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192 空旅

「おおお、飛んでる、飛んでるぞッ!」


「飛行船なんだから当たり前だろ、ですッ!」


 クリュスが田舎者でも見るような目を向け、言う。本来、森の奥で慎ましやかに生きる精霊人にそんな目で見られるとは……クリュスはどうやら都会に慣れきってしまったらしい。


 ともあれ、飛行船の離陸はスムーズに行われた。一瞬感じた浮遊感は僕がこれまで体験してきたどの飛行よりも静かだ。


 まさか本当に人工物が空を飛ぶとは……技術の進歩って凄いなぁ……。

 無意味に巨大な杖にもたれかかり、遠くなっていく地上を見下ろしていると、クリュスが眉を顰めて尋ねてきた。


「ところで、その杖、何だ? ですか?」


「宝具の杖だ。立派なものだろう?」


 お洒落だしね。自信満々に言う僕に、素朴な木の杖を使っているクリュスが自分の杖を見る。


 過去の遺物である宝具は変わった形をしている事が多い。

 『丸い世界』もその例に漏れず、本来、魔導師の杖というのは魔術の媒体としての適性面から木製が多いものだが、金属の光沢を持っている。そしてしかし、一般的な魔法の武器に使われているミスリル製でもない。

 柱頭に浮かぶ丸い珠も一体どうして浮かんでいるのかわからないし、どういった目的で浮かんでいるのかもわからない。不可思議で意味不明な所がとても宝具らしいと言えた。


 杖の宝具は剣などの物理武器に比べて数が少なくとても高価だ。上級のハンターでも持っている者は少ない。

 この杖は本来杖に求められる魔力増幅効果がゼロなので武器としては全く役に立たないのだが、それでもかなりの値段がした。


 ちなみに、テルムが両腕につけている腕輪も宝具だろう。

 きっと、腕輪型の杖の宝具だ。純粋な杖型の宝具よりも更に高価な代物である。さすが帝都でもトップクラスの魔術集団、良いものを持っている。


「…………ヨワニンゲン、今までどうして持っていなかったんだ、です」


「必要なかったからだよ」


「…………」


 クリュスが何か言いたげに形のいい眉を歪める。


 久しぶりに持ったが、杖はかなり重かった。デザインが格好いいのは構わないのだが、ここまで運ぶだけでもかなり疲れてしまった。

 宝具の武器は見た目に反して軽めなことが多いのだが、見た目通りなかなかずっしりしているのがこの杖の残念なところだ。

 リィズに重量軽減の宝具を一緒に持ってきてもらうべきだった(リィズ達にとってこの程度の重さはないに等しいので頼まないと持ってきてくれないのである)。


 『丸い世界』の有する能力は翻訳である。翻訳というか、通訳か。それ以上でも以下でもない。

 会話をリアルタイムで理解できる形で伝えてくれるが、音しか変換してくれないので言葉を話さない絨毯などと意思疎通を取る事はできない。絨毯とは既に和解したのでいいのだが、なかなか応用の利かない道具だ。


 だが、一点だけこの杖にはとても優れた点がある。それは――使いやすさだ。

 『丸い世界』の使用手順は魔導師が魔術を使うプロセスに酷似しており、一度でも魔法を使ったことがある者ならば問題なく発動できるくらい使いやすい。


「……杖の宝具なんて持っていたんだな、です」


「剣の宝具も斧の宝具も持ってるよ。コレクションの一つってだけだ」


「……なるほど。コレクションにしておくにはもったいない宝具だ、です。だが、不思議な杖だ……です。宝具の杖は魔力変換率が凄いって本当なのか、です?」


「うんうん、そうだね……」


 魔導師だけあって杖が気になって仕方ないらしい。クリュスがちらちら自分の杖と『丸い世界』を見比べている。残念ながらこれは杖というよりは杖型通訳機だからそっちの杖の方が優秀だと思うよ。

