185 シーツお化け
トレジャーハンターという極めて危険な職について早五年。
様々な苦難を乗り越え、僕が感じ取ったトレジャーハンターに最も必要な物。それは、信頼でき頼りになる仲間である。
超高レベルのトレジャーハンターはその珠玉の才に仲間がついてこれなかったり、我が強すぎたりでソロで活動している者が多いが、僕にはとても信じられない。
彼らは一人で冒険するのが怖いとか思わないのだろうか。僕なんてパーティと結界指に守られてても怖いのに。
任務は最初の二日が何かの間違いだと思えるくらいに順調だった。本当に皇帝陛下と僕でマイナスとマイナスがかけられてプラスになっているのかもしれない。
会話を交わし、わかりあったチーム《深淵鍋》(僕命名)に隙はなかった。
寄ってくる魔物をばったばったとなぎ倒す様子は全く危うげなく、臆病な僕から見ても非の打ち所がない。僕は例によって皇帝陛下のおわします馬車の側で最後の壁を気取って応援していただけだったのだが、それが許される程、《深淵鍋》の力は徹底的だった。
特に、今回の《深淵鍋》のメンバーは魔導師が多い。魔導師の攻撃魔法は概ね術者の実力に比例して射程と破壊力が上がるが、今回パーティに所属する魔導師は紛れもなく一流である。
大抵の魔物はこちらの視界に入ると同時に殲滅された。魔導師は接近戦に弱いなどとよく言われるが、そういう事を言うやつをとっちめたい気分だ。攻撃魔法が降り注ぐ中、どうやって接近するつもりだよ。
特に異彩を放っていたのは、ケチャチャッカ…………ではなく、《止水》のテルムの攻撃魔法である。
さすが二つ名持ちと言うべきかもしれないが、改めて至近距離から確認するテルムの攻撃魔法はルシアの様々な魔法を見てきた僕から見ても異質だった。
威力が高いとか規模が広いとかではない。テルムの攻撃魔法はルシアの魔法と比較して……あまりにも『静か』なのだ。
あまりにも静かで、おまけに必要十分な威力を備えている。
両腕の腕輪で発動を補助しているらしいが、予備動作もほとんどない。実用的と言えばその通りだろうし、研鑽の結果なのだろうから称賛すべきなのだろうが、その魔法は見れば見るほど恐ろしい。
ありえない話だが、もしも彼が暗殺者をやれば皇帝の首だって簡単に取れるだろう。状況次第では、馬鹿みたいに威力があるが馬鹿みたいに派手な魔法を使う《深淵火滅》の婆さんよりも恐ろしいかもしれない。《魔杖》にまともなメンバーはいないのか!
特に何をしたわけでもないのに今日もくたくただ。あてがわれた部屋に向かう。
スケジュールは極めて順調に消化されていた。明日には飛行船の発着場がある街にたどり着くはずだ。フランツさんによると、このまま行けば少し日が余るくらいらしい。元々余裕をもって予定が組まれていたのだろう。
宿もいい所だし、ご飯も美味しい。もう半分くらいバカンスみたいなものだ。そう自分に言い聞かせつつも、心労が溜まる事だけは避けられない。
せめてリィズ達がいれば僕の気も少しは休まるんだが……今回はいつも頼りにしているシトリーがいないので、呼び出しを受けたら僕が相手をしなくてはならないのだ。
もうリーダーをテルムに一任したいのだが、彼を酷使したら《深淵火滅》に何を言われるのかわかったものではないのであった。タスケテ。
鍵を開け、部屋に入る。
余談だが、僕はこういう旅先の宿に泊まるとまず部屋の中の設備をくまなく確認するタイプだ。別にセキュリティに気をつけているとかではないのだが、そういう気質なのである。
いつもの調子で近くのクローゼットを開けると、中でリィズがにこにこ手を振っていた。
思わず笑みを浮かべクローゼットを閉める。
…………最近の宿は小憎い演出をしてくれるな。
内側から勢いよくクローゼットが開き、ピンクブロンドの日焼け娘が飛び出してくる。ぴょんと飛びつくと、そのままキャーキャー言いながら状況がわかっていない僕をキングサイズのベッドに突き飛ばした。
