173 チョイス②
そうそうたる具材が揃いつつある。僕は《星の聖雷》との交渉を何とか成功させると、テンションを上げつつクランマスター室に戻った。
一人目! 探協の推薦、変わった名前でおなじみのケチャチャッカ・ムンク! 職は不明!
二人目! 《魔杖》の副マスターにして《深淵火滅》の刺客、テルム・アポクリス! 会ったことはないけど多分魔導師!
三人目! 精霊人のみで構成された有名パーティ《星の聖雷》、のリーダー、ラピス・フルゴル……のお気に入り、いつもリーダーから敬語を使うように怒られているクリュス・アルゲン! リーダーの命令で参加だ。魔導師!
残す枠はあと二人だ。これは責任重大である。
冷静に考えて、ケチャチャッカが『苦味』、テルムが『辛味』、クリュスが『甘味』だとすると後は『酸味』と『塩辛味(?)』があれば完璧という事になる。五味的な意味で。
もしくはクリュスを酸味と判断し、甘味を足すという手もある。できればこのパーティを率いてうまい具合にやってくれる人を入れるべきだ。
足跡に所属するパーティで白羽の矢が立つのは、断然《黒金十字》である。うちに所属するパーティで有名所は後は《灯火騎士団》がいるが、彼らは戦場を求めて世界中を回っているので、ほとんど帝都に戻ってこない。
だが、スヴェンも忙しい。ラウンジにはいなかったし、訓練場にもいなかったので見つからない可能性もある。
これは……困ったぞ。後二人、誰を入れればいいんだ。
眉を寄せ真剣な顔で首を傾げていると、シトリーが入ってきた。
にこにこと、今日は随分機嫌がいいようだ。
シトリーを入れる? でもシトリーを入れるとリィズがついてくるからなあ……僕はリィズが嫌いではないが、いくらなんでも皇帝陛下と一緒にするのは、闇鍋の良さが損なわれてしまう。
「クライさん、メンバー選定はどうですか?」
……良く知ってるね。ルシアから情報が流れたのだろうか?
僕は一旦考えるのをやめ、ハードボイルドに肩を竦めてみせた。
「後二枠なんだ。色々考えてるんだけど、ろくなのがいなくてね。シトリー、来る?」
「いえ、お誘いはありがたいですが、私が枠を取るわけにはいきませんから」
そんな事気にしなくてもいいのに。
シトリーは後ろに回ると、するりと僕の首に腕を絡ませてくる。そして、耳元で言った。
「で、す、が、実はクライさんがお困りだと思って、候補を連れてきました」
「……え?」
シトリーが明るい声で扉に声をかける。
勢いよく扉が開き、大きな足音を立てながら入ってきたのは身長二メートル程の大きな全身鎧だった。
縦にも横にも大きなタンク型の体型だ。鎧の色は珍しいことに焼き付いたような茶色。フルフェイスなので顔は見えない。
規則正しい足取りで僕の前に立つと、両手を脇に当てて綺麗に直立した。ちょっと意味がわからなすぎて何も言えない。
首に腕を絡ませたまま、シトリーが紹介してくれる。
「名前は、キルナイト・バージョンアルファ、最近できた私の友人です」
「…………それ、本名?」
親の顔が見てみたいぜ。
「くすくすくす…………このコントローラーをどうぞ」
シトリーが小さなレバーと、四つの大きなボタン、一つの小さなボタンのついた箱を渡してくれる。
レバーを前に倒すと、キルナイトは前に歩き机にぶつかった。それでも構わず脚を動かし続ける。大丈夫かこれ。
シトリーがボタンの説明をしてくれた。
「このボタンが戦う、このボタンが防御、走る、踊る、です。レバーは移動です」
そうだ。シトリーの表情、まるで新しい玩具を前にした時みたいじゃないか。
昔からシトリーは新しい知識やアイテムを手に入れると僕に自慢しにくるところがあった。
色々ツッコミどころが多いが、僕はとりあえずボタンを見直して言った。
「ボタンの数、足りなくない?」
「多すぎると思ったので一個は踊るに振ったのですが……ああ、この小さなボタンが自立思考モードです」
それがあるなら、コントローラーいらないな。
「強さとしては一般的なレベル6ハンターぐらいはあるかと。絶対に裏切りませんし、是非連れて行ってください。アカシャのゴーレムを改良したんですッ!」
