337 名案②
世界樹であれほどの戦いがあったのに、ユグドラは来た時と何も変わらなかった。
新鮮で、静謐とした空気。帝都のような賑わいはないが、無数に生えた巨大な木々から差し込む木漏れ日は僕の事を癒やしてくれる。
セレン達、ユグドラの精霊人達に伝わる情報によると、前回神が復活を遂げた時も、神が発生するその瞬間まで、宝物殿の外への影響は最小限だったらしい。
幻影は基本的にはマナ・マテリアルの薄い場所では長く生きられないため、宝物殿の外には出ないものだが、外でも長時間活動できる程の高濃度のマナ・マテリアルから成る超高レベルの宝物殿の幻影については例外である。
だが、その最たるものである【源神殿】の幻影達がここまで静かなのは、彼らが極めて高度な知性と目的を持っているからだろう。
おそらく彼らは――神を守っているのだ。だからこそ、ユグドラは破滅の時が来るその瞬間まで生かされている。
破滅の時まで後――(早くて)百年。
シトリーの提案を話すためセレンの家に向かう道すがら、僕は大きく欠伸をして言った。
「…………なんかテンション上がらないなあ」
「!? 世界の破滅の危機ですよ? ルークさんの石化も解けていないし……しっかりしてください、兄さん!」
「いや、まあもちろんやることはやるけどさ……」
一応誤解されないように言っておくと、僕は無能だができることはやっている。唯一の問題は、できる事が少なすぎる事だけだ。
今回の場合、シトリーの妙案を伝える事ができる事になる。それでダメならばアークを呼ぶこともできるが、それ以上は何もできない。
まだ先の事だというのもあるが、ここまで何もできないと緊張感がなくなるのも仕方ないだろう。
「ますたぁのやる事…………」
「体調も絶好調だし、クライちゃん、何でも任せて?」
ティノがぽつりとつぶやき、リィズが元気いっぱいに言う。これから世界の危機と戦うかもしれないってのにいつもと変わらないなあ。
なら重大な仕事を任せようか……アークに手紙を届ける、というね!
§ § §
セレンの屋敷にたどり着くと、そこには《星の聖雷》のメンバー達が揃っていた。ラピスにクリュス、アストルにその他の《星の聖雷》の精鋭達。その表情は一様に険しい。
僕がいない間に色々話し合っていたのだろう。僕の顔を見るやいなや、セレンは開口一番に言う。
「状況は非常に厳しいです。クライさんの策で窮地は脱せましたが、結果として彼らは私達を明確な敵として認識しました。私にはわかります、世界樹に渦巻く力の動きに変化が訪れているのが――」
「つまり、どういうこと?」
「現在の【源神殿】は、内部から強力な障壁が張られている。《千鬼夜行》はそれだけ奴らにとって厄介だったという事だろう。だが、これでは何かしようと考えても手出しできん」
セレンに代わり、ラピスがしかめっ面で答える。どうやら僕がルシア達に面白おかしく起こった出来事を話している間にも状況は変わっていたらしい。
ただでさえ強いくせに油断もしないなんて、なんという賢い幻影だ。【迷い宿】の幻影のように愉快でもないみたいだし、絶対に戦いたくない相手だ。
「魔法で遠距離からの攻撃を試みたが、傷一つつかなかった。ふん……特殊な結界だな。宝物殿をぐるりと取り囲むように発生していて、隙がない。仮にあのクラスの結界を休みなくずっと張り続けられるのならば、奴らの能力は我々の想像を絶している」
「私達の魔術とは違う体系の魔術だ。ニンゲン、あれを解析するのは魔術に長けた精霊人にも不可能だ。堅いとかではなく、攻撃が通らない。完全に内外が遮断されている。魔力障壁とも違う」
「うんうん…………なるほどね」
やばい宝物殿だってのはわかっているのに攻撃を仕掛けてみるなんて勇気あるなあ…………僕だったら敵が引きこもって出てこないなんて聞いたら諦めて帰るのに……。
だが、とりあえず向こうから襲われる心配がなさそうだというのは朗報だ。時間があればアークも呼べるし、他にも色々な手を打てるだろう。問題はルークの解呪だけだね。まったく、ルークときたら……。
「おそらくユグドラが生み出した神樹廻道と同じ――世界樹に蓄積している力を障壁に転用しているのでしょう。彼らに魔力切れはありません。ですが、手がないわけでもない」
セレンはぐるりと面々を確認し、最後に僕を見た。
切れ長の目に透明感のある瞳。その表情は《星の聖雷》のメンバーが浮かべていたものとも少し違っていた。
覚悟を決めたような、悪く言えば切羽詰まったような表情だ。
まだ百年もあるというのに、いつから彼女はこんな表情を作り続けているのだろうか? 僕だったら間が持たないと思うけど、多分それは精霊人の皇族故の責任感から来ているのだろう。
セレンは一度深呼吸をすると、自分の胸に手のひらを当てて言う。
「ユグドラには空間転移の秘術があります。この秘術ならば空間を、結界を飛び越えて世界樹まで人を送り込める――もっとも、そう何度もは使えません。現在のユグドラには優秀な術者が足りていないし、秘薬もない。私が全力を尽くしたところで、一度に送り込めるのは一人、一度使用すれば私はしばらく動けません」
「……………………うんうん、ダメだね」
「…………え?」
セレンが鳩が豆鉄砲を食らったような表情を作る。見ちゃいられないな。さすがの僕でもダメ出しするレベルだ。
そもそも、一人しか送り込めない時点で話にならない。あんな危険な場所に一人で送り込まれて喜ぶのはうちのメンバーだけだし、セレンが動けなくなってはルークの解呪は誰がするのか?