沈むような柔らかな感触が身体を受け止める。のしかかってくるリィズになんとか声をあげる。
「な、なんでいるの?」
「来ちゃった! クライちゃんがぁ、寂しいかなってッ!」
リィズは目を輝かせながら僕の胸元に頭をこすりつけてきた。
理由はないわけね……いや、ついてきているのはシトリーのサインでわかってはいたけど。
手慰みにリィズの髪をぐしぐしかき分けながら言う。
「……嬉しいけど、まずいよ」
ここ数日はテルムの活躍のおかげでなんとかなっているが、僕はまだ初日の失点を挽回できていない。フランツさんの視線からも険は取れていない。
この期に及んで、本来連れてきていないはずのリィズが見つかってしまえばどんな目で見られるかわかったものではない。いや、嬉しいよ? 嬉しいけどさ。
シトリー達がいないのはリィズが勝手に来てしまったからだろう。彼女の行動を完璧にコントロールできる者はいないのだ。
せめて皆が寝静まって誰もいない夜だったら少し相手をしてあげられたのだが、今の僕にはまだ幾つか仕事が残っている。大した仕事ではないが、リィズがいるのはまずい。
だが、リィズは一切僕の言葉を聞いていなかった。久しぶりに飼い主にじゃれる狼のように身体をこすりつけてくる。僕たちよりも先に到着してシャワーでも浴びたのか、その髪からはいい匂いがした。
と、その時、扉が乱暴に叩かれた。
「ヨワニンゲン! さっさと先に行くんじゃない、です! さっさと今日の分のチャージを終わらせるぞ、です! その後にまたあのナッツを――」
僕と一緒に部屋に入った絨毯が、扉付近で呆れたように縦回転している。絨毯に口がないのが今はとてもありがたい。
だが、まずい。見られるのはまずい。クリュスは腹芸ができるような性格ではないし、する気もないだろう。
悪気が一切ないせいか、リィズは全く焦りを見せず、ただ身体を震わせている。
僕はリィズを押し返し起き上がると、とっさにベッドのシーツを剥ぎ取ってリィズの上に被せた。ほぼ同時に扉が開く。
どうやら鍵を掛けるのを忘れていたようだな。
声をあげる間もなかった。クリュスは不機嫌そうな表情で中に一歩入ると、僕を見て、僕の側でもぞもぞ動くシーツの塊を見て、目を丸くした。
「??????」
「よ、よし、後は頼んだよ。ほら、あるべき場所にお帰り」
幸いなことに、既にある程度の満足度は得られていたようだ。
シーツリィズは素直に頷くと、もぞもぞしながら窓に近づき、シーツを被ったまま器用に鍵を開ける。そのまま言葉を失っているクリュスに何も言うことなく、ひらりと窓から飛び降りた。ここは三階なのだが、今更シーツを被って飛び降りたくらいで怪我をしたりするまい。
窓を閉めしっかり鍵をかけ、大きく深呼吸をする。
立ち尽くしているクリュスに向き直り、何事もなかったかのような笑顔で言った。
「ごめんごめん、チャージだっけ?」
「い、今のは、なんだ? …………です」
「今日はあまり使っていないから、絨毯とシャツくらいかな。後はナッツ、ナッツね。でも、本当に大丈夫? だいぶ具合が悪そうだったけど」
どうやら訓練に使えるなどと口走ってしまったのが悪かったらしい。ハンターというのは本当に負けず嫌いばかりだ。
袋を取り出し、自分でもぽりぽりやってみせる。焦りのせいか味がわからない。
クリュスはつかつかと僕の前に来ると、眉を歪め僕の襟元を掴み、がくがくと揺さぶってきた。
「はぁ? 馬鹿にしてるのか、です!? ごまかせると思っているのか、です!? 今のが何だったのかと、私は、聞いているんだ、ですッ! ちゃんと答えろ、ですッ!」
「あは、あはははは…………ほ、ほら、あれだよあれ……知らない? ………シーツお化け、だよ」
「ッ……こ、この、ヨワニンゲン、お前それ本当に皇帝に言えるんだな!? ですッ!!」
もっともすぎてぐぅの音も出ない。いや、誤魔化せるとは思っていないよ? 本当だよ?