余程自信があるのか、シトリーの声には熱が籠もっていた。
てか、これ絶対、人じゃないよね? ゴーレムだよね? 相変わらずぶっ飛んだ事をやる子だ。
だが、シトリーがそういうのならば役に立つのだろう。
ゴーレムが枠に入るかはわからないが……とりあえず一枠はこれでいいか。豪華な闇鍋に一歩近づいた気がする。
「わかった、ありがとう、助かるよ。後、残りは一枠か……」
「? えっと……それは、クライさんの枠では?」
「!?」
目を見開き、指折り数を数える。ケチャチャッカ、テルム、クリュス、キルナイトで四人。
確かに僕を入れると定員の五人だ。自分を数えるのをすっかり忘れていた。
だが、これは名案だ。気づかない振りをしてもう一人選べば僕が行かなくて済むかもしれないではないか。
僕は真剣に悩み、眉を顰めた。残り一人は………………もうティノでいいか。いや、でも、最近巻き込んでるからなあ。
それに、当初想定していたメンバーが誰一人として加わっていない。アークが仲間にできていたらティノを連れて行ったのに。
後は知り合いとなると………………アーノルドに声を掛けてみるか。
多少は確執が残っている気もするが、皇帝の護衛という栄誉ある任務は高レベルハンターにとって垂涎のはずだ。もしかしたら和解できる上に貸しになるかも知れない。
くっくっく、厄介事が片付く上に貸しまで作れるとは、流れがきている。
もしかして僕って本当に神算鬼謀かな?
皮算用してにやにやしていると、腕を解いたシトリーがぱんと手を打って言った。
「ああ、そうでした。キルナイトですが、雑食なので餌は何でも食べられます。食べなくてもしばらくは生きていけますが、生肉とか与えていただけると。食事は誰にも見つからない所でやるよう躾けてあるのでご安心ください」
「…………え?」
§
そして、僕はあっさりとアーノルドに参加を断られた。
声は荒々しかったが、顔色が悪かった。どうやら仲間を蛙にしてしまったのが問題だったらしい。
……ちゃんと元に戻ったのに、いつまでもクヨクヨ気にして……僕なんてあれだぞ。あの後、白剣の集いに参加し何故か毒の混入事件に巻き込まれルークが三人も斬ったんだぞ! 誰か助けてください!
打ち合わせのために、探索者協会を訪れる。
会議室には、今回皇帝の護衛を統括するらしい近衛――第零騎士団の団長が待っていた。
真っ赤なスーツを着たスマートな体型の男だ。一見細身だが身体はがっしりとしていて、僕よりも余程強そうである。
団長は挨拶もそうそうに、僕の選定のリストを確認すると、訝しげに眉を顰めた。
「これは……どういう事だ? 貴様のパーティメンバーがいないではないか」
「うんうん、そうだね」
「レベル7――《止水》のテルムと、《星の聖雷》の魔導師はともかくとして、このケチャチャッカ・ムンクという名は聞いたことがない。それに、キルナイト・バージョンアルファ? 何だ、これは?」
何でしょう。僕も知らないよ。
だが、見事な闇鍋だ。【白狼の巣】の闇鍋と比べて平均レベルが高いので豪華な闇鍋という条件は達せていると言えよう。誰か助けてください。
僕は苦笑いでまあまあと手の平を見せる。
「落ち着いてよ。僕の考えるベスト・オブ・ベストなパーティだ」
「魔導師が、三人もいるではないか。バランスが悪い。少なくとも、《不動不変》は入れるべきだろう! 確かに人選は任せたが、まさかここまでメチャクチャな選択をするとは――」
確かに、冷静に考えてアンセムは入れるべきであった。途中からおかしなテンションになっていたのだ。
バランスが悪いのも間違いないが、ケチャチャッカが魔導師だなんて知らなかったのだ。
そうだね、知らない人を皇帝の護衛に誘うべきじゃなかったね。
と、そこで、同じクランという事で護衛代わりにつれてきたクリュスが、凛とした声で怒鳴りつけた。
「ぺちゃくちゃやかましい! ですッ! この私が、参加した以上、問題なんて起こるわけがないだろう、大船に乗ったつもりでいろ、ですッ!」
