、です」
「あはー……クラヒさんもいますよ、クライさん」
「……ぐうの音も出ないよ。まあでも、協力してくれるって言うんだから断る理由はないだろ」
「…………」
室内に沈黙が訪れる。今、皆の想いは恐らく、『いやいや、断る理由あるだろ』で一致していた。相手は極めて危険な賊なのだ。
大体、一度嵌めた相手を仲間に引き入れるなんてどんな交渉をすれば可能なのだろうか?
皆、しばらく言葉を失っていたが、負い目のあるアストルが感情を押し殺したような声で《千変万化》を擁護する。
「だ、だが、確かに…………幻影の軍団に立ち向かったあの軍勢がいれば、戦力の問題は解決できる、か?」
「ふん……残念ながら、軍勢はほぼ全滅だ。ユデン――星喰百足も回復には時間がかかる。補充するにしてもあれほどの軍勢をもう一度作るのは骨が折れるだろうね」
「!? そ、そうか…………」
賊の戦力が減っているというのは朗報と呼ぶべきなのだろうか……いや、そもそも魔物の軍勢のいないアドラー達に何ができるのだろうか?
場の空気に、一緒についてきた少女の表情が引きつっている。どうやらおかしいのはリーダーだけらしい。
アドラーは冷え切った場の空気を完全に無視し、机に広げられた地図に視線を落とすと、興味深げに頷く。
「なるほど……この中心にあるのが世界樹――ウーノが言っていた、『神樹廻道』に流れ込んでいた力の源か。まさか伝説にお目にかかれる日が来るとはねえ――」
しかしこのニンゲン……一体どこで神樹廻道の情報を知ったんだ?
宝物殿に現れた時も叫んでいたが、その単語自体、精霊人以外には知れ渡っていないはずだ。
そして、知っていても、導がなければ道には入れないはずで――いや、そうか! 一つだけ、行方がわからなくなっていた導があったな……。
ユグドラに、わざと呼び込んだ? だが、何のために?
理解し難い状況に眉を顰めるラピスの前で、アドラーは手鏡のような物を取り出すと、高らかに叫んだ。
「どれどれ、見せてもらおうじゃないか。『現人鏡』――世界樹の最奥にいる、神の姿を映し出せ!」
書籍版九巻、10/28発売です!
口絵や店舗特典情報について、
ストグリ速報を投稿しておりますので、そちらもよろしくお願いします!
あらかた仕事も片付いたので更新に力入れていきます!
/槻影
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