表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘆きの亡霊は引退したい 〜最弱ハンターは英雄の夢を見る〜【Web版】  作者: 槻影
第八部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

322/471

317 新たなる魔王

 リィズ達が馬車に戻ってきたのは、結局、それから一時間程経った後だった。


 激戦だったのはその姿を見ればすぐにわかった。どうやら、シトリーの言う通り、今回の相手は随分な腕利きらしい。

 リィズの手甲やアンセムの全身には緑色の体液がこびりついているし、ティノなど全身がぐっしょりと濡れ、変な臭いがしている。ラピスを始めとする《星の聖雷》のメンバー達も随分憔悴しているようだ。


 みみっくんの上に腰を掛けたまま手をぶんぶん振って迎え入れる。

 僕を見ると、ティノは雨に濡れた子犬のような表情をした。ルシアがため息をつき、言い訳のように言う。


「虫の体液を被ったんです。一応、洗い流したんですが臭いが取れなくて……シトのポーションがあればなんとかなると思うんですが…………」


「まぁまぁ、それは大変! …………はい、ティーちゃん」


 その言葉を受け、シトリーがにこにこと上機嫌にティノに得体の知れないどろどろしたポーションを頭からぶっかける。

 シトリーのポーションの効果はわかっているが、酷い光景だ。リィズは手甲を外すと、珍しいことに、手をぷらぷらさせながら愚痴る。


「ったく、あんな百足の魔物、初めて見た。確かに昆虫系の魔物は生命力が高いと相場が決まってるけど――あんなに堅い上に頭を潰しても縛り上げても死なないなんて」


「うむ」


「冷気も雷も効果がなかった。古代から生きる魔物には信じられない生命力を持つ者もいると聞いたことがあるが、まさか体験する事になるとは――」


「あれは無理」


 人間よりもずっと長命で魔物の造詣も深いはずのラピスもしかめっ面だ。エリザなど完全にやる気を失っている。


 二つ名持ちハンターの彼等にここまで言わせるとは――その賊、何者だ?


 そこで、僕はリィズ達が誰も何も引きずっていない事に気づいた。思わず目を丸くする。


「……あれ? もしかして、戦果なし? 《嘆きの亡霊》がほぼフルメンバーで?」


 トドメをさせないかもとは聞いていたが、賊を追いかけていって何も持ち帰れないなんて珍しいね。


「うん。ごめんね? なんか相性悪くて……ルークちゃんがいればなんとかなったと思うんだけど…………百足以外にもなかなか手強いのが何体もいてねえ……それに手こずっている間に上に乗ってる連中に逃げられちゃった」


「ごめんなさい、ますたぁ……」


 どろどろになりながらしゅんとするティノ。なんか最近、随分図太くなっているね、君。


「そっかー…………いや、別に良いんだけどさ」


 賊というのは本当に厄介だ。それも、強くなればなるほど、たちが悪くなっていく傾向にある。

 今回は突発的な遭遇だったし大丈夫だとは思うが、きっちり仕留めきれなかったばかりに追撃を受けて嫌な思いをした事は数限りない。


「兄さん!? 何もしてないのに、なんで偉そうなんですか……!」


「そうだ、そうだ、です!」


 ルシアが目を見開きつっこみ、クリュスが腕を上げて追従する。いや、だって……ねえ?


「でも、あのめちゃくちゃでかい百足の魔物……どこかで見たことある気がするんだよねえ……どこだっけ……」


 リィズが眉を顰め首を傾げる。

 めちゃくちゃでかい百足……絶対に戦いたくない、というか、見たくもない相手だ。

 何を隠そう、僕は数ある魔物の中でも特に昆虫系の魔物が嫌いなのである。ねばねばしているしぎちぎちしているし、死の恐怖を感じない個体も多い虫の魔物にはさんざん酷い目に遭わされてきた。


 げんなりしていると、視線から感じるものがあったのか、リィズが慌てたように言う。


「で、でも大丈夫! 私達が倒すまでいなくならないと思うから! 見覚えのない魔物ばかりだったし、普通のレベル5や6のハンターではどうにもならないと思う」


 それは……もしかしなくても、逃がしたら駄目な奴では?


