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嘆きの亡霊は引退したい 〜最弱ハンターは英雄の夢を見る〜【Web版】  作者: 槻影
第二部

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25/474

25 戦後

 現れた真紅の狼の騎士(ウルフナイト)はその姿だけでその武を示していた。


 全身を覆い隠す鎧は多少の攻撃ならば容易く弾き返し、個体ごとに違った武器を所持しているという性質が対策を一つに絞らせない。

 その豪腕から繰り出される一撃はマナ・マテリアルで強化された中堅クラスのハンターと言えど、油断ならないだけの威力を持っていた。


 だがそれも、事前に情報を知られていないからこそ脅威となりうるものだ。


 相手が硬いのならばそれを貫くだけの武装を用意すればいい。

 多様な武器を持っているのならば事前にその全てに対策をすればいい。


 そして、中堅クラスのハンターで相手をするのが難しいのならば――それ以上のレベル認定を受けたハンター達を集めればいい。


 レベル3に認定される宝物殿。鬱蒼と茂る森の中に存在する洞窟――『白狼の巣』の前に、十人以上のトレジャーハンター達が集結していた。


 武器や出で立ちは統一されておらず、年齢も性別もばらばらだ。ただ一つ存在する共通点はここに集められたハンター達が総じて――レベル5以上の認定レベルを持つ一流のハンターであるという点だけだ。


 トレジャーハンターの平均認定レベルは3だと言われている。これは、それ以上のレベルを得るためには経験以上に才能や運が必要とされるためだ。


 集められたハンターたちは、ハンターの聖地と呼ばれ各地から玉石混交のハンター志望者達が集まる帝都ゼブルディアでも名の知られた者たちだった。中には二つ名を与えられた者さえいる。


 高レベル認定を受けたハンターと言うのは、それだけマナ・マテリアルを取り込み、半ば人の域を越えた人間を指す。


 普段、レベル3よりもずっと上に区分される宝物殿を探索しているハンター達にとっては、本来出現する『幻影(ファントム)』よりも数段強いウルフナイトもさして警戒するような幻影ではない。


 見張りのウルフナイトをその分厚い鎧ごと剣で切り捨てた男ハンターが、その手に残る感触に目を見開き、後ろで別のウルフナイトを弓矢で迎撃していた仲間に確認した。


「……ここって確か、レベル3だったよな?」


「あー。突然、魔物のレベルが上がったらしい。槍使いのロドルフがやられたんだとよ。ボスが強敵だったらしい」


「マジかよ……あれ? でも今日、探協でロドルフの奴、見かけたぞ」


「救助が間に合ったんだとよ」


「へー、そんなことあるんだなぁ」


 軽い会話を交わしながらもその手は止まらない。


 放たれた矢がその頭蓋を貫き、ウルフナイトの巨体が倒れる。


 今回ハンターたちが集められたのは白狼の巣の状況を確認するためだ。


 宝物殿の難易度が急に上がるのは珍しいが、まったくないわけではない。

 イレギュラーが発生した場合、探協はそれをするに足ると判断されるハンター達に調査依頼を発令し、レベルの認定をやり直す。


 帝国や探協から多額の報酬が出るため、それらの依頼は高レベルのハンター達にとっては割のいい依頼だった。


「でも良く生きてたなぁ……」


 不思議そうな声。


 探協からハンター達に調査依頼が発令されたのはつい先日だ。という事は、救助に向かったハンターはこの宝物殿の異常を事前に知らなかったことになる。


 レベル5のハンターが行方不明になっているので警戒はしていただろうが、ミイラ取りがミイラになってもおかしくはない。


 その疑問に、巨大な弓をおろし、仲間のハンターが仏頂面で答えた。


「ああ。あの『千変万化』が持っていったらしいな……」


「!? うへぇ……レベル8かよ。なんでまた……」


「さあな。掴みどころのない男だからな。だが、何か俺らにはわからない意図があるんだろうよ」


「そりゃそうか」


 ハンター人口の多い帝都でもレベル8認定はたった三人しか受けていない。その誰もが無数の宝物殿を攻略したり、各分野で貢献し探索者協会から特別と認められた者達だ。


 その中でも千変万化はトレジャーハンターとして特化したハンターと呼べる。


 特別な事は何もしていない。

 才覚あるメンバーを揃えたパーティ、『嘆きの亡霊』のリーダーであり、大規模に成長したクランのマスターであり、数多の宝物殿を攻略し順当にレベルを上げ、そしてしかし――ほとんど噂を聞かない奇妙な男だった。


