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276 お返し②

「いやー、なんだかわからないけど、解決できてよかったよかった。やっぱり《剣聖》ともなるとかなりの人格者なんだな」


「まったくもお……何かある度に好き勝手煽り始めるのやめなさい!」


 隣を歩いていたルシアが魂の抜けるような深いため息をする。

 煽っているつもりはないんだが……褒めても謙遜しても正直に話しても煽っている判定になるのはどうにかならないものか。


「しかし、まさかあれだけの大騒ぎをしてお礼まで貰えるなんてなぁ」


 ソーンさんから貰ったやけに軽い杖を振り、しみじみと言う。

 杖型宝具は武器系の宝具の中でも特に高価だ。ましてや高い魔力増幅量を誇っていたり特殊な能力を持っている杖になるとその値段は青天井になる。テルムの使っていた腕輪型の杖然り、クラヒの杖然り、魔導師にとって宝具の杖は憧れなのだ。


《剣聖》の秘蔵品である。否が応でも期待は高まる。まぁ、どんな杖でも僕には使えないだろうが……杖型宝具って結構、持ち手を選んだりするからなぁ。

 もしもこれが担い手を選ぶ系宝具だったら、効果を調べるのには非常に時間がかかるだろう。文献で類似品の伝説が残っていないか調べるくらいしかできないからだ。マーチスさんに頼んでもわかるかどうか……。


 機嫌よく杖をぶんぶん回している僕を横目に、ルシアがグチグチと言う。


「リーダーが大騒ぎするたびに私は先生や同僚から、からかわれてるんですよ? また……お前の兄がやらかしたなって!」


「へー…………パンチしたら?」


「……本気で言ってるのか冗談で言ってるのかはっきりしてください」


 僕は何もやらかしていないのだが……トラブルの方が向こうからやってくるんだなぁ。とかくこの世は危険すぎる。さっきもソーンさんも呪いだなんだと言っていたし。

 こうしてルシアを隣に置いていないと安心して外を歩けもしない。


 気持ちを切り替えるように小さく咳払いをすると、ルシアが僕の目をじっと見て言う。


「で、いつ一緒に先生の所に行きますか?」


「え? ……なんで?」


「……さっきクランハウスで言ったでしょ! 武帝祭で諸々直前キャンセルした事で先生がカンカンで――兄さんを連れて来いって」


 あぁ、あれって本当なんだ。先生は本当にお目が低い。

 ルシアはルークと違って真面目である。真面目だからこそ、先生は僕が才媛のルシアを引っ張り回してる事をよく思っていない。ルークにしろルシアにしろ、どちらにせよ僕にクレームが来る最強のシステムである。


 アークの実家のロダン家からまでクレーム来るんだぞ、僕は! クレーム元を全員集めたら帝都の大人物がだいたい揃ってしまう、帝都でも有数のクレームコレクターだ。クレームを売れたら億万長者だぜ。


 目を細め、僕は努めて穏やかな笑みを浮かべ、優しい声でルシアに教えてあげた。


「ルシア……僕を連れて行った方が失礼だよ」


「…………なんか私もそんな気がしてきました。でも、引きずってでも連れてこいって言ってるので!」


 ルシアがジト目で僕の袖をさっと掴む。本当に引きずるつもり満々だ。


 まぁ、兄だからなー、僕は兄だからなー。最近、威厳がなくなりかけてるけど、これでも僕はルシアの保護者のつもりだから。多分誰からもそう思われてないけど。


 何かあったらレベル8の立派な兄面して飛んでいくのだが、それがクレームとなると情けない。

 ルシアの先生は帝都における魔導師の大本山、帝都で最も高名な魔術系学院の教授である。かの学院はかつては《深淵火滅》も所属していたという機関であり、実用的な魔術に特化したハンターの魔導師とは別ベクトルの人間が揃い日々魔導の探求に勤しんでいるという正真正銘の魔窟だ。

 たった一人しかいない《剣聖》と比べると個人の知名度は劣るが、システム的な意味での規模はただの道場とは比べ物にならない。《剣聖》の前に出るとは違う嫌な緊張感がある。


《剣聖》と違って魔導師は何やってくるか予想が付かないのが嫌だ。行くにしても少しでも機嫌を窺っておきたいところだが――そうだ!