 ………………まぁいいか。聞かなかったことにしよう。


「そういえば、シトリーが抱えていた剣は?」


「あぁ。賊の中にかなりマナ・マテリアルを吸っている剣士がいたんです。お姉ちゃんが、相手が速度に慣れる前に初撃で倒したのでなんとかなりましたが…………ルークさんがいたら戦いたがったでしょうね。本体は乱戦で回収されてしまいましたが、剣だけ先に取り上げたので……クライさんが欲しがると思って!」


 リィズの速度は盗賊の中でも突出している。力も強いし、相手が耐久のない剣士の場合こういう結果になる事もある。


 剣を回収できるなら先に人を捕らえるべきではないだろうか……いや、何も言うまい。これも聞かなかった事にしよう。


 僕はとりあえず、積んでいたルークの石像をばんばん叩いて言った。


「はっはっは、剣士がいたんだってさ。残念だな、ルーク。随分強敵だったみたいなのに」


「クライちゃん……」


「兄さん……」


 冗談だよ、冗談。しかし、シトリーもリィズも、ルークがいればって言ってたし、本当にタイミング悪いな。普段なら何も言わなくても相手を確認する前に飛びかかっていくのに。


 そこで、ラピスが不機嫌そうな表情で小さく鼻を慣らす。


「ふん…………手間だが、探索者協会に報告しに行くべきだな。多少減らしたとは言え、放っておくにはアレは少々異質過ぎる。古代の魔物など、そう簡単に見つかるものではない。ましてや、それを従えるとなると――」


 報告しに行く、か。理屈は理解できるしそうするべきだともわかっているが、考えものだ。


 なぜならそういう報告をあげると十中八九僕がその討伐を依頼されるからである。

 このパーティでも仕留めきれない相手と戦うなどとんでもない。次は相手もこちらの手口を知っている。そこまで強い相手ならきっと対策だってしてくる。ここはアークに任せよう。


「さっきシトリーにも言ったけど、今はルーク……ユグドラが優先だ。探索者協会には手紙でも出しておこう」


「わかりました。次の街で話を通しておきます」


 さすがシトリー、頼りになるな。前回はダメダメだったけど。

 大船に乗った気分でいる僕に、クリュスが白い目を向けてくる。


「前も思ったんだが、ヨワニンゲン、お前いざという時まで本当に何もやらないな、です」


「………………心外だな。今回の僕は一味違うよ?」


 何しろ、しこたま溜め込んだ宝具を全て持ってきているからね。例えば――。


 みみっくんを呼びつけ、その中からずるりと長い鎖を取り出す。錆びついた太い一本の長い鎖を中心に左右に無数の手錠を有する宝具だ。

 宝具はマナ・マテリアルで構成されているため、物理現象に左右されたりしない。この錆はただの意匠の一部と考えるべきだ。


 鎖型宝具。『服従の権威クライム・パレード』。


 僕の持つ鎖型宝具の中で最も物々しいその鎖に、クリュスの目が見開かれる。


「捕縛した相手の精神を縛り付け抵抗を封殺する強力な鎖の宝具だ。これを使えばどんな賊でもイチコロだね」


「よ、よわにんげん……どうしてそんな宝具、持ってるんだ、です…………」


 力ではなく抵抗の気力を封じ込める、見た目の凶悪さに相応しい性能を持つ宝具である。テストのみで実際に使ったことはないけど、ただの手錠などでは拘束しきれないマナ・マテリアルをたっぷり吸収した賊を捕まえるのに役に立つだろう。

