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238 大地の鍵

 クリートの中心部。九尾の影狐が有する拠点の一つで、ガフは自らの配下達の戦果に満足げに頷いた。


 連日の任務でその野性味を感じさせる容貌には少なからず疲れが滲んでいるが、目だけはぎらぎらと輝いている。


「よくやった。これならば、ボスにもご満足頂けるだろう」


 ボスから授けられた特別指令。複数の組織の無力化。

 本来の任務と平行して進めるには困難な任務だった。そもそも、撲滅対象の中には本来の任務で使うはずだった組織まで含まれていたのだ。


 狐は陰で動き己の手を汚さない。最低限の人員でこなすからこそ、秘密は守られる。

 ガフは綿密な計画の末に立てた計画の変更を余儀なくされた。


 だが、うまくやった。如何に犯罪組織でも狐の提案を無下にはできない。

 おびき寄せ、時にこちらから乗り込み、ほとんどの主要組織の主要メンバーは手に落ちた。


 それら組織を潰した事でどのようなメリットが組織に発生するのか、ガフは知らないが、恐らく何らかの思惑があるのだろう。


 これで、ガフは、七尾、『盗賊王』ガフ・シェンフェルダーは同列の構成員から一歩先をいった事になる。

 ボスの素顔を見せられた時には驚いたものだが、信頼の証と思えば悪くはない。


 これまで様々な任務を熟してきた。かつては大きな盗賊団を率いていたガフにとって謀略は得意な分野だ。

 だが、今、ガフはこれまでにないくらい強い達成感を感じていた。


 これまでは予想外などほとんど発生しなかった。それはそれで腕前を誇るべきだが、アクシデントを即座に収めるのもまた、腕の見せ所ではある。

 部下の一人。ガフの右腕として奔走してくれた男が平坦な声で言う。


「しかし、さすがボス直属、凄腕だ。……あの大暴れは勘弁して欲しいが……」


「……はみ出しものを操るのも、度量だ。強者ってのは大なり小なり厄介なものを抱えてる」


 なんとかフォローするが、ボス直属として引き渡された連中はこれまで沢山の厄介者を見てきたガフをして見たことのないレベルの酷さだった。


 独断専行は当たり前。斬るなと指示した者を斬り、持ち場を離れ、宝具を持っていた犯罪者を見つければ宝具を強奪し、やりたい放題。

 狐は秘密結社のはずだが、奴らの仕草からは秘密にする気が全く感じられなかった。よくもまあ秘密を保てていたものだ。


 灯火らしき狐と《千変万化》らしき狐についても、灯火らしき狐は指示された仕事しかやらず、その部下達はガフの言うことを聞かずその上、料金まで取ろうとしてくる。

 《千変万化》らしき狐はあまつさえ敵前で名乗りまで入れていた。それでも大暴れしないだけマシなのだが……。


 そんな連中でも、ガフの優秀な部下達と同等以上の強さなのだから世も末だ。


「良かれ悪しかれ、マナ・マテリアルは意志が強いやつに強く影響するからな……」


 だから、カリスマと腕っぷしで各国に敵対していたガフは強くなった。だから、あの傍若無人な連中はめっぽう強かった。

 強い意志を持つ者とは、いわば扱いづらい人間だ。あそこまで癖の強いメンバーを平然と纏め連れてくるボスには頭が下がる。今回の件がうまくいったら仮面はガフに譲られるはずだが、とてもあの連中を大人しくさせられる自信がない。


