264 勝者と敗者⑤
こうして、僕達の武帝祭は波乱万丈で幕を閉じた。
得るものもあったし、失うものもあった。そしていつも通り、最初から最後まで僕は流されるままだった。
ゼブルディアを主導とした狐撲滅協定が結ばれたり、僕達の様子を会場で見ていた者たちからアクションがあったり、ガークさん達が大張りきりしていたり、世間は大騒ぎだったらしいが、僕の知ったことではない。
唯一、僕と彼らの間で意思が一致しているところがあるとするのならばそれは――犯罪組織死ねってことだけだろう。世の中から悪人が消えれば僕は変な誤解を生むこともなく雷神とか言われる事もなく、もう少し穏やかに生きていけるのだ。
クリートを出る準備をしていると、ふと、退屈そうに椅子の上で木剣を磨いていたルークが声をあげた。
「しかしよー、クライ。今回の件、クライばっかり得し過ぎじゃねえ?」
「…………はい?」
いやいや、得なんて一つもしてないよ。確かにぐーたらはしていたが得とは言えないだろうし、最後の方は本当に散々な目にあった。
クラヒの杖を掠め取ったのだって僕ではなくルークだ。
しかし、ルークの口車に乗せられるような者がいるなんて世の中は本当に広い。
僕の呆れが伝わったのか、ルークは姿勢を正して言った。
「だってよー、俺だって武帝祭に参加して強えやつを斬るのを楽しみにしてたんだぜ? クライばっかり武帝祭に出場したあげく、あんな強そうな狐と戦うなんて、話が違う。俺だって戦いたかったし、雷に打たれたかったのに――」
最初はともかく後半がよくわからん。世界には雷に打たれたい人なんているんだ、不思議ー。
「そりゃ、犯罪者狩りもあれはあれで楽しかったぜ? でもさ、あれはただの前菜なわけだ。出ると思っていたメインディッシュを奪われちゃ、口数の少ねえ格好いい剣士を目指している俺でも愚痴の一つも出る。いいか、クライ。俺はな、強えやつを、斬り殺してえんだよッ!」
ルークが真剣な表情で感情を込めて言う。いやいやいや…………武帝祭でも殺しちゃ駄目だから……。
「そりゃ、ルシアやアンセムはまだいいぜ? ちゃんと最後にあの膨大なエネルギーを止めるっていう無茶振りされてたからなッ! シトリーなんて、何があったのか知らないけど、ピースしてたッ! だが、俺の敵はどこだ! 崩れ落ちてくる瓦礫を斬り飛ばすなんてつまらん! クライ、俺の敵だッ! 斬っていい、俺の敵ッ! おーれーのーてーきーッ! 差別はんたーいッ!」
ルークがまるで子どものように地団駄を踏み叫び始める。
口数の少ねえ、格好いい剣士…………?
どうやら、相当鬱憤が溜まっているようだな……。
そこでリィズが呆れ顔で入ってくる。
「ルークちゃんねえ、前武帝に斬りかかって逃げられたんだって」
「あいつは卑怯だッ! 試合以外では建物壊すから戦わねえとか言ってた。俺だったら喜んで戦うのにッ!」
喜んで戦うから剣の腕は最高なのにまだ剣聖になれないんだよ……どうやら剣聖にはある程度の精神修養が求められるらしい。
「はいはい、ルークちゃん。クライちゃんが困ってるからあっち行こうね……」
窘めるような声。後ろから手を掴まれ、ルークが高い声をあげる。
「あぁ!? リィズ、お前も俺と同じ立場だろ!?」
「んー…………、ルークちゃんが駄々こねてなかったら私がやってたんだけど、ルークちゃんと並んでやると勝てないからねえ……」
凄く消化不良そうな絶妙な表情でリィズが言う。どうやらリィズの方はまだ恥じらいが残っているようだ。
しかし、リィズも敵が欲しいのか…………これが……一流ハンターッ! ズリィに一般常識を教えて貰ってください。
そんな事を考えながらルークを引きずるリィズを見ていると、リィズが振り返りびしりと指をこちらにつきつけた。
「でも、クライちゃん! 私も、納得してるわけじゃないからねッ! 埋め合わせはしてもらうからッ!」
「えぇ…………」
どうやら借りをつくってしまったらしい……どうしたものか。
リィズの声に、それまで黙って支度をしていたルシアが僕をじろりと見る。
「一応言っておきますが、ルークさんはあんな事言っていたけど、私も納得してませんよ、リーダーッ! 私は資格試験を欠席させられた挙げ句、いきなりアレを止めさせられたんですからッ!」
「………………クラヒの杖、あげるよ」
「!? いらないッ!」
しかし、僕が一体何をやったというのだ……悪いのは全部狐だよ。犯罪組織の狐だよ。埋め合わせが必要なのは僕ではないだろうか?
「私も! 私も! 埋め合わせしてもらいますッ! キルキルちゃんを取られた挙げ句、貰えるはずだった組織を貰えなかったんですからッ! あぷッ」
「シトは上機嫌にピースしてたでしょッ!」
悪ノリして便乗し始めるシトリーがルシアの風の魔法で激しくふっ飛ばされ転がる。幼馴染同士にしても激しいツッコミだ。
シトリー……皆にピースしてたんだね。一体何をやってどれだけ儲かったのだろうか?