だが何も言えないのだ。結界指が起動しない事を祈りつつ、為すすべもなく揺さぶられていると、声を聞きつけたテルム達が部屋に駆け込んできた。
「何があった!?」
僕に詰め寄るクリュスを見てその表情が一瞬険しくなり、腕が上がる。しかし、その時にはクリュスが甲高い声で叫んでいた。
「テルム、ヨワニンゲンが、変なヤツと話していたんだ、ですッ! こいつ、絶対私達に何も言わずに何かやってる、ですッ!」
「…………」
「今回は私達がパーティメンバーなんだから、ヨワニンゲンには説明責任があるはずだ、ですッ! 少なくとも護衛任務で身勝手な行動は論外だろう、ですッ!」
「なるほど……」
耳が痛い。しかし、クリュスだけならば言いくるめられたかも知れないがテルムやケチャチャッカは無理だろう。どうしたものか……。
僕を解放したクリュスが、顔を真っ赤にしながら状況を説明する。
テルムはこちらに対して探るような視線を向けていた。こころなしかケチャチャッカも呆れているような気配がする。
擁護のしようもない……というか、同じクランのよしみでクリュスが擁護してくれてもいいのに……。
「ふむ……状況はわかった」
テルムは状況を聞き終えると、もっともらしい表情で言った。
「それは……その……う、うむ。間違いなく、シーツお化けだな」
まさかの援護射撃に目を丸くしてしまう。テルムは初めて見る表情をしていた。端的に言うと、凄まじく居心地が悪そうだ。
クリュスは一瞬目を丸くしたがすぐに眉を上げてテルムに食ってかかる。
「はぁぁぁぁぁ!? お前、頭沸いてんのか、ですッ! 今の状況を聞いてその感想が出るのおかしいだろ、ですッ!」
「お、落ち着きたまえ、クリュス。街には、本当に、本当に極めて稀な話だが……そういう妖魔が出る事も、ある。可能性は否めない。ああ、ケチャも同じ意見だ、そうだろ? ケチャ」
「け……けけ……ひひ…………」
テルムの唐突な振りに、ケチャチャッカがゆっくりと首を縦にふる。さすが僕の中での協調性のある怪しげな人物ランキングナンバーワンだ。
クリュスは地団駄を踏み、叫ぶ。その形の良い瞳の端には涙が浮かんでいた。
「なんだ、お前ら!? 私のことを馬鹿にしてるのか、です! お前ら、本気で高級宿の客室には低確率でシーツお化けが出ると思っているのか、です!? 本当にそう思っているなら、護衛隊長にそう進言してきてみろ、ですッ!」
「ほ、本当だとも、なぁ、《千変万化》」
「え、いや……」
「!?」
テルムとケチャチャッカには悪いけど、さすがにそれは無理があるよね。フランツさんに言ったら張り倒されるわ。
僕は腕を組みもっともらしく頷くと、新たな言い訳を考えた。
「本当の事を言うと……あれは、僕が使役している精霊なんだ。念の為、街の見廻りを頼んだんだよ」
「精霊!? ヨワニンゲン、お前そんなに魔力がないのに魔導師だったのか、です?」
とりあえず今を乗り切ればいい。半信半疑な眼差しを向けるクリュスに口からでまかせを言う。
「誤解されるような事して悪かったけど、皆には秘密なんだ。魔導師とまではいかないけど、幾つか変わった魔法を使える」
シーツお化けよりは説得力があったのだろう。(シトリー曰くちょろい)クリュスが、眉を顰め、先程よりは幾分怒りが和らいだ声で尋ねてきた。
「あれが精霊なら何の精霊なんだ、ですか?」
「…………シーツの精霊?」
「ッ――そんな、馬鹿な――」
やっぱり無理か。いや、無理だよ。あんな精霊普通はいないよ。もうお手上げだ。
この精霊人に高レベルの威光は通じないのだ。
クリュスが再び甲高い声を上げかける。
その時、不意に部屋の外からお呼びがかかった。
フランツさんの声だ。依頼主の前で言い争いをするのはまずいと思う程度の理性は残っていたのか、クリュスが口を噤む。
まるで天から救いの手が差し伸べられたような気分だった。内心ほっとしていると、フランツさんが入ってくる。
空気が張り詰めた。
フランツさんはすこぶる機嫌が悪そうだった。シーツお化けだとかシーツ精霊なんて言い出したら斬られそうだ。
怒りに引きつったような表情で僕を睨みつけ、フランツさんがいつもより早口で言う。
「陛下がお呼びだ。貴様らと話をしたいそうだ。問題ないな?」
え………………いやです。
コミカライズ版『嘆きの亡霊は引退したい』五話②が公開されました。
エヴァさんのジト目が炸裂しています。是非ご確認ください!
/槻影
更新告知:@ktsuki_novel(Twitter)
P.S.
書籍版、三巻まで発売中です。
加筆修正を多めに行っている他、巻末に描き下ろしSSもついております。
よろしくお願いします。