22 嘆きの亡霊
莫大なマナ・マテリアルが、白狼の巣に相応しいそれを顕現した。
意識が覚醒する。脳が即座に思考を開始する。自己を確立する。
最初に感じたのは『怨嗟』ではなく『爽快』だった。
暗闇を見通す目。遠く反響する音を正確に聞き分ける耳。
動き始めた五感が膨大な情報を脳に取り込む。全身に満ちる力がわかる。そして、その腰に帯びた剣の使い方も。
それは例えるならばシルバームーンの王。その無数の怨嗟と理想の果てに存在していた物。
その姿は模倣した人に似て、そのあり方は決定的に人と違っていた。
顔を覆う人骨は未だ狼である証。しかし、その実は獣よりも人に近い。
白狼の巣に蓄積した膨大なマナ・マテリアルが、本来存在する『幻影』、レッドムーンをより上位の存在に構築し直していく。
知恵を持ち、武器を自在に操る白銀の狼騎士が無数に生み出される。
それらは臣下だった。群れのボスに仕える優秀な騎士。
恨みと呪いを残し滅んだシルバー・ムーンは死して十年以上が経った今、本来あるべき形に至ったのだ。
元々、これだけの力があれば、シルバームーンという魔獣が全滅することはなかっただろう。
力があった。侵入してきた五人のハンターはかつて欲望のままにシルバームーンを狩りにきたハンターよりも高い能力を持っていたが、相手にはならなかった。
一番、力の強かった槍を持った巨漢も、ボスと統率された群れに対して、手強い相手ではなかった。
槍の一撃は分厚い鎧を貫くほどの威力を秘めていたが、当たらなければ意味はない。
力も素早さも技術も、そして知性すらも、今のボスはハンターの、人の全てを凌駕している。
他の狼達とは異なり、ボスには恨みなどない。ただ爽快だった。
自分の力にひれ伏す愚かなるハンター共が、力及ばずと知りながら藻掻くその有様が、希望をへし折られその表情が絶望に変わるその瞬間が、その全てが滑稽で、どうしようもなく愉快だった。
思わず出口のない方向に逃げ出したハンターたちを見逃してしまうくらいに。
『白狼の巣』は狩場だ。
巣穴に紛れ込んだ哀れな獲物に待つのは死のみ。そのボスの刃から何人たりとも逃げることはできない。
居城を汚す愚かなる侵略者に死を与える。追い詰め、希望を与え、そして絶望させる。もがき苦しむハンターの様はボスと仲間たちの無聊を慰めるだろう。
最終的には巣を拡張することも考えるべきだろうが、それはもっと仲間が増えてからでいい。
あえてハンターが目指すであろう群れボス部屋から離れていたボスの耳に悲鳴に近い仲間の咆哮が聞こえたのは、そろそろ見逃したハンター達を追い込もうかと考えた、ちょうどそんな時だった。
そして、出会った。
歓喜の笑みを浮かべた『嘆きの亡霊』に。
§ § §
例えるならそれは――風。
影。雷。炎。あるいは、嵐。
「……え?」
ギルベルト少年が間の抜けた声をあげる。
断じて瞬きなどしていなかった。何の前触れもなく、ボスが吹き飛ぶ。
その身体が地面をバウンドし、鈍い音が響いたその時には、僕のすぐ目の前に『笑う骸骨』が立っていた。
「な――」
隣に立っていたロドルフが限界まで目を見開き、すぐ至近に現れた『笑う骸骨』を見る。
手に持った長い槍の底ががたがたと地面を叩く。睨むと言うよりは現状を把握できない呆然とした視線。
歴戦のハンターが指一本動かす間もなく、『笑う骸骨』が喋った。
仮面の下から響いてきたのは、くぐもった、しかし少し高めの可愛らしい声だ。
「念のために確認しておきたいんだけどさ、クライちゃん」