僕は様々な想いを飲み込むと、傍らに座り込んだアンセムに声をかけた。
「僕の味方はアンセムだけか……シトリーやリィズを止めてくれないけど」
「………………………………うむ」
うむじゃない、うむじゃ………………。
§
「まぁでも、よく考えたらこれからですよ。だって、クライさん、世界最大の犯罪組織に真っ向から喧嘩を売ったんですからッ!」
「敵、沢山来る?」
「きっと来ますッ!」
ルークとシトリーの交わしている会話を意図的に無視して街の出口に向かう。
この世界には売ってもいない喧嘩を買う連中が多すぎる。敵の一人や二人増えたところでこれまで散々敵を増やしてきた《嘆きの亡霊》にとっては今更だが…………今回はやばいかな?
最近、ようやく少し収まってきたというのに、またしばらくは外に出ない方がいいだろうか? こちとら気配もろくに察知できないへっぽこハンターである。いるかいないかわからないものの襲撃を警戒し続けるのは、快適な状態でも負担になる。
幻影の方の狐くらい強大になるとなんとなく気配もわかるんだけど……。
この街でやり残した事は………………もうないな?
そう考えた瞬間、ふと大通りの人混みに見覚えのある顔を発見し、僕は思わず頭を押さえた。
通りの端を人混みに流されるように歩いていたのは悪い方のではない狐――狐面愛好会(仮)の『ソラ』だった。
格好は神聖な印象の白の法衣から街の人間に混じっていても違和感のない物に変わり、長い髪も帽子の中に隠していたが、見間違えるわけがない。
ある意味、今回僕が関わった中で唯一、直接迷惑を掛けてしまった相手かもしれない。
純粋に僕だけの責任かというと、僕をリーダーと見誤りそれをごまかし通そうとしたソラにも多分に問題があると思うが、少なくとも油揚げを揚げる羽目になったのは僕のせいである。
無視して街を出たい気分だったが、それも義理を欠くというもの。
シトリーにキッチンまで用意させたのだから、結末くらいは確認するべきだ。そうでなくても、挨拶くらいはしておきたい。
どう声をかけるべきか迷い、全力の笑顔で手をあげる。
「ソラー、調子はどう?」
ソラがびくりと身を震わせ、こちらを見る。一体どうしたのだろうか、その目が大きく見開かれ、口元が引きつる。
そこで、ソラは大きく深呼吸をすると、きょろきょろ周囲を見回しながらこちらに近寄ってくると、口元に指を一本立てた。
「しーっ、ボス――いや……クライさん。私はもうソラではありません」
「え!? …………何があったの?」
予想外の言葉に目を丸くする。ソラは小声で答えた。
「…………何がなんだか私も詳しくはわかっていないのですが、切り捨てられたのです。例の件で、責任の追及があったらしく内乱が勃発して――ボス同士が争っているとかで、めちゃくちゃです! 大騒ぎです! きっと収まっても組織は元通りにはなりません。今、ゼブルディア含む広域は空白地帯になっています。もう本部にも連絡が付きません。誰が味方で誰が敵なのかもわかりません。私も……巫女を首になりました」
「お……おー…………?」
どうやらよくわからないが、大変な事になっているようだ。
まだ彼らは大人しい方だろうが、狐と名がつくものはろくでもないな。
「ガフも連絡系統が断たれる前にできるだけ知り合いを集めたのですが、組織から完全に切り捨てられるのは想像する最悪のパターンで、どうにもなりません。というか、もうどうにもなりません。ガフも完全にお手上げ状態です。どうしましょう?」
先程までは気丈を装っていたのか、ソラが今にも泣き出しそうな顔で言う。
どうしましょうと言われてもなぁ。
僕は眉を顰めしばらく黙っていたが、ソラの表情が変わらなかったので仕方無くため息をついた。
「………………よくわからないけど、切り捨てられてやることもなくなったなら、予定通り、稲荷寿司弁当でも作って売ったら? そんな首にしてくる組織より余程いいよ…………多分」
超高レベル宝物殿の幻影をも魅了するのだ。人生、何が起こるのかわからない。案外、売れるのではないだろうか?
ソラが泣き出しそうな表情のまま固まる。僕は、後ろで口を挟まず静かに、しかしどこかうずうずした様子で待っていたシトリーの腕を掴み、差し出した。
ほら、シトリーを貸してあげるから……使い終わったら返してもらうけど。
最後に、一つだけアドバイスを付け加える。もうこの街に来ることもないだろう、これは餞別だ。
「ああ、店の名前に狐は入れないほうがいいよ。酷い目に遭いたくなければね」
これにて閑話は一段落です。ここまでご確認いただきありがとうございました!
次話からは七章が始まります。
活動報告にて、百回を経てリニューアルした新ストグリ速報(1)が投稿されています。
是非ご確認ください!
/槻影
更新告知(作品の更新状況とか):
@ktsuki_novel(Twitter)
P.S.
書籍版五巻、コミカライズ三巻まで発売中です。
それぞれ大なり小なり加筆修正されている他、それぞれ巻末にWeb版では語られない短編が収録されております。Web版既読の方も楽しんで頂けるよう手を尽くしましたので、そちらもよろしくお願いします!