24 現実逃避
お待たせしました。別作が一段落したので、本日より投稿を再開します!
手があまり空いていないので以前のように毎日更新は難しいですが、なるべく定期的に投稿していこうと思っています。お付き合いくださいませ!
(今までは0時投稿がほとんどでしたが、第二章は基本19時くらいに投稿出来たらなーと思ってます)
【帝都ゼブルディア】はいつだって賑やかだ。
整備された町並み。主要な道路は太く帝都を網目状に奔っており、いつも数え切れないくらいの馬車や人が忙しげに通っている。
その様子は地方の都市から来た者に、ゼブルディアではいつも祭りをやっていると言わしめる程である。
人が集まれば物が集まり、それが都市を発展させる。
【帝都ゼブルディア】は現在では世界有数の大都市と言われ、そこで手に入らないものなどないとさえ言われていた。
強力な武器防具や、本来海に面した一部の都市でしか手に入らない珍味、世界に数冊しか存在しない稀覯本や、いかなる病をも治癒する貴重で高価な魔法薬、そして――付近に存在する宝物殿から産出される摩訶不思議な宝具の類。
富に名誉。そして力。栄華を誇る帝都ゼブルディアはトレジャーハントが活発な今の時代を代表する都市だと言えるだろう。
そして、未だその発展は留まることを知らない。
僕達、『嘆きの亡霊』のメンバーにとって、ハンターになると決めて一番初めに訪れた都市が帝都だったのは幸運の最たるものだと言えるだろう。
もちろん、僕の幼馴染達が努力をしていなかったなどとは間違っても言えないが、豊富な物資と優秀な師が仲間達を大きく飛躍させた。
そして、それで勢いのついた『嘆きの亡霊』はそのまま一般人が考えるトレジャーハンターの栄光のロードを駆け上がっていった。
実は、帝都に来てからの五年で僕達のパーティ(僕を除く)は既に帝都近辺の宝物殿をあらかた攻略し終えている。
それでもまだこの帝都をホームタウンにしているのは、便利だし新たにできた友人がいるという理由もあるが、少しでも都市の発展に貢献できればという思いがないわけでもない。
だが、今――その、大恩ある帝都ゼブルディアは僕のせいで未曾有の危機に見舞われていた。
クランハウスの最上階。私室の中を一時間もかけて探し回り、僕は額を押さえた。
シトリースライムが――どこにもいない。何度探してもいない。部屋の隅から隅まで探してもいない。
丁寧に飾っている無数の宝具の間から、ベッドの下まで全部探したが痕跡すら見つからない。
ベッドにぼふんと腰をかけ、たった一人つぶやく。喉がカラカラに乾いていた。
ぽかぽかと温かい陽気な午後だ。いつもならば適当な護衛をつけて外をぶらぶら散歩したり、クランマスター室の椅子に腰をおろしてお昼寝したりするところだが、とてもじゃないがそんな気分になれない。
「やっば……どうしよう。どこにもいない……」
それが入っているはずの金属カプセルが空っぽな事に気づいたのは、『白狼の巣』で幻影に向けてそれを投げつける直前の事だ。
幸いな事に探索自体はうちの可愛いジェノサイドモンスターのおかげでなんとかなったのだが、それで僕に残ったのは一つの大きな疑問だった。
シトリースライム、どこいった? である。
誓って言うが、僕は今までそのカプセルを開けたことは一度もない。
預かってからすぐに金庫にしまってずっとそのままだった。半ば劇物扱いである。僕は危険な事からは極力逃げることにしているのだ。
シトリースライムは『嘆きの亡霊』のメンバーの一人、シトリー・スマートの生み出したスライムである。
スライム種は数多存在する中で最弱として知られる魔物だ。
熱にも冷気にも魔法にも物理攻撃にも衝撃にも弱く、田舎の子供ならば誰もが一度はその辺の野良スライムを踏んづけたりして遊んだことがあるだろう。
また、特殊な術で生み出せることでも有名であり、周囲の魔力に応じてその性質を変えることから実験などで使われることも多いらしい。
スライム一匹逃したなんて、本来ならば危機感を覚えるようなことではないのだが、今回逃してしまったのはそんなありふれたものではない。