 貰ったばかりの杖を改めて確認する。《剣聖》の秘蔵品なのだ、まだ全く調べていないが相応の威力があるに違いない。金銭に換算すればかなりの高値になるだろうが、もともとはエリザからただで貰った剣だし、ご機嫌伺いには最善である。もしや《剣聖》はルシアの師が怒っているのを予見していた!? 今日の僕は……冴えてる! ラッキー。


「ルシア、この杖、強力らしいし先生に持っていったら? 先生、杖を探してるって言ってなかったっけ?」


 高値の杖をくれてやるのだ、怒る気もなくなるだろう。僕だったら間違いなくなくなる。

 僕の突然の提案に、ルシアが目を瞬かせ、訝しげな表情をする。


「…………え? えぇ、た、確かに探していましたが…………リーダーに言いましたっけ? それにその杖は貰ったばかりで――」


 ふん。もちろん…………適当に言ってみたんだよ。それに、この宝具は売るなとは言われたが譲るなとは言われていない。

 できればあげたくはないがまだ余り愛着もないし、この杖を手放すことがルシアの力になるならば是非もない。


 ってか、《剣聖》が杖持つより教授が杖持つ方が自然だ。収まるべき所に収まっている。


「きっとルシアの先生も満足してくれるはずだよ。さー、持っていって、ちゃんと僕からの贈り物だって言うんだよ? きっと怒りも収まるはずだ」


「わ、わかりました。…………本当に大丈夫なんですよね、この杖?」


 杖を押し付けると、ルシアが珍しい事に少しだけ不安そうな表情で杖を見た。

 確かに上から下まで真っ黒な杖というのは珍しい。黒は高級を表す色だが、宝具業界では同時に呪いの色でもある。だが、大丈夫だ。


「あはははは、大丈夫大丈夫。ルシアは心配性だなぁ」


「……リーダーが気にしなさすぎなんですよ」


 《剣聖》も何も言ってなかったし、そんな危険物、渡すわけがないだろ?


 そうだ、相手は魔術のプロだ。杖型宝具についても並の宝具鑑定師以上の知識があってもおかしくない。ルシアならちゃんと本人に渡すだろうし――。


「案外、先生もその杖の正体知ってたりしてね……」


「そりゃ、詳しいですけど……って、正体を知ってるならちゃんと事前に――」


 ルシアが険しい表情を作ったその時、懐に入れていた共音石が震えた。


 フランツさんから受け取ったものだ。一体何の用だろうか? 出たくないが、フランツさんには《剣聖》への取りなしを頼んだ借りもある。向こうは出てくれたのにこちらが出ないのは義理を欠くというものだ。対面じゃないしね。

 大きく深呼吸をして、共音石を起動する。相手を怒らせないように努めて明るい声で――。


「もしもし、フランツさん? やっほー、僕だよ」


『き、貴様はいつでもそのノリなのかッ! 何度も言うが、私は貴様の友達ではないんだぞッ!』


「……いや、緊張を和らげてあげようかなと思って……」


『ッ…………何故私が貴様に緊張せねばならんのだ!』


 相変わらずだな。こんなんでも面倒見がいいんだから、全く、なんというか、貴族らしい。

 ルシアが唇を結び、不機嫌そうにこちらを見上げている。会話を邪魔されるのが嫌いなのだ。でも、ナイスタイミングだったと思う。杖の正体なんて僕が知るわけがないし……どうせ知らないと言っても信じて貰えまい。


「そうだ、《剣聖》の件、ありがとう! なんかわからないけどうまい事いったよ。お返しまで貰っちゃって……いつもこんな風にうまくいけばいいのに――」


 きっとこうもうまくいったのはフランツさんの取りなしによるものだろう。さすがやり手だな。いや、これが権力というやつなのだろうか? なんか最近お世話になりっぱなしで申し訳ない。

 気持ち明るめの声で言う僕に、共音石から返ってきたのは一段圧の強い怒鳴り声だった。


『その件だッ! 貴様、どういう事だ! 魔剣の騒動は収まったのに、予言が消えていないッ!』


「…………はい?」


 突然の怒声に、通行人がびくりと一瞬立ち止まり、そそくさと足早に遠ざかる。


 ルシアが共音石と僕と僕の押し付けた杖を確認し、もう一度、今度はジト目で僕を見た。

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短編集1、2025/03/31、発売しました!
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youtubeチャンネル、はじめました。ゲームをやったり小説の話をしたりコメント返信したりしています。
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― 新着の感想 ―
クレームがクライに来るのは何だかんだでクライの頭脳が勘違いされてるが故なんだろうな。
[良い点] うんうん、フランツさん、仲良いね・・・ [気になる点] フランツさん、いつもイライラしてない・・・?貴族も大変なんでしょうね
[一言] わらし•••ゲフンゲフン、なぜ偉い人の倉庫に呪いの武具があるんだろうかw
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