腕にしがみついたティノが僕の後ろに隠れようとする。
笑う骸骨はそれに目もくれない。
「『あれ』ってもしかして……うちの新メンバーだったりする?」
緊張感のない声。いつもと変わらない様子に何故か安心してしまう。
壁付近まで吹き飛ばされたボスが膝をつき、立ち上がる。その目が背中を向ける『笑う骸骨』を睨む。
こんな物騒な知り合いいないなぁ……いや、もっと物騒なのはいるけど。
喋り続ける『笑う骸骨』にティノ以外の皆が怯えてる。いや、一番怯えているのはティノか。
僕は強張りかける顔を無理やり動かし、笑いかけた。
「違うよ。後、仮面はずそうか?」
「……だよねぇ。よかったぁ。いやぁ、リィズちゃんも違うと思ったんだけどぉ、なんか似た仮面被ってるしぃ? あ、これ、落ちてたよお。クライちゃんのでしょ?」
あ、これめっちゃキレてるな。
どこか甘ったるい響きの声。リィズが『静寂の星』を差し出してくる。
彼女が一人称に自分の名前を使うのはキレてる時のシグナルである。
そして、その手がもったいぶった所作で仮面に触れ、容貌を完全に覆い隠していたそれを外した。
誰もが動けなかった。グレッグ様やギルベルト少年達はもちろん、その背を取っているボスまでもまた、何もできずにそれを見送った。
束ねられていない長いピンクブロンドの髪が波打つ。
火照った肌。小さな唇。整った鼻。そして何より輝く薄桃色の瞳。
可憐な見た目だが、そこには今にも爆発しそうな危うさがあった。
ルーダがごくりと喉を鳴らす。
「に、人……間? な……何?」
「ッ……まさか――」
グレッグ様が気圧されるように一歩下がる。
リィズちゃんはその時、初めて僕以外のメンバーに気づいたかのように視線を向けた。
「なに? まさかリィズちゃんたちのこと、知らないの?」
爛々と輝く目。その頬を歪め、笑みを作るがその目は笑っていない。
「それでもハンター? クライちゃんがいるのに? もぐり? 信じられない。まさかこの帝都で――」
外した仮面――『嘆きの亡霊』のパーティシンボルである『笑う骸骨』が地面に落ちる。
そして、リィズがボスもハンター達も皆まとめて、傲岸不遜に嘲笑った。
「私達――『嘆きの亡霊』を知らない人が、いるなんて」
例えるならそれは――風。
影。雷。炎。あるいは、嵐。
小柄な身体には太陽のようなエネルギーが満ちていた。
その全てが『絶影』のリィズ・スマートというハンターの性質を示している。
で、なんでこんな所にいるのかな?
見せたその顔、佇まいは正真正銘本物だ。
絶句する面々。疑問でいっぱいの僕に、リィズが言った。
「ごめんね、クライちゃん」
全然申し訳なくなさそうな表情。
小さな唇がまるで嗚咽でも我慢するかのように震えている。激情を耐えかねているかのように。
今にも泣きそうな表情に見えるが彼女は泣いたりしない。
「リィズちゃん、とっても悲しいんだ。せっかく、城を攻略して、いそいではしってかえってきたのに、だれもいなくて、くらいちゃんは、ほうもつでんにいったってきいて」
声が崩れていく。肌が上気し、その目が更なるエネルギーに輝く。その周囲の空気が歪んでいる。
熱かった。その身から立ち上る熱が冷たい洞窟の空気を侵し、伝わってくる。
ボルテージ上がってんなぁ。宝物殿攻略したばかりで高ぶっているのだろうきっと。
高濃度のマナ・マテリアルによりハンターの気性が荒くなるのはよくある話だ。
後、城って走って戻ってこれる距離じゃないはずなんだけど、どうなってん?
