328 ユグドラ④
諸々の話し合いが終わった時にはすっかり日が暮れていた。
梯子を登りセレンが用意してくれた家に入る。大樹の上に作られたこじんまりとした家だ。
部屋は豪華ではなかったが最低限の家具は揃っていて、過ごしやすそうだった。何よりバルコニーが存在し、そこから外に一歩出れば見事な星空を見ることもできる。
ユグドラには帝都と違い人工的な光はなく、星の輝きを邪魔するものは何もない。
大きく深呼吸をして、冷たい新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。
今日は神樹廻道でも大変な目に遭ったし、最後には世界の滅亡にすら繋がりかねない特大の爆弾を落とされたりしたが、こうして満天の星空を見上げていると、ここまでやってきてよかったと思えた。
一緒についてきたシトリーが、目をキラキラさせながら言う。
「まさか、これまで不明だった文明滅亡の原因の一端がこんなところで垣間見えるなんて……寿命の長い種族だったら何か知っているのではと思っていましたが、来てよかったですね、クライさん! 神による滅亡論が俄然真実味を帯びますよ!」
「うんうん、そうだね」
どうしてそんなにテンションが上がっているのだろうか? 百年後とはいえ、滅亡するかもしれないの、僕達なんだけど…………。
それにしても、破滅を齎す神の顕現、か。それって【迷い宿】の狐神とどっちが強いんだろう……知りたいような、知りたくないような――。
とりあえずルークの解呪については協力の約束を取り付けることができた。幸い術式自体はそこまで複雑なものではないらしく、光霊教会でマリンの慟哭の浄化を試みた時のような事前準備なども不要らしい。
後の問題は、その場に顕現しているであろう強力な幻影達をどうするかだが、その辺りはルシアやリィズ達に任せるしかない。
「まさかユグドラにあんな秘密があったとは、な…………村の長達も、ユグドラに対する信仰心が厚いとは思っていたが――全て知っていて、その上で情報を隠していたと見える。…………エリザ、貴様は知っていたのか?」
「…………いや…………私達、砂漠精霊人に引き継がれたのは使命だけ。情報漏えいを恐れたのだと、思う。確かに、世界樹の真実が知られれば面倒な事になりそう」
「ふん……今更全て明かしたのは、秘密にしている理由がなくなったから、だろうな。勝ち目のない戦いに挑み、滅んだ後の事も考えて――情報の継承も兼ねているのだろう、身勝手な話だ。百年……たった百年、か」
「……たった百年じゃ、何もできない」
セレンの話を聞いた後も相変わらず不機嫌そうなラピスとエリザが話し合っている。たった百年じゃ何もできないって……僕だって百年も研鑽を詰めば少しは強くなれるはずだ。
これまで余り意識した事はなかったが、精霊人と人間の感覚の違いがやばい。百年あればなんだってできるよ?
