263 勝者と敗者④
「君は……………………有名なハンターだったんだな」
ぞろぞろと仲間を引き連れやってきたクラヒ・アンドリッヒは、開口一番、感慨深げにそう言った。
今回の事件は色々な意味で大変だったが、一番の被害者を挙げるとするのならばそれは恐らく、クラヒ・アンドリッヒになるだろう。
何も知らず武帝祭に参加させられた挙げ句、何故か彼から散々雷を浴びせられた僕も運が悪かったが、僕と間違えられて狐面に襲われたらしい彼の不幸も大概である。
だが、相対したクラヒの物腰はいつも通り落ち着いていた。
僕がレベル8な事を隠していた事についても、気にしてはいないようだ。
まぁ、本名はともかく《千変万化》の二つ名は割と有名なので知らないっていうのはどうかと思うけど――。
シトリーがいたら代わりに彼女がうまいこと会話を進めてくれただろうに、あいにく今日は仕事で留守だった。ルシアやアンセム、リィズもいない。
頼れる相手もなく、なんと言っていいのかわからず沈黙する僕に、クラヒが続ける。
「もっと早く会いに来たかったんだけど、ようやく動けるようになったのが今朝でね。最後の一撃で無理をしすぎた」
「……ああ、僕にあてた奴ね」
覚えているよ……最後の結界指を刈り取った奴だよ。冷静に考えたら僕、狐には攻撃されてないけどクラヒには散々やられてるな……。
雷の魔法が英雄の魔法と呼ばれるのは、威力の高さももちろんだが、難易度が数ある魔法の中でも最高クラスに高いからだ。そして、その難易度の高さには取り回しの難しさも含まれている。
端的に述べると、雷の魔法は広範囲を焼き払うのには向いているが、特定の対象に当てるのがとにかく難しいのだ。
仮に術式のコントロールが完璧でも、近くにアンセムやとても不幸な男などがいると、高確率でそちらに吸い寄せられてしまう。
何故そんな事を知っているかって? ルシアが言っていたからだよ!
ルシアは雷の魔法を使わないが、その理由、おわかり頂けただろうか? 最初に雷の魔法を披露してくれた際、誤って僕に当ててしまった時のルシアの表情を僕は忘れないだろう。
クラヒは僕の言葉に大きく頷き、額を押さえ髪をかきあげた。どこか気障ったらしい仕草だが、それがまたよく似合っている。
「話は聞いた。まいったよ、何でも、あの試合、狐をおびき寄せるために手を抜いていたそうじゃないか」
「………………ん?」
どこからどう話がねじれてそんな結論になったのだろうか?
何もかもが真実に掠りもしていなかった。噂に尾びれと背ビレがついているようだ。
だが、真実を語ろうにも――なかなか複雑だな。特に、クラヒが戦っている僕が僕じゃない僕だったあたりを説明するのが凄くややこしい。
後ろを確認すると、護衛代わりに部屋にいたルークがうんうん訳知り顔で頷いていた。君、絶対わかっていないだろ……。
彼は情熱的な男だが、興味がないことについてはとことん無関心なのであった。常識有り組が離席している事が悔やまれる。
一瞬、ルークと目と目が合う。ルークは頷くと、一歩前に出て、やれやれと言わんばかりにため息をついて言った。
「わかってないな。手を抜いた? 違うな。あれは全てクライの作戦だ。俺もよくわかんねえけど」
よくわかんねえなら黙ってて欲しい……。
うーん、どういう対応をすれば穏便に事を納められるのだろうか? 真実は言えないにしても、クラヒの誤解を少しでも解きたい。
クラヒが真剣な表情で僕を見る。
「クライ、一つだけ教えてくれ。僕の雷を受けて吹き飛んだのも、演技だったのか?」
!! ここだ!
せめて……せめて少しだけでも自分を小さく見せるのだ! なんで元々小さいものを小さく見せるのにこんなに苦労しなくちゃならないんだよ!
