232 嘆きの悪霊③
物陰にルシアを連れていき、慰める。
ルシアは顔を真っ赤にしてふるふる震えていた。
どうやら自分そっくりの名前を持つルシャに心中穏やかではいられないようだ。
「まあまあ落ち着いてただの偶然だよ」
「偶然!? あんな偶然、ありますかッ!!」
「おっもしろいねぇ、ルシアちゃん!」
「面白くなーいッ!」
リィズの揶揄の言葉に、ルシアは何故か僕を睨みつけ、ばんばんと地団駄を踏む。
昔は大人しく僕の後ろをとことこついてきていたルシアも、シトリーやリィズの影響ですっかり攻撃的になっていた。
犯罪者と戦いすぎたせいで魔法を人に向けて撃つ事にもほとんど躊躇いを持たなくなっている。さすがに犯罪者でもないハンターに向かって魔法を撃つ程分別がついていないとは思いたくないが――。
「確かに、確かにルシャは変わっている。だけど、悪気はないんだ。きっと」
「悪気が、ない!? 悪意百パーセントでしょ! 悪気がなかったら、そっちの方が問題ですッ! 私は、あんな事、言いませんッ!」
あんな事、言わない? そんな事……今更言うまでもない。
僕とクラヒ、ルシアとルシャ、似ているのは名前だけだ。クラヒは僕よりも強いが、ルシャがルシアよりも強い可能性は低いだろう。ルシアよりも強かったらとっくに二つ名を持っているはずである。
「うんうん、そうだね。ルシアは昔でもあそこまでベッタリじゃなかった。子どもならともかく、大人でやるのはどうかと思う」
「えー……あのくらいやってなかった? ねぇ、ルシアちゃん」
「ッ…………うぅうッ…………」
ルシアが顔を真っ赤にして頭を抱える。セカンド・ネームが違うんだからいいじゃん。
なまじ特徴だけ挙げるとルシアそっくりなのが厄介だ。奇遇にもほどがある。他のメンバーも見てみたいぞ。
どうやらまだあまり有名ではないようだが、知名度が上がれば何かとうちと比較されそうである。
それまで興味津々でルシャを見ていたルークが聞いてくる。
「なぁ、クライ。ルシアはいいが、俺の偽物はまだか? 俺の分は?」
「偽物じゃないって――」
そこで、離れたところでべたべたされていたクラヒが、人混みを器用に抜けて近づいてきた。
真っ赤な顔のルシアに、心配そうな声をかける。
「大丈夫か? 調子が悪そうだけど……回復魔法をかけようか?」
「いや、大丈夫だよ。きっと人混みのせいだ」
回復魔法も使えるのか。僕の本物は本当にスペック高いな……。
ルシャがクラヒの腕にしがみつきながら、どこか得意げな声をあげる。
「そんな事いっちゃってえ、私とおにいちゃんのらぶらぶっぷりに当てられたんじゃないですかあ?」
「あぁ!?」
駄目だ、ルシアがリィズばりにガンを飛ばしている。
もうちょっと話していたいが、ルシャとルシアの相性が悪すぎる。後で機嫌の悪いルシアに宝具チャージを頼む身にもなってほしい。
「悪いけど、僕は急ぐから……」
「む、それは残念だな。うちのパーティを紹介しようと思ったんだけど……」
それは……ぜひ、紹介して欲しい。以前言っていたスミャートとか会ってみたかった。
やっぱりうちのスマートに似ているのだろうか? リィズの反応も怖いが、良い土産話になる。
クラヒがルシャを引っ付けながら、ぐるりと人混みを見渡し、小さくため息をつく。
「まぁ、気をつけていきたまえ。多分問題ないとは思うけど、武帝祭の間、クリートは物騒みたいだからね……特に、武帝祭への出場者が狙われやすいらしい」
それはつまり……僕は狙われないという事ですね?