 普段はクラン本部で生活しているらしく、表舞台に滅多に出てこないため会ったことすらない。ただ、一見レベル8には見えない冴えない風采の男だと聞く。


 もちろん、実体とは違うだろう。レベル認定の試験はそう簡単に突破出来るものではないのだから。


「そろそろ中に入るぞ。上のランクのウルフナイトと、可能であればボスを確認する。報酬分くらいは働かないとな」


「了解」


 一瞬で思考を切り替え、意識を戦場のものにする。

 リーダーから掛けられた声に各々、表情を引き締め、薄暗い宝物殿の方を見る。


 冷たい空気が漂い、まるで侵略者を威嚇するかのように、咆哮が響き渡った。





§ § §




 宝物殿の探索とは荒事だ。そこに生息する魔物や幻影との戦いはたとえどれだけ安全に気を使っても命懸けになる。


 故に優れたハンターは研鑽を怠らない。


 帝都にも一般のハンターが使うための訓練設備がいくつもあるし、小さなものならば探索者協会にも備え付けられている。

 資金を捻出し『始まりの足跡(ファースト・ステップ)』の拠点を建てる事になった時に訓練用の設備を作ったのは当然だった。


【始まりの足跡】の訓練場は地下五階に渡って建てられており、それぞれクランのメンバーならば自由に使えるようになっていた。


 馬鹿げた力を持つハンターに耐えられる設備ということで、かなり金がかかったらしいが、評判は上々だ。僕は口を出しただけなので詳しくは知らないが、エヴァを始めとする事務員の皆さんが大層苦労したらしい。


 金属製の階段を下りてくると、どこかで見覚えのあるパーティとすれ違った。


 男女混合の五人パーティだ。その中の一人が僕を見つけて目を見開いた。

 頬に大きな傷が走った見上げるような大柄の男だ。武器は全身鎧でも両断出来そうな長柄の斧。


 ……確かに見覚えがあるのだが名前が出てこない。


「クライ殿。これは珍しい、訓練ですか?」


 少しは慣れたが、僕が名前を知らないのに相手がこちらを知っているというのは奇妙な気分だ。


 相手は僕が名前を覚えていないなどとは知らないだろう。

 僕は穏やかな笑みを浮かべてごまかした。


「そんなところかな。君たちも訓練?」


 僕の問いに、メンバーが困ったように顔を見合わせる。

 嫌な反応だ。こういう時には大抵ろくでもない言葉が返ってくる。


 戦々恐々する僕に、代表して大男が眉を顰めてみせた。


「ええ……。ですが、今は……行かないほうがいいかもしれません。少々、荒れておりますので」


「あんなの……もう拷問だ」


 後ろの一人の男が青ざめた様子でポツリという。そっか……もう行くのやめようかな……。


 どう考えてもリィズちゃんだ。


 リィズのいる場所には、倒れ伏した人間か魔物の死骸かあるいは騒動のある場所を探せば自然とたどり着けるという悲しい仕様になっていた。


 ティノは優秀だ。短期間でレベル4に到達できるなんて本当に一握りの人間なのだ。そして、それを成し遂げたリィズの訓練は歴戦のハンターから見ても厳しいらしい。

 拷問は言い過ぎだと思うけど、リィズもハント帰りだから多少熱くなっている可能性はある。


「大丈夫大丈夫。リィズは大体荒れてるから」


「……ああ、『絶影』はクライ殿のパーティメンバーでしたね」


 何とも言えない視線を向けてくる五人。


 うちの子がいつも迷惑を掛けてすいません。


「止めようとすると反撃してくるらしいので、もう少し落ち着いてから行ったほうが――」


 うちの子がいつも迷惑を掛けて本当にすいません。


 どれだけ荒れていたのか、普段平気で魔物と渡り合っているはずの全員の表情が曇っている。


 せっかく戻ってきたんだからゆっくり身体を休めればいいのに、どうして大人しくしていられないんだろう……ティノに訓練をつけるのは構わないが、他人に迷惑をかけるのはやめて頂きたい。


「大丈夫大丈夫。なんとかするから」


「……クライ殿がそう言うなら……止めはしませんが」


 めちゃくちゃ恐れられている。

 うちのクランのルールの一つは皆仲良くなんだけどなぁ。


 リィズは手加減を知らず誰にでも噛み付くので実力がついてしまった今、もはや怪獣みたいなものなのであった。


 何故か名も知れぬパーティとぞろぞろと連れ立って階段を下りていく。

 地下二階の訓練施設の前には何人ものメンバーがたむろしていた。異様な光景だ。


 その中の一人が僕の気配に気づき振り向く。


 濃い緑がかった黒髪の男だ。背丈は僕と同じくらいだが、服の上からでもわかる鍛え上げられた肉体は歴戦のハンターのものである。年齢は僕よりも幾つか上だが、ハンターの中では若手の部類に入る。