 おまけに、発動した時、つなげた相手を自発的に歩かせる事もできるのだ。『服従の権威クライム・パレード』の名の由来でもある。


 怯えを含んだクリュスの表情に、にやりと笑みを浮かべる。そこでリィズが眉を顰めて言った。


「クライちゃん、それって確か……百六個、五十三対存在する手錠全てに人を繋げなくちゃ手錠のロックすら掛からない欠陥品じゃなかったっけ?」


「五十三人も一度に捕まえるのはちょっときつそうですねえ……全員に手錠を嵌めるのも大変でしょうし。今回の相手もそんなにいませんでした」


 いつも味方のシトリーが思案げな表情で言う。


「…………欠陥品なんて失礼な……足も繋げれば半分の人数で済むし」


 まぁ、足を繋げてしまったらパレードはできないので、頑張ってこっちで運ぶ事になるけど。


「そもそも、リーダー、ちゃんと生け捕りの難易度の高さ、わかってますか? 相手は殺す気で来てるんですよ!?」


「……うーむ……」


 大金を叩いて購入した事を知っている仲間達が口々に文句を言ってくる。然もありなん、この能力で実用性が高かったら売りに出されていたりしないわッ! 十人用とかだったら十倍の値段で売れていてもおかしくはない。


 何なら、人がたりないなら空いた分、クリュス達を繋げればいいんじゃないかな………………駄目か。


「ヨワニンゲン…………もっと戦闘に使えるような宝具はないのか、です」


 クリュスが可哀想なものでも見るような目で僕を見てくる。ラピス達、他の《星の聖雷》のメンバー達の目に浮かんでいるのは明らかに嘲りなのでそれよりはマシだろうか?


 なんとか汚名返上のために声をあげる。僕が馬鹿にされるのは構わないが、宝具に罪はない。


「ま、待った待った、今回は他にも沢山面白――有用な宝具を持ってきたんだ………………分身して回る仮面とか」


「クー…………足が逃げたがってる」


 げんなりしたように言うエリザ。長い時間一緒にいるのは久々だが、マイペースなエリザにこんな事を言わせてしまうとは……。


 でも、戦闘に使えそうな宝具なんてないよ……僕が弱いのではない。いや、僕は弱いんだけど、それ以上に皆が強いのだ。


 クリュスが小さくため息をつき、僕の肩をぽんぽん叩いて言う。


「…………わかったわかった。馬車の中で聞いてやるから、さっさと進むぞ、です。このままだと日が暮れる、です」


「いや、駄目だよ。馬車の中だと狭すぎて披露できないから!」




§ § §









 帝都ゼブルディア国内。街道から十数キロも外れた開けた草原に、その集団は在った。


 視界を遮るものはなく、見渡す限り人影はない。だが、たとえこの集団を発見した者がいても、絶対に近づこうとは思わなかっただろう。


 小山のような大きさの深緑の巨人に、黒光りする人間大の昆虫。金色に輝く翼持つ馬に、目を凝らしようやく見える蜃気楼のように不確かな骸骨。そして――陽光を反射し真紅に輝く、巨大な百足。


 他にも帝都近辺では見ない魔物の姿が複数種集まり構成されたその群れはこの世の理からは外れていた。


 魔物と一口に言っても、生物である事に変わりない。多様な魔物が混じればヒエラルキーも発生する。通常、ここまでかけ離れた魔物達が一所に集まり大人しくしているというのはありえない。


 それは、その集団が魔物を完全に統制している証明だった。


 異形の集団。古今東西様々な幻獣魔獣を統率した軍団。《千鬼夜行(ナイトパレード)》。


 全身に傷を負った巨人――ダークサイクロプスの分厚い表皮に触れ、人影の一つ、輝くような白い毛皮を着た少女、《聖霊使い》のウーノが唇を尖らせた。


「魔法耐性がない子達は全滅みたいです。生命力の高いぞーくんもちょっと傷ついていますー! 並のハンターなら何十人でも相手をできるのに」


 交戦。そして、敗走。動けなくなったものは置いていくしかなかった。生き延びた魔物達の状況を確認し、ウーノがちらりともうひとりの仲間を見る。


「まさか、あの距離からあのレベルの攻撃魔法を撃ってくるなんて……せっかく予言の噂を聞いて強い魔物を探しに来たのに、割に合わないですー。クイントなんてあんなに自信満々だったのに、盗賊の人に一撃で昏倒させられて、剣まで奪われちゃうし」