「かなしい。かなしいよ。そしてとっても――」
そしてリィズちゃんが吐き捨てるように言った。
「――恥ずかしいッ!!」
眉が歪む。目が細められ、頬が、唇が引きつっていく。
「ほんとうはね、しんじてたの。なにかのまちがいだとおもったの。きっと、くらいちゃんがちょっとしんぱいしょうなだけで、まさか、この、りぃずちゃんの、でしがぁ…………」
「『ゴミ掃除』すら、満足に……できないなんてぇ」
その形相にティノ以外の全員が動揺していた。ティノは動揺を越えてもう死にそうだった。
さっきからがたがた歯のなる音だけが僕の背をギュッと握ったその手の平から伝わってくる。大丈夫、殺されたりはしないよ大げさな。
「い、いや、なにいって――」
「あ? お前、死ねよ。今リィズちゃんが謝ってんのが見えねえのかぁッ!!?」
耐えかねたように話しかけ――ようとしたギルベルト少年が壁に突き刺さる。
遅れて、鎧を撃ち抜く重い音が響く。洞窟が震える。法則が乱れていた。
目が裏返り、鎧が陥没し、手がびくりびくりと痙攣している。尊い犠牲だ。
グレッグ様が慌てて駆け寄り、助け起こしてポーションを振りかける。
度胸は大したものだけど、相手見ていったほうがいいよそれ。リィズちゃん誰よりも手が早いから。
自分の下した相手に目も向けずに、リィズが僕の後ろ、完全に萎縮しているティノを見る。
「ねぇ、てぃー? りぃずちゃん、どうすればいいとおもう? ねぇ、りぃずちゃん、むのうだった? それとも、たりなかった? たんれんがたりなかった? それともさいのうがないの? さぼったの? たりてないんじゃないの? ちからへの『かつぼう』が。ねぇ、ねぇ、おい、こたえろよッ! クソがッ! このゴミ野郎ッ! そんな屑に育てた覚えはねえぞッ! てめえのせいでッ、リィズちゃん、嫌われるだろうがッ! 恥をかかせやがってッ!! 死ねっ! やる気がないなら死ねっ! クライちゃんに迷惑かける前に野垂れ死ねッ!! 舌噛んで死ねッ!!!」
「ごめんなさいごめんなさいおねえさま。わたしがすべてわるいんです。めいわくかけてごめんなさい。わたしがよわいのがわるいんですゆるしてください」
ドスの利いた声で怒鳴りつけるリィズに、ティノが壊れたオルゴールのように謝る。
「リィズちゃんに謝るんじゃねぇッ! もっと謝る相手がいるだろうがッ!」
皆ドン引きである。ボスまで引いてる。
頑張ったよ。ティノは超頑張ってたよ。リィズちゃんも悪くないよ。悪いのは全部、変な依頼振った僕だよ。
だが今、『悪いのは僕だ』なんて言ったらきっとリィズはティノを責めるだろう。リィズはそういう奴だ。
だから僕は、今にも手を出しそうなリィズちゃんの肩を押さえて言った。
「リィズ、ティノは凄く頑張ってたよ。『幻影』も倒したし、こうして依頼になった救助対象も見つけたわけで、うんうん、良くやってた良くやってた」
どの口が言っているんだこいつ。
きっと今ここにいる事情を知っている皆は、揃いも揃ってそう思っているだろう。
だが、成り行きを知らないリィズは目を丸くした。一転、声色を戻し僕を見上げる。
「え? よくやった? 本当に?」
「うんうん。皆で力合わせて白いでっかいのを一体、倒したらしい。大したものだと思うよ。本当に」
「……………………一体? 一体だけ? それ、生きてる価値……ある、かなぁ?」
何が彼女の琴線に触れているのか。褒める僕に、リィズが不思議そうに大きく首を傾げる。
まるで猛獣を宥めている気分だ。
「あるある。生きてて欲しいよ、僕は。それにリィズもちゃんと手加減できるようになって偉い偉い」
「あ! わかる? 凄いでしょ? 私、寸止め覚えたんだぁ! クライちゃんがどうしてもって言うから」
リィズの表情がころっと変わる。さっきまでの怒りが嘘のように機嫌がよくなる。
で、がっつり当たってましたが? 寸止め? どこで止めてんの?
まぁ生きてるだけで大きな進歩か。前のリィズなら間違いなく殺してた。
ジェノサイドモンスターに我慢を仕込むなんて僕、天才かな? まぁ何もしてないんだが。
ベストなタイミングでティノのか細い声が聞こえた。さすが伊達に長年リィズの弟子をやっていない。
「めいわくかけてごめんなさいますたぁ」
「ティーもねぇ、才能はあるの。やる気と努力と死ぬ気が足りないだけで。私の百倍弱いんだから百倍努力しろっての」
「うんうん。そうだね」
何言ってるのかわからないけど、きっとリィズとティノの間にも師弟愛と言うものが、通じ合う何かがあるのだろう。
まだイライラしたように地面を踏みつけているが、なんとかリィズの怒りも治まったようだ。
彼女は気分屋でどこに怒りの導火線があるのかわからないところがあるが、それが長く持続したりはしないのでまだ少しマシなのであった。
仲間割れしている間、全面骨のマスクを被ったボスは一歩も動かなかった。
ただ剣を構え、観察するような目でリィズの一挙手一投足を見ていた。
リィズの一撃を受けたにも拘らず、その身にダメージは見られない。ギルベルト少年と異なり、鎧にも罅一つはいっていない。
足音がした。リィズ達の来た方向から、新たな一体が現れる。
天井近くまである巨大な身体。窮屈そうに身を屈めやってきたその個体には見覚えがあった。
ボス部屋で会った白銀の毛皮の狼騎士だ。武器はその聳えるような肉体に相応しい巨大な銃器。
本来掃射に使うのだろう、『幻影』が持つ重火器は古代の一時期に繁栄していた高度物理文明を起源とした、現代文明では再現できない代物が多く、ハンターにとっても一筋縄ではいかない。
ボスが自分よりも遥かに巨大なそのウルフナイトを見て、こちらを顎で指し示す。
まさか、今まで攻撃してこなかったのは、ただ隙を窺っていたのではなく――仲間を待っていたのか?