シトリーに、作ったはいいけどちょっとだけ危険で迂闊に解放すると帝都が滅ぶかもしれないから預かっておいてくれと言い伝えられていた代物だ。
そして彼女のちょっとはちょっとではない。(帝都滅ぶのがちょっとの時点でちょっとちょっと……)
シトリーは天才である。身体はあまり強くないが、それを補って余りあるだけの知恵を持つ。
そして、怪物揃いの『嘆きの亡霊』の中でも最も成長したメンバーで、だが最初は僕と同じように弱さに悩んでいた子だった。(といっても、その時点で僕よりはずっと強かったが)
もともと、大器晩成型だったのだろう。
嘆きの亡霊のメンバーは皆、最初から突出した才覚を示していたから、その苦悩がわかるのは僕だけだった。
今は強くなった。知識と経験、そして立場を手に入れ飛躍的に成長し、しかし彼女が僕に抱いていたシンパシーは消えなかった。
そのせいか、シトリーは度々、僕にその『成果物』を渡してくる。完全な善意で渡してくるそれを僕は断れずに受け取ってしまうのだった。(と言うか、受け取らないとその辺にポイ捨てしたりして大変なことになったりするので受け取らないわけにはいかない。どうやらシトリーは僕が受け取らなかった『成果物』には興味がないらしい)
そして、そのくせ、シトリーちゃんには少し抜けたところがあり、重要なところを説明し忘れたりするので、僕は度々その扱いを誤るのである。
――そう。まさしく……今回のように。
「……いやいやいやいや。今回は違うだろ。金庫にずっとしまいっぱなしだったし、開けてもない」
冷静に考えよう。
僕は確かにシトリースライムに細心の注意を払っていた。
シトリースライムは金属のカプセルに入っていた。いくら移動中に宝具を落としそれに気づかなかった間抜けな僕でも中身だけ落とすなんて器用な真似はできない。できない、と思う。やれと言われても無理。
もう金属カプセルは破壊されてしまったので詳しく調べることはできないが、カプセルにも傷一つついていなかった。穴など空いていなかったし、金庫に保管中にカプセルの中身だけ盗まれるというのも考えにくい。
金庫があるのはクランハウスの最上階――警備は万全だし、そもそも保管していた金庫は――宝具なのだ。
第三者に開けることが絶対できないとは言い切れないが、もしも開けられたら僕はそれを知ることができる。
ということは結論はただ一つ。
――元々、中身が空だった。これだッ!
僕は自分を納得させ、ベッドの上に背中から倒れ込んだ。
「やれやれ、シトリーも人が悪いなぁ。あはははは……」
シトリーは僕のような間抜けじゃないしそんなイタズラをするような人間でもないのだが、そうとしか考えられない。
……というか、もういっか。
なんか考えるの面倒くさいし、じっくり考えるとゲロ吐きそうだ。
帝都は今日も平和だ。それでいいじゃないか。スライムについてはなかったことにしよう。
そもそも、いくらシトリー特製とはいえ、所詮はスライム、最弱の魔物である。大したことはないはずである。
そうだ。帝都が滅ぶとか明らかに言い過ぎだ……この都には凄腕のハンターが沢山いるんだから。
もっと楽しいことを考えよう。
§
大きく無駄に立派な机と椅子。
クランマスター室の大きな窓は陽の光を多量に取り込み、特に冬も終わりを迎えぽかぽかしてきたこの季節だと眠くなってくる。
仕事も特にないので椅子に腰をかけて、ぼんやり宝具を磨いていると、副クランマスターのエヴァが入ってきた。
お飾りマスターの僕の代わりにエヴァは全てのクラン運営を受け持っている。今日も忙しそうだった。
上から下までぴしっとした制服で決め、スリムな赤縁の眼鏡の中に怜悧な瞳が覗いている。
僕と二人並べるとぼんくらマスターと敏腕秘書みたいに見えるだろう。全くもってその通りなのであった。
「探協から【白狼の巣】の件について詳しい話を聞きたいと連絡がきてます」
エヴァは僕を見ると、小言を言うわけでもなく本題にはいった。