「や、喧しい! まさか、魔法がまだ完全に終わっていないあのタイミングで飛び込んで来るとは思わなかったんだよ! アドラー、やられたのは雑魚だけだ。『導手』も『将軍格』も全員、生きてる。どうする?」


 誂うような言葉を受け、昆虫系の魔物の甲殻で作った鎧を身に着けた剣士の青年――クイントが不機嫌な様子を隠さずに言う。

 魔法を何とか耐えきりいざ反撃だと思ったところで昏倒させられたらそうもなるだろう。だが、油断したなど言い訳にもならない。


 アドラー・ディズラードは小さくため息をついた。どこか艶のある声が、黒いルージュの塗られた唇から溢れる。


「まさか……交渉すらなく攻撃とは。バレル大盗賊団が壊滅した後、誰も手を出そうとしないわけだ。あれが《嘆きの亡霊》、か。しかもまだ――高名なリーダーも姿を見せていない」


「そうですよ。そもそも、噂を聞いてこんな遠くまでやってきたのに予言も終わっちゃったみたいだし…………大体、《嘆きの亡霊》は今回の目的じゃないでしょー!?」


「せっかく出会えたから手を出してみようかと思ったけど、代償は高くついたね。先手くらい貰えるかと思ったんだけど」


 歯に衣着せぬウーノの言葉に、アドラーも苦笑いを浮かべ、腰をかけていた幻獣、星喰百足の赤く焼けた表皮を撫でる。


 氷の礫が入り混じったその旋風はまさしく災害のようだった。 


 これまで様々な軍やパーティと当たりその全てを打ち破ってきた、鍛え上げた魔物達が、まるで木の葉のように吹き飛ばされた。

 初撃で魔法耐性のない者の多くが倒れ、ダメ押しのように放たれた次撃で残りの魔物の半分が半死半生になった。マナ・マテリアルと装備で防御をガチガチに固めていなかったら、それぞれの魔物を従えている『導手』も無事ではなかっただろう。


 そしてもちろんそれ以外のメンバーも――アドラー達がその集団を《嘆きの亡霊》と断定した理由の一つ、《不動不変》も、盗賊の女も、何故か自らの馬車に攻撃していた精霊人達も、一筋縄ではない相手である事は間違いなかった。


 これまで数々の高レベルハンターを餌食にした『星喰』が、幾度も引きちぎられた。その高い再生力故ダメージは残っていないが、鋼を遥かに超える硬度を誇る自慢の星喰の装甲を容易く貫通するとは驚嘆すべき事だ。


 数多の高レベルハンターを擁する大国ゼブルディア。そして、二つ名持ちのみで構成され、裏社会で名が轟く者達を幾組も滅ぼした《嘆きの亡霊》。

 魔物をも超える能力に甘く見ていたつもりはないが、想像以上としか言いようがない。


 光を吸い込む黒いベストは古くからディズラードに伝わる、古代黒竜の皮を加工したもの、その腕に携えた黒槍は宝物殿のボスの『深淵の王』がドロップしたもの。

 まさか、まだ余力は残っているとはいえ――この王の血族。太古の支配者の末裔、アドラー・ディズラードが揃えた軍団がここまで容易く制圧されるとは。


「…………ここで倒れるようならばそれまでという事。私の『群れ』には相応しくない」


「数はじゅーよーですよ、アドラー様。特に沢山の相手をするには、重要です。ああいうおっきい魔法を休みなく連続で撃てる化け物みたいな魔導師がいれば話は別ですけど――」