他の三人は出場者だが、レベル8宝物殿に携わるようなハンターに勝てるような賊なんていないだろう。
「はぁ? 気をつけたほうがいい? 何いってんの、あんた。クライちゃんが賊になんてやられるわけないでしょお、だいたい私達、これから準備運動がてら賊をぶち殺しに行くんだから」
「!?」
クラヒの言葉に、リィズがむっとしたように反論する。
機嫌が悪かったら怒鳴りつけていただろうが、どうやら今日は上機嫌らしい。
いや、殺しにはいかないよ? 手伝いにいくだけだ。
狐面愛好会(仮)も犯罪者ではないわけで、目的は殺しというよりは捕縛だろう。賞金首も捕縛の方が報奨金が高いし、お金大好きな灯火だっている。
そこまで考えたところで、僕は良いことを思いついた。
「そうだ……もしよかったら…‥クラヒさん達も一緒にやる? 犯罪者狩り」
まぁ、僕は参加しないのだが、クラヒの実力も気になる。
クラヒさんの目が丸くなる。ルシャがきっと僕を睨みつけてきた。
§ § §
「一体、どういう事だ? ソラ。ボスは何を考えている?」
「……全ては、白狐様の御心のままに……」
狐神の巫女は視線をそらし、いつも通りの言葉を出すと、部屋の片隅におかれた木箱を見た。
設置された広々としたキッチンは大豆の匂いでいっぱいだった。木箱の中に入っているのは豆腐らしい。
常に法衣を着用し、神秘的な雰囲気を持っていた巫女は今、白いエプロンを着ていた。
これまでガフは長いこと組織に仕えてきたが、法衣以外を着た巫女を見るのは初めてだ。
「白狐様の命令で……油揚げの製造中です」
「???」
理解できなかった。狐は秘密組織だ、その命令の意図が手足に完全に伝わる事はほとんどない。
特に、ガフの位が低かった頃はほとんど何も知らされずにこき使われたものだが、それでもこれまで命令に疑問を抱く事はなかった。
「油揚げ? 油揚げに、何の関係がある!?」
「…………全ては、白狐様のみ知ります」
巫女の目は完全に死んでいた。
狐は秘密組織だぞ!? 思わず歪みそうになった表情を何とか元に戻す。
これまでガフが命令に疑念を挟むことなく動けてきたのは、その命令が疑念を挟む余地のない明確なものだったからだ。明確な破壊工作だったからだ。
それが……油揚げの製造?
「毒を……入れるのか?」
「…………入れません。美味しいものを作るよう、命令を受けています」
「……ボスは何をするつもりだ?」
「少しは、自分で考えなさいッ! ガフ・シェンフェルダー! それは、白狐様への叛意ですか!?」
ソラが人差し指をガフにつきつけ、叱責を飛ばす。
その表情は、ガフがこれまで見たことのないものだった。
いかなる状況でも顔色一つ変えなかったその頬には冷や汗が浮かび、声も昂ぶっている。
だが、そこまで言われてしまえばガフも黙るしかない。
「ッ……い、いや……全ては、ボスの御心のままに」
クリートにこのような拠点があるというのは初めて知ったが、そこに揃えられたキッチンは新品のようだ。
材料も含めて、組織から資金が投じられているであろう事に疑いはない。
そこで、ソラが恐る恐る聞いてきた。
「ところでガフ。これはただの興味本位で聞くのですが…………どうしてこの場所が?」
「ふん……馬鹿にしているのか? 目はどこにでもある」
「どうしてそんなに目ざといのに――いや」
ソラが大きく首をブンブン振り、水気を切った豆腐をフライパンで揚げ始める。
「全ては、全ては白狐様の御意志です。見てください、ガフ。油揚げは――豆腐から作るのです。豆腐はとりあえず市販品ですが、ゆくゆくはそこから作ることになるでしょう。全ては、白狐様の命令、なので――あつッ…………私、料理はやったこと、ありません」
なぜ人を雇わないのだろうか? どうして神聖な、組織でも特別な立場にある巫女に油揚げ作りなどやらせるのだろうか?
不思議でしょうがないが、ガフはそれ以上考えるのを諦めた。
ボスの命令と言われてしまえば下っ端であるガフに言えることはない。これも恐らくは崇高な目的があるのだろう。
四苦八苦しているソラを眺めていると、ふと入り口の扉がノックされる。
ここは組織の隠れ家だ。組織の隠れ家に客など来るわけがない。自然な動作で構えるガフの前で扉が開いた。
「ソラ―、ちょっとお願いがあるんだけど……」
思考がフリーズした。
入ってきたのは黒髪の青年だった。だが、ガフが凍りついたのはそれが原因ではない。
その声が――あのボスのものだったからだ。
「!? !??? ボ……ス?」
掠れた声をあげるガフに、その目が向けられる。
油揚げを作っていたソラの表情も完全に凍りついていた。
ボスは目を数度瞬かせると、何事もなかったかのように口を開く。
「ん……ああ、ちょうどよかった。貴方に用事があったんだ」
「ボス、仮面! 仮面は、どうしました!?」
馬鹿な。狐は秘密組織、ボスは正体を隠すものだ。事実、ガフが会ったことのある幹部クラスも皆、仮面を被っていた。
明確なルールがあるわけではないが、ボスには敵が多い。その素顔を知る者など、組織でも何人もいるまい。
ボスはガフの指摘にぽかんとした表情をして苦笑いをした。
「あ、ああ……いや、今日は暑いし、あの仮面、息苦しくてさ。許してよ。さすがに、いつもなんて被っていられないよ」
「!? ???」
その様子はあまりに自然体だった。
部下からの裏切りなど微塵も怖れていない、超然とした態度。
これまで出会ってきた幹部クラスは皆、得体の知れない威圧感を纏っていたが、目の前のボスの纏うそれは異様だった。
ボスは隙だらけの背中を晒しガフの隣を通り過ぎると、フライパンの中を覗き込む。
「いい匂いだ……やってるね」
「は、はい。白狐様! 全ては、白狐様の、御心のままに! 白狐様の!」
ソラが姿勢を正し、だらだらと汗を流しながら上ずった声で叫ぶ。
ボスは真剣な目でフライパンを吟味すると、眉を顰めた。
「駄目だ、ソラ。こんな油揚げじゃ――ふふ……世界は、取れない」
「!?」
衝撃の真実に思わず出かける声を、ガフはぎりぎりで止めた。
やはり、油揚げで世界を取るつもりなのか!? どうやって?