 僕はクリュスの視線を感じながら、あちこちを見回し、何を考えているのか、一人じっと外を見下ろしているケチャチャッカを見つけた。


 わざわざリィズに帝都まで戻って杖を取ってきてもらったのは、ケチャチャッカと会話を交わすためだ。

 僕は杖をハードボイルドに持ちながら、意気揚々とケチャチャッカに近づいた。フードを深く被りいかにも怪しげな呪術師がこちらを見る。


「やぁ、ケチャチャッカ、何か気になっている事でも?」


「ひひ……ひひひ……」


「火? 火が気になってるの?」


「けけけけけ……」


 相変わらずコミュニケーションが取れない奴だ。だが、それもこれで終わりである。

 僕は『丸い世界(ラウンド・ワールド)』を発動した。にこにこしながら話しかける。


「ごめん、もう一回言って貰っていい?」




「うけけけ……けけ」



 ケチャチャッカの言葉はとても怪しげだが、フードに隠されたその目は驚くほど冷静だ。

 大きくうなずき、答える。


「……ひひひひ」


「うひい!?」


「けけけ……けけ」


「けけッ! けけけけッ!」


「………………なるほど……なるほど、ね」


 表情が引きつらないように全力を使いつつ、礼を言い、ケチャチャッカから離れる。

 じっとこちらを窺っていたクリュスの近くに戻る。クリュスは僕に非難するような視線を向けた。


「ヨワニンゲン、ケチャは仲間なんだから、ケチャで遊ぶのもいい加減にしろ、です!」


「うんうん、そうだね……遊んでるつもりはなかったんだけど」


 しかし、世の中には不思議な事があるものだ。

 首を傾げながら、僕はクリュスに持っていた『丸い世界』を差し出した。重い。


「クリュス、この杖、護衛の間、貸してあげるよ」


「はぁ……?」


「使ってみたそうにしてただろ? なくさないでね」


「!? ??? ヨワニンゲン、お前、武器なしで護衛するつもりか、です!」


 クリュスが目を見開くが、その目はちらちらとどこか神秘的な雰囲気を持つ『丸い世界』に向かっている。

 僕はハードボイルドを装い格好をつけてとんとんと自分の頭を指した。


「いいんだよ、僕の武器は……これ、だからね。むしろ杖は邪魔だ。杖を持ってきてもらったのもやむを得ずだったんだ」


 重いから持っててください……。

 クリュスが戸惑いながらも丸い世界を受け取る。結構な重量があるはずなのに、杖を手に持ったクリュスは何も言わなかった。華奢な肢体をしているがそれでも僕より腕力があるのだろう。悲しい。


「ふ、ふん……同じクランメンバーとは言え、武器を預けるなどハンターとして信じられないが……そこまで言うなら、預かっておいてやる、です」


「うんうん、よろしくね。ああ、そうだ。その杖、かなり強力な宝具だから船の中では試さない方がいいよ」


「わかっている、です」


 僕はにこにこしながら、ちらりとケチャチャッカに視線を向けた。


 ケチャチャッカの言葉…………一切、通訳されなかった。どうやら彼は自ら『うけけけけ』と言っているらしい。


 『丸い世界』の力は絶対だ。この宝具は理屈を以て言葉を変換しているわけではなく、『意思の疎通』という概念の具現なのだ。帝都の至宝、『真実の涙(トゥルー・ティアーズ)』が――『真実』という概念そのものであるように。


 ハンターというのは本当に変わり者ばかりだ。





§





 飛行船はたまに揺れたりもしたが、概ね快適だった。僕の着ている『快適な休暇』のおかげもあるだろうが、大部分はフランツさんの尽力によるものだろう。

 フランツさんは三日の間に備えを万全なものにしたらしい。搭乗者を完璧にチェックし、飛行船の設備や掛けられた魔法に不備がないか再確認した。それがどれほどの負担だったのかはフランツさんの少しやつれた容貌を見ればよくわかる。


「ネズミ一匹入り込めん。どうだ、《千変万化》、これでも船は落ちるというのか!?」


「大丈夫だと思うけど、落ちる時は落ちるからね……非常口どこだっけ?」


「ッ…………クソッ、出て左だッ! 船内の地図は渡しただろッ! 嫌味か!?」


 ああ、そんなのあったなぁ。しかし、フランツさんは少し緊張しすぎだ。緊張してもどうにもならないものはならないのだから考えすぎるのは良くない。

 ポケットから畳まれた地図を取り出し、開きながら言う。


「まぁでも大丈夫、落下によるダメージは結界指のカバー範囲だ。これは実体験だよ」


「ッ……ふ、ふざけるな、《千変万化》ッ!」


 何が気に触ったのか、フランツさんが強くテーブルを叩き、思わずびくりと一歩後退る僕に詰め寄ってくる。

 衝撃に置いてあったティーカップががたりと音を立て転がる。フランツさんは指を突きつけ居丈高に言う。


「貴様の役割は、そうならないようにすることだッ! 《千変万化》、なぜ貴様はずっと余裕の態度を崩さんのだッ! 必死になって護衛しろッ!」


「え、そ、それはきっと……経験の差だよ」


「な、何ッ!?」


 僕はこれまでさんざんな目に合ってきた。皇帝陛下の護衛をするのは初めてだが、大量のドラゴンに襲われたのは初めてじゃないし、こうして怒鳴られるのも初めてではない。そして、落ちるのも初めてではないのである。もっと酷い目に合ったこともある。


 あらゆる不幸に遭遇した僕に隙はなく、諦めもいいのであった。

 おまけに、僕は結界指の扱いだけは天下一品だ。まぁ扱いって言っても待機状態にするだけなんだけど……。


「まぁなんとかなるって」


「この船は鉄壁だッ! 魔物避けの呪いも施されている、地上ならばともかく、空で襲われる心配はないッ!」


 フランツさんの声はまるで自身に言い聞かせているかのようだった。

 と、その時、船室の外からフランツさんの部下がキビキビした動作で入ってくる。


「フランツ団長、地上から嵐の兆しありと連絡が――」


「…………クソッ、貴様が出発を三日も延ばしたからだぞッ! 総員、警戒させろ。雨や風で船は落ちん。たとえ雷が落ちてもなッ!」


 フランツさんがイライラしたように僕を睨む。だが、旅に嵐はつきものだ。この間のバカンスの時も来てたよ。

 僕は眉を顰めると、これまでの経験を思い出し、せめて表情だけでもと、小さく笑みを浮かべた。





「嵐で済めばいいけどね」

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/槻影


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