まったく、できた副マスターである。クランに入った当初はそれでも、度々苦言を投げかけてきたのだが、いつの間にか何も言わなくなっていた。多分見捨てられたんだろう。
大きく欠伸をして、目を擦りながら聞き返す。スライムなくしたことであまり眠れていなかったから眠くて眠くて仕方がない。
「アークってもう戻ってきたっけ?」
「……さすがに行ってもいないアークさんに任せるのは難しいかと。というか、クライさんアークさんの事、頼りすぎです」
アークが……アークが足りない。
エヴァが呆れたように肩を竦める。
彼は強い。強い上に人ができている。人望もある。
僕が同じクランの仲間である彼を頼ってしまうのはやむを得ないことなのである。
大体、強いハンターは頭のネジが数本外れていることが多いので尚更だ。
僕はクランを作ってからの経験から、何かあったらとりあえずアークにぶん投げておけばなんとかなることを知っていた。てかお前、マスターやれよ。
まぁ、そのせいで【白狼の巣】ではひどい目にあったんだけど。
きっとアークならスライムもなんとかしてくれる。
「ティノがリーダーだからティノに伝えといてよ。僕、後ろから追いかけただけだし」
助けに行ってはみたものの、幻影を倒せたわけでもなければ、ティノ達を救い出せたわけでもない。
リィズちゃんは僕を追いかけてきたらしいのである意味間接的に助けにはなっていたが冷静に思い返せば格好悪いことこの上ない。
僕も昔は、さっと誰かのピンチに格好良く助けに入って賞賛されるようなハンターになりたいものだ、とか思っていた。今はそんな大それた望みは抱いていない。
どんな経緯であれ、結果的にティノ達が無事だったのは何よりだ。
どこか達観した気分でため息をつき、ふと思いついてエヴァに確認した。
「そんなことより、帝都でなんか動きとかなかった?」
「? 動き、とは、具体的には? 何の話ですか?」
エヴァ・レンフィードは優秀だ。
彼女は僕と違って大規模に膨れ上がったこのクラン――『始まりの足跡』を運営するに足るだけの能力を持っている。
その中には情報収集能力も含まれる。このクランのメンバーはこの僕以外全員優秀なのだ。
もしも帝都に大きな異変が起きているのならば彼女がそれを知らないわけがない。
つまりそれは、僕がシトリースライムを逃したりはしていないという事を示している。
そして、聞き返してくるエヴァの口調からは焦りに似たものは感じられない。
証明終了。
僕は椅子に座り直して、ほっと息をついた。大丈夫。きっと大丈夫だ。
「いや、特にないならそれでいいんだ」
「……早急に調査します」
「いや、いいんだ。そんなことする必要ない。大丈夫大丈夫……多分。気の所為だから。気楽にいこう、気楽に」
「……」
エヴァが訝しげな表情で僕を見ている。彼女の唯一の弱点は職務に忠実すぎることかもしれない。
藪をつついて蛇を出すこともあるまい。世の中の大抵のことは自然となんとかなるように出来ているのだ。
……シトリー、手遅れになる前に早く帰ってきておくれよ。
「後、ティノさんは、リィズさんにしごかれていて今動けないようです」
「へー、精が出るねえ」
命懸けの探索を終えたばかりだと言うのに、すぐに訓練なんてなかなか出来ることじゃないよ。
さすがティノだ。さすティノ。
僕達が帝都に来たばかりの頃はただの女の子だったティノももう立派なハンターということか。
そして、リィズもなんだかんだ立派に師匠をやっているらしい。
そうだな……。
不意に湧き上がった眠気に大きな欠伸をする。このまま座っていたら眠ってしまいそうだ。
昼寝してても特に何の問題もなくクランは回るが、てきぱき働いているエヴァの前でそんな姿を見せるのもあまり良くないだろう。僕が追い出されるのは構わないのだがエヴァに退職されると困るのだ。
「じゃー話しがてら顔出してこようかな。訓練場?」
「……それがよろしいかと。地下二階の訓練場です」
「おーけー。じゃあ後はよろしく」
一度も真剣な表情を崩さなかったエヴァにひらひら手を振って立ち上がった。
