336 名案
「!??? えええええ??? 私達が寝込んでいた間にそんな楽しそうな事があったのお!?」
みみっくんの中の町の宿。リィズは僕の話を聞き、素っ頓狂な声をあげた。
ランプが照らす薄暗い食堂に、《嘆きの亡霊》全員が揃っていた。まだ倒れてからほとんど経っていないはずだが、どうやらもう調子は完全に戻ったらしい。
リィズだけでなくシトリーやルシア、アンセム、そしてティノまでも、いつもと何も変わらない様子で僕の話に耳を傾けている。
「…………こんなところまでやってくるなんて、厄介な相手に目をつけられましたねえ……お姉ちゃんがちゃんととどめを刺さないから……」
「いやー、僕も驚いたよ。《星の聖雷》なんてドン引きしてたし」
ルーク解呪作戦は本当に色々な意味で驚きの連続だった。
何しろ、何もいないのを確認して宝物殿に突入したら幻影が目の前に出現し、これはまずいと逃げだそうとしたらリィズ達が追い払った魔王達が乱入して大戦争を始めたのだ。もはやめちゃくちゃである。
「それは大変でしたね、ますたぁ…………それで、その…………どっちが勝ったんですか?」
「え? 途中で抜け出したから知らない」
「!? え????」
「…………うーむ」
ティノが鳩が豆鉄砲を食らったような表情を作り、アンセムが唸り声をあげる。
しかし、ティノも皆と同じタイミングで酔いから復帰しているの、地味に凄いな。
あの場の空気は是非ティノにも味わって欲しかった。本当にどうしていいのかわからなかったよ……アドラー達、なんかいろいろ言っていたけどさっぱり理解できなかったし……。
「クライちゃん、次は絶対に私も行くから!! 酔いも解消されて身体も絶好調だし!」
「この調子が悪かった翌日に絶好調になる感覚、何度体験しても慣れませんね」
ルシアが小さなため息を漏らす。
マナ・マテリアル酔いのメリットとデメリットは表裏一体である。マナ・マテリアルの過剰吸収は一時的に体調を頗る悪化させるが、そもそもマナ・マテリアルというのは基本的に吸収すればするほど強くなるものなのだ。
今回、うちのメンバーはアンセム含め、全員がマナ・マテリアル酔いで倒れた。つまり、復帰した今、彼等の能力は倒れる前よりも高みにある。
元々強かったのに、どうなってしまうのでしょう? 少しだけ怖いが、今の状況では戦闘力はあればあるほどいいだろう。
「それで……これからどうするんですか?」
「うーん……とりあえずまだ様子見かな……」
これからどうするのかについてはアドラーと幻影達との戦いの結果次第だ。
どちらが勝ったとしてもなかなか面倒な事になりそうだが、次の手を打つには情報が足りていない。エリザを偵察に送っているのでその結果待ちだ。
と、そこでルシアが少しだけむすっとした表情を作っていたので補足する。
「【源神殿】の幻影のレベルはわかった。あの幻影達をどうにかするには――そう。ちょっと、普通じゃない方法が必要だ」
アドラーが空間の裂け目から呼び出した軍勢は明らかに賊が持っていいような戦力ではなかった。おまけに、彼女の言葉が真実だとすると、あの時のアドラー軍はリィズ達と戦ったときよりも強力という事になる。
そして、すぐに逃げ出したのでそこまで詳細がわかったわけではないが、【源神殿】の幻影達がそのアドラー軍に匹敵するような力を持っているのは間違いない。
いくら才気あふれる《嘆きの亡霊》でも正面から相手をするのは大変だろう。
幻影は敵だ。そして、アドラーも敵。今は両者敵対しているようだが、僕は運が悪い時は本当に悪いので手を組んで来る可能性もある。
最善は両者相打ちに近い形で決着がついている事だが……まぁ、期待できないだろうなあ。
ニヒルな笑みを浮かべる僕に、ティノがぴくりと頬を引きつらせ、呟く。
「ま、ますたぁの考える、普通じゃない方法…………」
そんなに心配しなくても僕は何も考えていないよ。唯一考えているのは、交戦は避けねばというただ一点だけだ。
返す返す言うが、僕達の目的は久しぶりの超高難度宝物殿を味わい尽くす事などではなく、ルークを助けるという事なのだ。そのためならば鬼にも悪魔にもなろう。まぁ無理そうだったら逃げてもいいかな。
固い決意――いや、柔らかい決意をする僕に、シトリーが媚を売るかのように僕の手を握り、囁くような甘い声で聞いてくる。
「私も、実は試したい事があるんです! まだしばらくはユグドラにいますよね?」
「……うんうん、そうだね」
なんだってシトリーはこんな緊急事態なのに目をキラキラさせているのだろうか? 君、ルークが石になってる事、忘れてない?
試すって、何を? いやまあ好奇心旺盛なのはいい事だけど、こんな状況で実験でもやろうというのか?