「ゼブルディアには竜がめちゃくちゃ出るんだろ? 竜って言ってもピンきりだがな……一番つええのを調伏すればいいだけだ」


「つええのって、どこにいるんですかー! 予言があるから来たのに、前回みたいに雪山を登って空振りは勘弁してほしいですー」


 魔物を支配下におくにしても、対象は選ぶ必要がある。群れの大きさに比例してフットワークは重くなるし、食料の問題もある。


 将来的にはともかく、仲間集めの段階で無為に数だけを増やすべきではない。存在が露呈し狙われる危険性だって高くなる。正規軍を差し向けられても負けるつもりはないが、たとえ虫けらでも纏わりつかれたら煩わしい事には変わりないのだ。


「本当に、惜しいな。帝都で出現したという大物が手に入ればと思ったんだけど…………」


 騎士団やハンターを寄せ付けなかった怪物の噂は聞いていた。大勢の戦士を相手に勝ち抜ける突出した個はアドラーにとって千金に値する存在だ。

 だが、消えてしまった以上は仕方がない。ゼブルディア帝国には強大な魔物の出現条件の一つでもある太い地脈が何本も通っている。きっと《嘆きの亡霊》に潰された分も補充できることだろう。


 と、そこで、アドラーはふと以前聞いた話を思い出した。腰を掛けた星喰が身動ぎをして、ぎぃぎぃ低い鳴き声をあげる。


「…………そういえば、《嘆きの亡霊》は自ら強力な魔物と戦いに行く生粋の戦闘狂集団らしいね。独自の情報網で名付き(ネームド)やその候補となりうる変異種を何体も始末しているとか」


「んん? 名付きはともかく、候補ってのはどういう事だ? 候補ってことはまだ情報が知れ渡っていない個体だろ? 賞金がついていなければ倒す意味もない」


 剣を使う魔物という、極めて限定的な魔物を狙って調伏しているクイントが目を丸くする。


 トレジャーハンターも仕事だ。リスクに見合うリターンがなければ動かないのが普通である。それが命の危険がある魔物関係ともなると、まだ賞金が掛かっていない相手を倒しに行くなど狂気の沙汰としか言いようがない。


「だから、生粋って事でしょー! アドラー様ー、どうしますー?」


 邪気のないウーノの声。判断は一瞬だった。


 《嘆きの亡霊》の力が評判以上だという事はわかったが、まだアドラー達が負けたわけではない。星喰は無事だし、他にも軍勢の中で特に強力な個体は残っている。

 アドラーは薄い笑みを浮かべると、ウーノとクイントを見て言った。


「まともに戦いもせずに、初黒星をつけるわけにはいかないね。彼ら、随分急いでいるようだった、個人的に興味もある。この地のハンターの力、どれほどのものか見せてもらおうか」