「…………いや、あんなの演技じゃできないよ。詳しい事は言えないけど――恐ろしい威力の雷魔法だった。クラヒ以上の雷の使い手となると、一人しか知らないよ」
あれだけの雷を放つなど並の英雄ではできまい。僕は目が節穴なのでハンターの強さとかは余りよくわからないが、雷の扱いだけならレベル7ハンター――《霧の雷竜》のアーノルドよりも上だろう。
なら、それより上の使い手って誰なのかって? そりゃもちろん――アーク・ロダンだよ。僕はアーク贔屓なのだ、クラヒとは付き合いの長さが違う。した頼み事の数が違う。
クラヒは僕の言葉に目をつぶり沈黙していたが、やがてゆっくりと頷いた。
「なるほど……やはり、僕の予想通りか。だが、なかなか信じたくないものだな。これまで、雷の扱いなら誰にも負けないと思っていたが――認めざるを得ない」
クラヒが真っ直ぐ僕を見る。悔しさの余りか、ギュッと握りしめられた拳がふるふると震えていた。ハンターというのはどいつもこいつも負けず嫌いばかりだ。
でも、仕方ないよ。何しろ、相手はあの《銀星万雷》のアーク・ロダンなのだ。おまけに贔屓まで入っている。僕は何も考えずに九十九点つけるよ。いて欲しい時にいない点が改善されたら百点です。
そして、笑みを浮かべる僕に、クラヒははっきりと言った。
「認めよう、クライ・アンドリヒ。君は――僕よりも格上の雷帝だ」
「……………………はい?」
何言ってるんだ、この人。雷に撃たれすぎて頭があっぱーになったのか? 《千天万花》って頭がお花畑って意味?
言葉を失う僕にクラヒが続ける。その声は静かだったが、不思議な熱が込められていた。
「隠さなくていい、僕にはわかる。君は――僕の雷をあえて身に受ける事で、力を吸収したんだろ!」
「!? 雷を受けて力を吸収!? 何だそれ、めちゃくちゃかっけー! クライ、俺も次はそれをやるぞ!」
よくわからない理屈にルークがすかさず目を輝かせ乗っかっていく。
ツッコミ役。誰か、ツッコミ役をください。
「あの謎の狐面の力、そして気を失う寸前に感じた大地の鍵のパワー、あれは、人間の術者で止められるようなレベルじゃない! そう、大自然の力を借りでもしない限りはッ! いや、根拠はそれだけじゃない。狐を狙ったはずの雷を、君は身に受けたッ! 他の術者の行使した魔法を捻じ曲げ、身に受け、己の力にする。僕の知らない領域だ。あの時の君は間違いなく雷帝――いや、違う…………君こそが、雷帝の更に上――《雷神》だッ!」
身に受けたって――君が僕にあてたんだよッ! その発想に脱帽だ。
まさかクラヒ・アンドリッヒ…………ヤバイやつ?
とりあえず誤解を……誤解を解かなくては。
「ぼ、僕に当たったのは、君がノーコンだったからで――」
クラヒの髪がばちばちと紫電を帯びる。激しい感情が奔流となり現象を起こしているのだ。強力な魔導師にありがちな光景に、思わずツッコミを止め一歩後退る。
《雷帝》はビシッと人差し指をこちらに突きつけ、高らかに叫んだ。
「決めた、《雷神》――僕は君を超えるぞッ! 雷を身に受ける、その奥義をものにして、さらなる高みを目指すッ! 武帝祭、途中で中止は残念だが、出場して本当によかったッ! 上を知れた。狐の術者も――君もッ! 僕はもっと強くなれるッ! 二つ名が似ている君と僕が出会ったのはきっと運命だッ!」
違うよ。格上の雷の使い手は僕じゃなくてアークだよ。大体、普通、自分が上だって言いたいならもっと違う言い方するだろ!