僕は肩を竦めると、ぐるりと皆を見回して言った。
「とりあえず、僕も考えている事はあるけど、もしも何かいいアイディアを思いついたら教えて欲しい。もう時間は余りないからね……」
ちなみに僕が考えているのは、リィズが駆け足で帝都に戻ってアーク達を呼んでくる事だ。
帝都まではそれなりに距離があるし、アークも忙しいので帝都にいるかどうかもわからない。
不確定要素の多い作戦だが、相手は神なのだ。こちらも神を当てるしかないだろう。
§ § §
夜。細心の注意を払い宝物殿の様子を見に行ってきたエリザは、疲れ果てたようにため息をついて言った。
「結論から言うと……【源神殿】に侵入するのはもう不可能」
「え!? どういう事?」
元々、ルークの解呪作戦を決行する前から宝物殿の調査は何度も行っていた。だが、エリザはただの一度も侵入不可能と言い切る事などなかったはずだ。
かつてソロハンターとして各地の危険地帯を回っていた彼女がそこまで言うなんて、何か起こったのだろうか? 危険察知のプロでもそう言い切らざるを得ないような何かが――。
僕に、エリザは少しだけ責めるような口調で言った。
「…………【源神殿】に厳戒態勢が敷かれていた。《千鬼夜行》と交戦したせい。幻影の気配もこれまでとは比べ物にならないし、目視できる距離に近づく事すら難しい」
「へぇ…………なるほどねぇ。さすが推定レベル10の宝物殿ともなると、幻影も統制が取れてるのねぇ」
リィズが感心したように言い、ティノが落ち着かなさげにキョロキョロする。
それは、人間や魔物相手ならばともかく幻影相手では余り発生しない現象だった。
幻影は生き物ではない。過去の再現である彼らは種の保存を目的とせず、消滅への恐怖も薄く、そして、親から生まれたわけではないが故に、帰属意識というものも希薄だ。
トレジャーハンターが幻影の跋扈する宝物殿に侵入できるのも、彼らが基本的に個々人で動いているからである。唯一、侵入者への敵意は皆が持ち合わせているので知性の高い幻影が群れを組む事もなくはないが、それらはだいたい数体から多くても数十体程度であり、軍勢というレベルまで大きくなる事はまずない。
「クー、あの幻影達は一体一体生まれたものじゃない。あれは群にして個。統制などというレベルじゃない。彼らは高い知性を持ち、明確に私達を敵と見なして待ち構えている」
確かに……そう言われてみればあの幻影達、まとめて発生していたねえ。
「アドラー達はどうなったの?」
「……わからない。一つわかっている事は、【源神殿】の幻影達がマナ・マテリアルの力を受け、日に日にその戦力を増しているという事だけ」
危険察知のプロ。エリザの真に迫った声に、ルシアが息を呑み、リィズが口笛を吹く。
アドラー達がいないという事は、あの戦いは幻影達が勝利したのだろう。
人間ならば交渉もできたかもしれないのに、厄介な奴らが残ってしまった。
「…………いつもみたいにルシアが遠くから魔法をぶつけるなんてどうだろう?」
「へ!?」
「ダメ! 幻影達はまだ宝物殿の外までは出てきていない。外から刺激して外に進出するようになったら、ユグドラが危険」
ルシアが不意打ちを食らったような声をあげ、エリザが即座に僕の案を却下する。
ただの冗談だよ……いや、もしかしたらって思いがなかったわけじゃないけど。
しかし、参ったな。目視できる距離に近づくことすら難しいとなると、ルークの解呪なんて論外だ。解呪にかかる時間はそこまで長くはないらしいが、とても守ってはいられない。
何かいい方法がないものか……僕はちょっとだけお邪魔させていただいて、世界樹の力を貸してもらえればそれでいいんだけど――。
と、そこで僕は名案を思いつき、ぱんと手を叩いた。
「…………そうだ! 穴でも掘ろうか?」
「そうですね! 穴を掘りましょう!」
僕の言葉に、シトリーが食い気味に同意する。
発想の転換だ。何も、馬鹿正直に幻影達の警備をかいくぐって世界樹に近づく必要なんてない。
僕達に必要なのは世界樹の放つパワーなのだ。地下からトンネルを掘って近づけば誰も気づくまい。トンネルを掘るのだって重労働だが、統率された幻影の軍勢を相手にするより遥かにマシだ。宝物殿の攻略を目指すなら使えない手だが、解呪だけならこれでも事足りる……はず。
名付けて『こっそり近づきひっそり解呪さっさと逃走』作戦だ。
しかし、まさかこの僕が《嘆きの亡霊》のブレインであるシトリーと同じ結論に達してしまうとは……今日の僕は神算鬼謀かな?
単純な作戦だが、だからこそ逆に思考の外にあったのだろう。エリザ達が目を丸くしてハードボイルドな笑みを浮かべる僕と、何故か喜色満面のシトリーを見る。
穴を掘るなんて大きなヒントをあげたのにまだ気づかないなんて……まぁ、これまで《嘆きの亡霊》はほぼほぼ正攻法で道を切り開いてきたから仕方ない、か。
ぱちんと指を鳴らし、シトリーを促す。
「シトリー、説明してあげて?」
シトリーは大きく頷くと、にこにこと、いつになく自信満々に言った。
「はい! クライさんが言いたいのはつまり――幻影が手に負えないのならば、宝物殿自体を弱らせてしまえばいいという事です! 私がつい先日までとある機関で行っていた研究が役に立ちます!」
あれ? なんか僕の考えていた事とは違うような……。
「!? ……宝物殿を弱らせるって……具体的にはどうするんですか?」
怪訝な表情で尋ねるルシアに、シトリーは嬉しそうに身をくねらせ、頬を染める。
「はい。穴を掘って、地脈に流れるマナ・マテリアルに干渉する装置を埋めます。【源神殿】に近づく必要もないし、安心安全です! そうですよね、クライさん!?」
「……あ、はい」
安心安全………………なんか僕が考えていたものとは違うけど、もうそれでいいか。
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(後ほどストグリ速報もだします!)
/槻影
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