 ともあれ、今回ガフ達がここまで速やかに犯罪組織を潰して回れたのは、ボス直属部隊の力故だ。

 あの連中がいなければ、戦力が足りていなかった。うち漏らしが発生していた。


 必要最低限の人員でなんとかしようとしてしまうのは、ガフの昔からの悪い癖だ。


 もしかしたら、ボスはそんなガフの弱点を見越していたのかもしれなかった。次から突発任務が下された際にもしっかり対応出来るように計画を組むべきだろう。


「プランXはもう他のメンバーに任せれば大丈夫だろう。プランAの方も手を抜くなよ。今回のは大規模な、『狐』の作戦だ」


「ああ、もちろんだ。中止の指令も受けていない」


 深い笑みを浮かべるガフに、部下が目を細める。

 狐が事件を起こす時、その事件の大半は首謀者不明で終わる。だが、今回のプランは違う。


 プランAはかつてない大規模な作戦であり、狐の作戦だ。この作戦で、狐はその名を盛大に示す。

 力は蓄えた。地下に身を潜める時は終わったという事だ。


 それは新たな時代の到来を意味していた。


 ふと、かつて行動を共にした仲間――同じ尾数を誇っていた《止水》を思い出す。

 太い腕が、指が、震えた。恐怖ではない。これは――武者震いだ。


《止水》は恐ろしい魔導師だった。

 膨大な魔力に経験。社会的な地位を持ち、人間相手の暗殺ならば他の追随を許さなかった。


 強力な魔導師は貴重な存在だ。故に、ガフと《止水》は同じ尾数でも任務の質が違った。

 ガフも知らされたのは事件の後だったが、本来、この計画の始まりは《止水》の皇帝暗殺で幕開けとなる予定だったらしい。


 だが、出鼻をくじかれた。《止水》は失敗した。


 何が起こったのか、詳細はガフの所まで下りてこなかった。

 公式には《千変万化》が未然に暗殺を防いだという事になっているが、当の《千変万化》は味方なのだから、それらの情報には何らかの手が加えられているのだろう。


 しかし、そんな事はどうでもいい。


「《止水》は、失敗した。だが、俺は違うぞ――」


 計画はほとんど問題なく進んでいる。ボスの助力だってある。これで失敗したらそれは――相応しくないという事だ。


「そういえば、彼らは武帝祭に出場する予定らしいが――」


「内部に人を置くのは基本だが、武帝祭に潜り込ませるとは、どれほど前からこの計画を立てていたのか――」


 恐ろしい話だ。それなりに上位の構成員であるガフも、これまで《千剣》や《灯火騎士団》が仲間だなどという情報は聞いたことがなかった。


 だが、今回の件で動きを見せた。信頼は容易く崩れるもの、これはたった一度のチャンスだと言っても過言ではない。失敗は絶対に許されない。


 と、そこで情報のやり取りを任せていた部下が駆け込んできた。


「ガフ、本部から連絡がきた。プランAの例のぶつはどうなったか、と」


 思いもよらない連絡に、ガフは眉を顰めた。

 プランAはあるアイテムの力を前提にしている。それは帝国の博物館に厳重に保管されていたものであり、その奪取がそのプランのフェイズ1でもあった。


「例のぶつ……? 作戦の成功は連絡していたはずだが……既にボスに渡した。情報が遅れているな……」


 諜報機関を起源にしている狐は情報に力を入れている。数時間ならばともかく、数日単位で情報が遅れるというのは珍しい。

 まさかボスが伝え忘れていたわけでもあるまいに――。



§ § §





 ルークが歯を強く食いしばり、悔しげな表情で言う。


「駄目だ……クライ。何度試しても――チャージできんッ」


 こちらにずいと突き出されたのは、以前狐面愛好会がくれた如何にも怪しげな模樣の刻まれた剣型の宝具だった。


 ルークは生粋の剣士だ。剣士ではあるが、魔力がゼロかというとそういうわけでもない。

 彼は僕の持つ剣型宝具コレクションを一通り体験している。そして、僕と違ってルシアに頼っていないので、大抵の剣型宝具に魔力をチャージできる程度の魔力を有しているのだ。


 いや、その時点では有していなくても、鍛え上げて手に入れる。それがルーク・サイコルという男なのである。


 差し出された剣を受け取り、軽く透かしてみる。

 一般的な剣と比較して短めのそれは、剣士がメインウェポンに使う上で酷く取り回しし辛い事だろう。


 『大地の鍵』

 博物館で盗まれかけたものと同じ宝具だとすれば、宝具が有する力は不明らしい。


 国宝認定されている理由はこれまでに似た宝具がなかった点と、高レベル宝物殿で発見された事を加味してとの事。

 基本的に宝具の威力はマナ・マテリアルの濃度――宝物殿のレベルに比例している。大体のトレジャーハンターは効果不明の宝具なんていらないので、似たような理由で宝具が博物館に買い取られる事はままあるのだ。