言いたいことは沢山あったが、ばちばちしているクラヒが派手すぎて何も言えない。
おろおろしている間にクラヒの盛り上がりは最高潮に達していた。ぎらぎらと眼が輝いていた。
「いつか、また勝負しよう。僕は忘れない。僕以上の雷の使い手がいる事を! そして、皆に伝えよう、《雷帝》を超える《雷神》の存在を! 今度は満足できるような戦いを――君に打ち勝つその時まで、《雷神》の称号は君に預けておくッ!」
何故か《雷神》の称号を得てしまった。
噂に尾びれと背ビレつくどころじゃない。尻尾までついてしまった。高位ハンターというのは本当に、変人ばかりだ。
クラヒが颯爽と大仰な動作で背を向ける。言い逃げするつもりだ。
何か…………止めなくては――。くそ、ばちばちばちばちうるさくて考えが纏まらない。
だが、なんとか口を開き叫ぶことに成功する。
「待った、クラヒッ! 君は僕に既に勝ってるッ!」
「………………なんだって?」
クラヒがピタリと動きを止め、こちらを振り返る。だが、纏った紫電は強くなるばかりだった。もはやここまで来ると逆に雷をコントロールできていないと言えよう。
《雷帝》が僕に胡散臭いものでも見るような目を向ける。
「参考までに……僕がどの点で勝ってると?」
そりゃ………………全部だよ。逆に僕がクラヒに勝っている点が思いつかない。
だが、具体的に言わねば信用されないだろう。
混乱する僕の眼に入ってきたのは、派手に紫電を飛ばすクラヒの後ろにひっそりと佇む彼の仲間達だった。
僕はルシャしか見たことがなかったが……最初に紹介された僕の仲間のそっくりさんだろう。
気弱そうな青年(多分クール)、やたら胸が大きく派手な格好をした女盗賊(多分ズリィ)。そして――目つきの悪い魔導師然とした女性が一人(多分クトリー)。パチもんとかそういうレベルじゃない、性別以外何もかもが違う。ああッ、今が非常事態じゃなかったらじっくり話を聞きたかったのに。
「…………何が勝っているって?」
クラヒがもう一度低い声で問いかけ、一歩詰め寄ってくる。
これ以上近づかれると纏った雷にやられてしまう。僕はとっさに叫んだ。
「な、仲間のバリエーションだよッ! 君には、素晴らしい仲間がいるじゃないかッ!」
ッ……違う。そうじゃない、言いたい事はそういうことじゃない!
もしかしたら揶揄にすら聞こえかねない言葉だった。だが、クラヒは目を丸くし、大きく深呼吸をした。
「……………………そうか。確かに、そうだね」
説得に……成功した? 僕が説得に成功するのってもしかしたら初めてじゃない?
逆に初めての展開に目を丸くし絶句する僕に、冷静さを取り戻したのか、クラヒは静かな声で言った。
「訂正しよう――僕達で君を倒す」
!? そうじゃない! そうじゃないよ!
ほら、常識人の方のルークとリィズが後ろで凄いぺこぺこ頭を下げてるよ。ほら、後ろ見て!
……もしや《嘆きの悪霊》って、あらゆる意味で《嘆きの亡霊》と真逆のパーティなのだろうか?
クラヒはもしかしたらルークやリィズと同じくらい話を聞かないのかもしれない。
つまり……説得は無意味? 僕は《雷神》になってしまう?
そこで、うちの問題児の方のルークが前に出た。そうだ――ルーク! 話の通じなさでは君も負けてはいない!
今こそ、クラヒを叩きのめしてくれ!
神に祈る。ルークは自信満々に叫んだ。
「わかってないな、《雷帝》。てめえは、《雷神》に圧倒的に劣る理由を――――強くなる方法を、全くわかってないッ!」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。理解が追いつかない……見たか、これがうちの――ルーク・サイコルだ! クールじゃないルーク・サイコルだ!
………………ルーク、いつ僕が《雷神》になったんだよ。君、僕と長く冒険してるよね? 一回でも雷を操ったことあった? あっさり感化されるんじゃないッ!
頭の中に剣でも詰まってんの?
話を聞かない《雷帝》も流石にその言葉は予想外だったのか、呆然と目を見開く。
そして、ルークはまるで説教でもするかのように言った。
「いいか、てめえが《雷神》に負けたのは、宝具に頼っているからだ。その補助輪がてめえを堕落させているッ! 真に最強の剣士が武器を選ばねえように、真の雷の使い手なら武器などなくても雷を自在に操れるようになるべきだ、その証拠にクライはこれまで一度も宝具に頼った事はねぇッ! 俺は、最強の剣士になるために、武器の全てをクライに預けた! 最強を目指すなら、その杖はここに置いていけッ!」