 懐から手鏡を取り出す。ごてごてとした翼の装飾に、背面に施された瞳の彫刻が特徴的な濃い紫色の鏡だ。

 一見ただの道具にも見えるそれは、恐らくこの世界でも知る者のほとんどいない希少種の魔物だった。


 戦闘能力や生存能力をほとんど持たない、恐らく高位種族に造られた特異な魔物。




「『現人鏡』、この魔なる者の王、アドラーが命じる。《千変万化》を映し出せッ!」



 アドラーの命令を受け、瞳がぎょろりと蠢く。鏡面が暗く輝き、像が歪む。


 そして、程なくして鏡の中に映し出されたその姿に、アドラーは目を疑った。



 そこにあったのは、ぱっとしない容貌の黒髪の青年だった。その姿に強者特有のオーラはなく、その辺の一般人と変わらないように見える。


 だが、衝撃的だったのはそこではない。


 無言になったアドラーが気になったのか、後ろから覗き込んでいたウーノがびくりと頬を引きつらせ、恐る恐る言う。




「!? こ、これは…………ま、魔物?」




 そこに映っていたのは、宝箱にまたがり馬車を先導するように前進する《千変万化》の姿だった。

 その周囲には無数の仮面が衛星のように浮かび回転しており、近くには先程アドラー達が戦った《嘆きの亡霊》のメンバーが呆れたようにため息をついているのが見える。


 魔物だ。魔物の、はずだ。はずだという言い方になってしまうのが、そこに映っている魔物が魔物に対して一家言あるアドラーが見た事も聞いた事もないものだったからである。


 ダイナミックに動く宝箱に、その周囲を守るように回る仮面。


 同類を見るのはクイントを見つけた時以来だった。


「こいつ…………まさか、『導手』、なのか!?」


『導手』。魔物を操る特殊な才能の持ち主。その余りに強い力故に古くは迫害され、今では生まれつき世界の敵対者となる事を運命づけられている者。

 自覚があるにせよないにせよ、『導手』というのは独特の気配を持つものだ。だが、この男には――それがない。


 そして、隠すつもりのない力の発露はその男が持つ強い自信を示している。


 ウーノやクイントは違った。アドラーが見つけるまでその力を有効活用する術を知らず、弱者の地位に甘んじていた。


 だが、この男は――《千変万化》は違う。完全に『導手』としての力を掌握している。


 予感があった。たとえ今、ここで《嘆きの亡霊》を追わなくても、いずれ敵対する事になるだろうという予感が。


 ふと、《千変万化》の顔が少しだけ上がり、目と目が合う。現人鏡は遠方の像を映し出すだけ、目と目が合うわけがないのに――ふと、心臓が一度強く鳴った。


 思わず笑みを浮かべる。一瞬驚いたが、アドラーとて覚悟があって敵対者の道を歩んだのだ。


「そっかー……《不動不変》の中身って魔物だったんですねぇ。あんなおっきい人間がいるわけないって思ってたんです」


「もしかしたら俺を殴った奴も魔物かもなあ……あの竜巻につっこんでくる人間がいるわけないし」


 ウーノとクイントが緊張感のない声をあげる。どうやら、気圧されたのは一瞬だったらしい。

 見たところ、《千変万化》の有する魔物は多くない。そして、追わないという選択肢もまた、存在しない。


 アドラーは唇を舐めると、興味ないと言わんばかりに目を逸してしまった鏡の中の《千変万化》に宣言した。




「魔王は二人もいらない。君の魔物は――私が貰う」



活動報告にて、新ストグリ速報、投稿されています。

八巻発売しました記念で、カバー別案など公開しています、是非ご確認ください!




/槻影




更新告知(作品の更新状況とか):

@ktsuki_novel(Twitter)



P.S.

書籍版八巻、コミカライズ五巻まで発売中です。

書籍版はWeb版で出なかった情報の補完や新シーンの追加、一部ストーリーが変更されています。

Web版既読の方も楽しんで頂けるよう手を尽くしましたので、そちらもよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公式X(Twitter):
《始まりの足跡》宣伝課@GCノベルズ『嘆きの亡霊は引退したい』公式
※エヴァさんが広報してくれています!

嘆きの亡霊は引退したい、アニメ公式サイト

i821336



短編集1、2025/03/31、発売しました!
店舗特典や初版特典がまとめられている他巻末に書き下ろしSSがついておりますので、
よろしくお願いします!
i958848

最新刊13巻、2025/09/30、発売です!
書籍版は加筆修正の他、巻末に書き下ろしSSがついておりますので、
よろしくお願いします!
i1024525

漫画版11巻、2025/04/25発売です! 
オークション編終盤です、アニメと合わせてぜひぜひご確認ください!
i821335
youtubeチャンネル、はじめました。ゲームをやったり小説の話をしたりコメント返信したりしています。
i468887
― 新着の感想 ―
生粋の戦闘狂集団か・・・ リィズとルークだけだよな? そして宝具が後で役に立つと思ったけどいきなりか。 服従の権威は後で役に立つのかな。
百六個、五十三対の手錠と百足と3人の敵ね…
[良い点] 今回のますたぁは魔王ですか。どんどん汚名が増えていくなぁw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