そこで、盗賊の性か物珍しげに家を確認していたティノがおずおずと声をかけてきた。
「しかし、ますたぁ。ルークお兄様の解呪はともかくとして、発生してしまった宝物殿をどうにかするなど、本当に可能なのでしょうか?」
いや…………無理なんじゃないかなあ。とりあえず今の僕の最大の目的はルークを治す事だけだ。宝物殿など二の次三の次である。
だが、そんな事、《星の聖雷》の前では言えない。いや、最終的には言わなければならないのだが、今ではないはずだ。
…………まだ、石化から戻ったルークが宝物殿を斬って消滅させてくれる可能性もある。
「うまくいくかどうかはわからないけど、色々可能性はあると思うよ。世界の滅亡がかかっているんだ、最善を尽くそう」
「!! はい、ますたぁ! 私にできることがあったなんなりとお申し付けください!」
「……じゃあ宝物殿なんとかしてきて」
「!?」
「!? リーダー、ティノに無茶振りしないでください!」
ただの冗談だったのに、目を見開き細かに身体を震わせるティノ。そこに、珍しくぼうっと佇んでいたルシアがすかさず口を挟んでくる。
僕にできる最善というのは言うまでもない、アークに押し付ける事なのだが、何もせずに押し付けるではたとえそれが神算鬼謀の結果でも誰も納得しないだろうな。
そもそも、ユグドラは秘境中の秘境だ。一人では帰れない。導が示してくれるのはユグドラだけだし、帰りはセレン達に魔法で飛ばして貰うか無理やり神樹廻道を逆走しなくてはならないのだ。
おまけに、今の神樹廻道はマナ・マテリアルの影響で放し飼いにしている幻獣魔獣が凶暴化かつ数が増大しているらしい。そもそも、精霊人の皇族がユグドラの守護者たる精霊に呑み込まれる程の非常事態である。ただでさえ運の悪い僕がそんな危険地帯に向かったらどうなるのか、考えただけでも吐きそうになる。
そして、そんな危険な神樹廻道も僕達がルークの解呪のために行かなければならない宝物殿よりも安全だというのだから、もはや僕にできることは神に祈る事の他にない。
そんな僕の気持ちも知らず、百八十度開脚し、ペタリと床に身体をつけ柔軟をしていたリィズが顔をあげ、楽しげに言う。
「何がいるのか楽しみだねー、クライちゃん?」
相変わらず恐ろしく柔らかい身体だ。僕なんて少し背中を押されただけで悲鳴をあげるのに……柔軟は結界指が通じない数少ない攻撃(?)なのだ。
そして、僕は別に楽しみじゃない。まだ少し時間はあるし、当然、事前に敵の確認は必要だろう。
一口に宝物殿などと言っても、目的の場所を闊歩する幻影の数は日によってばらつきがあるはずだ。戦う相手は少なければ少ない程いい。そして、ここにはそういう任務に最適の盗賊がいる。
「エリザ、悪いけど、【源神殿】の偵察をお願いできるかな? タイミングを見計らってまずはルークの解呪をしよう」
「……………………わかった」
「!? えぇ!? なんで、私じゃなくてエリザちゃんなのお!? 偵察なら私でもいいでしょお!?」
「だってリィズ、つまみ食いするし……」
リィズの盗賊としての腕前が信頼に値するのは言うまでもない事だが、彼女は見つけた魔物へのファーストアタックを盗賊の特権だと考えている節がある。
危機察知能力はエリザの方がずっと上だし、僕じゃなくてもここで偵察に出すのはリィズではなくエリザだろう。
柔軟したまま顔だけあげて抗議するリィズに近づき、その頭に手を載せて宥める。
「リィズには後で暴れてもらうから…………機会があったら」
「…………はーい。約束、したからね?」
リィズが唇を尖らせ不満を示しながらも、再びぺたりと身体を床につける。
これまでの冒険で幾度となく危険な目に遭ってきたが、戦わずして事が収まった事は殆どない。今回だけうまくいくなどと考えるほど僕は間抜けではない。
戦意の高さは厄介だが、僕はリィズ達の戦闘能力を信じている。前代未聞の宝物殿の幻影でも必ずや撃退できるはずだ。
ルークの解呪に成功したら適当に理由をつけて森の外に出してもらおう。
断じて逃げるわけではない。時に一度退いたほうが状況がうまく転がる事もある。
大都市ゼブルディアはあらゆる人材が集まるし、【源神殿】をどうにかする方法も見つかるかもしれない。
既に押し付ける気まんまんでいる僕から何かを感じ取ったのか、クリュスが眉を顰め、疑念の籠もった眼差しで確認してくる。
「ヨワニンゲン、本当に宝物殿をどうにかする方法あるんだろうな、です」
「…………何事も、想定外ってのはある。百パーセントなんてありえないよ」
そう言えば想定外と言えば、《星の聖雷》の一員の振りをして僕から導を持っていったあの子は一体何だったのだろうか?
別途活動報告で告知しますが、
現在、店舗特典SS集1+2と店舗特典SS集三弾、予約受付中です。
興味ある方おられましたら、是非是非ご確認ください!
/月影