そんな事する余裕があるならその術で僕をおうちに返して下さい。
僕は深々とため息をつくと、ハードボイルドな表情を作り言った。
「セレン、こんな事は言いたくないが、僕は、君は少し…………視野が狭くなっていると思うよ。そして自分の身を削りすぎだ。もうちょっと肩の力を抜かないといいアイディアも浮かばないよ」
「…………わ、私は、ユグドラの最後の皇族ですよ? 私には、世界樹の管理者として、異常を解決する、責任があります」
セレンの頬には朱が差し、その声は震えていた。その震えの原因が何なのかはわからない。人間に指摘された事への屈辱か、あるいは責任に押しつぶされそうになっているのか。
僕などではなく、彼女にこそ『完璧な休暇』が必要だ。百年も時間があるんだから数年くらい休んでも誰も文句はいうまい。
「……そんな事いったら僕はクランマスターなんだからクランを円滑に運営する責任があるよ」
「???」
でもその責任をエヴァやその他のメンバーに全部押し付けてこうしてのうのうと生きている。高レベルハンターとしての責任も全然果たしていないし、何なら任命した奴らが悪いと考える始末だ。僕とセレンの責任感を足して二で割ったら丁度良くなるだろう。
彼女は超優秀な魔導師なのだろうが、今回の件はさすがに一人で解決するには荷が重い。そして、自分一人ではどうにもできない事件に巻き込まれる気持ちが僕にはよく分かる。
僕に今回の異変を解決するような能力があるわけでもないので任せてなんて言葉は口が裂けても出せないが、少し精神的な負担を減らすくらいはできるはずだ。
こういう時に重要なのはどれだけ内心不安でも、表面上だけは自信満々な態度を作ることである。おどおどしていてはうまくいくものもいかない。開き直りとも言う。
「何が言いたいかと言うと――僕に考えがある」
そう、シトリーに任せるという考えがね!!
「うまくいくかどうかはわからないけど、セレンはしばらく休んでなよ。何か協力してもらう事があるかもしれないし」
なんなら『完璧な休暇』を貸してあげてもいい。僕が快適じゃなくなってしまうが、まぁゲロ吐きそうになるのは慣れてる。
セレンは一瞬唖然としたが、すぐに顔を赤くして詰問でもするかのように叫ぶ。
「…………馬鹿な。この状況を策でどうにかできる、と? ニンゲン、貴方にどんな力があるというのですか?」
僕はニヤリと笑みを浮かべると、無意味に自信満々に言った。
「僕に力なんてないよ。でも、優秀な仲間がいる」
僕に力があるとするのならばそれは……コネだ。
これまで黙っていたシトリーに視線を向けると、シトリーが花開くような笑みを浮かべ前に出る。
役割を果たした僕は案山子になる事にしよう。そうだ、アークを呼び寄せるのを忘れないようにしないとね。
やれることを全てやりつくした気分でにこにこしていると、シトリーがよく通る声で話し始める。
「私はこういう事もあろうかと、前々からマナ・マテリアルの研究を進めてきました。クライさんの提案を受けて――その中の研究の一つに、丁度こういう事態にぴったりのものがあります。マナ・マテリアル攪拌装置というのですが――」
へー、僕の提案を受けて、ねえ。そんな事あったっけ? だがシトリーがそういうのならばあったのだろう。しかし、いつ研究してたんだろう……。
成果物を実戦投入するのが楽しいのか、シトリーの頬は紅潮しその声は弾んでいる。
「地脈に仕込む事で目に見えないマナ・マテリアルを撹拌させ、流れるマナ・マテリアルを増減させることができるのです! まだ実験は足りていませんが、実際に一つの宝物殿を変える事ができました。これを活用すれば世界樹に流れるマナ・マテリアルを減少させ【源神殿】を弱らせる事ができるはず……いや、できます!」
そこで、黙って話を聞いていたクリュスが、シトリーを凝視して言った。
「…………待った。おい、それ犯罪だろ、です」