「ご、ごめんなさい、作り直しますッ!」
「いや、いいんだ。ゆっくりやろう。大丈夫、誰でも最初はうまくいかないもんだ」
「は、はいぃッ……」
確認したいが、確認などできるわけがない。
ボスの正体は組織の最高機密だ。ガフにはわかった。
ここまでおおっぴらに素顔を晒しているボスの顔が未だ知れ渡っていないのは、完全な情報統制によるものだろう。
いくら素顔を見たからと言って迂闊に態度を変えれば、ガフが口封じされかねない。
ガフは盗賊だ。戦闘能力にも自信はあるが、レベル10相当のボスに敵うわけがないのだ。
ボスはポケットから宝具の板(スマホと言ったか?)を取り出し数枚油揚げを撮影すると、ガフの方を向いた。
「そうだ、丁度いい。例の件なんだけど……大変だろ? また増援を連れてきたんだ」
「ッ……御意にッ」
その場にひざまずく。視線を落としボスの顔を見ないように注意しつつ、必死に考える。
信頼されていないのだろうか? 確かに本命の作戦を抱えている身では困難な作戦だが、今のところは特に大きなミスはしていない。
ボス直属の部下が入っているのだ、迂闊な動きなどできるわけがない。
「……別に、かしこまらなくていいよ。おーい、入ってきて」
ボスが軽い声をかける。入り口からぞろぞろと数人の集団が入ってくる。
入ってきたのは仮面をつけていない集団だった。
洗練された雰囲気を纏った黒髪の青年に、黒髪の魔導師。ピンクブロンドの盗賊に、赤髪の剣士。皆が、大量のマナ・マテリアルを吸収した者特有の雰囲気を持っている。
反射的に頭の中に入っている強者のデータベースを探る。そして、今度こそガフは心臓が止まるような心地がした。
赤髪の剣士が部屋の中を見回し、鍛え上げられた剣のような輝きを持つ瞳を細める。
「で、俺が斬る相手はどこだ? そこの女か?」
「嘆きの……亡霊……?」
間違いない。ガフの頭の中には古今東西の強者の情報が入っている。
《絶影》も、《千剣》も、《万象自在》も。
そして、目の前にいる黒髪の青年は、『大地の鍵』をすり替えたあの街でボスと対面していた青年――高名な《千変万化》に違いない。
ボスが目を丸くする。
「あー…………もしや、知ってた!?」
「は、はい。もちろん、です……」
信じられない。ありえない。だが、数度目を瞬かせるが、目の前の現実は変わらない。
《嘆きの亡霊》は組織が最も警戒しているパーティだ。現に下部組織がいくつか潰されている。
そもそも、陽動で大地の鍵のレプリカを持って逃げていたガフの部下――ハンネマンをやったのはこの男だ。
だが、そんな事を言ってしまえば、灯火だって間違いなく組織の敵だったのだ。
敵を騙すにはまず味方から。どこまでが――ブラフだった?
わからない。《嘆きの亡霊》の動きに全く不審な点はなかった。確かにその手口はあまりにも過激だったが、だからこそ疑わなかった。
あまりにも完璧な隠蔽だ。
何でもできる。探索者協会だって、まさか《嘆きの亡霊》が裏切り者とは思うまい。
ボスはにっこりと笑うと、更に信じられない事を言った。
「じゃあ、一つよろしく頼むよ。…………あー、そうだ。うまくいったら、あの仮面、お礼に君にあげる」
活動報告に今週のストグリ通信が投稿されています。
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また、チャンネルの方にも出張版ストグリ通信を投稿しているのでそちらもよろしければ!
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/槻影
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