 うちのクランメンバーの一人。凄腕の射手。スヴェン・アンガー。


 足跡の中でも有数――レベル6認定のパーティ、『黒金十字』のリーダーだ。


「……!! マスターじゃねえか! ようやくお迎えが来たか……絶影を止めてくれ。訓練場が使えねえ」


「怪獣退治は僕の本分ではないんだなあ」


 むしろスヴェン達の『黒金』は宝物殿探索よりも魔物や害獣退治を専門にしていたはずだ。お飾りクランマスターの僕が出る幕はないのではないだろうか。


「お宅の怪獣だろ!? また腕上げやがったッ!」


 酷い言われようである。一応同じクランの仲間なのに。


「へー、そうなんだ」


「!?」


 だが、そんなこと言われても知らない。

 残念ながら、とっくの昔に友人たちは僕の理解の範疇を超えていた。どのくらい凄くなってしまったのかなんて判断がつかなくなっているのだ。


 視界を塞いだ状態で銃弾叩き落とせる(というか、掴み取れる)だけで十分だとは思わんかね?


 凄腕のハンター達は分厚い扉を目を細めて睨みつけ、小さくため息を漏らした。


「……アンセムもルシアも、止められる奴が誰もいねえ。なんでリィズだけ戻ってきてるんだよ」


 スヴェンとその後ろの仲間達がうんざりしたように言う。

 この男なら実力行使でもある程度渡り合えるだろうが、リィズちゃんそんなことしたらどちらかが倒れるまで噛み付いてくるからな……。


 嘆きの亡霊のメンバー……僕の幼馴染達は大体二つに分けられる。

 問題児と、比較的理性の強いメンバーだ。


 そして、うちのパーティは大体、リィズかルークが騒ぎ、アンセムかルシアが宥めるという方程式が成り立っていた。

 ストッパーがいない今のリィズはその辺の魔物よりも余程質が悪い。


 うちの子がいつも迷惑をかけて本当にすいません。


「トラップ全部解除してボス部屋に辿り着いたはいいけど、急に帰りたくなったから放り出して帰ってきたらしいよ」


「……今回の目的って【万魔の城】だったよな?」


 信じられない言葉でも聞いたかのようにスヴェンが眉を顰める。僕も信じられない。


 リィズは本当に自由奔放だ。


 本来ならば宝物殿で味方を放り出して帰るなんて許されることではないのだが、うちのパーティはためしに入れてみた新規参加組一名を除くと皆幼馴染だし、割と全員が自由人なのでうまいこと成り立っているのだった。


 まぁ、抜けたのはヒーラーではないし、盗賊はもう一人いるのでなんとかなるのだろう。


 僕を急かすようにスヴェンが言う。


「早く止めに入らないと、ティノが死ぬぞ」


「あはは、大げさな。そんな簡単に人は死なないよ」


「い、いや、本気で……」


 リィズは確かにジェノサイダーで、所構わずあちこちに噛み付く癖があり何度も喧嘩で警備兵にとっ捕まり、裏で賞金まで掛けられていて叩けばいくらでも埃が出て来るような人間だが、弟子を殺すような人間ではない。


 スヴェン達が一歩下がる。僕は呆れたように微笑みを浮かべ、訓練場の扉をゆっくりと開いた。




 リィズは訓練場の真ん中に立っていた。

 後ろで結ばれたピンクブロンドの髪は、その小柄な体躯も相まって可愛らしい。


 惜しくも、その足元に転がるボロ雑巾の塊みたいな物に、底冷えするような声を淡々と掛けていなかったら更に可愛らしかっただろう。


「ねぇ? なんで立たないの? どうして立たないの? もう限界なの? そんなはず、ないよね? もしかして手、抜いてる? 私を、馬鹿にしてるの? 死にたい? 死にたいの? 死なないと思ってる? 殺さないと思ってるの? 殺すよ? 大事なものはないの? 守りたいものはないの? なんでまだ、手足がつながっているのに、動かないの? そうしないと、全力を出せないんだったら――死ね」


「はいそこまでー!」


 僕は笑みを崩すことなく、ぱんぱん手をたたきながらそこに割って入った。


 もちろん内心はドン引きである。頼むからもう少し穏やかに生きてほしい。

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《始まりの足跡》宣伝課@GCノベルズ『嘆きの亡霊は引退したい』公式
※エヴァさんが広報してくれています!

嘆きの亡霊は引退したい、アニメ公式サイト

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youtubeチャンネル、はじめました。ゲームをやったり小説の話をしたりコメント返信したりしています。
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― 新着の感想 ―
[良い点] いつ読んでもこのときのリィズちゃん笑えなさ過ぎて笑えるwww
[気になる点] 珍しくオチがない
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