相手は近衛の長だ、貴族の一員のはずだがその声には一切の遠慮はない。
クリュス・アルゲン。《星の聖雷》のメンバーにして、一流の魔導師だ。
足元まで届く長い白銀の髪、宝石を思わせる輝きをした薄紫の瞳。白磁の肌。その顔立ちは人外じみた整い方をしており、初めて会った者は軽い違和感すら感じるだろう。
一見、奇跡のような完成度の人間だが、その耳だけが『精霊人』の証として尖っている。
『精霊人』は寒気のするような美貌と高い魔術的資質で知られた高位種族だ。数は少ないがあらゆる能力に優れ、かつては神の御使いだとされていた事もある。
反面、人間を明確に見下しており、滅多に人間の街で見かける事はない。そういう意味では、帝都で人に混じって活動をする《星の聖雷》や、世界を放浪していたエリザはとても変わり者と言えた。
顔を真っ赤にしてバンバン机を叩く様はまるで子供のようで、その美貌も相まってなんとも言えない可愛らしさを醸し出していた。
美人って本当に得だな、と、僕はのほほんとした気分でそれを見守った。どうやら団長も叱る気にもならないようだ。うんうん、そうだよね。
「勘違いするな、本来はたとえ皇帝でも『精霊人』の私にとっては関係ない! ですッ! ラピスからの指示だから仕方なく手伝ってやるだけだ、ですッ!」
ちなみに、変な敬語なのは、もともと彼女に敬語を使う習慣がなかったからだ。
初めて会った時はタメ口だったし、僕に向ける言葉も罵詈雑言の嵐だった。仮にもクランマスターなのだから敬語を使えとラピスに怒られ、それ以来この調子なのだ。
どうやらクリュスは『です』や『ます』をつければ敬語になると思い込んでいるらしい。
僕はにこにこしながら言った。
「絨毯の充填係です」
「はぁ!? 調子に乗るな、ヨワニンゲン! ですッ! ルシアさんから頼まれたから仕方なくやってやるだけだ、ですッ!」
「うんうん、そうだね」
「大体、私達がヨワニンゲンのクランに入ってやったのも、ルシアさんを、くれる約束だったからだろ! ですッ! 早くよこせ! ですッ! いつまで引き伸ばすつもりだ! ですッ!」
「うんうん、そうだね」
相変わらず賑やかだな。よくもまあそれだけ声を張って声が枯れないものだ。
ちなみに、ルシアをあげる約束なんてしていない。シトリーがクラン加入の交渉の際に出した条件はルシアのスカウト権だ。
そして、《嘆きの亡霊》は脱退自由なパーティなのでそれは交渉条件として成り立たないものだったりする。つまり、端的に言うと彼女たちは騙されたのであった。そんな事絶対に認めようとしないが。
「この私が手伝ってやるんだ! ですッ! 護衛なんて私だけで十分だ! ですッ! ヨワニンゲンは信じられないくらい脆弱なんだから、ついてくるな! ですッ!」
「え、本当? 行かなくていいの?」
ラッキー。
目を見開く僕に、クリュスはひときわ強くテーブルを叩き、立ち上がると僕を指差して糾弾した。
「ふざけるな! ですッ! まさか自分が行かないのに、この私に働かせるつもりか? ですッ! 寝言は寝て言え! ですッ! 仮にもレベル8なんだから、ちゃんとレベル8らしい態度を取れ! ですッ!」
「まぁまぁ落ち着いて。ほら、喉が乾いただろ? 僕の分のお茶あげるから」
前に出されたお茶を差し出すと、クリュスはぷりぷり怒りながら引ったくるように受け取った。
ちなみにクリュスの認定レベルは3である。腕はいいのだが、すぐに依頼人と喧嘩をしてしまうからだ。
精霊人といい付き合いをするにはアークのような『心の広さ』か僕のような『プライドのなさ』が必要なのである。
だが、今連れて来るべきではなかったかもしれない。
呆れたように言葉を失い、クリュスを眺める近衛の長に、僕はやけくそ気味にふんぞり返って言った。
「パーフェクトなメンバーだ。陛下にもきっと満足いただけるだろう。もしも僕の人選に問題があるなら、別の人に護衛を頼むといいよ」
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