§ § §
「今すぐに情報を集めて。帝都で起こっている事件を、どんな些細な物でもいい、かき集めなさい」
「は、はい。わかりました!」
冷静でありながらもどこか威圧感のある声に、エヴァの部下の一人が部屋を駆け足で出ていった。
エヴァ・レンフィードは元商人だ。
クランの副マスターという地位につく前は列強である帝国でも一、二を争う商会――ヴェルズ商会の一員だった。
当時はまだ下っ端だったとは言え、請われ職を辞した今もその縁は残っている。
『始まりの足跡』は巨大なクランだ。
優秀なハンターとは巨大な武力を指す。特に『足跡』程の規模にもなると、国や商人、他のハンターから、ハンターを専門に狙う盗賊などの犯罪者に至るまで、あらゆる方面から目をつけられる。
エヴァは慣れないながらも、その地位を利用し、帝都全体に高度な情報網を構築してクランを発展させてきた。
商人のネットワーク。新聞を始めとした情報媒体。所属するハンターの地位を利用し、トレジャーハンター達からの情報収集も怠らない。探索者協会にだって手は伸びている。
情報は鮮度が命だ。帝都で起こった重要な出来事のほとんどはすぐさまエヴァの下に持ち込まれる。
だから、今回クランマスターから出された問いはエヴァにとって衝撃だった。
これが初めてだったならば強く詰問していたかもしれない。少なくとも、あえて調査を命じたりはしなかっただろう。
だが、マスターの言葉はエヴァにとって信頼に値する物だった。
クライ・アンドリヒは不思議な男だ。
一番初めに会った時はレベル8認定も受けておらず二つ名も持っていない少年だった。そこから数年、クランの長と副マスターという関係になって数年が経つが、未だ掴みどころがない。
いつもはぼんやりと執務室で宝具を磨いたり欠伸をしている。
クランの運営に口を出すこともなければ、特に何かをやっている雰囲気もない。見た目強そうでもなければ、極たまに起こす奇行を除けば性格も特筆すべき点はない。
クランに何人か所属する、将来英雄となるであろう、ハンター達の持つような輝きも持っていない。それどころか、いつもハンターを辞めたいだとかクランマスターを譲りたいだとかどうしようもないことを言っている。
もしも知らぬ者が見れば間違いなくボンクラだと判断するだろう。エヴァとて、最初はそのあまりにぱっとしない様子に不満を抱いていた。
だが、時折漏らす言葉は、帝都を知り尽くしているといっても過言ではないエヴァをして、冗談にしか思えないくらいの精度を誇っていた。
地震を始めとした天災から、遠方で発生する宝物殿の異常。帝国貴族の間に起こったいざこざから、秘密結社の暗躍に至るまで、何の前兆もない事件に首を突っ込んできたのを何度も見ていた。
本人は明らかにそれを知れる立場ではない。だが、一度ならば偶然かもしれないが、二度三度も起こると必然にしか見えない。
天才などという言葉では言い表せない、得体のしれない先見。
正体不明。千変万化とはよくぞ言ったものだ。エヴァがつけられたその二つ名を聞いた時には手を叩き納得したものだ。
本人は偶然だとか運が悪かったとしか言わないが、それらの現状を考慮した上で我の強いハンターたちが大人しく従っている姿を見ていると、たまにエヴァにはそれがわかりやすい化物じみた能力を持つハンター以上の化物に見える。
エヴァは自分の能力に自信を持っている。が、それはあくまで常識の範疇だ。
クライが何らかの前兆を感じ取ったのならば、たとえそれがどれほど突然出された言葉であっても、エヴァはそれを前提として行動するのみである。
副クランマスター室。クランマスターの執務室と比べ、雑然とした部屋で何人もの部下たちに指示を出し終えると、エヴァは後ろを向き、窓から地上を見下ろし呟く。
本来やるべき雑務を全て頭の外に追い出し、何か見落としがないか、必死に思い起こしながら。
「一体、この帝都で何が……」
それは、こういうことがあった時のエヴァの日課だった。
書籍化します!(詳しくは活動報告をご覧ください)