「…………大地の鍵、大地の鍵……ねえ?」


 しかし、名は体を表す。有する能力が不明なのにそのような名前をつけられたとすれば、何か理由があるはずだ。

 新聞には詳しい情報は載っていなかったが、宝具マニアの血が騒ぐ。


 定規で測ったように真っ直ぐな刃は模樣もあり、如何にも神秘的だ。


 ルークが拳を握りしめ、まるで宣言するように叫ぶ。


「く…………剣も満足に扱えないなんて、俺は未熟だ。修行が足りねえッ! だが、斬るやつがもういねえッ!」


「いや、これ鍵だから。剣じゃないから」


「!?」


 ルークが鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。


 君とリィズが大暴れしてたって灯火から小言が来てたよ。もう大会も始まるんだから大人しくしててください。


 姿勢を正し、ルークとしっかり目を合わせ、真剣な表情でさももっともらしく、適当な事を言う。


「ルーク、鍵に必要なのはなんだか分かる? 答えは意外とシンプルだったりするんだよ」


 彼は超一流の剣士で常識以外のほとんど全ての面で僕より上だが、宝具の知識については僕の方が上だ。

 ルークはじっと考え込むと、自信なさげに言った。


「鍵に必要なもの…………鍵穴、か?」


「…………」


 言おうとした事を言われてしまった。


 僕は深々とため息をついて誤魔化した。


「つまり……これは、そう。未来への扉の鍵なんだッ! 悪の手に渡ったらそりゃもうやばい事になる」


「なん……だと!? 悪の手!? 悪の手ってなんだ!?」


「そりゃもう……こう……なんだ? …………そう、世界の敵だ」


「世界の……敵!? どこにいるんだ!? 斬って良いのか!?」


 なんでそんなに楽しそうなんだよ……適当だよ。適当に君が好きそうな事を言っているだけだよ。

 静かに本を読んでいたルシアが呆れたようにこちらを見ている。


 余り適当な事を言い過ぎてルークが本気になったら困るな。どう答えたものか……。


 僕はしばらく悩み、恐る恐る答えた。



「それは…………ほら、自然災害、とか」


「自然……災害、かぁ…………」


「…………でも、最強の剣士なら災害だって斬れる!」


「!!」


 がっかりしたりはっとしたり忙しいな、ルークは。

 宝具を預かったのは勘違いからだ。この街を出る前に返さねばならないだろう。

 だが、せっかく宝具を預かったのだから、返すにしても一度くらいは色々試してみたい。



 僕は小さく欠伸をすると、無言でルシアの前に大地の鍵を置いた。

本日、漫画版三巻が発売です!


内容的には原作一巻の終盤。可愛らしいリィズ、恐ろしいリィズ、可哀想なティノが見れます!

巻末には、万魔の城を出てから助けに来るまでのリィズの様子を描いたSSが掲載されています。

宜しくおねがいします!




また、活動報告にストグリ通信(80)が投稿されています。

特典系の話や、キャンペーンの話などなどしています。是非、ご確認ください!





書籍版五巻発売日は8/31です! 宜しくおねがいします!


Web版共によろしくおねがいします!




/槻影




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《始まりの足跡》宣伝課@GCノベルズ『嘆きの亡霊は引退したい』公式
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短編集1、2025/03/31、発売しました!
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よろしくお願いします!
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漫画版11巻、2025/04/25発売です! 
オークション編終盤です、アニメと合わせてぜひぜひご確認ください!
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youtubeチャンネル、はじめました。ゲームをやったり小説の話をしたりコメント返信したりしています。
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― 新着の感想 ―
色々複雑な展開になっていきそう。
[良い点] ルークのことだから台風とか津波とか噴火とかマジで斬れる様になりそうなのがなんとも……
[一言] クール・サイ……じゃなかったルークはきっと地震さえも切り裂ける男に…
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