ボスにとって警戒すべきは、敵になりうるのはリィズだけなのだろう。
残りは半死半生のハンター六人に、健常だが力不足のハンター。そして、認定レベルだけ高い僕。
そして認定レベルの威光はハンターには通じても魔物や幻影には通じない。
リィズちゃんが振り向きもせずに、意外そうな声をあげる。
「あれ? まだ残ってたの? じゃあ……てぃー、どっちかあげる」
「……え……おねえ……さま?」
「私を……失望、させないでね」
制圧力の高い重火器相手に、彼我の距離は十メートル程度。あまりにも遠い。隣にはボスもいる。
一歩踏み出せばすぐさま蜂の巣にされるだろう、この狭い道で相手は狙う必要すらない。いくらティノでも、回避出来るわけがない。
「お、俺が、防ぐ。何としてでも、隙を作ろう」
鎧が擦れ合うぎしりという音。今まで固まっていたロドルフが盾を握り、リィズの横に出る。
掲げられた緑に塗られた大きな盾は塗装こそ禿げ、あちこちに細かい傷があったが、まるで小さな壁のように厚い。
全身を覆うほどの広さはないが、銃弾の大部分を防ぐことができるだろう。頼りにできそうだ。いい人じゃんこの人。
だが、それをチラリと横目で確認し――リィズちゃんの表情が抜けた。
「……あぁ……もーいいや。白けちゃった」
「な……に……?」
「ティーにやってもらおうと思ったけど、リィズちゃん、疲れちゃってるしぃ。クールダウンしなくちゃならないしぃ。てぃーのせいで……『うち』が……舐められてるのも……すっごく……不快……ああ、もう、耐えきれない」
仮面を拾う。リィズが泣きそうなその表情を隠すかのように、それを顔に押し付ける。
ほぼ同時に銃声が響き渡った。
ウルフナイトの構えた一抱えもある巨大な火器。銃口で瞬く光が一瞬、薄闇を剝ぐ。
狙いはリィズと、その周りにいる僕達全員。
しかし、誰も倒れない。
リィズがそのぴんと伸ばした左手を開く。ぱらぱらと金属片が地面に転がる。
それは今まさに降りかかり、そして消え去った銃弾のかけらだった。
ウルフナイトが怯えたように火器を向ける。
その様子に満足することなく、リィズが吠えた。あー、また怒っちゃった。
「ただの火器なんて――当たるわけがねえだろおおおおおっ! このクズどもがッ! 物理系文明から引っ張ってきた武器なんてッ! とっくに超越してるんだよおおおおおおおッ! 雑魚の自分を基準にしてッ! 舐めんじゃねえッ! うちを、虚仮にするのも、いい加減にしろッ!! ああああああああああああああああああああああああああッ!」
銃弾の嵐が降り注ぐ。狭い洞窟内が震える。
リィズは一歩も動かなかった。それだけで降り注ぐ弾丸が消えていく。ぱらぱらと力を失った弾丸が転がる。
息を切らせることなく、怒鳴りつける。
「こういう広範囲の攻撃は、こうやってこうやってこうやって防ぐんだッ! てぃーっ!? こんな糞遅え、威力も低い攻撃に、苦戦したっていうのかああああああ? てめえっ、今まで、リィズちゃんの何を見てたんだッ!? できるよなあああああッ?」
無理だろ。
ルーダが真っ青になっていた。もしかして動きが見えているのだろうか。
穏やかな笑みを浮かべ、はっちゃけているリィズちゃんを見守る。
僕には見えないが、何をやっているのかはわかる。
何故ならば、僕がハンターになる夢を完膚無きまでに諦めることになった理由の一つがそれを見たことだったからだ。
リィズちゃんのやっていることは単純だ。膨大なエネルギーを秘めた銃弾を、素手で掴み受け止め、捨てる。
理屈はわかるが、それはもはや速さとかそういうレベルではない何かだった。
一番最初、まるで新しい玩具でも見せるかのようにそれを披露してきた時の彼女の笑顔は僕のトラウマの一つだ。
そんな化け物じみた能力が必要とされる宝物殿とか、さすがに凡人の僕にはついていけない。
掃射が止む。弾を撃ち尽くしたのだ。
弾丸を失ったそのウルフナイトが今後どうやって戦うのか興味がなくもないが、それを知る機会は永遠にない。
リィズが手を軽くぱんぱんと払い、ウルフナイトとボスの方を見る。
仮面に包まれた表情は見えないが、なんとなく予想できる。
そして――蹂躙が始まった。
過程を吹き飛ばし、結果だけ見ているかのようだった。
「こういう、鎧を着た『幻影』は、鎧ごとぶち殺すぅッ! 鎧着てても、硬いとは、限んねえんだよッ! 上から、殺せッ! 頭を、吹っ飛ばせッ! 好きに殺せッ! さいっこうに楽しいだろおおおおおおッ!? 」
一歩で距離を詰め、ウルフナイトが構える間もなく放たれた蹴りが分厚い黒の鎧をまるで紙切れのように切り裂く。
巨体が壁に叩きつけられ、その跡だけ残して消える。
「剣は、つかめ! 受け止めろッ! 回避しろッ! 好きにしろッ! 何が問題なんだ、言ってみろよッ!」
目にも留まらぬ速度で縦横無尽に放たれる斬撃の全てをぎりぎり回避し、残像しか見えないそれを言葉の通り指先で摘み受け止めてみせる。
ボスが後ろに下がろうとするが、刃はぴくりとも動かない。
「ずばーんって、やるのッ! 躱せば当たらないのッ! 当てれば躱せないのッ! いい感じにやるのッ! 死ぬ気でやるのッ! わかる? わかるよね? 才能にあぐらかいてんじゃねーよッ! この間抜けがッ! 急げッ! 生き急げッ! てぃーに、時間なんてないのッ! 私の百倍努力しろッ! 差が開くばっかりだろーがッ! このノロマがッ!」
何を言っているのかわからないが、罵倒の嵐に、背中に張り付いていたティノがついにぐすぐす泣き始めた。超可哀想。
絶対教えるのに向いてないわ、リィズ。
「とっても、ご機嫌だったのに。糞がっ!」
トドメとばかりに、その靴型の宝具、『天に至る起源』に覆われた脚がボスの腹を激しく蹴り上げる。
その脚は鎧を容易く貫き、ボスの胴体に突き刺さった。身体が痙攣し、声にはならない悲鳴が洞窟に響き渡る。
血が飛び散り、その骸骨の仮面に付着する。シンボルもっと別のにすればよかったなぁ……。
「リィズ、落ち着いた?」
「あー……ちょっとだけね」
さっきまでの罵声とは違う落ち着いた声。ティノが泣き声を殺す。まるでこれ以上その機嫌を損なわないように気をつけるかのように。
リィズが脚を無理やりボスから引き抜く。まだ生きているのだろう、だが完全に致命傷だ。長くはない。
もう興味を失ったのか、リィズが僕の方に歩いてくる。靴は血にどっぷり浸かり、服や肌も斑に染まっている。
圧倒的な力。徹底的な暴力性。人として何かが欠落した極大の才能の果て。
まともに人間社会で生活できているのが信じられないジェノサイドモンスター、リィズ・スマートがそこにはいた。
ルーダ達がへなへなと腰がぬけたように崩れ落ちる。
信じられないだろ。そいつうちの盗賊なんだ。
盗賊っていうか山賊っぽいよね。僕もいつも思っている。
リィズが仮面を外す。その血に濡れた指先を口に含み、僕だけを見て、少し恥ずかしそうな笑みを浮かべた。
「あ、言うの忘れてた。ただいまぁ、クライちゃん」
「……おかえり、リィズ」
抱きついてくるリィズちゃんを受け止め、抱きしめてやる。
リィズの身体はまるで火を入れたように熱かった。




